スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
リドルの名を探して
またしばらくの間、夜に抜け出すことは難しかった。暇と体力を持て余した寮生たちが、セリクスを放っておいてくれなかったからだ。
あの日、夜通し恋バナに花を咲かせた思春期たちは、夜更かしに目覚めてしまったらしい。セリクスとコーウェンの部屋にも5人組が遊びに来たりした。
元々2人部屋に7人は狭すぎる。セリクスは溜息をつきながら、検知不可能拡大呪文を掛けてやるはめになった。
「見ろよこれ。夜更かししすぎたのか、ニキビが出来ちまったよ。今ニキビ治しクリーム貰いに医務室行ったら、ポンフリーに殺されちまうぜ」
モンタギューがそうボヤくが、セリクスからしてみれば夜中にジャンクなお菓子を食べているせいも大いにあると見ている。今もセリクスとコーウェン以外はフィフィ・フィズビーや百味ビーンズや大鍋ケーキを食べているところだ。包み紙をガサガサ開ける音が響く。よくあんなに食べられるものだ。
「お前たち、去年の今頃は試験勉強していなかったか? こんなことしてていいのか」
「えー。学校がこんな状況で、学期末試験なんてないでしょ?」
「閉鎖していない以上、通常通りあると考えるべきだ」
「僕は大丈夫ですよ。確かに夜はあまり出来ているとは言えませんが、クィディッチの練習がなくなった分、昼間にガッツリやってますから」
ブレッチリーは自信満々なようだ。他のメンバーはセリクスが試験があると言い切ったため、途端に不安そうな顔になった。
「1年生の時から無駄にいい点数取っちゃったからな。ハードルが上がってるから、ここでがつんと順位が落ちたら父さんにボコボコにされるかも……」
ピュシーが蒼い顔をして呟いた。彼は毎年13~15位をウロウロしている地味に優等生である。
「無駄にいい点数って……人生で一度でいいから言ってみてぇな。まぁ俺はもう捨てた。留年さえしなけりゃいいや」
「……俺は今年こそ留年するかもしれん」
「カシウス……。もしそうなったら、先輩として可愛がってやるから安心しろ」
モンタギューの軽口に、ワリントンはアイアンクローでお返ししていた。部屋にモンタギューの汚い悲鳴が響く。セリクスはそろそろトロフィー室に行きたかったので、6人を強制的に眠らせることにした。
「……バタービール飲むか? この前も出した特別製なんだが」
「! 飲む!」
コーウェンの顔がぱぁっと華やいだ。薄いブルーの瞳がキラキラと輝く。その屈託のない笑顔を見て、セリクスのなけなしの良心が痛んだ気がしたが、それでも彼の探求心は止められなかった。全員に、『安らぎの水薬』を少量垂らしたバタービールを配る。
「美味しい〜」
「なんで『三本の箒』のバタービールと同じ味がするんだろうな?」
「甘い……」
6人は各々好き勝手な感想を漏らしたが、次第に全員まぶたをとろんとさせた。あくびも出ている。
「……なんか眠くなってきた……」
「君も? なんか僕も」
「さすがに寝不足なのかもしれませんね……」
セリクスはベッドに双子呪文を掛けて、5個増やしてやった。友人たちはノロノロと動いて、各自好きなベッドに
「もうだめだ……。おやすみ」
「ぐおぉ……」
「さすがに寝るの早くね? ってかうるせーな。静かにしろよ」
モンタギューの軽い平手が、ワリントンの鼻っつらに炸裂したのを最後に、部屋は静まり返った。微かな寝息しか聞こえなくなったのを確認して、セリクスは魔法で制服に着替える。
なめらかに目くらましと消音魔法を掛けると、誰にも見つからないようにまた寮を抜け出したのだった。
◆ ◆ ◆
セリクスは誰にもすれ違わないように慎重な足取りで、4階にあるトロフィー室へ向かっていった。途中何度か危ないタイミングがあったが、なんとか無事
「確か……このあたりだったはずだ」
