私は、死にそうなあなたが好き。   作:あるふぁせんとーり

8 / 8
第7話/暁月カノン

『だから私、Silenちゃんに憧れてこの業界入って──』

 

「おはようございます。今日は早起きですね」

 

「……まあ、そうかも」

 

 

 目を覚まし、着替えと、軽く化粧を済ませ、リビングに出た。

 

 昨日よりまたほんの少し伸びた、褪せ気味の銀髪を耳に掛けながら彼女は笑う。

 

 テレビには朝のニュースとバラエティの混ぜもののような番組が映し出され、どこかで見覚えのあるモデルのインタビューが流れていた。

 

 名前は……

 

 

「見るんですね、こういうの」

 

「……あ、うん。癖っていうか……家だと、大体ついてたから」

 

「へえ」

 

 

 私は冷凍のたいやきをレンジで温めながら相槌を打つ。

 

 ああ、残念。

 

 あと3分もしたら、彼女を置いて家を出なければ。

 

 

「……そうだ、お昼代と交通費」

 

 

 私は取り出した熱々の生地と餡を口の中に押し込みながら財布から2枚取り出し、カードキーを重石にして机に置いておく。

 

 

「……ありがと」

 

 

 小さなお礼に「行ってきます」と応え、私は家を出た。

 

 

▽

 

 

 外はいつだって無菌室のようだった。

 

 悪意も、欲望も、みな必死に堪えて生きている。

 

 裏にそんな個人を潜め、社会という塊としての合作が、この無菌室。

 

 なんて完璧な無味無臭なんだろう。

 

 都営バスの一番後ろで、私はあくびした。

 

 

「シオンさん、何してるかなぁ……」

 

 

 そんな言葉が口をついて出た。

 

 第二希望の商社に就職したあの新人サラリーマンも、半年経ってもまだバス通学に慣れない後輩1年生も、去年の夏にぎっくり腰をしてから欠かさずリハビリに通う老婆も、匂(・)わ(・)な(・)い(・)。

 

 きっと大なり小なりの正弦曲線を越えて、ごく普通に死ぬんだろう。

 

 いい人生だ。

 

 否定のしようもないほどの素晴らしい人生だ。

 

 普(・)通(・)の私には縁もゆかりも無いほどに、それはそれは。

 

 皮肉じゃない。

 

 私は本当に憧れている。

 

 「死」というものが重みを持つ、そんな人生に。

 

 

「……!? おい待て!! あの車逆走してないか!?」

 

「つ、突っ込んでくるぞ──!!」

 

 

 ああ、焦ってる。

 

 平均心拍数が、明らかに上がる。

 

 無味、無臭、無価値、無意味。

 

 だって──

 

 

「それが、私の「人生(デフォルト)」なんだから」

 

 

 バスの急ブレーキの末奇跡的にすれ違ったボックスカーは、街路樹に突っ込んで停止する。

 

 運転席は無事。

 

 最悪骨にヒビが入るとか、そんなレベルの話だ。

 

 騒然とする車内で、私は手を挙げた。

 

 

「ドア、開けてもらえますか。ホームルームに遅れちゃうので」

 

 

 ああ、また何(・)も(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

 

 

▽

 

 

「はぁ!? ふざけないでよ、あんたそれ正気で言ってんの!?」

 

「正気に決まってるでしょ! あんたこそいっつもいっつも──」

 

 

 教室に入ると、一瞬静まり返って、

 

 

「──あ、カノンちゃん!」

 

「ほんとだ! 今日ちょっと遅かったね、大丈夫?」

 

「もしかしてあの事故巻き込まれてたとか!? 怪我ない!?」

 

「もしあれでしたら、保健室とか……」

 

「私先生呼んでくるよ!」

 

 

 一気に騒がしくなった。

 

 ああ、そっか。

 

 普段より3分ほど遅れてしまったみたいだった。

 

 

「みんな落ち着いて。私は大丈夫ですから。あの事故も、結果的には怪我人ゼロで終わりましたし」

 

「そ、そう?」

 

「なら良いけど……」

 

「……あ、暁月さんやっと来た! 見て見て、これ手芸部の新作!」

 

「ちょっ、抜け駆けしないでよ!? これ! 頼まれてたイラストだから!」

 

 

 あっという間に、私の席に人だかりが出来る。

 

 いつも通り、でも嫌いじゃない。

 

 人は自分に対して好意を抱いてくれる人間を無条件で嫌うことはない。

 

 それは私も。

 

 人並みに遊んで、人並みに学んで、人並みに時間を過ごして。

 

 それは平穏で、無刺激で、生きていくには丁度いい。

 

 ただ、恋をするには足りないだけで。

 

 

「暁月さんも来ましたね。それじゃ、今日のホームルームを始めます」

 

 

 先生が声を掛ける。

 

