シュヴァルグランのトレーナーは新人で彼女を受け持ち、G1勝利を掴み取る程度に優秀な青年男性。

 座右の銘は壱撃離脱。

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 首都高バトルが面白かったので書きました。
 車の知識は皆無なので気になった場合は容赦なく言っちゃってください。勉強させていただきます。


第1話

「どうしたシュヴァル。体調不良か?」

 

 トレーナーさんの声に我に返る。いつもは感情を読み取りづらい切れ長の目が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。

 

「い、いえ! 大丈夫です!」

「……そんなことはないだろう。年明けから、ずっとその調子だ。言えないことなら深く詮索する気はないけどね?」

「あ、あうぅ……」

 

 なんとなく冷たく、そしてどことなくキレる雰囲気から距離を取られがちなトレーナーだが、実際は意外と世話好きな人だということを、担当である自分だけは知っている。最初こそ同期の皆に心配されたし、自分自身おっかなびっくりで話していたが、契約から3年経った今では正直に自分のことを話せる数少ない人だ。

 ……こうやって唐突に距離が近くなるのには未だに慣れないけど。こう言ってはなんだが、僕のトレーナーは顔が良い。間近に迫られるとドギマギしてしまう。

 その上でこの顔を知ってるのは、トレセン学園内では僕だけという事実に、密かな優越感を覚えるのは仕方ないことだと思う。我ながら後ろ向きな感情だけど、それが僕を奮い立たせてくれたのも本当だ。去年のジャパンカップの時も。有馬記念の時も。

 

「その、有馬記念で勝ってから、僕が世代の代表みたいに持ち上げられて、本当に良いのかなって」

「それだけのレースをしたということだ。胸を張ればいい。以前も言ったが謙虚なのは良いことだが、卑屈なのは良くない」

「でも僕は最後の最後に勝っただけなんです。キタさんもクラウンさんもドゥラメンテさんも僕なんかよりずっと凄くて……!」

 

 別にいつもそう思っている訳では無い。ふとした拍子に自分が遅咲きだと加味しても、ピーク時の彼女達と戦ったら僕は勝てないだろうなと、思ってしまうのだ。

 自分にはキタさんのような総合力も、ドゥラメンテさんのような爆発力も、クラウンさんのような精神的なタフネスも持ち合わせていない。やってきたことしか出来ない平凡なウマ娘。

 世代の代表がこれじゃだめだ。こんなガラじゃない役割なんて投げ捨ててしまいたい。ただ、周りがそう言ってくれている以上、期待に応えたいと思う自分もいる。何より同期でG1を勝っているウマ娘で、トゥインクルシリーズに残っているのは自分しかいないから。なら、このバトンを誰かに引き継がなきゃいけないという義務感もある。

 

「正直、どうすべきか分からないんです。偉大なウマ娘になりたいのは今でも変わっていません。けど、僕より称えられるべきウマ娘がいるんじゃないかって」

「……」

 

 自分の言葉に何かを考えこむトレーナー。今でもこんな体たらくの僕に失望したのかもしれない。

 あぁ。でも、それならちょうどいい機会だ。トレーナーが契約を解消するって言うのなら、自分もやめる踏ん切りがつく。

 あぁ。でも、そうするとトレーナーは別な子を担当するのか。やだなぁ。すごくイヤだ。

 楽になりたいという気持ちと、終わりにしたくない気持ちがない交ぜになって気持ち悪い。

 でも、こうして口にしてみると、やっぱりトレーナーさんと離れる方がイヤだなと思った。

 失敗したと、不安を抑え込みながらトレーナーさんを見つめると、間もなく口を開く。大した時間じゃないのに、酷く長く待った気がした

 

「分からないでもないね。求める速さは人それぞれだから。そっか。君もそこまで来たのか」

 

 トレーナーの口から出たのは励ましでも、失跡でも、ましてや失望でもない。何て言えばいいか分からないけど、多分一番近いのは感嘆に近いと思う

 

「トレーナーさん……?」

「僕も僕なりに走り続けてきたつもりだったけど、なるほど。……今なら何か別なものが見れるかもしれない。そうか。師匠が言いたかったのはこういうことだったのか」

「えっとぉ……?」

 

 勝手にうんうんと納得している。

 僕のトレーナーさんは凄いけど変な人だ。たまに何でもないことからとんでもないことを思い付く。

 だから、ライトハローさんは絶対に近寄らせないと心に誓っている。次言い寄ったら府中2400で勝負する約束なので、もうないと思うけど。

 

「シュヴァル」

「はい」

「週末、気分転換に首都環状に行こう」

「はいぃ?」

 

 

 

