私は、死にそうなあなたが好き。   作:あるふぁせんとーり

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第7話/暁月カノン

『だから私、Silenちゃんに憧れてこの業界入って──』

 

「おはようございます。今日は早起きですね」

 

「……まあ、そうかも」

 

 

 目を覚まし、着替えと、軽く化粧を済ませ、リビングに出た。

 

 昨日よりまたほんの少し伸びた、褪せ気味の銀髪を耳に掛けながら彼女は笑う。

 

 テレビには朝のニュースとバラエティの混ぜもののような番組が映し出され、どこかで見覚えのあるモデルのインタビューが流れていた。

 

 名前は……

 

 

「見るんですね、こういうの」

 

「……あ、うん。癖っていうか……家だと、大体ついてたから」

 

「へえ」

 

 

 私は冷凍のたいやきをレンジで温めながら相槌を打つ。

 

 ああ、残念。

 

 あと3分もしたら、彼女を置いて家を出なければ。

 

 

「……そうだ、お昼代と交通費」

 

 

 私は取り出した熱々の生地と餡を口の中に押し込みながら財布から2枚取り出し、カードキーを重石にして机に置いておく。

 

 

「……ありがと」

 

 

 小さなお礼に「行ってきます」と応え、私は家を出た。

 

 

 

 

 外はいつだって無菌室のようだった。

 

 悪意も、欲望も、みな必死に堪えて生きている。

 

 裏にそんな個人を潜め、社会という塊としての合作が、この無菌室。

 

 なんて完璧な無味無臭なんだろう。

 

 都営バスの一番後ろで、私はあくびした。

 

 

「シオンさん、何してるかなぁ……」

 

 

 そんな言葉が口をついて出た。

 

 第二希望の商社に就職したあの新人サラリーマンも、半年経ってもまだバス通学に慣れない後輩1年生も、去年の夏にぎっくり腰をしてから欠かさずリハビリに通う老婆も、()()()()

 

 きっと大なり小なりの正弦曲線を越えて、ごく普通に死ぬんだろう。

 

 いい人生だ。

 

 否定のしようもないほどの素晴らしい人生だ。

 

 ()()の私には縁もゆかりも無いほどに、それはそれは。

 

 皮肉じゃない。

 

 私は本当に憧れている。

 

 「死」というものが重みを持つ、そんな人生に。

 

 

「……!? おい待て!! あの車逆走してないか!?」

 

「つ、突っ込んでくるぞ──!!」

 

 

 ああ、焦ってる。

 

 平均心拍数が、明らかに上がる。

 

 無味、無臭、無価値、無意味。

 

 だって──

 

 

「それが、私の「人生(デフォルト)」なんだから」

 

 

 バスの急ブレーキの末奇跡的にすれ違ったボックスカーは、街路樹に突っ込んで停止する。

 

 運転席は無事。

 

 最悪骨にヒビが入るとか、そんなレベルの話だ。

 

 騒然とする車内で、私は手を挙げた。

 

 

「ドア、開けてもらえますか。ホームルームに遅れちゃうので」

 

 

 ああ、また()()()()()()

 

 

 

 

「はぁ!? ふざけないでよ、あんたそれ正気で言ってんの!?」

 

「正気に決まってるでしょ! あんたこそいっつもいっつも──」

 

 

 教室に入ると、一瞬静まり返って、

 

 

「──あ、カノンちゃん!」

 

「ほんとだ! 今日ちょっと遅かったね、大丈夫?」

 

「もしかしてあの事故巻き込まれてたとか!? 怪我ない!?」

 

「もしあれでしたら、保健室とか……」

 

「私先生呼んでくるよ!」

 

 

 一気に騒がしくなった。

 

 ああ、そっか。

 

 普段より3分ほど遅れてしまったみたいだった。

 

 

「みんな落ち着いて。私は大丈夫ですから。あの事故も、結果的には怪我人ゼロで終わりましたし」

 

「そ、そう?」

 

「なら良いけど……」

 

「……あ、暁月さんやっと来た! 見て見て、これ手芸部の新作!」

 

「ちょっ、抜け駆けしないでよ!? これ! 頼まれてたイラストだから!」

 

 

 あっという間に、私の席に人だかりが出来る。

 

 いつも通り、でも嫌いじゃない。

 

 人は自分に対して好意を抱いてくれる人間を無条件で嫌うことはない。

 

 それは私も。

 

 人並みに遊んで、人並みに学んで、人並みに時間を過ごして。

 

 それは平穏で、無刺激で、生きていくには丁度いい。

 

 ただ、恋をするには足りないだけで。

 

 

「暁月さんも来ましたね。それじゃ、今日のホームルームを始めます」

 

 

 先生が声を掛ける。

 

 「後でね」と伝えると、皆それぞれの席へ戻っていく。

 

 変わらない日常の、変わらない一コマ。

 

 いつも通りに、私はカチカチと、シャーペンの芯を出した。

 

 ……いや、出そうとした。

 

 「匂い」が、私の手を止めた。

 

 

「暁月カノンって娘いるー?」

 

 

 気だるげな声と、ガッシャンと何かが崩れるような音がした。

 

 一瞬遅れて、それが教室のスライドドアを蹴り開けたものだと気がついた。

 

 「死」じゃない、それを踏み荒らす強烈な「生」。

 

 

『だから私、Silenちゃんに憧れてこの業界入って──』

 

 

 ──あのニュースの。

 

 

「……あ、みーっけた」

 

 

 吸血鬼じみた真っ赤な瞳が、教室最後方の私に狙いを定める。

 

 

「ちょっと借りてきまーす」

 

 

 誰もが唖然とする中、問答無用で押し入り、私の手を掴んで彼女は教室を出ていく。

 

 濃い匂い。

 

 好奇心と野望、欲に溢れた、母親(あのひと)によく似た匂い。

 

 

「でねー、暁月カノン。お前にめーっちゃお願いごとあんだけどさー」

 

 

 間違いない。

 

 

「Silenちゃん……じゃ分かんないか」

 

 

 ベテルギウスエンターテイメント所属、Irene(アイリーン)

 

 齢19にして、誰もが認める世代筆頭の大女優。

 

 彼女は紛れもなく──

 

 

「『氷室シオン』って知ってるっしょ? 会わせて?」

 

 

 ──()()()()だった。

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