呪術廻戦二次創作一発ネタ集   作:かりん2022

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カースチェイン〜第40話・ロックオン〜

 研究所の照明が落ちた瞬間、夏油は躊躇なく呪霊を放った。

 

 廊下を埋め尽くすように現れた呪霊達が一斉に羂索へ襲い掛かる。どれも研究所運営用ではない。純粋な戦闘用だ。普段なら表に出すことのない高位呪霊が次々と解き放たれ、非常灯の赤い光の中を黒い濁流のように駆け抜ける。

 

 だが羂索は慌てなかった。

 

 むしろ楽しそうに笑っていた。

 

「なるほど」

 

 呪霊を躱す。

 

 反転術式。

 

 簡易結界。

 

 術式。

 

 長年積み上げた経験が戦闘を成立させる。

 

 しかし。

 

 羂索は気付いていた。

 

 夏油は本気ではない。

 

 いや。

 

 本気で殺しに来ている。

 

 それでも違う。

 

 優先順位が違う。

 

 この男は自分を殺すよりも五条悟を守る方を優先している。

 

 だから深追いしない。

 

 だから無理をしない。

 

 だから危険だ。

 

 羂索は呪霊を引き裂きながら後退した。

 

 廊下の向こうで研究者達が避難している。

 

 呪霊が誘導している。

 

 実に効率的だった。

 

 研究所全体が避難訓練済みなのだろう。

 

 誰も叫ばない。

 

 誰も混乱しない。

 

 ただ静かに持ち場を離れ、資料を抱え、指定された場所へ移動していく。

 

 羂索は笑った。

 

「教育が行き届いているな」

 

「お前には関係ない」

 

 夏油が冷たく言う。

 

 羂索は肩を竦めた。

 

 その時だった。

 

 別方向から強烈な呪力反応が走る。

 

 羂索は思わず視線を向けた。

 

 そこにいたのは優人だった。

 

 五歳児。

 

 人工生命。

 

 研究者。

 

 そして。

 

 六眼。

 

 無下限。

 

 呪霊操術。

 

 全てを持つ存在。

 

 優人は研究者達を背後へ庇いながら立っていた。

 

 羂索は一瞬だけ見惚れた。

 

 美しい。

 

 あまりにも美しい。

 

 完成された才能だった。

 

 五条悟と夏油傑。

 

 その二人の可能性を凝縮したような存在。

 

 この年齢で既に戦場へ立っている。

 

 しかも怯えていない。

 

 羂索は理解した。

 

 器として理想的。

 

 だが。

 

 同時に。

 

 研究者としても理想的だった。

 

 惜しい。

 

 あまりにも惜しい。

 

 今奪ってしまえば、この頭脳が失われる。

 

 今乗っ取ってしまえば、この未来が消える。

 

 羂索は初めて本気で迷った。

 

 だから結論は簡単だった。

 

 まだだ。

 

 今ではない。

 

 もっと価値を引き出せる。

 

 もっと学ばせられる。

 

 もっと成長させられる。

 

 その後でいい。

 

「面白いな」

 

 羂索は心から言った。

 

「本当に面白い」

 

「褒めても何も出ないよ」

 

 優人は即答した。

 

 その返答に羂索は少し笑った。

 

 なるほど。

 

 頭の回転も速い。

 

 ますます惜しい。

 

 その時、通信が入った。

 

 研究所内部の映像。

 

 避難状況。

 

 研究データ転送率。

 

 優人が見ている端末へ表示されている情報が、羂索の目にも入る。

 

 第二研究所。

 

 バックアップ施設。

 

 複数の避難拠点。

 

 研究データ分散保存。

 

 羂索は理解した。

 

 失敗した。

 

 今日ここへ来た意味はあった。

 

 だが。

 

 今日ここで奪うことはできない。

 

 研究所は思った以上に組織化されている。

 

 五条悟は思った以上に用意周到だ。

 

 そして。

 

 自分は知られている。

 

 理由は不明。

 

 だが確実だった。

 

 羂索は一歩下がった。

 

 夏油が動く。

 

 優人も動く。

 

 だが羂索は戦わない。

 

 今は違う。

 

 欲しいものを壊す時ではない。

 

 集める時だ。

 

「今日は帰るよ」

 

 羂索は言った。

 

「次はもっと準備して来る」

 

「来なくていい」

 

 優人が即答する。

 