セリクスは記憶を頼りに、モンタギューの言っていた盾を探した。それはすぐに見つかった。部屋の隅にある飾り棚の奥だ。以前見た時は埃を被っていた優勝カップや盾が、ピカピカに輝いている。月明かりが差し込んで、金属の表面が鈍く光っていた。これがモンタギューやらの頑張りのお陰かと思うと、なんとも言えない気持ちになった。
「あった。これだ。……『特別功労賞』……──トム・マールヴォロ・リドル?」
金の立派な盾には『特別功労賞』を受賞したこととその日付、そしてリドルのフルネームが載っていた。セリクスはその名前にまた既視感を覚えた。指先で文字をなぞる。
「しかし……そんなまさか……」
セリクスがそれをすぐに呑み込むことは、大変に難しいことだった。セリクスの記憶が確かなら、マールヴォロとは曾祖父オミニスの、長兄の名前だったからだ。しかし曾祖父以前のゴーント家は、近親相姦やそうでなくても近い親戚同士でしか婚姻をしなかったはずだ。ましてやリドル姓など聞いたこともない。
「偶然か?」
セリクスはすぐには断定しなかった。判断に足る情報が少なすぎる。ふと、盾の後ろの引き出しが気になった。以前、封印されていたので開けてみたが、空っぽだった引き出しだ。
引き出しの隙間から、薄く光が漏れている。セリクスが引き出しを開けると、中に何かが入っていた。それをそっと手に取ってみる。冷たく滑らかな感触。
「……これは、デミガイズ……か? なんでこんな物が……」
デミガイズが、石のような物を抱えているほとんど透明な置物だった。その石が蒼白く輝いている。不思議と心が落ち着くような光だった。どことなくセリクスの魔力の色にも似ている。
「もしかして夜にしか見えない物なのか?」
セリクスは好奇心を
他にリドルの情報はないか。トロフィー室をくまなく探してみたが、出てきたのは『魔術優等賞』の古いメダルと、首席名簿だけだった。いや、これだけあれば充分だろうか。セリクスもこのまま順調に行けば首席名簿になら載りそうだと思った。
「ほう……。監督生に首席。ほとんどの科目でトップ。優秀だったのか。──しかし50年前の特別功労賞か。受賞理由……森番を捕まえたのがこいつということか?」
もしそうなら、このリドルという男はミスをしたということになる。何故ならハグリッドは犯人ではないからだ。そんなことはどんな愚鈍でも分かりそうなものだが──
「まさかわざとか?」
どんな愚鈍でも分かることなら、首席監督生が分からないはずがない。そしてわざと違う人物を犯人として突き出す理由など一つしかない。
「……『秘密の部屋』の継承者は、トム・リドル? もしそうなら
しかし当時はそうだったかもしれないが、今その男はホグワーツにはいないはずだ。あるのは、ポッターが所持していたT.M.リドルの名前が書かれた古いノートだけ。
「待てよ。何故あのノートをポッターが持っていた?」
セリクスはほとんど直感で、あのノートが事件の鍵を握っていると考えた。しかしポッターに突撃したとしても、スリザリン生のセリクスになど素直に見せないだろう。それにノートが独りでに移動するはずもない。
「駄目だ。ここまでだな。……次は嘆きのマートルか……。気は進まないが」
セリクスは手元の首席名簿を静かに棚に戻すと、滑るようにトロフィー室を後にしたのだった。
◆ ◆ ◆
セリクスは嘆きのマートルの住処である2階の女子トイレに来た。絶対に誰にも見つからないように何度も周囲を確認してから、静かに扉を開けて中に入った。木製の扉が微かな音を立てる。
「誰? 誰なの? ……? なんにもいない? もしかしてピーブズ?」
すぐにトイレで泣いていたらしいマートルがすーっとやってきて、きょろきょろと不安そうに周りを見回している。半透明の姿が揺らめいていた。
「《
