黄権伝   作:高島智明

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最終席 帰りなん成都

長江沿いに四川盆地に入った巴郡から見れば、同じ四川盆地にある隣の郡が「益州巴西郡」である。

ここが「黄権」の出身地だった。

その巴西郡での黄1族との「再会」は、狭霧や桔梗の時と同様な結果に成った。

 

数えてみれば「前世」の黄権が「現在」の霧花の見た目程度に幼かった年代の筈である。

何故なら、未だ「黄巾」が片付いたばかりだからだ。

 

その為か「黄権」がまだ若かった頃に先立たれた年長者ばかりが、まだ若くして存在していた。

その黄1族にしても、自分たち黄1族の誰かが巴西に戻って来たのに、まるで自分たちの方が忘れているみたいだ、と言いつつも霧花を温かく迎えてくれた。

それで充分だった。

 

尤(もっと)も、魅力だけは有り過ぎる主君が誑かしてくれた、その為かも知れないが。

こうした面倒事を面倒事とも思っても居ない様な桃香も、やはり劉備らしかった。

 

後は桃香を成都の主にするだけだ。霧花にはもう決心をするまでも無い事だった………。

 

……。

 

…劉備軍は四川盆地の中央まで、もう殆ど戦う事も無く進軍して、そこで進軍を休めつつ現在の「成都」を守護している勢力との交渉を進めていた………。

 

……。

 

…雨が気に成っていた。

 

「申し訳ありません。“蜀の犬は……”」

狭霧たちの申し開きに対して、桃香や一刀は返した。

「そういう意味じゃ無いの」

「そういう意味では無いんだ」

そう「蜀の王」であれば、気にして当然の事だった。

これから「蜀」の国作りをして行くのなら。

後漢帝国の人口は5000万前後だったと、これは「正史」に明記してある。

だがしかし、三国の人口は合計しても、ある学者の説によると500万そこそこだった。

その学者の説では其の原因はこう説明されている。

この人口を養っていたのは黄河や長江の灌漑(かんがい)農業だったからと。

 

皇帝の責任と強大な「リーダーシップ」の下で治水と灌漑が行われていれば、これだけの人口をこの時代の技術でも養いうる。

それが大河の恵み。

だがしかし、皇帝が放棄すれば「恵みの大河」は恐るべき暴竜へと変化し、この王朝から既に天命が去った事を思い知らせる。

まさしく、飢餓(きが)も大洪水も天災などでは無い。

天命を失った帝王による「人災」なのが中華帝国だった。

 

益州の主要部、四川盆地も例外では無い。

いや、むしろ「モデルケース」とすらいえる。

「四川」の名の通りに四方の山脈から流れ出る幾(いく)本もの流れが、この盆地のあちらこちらで長江に合流していた。

その四川に生まれ育ち、益州に仕官してきた「黄権」にしてみても、治水工事は後世いう処の「ルーチンワーク」ですらあった。

 

幽州や荊州の出身者には珍しいほどの長雨の中で、何時しか不安を感じていた。

まして「蜀の犬は太陽にほえる」1人である霧花には、いら立ちすら感じていた。

 

そして、その不安は当たりかけた。

劉備軍の駐屯している近くで堤防が悲鳴を上げ始めたのだ。

地元の狭霧たちはそれを見越して高目の土地を選んで劉備軍を駐屯させていた。。

 

桃香や北郷一刀たちは迷わなかった。

劉備軍のほぼ全軍を挙げて堤防の補強工事を始めたのである。

霧花にしてみれば「堤防工事」など「黄権」だった時に、飽きるほどやってきたことである。

むしろ、自分が「黄権」であること「蜀」に帰ってきたことを確認する作業ですらあった。

その工事の最中、成都から使者が来た。

成都にいる益州軍も補強工事に参加させて欲しい。と。

「「これって、もしかして」」

桃香と一刀の声が揃った。

「ええ、認められたようです」

狭霧が答える。

(…て、誰かが報(しら)せた?)

