俺の名はゴロー。賞金首ハンター志望だ。
腕に覚えのある俺はハンター試験を着々と攻略し、ブタみたいな試験官の豚の丸焼きを持ってこいという課題を一番に提出し、他の受験者が来るのを余裕の腕組みで待っていた。
待つことしばし、森の中を銀の台車を押したコック風の大柄な男がやってきた。
男はブタの前に立つと、その台車の上の銀の蓋をゆっくりと開けた。
「!?」
とたん、周囲に爆発する芳醇な香り、皿の上にはコンガリ焼けた豚にてらてらと光る脂、それに…何かが塗られている…?
「オレはフンドーキン、至高の豚の丸焼きを用意したぜ!」
「いただきまーす、うん、うまい。合格」
ブタはそれを一瞥するなり手掴みで口に放り込み、俺の時と同じように一瞬のうちに平らげてしまった。
「あぁぁ、勿体ない。あんなに美味そうなのに…」
つい、俺の口からそんな言葉が漏れてしまった。ピクリとフンドーキンが反応し、こちらを見た。その顔には試験官への若干の不満が見え隠れしていた。
ぐううう~
そこでタイミング良く俺のハラがなった。思えば今日はまだ何も食べていない。あんなに美味そうな丸焼きを見せられたら、すっかり豚を食いたい腹になっていた。
「…なあ、コレはオレが賄いにと作って置いた分だが、お前に食ってほしい」
「い、いいのか?」
フンドーキンが台車の下の段から同じものを取り出して言うのに俺は食い気味に反応した。そして、遠慮なくいただく事にした。試験時間はまだあるだろうし、なんなら新しく賄いを作る際に俺が協力したっていい。それくらい、その丸焼きに惹かれていた。
試験官が使わなかったナイフとフォークを手に、丸焼きの腹の部分に刃を当てる。
サクッじゅわっ…
「お…おぉ」
外はこんがり、中はふっくら。しかし丁寧に加熱された焼き加減。俺は一口サイズに切り分けた肉をフォークに刺し、口に入れた。
「っ!」
長いこと会っていない、田舎の婆ちゃんの優しい顔が脳裏に浮かんだ。
口から鼻に抜けていく芳醇な香り。コレは味噌か?濃厚だがくどさはなく、絶妙な焼き加減。豚の旨みを殺すことなく、むしろ手を取り合ってワルツを踊っている。
「うまい。うますぎる!……あ」
気付けば完食していた。ナイフが空を切って、はじめて気付いた。俺の頬に濡れた感覚があった。それを、フンドーキンがまっさらなハンカチでそっと拭ってくれた。
「いや、悪い。懐かしい感じがしてさ、美味かったよ、ありがとう」
「ああ、いい食いっぷりだった。惚れ惚れしたぜ」
俺たちの間にある種友情のようなものが芽生えかけていたその時、森の奥から銀の台車を押すコック風の若い女がやってきた。
「ボイル・シャルルです。よろしくお願いします」
「うん、うまい、合格」
あのブタ野郎また1口で片付けやがった!
気になるのはヤツの咀嚼音、骨を砕くボリボリという音が一切なかった。それにフンドーキンとはまた違う美味そうな匂い。気になる…気になりすぎる…っ!
ぐぐうううぅ
そしてまた、俺のハラもなった。
「あの、よろしければコレ…」
「ありがとうございます!いただきます!」
皿ではなく、ボウルに入った丸焼きにナイフ、フォーク、スプーン…スプーンだと?
その意図が読めないままにカリカリに焼けた表面に刃を入れ、俺はおおいに慌てた。
「あっ!とっ、とっ!」
ソレは液体。サクサクの皮に包まれたトロトロの豚肉。それがあつあつのスープのようにボウルを満たしていく。スプーンで掬ってみれば口の中を幸せな旨みが満たしていく。肉も、内蔵も、骨も、全てが解け合った至高のスープ。ほんのりと寄り添うような醤油の塩梅がまたたまらない。
「よろしければ、どうぞ」
コトリと置かれたのは冷たいグラスに入った柑橘系のジュースだった。確かに少し脂っこい感じがしはじめていたのだ。完璧なタイミングだと思った。この女、できる。
「…!これは!」
口の中をサッパリとしたオレンジと、ほのかな苦みのライムが押し流していく。砂糖とかそういう余計なものが一切入っていない純粋な果物の味わい、それに個々の配合比が神懸かっている。
そして口をリセットして再び丸焼きスープを口に含めば、なんということか!
