僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います)   作:まだら模様

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※ちなみにどの時系列のキャラが来るかは不明で、同一人物でも別の時間軸やこの本編の時期や季節、年月が違う人がこの空間に誘われてきます。
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)



第29回;耳郎響香

 

 

 「……なんかさ。ここ、変なノイズが溜まってない? 耳が痛いくらいなんだけど」

 

 不機嫌そうに、けれど鋭い感性を研ぎ澄ませた少女が、耳たぶのプラグを弄びながらスタジオに入ってきた。

 

 耳郎響香——ジーニストの完璧なテキスタイルに息苦しさを感じていた徹郎の前に、彼女は「不完全な本音」を鳴らしに現れた。

 

 

 

 眠りに落ちた瞬間——鳴った。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー

  ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー

  ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 スタジオに引き込まれた瞬間——今夜のテーマ曲が、少しだけ違う気がした。

 

 いつもと同じ旋律のはずが、どこかリズムが軽かった。

 

 舞台袖からソファを確認した。

 

 少女が座っていた。

 

 群青色の短いボブヘア。三白眼。ラフなパンクスタイルの服装。

 耳たぶから伸びたプラグを、指先でくるくると回しながら——スタジオの壁を、じっと聞いていた。

 

 「……うわ、マジか」

 

 独り言のように言った。

 

 「昨日まで、色々来てたんだ、ここに」

 

 (壁越しに音を聞いている……! 声の残滓を読んでいる……!)

 

 

 

 「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」

 

 「こんばんは」

 

 短く返した。

 

 「本日のゲストをご紹介します——」

 

 「耳郎響香。雄英一年。それだけでいいじゃん」

 

 (また自己紹介を奪われた……! でも今回は一番あっさりした奪われ方だった……!)

 

 「……耳郎さん、今夜は来てくれてありがとうございます」

 

 「別に。来たくて来たわけじゃないし」

 

 「それはわかっています。でも——」

 

 「でも?」

 

 「……壁を聞いていましたよね、最初から」

 

 耳郎が、少しだけ徹郎を見た。

 

 「……聞こえるんだよ、ここの壁。色々な声が染み込んでて。誰かが泣いた声とか、叫んだ声とか……誰かが笑った声とか」

 

 「……わかりますか」

 

 「わかる。ウチ、音には敏感だから」

 

 「そうですか」

 

 「……なんか、変なノイズも溜まってたけど」

 

 「変なノイズ」

 

 「ここ数日で誰かに正論をぶつけられた残響がある。正しいことは正しいんだろうけど——なんか、苦しそうな音だった」

 

 (ジーニストさんの残響が、まだ残っていたのか……!)

 

 (この人は、それを壁越しに聞いた……!)

 

 

 

 「……座ってもらえますか」

 

 「座ってるじゃん」

 

 「そうですね。では——」

 

 「ねぇ、そのノイズ。徹郎の音?」

 

 「……え?」

 

 「さっきから徹郎の心音、ちょっとガチガチなんだよね。ジーニストっぽい何かに絞られた後の音がする」

 

 (心音まで読まれた……!!)

 

 「……そんなに拾えるんですか」

 

 「個性の副産物。慣れてるから大丈夫だけど」

 

 「大丈夫じゃないです。動悸まで把握されているのは、司会者として少し困ります」

 

 「困らなくていいじゃん。別に悪いことしてるわけじゃないんだから」

 

 「……まあ、それはそうですが」

 

 耳郎が、プラグをくるくると回しながら、スタジオを改めて見回した。

 

 「……この番組、毎晩やってんの?」

 

 「毎晩強制発動で、三十分間です」

 

 「失敗したら?」

 

 「意識が永久幽閉されます」

 

 「……それで続けてるの、毎晩」

 

 「続けています」

 

 耳郎が、少しだけ目を細めた。

 

 「……変なの」

 

 「よく言われます」

 

 「褒め言葉ね、一応」

 

 (一応の部分が少し引っかかりますが……!)

