スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
沈黙の廊下、嘆きの声
その日の夜は、皆遅くまで起きて談話室で噂話に興じていた。暖炉の火が揺れ、生徒たちの影が壁に長く伸びている。セリクスは1人で考えたくてさっさと席を立つつもりだったが、不安がったコーウェンに袖を
読書するための本も出せない雰囲気だったので、仕方なく1人掛けのソファの肘置きに肘を付き、足を組んで楽な体勢をとることにした。セリクスは全くの無意識だったが、その姿はまさしく下僕を従える
「誰なんだろう……。継承者の考えてることもよく分からないし、本当にマグル生まれだけを狙ってるのかな?」
「マグル生まれを追い出したいけど、殺すほどの度胸はないんじゃないか?」
「スリザリンの末裔がか? もしそうなら幻滅なんだが」
「グラハム、お前ホグワーツ生に死んでほしいのか?」
「んなこたー言ってねーだろ」
ヒッグスとピュシーとモンタギューが犯人を当てようとして、おかしな方向にズレていっている。セリクスはそれをただ黙って眺めていた。
「……ゴーント。お前なのか?」
「っ! カシウス! なんてこと言うんですか!」
ブレッチリーの鋭い声に、他のメンバーが一斉にセリクスに注目した。彼らの間の空気が張り詰める。セリクスは冷たい眼差しをワリントンに向けたが、普段口数が少ない彼が珍しくセリクスをまっすぐ見つめて言った。
「みんな心の中で思ってる。お前がそうなんじゃないかって。……だってお前はホグワーツで唯一のスリザリンの直系子孫じゃないか」
「君、そんな長文で喋れたんですね……」
「マイルズはちょっと黙っておこうね」
ブレッチリーとヒッグスが茶々を入れるので、ワリントンは少し嫌な顔をした。ナマケモノ似の垂れ目が鋭くなる。
「違うって言うんなら釈明してほしい。もしそうなら何が目的なのかとか知りたい。それが正しいことなら、仲間としてなんとかしたいし」
「ワリントン……」
セリクスは冷たい目付きを、ほんの少しだけ和らげた。
「何人かにも聞かれたが犯人は私ではない。それは間違いない。釈明か……。ここにいる者だけの秘密にして欲しいんだが、いいか?」
「もちろんです」
ブレッチリーの瞳が輝いた。"憧れの君"の秘密を知れるとなって高揚しているらしい。セリクスはちょっとだけ気持ち悪く感じた。
「私は確かに純血主義だが……、マグル生まれ
「「「「「えっ!!」」」」」
コーウェン以外の5人が驚きの声を上げた。その声は他の生徒からぱらぱらと視線を集めたが、モンタギューが
「皆、勘違いしているようだがな。そもそも私の血統自体はイギリスだが、生まれも育ちもドイツ魔法界だ。向こうにはこちらほどマグル生まれへの蔑視はないし、純血家系自体もそこまで多くない。私の
「……ドイツ。そうだったのか……」
「えっ、じゃあお前ドイツ語話せるのか!?」
モンタギューは本筋とは関係ないことが気になるらしい。
「母語はドイツ語だ。あとスウェーデン語も話せる。ラテン語は読み書きなら。父上は元々、私をダームストラングへ行かせる気だったらしい」
「4ヶ国語も!? すっげぇ! 俺、英語もおぼつかねーのに!」
「グラハム、話がすっ飛んでますよ」
ブレッチリーが几帳面に話を戻した。生粋の英国魔法族なのだから、せめて英語はネイティブであって欲しいところだ。
「……だから私は確かにサラザール・スリザリンの末裔で、『秘密の部屋』の継承者の資格はあるのかもしれないが、マグル生まれを石化したり学校を閉鎖させるメリットがない」
「なるほどな……」
ワリントンは深く頷いた。どうやら納得したらしい。どことなく安堵しているように見える。
「みんな普段セリクスのどこを見ているの? 彼がたまに他寮の下級生を手助けしてるところ見たことないの? セリクスは出自なんて気にしないよ」
コーウェンが得意気な顔でセリクスのフォローをした。とても嬉しそうに笑っている。
「手助け? へぇ。ゴーント君って見掛けによらず優しいんですね」
「見掛けによらずは余計だが……。別に
「……視点が為政者とか支配者なんだよな、お前って……」
5人組は、セリクスの支配者然としたスタンスに若干引いていた。セリクスは聞かれたから答えただけなのに、と内心軽く憤慨した。
「ん? 別に秘密にするほどのことでもなくないか?」
