藤原佐為の碁 ~転生したら神童ヒカルになってた件~   作:梅酒24

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第五局:VS塔矢アキラ

【佐為視点】

春の光は、どこか柔らかく、それでいて確かな輪郭を持っていた。

制服に袖を通したヒカルは、もうあの頃の少年ではない。

◆

(……変わりましたね)

◆

歩き方。

視線。

言葉の間。

◆

そのすべてに――

(“迷いの少なさ”がある)

◆

中学生。

たったそれだけの変化のはずなのに、

ヒカルの内側には、確かな“芯”が生まれていた。

◆

(覚悟……でしょうか)

◆

両親のこと。

碁のこと。

未来のこと。

◆

背負うものが、彼を静かに強くしている。

◆

◆

若獅子戦。

◆

会場には、独特の緊張が漂っていた。

◆

プロ、院生、アマチュア。

それぞれの誇りが、静かにぶつかり合う場。

◆

ヒカルは席に座る。

◆

その目は、盤ではなく――

◆

(……先を見ていますね)

◆

対戦表の先。

◆

勝てば――

◆

塔矢アキラ。

◆

(意識している)

◆

だが、その感情に飲まれてはいない。

◆

(良い集中です)

◆

◆

対局開始。

◆

相手は――

村上二段。

◆

若手ながら、堅実で隙の少ない打ち手。

◆

◆

「よろしくお願いします」

◆

静かな挨拶。

◆

ヒカルも応じる。

◆

「お願いします」

◆

◆

(では……)

◆

私は盤面へ意識を落とす。

◆

◆

序盤。

◆

私は、石を散らす。

◆

――夕霧。

◆

(再び、この形を)

◆

◆

石は、まとまりなく広がる。

◆

だがそれは、無秩序ではない。

◆

(すべては……後のため)

◆

◆

【佐為視点】

村上は、冷静に受ける。

◆

(堅実……)

◆

不用意に踏み込まず、

形を整えながら進めてくる。

◆

◆

(良い打ち手です)

◆

◆

中盤。

◆

差はない。

◆

互角。

◆

◆

ヒカルの呼吸も、安定している。

◆

(焦りがない)

◆

◆

以前のヒカルなら、

どこかで揺らいでいた局面。

◆

だが今は違う。

◆

(耐えている)

◆

(“待つ”ことを覚えた)

◆

◆

村上が仕掛ける。

◆

一手、圧をかける。

◆

◆

(良い判断)

◆

だが――

◆

(まだ、早い)

◆

◆

私は静かに応じる。

◆

石と石が、呼応する。

◆

◆

(……来ます)

◆

◆

中盤の終わり。

◆

散らばっていた石たちが、

ゆっくりと――

◆

息を吹き返す。

◆

◆

【村上の変化】

(……なんだ……?)

◆

盤面の印象が、変わる。

◆

◆

(全部……効いてくる……!?)

◆

◆

【佐為視点】

(夕霧の本質)

◆

◆

石は、生きる。

◆

一つ、また一つ。

◆

◆

(ここからです)

◆

◆

終盤。

◆

私は一気に詰める。

◆

無駄なく。

正確に。

◆

◆

ヒカルの指先も、迷いなく石を運ぶ。

◆

(……良い)

◆

(完全に、流れに乗っています)

◆

◆

村上は粘る。

◆

だが――

◆

(届きません)

◆

◆

差は開く。

◆

五目。

十目。

◆

そして――

◆

(十五目半)

◆

◆

「……負けました」

◆

村上が静かに頭を下げる。

◆

◆

ヒカルも、ゆっくりと礼をする。

◆

「ありがとうございました」

◆

◆

盤上には、明確な差。

◆

だがそれ以上に――

◆

(内容の差)

◆

◆

私は、静かにヒカルを見つめる。

◆

(……強くなりましたね)

◆

◆

そして同時に――

◆

(次が来ます)

◆

◆

視線の先。

◆

◆

塔矢アキラ。

◆

◆

(いよいよ……)

