藤原佐為の碁 ~転生したら神童ヒカルになってた件~   作:梅酒24

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第四局:VS越智 VS那須 VS和谷

静かな帰り道の空気の中でさえ、あの対局の余韻は消えていなかった。

【佐為視点】

私は、あの一局を何度も反芻していた。

(……楽しかった……)

その感情は、確かにある。

だが同時に――

(……悔しい……)

胸の奥を締めつけるような痛み。

対局相手――

塔矢行洋。

(あれほどの打ち手……)

思い出すだけで、心が震える。

(私は……まだ知らない)

江戸後期以降の定石。

流行。

現代の理論。

(知らぬことが……多すぎる)

だが――

そこで思考は止まらない。

(……だからこそ……)

静かに、何かが湧き上がる。

(私は……まだ強くなれる)

その確信。

次の瞬間――

それは形を持った。

青い光。

無数の粒子のような気配が、全身を包み込む。

(……漲る……)

力が、満ちていく。

(まだ……終わっていない)

むしろ。

(ここからだ)

【塔矢行洋視点】

あの対局を思い返す。

(……不思議な少年だ)

ヒカルの中に見た、もう一つの存在。

(あの力……)

単なる才能ではない。

(時代を越えている……)

そして同時に――

(未完成)

知識の穴。

定石の欠如。

(それでも……あれだけ打つ)

口元に、わずかな笑み。

(伸びる……)

【佐為視点】

ヒカルと、向き合う。

(……決めましょう)

言葉を落とす。

(あなたのご両親を救うために)

(私は碁を打つ)

ヒカルが、ゆっくりと頷く。

「……ああ」

(そのためには)

(プロになる必要がある)

そして――

(あなた自身も、強くならねばなりません)

院生。

その言葉に、現実が重なる。

締め切りは過ぎている。

だが――

【塔矢行洋視点】

(推薦した)

それだけの価値があると、判断したからだ。

「特例で受けさせよう」

その一言で道が開かれる。

【佐為視点】

試験。

対局が始まる。

(……軽い……)

相手の思考が、透けて見える。

(これは……)

手を進めるたびに、差が開く。

(10目差……)

圧勝。

(……だが)

満足はない。

(もっと上へ)

廊下。

ヒカルの足取りは軽い。

「打倒塔矢行洋!!!!」

その声が、響く。

すれ違う影。

和谷義高。

「……は?」

足を止める。

【和谷との会話】

「今の……マジで言ってんの?」

ヒカルは肩をすくめる。

「当然だろ」

和谷は笑う。

「面白い奴だな、お前」

短い会話。

だが印象は残る。

【院生たち】

和谷が戻る。

そこには――

伊角慎一郎、

奈瀬明日美、

越智康介、

福井雄太がいる。

「おい聞いてくれよ」

和谷が笑いながら言う。

「さっきすげー奴がいてさ、“塔矢行洋倒す”とか言ってんの」

伊角が苦笑する。

「俺も院生入りたての頃、似たようなこと言ってたな……」

奈瀬が腕を組む。

「でもさ、そういうのって嫌いじゃない」

越智は冷静に。

「口だけなら誰でも言える」

福井は笑う。

「で、強いのか?」

その空気の中――

ヒカルが入ってくる。

【会話】

和谷「そういやさ」

「塔矢アキラって気に食わないんだよな」

ヒカル「知り合い?」

和谷「ああ、プロ試験でな」

「そういうお前は?」

ヒカル、あっさりと言う。

「俺は塔矢アキラに5回勝ったよ」

一瞬、空気が止まる。

ヒカル「ライバルと思われてるみたいなんだよね」

「何度も勝負挑んでくるんだよ」

沈黙。

そして――

「はああああああああああ!?」

場が爆発する。

【塔矢アキラ視点(遠く)】

(……進藤ヒカル……)

名前だけで、胸がざわつく。

(また……打つ)

その意思は、揺るがない。

【佐為視点】

騒がしい空間の中で、私は静かに思う。

(道は開かれた)

(ここからが、本当の勝負)

帰路。

夕焼けの中。

ヒカルの歩みは、止まらない。

その隣で――

私は、次の一手を考えていた。

 

