2027年3月末日…結城明日奈と桐ヶ谷和人、そして娘のユイの3人は墓参りに来ていた。
墓の前には既に新しい花が置かれており、誰かが自分たちが来る前に既に墓参りに来ていたことを伺わせる。
「キリトくん、ユイちゃん。先に戻ってて。私ちょっとだけ彼女に話したいことがあるから」
『分かりましたママ』
「何かあったら連絡入れろよ」
「ユウキ、今日はあなたがこの世界から旅立ってちょうど1年になるよ」
墓に刻まれた人物の名は、紺野木綿季…。
そう、今日は、アルヴヘイムオンライン-通称ALOで『絶剣』と呼ばれた最強の剣士『ユウキ』の命日だったのだ。
明日奈の右肩には双方向通信用プローブが乗っている。元は和人たちのグループの研究の一環で作ったものだが、ユウキが仮想世界から現実世界の景色を見るために利用していた。
今その通信用プローブはユウキが亡くなるまでずっとダイブし続けていた医療用フルダイブ機器である『メディキュポイド』にも取り付けられたと和人から聞いている。
「ユウキが旅立ってからこの1年…本当に大変だったよ。キリトくんが襲われて昏睡状態に陥っちゃうし…。あの時は本当にびっくりしたよ…。さすがにキリトくんがいなくなったら私…耐えられなかったから…。けどキリトくんはちゃんと私の元へ戻ってきてくれた。それが何よりも一番嬉しかった」
和人が昏睡状態に陥ったというのは…死銃事件の生き残りであるジョニー・ブラックに襲われた時の話だ。
その後和人はオーシャン・タートルに運ばれて強制的にアンダーワールドにダイブさせられ、再び事件に巻き込まれていくのだが…それもまた別の話だ。
「キリトくんは今も現実世界と仮想世界の壁を取っ払うために一生懸命頑張っているよ。あの一件でアプローチは変わっちゃったけどね。私はそんなキリトくんが大好き」
そこで明日奈は和人のことばっかり話していることに気付いた。
「いけない!!これじゃ彼氏自慢になってた。ごめんねユウキ。それとね、さっきシウネーさんと会ったよ。すごく活き活きとした顔になってた。何でも…この世界で自分がやれることを見つけたんだって。それをやり遂げてからユウキに逢いに行くって。他の元スリーピング・ナイツのメンバーも精一杯悔いのないように生きてからユウキに逢いに行くんだって」
スリーピング・ナイツは亡くなったユウキの双子の姉であるランが立ち上げたギルドで、メンバー全員が当時重病患者だった。しかしながら、リーダーであるユウキが亡くなって以来メンバー全員に病気の回復の兆候が見られているという。まるでユウキがまだ来るなと言っているかのように…。
シウネーは現実では急性リンパ性白血病を患っていたが、ユウキの葬儀に参列できるほど完全完解していた。
ユウキは出生時からずっとHIVに感染していて、AIDSの発症を機にメディキュポイドの被験者になっていた。
しかし長期間ダイブしていた影響でALOでは異常な戦闘力を誇っており、最強のSAOプレイヤーだった和人=キリトも負けるほどだった。最も…和人は進路がフルダイブ技術関係のためにメディキュボイドの存在を知っており、戦いの中でユウキがその被験者だと気付いたのだが…。
もちろん、ユウキも看破されたことを知っており、それで一時期警戒していたほどだった。
そこで明日奈はユウキと出会った頃のことを思い出す…。それは、1年前の1月頃だった…。
「最初は…キリトくんを負かした『絶剣』の噂に興味を持っただけなんだけどね。オリジナルソードスキルをかけての辻デュエル。だけどALOに来た別の目的があると思ったんだ。実際それは当たっていたけど」
当時ユウキを含むスリーピング・ナイツのメンバーはALOにコンバートしてきたばかりで、ソードスキルの実装も間もない頃だった。
そもそも…自分だけのソードスキルであるオリジナル・ソードスキルは開発が難しいのに11連撃のものとなると欲しがらない人はいなかったのだ。
しかしながらユウキがそんなことをしてまで辻デュエルをしていた理由…明日奈たちは何かあると思っていたのだ。
「最も…リズたちがちゃんと言わなかったせいか『絶剣』が女の子とは思いもしなかったよ…。私の中でイメージは崩れたけど…。おまけにユウキは魔法も回復アイテムも使わず、相手に有利な環境で戦うプレイスタイル…。あれには私もカチンと来たよ…。けど剣を打ち合ってからそんなことはすぐに吹き飛んだ。ユウキは余裕の笑みだったけど…私は作り笑いをするのが必死だった。ユウキはトドメをささなかったけど…あれは完全に私の負け。でも悔いはなかったよ」
明日奈はユウキとの辻デュエルを思い出す。明日奈=アスナはその頃オリジナル・ソードスキルである5連撃の『スターリィ・ティアー』を開発させており、ユウキにぶつけたことがあるのだ。しかしユウキはそんなアスナに11連撃のソードスキル『マザーズ・ロザリオ』をぶつけてきたのだ。
アスナはそれをくらって負けることに悔いはなかったのだが、ユウキはトドメをさす前にアスナを自分のギルドへ連れていき、頼みごとをしたのだ。
「今思うと…ユウキも本当は余裕なんかなかったんだよね…。だからあんなことを…」
ユウキの頼み事は剣士の碑に自分たちスリーピング・ナイツの名前を刻み込むことだった。
しかし剣士の碑にギルドメンバー全員の名前が刻み込まれる条件は上限7人での1パーティでボス攻略をすること。
