僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います)   作:まだら模様

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※ちなみにどの時系列のキャラが来るかは不明で、同一人物でも別の時間軸やこの本編の時期や季節、年月が違う人がこの空間に誘われてきます。
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)



第30回:塚内直正

 

 

 「……悪いな、こんな時間に。これでも、ようやく取れた休息なんだ」

 

 無造作に置かれたトレンチコート。消えない疲れが染み付いた眼差し。

 

 塚内直正。ヒーローではない「ただの人間」として、誰よりも多くの嘘と真実をその目に焼き付けてきた男が、今夜は静かに、ソファに腰を落とした。

 

 

 

 眠りに落ちた瞬間——鳴った。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー

  ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー

  ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 スタジオに引き込まれた瞬間——静かだった。

 

 落ち着いた、大人の静けさだった。

 

 舞台袖からソファを確認した。

 

 男が、座っていた。

 

 七三分けの黒髪。トレンチコート。目の下に、うっすらとクマがある。

 

 ガラステーブルの上に、紙コップのコーヒーが一つ置かれていた。

 

 どこから持ってきたのか、徹郎には見当がつかなかった。

 

 「……こんばんは」

 

 穏やかな声だった。

 

 

「こんばんは。……すみません、そのコーヒー——」

 

 

 「夢の中でも飲めるといいんだが。まあ、置いておくだけでも落ち着く」

 

 「……そうですか」

 

 「悪いね。職業病で、どこにいてもコーヒーがないと落ち着かなくて」

 

 (穏やかだ……!)

 

 (今まで来たゲストの中で、一番「普通の大人」の雰囲気がある……!)

 

 

 

 「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」

 

 「はは、丁寧な挨拶だね」

 

 「本日のゲストをご紹介します——塚内直正警部です」

 

 「塚内直正。警部補をやっている。ヒーローでも何でもない、ただの警察だよ」

 

 「……オールマイトが、最も仲の良い警察と言っていると聞きました」

 

 「はは。それを知ってるなら、この番組のリサーチ力はかなりのものだね」

 

 「……ゲストの方には事前に調べてからお話を聞くようにしています」

 

 「真面目だな。今夜はよろしく、黒柳くん」

 

 「……こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 (この人の雰囲気、今まで来た誰とも違う)

 

 (怖くない。圧倒的でもない。でも——何かが、全部見えている気がする)

 

 

 

 「目の下のクマが少し気になりますが——何日寝ていないんですか」

 

 「はは、そんなに見える? 三日かな、まともには寝ていない」

 

 「三日……! それは」

 

 「事件が続いてね。まあ、この仕事はそういうものだよ」

 

 「……あまりに自然に言うので、逆に心配です」

 

 「気にしてくれてありがとう。でも慣れてるから大丈夫だよ」

 

 (慣れてる、で済ませてしまう人だ……!)

 

 (ジーニストさんが「潰れるな」と言っていたけれど、この人こそ——)

 

 「……この番組のことは、ご存知でしたか」

 

 「知っていたよ。ある意味でね」

 

 「……どういう意味ですか」

 

 塚内が、少しだけコーヒーの紙コップを見た。

 

 「この部屋に来た時から、色々な声の残滓を感じてね。記録には残らないが、確かに誰かが話した痕跡がある。捜査の現場で感じるのと似た、空気の重さだよ」

 

 「……それは、個性でわかるんですか」

 

 塚内が、少しだけ笑った。

 

 「いや。長年の経験だよ。現場に入った瞬間に、そこで何があったかが雰囲気からわかるようになる。個性じゃなくて、積み上げたキャリアの話だ」

 

 (個性に頼らず、人間として読む人だ)

 

 「……この番組のルールはご存知ですか」

 

 「三十分のトーク番組を成立させれば、君が現実に戻れる。失敗すれば意識が永久幽閉される——そういうことだろう?」

 

 「……正確です」

 

 「この空間の緊張感から推測した。君の手元の確認の仕方、ゲストを見る時の目の動き——そういうものから読める」

 

 (この人の分析力……!!)

 

 (プロファイリングが凄い……!!)