***

すでに、空気は揺れていた。

目に見えぬざわめきが、院生室の隅々にまで染み込んでいる。

【佐為視点】

(……騒がしい……)

だがそれは、雑音ではない。

期待と疑念が混じり合った、独特の熱。

「塔矢アキラのライバルらしい」

「特例で1組16位スタートだって」

「試験官に10目差……さすがに盛りすぎだろ……」

(……当然です)

私は静かに思う。

(まだ、何も見せていないのですから)

【塔矢行洋視点】

別の場所。

静かに報告を受ける。

(院生試験で10目差……)

(噂が独り歩きしているな)

だが。

(それでも――)

(あの対局を見た者なら……)

否定はしない。

(むしろ足りぬくらいだ)

扉が開く。

ヒカルが入ってくる。

ざわ……ざわ……

視線が一斉に集まる。

【佐為視点】

(……来ましたね)

ヒカルの足取りは、どこかぎこちない。

だが――

(中にあるものは……)

静かに燃えている。

教師が入ってくる。

「静かに!」

空気が引き締まる。

「これより対局を開始する」

一斉に、碁盤へ。

【対局:初戦】

相手は――

越智康介。

1組1位。

【越智】

「へぇ……お前が“噂の新人”?」

ヒカルは無言。

越智、鼻で笑う。

「……まずさ」

「時計の使い方、分かってる?」

ヒカル、固まる。

「……は?」

ざわ……

【佐為視点】

(……そうでしたね……)

(現代のルール……)

ヒカルはぎこちなく石を持つ。

越智、さらに笑う。

「持ち方……素人じゃん」

「先手後手の決め方も知らないのか?」

周囲もざわつく。

(……これは……)

【和谷・伊角・奈瀬たち】

「……越智、やりすぎじゃね?」

「でも……確かに初心者っぽい……」

「噂ってやつか……?」

【佐為視点】

(構いません)

むしろ。

(都合がいい)

対局開始。

だが――

ヒカルはもたつく。

越智「遅ぇな……」

「本当に大丈夫かよ」

【佐為視点】

(……さて)

私は、静かに盤へと意識を落とす。

(ここからです)

時間が流れる。

30分後。

ヒカルが立ち上がる。

ざわっ――

【周囲】

「え?」

「もう終わり?」

「越智に速攻やられたか……」

【佐為視点】

(……終わりました)

ただし――

(“逆”に)

50分後。

他の対局が終わり始める。

和谷、伊角、奈瀬が立ち上がる。

「終わったな」

「越智どうなった?」

越智の席へ向かう。

そこにあったのは――

動かない背中。

俯いたまま。

盤を見る。

(……中盤の入り口……?)

それで終わっている。

(……投了……?)

【佐為視点】

(ええ……)

(そこで決しました)

【和谷】

「おい……越智?」

越智、ゆっくりと顔を上げる。

その目は――

怯えていた。

「違う……」

声が震える。

「僕が……投了した……」

静寂。

越智「進藤ヒカル……」

息を飲む。

「……奴は本物だ」

まるで――

“化け物”を見たような顔で。

【佐為視点】

(……伝わりましたね)

ざわめきが、質を変える。

疑念から――確信へ。

(ここからです)

【塔矢アキラ視点(遠く)】

その報せを聞く。

(……やっぱりだ)

胸の奥が、熱くなる。

(進藤ヒカル……)

(早く……)

(もう一度……!)

【塔矢行洋視点】

静かに目を閉じる。

(始まったな)

新しい時代が。

【佐為視点】

越智という少年。

盤を通して、その力は十分に伝わってきた。

(……良い腕前です)

石の運び、読みの深さ、無駄のない構成。

確かに、この場において上位にいる理由は明白だった。

だが――

(……私には到底及ばない)

その差は、あまりにも明確だった。

そして、もう一つ。

(この子が……一番強い……?)