 羂索は笑った。

 

「それは難しい相談だ」

 

 空間が歪む。

 

 結界術。

 

 転移。

 

 撤退準備。

 

 夏油が呪霊を放つ。

 

 優人が無下限を展開する。

 

 だが間に合わない。

 

 羂索の姿が消える。

 

 研究所に静寂が戻った。

 

 数秒後。

 

 優人が息を吐いた。

 

「逃げた」

 

「逃がした」

 

 夏油が訂正する。

 

 そして苦々しい顔をした。

 

 殺せなかった。

 

 だが深追いもできなかった。

 

 それが現実だった。

 

 通信が開く。

 

 画面の向こうに五条が映った。

 

 呪霊に運ばれながら、相変わらず端末を操作している。

 

『みんな生きてる?』

 

「生きてる」

 

『研究者は?』

 

「避難完了」

 

『データは?』

 

「九十八パーセント転送成功」

 

 五条が安堵したように息を吐いた。

 

『なら勝ちだね』

 

 夏油は苦笑した。

 

「普通は敵を逃がしたら負けだろう」

 

『研究所は無事』

 

『研究者も無事』

 

『研究も無事』

 

『僕達も無事』

 

 五条は笑った。

 

『だったら勝ちだよ』

 

 その言葉に反論できる人間はいなかった。

 

 エリオットですら黙る。

 

 研究所五条の勝敗基準は最初から違う。

 

 敵を倒したかではない。

 

 未来を守れたかだ。

 

 そして。

 

 その頃。

 

 遠く離れた場所で。

 

 羂索もまた笑っていた。

 

「やはり五条悟だ」

 

 車椅子。

 

 病弱。

 

 非戦闘員。

 

 そんな評価は撤回しなければならない。

 

 あれは王だ。

 

 研究所という国の王。

 

 だからこそ。

 

 殺すより。

 

 捕まえる方が価値がある。

 

 羂索は静かに目を閉じた。

 

 狙いは決まった。

 

 優人ではない。

 

 夏油でもない。

 

 まずは五条悟。

 

 王将を奪う。

 

 盤面を崩すのはそれからだ。

 

 羂索は笑った。

 

 次の一手は、もう決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羂索は資料を読み返していた。

 

 同じものを三度目だった。

 

 机の上には高専襲撃以降に集められた情報が並んでいる。

 

 研究所。

 

 東京結界。

 

 人工生命。

 

 呪力発電。

 

 六眼システム。

 

 そして五条悟。

 

 羂索は椅子へ深く腰掛けた。

 

 面白い。

 

 本当に面白い。

 

 何十年も生きてきたが、ここまで興味を引かれる人間は久しぶりだった。

 

 五条悟。

 

 六眼持ち。

 

 無下限呪術保持者。

 

 その肩書きだけなら見慣れている。

 

 だが実物は違った。

 

 まず弱い。

 

 驚くほど弱い。

 

 歩けない。

 

 戦えない。

 

 近接戦では学生にすら負けるだろう。

 

 術師として見れば失敗作と言われても反論できない。

 

 だが。

 

 羂索は目を閉じた。

 

 研究所で見た光景を思い出す。

 

 羂索を認識した瞬間。

 

 研究者達は避難を始めた。

 

 研究データは転送された。

 

 警備網は再編された。

 

 夏油が動いた。

 

 優人が動いた。

 

 そして五条悟本人は戦場から消えた。

 

 誰よりも早く。

 

 誰よりも迷いなく。

 

 まるで最初から決まっていたかのように。

 

「王か」

 

 羂索は呟いた。

 

 戦う王ではない。

 

 守られる王でもない。

 

 盤面を動かす王だった。

 

 将棋で言えば王将。

 

 チェスで言えばキング。

 

 取られれば終わる。

 

 だから最も守られる。

 

 そして最も守られる価値がある。

 

 羂索は少し笑った。

 

 なるほど。

 

 研究所が成立する理由が分かった。

 

 あの男は戦えない。

 

 だから全員が戦う。

 

 あの男は歩けない。

 

 だから全員が運ぶ。

 

 あの男は弱い。

 

 だから全員が守る。

 

 そして。

 

 その価値がある。

 

 研究所の技術は、ほとんど全て五条悟から始まっている。

 

 あの男が死ねば失われる知識が多すぎる。

 

 だから全員が守る。

 