 

 

 

 「……今夜いくつですか」

 

 「三十六だ」

 

 (三十六歳。ヴィラン連合との事件が続いている時期——疲弊している頃だ)

 

 「……オールマイトとは、どのくらい付き合いになりますか」

 

 「長いよ。活動報告書を通じて知り合って、気づいたら友人と呼べる関係になっていた」

 

 「……報告書を通じて友人に」

 

 「変な縁でしょ。でも、あの人は報告書を作るのが大変でね。どこにでも駆けつけて解決してしまうから、その量がとんでもないことになる。そのやり取りを重ねていくうちに、自然と」

 

 「……ユニークな友人関係ですね」

 

 「はは、そうかもしれないね」

 

 塚内が、少しだけ目を細めた。

 

 「君は、オールマイトとここで話したことはある?」

 

 「……最初に来てくれた方です」

 

 「そうか。どんな話をした?」

 

 「笑顔が武器であり、重荷でもある、という話をしてくれました」

 

 塚内が、少しだけ黙った。

 

 「……そうか。あの人らしいな」

 

 「警部から見て、オールマイトはどんな人ですか」

 

 「……無茶をする人だよ。体のことを何も言わずに、全部一人で抱えて——笑顔でいようとする。だから俺は、あの人の傍にいたい」

 

 「傍にいたい、というのは」

 

 「誰かが見ていないと、あの人は全部一人でやろうとする。それが心配で」

 

 (この人は——オールマイトを、友人として見ている)

 

 (英雄として崇拝しているんじゃなくて、ただの友人として、心配している)

 

 

 

 「コーナーをやってもいいですか」

 

 十分が過ぎた頃、徹郎が言った。

 

 「いいよ。どんなコーナー?」

 

 「『証言台の向こう側』というコーナーです。私が問いを出して、警部の洞察で答えてください」

 

 「面白いね。やろう」

 

 「最初の問い——ヒーローを目指しているのか、今の自分にはわからなくなった、という悩みを持つ人に何を言いますか」

 

 塚内が、少しだけ考えた。

 

 「……迷っている、ということ自体が答えの一部だよ」

 

 「どういうことですか」

 

 「迷いのない人間は、本当の意味では何も考えていない。迷うということは、それだけ真剣に現実を見ているということだ。……俺の経験から言えば、本当のことを言う人間は、最初はみんな迷う。自分の言葉を大切にしているから、すぐに答えが出ない」

 

 「……迷いは、真剣さの証拠だ」

 

 「そう。だから、迷っていることを責める必要はない。ただ——迷いの中で、自分が譲れないものを一つだけ見つけろ。それだけでいい」

 

 (この人の言葉は、正論なのに重くない……!)

 

 (正しいのに、息が詰まらない……!)

 

 「次の問い——この番組の中で、徹郎は今、どんな状態に見えますか」

 

 塚内が、少しだけ徹郎を見た。

 

 「……マイクを握る手が、さっきより落ち着いてきたね」

 

 「……え?」

 

 「最初は少し震えていたが、今は安定している。……ここ数日で、色々あったんだろう?」

 

 「……よくわかりますね」

 

 「職業病だよ。あと——顔に書いてある」

 

 「顔に」

 

 「隠し事が下手なようだね、君は」

 

 (全部お見通しだ……!!)

 

 (ジーニストさんには姿勢を矯正されて、耳郎さんには心音を読まれて、今度は顔に書いてあると言われた……!!)

 

 

 

 「……一つだけ、踏み込んでいいですか」

 

 徹郎が、少し声を落とした。

 

 「どうぞ」

 

 「警部は、長年の捜査で、たくさんの人の言葉を聞いてきたと思います」

 

 「そうだね」

 

 「この番組に来てくれた方たちの——声の残滓を感じると言っていましたね」

 

 「ああ」

 

 「……その声は、嘘だと思いますか」

 

 塚内が、少しだけ止まった。

 

 「……嘘かどうか、と問われると」

 

 「はい」

 

 「嘘じゃないよ」

 

 静かな声だった。

 

 「俺は長年、取調室で人の言葉を聞いてきた。本当のことを言う人間と、嘘をつく人間の、声の違いがわかる。……この部屋に残っている声は——全部、本当のことを言っている声だ」

