同居人+1 作:CBR
今後もおそらく不定期更新になると思いますが、気長に待っていただけたら幸いです。
「ジャッポーネに行って本場の寿司を食うぞぉぉぉ!!!」
『おー!!』
3か月もの夏季休暇に入り、青空に拳を掲げて叫んだこの男はネモ・テルツォ。寿司狂人である。
学校から出されている莫大な課題を進めつつ、ネモは神父のコネでリゾート地帯のバイトを行っていた。
勉強をしながら目的のために働く姿勢にオーナーからの評価も高い。
『僕も手伝おうか?』
(お前じゃ被害を増やすからダメだ)
『ちぇっー』
例えば清掃業務中に飾られている高いツボを破りでもしたら、目玉が飛び出る損害賠償を払わなければならなくなるかもしれない。
そのリスクの分、バイトは給料がいい。まかないで美味い料理も食べられるし、空いた時間でサーフィンを楽しむこともできる。
ただそれだけでは目標金額にはほど遠い。
この時代はまだ格安旅行券(LCC)がなく、日本へ向かう直行便も一般的ではなかった。向かうには別の場所を経由する必要がある。【イタリア↔︎日本】の往復だけで大人の数か月分の給料が吹き飛ぶレベルだ。
さらにリラ安円高の状況も重なり、日本での滞在経費もかなりかかる。
この一夏での達成は難しいだろう。
「まあ、最大限使える武器は使わせてもらうさ…」
流暢とまではいかないが、英語とフランス語を履修した身だ。それを活かしてリゾート地に泊まる旅行客相手に通訳も行った。
チップ文化はいい、とネモはホクホク顔で思った。
時折見くだし、コップに入った炭酸を浴びせてくる迷惑客もいたが、寿司のためなら笑顔で対応できた。
内心ではその薄い髪どころかケツ毛までむしり取って無毛にしてやろうかと思ったが。
あと金持ちは変態趣味が多いのか、ドン引くような性癖を見せつけてくる人間もいる。
チップを渡され、年増の女性が「今からこのマネキンと私が愛を交わす横で、まるで私たちが透明人間であるかのように振る舞ってちょうだい」と言われた時はさすがに断った。
こういった未知への誘いに何度も巻き込まれそうになった、あるいは知らないうちに巻き込まれていたせいもあり、ネモはどんな場面でも早々崩れない完璧な営業スマイルを身につけたのだった。
◯
2年ほど短期集中のバイトを続け、17歳を目前にしてようやくジャッポーネに行けることになった。
思い返せばスリルに満ちた日々だったが、同時に金持ちの生態や裏の世界をのぞけて面白くはあった。
一方で『彼』──ああいや、全員「×××」だから区別が必要じゃないかって、彼にも名前をつけることになったんだ。
私が
────だったらお前は『†ディアボロ†』じゃなくて『
そう言った私にやつはあからさまに不機嫌になった。そして譲らなかった。
結局彼自身で自分の呼び名を考えることになり、「2」の文字が入った『
というわけで彼改め、ドッピオは金持ちの道楽を前にして顔を青くしたり赤くしたり忙しかった。
†ディアボロ†の方は私たちの中で一番興味深そうに観察していた記憶がある。
この男はドッピオの船乗りになる展望もあざ笑っていた。生きるなら野心を抱え頂点を目指すべきだと。
でもそれって意味がないんじゃないか? 金持ちだって結局色狂いに走っていた連中ばかりだ。
人間の幸福って金の有無じゃないんだよ、多分。金持ちになって頂点に立っても虚無感ばかりが生まれそうだ。
『金が重要だと言っているのではない。人間社会の頂点に立つことが幸福に導くと言っているのだ』
富や権力はその副産物に過ぎないと。人間社会の頂点に立って具体的に何をするんだ? イタリアに寿司専門のチェーン店を展開するとか?
『脳みその代わりにわさびが詰まった阿呆め…』
頂点に立てば何者もオレたちを害することはない。やつはそう語った。
それは確かに、一理ある。ただ続きを聞くと、「じゃあ将来何を目指すの?」という質問に返ってきたのは「ギャングスター」だった。脳みそにカニ味噌が詰まってるのはお前の方じゃないの?