 合理的だった。

 

「五条悟を中心に回る世界か」

 

 羂索は資料を閉じた。

 

 その瞬間、別の資料へ視線が移る。

 

 優人。

 

 羂索は自然と口元を緩めた。

 

 こちらもまた面白い。

 

 六眼。

 

 無下限。

 

 呪霊操術。

 

 最高級の術式構成。

 

 器として考えるなら理想的だった。

 

 だが。

 

 それだけではない。

 

 研究者。

 

 調査員。

 

 交渉役。

 

 保護対象。

 

 護衛。

 

 五歳児。

 

 全部がおかしい。

 

 読み返してもおかしい。

 

 そして何より。

 

 羂索は研究所での優人を思い出した。

 

 研究者達を守っていた。

 

 五条悟の命令を理解していた。

 

 優先順位を把握していた。

 

 盤面を読んでいた。

 

「惜しいな」

 

 羂索は本音を漏らした。

 

 器にするには惜しい。

 

 頭脳が。

 

 才能が。

 

 未来が。

 

 惜しい。

 

 今すぐ奪うのは損失だった。

 

 ならば。

 

 もっと成長させればいい。

 

 もっと学ばせればいい。

 

 もっと働かせればいい。

 

 その後で奪えばいい。

 

 羂索は結論を出した。

 

 優人は保留。

 

 まだ使う。

 

 まだ育てる。

 

 まだ観察する。

 

 その方が利益が大きい。

 

 自然と視線が別の資料へ向いた。

 

 夏油傑。

 

 羂索は静かに笑った。

 

 呪霊操術。

 

 この術式だけは別格だった。

 

 術式として完成されすぎている。

 

 伸び代もある。

 

 応用性も高い。

 

 そして。

 

 五条悟との関係。

 

 羂索は研究所で見たものを思い出した。

 

 夏油は五条を守った。

 

 迷いなく。

 

 当然のように。

 

 命を賭ける覚悟で。

 

 研究所の夏油も。

 

 こちらの夏油も。

 

 驚くほど似ている。

 

 違う人生を歩いたはずなのに。

 

 違う世界で生きたはずなのに。

 

 どちらも五条悟を中心に回っている。

 

 羂索は少し考えた。

 

 面白い。

 

 本当に面白い。

 

 だからこそ。

 

 利用価値がある。

 

 器として考えるなら。

 

 現時点では。

 

 優人より上。

 

 羂索は結論を出した。

 

 夏油が第一候補。

 

 優人は保留。

 

 五条は研究対象。

 

 順番は決まった。

 

 そこで部下が入室した。

 

「研究所の警備ですが」

 

「どうだった」

 

「強固です」

 

「そうだろうな」

 

「五条悟の周囲から引き離すのは難しいかと」

 

 羂索は頷いた。

 

 その報告は予想通りだった。

 

 夏油がいる。

 

 優人がいる。

 

 研究所全体がいる。

 

 正面から奪うのは効率が悪い。

 

 だから。

 

 正面からはやらない。

 

 羂索は立ち上がった。

 

「五条悟は研究所から引き離す」

 

 部下が顔を上げる。

 

「どうやって」

 

「簡単だ」

 

 羂索は笑った。

 

「夏油傑を使う」

 

 研究所の夏油ではない。

 

 こちらの夏油だ。

 

 羂索は知っている。

 

 五条悟は弱い。

 

 だからこそ。

 

 情に弱い。

 

 人に弱い。

 

 愛情に弱い。

 

 研究所の夏油がいる。

 

 家族がいる。

 

 子供達がいる。

 

 それでも。

 

 こちらの夏油を放っておけない。

 

 羂索は確信していた。

 

 だから誘い出せる。

 

 盤面は整った。

 

 研究所への正面攻撃は失敗した。

 

 ならば。

 

 次は盤外戦。

 

 羂索は静かに笑う。

 

 王を奪う。

 

 そのための準備は、もう始まっていた。

 

 一方その頃。

 

 研究所では。

 

「で、正妻への謝罪品候補その七です」

 

 優人が真剣な顔で資料を開いていた。

 

「なんで七個もあるの」

 

 五条が呆れる。

 

「足りないかもしれないし」

 

「増やす方向なんだ」

 

 夏油は頭を抱えた。

 

 数日後に自分達へ降りかかる災厄など知らず。

 

 研究所は今日も平和だった。




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