僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
「……失礼いたします。こちらが本日の放送スタジオでよろしくて?」
扉から、まず確認の声が来た。
次に、黒いポニーテールと、落ち着いた目が入ってきた。
八百万百——完璧超人に見えるこの少女が、その完璧さゆえに一番自分を信じられない瞬間を持っているということを、徹郎は知っていた。
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間——静かだった。
発目さんの嵐のような空気とは、全く違う。
落ち着いた、清潔な静けさだった。
舞台袖からソファを確認した。
少女が、ソファの前に立っていた。
座る前に、ソファの状態を確認していた。
手で埃を確認して、座面の状態を確認して——それから、静かに座った。
背筋が、完璧に伸びていた。
「……スタジオの清潔感は良好ですわね」
独り言のように言った。
「ありがとうございます」
「あら、舞台袖に司会者の方がいらっしゃいましたの? 失礼いたしました」
「いえ、こちらこそ。よく来てくれました」
「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」
「こんばんは」
落ち着いた声だった。
「本日のゲストをご紹介します——八百万百さんです」
「八百万百でございます。雄英高校ヒーロー科一年A組、副委員長を務めておりますわ。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
丁寧なお辞儀だった。
「……今夜は来てくれてありがとうございます」
「こちらこそ。……あの、少しよろしくて?」
「はい」
「この番組は、失敗したら司会者の方の意識が永久幽閉されるという仕組みですわよね」
「そうです」
「……それは、大変な個性ですわね」
「慣れています」
「慣れてはいけないことだと思いますわ」
(相澤先生に続いて、八百万さんにも同じことを言われた……!)
「……ご指摘はもっともです」
「失礼いたしました。余計なことを申しましたわ」
「余計じゃないです。ありがとうございます」
八百万さんが、少しだけ目を細めた。
「……あなた、とても礼儀正しいですわね」
「毎晩、色々な方と話しているので」
「色々な方とは?」
「守秘義務があって詳しくは——でも、ヒーローも、ヴィランも、一般市民も来てくれました」
「……それは、相当な範囲ですわね」
「まず確認させてください。今いくつですか」
「十五歳、一年生ですわ」
(十五歳。一年生。推薦入学後、個性把握テストで1位を取った後——でも、まだ自己不信と戦っている時期かもしれない)
「ご自身の個性について、聞かせていただけますか」
「創造ですわ。体内の脂肪から、無生物をあらゆる形で創り出せます」
「……何でも作れるということですか」
「正確には、作りたいものの分子構造を理解している必要がありますわ。知識がなければ、作れない。だから私はいつも勉強をしているんです」
「……勉強が、個性の一部なんですね」
「そうですわ。知識を積み重ねることが、創造の幅を広げることと直結していますので」
「……それは、終わりがない努力ですね」
「ええ。だからこそ、やりがいがありますわ」
(この人は——努力を当然のことだと思っている)
(苦しいとか、つらいという言葉が、会話に出てこない)
「……少しだけ踏み込んでいいですか」
徹郎が、少し声を落とした。
「どうぞ」
「推薦入学で雄英に来たと聞きました」
「……はい」
「個性把握テストでも、クラスで一番良い成績を出したと」
「……それは、あまり大きな声では言えませんわ」
「なぜですか」
八百万さんが、少しだけ前を向いた。
「……あの時は、まだ実力が正確に測れていませんでしたから。テストで良い結果が出ても、それが本当の実力かどうかは、実戦で証明されなければ意味がありませんわ」
「……謙虚ですね」
「謙虚、ではありませんわ。事実を言っているだけです」
「どういうことですか」
八百万さんが、少しだけ手を膝の上で組み直した。
「……実戦で、判断を誤ったことがありますわ」
「どんな場面で」
「訓練中、相澤先生と対峙した時。頭では状況が分析できているのに——判断できなかった。動けなかった」
「……それは」
「頭が良いはずなのに、なぜ判断できないのか。知識があるのに、なぜ最善手を選べないのか。……その時、私は初めて、自分の限界を見た気がしましたわ」
「……落ち込みましたか」
「落ち込みました」
即答だった。
「かなり、落ち込みましたわ。推薦で入ったのに、こんなにも動けない。それが、恥ずかしくて、悔しくて」
「コーナーをやってもいいですか」
十分が過ぎた頃、徹郎が言った。
「はい。どんなコーナーですか」
「『創造・知恵袋』というコーナーです。私が問いを出して、八百万さんが答えてください」
「わかりましたわ。私の知識が役に立てるなら、喜んで」
「最初の問い——完璧にやらなければいけないというプレッシャーで、手が止まってしまいます」
八百万さんが、少しだけ考えた。
「……それは、私もよくわかりますわ」
「え? 八百万さんが、ですか?」
「驚かれましたか?」
「……正直に言うと、あなたは完璧に見えていたので」
「完璧に見えるほど、完璧でなければという圧力が強くなりますのよ」
「……どういうことですか」
「完璧だと思われているから、失敗が許されない。失敗が許されないから、動く前に考えすぎる。考えすぎるから、手が止まる。……私はそのループにはまることがありますわ」
「……それを、どうやって抜けましたか」
「……他の人に助けてもらいましたわ」
「誰かに?」
「はい。轟くんに、言葉をもらいました。……私が落ち込んでいる時に、彼は私を否定せずに、ただ信じてくれた。それだけで、動けるようになりましたわ」
(轟くんが……!)