 

 「……でも、記録には残りません。社会的な意味もないかもしれない」

 

 「それを誰かに言われたのか?」

 

 「……先日来てくれた方に」

 

 塚内が、少しだけコーヒーの紙コップを見た。

 

 「……記録に残らない声というのは、この仕事でもよくある話だよ」

 

 「警察でも、ですか」

 

 「証拠にはならない言葉がある。法廷では使えない事実がある。でも——俺は、その言葉を聞いたことを、捨てない」

 

 「……なぜですか」

 

 「その言葉が、次の捜査のヒントになることがある。そして——その言葉が、誰かが確かに生きていた証拠だから」

 

 スタジオが、静かになった。

 

 (誰かが確かに生きていた証拠)

 

 「……それは、記録に残らなくても」

 

 「残らなくても。誰かが聞いた、ということは残る。そこに意味がある」

 

 「……ありがとうございます、警部」

 

 「礼はいいよ。本当のことを言っただけだから」

 

 

 

 「……かつて、追っていた人の話を聞いてもいいですか」

 

 徹郎が、静かに言った。

 

 塚内が、少しだけ前を向いた。

 

 「……話していいかどうか、迷うな」

 

 「迷うなら、話さなくていいです」

 

 「いや——話す。この部屋では、話せる気がするから」

 

 「……どんな人でしたか」

 

 「社会を壊そうとした人間だよ。俺が追ってきた事件の、根本にいる人間だ。……法では断罪するしかない。それは変わらない」

 

 「でも?」

 

 塚内が、少しだけ息を吐いた。

 

 「……でも、その人間の孤独だけは本物だった。壊したいという衝動の裏に、ずっと誰かに気づいてほしかった何かがあった。それだけは、わかった」

 

 「……それを、法廷で言えましたか」

 

 「言えなかった。証拠にならないから。……だが」

 

 塚内が、徹郎を見た。

 

 「君のような場所が、その人間の孤独な本音をただ聞くだけでいてくれたなら——世界は少し、違ったかもしれない」

 

 「……それは」

 

 

「俺の職業では、届かない場所がある。法の届かない場所に、声が残っている。……君の番組は、そこに届こうとしている。それは、意味のあることだよ」

 

 

 徹郎は、少しだけ目が熱くなった。

 

 (ジーニストさんが「社会の外側で機能している」と言った)

 

 (耳郎さんが「歪んだ音の方が心に響く」と言った)

 

 (そして今夜——「記録に残らない声にも、意味がある」と、刑事が言っている)

 

 「……ありがとうございます」

 

 「礼はいいって。本当のことを言っただけだよ」

 

 「……警部は、本当のことしか言わないんですか」

 

 「はは」

 

 塚内が、少しだけ笑った。

 

 「……努力してはいる」

 

 

 

 「……警部」

 

 「なんだ?」

 

 「今夜、ここに来て良かったですか」

 

 塚内が、少し止まった。

 

 「……良かったよ」

 

 「どうしてですか」

 

 「普段は、事件の話か、捜査の話か、オールマイトの報告書の話ばかりしている。……こういう話を、するのは久しぶりだ」

 

 「こういう話、というのは」

 

 「意味があるか、ないかの話じゃなくて——自分が何のために動いているか、の話だよ」

 

 「……警部は、何のために動いていますか」

 

 塚内が、少しだけ前を向いた。

 

 「……誰かの明日を、守るためかな」

 

 「誰かの、ですか」

 

 「具体的な誰かじゃなくても、いい。この街で誰かが明日も笑っていられるように——そのために、俺はただの人間として、できることをしている」

 

 「……かっこいいですね」

 

 「はは、そんなことないよ」

 

 「かっこいいです」

 

 「……ありがとう」

 

 塚内が、少しだけ目を細めた。

 

 「君も同じことをしているよ、この番組で」

 

 「……私は、ただ聞いているだけで」

 

 「聞くことが、守ることだよ。誰かの言葉を聞いて、覚えていることが——その人の明日に、繋がることがある」

 

 

 

 そのとき。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪

 

