ドイツ軍人になった一夏くん 作:強い一夏すこすこ侍
漆黒のIS──『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏ったラウラを一夏が見るのは自身の存在が世に公開されたあの日以来だ。
訓練場の空気は澄んでいて、夏の名残を含んだ風がゆるやかに吹き抜ける。
その風が、ラウラが纏う黒い装甲の表面を撫でるたびに微かな光沢が揺れ、一夏の視線を自然と引き寄せた。
あの日、世界の前に立たされた時の胸のざわつきが、ふと蘇る。ラウラの姿は、その記憶を刺激するには十分だった。
「何と言いますが、一夏さんのISとは趣が随分と異なりますわね」
一夏の専用機『ヴァイスリッター』は白と青を基調とした機体なのに対して、ラウラの機体は黒を基調としている事に対してのセシリアの感想だ。
もっとも、どちらかというと一夏の方が部隊内では浮いている方なのだが。
何せ、部隊名からして
「一夏の機体ももいっそ黒く塗ってしまえ、と私は思うんだがな」
「俺は白色は好きだけどな……どういう意味で俺に白騎士の名を冠した機体をあてがったかは知らないが」
原初のIS、『白騎士』。
篠ノ之束が造り上げた最初の機体で、ISの兵器としての力を世に知らしめた機体の名だ。
そしてその操縦者は謎とされている。──が、一夏は当然の如く千冬だと思っていた。
他人嫌いの束が、全くの知らない人を自身の手がけた機体に乗せるはずもない。
そうなると必然的に束に選ばれたのは千冬だ、と。
上層部がどこまで掴んでいるかは知らないが、それでもどこか作為めいたモノを一夏は感じていた。
白騎士の名を聞くたびに、一夏の胸には複雑な感情が渦巻く。
尊敬、憧れ、そして自分にはまだ届かないという焦燥。
「それにしても壮観だな」
「ま、ここには各国の第三世代機が四機も揃ってるんからねえ」
ラウラに追従するようにISを展開した鈴がしみじみと言った様子で呟く。
ここに居る五人全員が今は自身の専用機を纏っている。
それだけでも珍しいというのに、内訳を見ればその内の四機は各国の第三世代機だ。
四人の代表候補生が四人とも第三世代機を専用機持ちとしている。ハッキリ言って異常な学年。
例年通りの仕様で行われるのであれば、この四人に一夏が加わる学年別トーナメントは盛り上がる事間違いなしだろう。
訓練場の中央に並ぶ五機のISは、まるで異なる色の炎が並んで揺らめいているようだった。
「代表候補生に、それに俺とこれだけ専用機持ちがいるんだ。学年別トーナメントがどんな形で開催されるにせよ、楽しみだな」
「先日のクラス対抗戦も中途半端な形で終わってしまいましたし」
「ま、やるからにはあたしが勝つけどね」
「……みんな。やる気があっていい事」
「おい。それでいいのか日本代表候補生」
もっとも、口ではそう言っている簪もこうして休みの日にもISを動かしている時点で、内心は別なのだろう。
軽口を交わす声が訓練場に響き、どこか心地よい熱気が漂う。
それは戦いの前の緊張ではなく、同じ舞台に立つ者同士が共有する高揚感だった。
「このISを受領してから、一夏とはまだ戦えてないからな。今度は勝たせてもらおう」
目を爛々とぎらつかせるラウラに一夏が苦笑を漏らす。
ラウラの瞳は、黒い機体と同じく深く、鋭い光を宿していた。
その視線を受けると、一夏の胸の奥に小さな火が灯る。
戦いたい──今日はそんなつもりはないというのにその衝動が、静かに、しかし確かに燃え上がる。
二人の様子に、鈴は前に一夏が話していた二人の戦績を思いだした。
「そういえば一夏の方がラウラより強いんだっけ?」
「数字の上では、な。それだけが全てじゃない」
数字では測れないもの──それは経験であり、覚悟であり、そして心の在り方だ。
一夏はそれを誰よりも理解していた。楯無との立ち合いで痛感したからこそ。
「相変わらず謙虚な事は結構だが、それではこちらの立場がないな」
「まったくですわ」
一夏に敗れた事のあるセシリアもラウラと同じ様に肩をすくめる。
勝って驕らないというのはある意味では美徳ではあるかもしれないが、それが行き過ぎると敗者の立つ瀬がなくなるのだ。
「勝って驕らず、負けて腐らず。そうであれと小官は思ってますので」
「相変わらずだな、貴官は。──それと、敬語は止めろと言っているだろう」
「今のはお互い様でしょう?」
負けて腐らず。そう口では言いつつも、編入試験と銘打たれた楯無との立ち合いは一夏の心の内に大きく影を落としていた。
だからこそ、と言うべきかセシリアに勝ったとて必要以上に浮かれていられない、というのが一夏の偽らざる本心だった。
楯無の圧倒的な力、そして自分の未熟さ。
その影は薄れつつも、完全に消えることはない。
「ま、いいさ。どうせトーナメントになれば大体の奴と戦うしな。──戦う奴は全員倒す」
一夏が肩をすくめると、ラウラはふっと口角を上げた。
その笑みは、冷徹な軍人のそれではなく今は同じ舞台に立つ競い合う者としてのものだ。
「その言葉、忘れるなよ、一夏。私も本気で勝ちに行くぞ」
「望むところだよ。ラウラ」
軽口を叩き合う二人の様子に、鈴が頬を膨らませてじろりと睨む。
「なーに二人だけの世界に入ってんのよ。その前にあたしらの誰かに敗けるとか考えない訳?」
「まったくですわ。次も簡単に勝てると思っているようでしたら大間違いでしてよ?」
「……みんな、強くなりたい気持ちは同じ。だから、こうして集まってる」
「ま、そりゃそうだよな」
一夏は簪の言葉に頷き、周囲を見渡した。
(どんな形で開催されるかはわからんが……)
無意識の内に一夏の口角が上がる。
胸の奥で、期待と緊張が混ざり合う。
戦いは怖くない。むしろ、楽しみだ。
それは自分がIS乗りとして生きている証のように思えた。
本来は、ラウラの顔見せの為に連れてきたというのに、このまま戦わんばかりの様子の一夏だが、それに対して誰も指摘をしようとは思っていないし、実際誰も口に出す事は無かった。
個人差はあれど、IS乗り──それも国家代表候補生ともなればプライドも高く、負けず嫌いの気質が強くなる。
鈴やセシリアと言った、パッと見てそう思える生徒だけでなく、それは簪も同様だ。
(願わくば無事に終わって欲しいものだ)
神か、仏か、あるいは気ままな
望み薄だが、それでも、と一夏は祈らずにはいられなかった。
空を見上げると、薄雲の向こうに太陽が滲んでいる。
その光はどこか頼りなく、しかし確かに彼らを照らし、一夏はその光に、ほんの少しだけ未来への希望を重ねた。
短いですが、キリよく纏まりましたので。