冥冥の同期、借金漬けの男   作:四角いトマト

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冥冥の高専生時代の制服姿…かわいいっすよね。


第2話 利息の支払い

 

 

(なんで…冥冥がクレジットカードのことを知っている!チッ…術式でカラスを通してどこかで見てたのか!)

 

零は、財布の奥に仕舞い込んだプラチナ色のカードを死守するように身を引いた。

 

一般家庭出身とはいえ、転生前の知識を総動員して「実家の資産運用」に口出しした結果、金元家は今やちょっとした資産家になった。

 

だが、高専での生活は自立すると親に宣言して出てきた手前、ここで親のカードを切るのは、ただの借金以上にプライドが許さない。

 

窓の外では、ジリジリと焦げ付くような陽光が校庭のアスファルトを焼いている。

 

教室内を流れる空気は、冥冥の放つ圧倒的な「強者の余裕」に支配されていた。

 

「ほう。緊急時以外は使わないというわけかい? 実に勤勉で、実に日本的な美徳だ。だが零君、今の君にとって、私の不興を買うこと以上の『緊急事態』があるのかい?」

 

冥冥は、長い銀髪を指先で弄びながら、獲物を追い詰めるような視線を零に向けた。

 

その瞳は、冷徹な計算機のように零の価値を測っている。

 

だが、彼女の内側には、自分でも整理のつかない奇妙なざわつきがあった。

 

この夏編入してきたこの男は、呪術界の常識に染まっていない。

 

それでいて、術式の運用や状況判断において、時折、数十年も現場を経験した老練な術師のような「正解」を叩き出す。

 

(この男は、一体何を見て、何を考えているのか――)

 

その興味は、本来彼女が最も愛する「金」という指標を超えそうになっていた。

 

だからこそ、彼女はあえて過剰に「金」を要求することで、自分の中の均衡を保とうとしている。

 

「……分かった。降参だ。利息、払うよ」

 

零は諦めたように、椅子を引いて立ち上がった。

 

「ただし、現金じゃない。……現物支給でどうだ?」

 

(どういう意味だ?…零君、君が所持するものの中で、資産価値があるものなどないはずだが)

 

「現物? 宝石でも差し出すつもりかい?」

 

「いや、もっと実用的で、消費的なやつだ」

 

零は自分のスマホを取り出し、画面を冥冥に見せた。

 

「焼き肉だ。都内に、一見さんお断りの美味い店がある。今日の『利息』として、そこを俺が奢る。……それでどうだ?」

 

冥冥の眉がピクリと動いた。

 

「食事かい? 効率の悪い支払いだね。形に残らないものに金を使うのは、私の主義じゃない。それに、私の舌は君の想像以上に肥えているよ」

 

「……わかってる。だから、普通の店じゃないって言ったろ。……あそこのシャトーブリアン、冥冥なら気に入るはずだ」

 

零の真っ直ぐな視線が冥冥を射抜く。

 

冥冥は、ふんと鼻を鳴らした。

 

「……面白い。そこまで言うなら、君の『目利き』を評価(アセスメント)してあげようじゃないか。もし不味ければ、その瞬間に利息を倍にして、カードを没収する。いいかい?」

 

「……鬼だな。だが、受けて立つよ」

 

 

 

 

 

夕暮れ時、新宿の喧騒から少し外れた場所にある、重厚な扉の焼き肉店。

 

個室に入ると、冥冥はしなやかな動作で上座に座った。

 

照明を落とした室内で、彼女の白い肌と銀髪が、まるで発光しているかのように美しく浮かび上がる。

 

「……まずは、これだ」

 

零が注文したのは、店主がその日一番の部位を厳選した盛り合わせだ。

 

運ばれてきた肉は、もはや芸術品だった。細やかなサシが宝石のように散りばめられ、脂の甘い香りが部屋を満たす。

 

「ほう……。見た目だけは、一端だね」

 

冥冥は、箸を手に取り、一切れの肉を網に乗せた。

 

パチパチと爆ぜる炭の音。彼女の切れ長の瞳が、肉が焼ける様子をじっと見つめる。

 

