僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
「……悪いな、こんな時間に。これでも、ようやく取れた休息なんだ」
無造作に置かれたトレンチコート。消えない疲れが染み付いた眼差し。
塚内直正。ヒーローではない「ただの人間」として、誰よりも多くの嘘と真実をその目に焼き付けてきた男が、今夜は静かに、ソファに腰を落とした。
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間——静かだった。
落ち着いた、大人の静けさだった。
舞台袖からソファを確認した。
男が、座っていた。
七三分けの黒髪。トレンチコート。目の下に、うっすらとクマがある。
ガラステーブルの上に、紙コップのコーヒーが一つ置かれていた。
どこから持ってきたのか、徹郎には見当がつかなかった。
「……こんばんは」
穏やかな声だった。
「こんばんは。……すみません、そのコーヒー——」
「夢の中でも飲めるといいんだが。まあ、置いておくだけでも落ち着く」
「……そうですか」
「悪いね。職業病で、どこにいてもコーヒーがないと落ち着かなくて」
(穏やかだ……!)
(今まで来たゲストの中で、一番「普通の大人」の雰囲気がある……!)
「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」
「はは、丁寧な挨拶だね」
「本日のゲストをご紹介します——塚内直正警部です」
「塚内直正。警部補をやっている。ヒーローでも何でもない、ただの警察だよ」
「……オールマイトが、最も仲の良い警察と言っていると聞きました」
「はは。それを知ってるなら、この番組のリサーチ力はかなりのものだね」
「……ゲストの方には事前に調べてからお話を聞くようにしています」
「真面目だな。今夜はよろしく、黒柳くん」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
(この人の雰囲気、今まで来た誰とも違う)
(怖くない。圧倒的でもない。でも——何かが、全部見えている気がする)
「目の下のクマが少し気になりますが——何日寝ていないんですか」
「はは、そんなに見える? 三日かな、まともには寝ていない」
「三日……! それは」
「事件が続いてね。まあ、この仕事はそういうものだよ」
「……あまりに自然に言うので、逆に心配です」
「気にしてくれてありがとう。でも慣れてるから大丈夫だよ」
(慣れてる、で済ませてしまう人だ……!)
(ジーニストさんが「潰れるな」と言っていたけれど、この人こそ——)
「……この番組のことは、ご存知でしたか」
「知っていたよ。ある意味でね」
「……どういう意味ですか」
塚内が、少しだけコーヒーの紙コップを見た。
「この部屋に来た時から、色々な声の残滓を感じてね。記録には残らないが、確かに誰かが話した痕跡がある。捜査の現場で感じるのと似た、空気の重さだよ」
「……それは、個性でわかるんですか」
塚内が、少しだけ笑った。
「いや。長年の経験だよ。現場に入った瞬間に、そこで何があったかが雰囲気からわかるようになる。個性じゃなくて、積み上げたキャリアの話だ」
(個性に頼らず、人間として読む人だ)
「……この番組のルールはご存知ですか」
「三十分のトーク番組を成立させれば、君が現実に戻れる。失敗すれば意識が永久幽閉される——そういうことだろう?」
「……正確です」
「この空間の緊張感から推測した。君の手元の確認の仕方、ゲストを見る時の目の動き——そういうものから読める」
(この人の分析力……!!)
(プロファイリングが凄い……!!)
「……今夜いくつですか」
「三十六だ」
(三十六歳。ヴィラン連合との事件が続いている時期——疲弊している頃だ)
「……オールマイトとは、どのくらい付き合いになりますか」
「長いよ。活動報告書を通じて知り合って、気づいたら友人と呼べる関係になっていた」
「……報告書を通じて友人に」
「変な縁でしょ。でも、あの人は報告書を作るのが大変でね。どこにでも駆けつけて解決してしまうから、その量がとんでもないことになる。そのやり取りを重ねていくうちに、自然と」
「……ユニークな友人関係ですね」
「はは、そうかもしれないね」
塚内が、少しだけ目を細めた。
「君は、オールマイトとここで話したことはある?」
「……最初に来てくれた方です」
「そうか。どんな話をした?」
「笑顔が武器であり、重荷でもある、という話をしてくれました」
塚内が、少しだけ黙った。
「……そうか。あの人らしいな」
「警部から見て、オールマイトはどんな人ですか」
「……無茶をする人だよ。体のことを何も言わずに、全部一人で抱えて——笑顔でいようとする。だから俺は、あの人の傍にいたい」
「傍にいたい、というのは」
「誰かが見ていないと、あの人は全部一人でやろうとする。それが心配で」
(この人は——オールマイトを、友人として見ている)
(英雄として崇拝しているんじゃなくて、ただの友人として、心配している)
「コーナーをやってもいいですか」
十分が過ぎた頃、徹郎が言った。
「いいよ。どんなコーナー?」
「『証言台の向こう側』というコーナーです。私が問いを出して、警部の洞察で答えてください」
「面白いね。やろう」
「最初の問い——ヒーローを目指しているのか、今の自分にはわからなくなった、という悩みを持つ人に何を言いますか」
塚内が、少しだけ考えた。
「……迷っている、ということ自体が答えの一部だよ」
「どういうことですか」
「迷いのない人間は、本当の意味では何も考えていない。迷うということは、それだけ真剣に現実を見ているということだ。……俺の経験から言えば、本当のことを言う人間は、最初はみんな迷う。自分の言葉を大切にしているから、すぐに答えが出ない」
「……迷いは、真剣さの証拠だ」
「そう。だから、迷っていることを責める必要はない。ただ——迷いの中で、自分が譲れないものを一つだけ見つけろ。それだけでいい」
(この人の言葉は、正論なのに重くない……!)