◆

胸の奥が、わずかに高鳴る。

◆

◆

楽しみと。

緊張と。

◆

そして――

◆

(避けては通れぬ一局)

◆

◆

ヒカルは、何も言わない。

◆

だがその目は――

◆

まっすぐに、次を見据えていた。

◆

◆

(参りましょう)

◆

(この先へ)

【佐為視点】

盤上に残る余韻は、まだ消えてはおりませぬ。

先の一局――勝負は既に決しておりながら、その流れは、確かに“次”へと繋がっております。

◆

(此度、夕霧を用いたは……)

◆

ただ勝つためにあらず。

◆

(長き勝負を見据えてのこと)

◆

短き戦いにて圧することは、たやすきこと。

されど――

◆

(それでは、届かぬ)

◆

◆

私の意識は、盤の外へと向けられておりました。

◆

(見ておられるか……)

◆

静かに、背後。

◆

◆

塔矢アキラ。

◆

◆

あの者は、必ず勝ち上がる。

そして――

ヒカルの対局を、見に来る。

◆

(ならば)

◆

(見せねばなりませぬ)

◆

◆

我が打ち筋を。

時を越えし一手を。

◆

(夕霧……)

◆

平安の世にて生まれし、悠久の流れ。

◆

序にて決せず、

中にて争い、

終にてすべてを生かす。

◆

(現代の碁打ちには、馴染み薄きもの)

◆

されど――

◆

(だからこそ、心に残る)

◆

◆

【塔矢アキラ視点】

後方にて、静かに盤を見つめる。

◆

(これは……)

◆

その瞳が、わずかに見開かれる。

◆

(“夕霧”……)

◆

記憶の奥にある、古き打ち方。

◆

(中盤までに差をつけるのは難しい)

(だが終盤……すべての石が生きる)

◆

◆

視線が、進藤ヒカルへと向く。

◆

(まさか……)

◆

(僕に見せるために……?)

◆

◆

一局の意味が、変わる。

◆

(あえて、長き勝負を……)

◆

胸の奥に、熱が灯る。

◆

(進藤ヒカル……)

◆

◆

◆

【佐為視点】

感じ取られましたか。

◆

(それで良い)

◆

◆

勝負とは、ただの勝敗にあらず。

◆

(語りかけるもの)

◆

(伝えるもの)

◆

◆

そして――

◆

(次の一局へ)

◆

◆

◆

第二局。

◆

盤は新たに据えられ、

静寂が満ちる。

◆

◆

開始まで、まだ時がある。

◆

されど――

◆

◆

ヒカルと

塔矢アキラは、

既に席についておりました。

◆

◆

十五分前。

◆

その時の流れすら、張り詰めております。

◆

◆

アキラが、先に口を開く。

◆

「……見ていたよ」

◆

静かな声。

◆

ヒカルは、軽く肩をすくめる。

◆

「そりゃどうも」

◆

◆

アキラは、盤を見つめたまま続ける。

◆

「“夕霧”……だね」

◆

◆

ヒカルが、少しだけ目を細める。

◆

「詳しいな」

◆

◆

アキラの指が、碁盤の縁をなぞる。

◆

「古い打ち方だ」

「けれど……あれほど完成された形で見るのは初めてだ」

◆

◆

一拍。

◆

そして、視線を上げる。

◆

「……僕に見せたのかい?」

◆

◆

空気が、わずかに揺れる。

◆

◆

ヒカルは、ふっと笑う。

◆

「どう思う?」

◆

◆

アキラの目が、鋭くなる。

◆

「……そうだとしたら」

◆

「ずいぶんと、挑発的だ」

◆

◆

ヒカルは背もたれに軽く寄りかかる。

◆

「別に」

「ただ打っただけだよ」

◆

◆

(……見事な返し)