「味変!これは…この組み合わせは危険だ!無限に飲める!」
しかし豚は無限ではない。ないのだ…。
完食した俺は呆然とボイル・シャルルを見つめた。頬が熱かった。彼女もまた、俺を見ていた。どこか上気したような、どことなく官能的な表情だった。俺たちはしばし見つめ合っていた。そこに言葉は要らない。なぜかそう理解していた。
「ワタシはネイル・ホークだ」
その男?女?まあ男としよう。そいつはいつの間にかそこに居た。小柄な体躯に浅黒い肌、三つ編みにした漆黒の髪。真っ白な調理服だが、なぜか暗殺者のような風貌だった。
「うん、うまい合格」
「ざけんなよブタぁ!」
ついに俺は叫んでしまった。コイツ、また、1口で行きやがったのである。
ネイル・ホークの持ってきた丸焼きは赤かった。それになにやら刺激的な匂いがした。
原初の人が持つ食欲。それを強引に引きずり出すような暴力的な香り。それを前に、鳴らない俺のハラではない。
「うおォン! 俺はまるで人間火力発電所だ !」
辛いがうまい。辛い通り越してなんなら痛いが止まらない。後で絶対おなか壊すやつ、そう思いながらも複雑な配合のスパイスで彩られたソレを、俺は汗だくになりながら完食した。
そしてその後も……
「ソースって男の子だよね」
「ハーブ包み!そんなのもあるのか!」
次々に持ち込まれる豚の丸焼きを俺は全て完食した。みんな違ってみんないい。普通の人が一生に食べる量の豚の丸焼きを遙かに超えるだろう量を食し、けれどもまた食べたいとさえ思う。彼ら彼女らはこれからも腕を上げていくのだろうと、そんな可能性に満ちていたのだ。
「「ああ食べた食べた。ごちそうさま!」」
ブタと並んでハラをおさえ、顔は満面の笑みだ。ハラが満たされれば心も満ちる。さっきまでブタの食べ方に感じていた怒りも、いつの間にかなくなっていた。
コイツも現役の美食ハンターだ。雑に見える食い方でも、おそらくその味わいをきちんと理解していたのではないだろうか。
高いと思えた受験費だが、今ではむしろお得だったと感じる。なんだったら不合格でも笑って帰れるなと思った。思ってしまったのだ。
だからかもしれない。俺は次の女の試験官が出したスシという課題を提出できず、不合格になった。
まずソレが何か分からなかったから、試験官達の近くで待機してカンニングしようとした。すると女の試験官に手招きされ、隣の席に座るように言われた。
そして次々にあいつらが持ってくるスシを片っ端から食べたのだ。
初めは生魚など、と思わなくもなかったが、彼らの腕前を信じて口に入れてみれば、なんということか!未知の、しかしながら俺の胃袋を魅了してやまない風味豊かな味わい。試験官に作法を習ってみれば自然と背筋が伸びて、より深くスシというものが理解できる気がした。
目を閉じれば、湖を泳ぐグロテスクな淡水魚がその生を受けてから数々の困難を乗り越え、やがて料理人の手で捌かれ、シャリの上に乗る。まさに魚の生涯を幻視したほどだ。
そうして食っていたら試験が終わっていた。だが悔いはない。
「いつかこの店に来てください。本物のスシを食べさせてあげますよ」
帰る時、ヤマオカという受験者がメモをくれた。今日食ったのは正しいスシではなかったらしい。ありがたく頂戴しようと手を伸ばしたら、俺も私もと他の受験者達が集まってきてあっという間に囲まれてしまった。
ちょっとしたメモ帳くらいになった紙束を財布にしまい、必ず行くと約束した。試験官達にも、また来るといいと握手を求められた。
そうして俺の、最初のハンター試験は終わった。
「……そういうわけで、私はこの貿易商という仕事をしているんです。ハンター試験という食事会に出席する資金を作るために」
「なるほど。そういうわけでしたか」
お得意様の老紳士に何故か身の上話をする事になった私はそう締めくくると、彼の店で出されたお茶をすすった。冷めていてもなお風味を損なわない、上品な味だった。
老紳士はひとしきり満足そうに頷き、であればコレを貴方に、と大金を渡そうとしてくるので、こんな中年男の話にそんな価値はないと、よければ今後とも良いお取引をと押し問答のすえ丁重に断り店を出たのが昼過ぎ。日差しの暑い日だ。
それにしても…長々と喋りすぎたせいか…
「ハラが……へった」