わずかに思考が巡る。

すぐに結論に至る。

(……違う)

脳裏に浮かぶのは、あの少年――

塔矢アキラ。

(あの子には……遠く及ばない)

それは確信だった。

盤を離れた今、私は静かに考える。

(さて……)

(このまま全力で打ち続けても……)

(私自身の力量は……大きくは伸びないでしょう)

なぜなら。

(相手が……足りない)

では、どうするか。

(答えは……明確)

ヒカルへと意識を向ける。

(交互打ち)

(私とヒカルで、順に打つ)

それによって――

(ヒカルの力を引き上げる)

ただし。

(例外は設けましょう)

(本気を求められた時は――)

(本気で応じる)

静かに微笑む。

(それでいきましょう)

二戦目。

対面に座るのは――

奈瀬明日美。

「女の子もいるんだ」

ヒカルの素直な声。

奈瀬は軽く笑う。

「よろしくねー」

「越智を完封だなんて……やるじゃん」

(……明るい方ですね)

空気が柔らかい。

対局開始。

ヒカルが、最初の一手を置く。

――天元。

(……ほう)

思わず、心が弾む。

(面白い)

常識に囚われない、その一手。

(良いでしょう)

ここから、交互に打つ。

ヒカルの一手。

私の一手。

そのリズムの中で、私は語りかける。

(今の一手……少し広すぎますね)

ヒカルの思考が返ってくる。

(え……じゃあ、どこ?)

(こちらです)

(この石と連動させるのです)

ヒカルが頷く。

【ヒカルの内側】

(……なるほど……)

(さっき図書館で見た形に近い……)

彼は、確かに努力していた。

棋譜を読み、私の言葉を吸収し――

(……成長している)

一手、また一手。

ヒカルが打つ。

(あ……これ、違ったかも……)

私はすぐに応じる。

(いえ、完全な誤りではありません)

(ただ――こちらの方が良い)

別の場面。

ヒカルが打つ。

(……これ、いい手じゃないか?)

私は静かに微笑む。

(ええ)

(その通りです)

(良い手です)

その言葉に、ヒカルの心が少し弾む。

【奈瀬の心】

(……何これ)

目の前の相手。

(さっきまで初心者みたいだったのに……)

打つたびに、変わる。

(別人……?)

「ねえ」

奈瀬が軽く言う。

「さっきと雰囲気違わない?」

ヒカル、少し焦る。

「え?そう?」

(……ふふ)

私は静かに見守る。

対局は進む。

和やかな空気の中で――

だが盤上は、確実に差がついていく。

【奈瀬の心】

(……強い……)

(でも……なんか楽しい)

【佐為視点】

中盤に入ったとき、私は意識的に“手を引いた”。

(……ここからは)

(見守りましょう)

ヒカルの思考が、静かに深まっていくのを感じる。

先ほどまでの戸惑いは消え、盤へと集中している。

(良い傾向です)

私は決める。

ヒカルが打つときには――何も言わない。

(考えさせる)

(感じさせる)

(選ばせる)

打った“あと”ならば、いくらでも導ける。

だが、その一手を“自分で選ぶ”経験こそが、何よりも大切。

(こうやって……育てる)

盤を見つめながら、静かに思う。

(今は……)

(この場にいるどの子よりも弱い……)

だが――

(きっと……強くなる)

その確信は、揺るがない。

ヒカルが打つ。

一手。

(……あ)

わずかに、呼吸が止まる。

(それは……)

(少し……軽い……)

いわゆる“悪手”。

だが――

私はすぐに思考を切り替える。

(ならば……)

(活かすまで)

私の番。

その歪みを包み込むように、一手を置く。

(悪手も……石)

(使いようです)

そして、気付く。

(……面白い……)

ヒカルの一手は、予測できない。

(この発想……)

私一人では、選ばなかった道。

(考えさせられる……)

それは、新しい刺激。

(……成長しているのは)

(ヒカルだけではありませんね)

――次の瞬間。

ヒカルが打つ。

(……!?)

思わず、声が出そうになる。

(あわわわわ……!)

(そこは……だめです……!)

(いけません……一番悪い場所です……!)