◆

私は、内にて微笑む。

◆

◆

アキラは、しばし沈黙する。

◆

◆

そして――

◆

「いいだろう」

◆

◆

静かに言い放つ。

◆

「受けて立つ」

◆

◆

ヒカルが、わずかに前へ身を乗り出す。

◆

「最初から本気で来いよ」

◆

◆

アキラの口元が、わずかに緩む。

◆

「もちろんだ」

◆

◆

そのやり取りは、短く。

だが――

◆

(十分)

◆

◆

二人の間に流れるものは、

言葉など必要とせぬほど、濃密に満ちておりました。

◆

◆

やがて、開始の時が訪れる。

◆

◆

(いよいよ……)

◆

◆

私は、静かに盤を見つめる。

◆

◆

(この一局)

◆

(時を越えしものと、現代の極みが交わる)

◆

◆

胸の奥に、確かな高鳴り。

◆

◆

(参りましょう)

【佐為視点】

対局場に満ちる気配は、先ほどまでとは明らかに異なっておりました。

静けさの中に、張り詰めた糸のようなものが走っている。

◆

(来ましたか……)

◆

私の視線は、自然と一人の少年へと向かう。

◆

塔矢アキラ。

◆

その手が――

わずかに震えておりました。

◆

碁石に触れ、

離し、

また触れる。

◆

指先が定まらぬ。

◆

ふとした拍子に、碁笥の蓋が小さく音を立てて転がる。

◆

◆

(……それほどまでに)

◆

胸の内に渦巻くもの。

◆

抑えきれぬ熱。

◆

◆

【塔矢アキラの内】

(僕は――)

(どれだけ、この一局を待ち望んでいた……)

◆

脳裏に浮かぶ。

過去の対局。

◆

何度も。

何度も。

◆

繰り返し、反芻する。

◆

(あの一手……)

(あの流れ……)

◆

(どう打てば届いたのか)

◆

◆

(それでも――)

◆

(届かなかった)

◆

◆

それは、もはや幻想にも似た存在。

◆

(進藤ヒカル……)

◆

◆

だが――

◆

(僕は、変わった)

◆

一戦目。

プロ相手に、三目差。

◆

冷静に。

正確に。

◆

勝ち切った。

◆

(確かに……成長している)

◆

◆

それでも。

◆

(なのに……)

◆

手が震える。

◆

◆

(止まらない……)

◆

◆

【佐為視点】

その震えは、隠そうとしても隠しきれるものではありませぬ。

◆

ヒカルもまた、それを見ておりました。

◆

「……震えてるのか?」

◆

◆

短く、問いかける。

◆

◆

アキラは、わずかに顔を上げる。

◆

「いや……」

◆

◆

否定。

されど――

◆

(声に、揺らぎがある)

◆

◆

そのやり取りだけで、十分でございました。

◆

◆

(よい)

◆

(この緊張こそ……真の勝負)

◆

◆

やがて。

◆

開始の合図。

◆

◆

【佐為視点】

(参りましょう)

◆

私は、盤へと意識を落とす。

◆

ヒカルの手を借り、

石を置く。

◆

◆

――夕霧。

◆

◆

再び、石を散らす。

◆

規則なきようでいて、

すべてが繋がる布石。

◆

◆

【塔矢アキラの内】

(来た……)

◆

(やはり“夕霧”……!)

◆

◆

視線が、盤をなぞる。

◆

(見ていた)

(何度も、頭の中で試した)

◆

(僕なら……どう打つか)

◆

◆

序盤の応酬。

◆

静かに、

しかし確実に、

火花が散る。

◆

◆

【佐為視点】

(……良い)

◆

アキラの打ちは、迷いがない。

◆

◆

(ただの模倣ではありませぬ)

◆

◆

己のものとして、

消化し、

打っている。

◆

◆

【塔矢アキラの内】

(違う……)

◆

(ただの夕霧じゃない)

◆

◆

盤を凝視する。

◆

(桂馬……?)