ギャングのボスになったらそれこそ四六時中命をねらわれるだろ。ええ……正体を徹底的に隠せばいいって? いや絶対に別のやり方の方がいいって。
『いくら富と権力を持っていたとして、やつらは「暴力」を前にすればただの人になる』
子どもだろうが老人だろうが、ホームレスだろうが金持ちだろうが、暴力の前では屈服する。
だからギャングが一番相応しいのだと。
「社長になりたい」とかだったら尊重してもよかったんだが、ギャングスターは応援できない。
ドッピオも消極的だった。
「ギャングになったら義父さんが悲しむよ…」
『……フン』
†ディアボロ†は薄情者だったが、神父には多少は敬意を感じているらしい。私たちがここまで育ったのは彼の助けがあったからだしな。
(……富や権力を得るだけだったら、IT関連に目をつけるのがいいかと思ったんだが…)
それぞれ目的が異なると面倒なことになる。我々の肉体は一つしかないのだから。
◯
ジャッポーネ旅行でまず何より驚いたのが回る寿司があったことだ!!
寿司がバレリーナのように回ってるわけじゃあなく、皿ごとレーンの上を回っていた。
しかも日本のレートで100円ッ! このワンコインでお寿司が買えちゃいマス!!
『ネモ、興奮のし過ぎで変な喋り方になってるよ』
回転寿司で私は腹いっぱい食べ、涙を流しながら退店した。ほかの客によると、スーパーマーケット? でも寿司が帰るらしい。観光した後、夕食としてスーパーの寿司を買った。本当に寿司が売っていた。もうジャッポーネに移住しようかな。毎日三食寿司が食えちゃうぜ。──いや、逆に私がイタリアに寿司の素晴らしさを伝導するイタリア版のサンフランシスコ・ザビエルになろう。寿司教を広めるのだ。
ちなみに旅行に向けて日本語は勉強している。存外簡単に習得した私と違い、ドッピオはラテン語学習の時のように頭を抱えていた。
現地人にも「本当にイタリア人なの?」と驚かれる発音の良さである。私の前世はジャッポーネ人だったのかもしれない。
いくつか有名どころにも行ったが、京都はよかった。イタリアの荘厳な遺跡とは違う
観光客は外国人もいたが日本人が多い。しかも同じ服装の若い集団がいたるところにいる。
タクシー運転手(イタリアと違ってぼったくらない。誠実だ)から聞いたところ、あれがジャッポーネの学生が着る服装らしい。イタリアは基本私服だからな。彼らは帰属意識を重じているのだろう。
『ネモッ! あれ、あれ買って!!』
「鹿せんべい…?」
ドッピオは鹿せんべいをゲットするや否や、売人の説明を聞いて嬉々と鹿のもとに向かった。
鹿はせんべいに鼻を近づけにおいを嗅ぎ、前脚で地面を掘って首を上下左右に揺らす。
「ぐえっ!」
何が気に食わなかったのか、鹿の角が彼の腹に刺さった。ドッピオはそのまま腹を押さえてうずくまる。
試しに私が与えると、鹿は普通に食べた。
『なんで僕ばっかり……』
観光地でもやはりぼっち観光客は少ない。それも私のような西洋諸国から来た
記念撮影のため写真を頼むと、帰ってくる反応はだいたい同じだった。
「えー!? イタリアから来たの? しかもめっちゃ日本語上手いし」
「ってか、うちらとタメじゃん!」
通りかかった帰属意識レディたちに頼むとやたらと盛り上がった。
軽い雑談をしていくうちに夏休みの長さや高校が5年過程あることに驚かれたりした。
ついでに一緒に記念写真も撮りレディたちと別れた。
短くも充実した旅はあっという間に終わり、帰国の時間である。
『君ってやつはサ…』
土産に私は2Lの醤油を5本と、チューブ型の大量のわさびをトランクに入れた。寿司はイタリアの税関で生物としてアウトを食らうので泣く泣く胃におさめた。