だが、私は言葉を飲み込む。

(……待ちなさい)

ヒカルの思考が流れ込む。

(ここで当てれば……すぐに取り合いになる……)

(形は悪いけど……今は戦いを優先したい)

(……なるほど)

私は、静かに納得する。

(短期的には……成立している……)

私は、数十手先を読む。

だがヒカルは――

(“今”を見ている)

目の前の攻防。

呼吸のような一手一手。

(視点が違う……)

それは、未熟さであり――

同時に、強さでもある。

だが。

【奈瀬の心】

(……今の……)

見逃さない。

(甘い)

彼女の一手が突き刺さる。

(……やはり……)

ヒカルの歪みを、正確に咎めてくる。

気付けば――

(5目……)

リードされている。

だが。

(問題ありません)

私は静かに盤を見つめる。

(この5目……)

(捨てましょう)

守るのではなく――

(新しい道を作る)

一手。

流れを、変える。

終盤。

空気が張り詰める。

ヒカルの手。

私の手。

二人三脚。

(詰めていく……)

じりじりと。

確実に。

石の音が響く。

――コツン

――ピシッ

(……来ました)

流れが、こちらへ。

ヒカルも感じている。

その呼吸。

その熱。

そして――

逆転。

さらに一手。

また一手。

(差が……開く)

終局。

(3目半……)

勝利。

ヒカルが立ち上がる。

「やったぁ!!」

元気なガッツポーズ。

(……ふふ)

私は、静かに微笑む。

対局後。

「進藤くんって、変な子だねー」

奈瀬明日美が笑う。

「なんかさー、微妙な手といい手が交互に来る感じ?」

率直な感想。

ヒカルは苦笑する。

「え、そう?」

(……その通りです)

だがそれは――

(可能性の証)

二人は自然と会話を続ける。

笑い合い、言葉を交わす。

(良い関係ですね)

私は静かに見守る。

(強くなるでしょう……ヒカル)

(この出会いもまた――)

一手なのですから。

【佐為視点】

対局を終えたあとの空気は、どこか柔らかかった。

勝負の緊張が解け、言葉が自然と行き交う。

奈瀬明日美がふと振り返る。

「わや、いつからいたの?」

壁にもたれていた

和谷義高が肩をすくめる。

「序盤から」

「休み番だったんだよ」

ヒカルが首を傾げる。

「休み番?」

(……確かに、初めて聞く言葉でしょうね)

和谷は少し得意げに説明する。

「囲碁って2人1組だろ?」

「奇数だと1人余るんだよ」

「そいつは不戦勝。ここじゃ“休み番”って呼ぶ」

ヒカルは素直に頷く。

「へー」

(こうして一つずつ、この世界の仕組みを覚えていく……)

(それもまた成長ですね)

和谷が、じっとヒカルを見る。

その視線には、先ほどまでの軽さはない。

「てかさ」

一歩、踏み込む。

「お前……なんか企んでるだろ?」

ヒカルが眉をひそめる。

「は?」

和谷は続ける。

「手、抜いてたっていうか……」

「試してる感じ?」

(……鋭い)

私は静かに感心する。

(よく見ていますね、この少年は)

ヒカルは少しだけ笑う。

「まーね」

(隠しませんか……)

(それでよいでしょう)

和谷がニヤリと笑う。

「でさ」

「俺がなんで休み番でここにいたか、分かるか?」

ヒカルはあっさり言う。

「わからねーよ」

一瞬の間。

和谷の目が、真剣になる。

「次の対局」

「俺だから」

空気が、少しだけ引き締まる。

「俺はさ」

「進藤の“本当の実力”見てぇんだよ」

一歩、近づく。

「だから――」

「本気で打ってくれ」

(……来ましたね)

私は静かにヒカルへ語りかける。

(“本気”を求められました)

(約束通り……応じましょう)

ヒカルは口元を歪める。

「泣かないよな?」

一瞬、空気が抜ける。

和谷が即座に返す。

「泣くかよ!」

奈瀬がくすっと笑う。

「なにそれ、子供みたい」

三人の間に、軽やかな空気が流れる。

だがその奥には――

確かな火種。

(……良いですね)

私は静かに思う。

(競い合い)

(ぶつかり合い)

それこそが――

(人を強くする)

ヒカルの中に、わずかな高揚が生まれる。

それを感じながら――

私は、次の一局に思いを巡らせていた。

(さて……)

(どこまで見せましょうか)

【佐為視点】

昼休憩。

張り詰めていた空気がほどけ、院生たちはそれぞれの場所へ散っていく。

ヒカルは自然な流れで、二人と並んで歩いていた。

隣には

和谷義高、

そして

奈瀬明日美。

向かった先は、簡素なハンバーガー屋。

ガラス越しに差し込む光と、油の香りが混じる、どこか日常的な空間。

(……こういう場所も……今の時代の“対局場”の一つなのでしょうね)

