僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
「……なんかさ。ここ、変なノイズが溜まってない? 耳が痛いくらいなんだけど」
不機嫌そうに、けれど鋭い感性を研ぎ澄ませた少女が、耳たぶのプラグを弄びながらスタジオに入ってきた。
耳郎響香——ジーニストの完璧なテキスタイルに息苦しさを感じていた徹郎の前に、彼女は「不完全な本音」を鳴らしに現れた。
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間——今夜のテーマ曲が、少しだけ違う気がした。
いつもと同じ旋律のはずが、どこかリズムが軽かった。
舞台袖からソファを確認した。
少女が座っていた。
群青色の短いボブヘア。三白眼。ラフなパンクスタイルの服装。
耳たぶから伸びたプラグを、指先でくるくると回しながら——スタジオの壁を、じっと聞いていた。
「……うわ、マジか」
独り言のように言った。
「昨日まで、色々来てたんだ、ここに」
(壁越しに音を聞いている……! 声の残滓を読んでいる……!)
「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」
「こんばんは」
短く返した。
「本日のゲストをご紹介します——」
「耳郎響香。雄英一年。それだけでいいじゃん」
(また自己紹介を奪われた……! でも今回は一番あっさりした奪われ方だった……!)
「……耳郎さん、今夜は来てくれてありがとうございます」
「別に。来たくて来たわけじゃないし」
「それはわかっています。でも——」
「でも?」
「……壁を聞いていましたよね、最初から」
耳郎が、少しだけ徹郎を見た。
「……聞こえるんだよ、ここの壁。色々な声が染み込んでて。誰かが泣いた声とか、叫んだ声とか……誰かが笑った声とか」
「……わかりますか」
「わかる。ウチ、音には敏感だから」
「そうですか」
「……なんか、変なノイズも溜まってたけど」
「変なノイズ」
「ここ数日で誰かに正論をぶつけられた残響がある。正しいことは正しいんだろうけど——なんか、苦しそうな音だった」
(ジーニストさんの残響が、まだ残っていたのか……!)
(この人は、それを壁越しに聞いた……!)
「……座ってもらえますか」
「座ってるじゃん」
「そうですね。では——」
「ねぇ、そのノイズ。哲郎の音?」
「……え?」
「さっきから哲郎の心音、ちょっとガチガチなんだよね。ジーニストっぽい何かに絞られた後の音がする」
(心音まで読まれた……!!)
「……そんなに拾えるんですか」
「個性の副産物。慣れてるから大丈夫だけど」
「大丈夫じゃないです。動悸まで把握されているのは、司会者として少し困ります」
「困らなくていいじゃん。別に悪いことしてるわけじゃないんだから」
「……まあ、それはそうですが」
耳郎が、プラグをくるくると回しながら、スタジオを改めて見回した。
「……この番組、毎晩やってんの?」
「毎晩強制発動で、三十分間です」
「失敗したら?」
「意識が永久幽閉されます」
「……それで続けてるの、毎晩」
「続けています」
耳郎が、少しだけ目を細めた。
「……変なの」
「よく言われます」
「褒め言葉ね、一応」
(一応の部分が少し引っかかりますが……!)
「……今いくつですか」
「十五。一年」
(十五歳。文化祭の前後か——音楽とヒーローの間で揺れた後の耳郎だ)
「音楽は今も続けていますか」
耳郎が、少しだけ止まった。
「……続けてる。趣味として」
「ヒーローを選んだんですね」
「……それ、どっちが正解かって話じゃないんだけど」
「そうですね。すみません」
「謝らなくていい。……ただ、正解かどうかはわかんないんだよ。どっちを選んでも、どっちかが消えるわけじゃないし。ウチは両方好きだから」
「……両方好き」
「うん。ヒーローも音楽も、誰かを笑顔にしたいという気持ちは同じだったから。だったら、どっちが正解とかじゃなくて——両方やっていいんだって、気づいてから、楽になった」
「……その気づきは、どこで?」
耳郎が、少しだけ前を向いた。
「……文化祭で」
「文化祭で、何がありましたか」
「……音楽を、みんなの前で鳴らした。ステージで」
「どんな気持ちでしたか」
「……最初は怖かった。無駄な趣味って思われるかもしれないし、恥ずかしいし、ウチそういうの得意じゃないから」
「でも」
「でも——鳴らした音が、誰かの心に届いた。それだけで十分だった」
「コーナーをやってもいいですか」
十分が過ぎた頃、徹郎が言った。
「コーナー。何をやるの」
「『心音・セッション』というコーナーです。私が問いを出すので、耳郎さんが答えてください」
「……面白い名前じゃん。やる」
「最初の問い——進路で迷っていて、何が正解かわからない時、どうしますか」
耳郎が、少しだけ考えた。
「……正解を探すの、やめたら?」
「やめる、ですか」
「正解って、誰かが決めるものじゃないじゃん。自分が鳴らした音が、自分の心にハマったかどうか——それだけが基準でいいと思う」
「……ハマらなかった時は」
「チューニングし直す。それだけ」
「……シンプルですね」
「シンプルな方が、音はきれいに出るんだよ。余計なノイズが入らないから」
(かっこいい……!!)
