ヤンデレ男に人生を狂わされる瀬田薫さんが書きたくて書きました

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ラストダンスは劇的に

 久しぶりの大学の講義は、全く頭に入らなかった。

 それは久しぶりに浴びる太陽の光が眩しくて、意識がくらくら遠のいてしまうからだろうか。久しぶりに聞く人の声に慣れなくて、うまく聞き取れないからだろうか。随分と落ちてしまった体力で身体を動かせど、あの時と同じように動くことは決してできなかった。それどころか、指先に何かが滲んでいるような幻覚が拭えなくて、指を擦るばかり。さっき、三十回ほど水道で洗ってきたはずなのに、まだ落ちないんだ。

 とはいえ、まるで動画のシークバーを動かすかのように進んでしまった時を、いまさら戻すこともできないからね。不安がる級友たちをこれ以上暗い顔にさせないよう、うまく笑ってみせた。本当にうまく笑えていたのかは、わからない。

 ……あそこを出て最初に大学に行くのは、間違いだっただろうか。一度家に帰って、家族を安心させるべきだっただろうか。それとも、然るべき場所に連絡をして……いや、違うな。今の私は、まともな連絡手段を持っていないのだから。

 なんで大学に来ていなかったんですか? その質問に対する答えを、ありきたりな言葉で濁す。彼女たちの顔が晴れることはなかったけれど、ひとまず納得してくれたようだ。

 それにしても、今日は妙に蒸し暑い。半袖の服を着てくればよかった、なんてことを考える。そもそも、家に半袖の服があったかすら覚えていないけれど。

 朝ごはん、食べたかな。昼はいつのことを指すのだろう。夜はどうしようもなく長い。私を、私を構成する全ての時間感覚が狂っている。ぼんやりとする頭で、講義室の隅にあるカレンダーを見た。

 僅かな記憶を辿るように暦を数える。どうやら今日は七月三十日のようだった。だからここまで蒸し暑かったんだ。ちょうどそこの隙間にひときわ大きな花火のイラストが描いてあり、その綺麗な色使いに思わず見惚れてしまった。

 

 ──今度の花火大会、この窓から一緒に見ましょうね。

 

 頭に響く声と、優しく緩んだ口元を思い出して、ぞっとする。慌てて払いのける動作をしたら、みんながびっくりした目で私を見ていた。

 ……まだ、まだだ。染みついたこの感覚が抜け切るまで、どれだけ時間がかかるだろうか。考えようとして、やめる。それが意味のないことだと思ってしまったから。

 

「……、……、……薫」

 

 頭の中に、誰かの声が響く。その声は確かに私のことを呼んでいるのに、最初はうまく認識ができなかった。

 顔を上げると、久しぶりに見る懐かしい顔があった。おかしいな、彼女とはよくここの学食でランチを共にしていたはずなのに。

 

「……ああ、すまない。何の用かな? 千聖」

「何の用も、何もないわよ。あなた、今までどこで何をしていたの? 急にまたいなくなったと思ったら突然大学に顔を出すなんて、意味不明よ」

「……そうだね、自分の中の儚さに向き合うための旅を……」

「とぼけないでちょうだい。あなた、「彼」と暮らすようになってから様子がおかしくなっていったでしょう? 私がいくら連絡しても返事はしないし、外では一切姿を見かけなかったし。そんなあなたが今になって大学に顔を出していることが、不思議で仕方がないのよ。それに」

「……それに?」

「どうしてそこまで手が荒れているのかしら。水仕事でもしてないと、そこまで手は荒れないわよ」

 

 彼女……千聖は、真剣な顔でそう口にした。たしかに彼女が驚くのも無理はないだろう。いなくなったと思った友人がいきなり大学にいたら、びっくりしてしまうからね。

 でも、大丈夫さ。これはもう終わった話なんだ。だからこれ以上、千聖や子猫ちゃんたちを不安にさせることはないよ。そう返したが、千聖の顔はいまだに晴れないようだった。

 水仕事……彼女にはそう見えるのだろうか。私は、あまり意識していないつもりだったのだけれど。今日は、ハンドクリームを買って帰ろうかな。

 本当に大丈夫なの? 千聖の顔には、そう書いてあるようだった。でも、これ以上彼女は深入りをしなかった。

 