三人は席に着く。

ヒカルはメニューを眺めながら迷う。

「えーっと……」

奈瀬は即決する。

「私はチーズバーガーセット!」

「ポテトLで」

和谷も続く。

「俺はダブルバーガーとコーラ」

ヒカルは少し考え――

「じゃあ俺、てりやきバーガー」

(……甘辛い味付け……)

(面白そうですね)

やがて、トレーが並ぶ。

紙に包まれたバーガー。

揚げたてのポテト。

弾ける炭酸。

(……こうした何気ない時間も……)

(大切な一手)

食べながら、自然と会話が始まる。

和谷が口を開く。

「でさ」

ヒカルを見る。

「次の対局、分かってるよな?」

ヒカル、ポテトをつまみながら答える。

「わかってるよ」

和谷、念を押すように。

「本気で来いよ」

(……やはり、こだわりますね)

ヒカルは軽く笑う。

「はいはい」

だが、その奥には――

(受ける意思がある)

和谷がさらに踏み込む。

「てかさ」

「越智との対局……あれ、本気だったのか?」

一瞬、ヒカルの動きが止まる。

(さて……どう答えますか)

ヒカルは少しだけ考え――

「……途中からな」

奈瀬が目を丸くする。

「途中から?」

ヒカルは肩をすくめる。

「最初は……色々試してた」

(正直ですね)

和谷は呆れたように笑う。

「マジかよ……」

「越智、相当強いぞ?」

ヒカルは頷く。

「強いよ」

その言葉に、軽さはない。

「かなり強い」

(正しい評価です)

ヒカルは続ける。

「でも――」

わずかに、視線が遠くなる。

「塔矢アキラの方が……全然強い」

空気が少し変わる。

奈瀬が興味深そうに聞く。

「そんなに?」

ヒカルは、静かに言う。

「うん」

「物凄く強い」

(……確かに)

私も、その姿を思い出す。

塔矢アキラ。

(あの少年は……特別です)

ヒカルはさらに続ける。

「でもさ」

ポテトを一つ、口に運びながら。

「まだ……伸びると思う」

和谷が眉を上げる。

「は?」

奈瀬も興味を示す。

「どういう意味?」

ヒカルは少し考え――

「なんていうか……」

言葉を探す。

「完成してないっていうか」

「もっと強くなりそうなんだよな」

(……感じ取っていますね)

私は静かに思う。

(あの少年の“余白”を)

和谷は腕を組む。

「へぇ……」

少し笑う。

「じゃあ、その“もっと強くなる奴”と戦ってるお前はどうなんだよ?」

ヒカルは一瞬だけ黙り――

ニヤリと笑う。

「俺も強くなるよ」

(……良い顔です)

その言葉に、偽りはない。

奈瀬が笑う。

「なんかさー」

「進藤くんって、ほんと不思議」

和谷も笑う。

「確かにな」

笑い声が、店内に溶ける。

だが――

(この三人)

(いずれぶつかり合う)

私は静かに見つめる。

(楽しみですね)

次の対局。

そこに待つものを思い描きながら――

私は、静かに心を整えていた。

【佐為視点】

休憩の余韻は、もうどこにも残っていなかった。

席へ戻る足取りの中で、空気が変わるのを感じる。

碁盤の前。

向かい合うのは――

和谷義高。

その表情は、先ほどの軽口とは別人のように引き締まっている。

(……良い顔です)

真剣。

それは、碁打ちにとって何よりも尊い姿。

和谷が静かに石を取る。

先手。

一手目が置かれる。

(……では)

私は、ヒカルへと意識を落とす。

(本気を求められました)

(ならば――)

(最初から応じましょう)

私は、一手を選ぶ。

それは、遥か昔。

平安の頃に生まれた構想。

――「夕霧」。

(光源氏の子の名を冠した……一つの流れ)

石を、散らす。

まるで夕暮れに漂う霧のように。

一見、まとまりはない。

だが――

(中盤から終盤にかけて)

(夜のように……石が生きる)

【和谷視点】

(……!?)

違和感。

だが同時に――理解する。

(これ……“夕霧”……!?)

古い打ち方。

だが、その本質は――

(中盤以降を見据えてる……)

(じっくり来いってことか……!)