一刀は、少しだけ疑ってみたが。

 

何れにせよ、益州の支配者なら当然の責任。

それを果たそうとしていると認められた。

 

劉備玄徳が「蜀王」となる、その時がついに来る………。

 

……。

 

…その時。

久し振りの晴天の下、もはや抵抗勢力も無く劉備軍は成都へ進軍する。

その道は通い慣れた道だった。

若き日の「黄権」が「成都」で仕官するため、故郷の巴西郡から成都へ向って以来、何度通った事だろう。

 

ある時は益州の何処かの地方官に就任するため、ある時は「蜀」を守るため武将として出陣し、またある時は、そうした地方官や武将たちの元へと「成都」に居る主君の命令を受けて赴いた。

 

そうして任務を終えれば、成都へと帰って行った。

今進んでいる方向と同じ方向へと。

 

その同じ道を「かつて蜀の王として仕えた主君」に従って霧花は進んでいった。

成都へ「帰る」為に。

周囲を返り見れば、天地の境目には「四川盆地」の周囲をめぐる山脈が連なり、その山脈が雲や霧に霞(かす)む。

そうした「山水」から流れ出てくる「四川」の名の由来となる幾本もの流れが長江に合流し「天府」と呼ばれる山脈に囲まれた内側に抱かれて拡がる平原を潤おす。

その水が周辺の山脈から運んできた土が積もった大地の「山林藪沢(さんりんそうたく)」の間に水田や人里が散らばる。

吹く風も心なしか霧や雲の匂いがする、そんな気持ちもするだろうか。

 

洛陽や黄河の南北の光景は、地平線までも黄砂の降り積もった黄土の平原が続く。

吹き寄せる風にすら黄砂が混じっていた。

いわば「黄土」の国とすれば、四川は「山水の国」だった。

 

そんな「黄権」にとっては見慣れた、それゆえに複雑な感傷のある光景の中を霧花は劉備軍に従って進軍して行った

そうして進軍する事、数日。

遂に成都の城壁が劉備軍の視界の中に捕らえられた。

 

成都城の外堀の役目をする「流江」に行軍の先頭が差し掛かった辺りで全軍が停止した。

流江にかかる橋の手前で劉備軍を出迎えている人物がいた。

 

開け放たれた成都の城門を前に、益州刺史の補佐官だった賈龍が出迎えていた。

その賈龍が桃香の前に膝をつき、両の手のひらに錦(にしき)を広げ其の上に乗せた或るものを差し出す。

益州刺史の「印綬(いんじゅ)」―印章とそれを身に付けるためのひもを組み合わせて、皇帝から与えられる。

無論のこと、桃香は「益州州牧」の印綬を新たに与えられている。

すなわち、その新しい印綬のみが、これより有効である事を儀式によって示しているのだ。

 

その「印綬」を桃香が受け取った瞬間、劉備軍の全軍が1斉に歓声をあげた。

その時、劉備玄徳は「蜀の王」と成った。

行軍の後方で霧花も唱和しながら、密かに感傷を覚えていた。

 

……やがて、再び行軍が動き出し、順に成都に入城していく。

 

霧花も城門を潜った。「黄権」には通い慣れた城。

故郷の都。自らの主君の城。

(…帰って来た。私には帰る事が出来る場所が在った。何もかもが、みんな懐かしい…)

城内から見上げる空は「黄権」には見慣れた、今日も雲が流れ太陽までもが霧の向こうで優しく滲む、そんな蜀の「天」だった………。

 

……。

 

…これ以降の霧花、すなわち黄権の後半生については「後世の歴史書」には、こう記録されている。

 

「益州各地の地方官を歴任し、平穏無事に天命を全うした」

 

 

                     「黄権伝」(『真・恋姫†無双 』2次創作)完結




ここまで読み続けて頂いた皆様方には、改めて厚くお礼を申し上げます。 作者:高島智明
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