「とりあえず、あなたが生きてくれていてよかったわ。きっと、随分と間が空いているからわからないことも多いでしょう? 私にわかることなら、教えられるわ」

「……ありがとう」

 

 その不器用な優しさに、胸がじんと温まるのを感じる。いつもその優しさに助けられていたはずなのに、それに対して懐かしいような、慣れないような感覚を覚えてしまう自分に驚いた。

 そうだね、普通に考えてみれば、今、私がここにいるのはおかしいんだ。本来、私はここにいるはずではない状態なのだから。

 久しぶりに食べる学食は、味がしなかった。もし「君」が隣にいたのなら、塩コショウが足りないんだと思います、なんて言って、卓上の調味料を振りかけてくれたのだろうか。

 

 〜

 

 四限目の終わりを告げるチャイムが鳴り終わった。多くの学生はこのチャイムをから支配からの解放と捉えることの方が多いだろうが、少なくとも、少し前までの私は逆だった。

 講義が終わり、外に出る。校門前には、「君」がいる。柔らかい笑顔で、こちらに向かって手を振っているんだ。

 ごめんね、寂しい思いをさせてしまって。私は「君」にわがままを言って外に出ることを許してもらっているのだから、まずちゃんと「あること」を伝えなければならない。もう目の前には誰もいないはずなのに、決まったセリフが自然と口に出てしまっていた。

 

「今日は外に出ることを許してくれて、本当にありがとう」

「そんなに不安がらないでおくれ。ちゃんとGPSはつけているよ。今日一日の録音データだって出せる。大切なフィアンセを不安にさせてしまうのは、王子様失格だからね」

「……「君」に伝えていたスケジュールより、三分ほど遅れてしまってすまない。今度は同じことが二度と起こらないようにするよ」

「ああ、ありがとう、ありがとう。「君」は優しいね」

「それじゃあ、一緒に家まで帰ろうか」

 

 何度も演じた舞台のセリフのように、「君」への報告をスラスラと言えてしまう自分の口が怖い。こんなやり取りをしたのはもうずっと前のことなのに、覚えているものなんだね。

 ……俺の知らないあなたがいると、気が狂いそうになるんです。それが、「君」の口癖だったね。それは、今もなのかい? 

 返事はなかった。「君」は、とても口数が少ない人だからね、仕方がない話だ。その分、秘めている感情は情熱的で、何度互いの身を焦がしただろうか。

 今更そんな話をするのは、ナンセンスか。今日は私たちの関係の進展を祝う記念すべき一日だ。ちょうど「君」と約束していた花火大会も今日あるみたいだし、よかったらこの後どうだい? 

 今日の夜空には大輪の花が咲くらしい。それを小さな窓から眺めるより、近くで見た方がより儚いと思うんだ。私はただ、「君」との思い出が作りたいだけなんだよ。わかって、くれるかい? 

 ああ、よかった。一緒に行ってくれるんだね。すまない、「君」はあまり外に出るのが好きではないはずなのに、連れ出してしまって。

 すごく楽しみなんだ。こんなこと、久しぶりだからね。「君」は、お祭りの屋台は何が好きなんだい? 私は、そうだね……牛すじ煮込みの屋台があると、嬉しくなるかな。意外かい? フフ、食べてみると意外と美味しいものさ。

 そうだ、花火の下で「君」とダンスを踊るのもいいね。なに、ぎこちなくても、うまく踊れなくてもいいのさ。私は、ただ……

 さて、家に帰ろうか。一緒に花火を観に行く準備をしないとね。

 

 〜

 

 ふと、昔のことを考えていた。私と「君」の生活が始まったのは、つい二年前のこと。暗い部屋と縛られた身体、虚な目をした「君」と目が合って、私たちの生活は幕を開けた。

 

「これから、あなたは、ここで暮らしてください」

 

 最初は、何が何だかわからなかった。どうして自分はこの部屋にいるのか、目の前にいる彼がここに私を連れてきたのか、どうしてこんなことになっているのか。

 私がいくら質問しても、「君」は答えてくれなかった。その代わりに、このベッドは薫さんの髪の色と同じ色にしたんです、本棚にはシェイクスピアの本をたくさん集めたんです、この部屋の中で好きなことだけをして暮らしてください、ずっと一緒にいてくださいね、なんて返事になっていない返事を紡ぐばかりで。