◆

将棋に似た跳躍の配置。

◆

◆

(配置の密度が……違う)

◆

(間合いが……計算されている)

◆

◆

【佐為視点】

(気付きましたか)

◆

◆

私は、ただ見つめる。

◆

(よい目)

◆

(よい打ち方)

◆

(よい表情)

◆

◆

そして何より――

◆

(熱意)

◆

◆

院生の中でも、

これほどまでに満ちた者は、そうはおりませぬ。

◆

◆

(すべてが、高い)

◆

◆

中盤へ。

◆

◆

アキラは攻める。

◆

一手。

また一手。

◆

◆

(見事)

◆

◆

一切の無駄がない。

◆

(誤りと言える手が……見当たらぬ)

◆

◆

こちらが、

わずかに押される。

◆

◆

(当然)

◆

夕霧は――

◆

(序から中にかけて、脆きもの)

◆

◆

巧者に攻められれば、

そのまま崩れ去ることも多い。

◆

◆

(ゆえに)

◆

(この流れは……必然)

◆

◆

だが――

◆

私は、微かに微笑む。

◆

◆

(……楽しい)

◆

◆

胸の奥に、湧き上がるもの。

◆

◆

(ヒカルも、著しく伸びておりますが)

◆

◆

視線の先。

◆

塔矢アキラ。

◆

◆

(この者もまた……)

◆

◆

(なお、伸びるか)

◆

◆

盤上にて、

時を越えたものと、

現代の才が交わる。

◆

◆

(なんと……)

◆

◆

(愉しきことよ)

◆

◆

勝負は、まだ続く。

◆

そしてその先に――

◆

どのような景色が待つのか。

◆

◆

私はただ、

その一手一手を、

味わうように見つめておりました。

【佐為視点】

面白い――

その一言に尽きましょう。

◆

盤上に流れる気配は、もはやただの勝負にあらず。

互いの思考が絡み合い、

幾重にも折り重なりながら、深みへと沈んでゆく。

◆

(……誘っておりますな)

◆

私の内に、静かなる確信が芽生える。

◆

この流れ。

この構え。

この呼吸。

◆

(本因坊秀策の戦いへと)

◆

◆

本因坊秀策の碁。

それは、静かにして絶対。

無駄を削ぎ落とし、

一手一手が盤の理に沿い、

やがて逃れ得ぬ流れへと導く。

◆

(……何度も、何度も)

◆

◆

あの少年は、

その影を追い続けてきたのでしょう。

◆

◆

【塔矢アキラの内】

(のってきた……)

◆

胸の奥が、熱を帯びる。

◆

(僕は……)

(この展開を、どれだけ望んできた……)

◆

過去の対局。

敗北。

悔恨。

◆

(もう負けないと……)

(何度も、何度も……考えてきた)

◆

◆

【佐為視点】

(この気迫……)

◆

(よくぞ、ここまで)

◆

学び、

磨き、

昇華している。

◆

◆

ならば――

◆

(応えねばなりませぬ)

◆

◆

私は、夕霧の流れを崩さぬように保ちつつ、

その内に、秀策の理を織り込む。

◆

柔と剛。

散と収。

◆

相反するものを、

一つの流れにて結ぶ。

◆

◆

(では……この一手)

◆

◆

盤に、静かに石を置く。

◆

◆

【塔矢アキラの内】

(……っ)

◆

(ここで……新手)

◆

◆

盤面が、わずかに揺らぐ。

◆

(試されている……)

◆

◆

長考。

◆

視線が、石の連なりを追う。

◆

(お父さんとの対局……)

◆

記憶がよみがえる。

◆

(あの時、僕は三つしか考えられなかった)

◆

(だが父は……六つ)

◆

◆

(差は……歴然だった)

◆

◆

拳を、膝の上で握る。

◆

(この手に対して……)

◆

(有効手は……七つ)

◆

◆

思考が、枝分かれする。

◆

一本。

二本。

◆

さらにその先へ。

◆

◆

【佐為視点】

(さて……)

