機動戦士ガンダム サナリィから盗んだ「小型化技術」で、禁断のサイコフレームを再起動させる負け犬たちの逆襲 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
……はあ。この世で一番たちの悪い「同窓会」、知ってる? 10年ぶりに会った相手が、あんたの作った機体に乗って、あんたを殺しに来る集まりのことよ。
宇宙世紀0123年、2月18日。月とサイド3の中間に横たわる暗礁宙域――ゼブラゾーン。
あたし、アイリス・オーランドは、アナハイム試験艦「ブレイウッド」の管制ブースで、10年分の答え合わせを始めていた。
あのフォン・ブラウンの「吹き溜まり」を追い出された日から、長い時間が流れた。あたしとカール、そしてボブたち下町の職人衆は、看板も掲げない小さな設計事務所を営みながら、それでもガンダムの面倒を見続けてきた。禁じられた技術に手を伸ばした設計者は、その技体が最後の一機になるまで責任を負う――あの夜、自分に課した誓いだけは、一度も破らなかった。
だからこそ、あたしは今ここにいる。3機の試作機――シルエットガンダム、そしてネオガンダム1号機・2号機の、最後の実動試験を見届けるために。
「アイリスさん、トキオ君のシルエットガンダム、模擬戦域に展開しました。……って、あれ? 所属不明の反応、複数!」
カール・シュトレームが素っ頓狂な声を上げる。相変わらず胃の弱そうな顔で、でも今は立派なチーフ・メカニックだ。
「模擬戦の相手にしては、殺気が本物すぎるわね……。あれは演習機じゃない。ショット・ランサー装備――クロスボーン・バンガードの実戦部隊よ」
デナン・ゾン。ブッホ・コンツェルンが磨き上げた、貴族主義者たちの尖兵。
あとで分かったことだけど、あの宙域には同じく極秘裏に運用試験をしていたC・Vの精鋭「ダーク・タイガー隊」が潜んでいた。隊長はシェルフ・シェフィールド。フロンティアサイド侵攻を数週間後に控え、自軍の存在を秘匿するため、彼らはあたしたちブレイウッド隊の殲滅を決めた。
――偶然の遭遇。そう思っていた。この期に及んでもまだ、あたしは「技術者の性善説」を捨てきれずにいたのだ。
「トキオ! 模擬戦用のセーフティ、全部切りなさい。蓄積データのリミッターもよ」
『……本気か、アイリス。制御が跳ねるぞ』
「あんたならできる。あたしの作った"嘘つき"を、本物にしてみせるって言ったでしょ」
シルエットガンダムが吠えた。MCAの制御データを全カットし、機動特性が不安定になるほど鋭敏になった機体を、トキオは自分の勘だけで乗りこなす。かつて『サイコミュの共鳴』の夜に、あたしたちが辿り着いた答え――機械が人間を導くのではなく、人間が機械を律する。その哲学が、今、ビーム・シールドを弾き飛ばす一撃となって結実した。
デナン・ゾンが一機、また一機と沈黙していく。
けれど、ゼブラゾーンの本当の恐ろしさは、敵の数じゃなかった。
ブレイウッドは損傷を負い、ネオ・ジオン残党の末裔が暮らす旧式コロニーへ退避した。そこで出会ったのが、レイラ・ラギオールという少女だった。連邦軍人に両親を奪われた娘。彼女があたしに掴みかかってきたとき、あたしは自分でも驚くほど簡単に泣いた。血を見ると気を失うくせに、この娘の痛みだけは、正面から抱きしめてやりたかった。
「……ごめんね。あたしたちの技術が、あんたから何を奪ったのか。あたしは、それに責任がある側の人間よ」
そして、地獄の第二幕。コロニーの港に、連邦軍の戦艦エイジャックスが入港してきた。
助けに来たんじゃない。あたしはコンソールの通信ログを解析して、全身の血が凍った。
「……仕組まれてたのよ、全部」
ブレイウッド隊とダーク・タイガー隊の戦闘は、新型MSの実戦データを"採取"するための舞台装置。そしてエイジャックスの任務は、データの回収と――関係者全員の口封じ。
黒幕は、連邦軍高官ウェンツェル。かつてあたしたちを「トカゲの尻尾」にしようとした本社上層部の陰謀は、もっと巨大な政治の氷山の、ほんの一角に過ぎなかった。そしてウェンツェルと手を組んでいたのは、皮肉にも敵であるはずのC・V、ジレ・クリューガー大佐その人だった。
エイジャックスの艦橋に立っていたのは、バズ・ガレムソン大佐。
『よう、アイスドール。……いや、影の造り手さんよ。あんたの作った玩具、遠慮なく使わせてもらうぜ』
あたしはモニタ越しに、あの野獣を睨みつけた。そして、ようやく分かった。トキオが決して口にしなかった過去の正体を。
『トキオ・ランドール。俺の可愛い元部下だ』
トキオは、3年前までガレムソンの部隊にいた。禁じられていたネオ・ジオン残党狩りを、ゲームのように楽しむ男。抵抗する気のない相手を嬲るその指揮を、トキオは良心から拒んだ。結果、独房送りになり、アナハイムへ出向という名の左遷を食らった。
あたしたち2事が「産業廃棄物」として捨てられたように。トキオもまた、まっとうであろうとした罰で、ここへ流れ着いた"負け犬"だったのだ。
『トキオ、ネオガンダムの専属パイロットとして部隊に復帰しろ。断れば――』
ガレムソンは笑いながら、ブレイウッドに爆破工作を仕掛けた。エイジャックスの艦内には、ネオガンダム調整のために軟禁されていたあたしたちのスタッフ――旧知のエンジニア、エリザベスたちがいる。
『来い、トキオ! お前にやれるか!』