 

 

 

 「……今いくつですか」

 

 「十五。一年」

 

 (十五歳。文化祭の前後か——音楽とヒーローの間で揺れた後の耳郎だ)

 

 「音楽は今も続けていますか」

 

 耳郎が、少しだけ止まった。

 

 「……続けてる。趣味として」

 

 「ヒーローを選んだんですね」

 

 「……それ、どっちが正解かって話じゃないんだけど」

 

 「そうですね。すみません」

 

 「謝らなくていい。……ただ、正解かどうかはわかんないんだよ。どっちを選んでも、どっちかが消えるわけじゃないし。ウチは両方好きだから」

 

 「……両方好き」

 

 「うん。ヒーローも音楽も、誰かを笑顔にしたいという気持ちは同じだったから。だったら、どっちが正解とかじゃなくて——両方やっていいんだって、気づいてから、楽になった」

 

 「……その気づきは、どこで?」

 

 耳郎が、少しだけ前を向いた。

 

 「……文化祭で」

 

 「文化祭で、何がありましたか」

 

 「……音楽を、みんなの前で鳴らした。ステージで」

 

 「どんな気持ちでしたか」

 

 「……最初は怖かった。無駄な趣味って思われるかもしれないし、恥ずかしいし、ウチそういうの得意じゃないから」

 

 「でも」

 

 「でも——鳴らした音が、誰かの心に届いた。それだけで十分だった」

 

 

 

 「コーナーをやってもいいですか」

 

 十分が過ぎた頃、徹郎が言った。

 

 「コーナー。何をやるの」

 

 「『心音・セッション』というコーナーです。私が問いを出すので、耳郎さんが答えてください」

 

 「……面白い名前じゃん。やる」

 

 「最初の問い——進路で迷っていて、何が正解かわからない時、どうしますか」

 

 耳郎が、少しだけ考えた。

 

 「……正解を探すの、やめたら?」

 

 「やめる、ですか」

 

 「正解って、誰かが決めるものじゃないじゃん。自分が鳴らした音が、自分の心にハマったかどうか——それだけが基準でいいと思う」

 

 「……ハマらなかった時は」

 

 「チューニングし直す。それだけ」

 

 「……シンプルですね」

 

 「シンプルな方が、音はきれいに出るんだよ。余計なノイズが入らないから」

 

 (かっこいい……!!)

 

 (でも言っていることは全部本物だ……!!)

 

 「次の問い——自分のやっていることが自己満足かもしれないと感じた時、どうしますか」

 

 耳郎が、少しだけ徹郎を見た。

 

 「……それ、徹郎の話でしょ」

 

 「……一般論として聞いています」

 

 「嘘くさい」

 

 「……そうですね。少し私の話が混じっています」

 

 耳郎が、プラグを止めた。

 

 くるくると回すのをやめて、少しだけ前を向いた。

 

 「……自己満足って言葉、ウチも言われたことある」

 

 「どんな時に」

 

 「ヒーロー志望なのに音楽ばっかりやってた時に。そんなの自己満足でしょ、って」

 

 「……それを聞いて、どうしましたか」

 

 「……ムカついた」

 

 「ムカついた」

 

 「そりゃそうじゃん。ウチが好きで鳴らしてる音を、自己満足って言われたら、ムカつくでしょ」

 

 「……でも」

 

 「でも——少しだけ、怖かった。本当に自己満足なのかもって。誰の役にも立たないのかもって」

 

 「……それは、どうなりましたか」

 

 「文化祭で、答えが出た」

 

 「どんな答えですか」

 

 「……誰かの心にハマった音は、自己満足じゃない。それだけ」

 

 「……誰かの心にハマれば」

 

 「うん。一人でいい。一人でも、届いたなら——自己満足じゃない」

 

 

 

 「……聞いてもいいですか」

 

 耳郎が言った。

 

 「なんですか」

 

 「徹郎は——この番組、誰かの心にハマったと思う?」

 

 徹郎は、少しだけ止まった。

 

 (……ハマったか)

 

 (オールマイトが「もう大丈夫だ」と言った夜。ミッドナイト先生が泣いた夜。出久が笑って消えた夜。相澤先生が「学校で会ったら」と言った夜。ホークスが「ありがとね」と言った夜。一般女性が「また話してもいいですか」と言った夜。白雲くんが笑って去った夜)

 

 「……届いていたと思います。少なくとも、私の中では」

 

 「それだけで十分じゃん」

 

 「……ジーニストさんに、社会的な意味がないかもしれないと言われました」

 

 「ジーニストって、あの繊維の人?」

 