◆

私は静かに、見守る。

◆

◆

(この新しき手への応じ方は……八通り)

◆

◆

(さあ、アキラ)

◆

(どこまで見えておりますか)

◆

◆

七か。

六か。

◆

それとも――

◆

(九に至るか)

◆

◆

盤上に、静寂が満ちる。

◆

誰もが息を潜める中、

ただ一人、

少年は考え続ける。

◆

◆

(……よい)

◆

◆

やがて。

◆

指が、石を掴む。

◆

そして――

◆

置く。

◆

◆

【佐為視点】

(……ほう)

◆

◆

その一手。

◆

流れに沿い、

要を押さえた、力強き手。

◆

◆

(それは――)

◆

(次善)

◆

◆

だが、

その価値は決して低くない。

◆

◆

(よい手です)

◆

◆

私は、わずかに微笑む。

◆

(夕霧に対してであれば)

◆

(なお優れた応じもありましたが……)

◆

◆

されど。

◆

◆

(ここまで辿り着いたことこそ)

◆

(賞賛に値しましょう)

◆

◆

盤上の空気が、さらに熱を帯びる。

◆

互いに一歩も退かぬまま、

より深き領域へと踏み込んでゆく。

◆

◆

(……よい勝負です)

◆

◆

そして私は、確かに感じておりました。

◆

この一局が、

ただの勝敗では終わらぬことを。

◆

◆

(時を越えしものと)

◆

(今を生きる才が)

◆

(真に交わる一局)

◆

◆

その只中に、

私はいるのだと。

【佐為視点】

中盤――

盤上は、まさしく均衡。

◆

互いに一歩も譲らず、

呼吸を合わせるかのごとく、

石は置かれてゆく。

◆

(よき均衡……)

◆

されど。

◆

(ここより、流れは変わる)

◆

私は、ひとつの石に意識を向ける。

◆

そして――

◆

(……伸ばしましょう)

◆

◆

ノビ。

◆

◆

その一手は、

あまりにも穏やかに見える。

◆

春の風のように、

静かに、

やわらかく、

盤の上をなぞる。

◆

◆

(夕霧に紛れる……春風)

◆

◆

だがその風は――

◆

(止まらぬ)

◆

(伸びゆくもの)

◆

◆

【塔矢アキラの内】

(……イーブン)

◆

盤を見据え、

静かに分析する。

◆

(いや……違う)

◆

夕霧。

◆

それは――

終盤にて息を吹き返す打ち。

◆

(今、互角ということは……)

◆

(終局では押し切られる)

◆

◆

わずかに、喉が鳴る。

◆

(……厳しい)

◆

◆

視線が、そのノビへと向かう。

◆

(この石……伸びたか)

◆

◆

(ならば……さらに重くなる)

◆

◆

胸の奥に、重圧がのしかかる。

◆

だが――

◆

(逃げてはならない)

◆

◆

「……」

◆

アキラは、わずかに目を閉じ、

◆

(肝を据える)

◆

◆

そして――

攻める。

◆

◆

【佐為視点】

(……来ましたか)

◆

◆

その一手は、

鋭く、

強く、

迷いがない。

◆

◆

(よい……)

◆

◆

胸の奥が、震える。

◆

(この気迫……)

◆

(もはや――)

◆

◆

塔矢行洋にも、

劣らぬ。

◆

◆

攻防は、激しさを増す。

◆

夕霧の弱み――

中盤の脆さが、

露わとなる。

◆

◆

押される。

◆

じわりと。

確実に。

◆

◆

(四目……)

◆

◆

差がつく。

◆

◆

(強い……)

◆

◆

だが。

◆

◆

(それでも)

◆

◆

私は、微かに笑みを浮かべる。

◆

(この風は……)

◆

(穏やかにあらず)

◆

◆

◆

(ここより荒れる)

◆

◆

――雷轟。

◆

◆

ノビは、うねる。

◆

直線ではなく、

蛇のごとく、

折れ、

曲がり、

絡み合う。

◆

◆

それはもはや、

風ではない。

◆

◆

(命を削る嵐)