その瞬間だった。
遠く戦域を駆けるシルエットガンダムのコックピットで、トキオが不意に顔を上げたのを、あたしは感じた。理屈じゃない。エイジャックスに向かうあたしの恐怖が、電子の海を越えず、真空すら越えて、あいつの胸に直接届いたのだ。
『……アイリスが、危ない』
ニュータイプ。あたしたちがサナリィのバイオ・コンピュータへの回答として追い求めた「人と機械の共鳴」の、その先にある本物の光。トキオは、それを持っていた。あたしはそれを、10年かけてようやく信じられるようになっていた。
トキオはエイジャックスへ強襲をかけ、軟禁されていたあたしたちを救出した。そして――ハンガーで牙を研いでいた、あの漆黒の機体。
「ネオガンダム2号機……あんた、まだあたしを待っててくれたのね」
かつて呪いの色に染められ、政治の道具として闇に消えたはずの2号機。あたしはそのサイコフレーム・ユニットに、開発者としての「最後の良心」を仕込んでいた。二重構造の感応波リミッター。パイロットの意識が機体に飲まれそうになったとき、脳を守るために強制的にフィードバックを遮断するサーキット・ブレーカー。
"パイロットを死なせないための、禁断の技術"。あの『ネオガンダム、誕生前夜』の夜に描いた設計思想が、ここで生きる。
「トキオ、2号機を奪りなさい! 封印コードは『救生』。あんたを絶対に殺さない設定で、起動してあるわ!」
『……相変わらず過保護だな、お前は』
『ええ。誰が設計したと思ってるのよ』
トキオのネオガンダム2号機と、ガレムソンのネオガンダム1号機。
同じサイコフレームを積んだ兄弟機が、月裏の闇で激突した。かつて『月面の死闘』で暴走し、あたしを絶望させた共鳴。だが今度は違う。トキオの隣には、副座に飛び乗ったあたしがいて、レイラがシルエットガンダムであとを追ってくる。
ガレムソンのG-B.R.Dから放たれるメガ・ビームが、コロニーの外壁を貫き、宇宙を白く焼いた。あの「最強の武器」を、あの男は最も愚かに、最も派手に使った。
「トキオ、あんたの番よ。G-B.R.Dの、本当の使い方を見せてやりなさい」
トキオはネオガンダムをガレムソン機へ組みつかせた。そして――1号機の右腕に接続されたG-B.R.Dを、爆破ボルトで切り離す。
『これは大砲じゃない。技術者からの、最後のラブレターだ』
トキオはコア・ファイターで機体から脱出し、切り離したジーバードをブースター・ポッドとして合体させ、爆発の渦から超高速で離脱した。取り残されたガレムソンの1号機を、レイラの駆るシルエットガンダムのヴェスバーが貫く。
宇宙世紀0113年、1月23日。
バズ・ガレムソン、戦死。エイジャックス、轟沈。連邦の口封じ部隊は、その大半が月裏の塵となった。
あたしの作った「最高にカッコ悪くて、最高に死なないガンダム」は、その日、一人の人殺しを止め、たくさんの負け犬を生きて帰した。
――事件は、アナハイム上層部によって「不慮の事故」として処理された。
ウェンツェルの名も、二事の意地も、下町の職人の指先が刻んだ精度も、公式の歴史には一行も残らなかった。
でも、いいのよ。歴史に名前が載るのは、いつだって会議室にいる連中だ。現場の意地は、記録にじゃなく、生き延びた人間の背中に刻まれる。
「アイリス。……俺、軍を辞めるよ」
戦いが終わったあと、トキオはあっさりそう言った。
「政府にも軍にも、もう心底うんざりした。ケビンもカールのおやじさんも、みんな民間人に戻るってさ」
「……そう。あんたらしいわね」
「お前が次に作る機体があるなら、また乗ってやる。今度こそ、整備性が良くて、死にそうにならないやつを頼むぜ」
「最高の技術者に注文つけるなんて、百年早いって言ったでしょ」
あたしたちは笑った。血より濃いオイルの匂いも、涙より熱い電子の海も、もう戦場のものじゃない。
その、たった3週間後のことだった。
月周辺に新設されたフロンティア・サイド――そのコロニー、フロンティアIVに、クロスボーン・バンガードが挙兵した。コスモ・バビロニア建国戦争。あたしたちがゼブラゾーンで垣間見た「貴族主義の尖兵」たちが、いよいよ歴史の表舞台に躍り出たのだ。
そしてその戦火の中で、一人の少年が、母の遺した新型――ガンダムF91に乗る。あたしたちアナハイムがサナリィに敗れ、それでも10年もがき続けた、あの小型MSの「究極の正解」に。
「……シーブック・アノー、だっけ。会ったこともない坊やだけど」
ニュースの端末を眺めながら、あたしは呟いた。
「あんたのF91も、あたしのシルエットも、行き着く先は同じよ。パイロットを生きて帰す機体が、一番強いの。……せいぜい、死なないでよね」
窓の外、擬似太陽灯がフォン・ブラウンの下町工場街をオレンジに染めている。
ボブが、油まみれの手であたしの頭をくしゃりと撫でた。
「お嬢ちゃん。次の図面は、何を描くんだ?」
あたしはノートを開いた。白紙のページに、もう線が引かれている。
――循環型装甲システム。パイロットを絶対に死なせないための、次の祈り。
「サナリィが未来を作るなら、あたしたちは、その未来から人を"連れ帰る"仕組みを作る。歴史を動かすのは、いつだって巨大企業の会議室じゃない」
あたしはペンを走らせ、前を向いた。
現場の意地を捨てきれない、影の造り手(シルエット・メーカー)たち。あたしたちの朝は、まだ何度だって始まるのだから。