 「そうです」

 

 「……正論だよ、それは。たぶん。でも——」

 

 耳郎が、プラグを少し持ち上げた。

 

 「正論って、ノイズなんだよ、時々」

 

 「……ノイズ」

 

 「正しいのに、耳が痛い音。音楽でも、正確な音より少し歪んだ音の方が、心に響くことがあるじゃん。完璧に整った音より、震えてる音の方が——なんか、伝わることがある」

 

 「……それは」

 

 「徹郎の番組は、たぶん歪んだ音の方だよ。社会的には整ってないけど——誰かの心には届く。そういう音」

 

 徹郎の、何かが緩んだ気がした。

 

 胸の中で、硬くなっていたものが——少しだけ、緩んだ気がした。

 

 「……ありがとうございます」

 

 「礼はいらないよ。思ったこと言っただけだし」

 

 「でも——」

 

 「でも?」

 

 「……その言葉が、今夜一番、心に響きました」

 

 耳郎が、少しだけ顔を背けた。

 

 「……別に、大したこと言ってないし」

 

 (照れてる……!!)

 

 (照れてる、耳郎さんが……!!)

 

 「耳郎さん、顔が赤いですよ」

 

 「なってない!!」

 

 「なってます!!」

 

 「うるさい!! 続けるじゃん!!」

 

 

 

 「……もう一つだけ、聞いていいですか」

 

 二十分が過ぎた頃、徹郎が言った。

 

 「なんでもどうぞ」

 

 「音楽を選ばなかった時、後悔しませんでしたか」

 

 耳郎が、少しだけ間を置いた。

 

 「……後悔してないよ」

 

 「どうしてですか」

 

 「ヒーローになることを選んで——でも音楽は続けている。何かを選ぶことが、何かを捨てることじゃないとわかったから」

 

 「……それは、いつ気づきましたか」

 

 「……両親に、ヒーロー科に行くって伝えた時」

 

 「どんな反応でしたか」

 

 耳郎が、少しだけ視線を落とした。

 

 「……泣いた。ウチが」

 

 「泣いたんですか」

 

 「好きなものを選んだはずなのに、なんで泣いてるんだろって思ったけど——たぶん、音楽を続けていいかどうか、不安だったんだと思う」

 

 「……でも続けた」

 

 「続けた。両親が応援してくれたから。……それと」

 

 「それと?」

 

 耳郎が、プラグを少し動かした。

 

 

「……音楽が好きな気持ちは、誰かに許可してもらう必要ないって、わかってたから」

 

 

 スタジオが、静かになった。

 

 「……その言葉、今夜の核心だと思います」

 

 「どういう意味?」

 

 「好きな気持ちに、誰かの許可はいらない。社会的な意味も、正論も——その前にある、ただ好きだという気持ちは、誰かに否定できるものじゃない」

 

 耳郎が、少しだけ徹郎を見た。

 

 「……そうじゃん」

 

 「それを今夜、あなたから教わりました」

 

 「……大げさだよ」

 

 「大げさじゃないです」

 

 耳郎が、また少し顔を背けた。

 

 「……徹郎さ」

 

 「はい」

 

 「この番組、続けていいよ」

 

 「……それは、応援の言葉ですか」

 

 「応援じゃない。正しいことを言っただけ」

 

 「……ありがとうございます」

 

 「だから礼はいらないって」

 

 (照れてる……!! 絶対照れてる……!!)

 

 

 

 「……イヤホンジャックで、今の私の心音を聞けますか」

 

 残り七分の頃、徹郎が言った。

 

 耳郎が、少しだけ目を丸くした。

 

 「……聞いていいの?」

 

 「聞いてもらえますか。ジーニストさんに絞られた後の音と、今の音が、どのくらい変わったか」

 

 耳郎が、少し考えた。

 

 それから——プラグを、少しだけ壁に差し込んだ。

 

 壁越しに、スタジオ全体の音を聞くように。

 

 

「……」

 

 耳郎が、しばらく何も言わなかった。

 

 スタジオに、微かな音が満ちていた。

 

 「……どうですか」

 

 「……さっきより、ベースラインが安定してる」

 

 「それは、良い音ですか」

 

 「……悪くない音だよ。震えてるけど、止まってない。そういう音」

 