(正しいのに、息が詰まらない……!)
「次の問い——この番組の中で、哲郎は今、どんな状態に見えますか」
塚内が、少しだけ徹郎を見た。
「……マイクを握る手が、さっきより落ち着いてきたね」
「……え?」
「最初は少し震えていたが、今は安定している。……ここ数日で、色々あったんだろう?」
「……よくわかりますね」
「職業病だよ。あと——顔に書いてある」
「顔に」
「隠し事が下手なようだね、君は」
(全部お見通しだ……!!)
(ジーニストさんには姿勢を矯正されて、耳郎さんには心音を読まれて、今度は顔に書いてあると言われた……!!)
「……一つだけ、踏み込んでいいですか」
徹郎が、少し声を落とした。
「どうぞ」
「警部は、長年の捜査で、たくさんの人の言葉を聞いてきたと思います」
「そうだね」
「この番組に来てくれた方たちの——声の残滓を感じると言っていましたね」
「ああ」
「……その声は、嘘だと思いますか」
塚内が、少しだけ止まった。
「……嘘かどうか、と問われると」
「はい」
「嘘じゃないよ」
静かな声だった。
「俺は長年、取調室で人の言葉を聞いてきた。本当のことを言う人間と、嘘をつく人間の、声の違いがわかる。……この部屋に残っている声は——全部、本当のことを言っている声だ」
「……でも、記録には残りません。社会的な意味もないかもしれない」
「それを誰かに言われたのか?」
「……先日来てくれた方に」
塚内が、少しだけコーヒーの紙コップを見た。
「……記録に残らない声というのは、この仕事でもよくある話だよ」
「警察でも、ですか」
「証拠にはならない言葉がある。法廷では使えない事実がある。でも——俺は、その言葉を聞いたことを、捨てない」
「……なぜですか」
「その言葉が、次の捜査のヒントになることがある。そして——その言葉が、誰かが確かに生きていた証拠だから」
スタジオが、静かになった。
(誰かが確かに生きていた証拠)
「……それは、記録に残らなくても」
「残らなくても。誰かが聞いた、ということは残る。そこに意味がある」
「……ありがとうございます、警部」
「礼はいいよ。本当のことを言っただけだから」
「……かつて、追っていた人の話を聞いてもいいですか」
徹郎が、静かに言った。
塚内が、少しだけ前を向いた。
「……話していいかどうか、迷うな」
「迷うなら、話さなくていいです」
「いや——話す。この部屋では、話せる気がするから」
「……どんな人でしたか」
「社会を壊そうとした人間だよ。俺が追ってきた事件の、根本にいる人間だ。……法では断罪するしかない。それは変わらない」
「でも?」
塚内が、少しだけ息を吐いた。
「……でも、その人間の孤独だけは本物だった。壊したいという衝動の裏に、ずっと誰かに気づいてほしかった何かがあった。それだけは、わかった」
「……それを、法廷で言えましたか」
「言えなかった。証拠にならないから。……だが」
塚内が、徹郎を見た。
「君のような場所が、その人間の孤独な本音をただ聞くだけでいてくれたなら——世界は少し、違ったかもしれない」
「……それは」
「俺の職業では、届かない場所がある。法の届かない場所に、声が残っている。……君の番組は、そこに届こうとしている。それは、意味のあることだよ」
徹郎は、少しだけ目が熱くなった。
(ジーニストさんが「社会の外側で機能している」と言った)
(耳郎さんが「歪んだ音の方が心に響く」と言った)
(そして今夜——「記録に残らない声にも、意味がある」と、刑事が言っている)
「……ありがとうございます」
「礼はいいって。本当のことを言っただけだよ」
「……警部は、本当のことしか言わないんですか」
「はは」
塚内が、少しだけ笑った。
「……努力してはいる」
「……警部」
「なんだ?」
「今夜、ここに来て良かったですか」
塚内が、少し止まった。
「……良かったよ」
「どうしてですか」
「普段は、事件の話か、捜査の話か、オールマイトの報告書の話ばかりしている。……こういう話を、するのは久しぶりだ」
「こういう話、というのは」
「意味があるか、ないかの話じゃなくて——自分が何のために動いているか、の話だよ」
「……警部は、何のために動いていますか」
塚内が、少しだけ前を向いた。
「……誰かの明日を、守るためかな」
「誰かの、ですか」
「具体的な誰かじゃなくても、いい。この街で誰かが明日も笑っていられるように——そのために、俺はただの人間として、できることをしている」