ずっと黙って聞いていたピュシーが気が付いたかのように言った。他の5人もそれに頷く。
「……バレたらドラコやセオドールがうるさそうだ。だから絶対ではないが、なるべく黙っていてくれ」
「なんだ……。秘密ってそういうことですか」
ブレッチリーがどことなくがっかりしたような声を出した。
「なに、マイルズ。君、そんなにゴーントに憧れてるの? まさかファンクラブとか入ってないよね?」
「なっ! そんな訳ないでしょう! そもそもあそこは女子しか入れないのでは……?」
「え……。まさか入れたら入るつもり? ……確か女子限定って訳でもないらしいよ。男子も数人いるんだって」
「へぇ。なるほど」
何故かセリクスのファンクラブの話になってしまった。セリクスは途端に身の置き所がないような心地になって、思わずソファの上で
「というかテレンス。君、なんでそんなことに詳しいんですか?」
「……あー。彼女から聞いたんだ」
突然の爆弾発言に6人の時間が止まった。暖炉の火がパチパチと音を立てる。ヒッグスは顔を赤くして肩をもじもじ動かしている。まったくもって可愛くはない。
「は!? 彼女!? いつの間に!」
「去年から付き合ってるんだ。ハッフルパフの子でさ。たまたま『魔法生物飼育学』でペアを組んでから仲良くなった」
「だから君、最近練習に来なかったのか?」
「……いやー、そういう訳じゃ……。個人練習もしてたし。……でもまぁちょっとはね」
4人からの冷たい視線に晒されて、更にヒッグスは小さくなっている。セリクスは全く気が付かなかったと内心意外に思っていた。デートしてる暇なんかあったのか、と。
「よりにもよってハッフルパフかよ。可愛いのか?」
「ふわふわ柔らかい感じで可愛いんだよな〜。確かに美人系ではないけど、癒し系だよ。でも最近あんまり会えてない。なんか僕のことは信じてるけど、石化事件が続いてるから友達が心配してるんだって。これからは単独行動も禁止だから、ちょっとヤバいかも……」
「あー……」
「なぁなぁ、どこまでいった?」
「言うわけなくない!?」
突然始まった恋バナに、セリクスは早くも飽きてきてしまった。先に部屋に戻ったらまずいだろうか。
「……これ長く続くか? 先に休んでもいいか? もう眠いんだが」
「あー、セリクスって早寝早起きだもんね」
コーウェンは、セリクスが
「俺たちはまだ寝ないぜ。テレンスの彼女のこと、聞き出すまでは寝れると思うなよ。俺たちの部屋に行こうぜ。どうせ明日は日曜日で授業ねーし」
「あっ、それ僕も行きたい。いい?」
「みんな来いよ」
「待ってよ。僕、これから尋問されるの?」
「楽に終わると思うなよ」
「こわぁ……」
どうやらセリクス以外の全員が、恋バナをするために夜更かしをするらしい。15歳のメンタルである。セリクスは少し気を利かせてやった。
「彼らの部屋にお菓子とバタービールを。以前預けた『月の雫』を入れた特別製のやつにしてやってくれ」
宙に向けて頼むと返事こそ聞こえなかったが、パチンと屋敷しもべ妖精が働く時の独特な音が聞こえてきた。引き受けてくれるらしい。
「ありがとうな、ゴーント。おやすみ」
「おやすみなさい、ゴーント君」
「俺たち明日寝坊するからよろしくなー」
「じゃあね、セリクス。おやすみ」
「ゴーント、助けてくれぇ〜」
「早く行くぞ」
6人はぞろぞろと談話室を抜けて、寝室の方へ行ってしまった。足音が遠ざかっていく。セリクスは黙ってそれを見送る。ここからは別行動だ。セリクスのエメラルドグリーンの瞳が薄暗く光った。
◆ ◆ ◆
少し時間が経ち人もまばらになった談話室で、セリクスは静かに目くらましの術と消音の魔法を自身に掛けた。魔力が体を包み込む感覚。これで誰もセリクスの存在に気付かないはずだ──バジリスク以外は。
誰にも見つからないように、するりと談話室を抜ける。蛇の意匠が施された隠し扉を出て、慎重に廊下に出た。冷たい夜気が肌に触れる。寮のそばには何の気配も物音もない。
人目を避けてわざわざ夜出歩いているのは、石化の現場をもう一度見ようと思ったからだ。セリクスは脳内で一連の事件を一から再構築し真犯人を推理しようとした。
ひとまずは図書室前に行くことにした。いつもなら、深夜の教室周辺にはほとんど人がいないが、今夜は様子が違っていた。