◆

◆

【塔矢アキラの内】

(……来たか)

◆

◆

その気配に、

息を呑む。

◆

(捨て身の一手――雷轟)

◆

◆

(本来なら……固く来るはず)

◆

(夕霧を活かすために)

◆

◆

だが――

◆

(ここで……跳ね返せば)

◆

(終局を待たずに……勝てる)

◆

◆

視線が鋭くなる。

◆

(掴める……勝ち筋)

◆

◆

【佐為視点】

(……そうはさせませぬ)

◆

◆

ここからは、

一手の緩みが、

即ち死。

◆

◆

(綱渡り)

◆

◆

石と石が、

互いの命を削り合う。

◆

◆

一瞬の迷いが、

全てを崩す。

◆

◆

(……よい)

◆

(実に、よい)

◆

◆

【塔矢アキラの内】

(落ち着け……)

◆

◆

状況は、

わずかに有利。

◆

(だが……一手でも崩れれば)

◆

(終わる)

◆

◆

それでも、

手は止まらない。

◆

◆

冷静に。

正確に。

◆

◆

◆

そして――

終盤。

◆

◆

空気が変わる。

◆

◆

【佐為視点】

(……来ました)

◆

◆

散らばっていた石たちが、

ゆっくりと、

息を吹き返す。

◆

◆

一つ、

また一つ。

◆

◆

(夕霧)

◆

◆

それは、

静かに、

だが確実に、

盤を覆う。

◆

◆

【塔矢アキラの内】

(……何だ)

◆

◆

視界が、

曇るような感覚。

◆

◆

(見えない……)

◆

◆

盤面が、

歪む。

◆

◆

(どこが境界だ……?)

◆

(どこまでが生きて……どこが死んでいる……?)

◆

◆

それはまるで――

◆

◆

霧。

◆

◆

深く、

濃く、

重たい霧。

◆

◆

足元さえ、

確かでなくなる。

◆

◆

一歩踏み出せば、

奈落へと落ちるような、

不安。

◆

◆

(……読めない)

◆

◆

どれほど目を凝らしても、

先が見えぬ。

◆

◆

石はある。

形もある。

◆

だが――

◆

(意味が……掴めない)

◆

◆

霧の中に、

無数の影が揺れる。

◆

それが味方か、

敵かも分からぬ。

◆

◆

(……これが)

◆

◆

(夕霧……)

◆

◆

心が、揺らぐ。

◆

◆

(違う……落ち着け……)

◆

(考えろ……)

◆

◆

だが、

思考は霧に呑まれてゆく。

◆

◆

(……こんな……)

◆

◆

胸の奥に、

初めての恐怖が芽生える。

◆

◆

それは、

敗北の予感ではない。

◆

◆

(理解できないものへの……恐怖)

◆

◆

【佐為視点】

(……感じておりますね)

◆

◆

霧の中に迷い込んだ者の、

戸惑いを。

◆

◆

(だが)

◆

◆

それでもなお、

この少年は崩れぬ。

◆

◆

(実に……見事)

◆

◆

私は静かに、次の一手を見据える。

◆

◆

勝負は、最終の領域へ。

◆

◆

霧の奥に、

ただ一つの結末が、

静かに待っておりました。

【佐為視点】

震えておりますね。

◆

指先のわずかな揺れ。

呼吸の乱れ。

視線の定まらぬ一瞬。

◆

(……感じております)

◆

それは恐れではなく、

理解し始めた証。

◆

(この『夕霧』の深さを)

◆

◆

盤上は、もはや一つの景にあらず。

◆

流れは連なり、

形は崩れ、

再び生まれる。

◆

◆

(『夕霧』)

(『雷轟』)

◆

そして――

◆

(さらに荒れる……)

◆

◆

『雪嵐』。

◆

◆

静かなる白は、

もはや静寂ではない。

◆

吹き荒ぶ雪のごとく、

黒を覆い、

かき消し、

存在そのものを曖昧にしてゆく。

◆

◆

私の白石が、

黒石を、

一つ、

また一つと――

◆

(溶かすように)

◆

奪ってゆく。

◆

◆

(さぁ……)

◆

(如何に応じますか)

◆

◆

【塔矢アキラの内】

(くっ……)

◆

胸を締め付ける圧。

◆

(厳しい……!)