 私も「君」は初対面で、話したこともないはずなのに。「君」はまるで何年も一緒にいるパートナーに語りかけるような優しい口調で、私に話しかける。「君」がやっていることは、明らかに犯罪行為だ。それなのに、どうしてこんなに平然としていられるのだろう。

 唯一ちゃんと聞き出せたのは、「君」が私をここに連れてきた理由だった。

 

「あなたが大好きなんです」

 

 そう言ってはにかむ横顔が不気味なほどに綺麗だったことを、今でも覚えている。

 

 数ヶ月が経った。この生活が始まって、驚いたことがある。「君」は、驚くほどに私に対して無干渉だった。

 普通……といっても、なかなかないケースだから、どれが普通かはわからないけれど。誰かを自分の家に閉じ込めたら、まず、恋人らしい行為をする人が多いような気がするんだ。

 キスをしたり、ハグをしたり、相手と深い繋がりになるために家に招く。それがよく聞く話だったから、それらを一切しない「君」が、すごく不思議だった。

 ただ、目が合ったら微笑んで。ただ、お風呂が沸いたら教えてくれて。出来立てのご飯ができたら、食卓に連れて行ってくれる。「君」との生活は、驚くほどに普通の「生活」だった。

 「君」は、いつも私の分だけ食事を作って、それを食べる私をただ眺めている。「君」は食べないのかい? そう聞いても首を横に振り、美味しそうに食べてくれるあなたをただ見つめていたいと返してくる。

 彩り豊かで、栄養バランスが考えられた食事。味付けもちょうど良くて、ついたくさん食べたくなる。初めて食べた時、ついおかわりを頼んでしまって、「君」を驚かせてしまったね。

 

「いつも、喜んでもらえて嬉しいです」

 

「君」が笑うと、私も嬉しくなる。どうしてそんなに料理が得意なのか、と理由を聞くと、昔料理人を目指していたことを教えてくれた。その後の話は、教えてくれなかったけれど。

 基本的に「君」は自分のことを話そうとしない。だからこそ、名前も、年齢も、職業も、何もかもわからないんだ。どうしてか聞いてみたけれど、「君」はただ首を横に振った。

 この生活は、明らかに歪で、おかしいはずなのに。「君」のことをもっと知りたいと思ってしまうあたり、私は少しずつ「君」に毒されていたのかもしれない。

 

 ……それから、数ヶ月後。最近、テレビやカレンダーを見るのが怖くなった。

 閉じられた世界で静かな時間を過ごす私と違って、外の世界は目まぐるしく色を変えていく。時計の針はどんどん進んでいく。それを、テレビのニュースやカレンダーが教えてくれるんだ。

 スマートフォンが「君」が持って行ってしまったから、私が外の世界を確認する方法はこれしかない。これしかないからこそ、怖いんだ。私がいなくても回る世界を、ニュースは教えてくれるから。

 こころたちは元気にしているのだろうか。パスパレの新曲は、いくつ出たんだろうか。家族は今何をしているのだろうか。主演をさせてもらうはずだった舞台はどうなったのだろう。子猫ちゃんたちは寂しい思いをしていないだろうか。

 「君」との生活が始まってから、頭を埋め尽くすのはそればかりだった。時間が経てば経つほど、その不安は大きくなり、私を飲み込む。でも、それを伝えてしまったら「君」は、どんな顔をするだろう。悲しませてしまうかな。

 私は、どうしたいんだろう。

 

 一年前のある日。私は「君」に、初めてあるお願いをした。必ずこの家に戻るから、一日だけ部屋の外に出してほしいと。正直、「君」がそれを許してくれるとは全く思わなかった。けれど、一縷の望みにかけて、震える声でそう口にした。

 「君」は、静かに首を振った。頷くように、縦に首を振った。

 

「ちゃんと、この家に帰ってきてくれるなら」

 