セリクスは目くらまし呪文を解除すると同時に、トイレの周りに強固な結界を張った。父直伝のゴーント家特有の血統魔法だ。外界から空間を切り離し、外から知覚されなくなる完全結界魔法である。セリクスの体からごっそりと魔力が減ったが、自分が女子トイレにいることがバレるよりは何倍もマシである。
「ひっ! 誰よ、アンタ! いじめっ子!? ここは女子トイレよ! 出ていってよ!」
「初めまして。私はセリクス・ゴーントという。ミス・マートル……。ファミリーネームはなんというんだ?」
「あら……。わたしはマートル・ワレンよ。わたしに名前を聞いてきたのはあなたが初めて。ここになんの用? それともわたしに用事?」
ワレンは最初こそ金切り声を上げたが、セリクスの顔をまじまじと見てから、小さくもじもじとして話し掛けてきた。嘆きのマートルはほとんどこちらの話を聞かずに卑屈に泣き喚くと聞いていたセリクスは、少しだけ拍子抜けした。
「あなたに用事だ。ここ最近、このトイレを使用している不審者はいないか?」
「うーん、そもそもみんなあんまり来ないけど。そうねぇ。ああ、あの英雄ならちょくちょく来てたわよ」
「英雄? まさかハリー・ポッターか?」
「そうそう、そいつ! あとそのお友達の男と女も一緒だったわ」
「グレンジャーとウィーズリーか。しかしグレンジャーは被害者でポッターにはアリバイが。……ウィーズリーが犯人の可能性? いや、まさか。確かに純血ではあるが」
「なぁにぃ? ブツブツ言っちゃって」
ワレンは気味悪そうに、1メートルほど後ろにすーっと下がった。
「ああ、すまない。その人たちは何をしていた?」
「うーん、なんか薬を密造してたわ。あっ、それで面白いことになってたの! 男2人はブタみたいに太った男に変わってたのに、女は猫の化け物になったのよ! あーおっかしい!」
「……まさかポリジュース薬か?」
セリクスの脳内で、過去に見た小さな謎が一つ解けた。図書室でグレンジャーが持っていた禁書は、ポリジュース薬の密造のためだったのだ。驚嘆すべき才能だ。まだ2年生なのに。──自分のことはすぐ棚に上げる男である。
「猫の化け物というのは、おそらく間違えて猫の毛を入れたのか。……あぁ、だからあの入院騒ぎ……。ブタのような男子生徒。……もしや、クラッブとゴイルか? ──ミス・ワレン。その化け猫騒ぎ、もしかしてクリスマス辺りじゃなかったか?」
「よく分かったわね! その日よ!」
「やはりか。ドラコの勘は当たっていたな」
至極どうでもいい謎が解けてしまった。ドラコはあの日、2人から秘密の部屋の継承者の犯人を聞かれたらしい。ということはポッターたち3人は犯人ではないのだ。
「ふむ。他にはいなかったか?」
「……姿は見てないけど、もう1人いるはずよ。ひどい子なの。わたしにノートをぶつけてきたのよ。ねぇ、ひどいと思わない?」
「……それはお気の毒だ」
セリクスは分かりやすく同情を引こうとするワレンに乗っかって、言葉だけで慰めてやった。ワレンはそれでも嬉しそうに頬を銀色に染めると、ふわっと浮き上がった。
「わたし、死について考えていたの。ここの個室で。そしたら上からノートが落ちてきて便器に落ちたの。びっくりして水で押し流してやったわ! そしたらそのノート、あの英雄君が持って行っちゃったわ。悪趣味よね」
「そうだな。……あなたはもしかしてここで死んだのか? 何年前に?」
ワレンは何故か素晴らしいことを聞かれたかのように、満面の笑みで答えた。
「そうよ! ここでこの個室にこもってたの。わたし虐められてたから。ひどいのよ。オリーブ・ホーンビーがわたしの眼鏡を馬鹿にしてきたの。でもそしたら個室の外から男子の声がしたの。だからわたし外に出て叫んでやろうとしたわ。ここは女子トイレよ! ってね。そしてドアを思いっ切り開けて──そしたら死んだの」
「そしたら死んだ」
セリクスはつい、そう繰り返した。何も分からない。セリクスのなんとも言えない表情を見て、ワレンはぷくーっと頬を膨らませて不満そうに言い返してきた。
