私の約束された勝利の騎士道アカデミア   作:まだら模様

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第9話「腹が減っては王も立てぬ」

 

 

 雄英高校の食堂は、昼になると戦場になる。

 

 香ばしい匂いが廊下まで溢れ、あちこちから「今日何食べる?」という声が飛び交う。プロヒーローを目指す生徒たちは、体を動かす分だけよく食べる。当然だ。

 

 リアは盆を手に、カウンターの前に立った。

 

 ランチラッシュのメニューは今日も豪華だ。定食Aは豚の生姜焼き定食、定食Bは鮭の塩焼き定食、本日のスペシャルは牛すじカレーの大盛り。

 

 「……全部だ」

 

 「え?」

 

 麗日が隣で目を丸くした。

 

 「Aと、Bと、スペシャルを」

 

 「全部食べるの!?」

 

 「体を動かす前に食べる。当然だ」

 

 「当然じゃない!!」

 

 麗日がぎゃあぎゃあ言う中、リアは定食二つとカレーを盆に乗せた。芦戸が向こうのテーブルから「え、有斗ちゃんめっちゃ食べるじゃん!!」と叫んだ。

 

 席に着いて、最初の一口を食べた瞬間——

 

 目が、細くなった。

 

 「……美味い」

 

 静かに、しかし確信を持って言った。

 

 生姜焼きの甘辛さ、白米の甘み、鮭の塩気。全部が丁寧に作られている。前世の記憶にある「食堂の飯」とは全く違う。これは、本物だ。

 

 「リアちゃん……めっちゃ真剣な顔で食べてる」

 

 「食事は真剣にやるものだ」

 

 「そうは言うけど……カレーも食べながら定食も食べてるの、なかなかの絵面やよ」

 

 芦戸が「私もカレー頼めばよかった!」と叫びながらカウンターへ駆け戻った。

 

 

 食事が終わって、リアが盆を返しに行くと、食堂の隅に轟がいた。

 

 一人で、定食Aを静かに食べている。

 

 リアは少し考えてから、向かいに座った。

 

 轟が顔を上げた。特に何も言わなかった。

 

 「体育祭に向けて、何か考えているか?」

 

 「……特には」

 

 短い答えだった。でも考えていない顔ではない。考えすぎている顔だ。

 

 「右半身だけ使っているのか、今も」

 

 轟の箸が止まった。

 

 「……余計なことだったか」

 

 「いや」

 

 轟がゆっくり答えた。

 

 「聞いてるやつはいる。答えたくないわけじゃない。ただ……まだ、分からない」

 

 「分からなくていい。今は」

 

 「お前は分かってるのか。自分の個性のこと」

 

 リアは少し間を置いた。

 

 「制御できないものを、制御できるように。それしか考えていない。答えは先にあるんじゃなくて、動いた後についてくるものだと思っている」

 

 轟がリアを見た。

 

 「……そうか」

 

 それだけだった。でも、箸が動き始めた。食事を続け始めた。

 

 それで十分だ、とリアは思った。

 

 

 翌日、相澤に呼ばれた。

 

 保健室だった。相澤は松葉杖をついたまま、ベッドの端に腰を下ろしていた。

 

 「座れ」

 

 リアは椅子に座った。

 

 「USJの件の話だ。甲冑が死柄木の崩壊を受け止めた。……お前、あの瞬間何を考えていた?」

 

 「梅雨が後ろにいた。間に合わなければ彼女の首が崩壊する。それだけだ」

 

 相澤がしばらく黙った。

 

 「お前の個性…その聖剣、エクスカリバーは使えなかったのか?」

 

 「現状は制御できない。あの距離で使えば仲間が巻き込まれる。判断した」

 

 「正しい」相澤が短く言った。「だが——今後そういう状況がまた来る。制御の問題を早急に解決しろ」

 

 「分かっている」

 

 「もう一つ」

 

 相澤の目が変わった。合理的な観察者の目。

 

