Epilogue
吹き渡る風に乱れた髪を手櫛で整え、私は意を決して歩を進めた。
目の前に広がる広大な新緑の土地は、数多の物言わぬ英霊たちの庭。
アーリントン国立墓地。
白装束を纏うがごとき小さな墓石にその身を変えて、彼らはただ静かに佇んでいる。
彼らの眠りを妨げぬよう、そして敬意を払うのを忘れぬよう、ゆっくりと合間を縫って歩いて行く。
目的の人は、それほど遠くない場所にいた。
「やっと、ここまで来れた」
小さな白い墓標を前に、ゆっくりと膝をつく。
ジョン・カーター。
刻まれた名前を確かめるようにそっと指でなぞると、くすぐったそうに笑う彼の声が聞こえてきた気がした。
――君の樽も、どうやら飲み頃のようだね、
風の音に混じる柔らかな幻聴は、私の頬を撫でるようにして通り過ぎていく。
もう泣かないって決めて来たのに、やっぱり無理みたいだった。
ささやかな花束を墓標の前に横たえ、冷たく硬い彼の体をそっと抱きしめる。
私がもう一度彩葉に出会うための手伝いをしてくれた、最後の友人で恩人。あなたがいなければ、ツクヨミの構築はずっと遅れていただろう。
ジョン。ヤチヨは、あなたのおかげで彩葉に会えた。
ジョン。
ねぇ、ジョン。
「……生きるの、どうでしたか?」
返ってくるはずのない答えは、何故か容易に想像できて。
墓標に残した体温が消えてしまわないうちに、私は立ち上がって踵を返した。
そこから、見ててくれる?
○
「何度見てもステージやばぁー!! 現実なのにツクヨミみたい!!」
「はいはい、はしゃがないの。お上りさんじゃないんだから」
「そんなこと言ってー、彩葉も昨日ワクワクして寝れなかったっしょー?」
「んなっ……そ、そんなことは」
かぐやと彩葉が微笑ましいやりとりをしているのを横目に、私は今日の大舞台となる会場をモニター越しに見た。
巨大な球体の内側全てがスクリーンとなった会場は、既に満員御礼となっている。二万人近い収容人数にも関わらず、何倍もの抽選漏れが発生したと聞いて、感謝と申し訳なさでいっぱいだ。
ツクヨミでも同時配信されるこのライブは、月見ヤチヨが初めて
彩葉がジョンの息子たちと
ふふ、最近のヤッチョは、泣いてばっかり。
たくさんの出会いと別れを経験して、辛い思いもいっぱいしてきた。そのたびに泣き叫んで、地団駄を踏んで、死んでしまいたいって何度思ったかも分からない。
ツクヨミを作ってからは全部の感情に綺麗なラッピングを施して、笑顔でみんなを迎え入れた。いつか幸せな空間で、彩葉とまた出会えるように。
そうして今。
私は、私をまるごと受け入れてくれた大切な人のために、封をした感情のラッピングを一枚一枚剥がしている途中だ。
きっとまだまだ泣き虫になるし、怒ったり、嫉妬したり、昔の面倒くさい
でもそれは、昔とはやっぱりちょっと違っていて。
ヤチヨをヤチヨとして愛してくれる人がいる限り、私は何処まで行ってもヤチヨなんだ。
泣いて、笑って、怒って、悲しんで。そして、精一杯今を楽しく生きていく。
そんな、ヤチヨという名の、普通の女の子に。
「そろそろ始まるよ、ヤチヨ」
振り返ると、愛しい人の笑顔がそこにある。
「ヤチヨも緊張しちゃってるぅ? いひひひー」
それに、なんと血を分けた恋のライバルも!