 そんな「君」の言葉に、私は二つ返事で頷いた。

 次の日、私は一年ぶりに部屋の外に出た。今日一日のスケジュールを渡して、「君」に持たせてもらったGPSを携帯し、ボイスレコーダーのスイッチをオンにして。

 久しぶりの外の世界は、知らないものだらけだった。とりあえず、言っていた通り大学に向かって、そのあとはハロハピのみんなに会いに行って、両親に挨拶をしてから、「君」の家に帰る。完璧なプランニングだと思った。

 この関係性がおかしい、と言われるまでは。

 級友も千聖も彩ちゃんもハロハピのみんなも両親も、みんな口を揃えて「君」と私の関係を歪だと言っていた。

 私はそれでも家に帰ろうとした。みんなは私を家に帰してくれなかったんだ。でも、そのおかげで気づくことができた。

 GPSが入った発信機は、川の中に。ボイスレコーダーはハンマーで破壊。スケジュールは、当たり前のように守らず、一年振りに自宅のベッドで夜を明かした。

 ……その日の夜は、うまく眠ることができなかった。今までの生活が、異常であると、信じたくなかったから。いや、違う。異常である生活を正常だと思い込んでいた自分が、怖くて仕方がなかったんだろう。

 夜中、ドアを強く叩く音が聞こえた。こんな時間に誰がやってきたんだろうと思い、ドアを開けた。

 その日、初めて「君」は私に手を出した。

 

 やがて私は、窓の外の景色すら見ることができなくなった。帰ってきた二人だけの部屋で、「君」はいつも不安そうに私の手を握る。だが、それ以上のことはしてこない。私が「君」の気持ちを逆撫でしない限り。

 「君」は、さらに情緒不安定になった。一日中泣いてばかりだ。昔の私だったら、そんな「君」も愛おしく感じてしまっていたのだろうか。

 今の私は、そんな「君」のことを身勝手なひとだ、としか思えなかった。……思えば、最初からそうだったんだ。たしかに、「君」は大人しくて、穏やかで、料理が好きで、優しい人かもしれない。けれど、そうである以前に、私をここに閉じ込めている犯罪者なんだ。

 ……どうして、それをちゃんと自覚できていなかったんだろう。いや、必死に目を背けていたのかもしれないな。この生活の中で生きていくために。

 早く自由になりたい。解放されたい。そんな考えが、私の頭を支配していく。

 でも、それと同時に「君」が愛おしく感じてしまう私もどこかにいて。おやすみなさい、そう言ってすやすやと眠る穏やかな寝顔だけは、どうしても嫌いになれなかった。

 私はもう、以前の私には戻れないのだろう。頭の中にシェイクスピアの言葉が、浮かんでは消えて、最後には、何も残らなくなった。

 そんなある日のこと。「君」と料理をすることになった。たしか、料理なら部屋から出なくても一緒にできるから、という理由で、二人並んでキッチンに立つ。

 私は材料の下拵えをすることになった。「君」が買ってきてくれた野菜を包丁で食べやすい形にカットして、並べる。試しににんじんを星の形にして見せたら、「君」は嬉しそうに笑った。

 次にじゃがいもの皮を剥こうとした。剥こうとして、指の先を少し切ってしまった。「君」の目の色が、明らかに変わった。

 「君」は私から包丁を取り上げようと手を伸ばす。もうキッチンに立たないでください。傷ついてほしくありません。全部俺のせいです。怪我をさせてしまってごめんなさい。……いつもの、情緒不安定な「君」だった。

 それに対して、私もどこか意固地になっていた部分があったのかもしれない。私は大丈夫だ、絆創膏を貼って続きを作ろう、と彼を説得しようとした。けれど、彼は包丁を取り上げようとすることをやめない。そのままお互い体制を崩し、倒れ込む。

 起き上がってすぐに見えたのは、赤黒く滲んだ「君」の腹部だった。その真ん中には、鋭く研ぎ澄まされた銀色の刃物が突き立てられていて、私は、ようやく全てを理解する。

 「君」の顔は、変わらず優しいままで。それに対して私は何も言葉にできなくて。ようやく、ようやく自由になれたはずなのに。もう、お互いを縛らなくてよくなったはずなのに。