「ほんとに分からなかったのよ。気が付いたら死んでたんだから。全身ぎゅーって絞られたみたいになって。でもなんか、まーるい黄色い球を見たわ。多分何か生き物の目玉じゃないかしら。そこらへんで」
「ここか?」
セリクスはワレンが指さした洗面台を覗き込んだ。一つだけ蛇口の横に小さな蛇の形の引っ掻き跡がある。
「……なるほど」
「それでわたしの死んだ日だったかしら? 確かうんと昔よ。大体50年くらい前かしら」
「よく分かった。ミス・ワレン。最後の質問だ。あなたに投げ付けられたノート、これに似ていなかったか?」
セリクスは、鞄から自身の黒い日記帳を取り出してワレンへ見せた。緑の革カバーはあらかじめ外してある。ワレンはそのノートを見て、瞳を大きく見開いた。
「それよ! なんであなたがそれを持ってるの!? まさかあなたがわたしに投げ付けたわけ!? やっぱりいじめっ子じゃない!」
ワレンは先程までの友好的な態度を
「あなた、防御するなんてずるいわ!」
「落ち着いてくれるか? ミス・ワレン。よく見てほしい。似てるだけで別物だ」
「……」
ワレンはセリクスのノートに顔を近付けて目を凝らしているが、よく分からなかったらしい。しかし落ち着いてくれたので結果オーライである。
「あなたはいじめっ子っぽくないものね。顔は冷たいけど、声は優しいわ。……いいわ、信じてあげる」
「どうも。……《
セリクスは杖を一振りして、びしょびしょになってしまったトイレを綺麗にした。水滴が消え、床が乾いていく。
「あらありがと。トイレを水浸しにすると管理人のじーさんがうるさいのよね」
「どういたしまして。私はこれで帰るが、もし誰か来ても私のことは秘密にしてくれるか?」
「まあ素敵。2人だけの秘密ね」
ワレンはまた嬉しそうに破顔して、ひゅーっと飛んでいってしまった。まぁ、またそのうち戻ってくるだろうが。
セリクスはワレンがぶつからないうちに結界魔法を解除して、また目くらましと消音魔法を己に掛けた。入った時同様、静かに外に出る。そしてスリザリンの寮の方角へ足を向けた、その時──
廊下の向こうから誰かが近寄ってきたのだ。足音が近付いてくる。セリクスは咄嗟に壁にくっついて、出来る限り気配を消した。そしてその誰かの顔を見たのだ。それはグリフィンドールの1年生、赤毛の女子生徒。
(……あれは、ジニー・ウィーズリー?)
【あとがき】
●デミガイズ像
作中セリクスが見つけた置物ですが、これは『ホグワーツ・レガシー』に登場する収集アイテムです。管理人のムーンさんから《アロホモラ》を教わり、その時に依頼で「デミガイズの月」を集めると、呪文を更に強化出来るようになります。ホグワーツ城内にも10個ほど配置されていますが、トロフィー室にあるというのは私の独自設定です。きっとレガ主が回収し損ねた物でしょうね。もしムーンさんがうっかり見つけていたら(ムーンさんはデミガイズが大の苦手)、泡を吹いて倒れていたかもしれません( ̄▽ ̄;)
●完全結界魔法《クラウサ・オムニア》
ゴーント家が代々受け継ぐ血統魔法です。一度張ってしまえば、外からは決して知覚出来なくなります。ちなみに張り続けるには膨大な魔力が必要なので、魔力量の多いセリクスにも長い間張ることは出来ません。他にもいくつかゴーント家の血統魔法を考えてありますので、そのうち出せると思います。
原作の空白を埋めるような独自設定や独自魔法を考えるのが、めちゃくちゃ楽しいです。オリキャラはもちろん、公式設定の少ないマイナーキャラのバックボーンを考えるのも同じくらい楽しいです。この前なんて、マーカス・フリントの家族構成や実家の稼業、卒業後の就職先まで考えていました(笑) 「こんなことしてるやつ、ほとんどおらんやろ!」と、セルフツッコミを入れながらꉂꉂ(ᵔᗜᵔ*)