 首都環状線。元々は首都の物流を担う高速道路だったが、新しい高速道路が完成した後、その役目を終えた。

 本来は解体される予定だったが、解体するより国内最大規模のサーキットとして利用した方が利益が出ると判断され、今では一般人にも開放されるクローズドサーキットとして活用されている。

 元々ウマ娘レースが盛んだった日本は、スピードというものへの関心が高く、走り屋達は最速を目指して夜な夜なバトルを繰り広げているそうだ。どれくらい盛んかというと、「外国の資本家が買い取って世界的な大レースを開催しようとしている」という噂が立つ程度には。

 正直車に興味はそこまで無いので、どうして首都環状に行くのかイマイチ分かってないのだが、姉さんたちに相談したらヴィブロスに「ドライブデートだ~」と茶化され、似合わないスカートまで履かされた。いつもならスパッツとセットなのだけど姉さんに「そういう野暮ったいのはよしなさい」と却下された。

 今は姉妹揃って、学園内のロータリーでトレーナーさんの迎えを待っている。車両は、知り合いの倉庫に預けているものに乗ってくるそうだ。てっきり学園の車に乗るかと思ったがちがうらしい

 

「ねえねえ。どんな車で来ると思う? サーキットに誘うくらいだから速いので来るよ~! ランエボとかシルビアとか!」

「案外ハチロクやロードスターみたいな車かも知れないわよ? 別に速くてパワーのある車が全てじゃないでしょ? こういうのは楽しめるかどうかよ」

「ほほ~う? 経験者は違いますな~。そんなこと言ってトレちも乗り回してるのかな~?」

「どういう意味かしら、それ!?」

 

 両隣が騒がしい。何で当事者の僕よりテンションが高いのだろう。おかげでかえって冷静になって、こうやって待っていられるのだが。一人でいたら緊張でどうにかなっていたに違いない。

 

「……あれ?」

 

 勝手に盛り上がっている二人の話を程々に聞き流していると、学園内外の雑多な音の中でひときわ異質な音が聞こえた。多分ウマ娘じゃなくても人間の耳でも分かる人には分かる。

 

「とぼけちゃって~。朝方こっそり帰って来たのがバレてないとでも思……アレ?」

「あ、あの日は何も無かったわよ! こっちは乗り気なのにいつもあの人は……あら?」

 

 どうやら2人もこの音に気が付いたらしい。何と表現すれば良いのだろうか。太い高音? 澄んだ爆発音? まるで『オオカミの遠吠え』のような。

 その音が徐々に近づいてくる。フロントに『L』 のエンブレムを光らせる白いスポーツカーが、するりとロータリーに入って来て僕たちの前にピタリと止まり、僕のトレーナーさんが降りてきた。私服は何回か見たことがあるが、ジーパンに七分丈に捲った上着という、カジュアルで運転しやすそうな格好だ。

 

「おはよう、シュヴァル。待たせたかな」

「お、おはようございます。トレーナーさん。そんなことありません。これがトレーナーさんの車ですか?」

 

 スポーティだけどシック、複雑だけど純粋。手が込んでいるのにフレッシュというか……、すごく、すごーく言いにくいが、カッコいいけどなんかHというか。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ僕のトレーナーさんに似ている。

 

「うん。3年前無そ……、師匠にあたる人から合格祝いで貰ってね。元々乗っていたのは、目立ち過ぎて使いづらかったから」

 

 あんまり詳しくないが、レクサスって高級車だった気がする。それより目立つ車ってどんな車なんだろう?

 

「レ、レクサス? 意外なのに乗って来たわね……」

「う~ん、ちょっとイメージと違うけどアリ、かな? ……2シート? LEXUSに2シート車なんてあったっけ?

 

 2人がそれぞれに感想を言っているが、どんな形であれ自分にとっては、トレーナーさんと限られた空間で二人きりという事実に心臓がうるさくなってきた。

 

「ヴィルシーナさんと、ヴィブロスさんだね。いつもシュヴァルにはおせわになってます」

「こちらこそいつも妹がいつもお世話になっております。本日は何卒よろしくお願いします」

「いえいえ~。こちらこそシュヴァちのこと、お願いしまーす。返却は明日の朝でもいいですよ~?」

「いや。書類が面倒だから今日中に戻るよ。それに深夜の首都環状はちょっとね。シュヴァル、行こうか」

「へっ。あっ、はい。じゃあ行ってくるね。姉さん。ヴィブロス」

 

 今更デートであることを自覚してしまいボーっとしてしまった。促されるままに助手席に座る。思ったより視線は低く。車の大きさに対してシートは狭くて深い。運転席もコックピットみたいだと思った。

 トレーナーさんが窓を開けてくれたので姉さんヴィブロスに手を振る。自分の目線が2人のお腹ほどの位置にあるのにビックリした。

 

「い、行ってきます」

「行ってらっしゃい。楽しんできてね」

「じゃあね~シュヴァち~。お土産はデートの感想だけで良いから~」

「からかわないでよ! ヴィブロス、もう……」

 

 窓が締められると車が発信する。凄く滑らかなスタートだ。地面を走るというより滑るみたい。

 ロータリーから出る前に、窓の外を見ていると姉さんのトレーナーさんと目が合ったので頭を下げた。お化けでも見たような顔をしていたけど、どうしたのだろう?