 いや、どうして私は私を愛してくれた人を自分の手で葬ってしまったのにも関わらず、解放された、なんて思ってしまったんだろう。それは、「君」への冒涜じゃないのか。

 もう、何もわからない。これからどうしたらいいのかも、どうするべきなのかも。

 立ち尽くす私の頭の中を埋め尽くすのは、全部、全部、「君」だった。「君」だけだったんだ。

 長く短い夜が明ける。無機質な天井が、いつもより高く見えた。

 

 〜

 

 蛇口からは止めどなく冷水が流れている。

 

 開けっぱなしのドアを開けて、靴を脱ぐと、いつもの薫りがした。鼻をつくつん、とした匂いすら、今や愛おしい。その匂いの正体も、こうなってしまった理由も全て分かった上で、その全てが愛おしいんだ。ポストに山ほど入っている「腐敗臭」と書かれたコピー用紙をまとめてテーブルの上に置いて、私は「君」に会いにいく。

 洗面所で丁寧に手を洗って、風呂場の扉を開ける。浴槽からぼたぼたと溢れる冷水の色は、すでに綺麗な透明色になっていた。

 私はその中にいる「君」に微笑んでみせた。「君」からの返事はない。当たり前の話だろう。「君」はただ、そこに居るだけなのだから。

 ある文学者は言った。桜の樹の下には死体が埋まっている。じゃあ、夏の浴槽には? 

 ああ、死体が埋まっているんだろうね。私が殺してしまった、「君」の死体が。

 ……よかった、ついてしまった血は全部流れていそうだね。洗い立ての服を着たら、きっと、何もわからないさ。それぐらい、「君」の死体は綺麗だから。

 蛇口をひねる。ずっと流れ出ていた冷水は止まった。浴槽の栓を抜いて、眠る「君」を取り出す。

 「君」の体は、こんなにも大きかったんだね。知らなかったな。手も、足も、唇も、もっとちゃんと見ておけばよかったのかもしれない。

 こうして「君」の顔を見るたび、思うんだ。私は「君」を愛していたのだろうか。「君」の愛に対する何かを、「君」に返せていたのだろうか。

 きっと、その答えは、一生出ることはないのだろうね。ただ、そうだね。それでも、ひとつだけわかることがあるんだ。

 私は、随分と「君」に作り変えられてしまったようだ。それを、「君」がいなくなってから知るなんて、思いもしなかったな。

 花火を観に行こう。お揃いのシャツを着よう。夜を歩こう。私たちの物語に、美しい終止符を打つために。

 私たちの関係は、お世辞にも美しい物語とは言えないだろう。だからこそ、最後ぐらいは儚い一幕を添えたいと思ってね。

 どん、と腹の底まで響く大きな音がした。夜空に、赤い花が咲く。その花は、あの日見た色と似ていた。走馬灯のように、「君」との記憶が流れてくる。

 やがて、たくさんの赤いスポットライトが私たちを照らすだろう。けたたましく鳴り響くブザーが、舞台の終わりを告げるだろう。それでも、それでも。

 

「お手をどうぞ」

 

 私は「君」の手を取り、ダンスに誘った。「君」は不思議そうに首を傾げる。そんな「君」の手を取って、くるりとターン。

 「君」は倒れ込むようにして、私に寄りかかる。それを抱きしめるように支えて、二人でくるくると回る。メリーゴーランドのように。

 大丈夫、リードは任せておくれ。「君」をこうしてエスコートするのが夢だったんだ。いつも、「君」にエスコートしてもらってばかりいたからね。私だって、ちゃんと王子様なんだよ。

 きっと、ダンスと呼ぶにはあまりにも不恰好で、ぎこちないものだったのかもしれない。踊るための音楽もかかっていないし、足取りもバラバラ。そもそもどうして「君」をダンスに誘ったのか、それすらも曖昧なんだ。

 ただ、「君」と踊りたかったんだ。全てを忘れたかったんだ。

 

 ラストシーンは、劇的であるべきだから。

 

 花火の音、「君」の唇から漏れる空気の音、私の微かな呼吸。どんどん赤さを増していくスポットライトに照らされる「君」は、やはり綺麗だ。

 私はこの物語を、悲劇だなんて言いたくないんだ。だからこそ、二人で最高の喜劇を演じよう。夜が明けるまで。夜が明けても、ずっと。


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