(でも言っていることは全部本物だ……!!)
「次の問い——自分のやっていることが自己満足かもしれないと感じた時、どうしますか」
耳郎が、少しだけ徹郎を見た。
「……それ、哲郎の話でしょ」
「……一般論として聞いています」
「嘘くさい」
「……そうですね。少し私の話が混じっています」
耳郎が、プラグを止めた。
くるくると回すのをやめて、少しだけ前を向いた。
「……自己満足って言葉、ウチも言われたことある」
「どんな時に」
「ヒーロー志望なのに音楽ばっかりやってた時に。そんなの自己満足でしょ、って」
「……それを聞いて、どうしましたか」
「……ムカついた」
「ムカついた」
「そりゃそうじゃん。ウチが好きで鳴らしてる音を、自己満足って言われたら、ムカつくでしょ」
「……でも」
「でも——少しだけ、怖かった。本当に自己満足なのかもって。誰の役にも立たないのかもって」
「……それは、どうなりましたか」
「文化祭で、答えが出た」
「どんな答えですか」
「……誰かの心にハマった音は、自己満足じゃない。それだけ」
「……誰かの心にハマれば」
「うん。一人でいい。一人でも、届いたなら——自己満足じゃない」
「……聞いてもいいですか」
耳郎が言った。
「なんですか」
「哲郎は——この番組、誰かの心にハマったと思う?」
徹郎は、少しだけ止まった。
(……ハマったか)
(オールマイトが「もう大丈夫だ」と言った夜。ミッドナイト先生が泣いた夜。出久が笑って消えた夜。相澤先生が「学校で会ったら」と言った夜。ホークスが「ありがとね」と言った夜。一般女性が「また話してもいいですか」と言った夜。白雲くんが笑って去った夜)
「……届いていたと思います。少なくとも、私の中では」
「それだけで十分じゃん」
「……ジーニストさんに、社会的な意味がないかもしれないと言われました」
「ジーニストって、あの繊維の人?」
「そうです」
「……正論だよ、それは。たぶん。でも——」
耳郎が、プラグを少し持ち上げた。
「正論って、ノイズなんだよ、時々」
「……ノイズ」
「正しいのに、耳が痛い音。音楽でも、正確な音より少し歪んだ音の方が、心に響くことがあるじゃん。完璧に整った音より、震えてる音の方が——なんか、伝わることがある」
「……それは」
「哲郎の番組は、たぶん歪んだ音の方だよ。社会的には整ってないけど——誰かの心には届く。そういう音」
徹郎の、何かが緩んだ気がした。
胸の中で、硬くなっていたものが——少しだけ、緩んだ気がした。
「……ありがとうございます」
「礼はいらないよ。思ったこと言っただけだし」
「でも——」
「でも?」
「……その言葉が、今夜一番、心に響きました」
耳郎が、少しだけ顔を背けた。
「……別に、大したこと言ってないし」
(照れてる……!!)
(照れてる、耳郎さんが……!!)
「耳郎さん、顔が赤いですよ」
「なってない!!」
「なってます!!」
「うるさい!! 続けるじゃん!!」
「……もう一つだけ、聞いていいですか」
二十分が過ぎた頃、徹郎が言った。
「なんでもどうぞ」
「音楽を選ばなかった時、後悔しませんでしたか」
耳郎が、少しだけ間を置いた。
「……後悔してないよ」
「どうしてですか」
「ヒーローになることを選んで——でも音楽は続けている。何かを選ぶことが、何かを捨てることじゃないとわかったから」
「……それは、いつ気づきましたか」
「……両親に、ヒーロー科に行くって伝えた時」
「どんな反応でしたか」
耳郎が、少しだけ視線を落とした。
「……泣いた。ウチが」
「泣いたんですか」
「好きなものを選んだはずなのに、なんで泣いてるんだろって思ったけど——たぶん、音楽を続けていいかどうか、不安だったんだと思う」
「……でも続けた」
「続けた。両親が応援してくれたから。……それと」
「それと?」
耳郎が、プラグを少し動かした。
「……音楽が好きな気持ちは、誰かに許可してもらう必要ないって、わかってたから」
スタジオが、静かになった。
「……その言葉、今夜の核心だと思います」
「どういう意味?」
「好きな気持ちに、誰かの許可はいらない。社会的な意味も、正論も——その前にある、ただ好きだという気持ちは、誰かに否定できるものじゃない」
耳郎が、少しだけ徹郎を見た。
「……そうじゃん」
「それを今夜、あなたから教わりました」
「……大げさだよ」
「大げさじゃないです」
耳郎が、また少し顔を背けた。
「……哲郎さ」
「はい」
「この番組、続けていいよ」
「……それは、応援の言葉ですか」
「応援じゃない。正しいことを言っただけ」
「……ありがとうございます」
「だから礼はいらないって」
(照れてる……!! 絶対照れてる……!!)