 

 

 

 

 

 

「あら? トレーナー、もうトレーニングの時間だったかしら」

 

 シュヴァルグランを見送った2人は、ふとヴィルシーナのトレーナーがいることに気が付いた。どことなく呆けた顔をしているが、特段気にせずヴィルシーナは声をかける。

 

「いや。自分が君と早く会いたかっただけだよ。今の車、妹さんが乗っていたようだけど……」

えっ。こんなことサラッと言っておいて何もないの? そんなのあり得る?」

そうなってるから困っているのよ!  えぇ。シュヴァルのトレーナーさんが気分転換に首都環状をドライブしようって言ったらしいわ」

「LEXUSだって~。すごいよね~。首都環状って言ってたから、もっと速い車だと思ってたけど」

「……アレより速い車となると、無改造の国産車ならGT-Rクラスしかないんじゃないか?」

 

 その発言に違和感を持ったヴィブロスが、人差し指を頬に当て首を傾げた。父親が話していたのを聞いて多少知識はあり、有名どころや高い所は少しは調べているため車種自体の知識は持っているが、そこから細分化されるとまるでイメージが湧かない。具体的に言うとハチロクと言われる車にもAEとGRがあることは知らない。

 

「えっ? LEXUSって高級車だけど速い車じゃないよね?」

「あれはLEXUSの中でもかなり特殊なヤツだよ……。えっ。何であの天然ボケ、LFAなんて持ってんの?」

「える・えふ・えー……?」

 

 ましてやヴィブロスより知識の無いヴィルシーナにはさっぱりだった。幼稚園児みたいな発音でトレーナーの言っていたことを繰り返す。

 

「LEXUS唯一のスーパーカーだよ。……飯奢ったら乗せてくれるかな?」

「ふーん。スゴイ高級車なんだ。1000万とか、もしかして2000万くらい? やるじゃんシュヴァち~」

「ヴィブロス。もう少し言葉を考えなさい」

「えぇ~いいじゃん。シュヴァちだってお金で選んだわけじゃないんだし~」

「……桁が1つ違うね」

「あら? 思ったよりは手に入れやすいのかしら。車の高級ブランドなら、それくらいはしてもおかしくないと思うのだけど」

 

 車に疎いとはいえ、元々が良いとこのお嬢様たちである。そういうものの相場に関しては何となく鼻が利く。

 ヴィルシーナのトレーナーは「あ~」と少し言いよどんでから間違いを訂正した。

 

「違う。上にだよ」

「「えっ」」

 

 2人の表情そのままに顔色が変わる。元々白い肌が更に白くなった。もはや青い。

 

「確か、新車価格が3000~4000万くらいで限定販売されたんだが、あまりにも人気ですぐ売り切れてな。今じゃ中古価格は1億~2億が相場だったはずだよ」

「1おっ!」

 

 戦慄するヴィルシーナに構わずトレーナーは1人語り始める。多忙な分、それなりに高級取りのトレーナーという職業だが、流石に車1台に億となると話が変わってくる。

 

「そもそも市場に出回るものでもないから、金で買えるものでもないし……。いいなー。買おうとは思わなかったけど乗ってみたい車だったんだよ。あのトヨタ車に辛辣なジェ〇ミーが珍しく絶賛しててさ」

「「……」」

 

 すっかり男の子になってしまってぶつぶつ呟くトレーナーを放置して、ヴィルシーナとヴィブロスは顔を見合わせた。

 

「だ、大丈夫よね!? シュヴァル。途中で漏らしたりしないわよね!?」

「流石にそれは……、あ~でも生きて帰ってこれるかな。シュヴァち……」




 4話以内に終わる予定です。
 レースゲームとしては邪道なんでしょうけど、初心者でもとっつきやすい良いゲームだと思いました。

 ちなみに何故トレーナーになったかと言いますと、流石に無職はまずいだろと師匠がダメ元で勉強させて受験すると、たづなさんと理事長代理の目に留まって面接含めて合格となりました。

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