液体制限はないから10Lの醤油を持っていてもなんの問題もない。わさびもチューブ型なら大丈夫だろう、と別室に私を連れてきたジャッポーネの税関職員に言われた。ちなみに寿司はそこで食べた。
(醤油とわさびさえあれば、
などとウキウキで飛行機に乗っていたのだが、イタリアに着いたら即税関に止められた。
「貴様ッ、何だこの袋に何重にも覆われた黒い液体は!!」
それはトランク内爆発を起こすかもしれないから、念には念をとかぶせたもので…。
税関は荒々しい手つきで袋を破き中身を取り出す。さすがは寿司の国ジャッポーネ製だ。中で醤油爆発を起こした形跡がない。
「しかもアジアからの帰国ですよ、こいつ…」
「フン……ますます怪しいな。ちょいと別室まで来てもらおうか」
どうやら麻薬の持ち込みではないかと疑われちまったらしい。確かに麻薬的に美味いが…。
身体検査を受け、それから別室で押収された醤油とわさびが検査キットで調べられることになった。その結果を待つ間、いろいろと尋問を受ける。
「リチェオの学生がわざわざ一人でジャッポーネに観光に行って、これを持って帰ってきただって? しかも10Lもの怪しい黒い液体を? このご時世、ジャッポーネに行くだけでいくらかかると思ってんだ」
「毎日寿司を食べるためなんです!!」
「貴様…ジャッポーネに渡日した理由もその『スシ』を食うためとか何とか書いてたな……」
説明してもまったく話を聞いてもらえなかった。だんだんと怒りが増しているが、ここは耐えるしかない。一応この部屋に来る前にひとつ対策はしたが…。
「おっと、検査の結果が出たようだな。どれ…」
結果は当然だが白。検査結果を持ってきた税関は退室し、尋問していた税関が眉を寄せる。
「……確かに麻薬ではないようだな。失礼した」
「わかっていただけたならいいんですよ」
「だがだ。持ち込みは容認できない」
「ハ?」
税関の男は口角を上げ、「
西洋諸国では一般的に流通していない、アジアの希少な調味料として売りさばく気ではないのかと。
『……ネモ、落ちついて。君ってば、今にも人を殺す目つきだよ』
「…売りさばくんだったら、10本や20本持ち込むと思いませんか? 職員さん」
「その判断するのは俺だ。お前じゃあない」
職員のやろうは持っていたペン先を私の額に当て、「分・かっ・た・な?」とコツコツと音を鳴らす。
自分のこめかみに青筋が浮かんだのがわかった。握った手が真っ白になる。
「それでも、どぉ〜〜しても持ち込みたいっていうなら、わかるよな?」
「さあ、何でしょう?」
「しらばっくれてんじゃねぇぞッ、クソガキ! その歳で旅行できるボンボンならよォッ!!」
要はつまりそういうことだろう。ギャングが警察に目をつむれって、渡すものだ。
もしかしたら麻薬の持ち込みもこの税関は同様の方法で許容しているのかもしれない。
「ハァー……分かりましたよ」
持っていたバッグパックから財布を取り出そうと立ち上がる。
そこでふらつく真似をし、テーブルの端に勢いよく体重をかけた。
「ごひゃっ──!!」
するとテーブルが私の方にひっくり返り、ちょうど対面に座っていた税関の男の顔に脚の部分がぶつかった。
男は椅子ごと後ろにひっくり返る。
「テメェ…!」
男は顔を真っ赤にし、私の胸ぐらをつかんだ。
「これは重大な暴力行為だぜぇ…? テメェのこれからの人生メチャクチャになっちまうなぁ、可哀想によォ……」
「捕まるんですか?」
「テメェがな!!」
「ヘェ」
笑った私に税関の男は嘲笑を消し、おかしなものを見る目で私を睨みつける。
醤油とわさびが悪目立ちして持っていることを忘れていたのか。はたまた、
私が財布と一緒に取り出したものを見た瞬間、男の顔色が変わった。
「さっきのって、明らかに違法行為ですよね?」
もちろん殺してやるさ、社会的に。
にしても、テープレコーダーって便利だな。