胸の奥が、熱くなる。

(上等だ……!)

【佐為視点】

(気付きましたか)

和谷の気配が変わる。

(良いですね)

序盤。

石は散らばる。

だが――

(全ては繋がっています)

一手、一手が重い。

和谷の額に、わずかに汗が浮かぶ。

(感じているはずです)

(この“重さ”を)

序盤の終わり。

ばらばらに見えた石たちが――

じわりと、圧をかけ始める。

【和谷視点】

(くっ……!)

(なんだこれ……!)

散っていたはずの石が、

いつの間にか――

(全部、効いてくる……!)

それでも、和谷は崩れない。

(流せ……!)

(まともに受けるな……!)

最小限で受け、形を崩さない。

(粘る……)

(喰らいつく……!)

【佐為視点】

(……見事です)

私は、静かに評価する。

(バランスが良い)

無理に戦わない。

急所を外さない。

(性格は……猪突猛進のようですが)

(碁は……繊細で慎重)

だが――

(“牙”がない)

越智の鋭さ。

塔矢アキラのような圧。

(それが……ない)

(だからこそ)

(怖さもまた……ない)

だが、その安定が――

(終盤へと導く)

中盤を越える。

(……ここからです)

夕霧。

その真価が現れる。

散らばっていた石が――

次々と、息を吹き返す。

(生きる……)

(全てが……)

【和谷視点】

(嘘だろ……)

(全部……繋がる……!?)

盤面が、一気に傾く。

【佐為視点】

(読み通り)

差が、開く。

一手。

また一手。

(止まりません)

終局。

(……22目差)

圧倒。

石を置く音が、止む。

和谷は――

動かない。

俯いたまま。

(……受け止めていますね)

しばしの沈黙。

そして――

ガタンッ

勢いよく立ち上がる。

「くやしいいい!!」

声が、響く。

「強すぎるぜ……!」

息を荒げながら、笑う。

「でもよ……!」

顔を上げる。

その目は、まっすぐだった。

「塔矢アキラのライバルっての……」

「俺、信じた」

【佐為視点】

その言葉に、私は静かに目を細める。

(……ええ)

(それでよいのです)

ヒカルの中で、何かが確かに動いている。

一手ごとに。

確実に。

(次へ……進みましょう)

【佐為視点】

対局が終わったあとの盤上には、まだ熱が残っていた。

石の配置は静かにそこにあるのに、先ほどまでの攻防が、空気の中に確かに息づいている。

和谷義高は、しばらく盤を見つめたまま動かなかった。

だがやがて、顔を上げる。

「なあ……」

その声には、悔しさと同時に、はっきりとした意思があった。

「どこが悪かった?」

(……来ましたね)

私は静かに頷く。

(求める者には、応える)

(それが……打ち手の務め)

ヒカルは一瞬、言葉を探す。

だがすぐに――

(そのまま伝えてください)

私は、思考を預ける。

ヒカルの口から、私の言葉が紡がれていく。

「序盤……受けすぎだってさ」

和谷の目が、わずかに揺れる。

「お前、急所は外してた」

「形も崩れてなかった」

「でも――」

一拍。

「全部“守り”だったって」

(そうです)

私は静かに続ける。

「夕霧はな」

「中盤から終盤で効いてくる打ち方だ」

「だから序盤で押し返さないと――」

「全部、後で重くなる」

和谷が、ゆっくりと頷く。

ヒカルはさらに続ける。

「あと」

「怖がってたって」

その一言で、空気が止まる。

和谷の目が、鋭くなる。

「……怖がってた?」

(ええ)

私は言葉を重ねる。

「お前の碁、丁寧で強いけど」

「“切り込む手”がなかったってさ」

沈黙。

和谷は、盤を見つめる。

そして――

小さく笑う。

「……なるほどな」

(受け止めましたね)

ヒカルは最後に付け加える。

「でも、バランスはすげえいいって」

「崩れないし、粘れる」

和谷が顔を上げる。

「……そっか」

その表情には、すでに次を見据えた光があった。

(これで良い)

(彼は、強くなります)

感想戦は続く。

石を動かしながら、分岐を辿る。

一手一手に意味が宿る。

(……この時間こそが)