(あの無口な人が……!)
「……次の問い——自分より優秀な人の隣にいると、自信がなくなります」
八百万さんが、少しだけ止まった。
「……それも、よくわかりますわ」
「またですか?」
「おかしいですか?」
「……あなたが一番優秀な側だと思っていたので」
「優秀な人の隣には、さらに優秀な人がいますのよ。私がどれだけ頑張っても、上には上がいる。それに気づくたびに——自分は本当に優秀なのか、と疑う瞬間がありますわ」
「……轟くんを意識していますか」
「……よく調べましたわね」
「少しだけ」
八百万さんが、少しだけ微笑んだ。
「……意識していましたわ。同じ推薦組で、あれほどの個性を持って、あれほど自分の力を信じている人を見ると——私は何をしているのだろう、と思いましたわ」
「今でも?」
「今は……少し違いますわ。彼と並ぶのではなく、彼と一緒に前に進む、という感覚に変わってきましたから」
「……一つだけ、直接聞いていいですか」
徹郎が、少し前を向いて言った。
「どうぞ」
「八百万さんは——自分のことを、優秀だと思っていますか」
スタジオが、静かになった。
八百万さんが、しばらく何も言わなかった。
「……難しい質問ですわね」
「難しければ——」
「いいえ、答えますわ」
少しの間があった。
「……正直に言うと、わかりませんわ」
「わからない?」
「自分が優秀かどうかを、自分で判断するのは難しいですの。優秀だと思った瞬間に、それを超える人を見て、違ったとわかる。だから——」
「だから?」
「だから私は、判断をやめましたわ。優秀かどうかを問うより、下学上達を続けることにしました」
「下学上達……」
「身近なことから学び、上を目指す。それだけを続ければ、いつか本当の答えが見えてくると思っていますわ」
「……それは、答えを先送りにしているわけじゃないですか」
「そうかもしれませんわ。でも——先送りしながら前に進んでいるなら、それでいいと思っていますの」
徹郎は、少しだけ目が熱くなった。
(発目さんは「失敗はデータ、前進するだけ」と言った)
(八百万さんは「先送りしながら前に進む」と言う)
(どちらも——止まらないということだ)
(完璧に見える人間も、前に進むために先送りを使っている)
「……あなたが今夜ここに来てくれた理由を、聞いてもいいですか」
「……少し、話したかったんですわ」
「どんなことを?」
「誰にも言えないことを、言える場所だと聞いたので」
「……誰から聞きましたか」
「この番組のことを知っている人がいて。……覚えているのは司会者だけだから、ここなら言えると、そう教えてもらいましたわ」
「……何を、話したいですか」
八百万さんが、少しだけ手を膝の上で握った。
「……私は、失敗が怖いんですわ」
「……え?」
「発目さんは失敗はデータだと言う。耳郎ちゃんは自分の音を信じればいいと言う。でも私は——失敗が、とても怖いんですの」
「……それを、誰かに言えましたか」
「言えませんわ。副委員長として、クラスのまとめ役として、そういうことを言ってはいけない気がして」
「……言ってはいけない、ということはないですよ」
「でも——」
「八百万さん」
徹郎が、静かに言った。
「はい」
「完璧に見えるあなたが、一番自分を疑っていたんですね」
スタジオが、静かになった。
八百万さんが、少しだけ俯いた。
「……そうかもしれませんわ」
「それは——弱さじゃないですよ」
「……でも」
「自分を疑い続けながら、それでも下学上達を続けている。それは——誰よりも誠実な強さだと思います」
八百万さんが、少しだけ顔を上げた。
目が、少しだけ赤かった。
「……ありがとうございますわ」
「……泣いていいですよ。ここでは誰にも見えないので」
「……泣いてはいませんわ」
「そうですか」
「……少しだけ、鼻の奥がツンとしているだけですわ」
「……そうですね」
(それは泣いている、と言うんですよ、八百万さん……!!)
