【IF】オルクセン余話   作:砂月

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コミック版6巻、原作小説3巻読了推奨
WEB先行版
第19話『ファルマリア追撃戦』読了推奨

筆者はコミック6巻まで読了済。
小説版は『とあるキャラの生死』を知りたくなく、
コミカライズの範囲までしか読めていません。

そのため、原作小説『オルクセン王国史』と結末や詳細に食い違いが発生します。
また、原作エルフィンド軍との階級に違いがあるかもしれません。
(分かり次第訂正します)

この短編では、
エルフィンド軍の『海兵連隊二等少将』
コミカライズ版でいう『まりんこエルフ』を主に添えた、あったかもしれない話です。


弔いの砲

 ファルマリア海兵隊の生き残りたちは、武装を解かれていた。

 

 銃は積み上げられ、銃剣は外され、弾薬箱は封印されている。帽章も帯剣も、将校以上の者を除いて許されなかった。

 港の一角に集められた海兵隊員たちは、すでに戦闘部隊ではなく、捕虜だった。

 

 自決の一報があった。

 

 その中の一人が、列を離れた。

 古参の軍曹だった。袖は裂け、頬には煤がこびりつき、片目の上を包帯で押さえている。

 彼女は監視兵の前で止められたが、抵抗はしなかった。ただ背筋を伸ばし、帽子を胸に抱いた。

「願いがある」

 告げられたその言葉に、オルクセンの士官は眉をひそめた。

「捕虜の移動は認められない」

「移動ではない。葬送だ」

 軍曹は、少しだけ顔を上げた。

「あの方は、我々の指揮官だった。逃げなかった。命令を出し、降伏を決め、我々を生かした。ならば我々は、部下として見送らねばならない」

 士官は沈黙した。

 

 言葉の意味はわかる。

 だが、認められることではなかった。敗軍の兵に葬儀参列を許すだけでも異例である。

 まして、弔銃など論外だった。

 

 その報告は、やがてホルツ大将のもとへ上げられた。

 

 大将はしばらく黙っていた。

 机上には降伏文書の写しがある。

 そこに署名した名は、もうこの世にない。

 逃げた将官たちの名は、別の書類に残されている。だが、港に一般人を置き去りにし、将校としての義務を果たさなかった者よりも、最後まで戦地に留まり、降伏文書に調印したあの海兵隊の少将の名の方が、はるかに重かった。

 

「武装はさせるな」

 ホルツ大将は言った。

「参列は、代表者のみ許可する。人数は五名。監視をつけろ。隊列から離すな」

 そこで言葉を切り、彼は少しだけ目を伏せた。

「弔銃は、我が軍(オルクセン)が捧げる」

 現場指揮官が敬礼する。

「はっ」

「ただし」

 ホルツ大将は続けた。

「そのうち一斉射の一発だけ、彼女らに捧げさせろ。銃は我が軍のものを用い、銃剣は外す。弾は空包。装填は我が軍の兵が確認する。発射後、ただちに回収せよ」

 指揮官は一瞬だけ目を見開いた。

 だが、反論はしなかった。

「承知しました」

「これは情けではない」

 ホルツ大将は静かに言った。

「軍人として責務を果たした者に対する礼だ」

 

 葬送は、港を見下ろす小高い丘で行われた。

 エルフ族が持つ護符は、少将自身が焼き捨てたから、存在しなかった。

 手向けの花が用意された。

 敗将のために用意されたものとしては、むしろ十分すぎるほどだった。

 本来ならば、エルフィンドかファルマリアの軍旗をかけるべきだろう。しかし、降伏時に接収された旗をそのまま返すことはできなかった。

 だが、その代わりとして、清潔な白布がかけられていた。

 

 オルクセンの兵たちは整列していた。

 

 敵の葬儀にしては、静かすぎるほど静かだった。笑う者はいない。囁く者もいない。彼らもまた、あの砲撃の中で、降伏まで職責を投げ出さなかった少将の名を聞いていた。

 

 やがて、ファルマリア海兵隊の代表者たちが連れてこられた。

 五名。

 全員が無武装だった。

 軍曹、副官らしき若い士官、片腕を吊った兵、顔に火傷を負った兵、そしてまだ若い兵。

 彼女らはオルクセン兵に囲まれながら、数歩離れた位置に立たされた。

 

 軍曹は少将が埋葬された場所を見た。

 

 それだけで、膝が崩れそうになった。

 だが崩れなかった。

 

 彼女は帽子を取り、胸に当てた。

 他の四人もそれに倣った。

 敬礼ではない。武器も階級章も奪われた彼女らに残された、最後の礼だった。

 

 オルクセンの指揮官が号令をかける。

 銃列が動く。

 

 一斉に銃床が鳴り、銃身が空へ向けられた。その音に、ファルマリアの若い兵がびくりと肩を震わせた。軍曹は、彼女の横で小さく言った。

「見るな。立っていろ」

 彼女は唇を噛み、棺を見つめた。

 

 一発目の弔銃が鳴った。

 乾いた破裂音が、港へ落ちる。

 二発目。

 煙が風に流れた。

 三発目。

 その後、短い沈黙があった。

 

 オルクセンの兵が一挺の銃を持ってきた。

 銃剣は外されている。弾は装填済みだったが、目の前で薬莢を確認され、空包であることが示された。

 銃を渡されたのは、古参の軍曹だった。

 

 周囲のオルクセン兵が一斉に緊張する。銃口の角度、指の位置、足の向きまで監視されていた。

 彼女が少しでも違う動きをすれば、その場で取り押さえられるだろう。

 

 軍曹は、それを理解していた。

 

 彼女は銃を受け取ると、暴れるでもなく、泣くでもなく、ただ震える手で構えた。

 空へ。

 敵へではなく、港へでもなく、海へでもなく。

 ただ空へ。

 

 ファルマリアの若い士官が、声を殺して言った。

「我らの指揮官に」

 軍曹はうなずいた。

 オルクセンの指揮官が、短く命じた。

「撃て」

 軍曹は引き金を引いた。

 空包の音が鳴った。

 それは戦闘の音ではなかった。 

 命令の音でもなかった。

 敗北の音でも、復讐の音でもなかった。

 

 ただ、ひとりの指揮官を送る音だった。

 

 発砲の直後、オルクセン兵が銃を回収した。

 軍曹は抵抗しなかった。空になった手を下ろし、もう一度向き直る。

 そして、ファルマリア海兵隊の五人は、同時に敬礼した。

 武器を奪われた敗兵の、最後の敬礼だった。

 

 オルクセンの兵たちは、それを止めなかった。

 ホルツ大将は少し離れた場所で、その光景を見ていた。

 やがて彼は帽子に手をかけ、深く、静かに礼をした。

 勝者としてではない。

 同じ戦場に立った軍人として。

 

 丘の下では、ファルマリア港が煙を上げていた。

 だがその日、少なくともその墓の前だけでは、砲火は沈黙していた。

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