 エンディングのテーマが、流れ始めた。

 

 塚内が、少しだけ体を起こした。

 

 「……時間か」

 

 「お時間です。塚内警部、今夜は来ていただいてありがとうございました」

 

 「こちらこそ。久しぶりにゆっくり話せた」

 

 「最後に——一言、いただけますか」

 

 塚内が、少し考えた。

 

 紙コップを一度持って、また置いた。

 

 「……真実を知ることが、必ずしも幸せとは限らない」

 

 「……それは」

 

 「俺の仕事では、真実を追う。でも——その真実が、誰かを傷つけることもある。真実には、重さがある」

 

 「……はい」

 

 「だから、黒柳くん」

 

 塚内が、徹郎を見た。

 

 「君は——その三十分間だけは。彼らの嘘のような綺麗な本音を、守ってやってくれ」

 

 テーマ曲が、最後の段階へ移った。

 

 ♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 「……あと一つだけ」

 

 「なんですか」

 

 「……この番組のこと、オールマイトには黙っておくよ」

 

 「え?」

 

 「あの人は心配性でね。君がこういうリスクを毎晩負っていると知ったら、すぐに何とかしようとする。……今は、そっとしておいた方がいいだろう」

 

 「……気遣っていただいてありがとうございます」

 

 「これは俺の判断だよ。刑事としての」

 

 旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——

 

 塚内が、静かに立ち上がった。

 

 「……またどこかで」

 

 それだけ言って、穏やかに消えていった。

 

 ガラステーブルの上に、紙コップだけが残った。

 

 

中身はなかった。

 

 

 でも——コーヒーの香りだけが、しばらくスタジオに漂っていた。

 

 

 

 目が覚めた。

 

 朝の六時。

 

 布団の中で、徹郎は静かに天井を見ていた。

 

 泣いていなかった。

 

 感動で胸が熱いわけでもなかった。

 

 ただ——何か、深いところが落ち着いていた。

 

 (嘘のような綺麗な本音を、守ってやってくれ)

 

 その言葉が、頭の中にあった。

 

 (絶対に嘘はつかない男が——嘘のような本音を守れと言った)

 

 (それは——この番組が、真実の別の形だということかもしれない)

 

 攻略ノートを開いた。

 

 「塚内直正(36歳・警部):今夜のゲスト。来た瞬間から紙コップのコーヒーを持っていた——どこから。三日寝ていないと言っていた——でも慣れてると言った。穏やかだが、分析力が鋭い。個性ではなく経験で読む。マイクを握る手が震えていたことも、顔に書いてあることも、全部見えていた。オールマイトを友人として心配している。記録に残らない声にも意味があると言ってくれた。嘘のような綺麗な本音を守れと言ってくれた。危険度:ゼロ(むしろ守ってくれる側だった)」

 

 ペンを止めた。

 

 最後の一行を書いた。

 

「※『真実を守ることが、仕事』と言いながら、『嘘のような本音を守れ』と言った。その矛盾が——この人の全部だと思う。絶対に嘘はつかない男が、そう言ったなら——俺はそれを信じる。内緒」

 

 

 

 その日の学校の帰り道、自動販売機でコーヒーを買った。

 

 缶コーヒー。ブラック。

 

 普段は飲まない。苦い。

 

 でも——今日は何となく、飲みたかった。

 

 一口飲んで、苦かった。

 

 (……こんなものを毎日飲んでいるのか、警部は)

 

 でも——もう一口飲んだ。

 

 苦くて、温かかった。

 

 (……大人の正義は、こんなに苦くて、温かいのか)

 

 夜になれば、また鳴る。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪

 

 明日のゲストは誰だろう。

 

 それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。

 

 




 第30話、塚内直正警部回でした。「絶対に嘘はつかない男」が「嘘のような綺麗な本音を守ってやってくれ」と言う——この逆説のために、今話を書きました。
 個性も超常能力も使わない。ただ、長年積み上げたキャリアと、人を見る目だけで動いている人間が——「記録に残らない声にも、意味がある」と言ってくれた。それが今夜の全てでした。
 コーヒーの香りが残るスタジオ。それだけで十分でした。

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