 「甲冑が崩壊を受け止めた瞬間、お前の個性が微かに反応していた。モニタールームの映像で確認した。何が起きた?」

 

 リアは正直に答えた。

 

 「分からない。剣の周りに、風のようなものが走る感覚が二度あった。廃墟ゾーンと、死柄木の前で。制御はできていない」

 

 「二度とも、極限状態だったな」

 

 「そうだ」

 

 相澤がリアを見た。

 

 「体育祭まで2週間ある。意図的に引き出せるか試せ。何をきっかけに反応するか、ちゃんと記録しろ」

 

 「……先生は、私の個性が何か、分かっているか?」

 

 相澤が少し沈黙した。

 

 「分からない。お前の個性は、俺の抹消が効く。それは確かだ。だが——出力の構造が個性とは少し違う気がしている。今は保留だ」

 

 リアは頷いた。

 

 「一つだけ聞いていいか?」

 

 「何だ」

 

 「先生は、なぜあの日一人で飛び込んだ」

 

 相澤がリアを見た。しばらく間があった。

 

 「一芸だけじゃヒーローは務まらない。そう言ったな」

 

 「ああ」

 

 「それは、自分への言葉でもあったか」

 

 相澤がふっと息を吐いた。笑ったのか、呆れたのか、分からない。

 

 「……鋭いな、お前は」

 

 それだけ言って、出て行っていいと手を振った。

 

 

 その夜、学園の廊下で麗日と八百万が何か話していた。

 

 「体育祭、種目って何になるんやろ」

 

 「昨年の実績では障害物競争と騎馬戦とトーナメントですが……今年はどうでしょうか」

 

 「リアちゃんどう思う?」

 

 声をかけられてリアは立ち止まった。

 

 「体育祭は、見られる場だ。何をするかより、どう見せるかの方が重要かもしれない」

 

 「プロヒーローへのアピールやもんね」

 

 「ただ——」

 

 リアは少し間を置いた。

 

 「そういう打算で動くのは好きではない。自分の全力を出すことだけを考えたい」

 

 八百万が頷いた。

 

 「全く同感です。有斗さんはヒーロー名を考えていますか?」

 

 「……まだだ」

 

 「騎士に因んだものが良いと思いますわ。お似合いですもの」

 

 麗日が「ナイト!とか!」と言った。

 

 「それは英語だ」

 

 「じゃあ……騎士王!」

 

 「それは称号だ」

 

 麗日がうーんと唸った。八百万が品良く笑った。

 

 リアは少し目線を外した。

 

 騎士王。アーサー王。剣を持って民を守った、あの人。

 

 自分はまだ、王には程遠い。剣の「風」も制御できない、燃費の悪い光しか撃てない、駆け出しの騎士だ。

 

 それでも——目指す姿は、ある。

 

 「まあ、いつか決まる」

 

 リアが歩き出すと、麗日が後ろから「一緒にシャワー浴びよ!」と声をかけてきた。

 

 「……構わない」

 

 「やった! 八百万さんも来る?」

 

 「ぜひ」

 

 廊下を三人で歩く。麗日が体育祭の話をし始めた。八百万が丁寧に考察を返す。

 

 リアは黙って歩きながら、その声を聞いていた。

 

 騎士は一人で戦う。でも民の声が聞こえる場所にいる。

 

 今はその声が、笑い声だ。

 

 それは——悪くなかった。

 

 

 脱衣所の鏡に、自分が映った。

 

 甲冑を外した自分。黄金色の長い髪。前世とは全く違う体。まだ時々、鏡を見て驚く。

 

 でも——もう、気にならなくなっていた。

 

 これが自分の体だ。アルトリアの力を宿した、有斗リアの体だ。

 

 「リアちゃん、早く来て! お湯熱くなる前に!」

 

 麗日の声が扉越しに聞こえた。

 

 リアは鏡から目を離した。

 

 「今行く」

 




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