「ヤッチョはツクヨミ一億ユーザーの歌姫でしてよ~? 今更ライブで緊張なんてナッシングなのです~」
「あれ、『毎度ヒリヒリなんだ』って言ってなかったっけ」
「よよよ~、昔のことはお婆ちゃんなので良く覚えてないのです~」
「ヤチヨは都合の悪いときだけお婆ちゃんになる! そんなだと彩葉に愛想尽かされちゃうかんねー」
「ぐすん……捨てないで彩葉ぁ」
「やめてやめてライブ前に情緒をかき乱さないでってば! もう!」
限界彩葉も、いとかわゆし♪
さて、そろそろ幕が上がる。
現実にいる私の
「今日の主役はヤチヨなんだから、センターはヤチヨね」
「しゃーない、譲ってやっかー」
「感謝感激雨アラモード♪ それじゃあ皆のもの、ステージに向けてー、ヨーソロー!」
かけ声と共に、光の溢れる舞台の海へ。
私は、思いっきり飛び込んでいった。
「
「
(了)
本編ラストのかぐやは、果たして
なーんて難しいことを考えるよりも先に、僕の頭の中ではかぐやとヤチヨの二人が揃って彩葉とハッピーエンドに向かう図がずっとありました。
あえて難しいことを書くと、情報生命体としてのかぐやって、多分月で何千年どころか何万年を過ごしてる可能性があるんですよね。
それが「代わり映えしない」から、かぐやの精神性は肉体に引っ張られた変化をするし、恐らく月ではほとんど成長しておらず、ずっと子供っぽいままだった。
しかし、ヤチヨは「変化し続ける環境で八千年生き続けたかぐや」なわけです。たとえ根っこがかぐやであっても、その変化は、変質は、帰還前のかぐやとは決定的な差異を伴わざるを得ないのではないか。
だから、ラストのかぐやはヤチヨからかぐやに純粋に巻き戻ったり、ヤチヨの分身を使ったものではないのでは。
そんなことを考えて辿り着いた妄想が、情報生命体であるが故に可能性のある「バックアップ」でした。
というのが今回のお話を作る発端です。
多分、実際は妄想と違ってラストのかぐやはヤチヨの分け身というか、オルター・エゴ(この場合はヤチヨの方がそれに当たる)みたいなものと考えられますが(本編彩葉の「八千年ぶり?」のセリフやCUT5月号の夏吉ゆうこさんのインタビュー参照)まぁそれはそれとして両方とも現実にいて欲しいじゃん(オタクの欲望)。
それに、仮にそうだとしても、ヤチヨは永遠に電子の歌姫として彩葉亡き後も存在することになるのでは、やっぱりなんだか寂しいなとも思ったりして。
というわけで、かぐやと一緒にヤチヨも仲良く定命の存在になってくれ!という願いでこの物語は生まれました。
本編の続きの捏造なので根本的に全部が蛇足なんですが、蛇足の矜持として本編の要素を全部取り入れました。
主要な登場人物はほぼ全部出して、KASSENも取り入れ、かつそこで物語が止まらないように。その上で、ヤチヨを巡る物語として存命が期待されるジョンに登場して貰いました。
ジョンの偽名や見た目は
宇田ちゃんは分かりやすくヤチヨに依存した人物です。推してるアイドルの結婚報道に狂ってしまうような危うい人物ですが、あれだけファンのいるヤチヨにも当然そんなファンはいるだろう、というのが彼女の役割でした。
そして、ヤチヨが初めて「ただ一人を愛するために他の愛を拒む」決断を下す重要な場面を担って貰いました。ヤチヨが「みんなの歌姫」として貰う愛とは違う、個人に向けられた愛は受け取れない。ここで初めて、ヤチヨは現実に存在する「一人の女の子、ヤチヨ」になった、という感じで。
エピローグのライブ会場はラスベガスにあるSPHEREという実在する会場をイメージしてます。アーリントン国立墓地のあるバージニアからは大陸横断しないと行けませんが……まぁ長い休暇でのんびり旅行しながらライブに行ったんです。えぇ。
そして最後のコーレス。
本来はもう少し別のものになるはずだったんですが、辞書を何気なく引いて「これだ!」となりました。rayの歌詞を考えれば、これ以上のコーレスはない。最後のピースがガッチリ嵌まった気がして、ニコニコしてしまいました。
二次創作なので当然妄想ベースなんですが、他の作品と比べても何よりちゃんとハッピーになれるものを意識しました。楽しんでいただけたなら幸いです。