「……イヤホンジャックで、今の私の心音を聞けますか」
残り七分の頃、徹郎が言った。
耳郎が、少しだけ目を丸くした。
「……聞いていいの?」
「聞いてもらえますか。ジーニストさんに絞られた後の音と、今の音が、どのくらい変わったか」
耳郎が、少し考えた。
それから——プラグを、少しだけ壁に差し込んだ。
壁越しに、スタジオ全体の音を聞くように。
「……」
耳郎が、しばらく何も言わなかった。
スタジオに、微かな音が満ちていた。
「……どうですか」
「……さっきより、ベースラインが安定してる」
「それは、良い音ですか」
「……悪くない音だよ。震えてるけど、止まってない。そういう音」
「震えてるけど、止まっていない」
「うん。……ジーニストに絞られた後の音は、ガチガチに固まってたけど——今は、ちゃんと動いてる。生きてる音がする」
徹郎は、少しだけ目が熱くなった。
「……ありがとうございます」
「礼はって言ってるじゃん」
「でも言います。ありがとうございます」
耳郎が、プラグを壁から抜いた。
「……別にウチは何もしてないし」
「したと思っています」
「……」
耳郎が、少しだけ前を向いた。
「……続けなよ、この番組。変なノイズが溜まったら、また来て聞いてあげるから」
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
耳郎が、少しだけ顔を上げた。
「もう時間?」
「お時間です。耳郎さん、今夜は来てくれてありがとうございました」
「別に」
「最後に——一言、もらえますか」
耳郎が、少し考えた。
それから——プラグをくるくると回しながら、少しだけ口を開いた。
「……じゃあね。次、変なノイズ溜まったらまた呼んでよ」
「……呼べる方法がないですが」
「ランダムなんでしょ、このシステム」
「そうです」
「ならそのうち来るじゃん」
「……来てくれたら嬉しいです」
「……なにそれ」
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
「あと一個だけ」
「なんですか」
「アンタの音。チューニングしてあげるから——もっと好きに鳴らしていいよ」
旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——
耳郎の姿が、ロックなリズムのように、軽やかに消えていった。
スタジオに、微かな音の残響が漂って——消えた。
目が覚めた。
朝の七時。
布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。
胸に、手を当てた。
(……鳴っている)
心臓が、鳴っていた。
(震えてるけど、止まっていない。そういう音)
耳郎の言葉が、頭の中にあった。
(……ジーニストさん、ごめんなさい)
(完璧な織物より、震えながら鳴り続けるこの音を——守りたいです)
攻略ノートを開いた。
「耳郎響香(15歳・一年):今夜のゲスト。来た瞬間から壁を聞いていた——声の残滓を感じ取っていた。ジーニストさんの残響も感じ取っていた。一人称は『ウチ』。サバサバしているが、照れると顔が赤くなる——二回確認できた。音楽とヒーローの間で迷った過去がある。でも選んだことを後悔していない。『好きな気持ちに誰かの許可はいらない』——今夜の核心はこれだった。心音を聞いてくれた——ベースラインが安定してきたと言っていた。危険度:低(心音を聞かれ続ける可能性あり)」
ペンを止めた。
最後の一行を書いた。
「※『チューニングしてあげるから、もっと好きに鳴らしていいよ』と言って消えた。……好きに鳴らす。この番組を、好きに鳴らし続ける。それが今夜決めたことです。ありがとう、耳郎さん。内緒」
その日の学校帰り、レコードショップの前を通った。
ウィンドウに、ロックのアルバムが飾ってあった。
歪んだギターの音が、スピーカーから漏れていた。
(……歪んだ音の方が、心に響くことがある)
徹郎は少しだけ立ち止まって、その音を聞いた。
正確な音じゃない。完璧に整った音じゃない。
でも——確かに、心に届いていた。
(この番組も、そういう音でいい)
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
第29話、耳郎響香回でした。「正論はノイズ」という言葉を書きたくて、この話を書きました。正しいことは正しい。でも、正しいだけじゃ届かないことがある。歪んだ音の方が、心に響くことがある——それを、耳郎という音楽とヒーローの間で迷った人間が言うから、意味がある。
「震えてるけど、止まってない。そういう音」——徹郎の心音への耳郎の評価が、今夜の全てでした。
照れた耳郎さんが二回見られました。
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