「……かっこいいですね」
「はは、そんなことないよ」
「かっこいいです」
「……ありがとう」
塚内が、少しだけ目を細めた。
「君も同じことをしているよ、この番組で」
「……私は、ただ聞いているだけで」
「聞くことが、守ることだよ。誰かの言葉を聞いて、覚えていることが——その人の明日に、繋がることがある」
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
塚内が、少しだけ体を起こした。
「……時間か」
「お時間です。塚内警部、今夜は来ていただいてありがとうございました」
「こちらこそ。久しぶりにゆっくり話せた」
「最後に——一言、いただけますか」
塚内が、少し考えた。
紙コップを一度持って、また置いた。
「……真実を知ることが、必ずしも幸せとは限らない」
「……それは」
「俺の仕事では、真実を追う。でも——その真実が、誰かを傷つけることもある。真実には、重さがある」
「……はい」
「だから、黒柳くん」
塚内が、徹郎を見た。
「君は——その三十分間だけは。彼らの嘘のような綺麗な本音を、守ってやってくれ」
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
「……あと一つだけ」
「なんですか」
「……この番組のこと、オールマイトには黙っておくよ」
「え?」
「あの人は心配性でね。君がこういうリスクを毎晩負っていると知ったら、すぐに何とかしようとする。……今は、そっとしておいた方がいいだろう」
「……気遣っていただいてありがとうございます」
「これは俺の判断だよ。刑事としての」
旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——
塚内が、静かに立ち上がった。
「……またどこかで」
それだけ言って、穏やかに消えていった。
ガラステーブルの上に、紙コップだけが残った。
中身はなかった。
でも——コーヒーの香りだけが、しばらくスタジオに漂っていた。
目が覚めた。
朝の六時。
布団の中で、徹郎は静かに天井を見ていた。
泣いていなかった。
感動で胸が熱いわけでもなかった。
ただ——何か、深いところが落ち着いていた。
(嘘のような綺麗な本音を、守ってやってくれ)
その言葉が、頭の中にあった。
(絶対に嘘はつかない男が——嘘のような本音を守れと言った)
(それは——この番組が、真実の別の形だということかもしれない)
攻略ノートを開いた。
「塚内直正(36歳・警部):今夜のゲスト。来た瞬間から紙コップのコーヒーを持っていた——どこから。三日寝ていないと言っていた——でも慣れてると言った。穏やかだが、分析力が鋭い。個性ではなく経験で読む。マイクを握る手が震えていたことも、顔に書いてあることも、全部見えていた。オールマイトを友人として心配している。記録に残らない声にも意味があると言ってくれた。嘘のような綺麗な本音を守れと言ってくれた。危険度:ゼロ(むしろ守ってくれる側だった)」
ペンを止めた。
最後の一行を書いた。
「※『真実を守ることが、仕事』と言いながら、『嘘のような本音を守れ』と言った。その矛盾が——この人の全部だと思う。絶対に嘘はつかない男が、そう言ったなら——俺はそれを信じる。内緒」
その日の学校の帰り道、自動販売機でコーヒーを買った。
缶コーヒー。ブラック。
普段は飲まない。苦い。
でも——今日は何となく、飲みたかった。
一口飲んで、苦かった。
(……こんなものを毎日飲んでいるのか、警部は)
でも——もう一口飲んだ。
苦くて、温かかった。
(……大人の正義は、こんなに苦くて、温かいのか)
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
第30話、塚内直正警部回でした。「絶対に嘘はつかない男」が「嘘のような綺麗な本音を守ってやってくれ」と言う——この逆説のために、今話を書きました。
個性も超常能力も使わない。ただ、長年積み上げたキャリアと、人を見る目だけで動いている人間が——「記録に残らない声にも、意味がある」と言ってくれた。それが今夜の全てでした。
コーヒーの香りが残るスタジオ。それだけで十分でした。
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