(成長の本質)

やがて――

次の対局へと流れていく。

――対局①

伊角慎一郎

穏やかな空気。

だが、内には確かな芯。

この対局は――交互打ち。

ヒカルが打つ。

私は見守る。

(……良いですね)

伊角の打ちは柔らかい。

ヒカルの荒さを受け止めながら、形を整えてくる。

(包み込む碁)

中盤。

ヒカルの一手が、わずかに乱れる。

(そこは……)

だが、私は口を出さない。

(今は、感じる時)

その後、私が打つ一手で流れを整える。

二人三脚。

終局、わずかな差で勝利。

(ヒカル……少しずつ、見えてきていますね)

――対局

本田敏則

この対局で――

「本気で来てくれ」

と、言われる。

(……来ましたか)

私は静かに応じる。

(では)

(ここは――私が)

最初から、最後まで。

一人で打つ。

盤面が変わる。

空気が変わる。

本田の呼吸が乱れる。

(感じていますね)

一手、一手。

迷いなく。

最短で。

最善を積み重ねる。

終局――

圧倒。

本田が、呆然と呟く。

「……別人みたいだ」

(いいえ)

私は静かに思う。

(これもまた……ヒカルの一部)

こうして対局は続いていく。

一局ごとに、

ヒカルの中に積み重なるもの。

私の中に芽生えるもの。

(……楽しい)

それは、久しく忘れていた感情。

(碁とは)

(これほどまでに――)

私は、次の一局を待ちながら、

静かに微笑んでいた。

 

【佐為視点】

二週間。

それは、人の成長を測るには短い時間のはずだった。

だが――

(これほどまでに……変わるものなのですね)

進藤ヒカルという存在は、院生たちの中で一つの“現象”になっていた。

全勝。

疑いは、もはやどこにもない。

「やっぱり本物だったんだな……」

「噂以上だろ……あれ……」

そんな声が、あちらこちらから聞こえてくる。

そして、もう一つ。

(……興味深い変化)

対局後。

ヒカルのもとには、自然と人が集まるようになっていた。

「さっきの局面、どう打てばよかった?」

「俺のあの手、悪かったか?」

ライバルであるはずの者たちが、

答えを求めてくる。

(普通なら……あり得ない光景)

だが、ヒカルは――

(惜しみなく……与えていますね)

私の言葉を、そのまま。

いや――

(彼自身の言葉として)

「そこ、守るより攻めた方がよかったってさ」

「その形、後で重くなるぞ」

(……不思議なものです)

教えることで、

彼自身もまた理解を深めていく。

(教えるとは……学ぶこと)

やがて、季節が巡る。

春。

小学校の卒業式。

【佐為視点】

校庭に並ぶ子どもたち。

ヒカルの姿を見つめる。

(……少し、大きくなりましたね)

背丈も、表情も。

何より――

(覚悟が)

藤崎あかりが、隣にいる。

「ヒカルー!写真撮ろ!」

明るい声。

ヒカルは、少し照れながらも応じる。

「うるせーな……いいよ」

シャッターの音。

その一瞬に、

確かな時間が刻まれる。

(……尊いものです)

式が終わり。

二人は並んで歩く。

「中学でも碁、やるの?」

あかりの問い。

ヒカルは、少しだけ空を見上げてから答える。

「……やるよ」

短い言葉。

だが、その奥には――

(決意)

そして――

病院。

静かな廊下。

消毒液の匂い。

ヒカルの両親が眠る部屋。

機械音だけが、一定のリズムで響く。

ヒカルは、ゆっくりと近づく。

「……来たぞ」

小さな声。

あかりは、少し後ろで見守っている。

ヒカルは、椅子に座る。

「俺さ……」

言葉を探す。

「……勝ってる」

それだけ。

だが――

(全てが込められている)

「絶対、治すから」

拳を握る。

(ヒカル……)

私は、何もできない。

ただ――

(見守ることしか)

そして――

中学生。

新たな舞台。

若獅子戦。

プロ、院生、アマチュアが交わる場。

(ついに……来ましたね)

 




部活の団体戦がないため、1年早くプロ試験編スタート

次号 ヒカルVSアキラ リベンジ戦 勝つのは

  • ヒカル
  • アキラ
  • 引き分け
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