(……なんでだろうね。たかが食事に、これほどの期待を抱くなんて)

 

彼女は、自分自身の変化に戸惑っていた。

 

本来なら、二十万という「確定した利益」をさっさと回収し、次の任務(ビジネス)へ向かうのが彼女の流儀だ。

 

わざわざ同期の男と向かい合い、煙に巻かれながら肉を焼く時間など、彼女の計算式では「損失」でしかないはずだった。

 

「はい、冥冥。焼きすぎるともったいないぞ」

 

零が手際よく皿に肉を置く。

 

その所作には、彼女を敬う気持ちと、それ以上に「一人の友人」として接する気安さが混ざっていた。

 

冥冥は肉を口に運び、ゆっくりと咀嚼した。

 

「……っ」

 

舌の上で、脂が熱と共に溶けていく。濃厚な旨味が広がり、脳を直接揺さぶるような感覚。

 

「……どうだ?」

 

零が少し誇らしげに尋ねる。

 

「……悪くない。……いや、一級品の仕入れだね。市場価値を考えれば、確かに一食で一万円以上の『利息』に相当する価値はある」

 

冥冥はそう言って、再び肉を焼く。

 

素直に「美味しい」と言えばいいものを、彼女はあくまで経済的価値に換算しようとする。

 

それが彼女なりの、精一杯の照れ隠しであることに、零は気づいていた。

 

「……君は不思議な男だ、零君。一般家庭出身の割に、こういう『価値』の置き場所を知っている」

 

冥冥は、グラスに注がれた烏龍茶を片手に言った。

 

「君の術式もそうだ。『負債』という概念を呪術に組み込むなんて、並の術師の発想じゃない。君は……何を目指しているんだい?」

 

「目指すもの、か……」

 

零は、網の上の炭を見つめた。

 

(原作を知っている俺からすれば、これからの呪術界がどれだけ地獄になるか、嫌でも想像がつく。五条や夏油が来る来年には、この平穏な空気すら贅沢になるかもしれない)

 

「……とりあえずは、あんたへの借金を完済することかな。あとは、俺の術式で『破産』させられないくらいの、強固な基盤を作ること。……あんたと対等に仕事ができるくらいには、なりたいと思ってる」

 

零が笑って言うと、冥冥は一瞬だけ、視線を泳がせた。

 

「……対等、か。高い目標だね。今の君の株価は、まだまだ底値だよ」

 

彼女は冷たく突き放すような言葉を吐いたが、その口元は微かに緩んでいた。

 

(……対等、ね。悪くない響きだ)

 

冥冥は、自分の中の「計算機」が、零という存在に対してだけ、バグを起こしていることを自覚せざるを得なかった。

 

利益にならないはずの食事。

 

不確実な未来への期待。

 

そして、目の前で自分の機嫌を伺いながら、楽しそうに肉を焼く男の存在。

 

「……零君、追加の注文をしていいかい?」

 

「ああ、好きなだけ食えよ」

 

「ふふ、よく言った。……遠慮なく注文させてもらうよ。君の『将来性』には期待できそうかもしれないね」

 

その夜、零の財布は完全に空になった。

 

だが、帰りのタクシーの隣で、窓の外を眺める冥冥の表情は、いつもの「商売人の顔」ではなく、どこか年相応の、穏やかな少女のような色を帯びていた。

 

(美人呪術師『冥冥』と食事して、あんな表情を見れたなら…悪くないか…)

 

原作ファンにとってすれば、涎ものの幸せを少し感じられた零だった。

 

(任務増やしてもらうか…このままじゃ、冥冥にケツの毛まで取り立てられそうだ)

 

零は遠ざかる東京の夜景を見ながら、明日からの過酷な任務と、冥冥に対する負債に遠い目をするしかなかった。

 

 

金元 零の冥冥借金額 残り 十九万九千円也。

(※ただし、本日の飲食代および移動費、合計五万八千円が支払えず、泣く泣くクレジットカードを切ることとなった)




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