 「後でね」と伝えると、皆それぞれの席へ戻っていく。

 

 変わらない日常の、変わらない一コマ。

 

 いつも通りに、私はカチカチと、シャーペンの芯を出した。

 

 ……いや、出そうとした。

 

 「匂い」が、私の手を止めた。

 

 

「暁月カノンって娘いるー?」

 

 

 気だるげな声と、ガッシャンと何かが崩れるような音がした。

 

 一瞬遅れて、それが教室のスライドドアを蹴り開けたものだと気がついた。

 

 「死」じゃない、それを踏み荒らす強烈な「生」。

 

 

『だから私、Silenちゃんに憧れてこの業界入って──』

 

 

 ──あのニュースの。

 

 

「……あ、みーっけた」

 

 

 吸血鬼じみた真っ赤な瞳が、教室最後方の私に狙いを定める。

 

 

「ちょっと借りてきまーす」

 

 

 誰もが唖然とする中、問答無用で押し入り、私の手を掴んで彼女は教室を出ていく。

 

 濃い匂い。

 

 好奇心と野望、欲に溢れた、母親(あのひと)によく似た匂い。

 

 

「でねー、暁月カノン。お前にめーっちゃお願いごとあんだけどさー」

 

 

 間違いない。

 

 

「Silenちゃん……じゃ分かんないか」

 

 

 ベテルギウスエンターテイメント所属、Irene(アイリーン)。

 

 齢19にして、誰もが認める世代筆頭の大女優。

 

 彼女は紛れもなく──

 

 

「『氷室シオン』って知ってるっしょ? 会わせて?」

 

 

 ──登(・)場(・)人(・)物(・)だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

魔法少女アメシスタ、あるいは、星屑に懸けた片想いの話。(作者:秩序)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

『声を出せない私は、姉に恋をしています。この気持ちが、私を魔法少女にする素養なのだそうです』▼——魔法少女×姉妹百合。


総合評価:568/評価:8.76/連載:13話/更新日時:2026年08月05日(水) 20:03 小説情報

無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~(作者:パッタリ)(オリジナル:現代/日常)

 現代社会には妖怪が紛れている。▼ 百年以上を生きる妖狐のシラギクは、日々のストレス発散のため、自らの美少女な外見を利用して人間にお菓子を奢らせるのが趣味だった。▼ ある日、無口な黒髪少女リンカをナンパするが、彼女は陰陽師の家系の激重メンヘラ少女であり、しかも才能があった。▼ 手を繋ぐだけで正体がバレた上、孤独だったリンカに激しく依存されてしまう。▼ 愛が重…


総合評価:414/評価:8.45/完結:30話/更新日時:2026年09月24日(木) 17:11 小説情報

錆びた翼は戻らない(作者:黒っぽい猫)(原作:ブルーアーカイブ)

「全てを失くした私に、まだ働けと言うのですか?」▼約定を、希望を、夢を、正義を、そして何より主を。▼少女の大切なものは全て、掌から零れ落ちていった。▼「まだ生きねば、ならないのですか?」▼これは1人の少女、香黒チサトの物語。▼空になった彼女が、青く透き通った物語で紡いでいく、赤黒く歪んだ物語


総合評価:603/評価:8.38/連載:7話/更新日時:2026年09月30日(水) 23:21 小説情報

流石に百合セフレを増やし過ぎたクズ女の辿る末路(作者:すっごい性癖)(オリジナル:現代/コメディ)

【現在更新停止中】▼ 昔からエッチなことが大好きであった主人公、新名桃花。大学進学を機に爛れた生活を送るが、望まぬ妊娠を恐れた彼女は男ではなく女の子に手を出すようになる。▼ 溢れる煩悩、止めどない性欲。▼ 気が付けばセフレの数は二桁を余裕で突破していたのだが……。▼「ヤバい……、流石に身体が持たない……」▼ 毎日のように誘いの連絡を送ってくるセフレたち。一日…


総合評価:879/評価:8.65/未完:20話/更新日時:2026年08月24日(月) 12:00 小説情報

ヘルタなんて大嫌い。(作者:認めない勇気)(原作:崩壊:スターレイル)

ヘルタは妹の顔を黙って見ていた。瞬きすら惜しむように。泣き崩れる妹をガラスケースへ収められた芸術品でも眺めるような静かな眼差しで。ヘルタと比べ、ヘルタに劣等感を抱き、ヘルタだけを見て涙を流す妹。その姿だけは宇宙のどんな数式より魅力的にさえ映った。慰める気はない。立ち直られても困る。その決して実の妹へ向けるべきでない歪んだ感情を、ヘルタは唇一つ動かさず胸の底へ…


総合評価:2528/評価:9.09/連載:5話/更新日時:2026年09月24日(木) 11:03 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>