ユウキたちは自分たちに時間がなかったからこそ、何か忘れることのない思い出が欲しくて剣士の碑に自分たちの名前を刻み込むことを思いついたのだった。
「けどスリーピング・ナイツは当時6人だった。それでユウキは助っ人として私を選んだのよね。けど正直びっくりしたよ…。たった6人でボス攻略に挑むなんて…。まあ…だからこそ引き受けたのもあるんだけど…。私もその頃…別の意味で余裕がなかったから…」
明日奈はその頃、母親である京子に自分の大学の付属の高校に強制的に転校を進められそうになっていた。
京子は自分の出自がコンプレックスに思っていたために明日奈がSAO事件でエリートコースから脱落していたことを快く思っておらず、京子のやり方で軌道修正を図ろうと考えていたのだ。
「正直…キリトくんに弱音を吐きたい気持ちになってた。今でこそ母さんはVRMMOやキリトくんに対してある程度理解してくれるようになったけどね。でもこれはユウキのおかげでもあるんだよ。『ぶつからなきゃ伝わらない事だってあるよ』って。ユウキはそれを私に教えてくれた。逃げずに自分の想いを伝えたら…母さんも分かってくれた。ユウキは…本当に大切なことを私に教えてくれた…。教えて…くれたんだよ…」
明日奈はユウキのことを想い、涙をぽろぽろこぼしている。ユウキと関わった時間はそんなに長くないけど…明日奈にとってユウキとの思い出はとても大切なものなのだ。
「ボスを攻略して、ユウキがALOからいなくなった後私は…キリトくんに教えてもらってユウキが置かれている現実を知った。キリトくんが何故『君は完全にこの世界の住人なんだな』って言ったのも理解できた」
ユウキも…ユウキの家族も全員AIDSを発症したことが原因で亡くなっていた。そんな悲しい状況にもかかわらずユウキは人前では決して弱音を吐かず、絶えず笑顔を続けていたのだ。
しかしユウキはそんな自分がイヤで、明日奈に本当のことを知られたくなかった。それでも明日奈はそんなユウキのことを受け入れたのだ。
そうして明日奈は右肩の双方向通信用プローブを見る。こうしていると…ユウキが来てくれるんじゃないかって。
「このプローブでユウキは…いろんなものを見られたよね。学校で音読したり…ユウキの家を見たり…京都観光したり…。ようやってユウキは満足して、次の世界に旅立ったよね。けど私は…もっともっとユウキと話したかった!!ユウキにまだまだ満足してほしくなかった!!そうしたらユウキは…まだこの世界から旅立たずに済んだんじゃないかって!!」
明日奈はさらに激しく泣くばかり。服は涙で濡れているぐらいに…。すると…。
『泣くなアスナ!!』
「えっ…」
一瞬…右の耳元から聞き覚えのある少女の声が明日奈の耳に入ったのだ。
明日奈は右を向くが誰もいない…。けど、明日奈はその声を聞いて笑顔になっていた。
「泣いちゃダメだよね…。ユウキ…。そういえばユウキは…前に言ったよね。キリトくんが『どこか現実を生きていない気がする』って。けどねそれ…私にも言えることなのよ。だからもしキリトくんがどこか違う世界に行くとしても…私は絶対に追いかけてキリトくんを見つけるよ。何でだと思う?私もキリトくんと同じ世界を見てみたいから。だってキリトくん…泣き虫なんだもの。本当に私がいないとダメなんだから。全然変わらない」
明日奈はかつてユウキが言っていたことを思い出す。和人がどこか現実を生きていない気がすることに。しかしながらこれは旧SAOプレイヤーである明日奈にも言えることだった。
だが…和人はその傾向が顕著なのかもしれない。だからこそ明日奈が自分で出した結論だった。
「ユウキが私に遺してくれたソードスキル『マザーズ・ロザリオ』は…大事にとっておいてあるよ。ユウキのことを絶対に忘れないようにね。だからこそ私は絶対にユウキに逢いに行く。その時はユウキ…ユウキが見つけたものをたくさん教えてね。それまで待ってて。ユウキ」
そうして明日奈はユウキの墓から立ち去ろうとする。すると後ろから再び少女の声が聞こえてきたのだ。
『アスナ、待ってるよ』
「えっ…」
明日奈が振り向くと何も聞こえなくなっていた。でも、明日奈はその声の主が誰だったのか分かっていた。
「ユウキ…」
墓参りを終えた明日奈は、和人とユイのもとへ戻っていた。
「終わったか。明日奈」
『ママ、ユウキさんとたくさんお話できました?』
「うん!それに一瞬だけ…ユウキに逢えた気がしたよ」
「そうか…。ユウキは明日奈のことが大好きだからな。だから逢いに来たんだろう」
「キリトくんはユウキに逢えたらどうしたい?」
「どうって…負けっぱなしは嫌だから、今度こそ勝ちたい」
「ふーん…。でもユウキもきっと強くなっているよ?それでも?」
「ああ。絶対に勝ってみせる。それまでに俺も精一杯頑張らないとな」
『パパ、ファイトです!!』
「キリトくん、応援してるよ。それじゃ2人とも、帰ろっか」
明日奈はとびっきりの笑顔で和人とユイに言った。
そうして3人は仲良く帰っていく…。その光景を後ろから黒髪の少女が笑顔で見守っていた。
『アスナ、ボクもキミが逢いに来るのを待ってるよ。その時は…アスナがこの世界で見てきたものを全部教えて』
そうしてその少女は再びどこかへ消えた…。
この小説を読んで泣ける人がいたらいいかな…。