 「震えてるけど、止まっていない」

 

 「うん。……ジーニストに絞られた後の音は、ガチガチに固まってたけど——今は、ちゃんと動いてる。生きてる音がする」

 

 徹郎は、少しだけ目が熱くなった。

 

 「……ありがとうございます」

 

 「礼はって言ってるじゃん」

 

 「でも言います。ありがとうございます」

 

 耳郎が、プラグを壁から抜いた。

 

 「……別にウチは何もしてないし」

 

 「したと思っています」

 

 「……」

 

 耳郎が、少しだけ前を向いた。

 

 「……続けなよ、この番組。変なノイズが溜まったら、また来て聞いてあげるから」

 

 

 

 そのとき。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪

 

 エンディングのテーマが、流れ始めた。

 

 耳郎が、少しだけ顔を上げた。

 

 「もう時間?」

 

 「お時間です。耳郎さん、今夜は来てくれてありがとうございました」

 

 「別に」

 

 「最後に——一言、もらえますか」

 

 耳郎が、少し考えた。

 

 それから——プラグをくるくると回しながら、少しだけ口を開いた。

 

 「……じゃあね。次、変なノイズ溜まったらまた呼んでよ」

 

 「……呼べる方法がないですが」

 

 「ランダムなんでしょ、このシステム」

 

 「そうです」

 

 「ならそのうち来るじゃん」

 

 「……来てくれたら嬉しいです」

 

 「……なにそれ」

 

 テーマ曲が、最後の段階へ移った。

 

 ♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 「あと一個だけ」

 

 「なんですか」

 

 「アンタの音。チューニングしてあげるから——もっと好きに鳴らしていいよ」

 

 旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——

 

 耳郎の姿が、ロックなリズムのように、軽やかに消えていった。

 

 スタジオに、微かな音の残響が漂って——消えた。

 

 

 

 目が覚めた。

 

 朝の七時。

 

 布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。

 

 胸に、手を当てた。

 

 (……鳴っている)

 

 心臓が、鳴っていた。

 

 (震えてるけど、止まっていない。そういう音)

 

 耳郎の言葉が、頭の中にあった。

 

 (……ジーニストさん、ごめんなさい)

 

 (完璧な織物より、震えながら鳴り続けるこの音を——守りたいです)

 

 攻略ノートを開いた。

 

 「耳郎響香(15歳・一年):今夜のゲスト。来た瞬間から壁を聞いていた——声の残滓を感じ取っていた。ジーニストさんの残響も感じ取っていた。一人称は『ウチ』。サバサバしているが、照れると顔が赤くなる——二回確認できた。音楽とヒーローの間で迷った過去がある。でも選んだことを後悔していない。『好きな気持ちに誰かの許可はいらない』——今夜の核心はこれだった。心音を聞いてくれた——ベースラインが安定してきたと言っていた。危険度:低(心音を聞かれ続ける可能性あり)」

 

 ペンを止めた。

 

 最後の一行を書いた。

 

「※『チューニングしてあげるから、もっと好きに鳴らしていいよ』と言って消えた。……好きに鳴らす。この番組を、好きに鳴らし続ける。それが今夜決めたことです。ありがとう、耳郎さん。内緒」

 

 

 

 その日の学校帰り、レコードショップの前を通った。

 

 ウィンドウに、ロックのアルバムが飾ってあった。

 

 歪んだギターの音が、スピーカーから漏れていた。

 

 (……歪んだ音の方が、心に響くことがある)

 

 徹郎は少しだけ立ち止まって、その音を聞いた。

 

 正確な音じゃない。完璧に整った音じゃない。

 

 でも——確かに、心に届いていた。

 

 (この番組も、そういう音でいい)

 

 夜になれば、また鳴る。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪

 

 明日のゲストは誰だろう。

 

 それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。

 

 




 第29話、耳郎響香回でした。「正論はノイズ」という言葉を書きたくて、この話を書きました。正しいことは正しい。でも、正しいだけじゃ届かないことがある。歪んだ音の方が、心に響くことがある——それを、耳郎という音楽とヒーローの間で迷った人間が言うから、意味がある。
 「震えてるけど、止まってない。そういう音」——徹郎の心音への耳郎の評価が、今夜の全てでした。
 照れた耳郎さんが二回見られました。

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