◆

◆

それは、

まるで自然そのもの。

◆

◆

逃げ場などない。

◆

抗うことしか許されぬ。

◆

◆

(だが……)

◆

拳を強く握る。

◆

(僕は……)

◆

◆

(進藤ヒカルを……追い続けてきた)

◆

◆

敗北。

悔しさ。

◆

それらすべてを、

飲み込み、

ここまで来た。

◆

◆

(負けてたまるか……!)

◆

◆

【佐為視点】

……良い。

◆

その一手。

◆

◆

(力で捌くか)

◆

◆

理を越え、

流れに抗い、

正面より切り裂く。

◆

◆

その打ち様は――

◆

◆

塔矢行洋にすら、

劣らぬ。

◆

◆

(見事)

◆

◆

盤上は、

さらに激しさを増す。

◆

◆

互いの石が、

命を削り合う。

◆

◆

一手の遅れも許されぬ、

極限の領域。

◆

◆

(そして……)

◆

◆

終局へ。

◆

◆

私は、最後の一手を見届ける。

◆

◆

(六目半)

◆

◆

静かに、

しかし確かに、

勝負は決した。

◆

◆

【塔矢アキラ】

「くそぉぉぉ!!」

◆

机を、強く叩く。

◆

乾いた音が、室内に響く。

◆

◆

そのまま、

力が抜けるように、

倒れ込む。

◆

◆

そして――

◆

涙。

◆

◆

【佐為視点】

……言葉は、ございませぬ。

◆

ただ、時が流れる。

◆

一分。

◆

沈黙。

◆

◆

その重みは、

どの言葉よりも深く、

強く、

心に残る。

◆

◆

やがて――

◆

アキラが、顔を上げる。

◆

◆

「……どこが、駄目だった」

◆

◆

その問い。

◆

逃げも、

言い訳もない。

◆

ただ、真実を求める声。

◆

◆

(……よい)

◆

◆

私は、ヒカルを通じて、

言葉を紡ぐ。

◆

◆

「強く打ったのは、間違っていない」

◆

◆

静かに。

◆

◆

「あの姿勢がなければ、差はもっと開いていた」

◆

◆

アキラの瞳が、わずかに揺れる。

◆

◆

「夕霧を相手にして……」

◆

◆

一拍。

◆

◆

「これほどまで追い詰めた者は、初めてだ」

◆

◆

空気が、変わる。

◆

◆

「それに――」

◆

◆

視線を、まっすぐに向ける。

◆

◆

「本因坊秀策の流れへと誘ったこと」

◆

◆

(見事でございました)

◆

◆

「ただ……」

◆

◆

盤を指し示す。

◆

◆

「この新しき手に対しては」

◆

◆

「さらに良き応じがあった」

◆

◆

「もし“夕霧”を見抜いていたならば……」

◆

◆

「こちらの手が、最善であったでしょう」

◆

◆

静かに、示す。

◆

◆

【佐為視点】

すべてを伝える必要はありませぬ。

◆

されど、

進むべき道は、

示さねばならぬ。

◆

◆

(この者は……)

◆

◆

まだ、

伸びる。

◆

◆

大きく。

◆

どこまでも。

◆

◆

私は、静かにその姿を見つめる。

◆

◆

(いずれまた)

◆

(この霧の先で)

◆

◆

再び、相まみえる日が来ることを――

◆

確信しながら。

 

次号 ヒカルVS倉田 勝つのは?

  • ヒカル
  • 倉田
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