(でも言わない。今は言わない)
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
八百万さんが、少しだけ体を起こした。
「……お時間ですわね」
「お時間です。八百万さん、今夜は来てくれてありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございましたわ」
「最後に——一言、もらえますか」
八百万さんが、少し考えた。
それから——真っすぐ徹郎を見た。
「……先送りしながらでも、前に進んでいる人間は、ちゃんと前に進んでいますのよ」
「……ありがとうございます」
「それは、あなたへの言葉ですわ。私への言葉でもありますけれど」
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
「あと一つだけ」
「なんですか」
「……このスタジオ、机の高さが少しズレていますわよ」
「……え?」
「左足が0.5センチほど短い気がしますの。次の放送までに調整されたほうがよろしくてよ」
「……夢の中なので次の放送でも同じ机かどうかわかりませんが」
「わかっていますわ。でも——気になったので」
旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——
八百万さんが、もう一度丁寧にお辞儀をして、静かに消えていった。
目が覚めた。
朝の七時。
布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。
「先送りしながらでも、前に進んでいる人間は、ちゃんと前に進んでいる」
その言葉が、頭の中にあった。
(発目さんは「手を動かした瞬間がスタート」と言った)
(八百万さんは「先送りしながら前に進む」と言った)
(どちらも——止まらないことを選んでいる)
(でも、そのやり方が全然違う)
(発目さんは爆発しながら前進する。八百万さんは疑いながら前進する)
(どちらも本物の強さだ)
(そして——完璧に見えた人間が、「失敗が怖い」と言ってくれた)
(それを今夜、聞けた)
攻略ノートを開いた。
「八百万百(15歳・一年):今夜のゲスト。座る前にソファの状態を確認していた。背筋が完璧に伸びていた。お嬢様口調だが、天然な部分があって机の高さが気になると最後に言っていた。完璧超人に見えて、自分への評価が一番厳しい。推薦で入学してテスト1位を取っても、それが本当の実力かどうかを疑っている。失敗が怖い——でも言えなかった。今夜初めて言えたらしい。下学上達、一意専心——それを実行しているから、彼女は強い。危険度:ゼロ。でも、机の高さを指摘された(調整方法がわからない)」
ペンを止めた。
最後の一行を書いた。
「※「先送りしながらでも、前に進んでいる人間は、ちゃんと前に進んでいる」——これが今夜の全てだった。八百万さん、あなたは本物ですよ。ちゃんと前に進んでいます。内緒」
その日の学校帰り、本屋の前を通った。
図鑑コーナーがあった。
(……八百万さんは図鑑が好きだと聞いていた)
何かの図鑑を一冊手に取って、パラパラとめくった。
知らないことが、たくさん載っていた。
(知らないことを知ることが——創造の幅を広げる)
(それは、この番組も同じかもしれない)
(毎晩誰かの話を聞くことが——翌日の徹郎の言葉の幅を広げている)
徹郎は、その図鑑を一冊、買った。
家に帰って読むためでも、使うためでもなく——ただ、今夜の八百万さんを思い出したくて。
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
第37話、八百万百回でした。「完璧に見える人間が、一番自分を疑っていた」——これが今話を書こうと思った出発点でした。発目さんが「前進するだけ」と爆発的に言うなら、八百万さんは「疑いながら、先送りしながら、それでも前に進む」。どちらも止まらないことを選んでいる。ただ、方法が全然違う。
「鼻の奥がツンとしているだけですわ」——それが今夜一番好きなセリフでした。
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