あまり見覚えのない上級生の2人組──おそらく各寮の監督生たちだ。そして教授たち。果てはゴーストたちまで駆り出されて見回りをしているらしい。遠くから話し声や足音が聞こえてくる。しかし、セリクスに気付く者は誰1人いなかった。
セリクスは誰に邪魔されることもなく無事現場についた。昼間、凄惨な事件があった場所には何もない。グレンジャーの手鏡の破片すらマクゴナガル教授が全て回収したらしい。床はきれいに磨かれている。結局そこでの手掛かりはゼロだった。
次は、ハッフルパフの2年生と『ほとんど首なしニック』が発見された場所、それからグリフィンドールの1年生の現場だが──
「しまった。場所が分からないな……」
グリフィンドール生の方の現場はそもそも生徒で知っている者はいなかったし、ハッフルパフ生の方もやはりセリクスの知り合いには詳しい場所を知っている者は誰もいなかったのだ。
仕方なくセリクスは、ミセス・ノリスが発見された廊下に行ってみることにした。足音を立てずに廊下を進む。
ミセス・ノリスが石になっていたところは、セリクスが普段通らない場所であった。よく見ると女子トイレの近くだった。用があるはずがない。今日は床は濡れていなかった。乾いた石床が月明かりに照らされている。
「……そうか。水か。ミセス・ノリスは水の反射越しにバジリスクの目を見たのか。……ん?」
セリクスは何かに気が付いた。足元をガサゴソと小さい何かが一列になって進んでいる。セリクスはしゃがみこんでよく見てみた。
「……なるほど。蜘蛛。蛇が天敵だったか」
無数の小さな蜘蛛たちが、必死にホグワーツから逃げ出そうとしていた。足を懸命に動かして
しかしこれでは犯人の特定には繋がらなさそうだ。
「この女子トイレに何か手掛かりが? いやしかし……いくら夜中で誰もいないとはいえ……」
セリクスが入るか入らないかで倫理的に葛藤していると、女子トイレの扉から何者かがスーッと出てきた。冷たい空気が流れ出る。セリクスは思わず口を押さえた。
「誰かいるのぉ〜? こんな夜中に? まさか継承者さん? それとも誰かがまたわたしをいじめに来たの?」
おさげで大きな眼鏡をかけた陰気な女子生徒のゴースト、嘆きのマートルだ。半透明の姿が月明かりに揺れている。
セリクスは息をひそめて、出来る限り気配を消した。
(そうか。ここはこいつの
「……? 気のせいだったのかしら? もう嫌よ。またノートを投げ込まれるのは……。マートルの頭に当たったら50て〜ん、とかふざけんじゃないわよ」
(ノート?)
マートルはブツブツと陰気に呟くと、何故かがっかりした表情でまたトイレに戻っていった。扉がきしむ音がする。セリクスは今マートルが嘆いていた台詞を、脳内で繰り返していた。
何かが繋がりそうなのだ。
誰もいない静寂の廊下の真ん中で、セリクスは思考を高速回転させてこの1年を振り返ったのだった。
【あとがき】
●ドイツ魔法界
セリクスのバックボーンがまた1つ明かされました。実はセリクスは、ドイツで生まれ、6歳までそこで育ちました。ドイツ魔法界は、イギリスほど特権階級意識や差別意識が強くない設定です。まぁ、魔法族とマグルの間に明確な境界があるのは、イギリスと同じですが。
マウリシオは当初、息子をダームストラングに入れるつもりでした。それなのになぜ、最終的にホグワーツを選んだのか。ちゃんと理由があります。そのうち明かされると思います。書けるといいなぁ……( ^ω^)
ダームストラングで使われている言語は、公式には明かされていないようです。本作では所在地をスウェーデン北部とし、スウェーデン語とドイツ語を併用している設定にしました。日常生活では主にスウェーデン語、各国から生徒が集まるため、授業ではドイツ語が使われています。校名からしてドイツ語ですしね。
モンタギューと、ついでにワリントンは、英国魔法族のくせに英語が下手というか、レポートでスペルミスを連発します。提出するたび、教授たちに頭を抱えさせています。
●人材は人財
セリクスには、この考え方が染み付いている気がします。家族や親しい人間以外は、ほぼ全員がこのカテゴリーに振り分けられているんじゃないかな? よっぽど手に負えない人間でもない限り、何かしら使い道がないかを考える人だと思います。なので、彼は原則として殺人を忌避します。もしかしたら彼の目には、世界がチェス盤のように映っているのかも……?( ̄▽ ̄;)