おら、ぜぜこがほしいだけだ。

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引っ付き虫

「最悪!!こいつアタシの首に断りもなく触れた!!何が色男よ!!」

 

 おらが屈姫(こごみひめ)姐さんの人ころしを見たのは二度目だった。

 最初に見たのは、おらがこの岡場所にきて直ぐ。

 禿としてまるで役に立たねえおらを折檻した後、それを止めようとした客をしめあげて、骸を指さして鼻を鳴らした。

「……ふっ……アタシに学がない?かわいがり?ふざけるんじゃないわよ!!」

 屈姫(こごみひめ)姐さんは動かない骸を何度も蹴り、それを小川に捨ててこいと言い、出来ないというおらを叩き責め続けた。

屈姫(こごみひめ)姐さん……禿のおらが丑の刻に夜道を歩いたら姐さんが疑われてしまうだで、だけんど別の手を考えたんだ、聞いてくろ。」

 蹴られるのを蹲って耐えていると殺気が気の抜けた声に変わった。

「それもそうね。……お兄ちゃん、どうする?」

 お兄ちゃん?

 岡場所に兄が居たのか?

「……そうだなあ、別の手を聞いてみるかあ。」

 おどろおどろしい声が聞こえ、顔を上げると餓鬼がしゃがんでおらを見ていた。

「餓鬼が兄とは、屈姫(こごみひめ)姐さんは仏様だったんだな。」

 頬を握られて餓鬼の爪が皮膚に食い込んだ。

「……別の手を言ってみろ。命を盗られたくないならなあ。」

 別の手は咄嗟についた嘘だった。

 おらは此処で死ぬんだな。

「先ず、この男は絞められた跡がある。この男に帯を巻きつけて、おらが女将に『屈姫(こごみひめ)姐さんに断られて当てつけに死んだ』と騒ぐ。そしたら姐さんも『当てつけに死んだ男を助けるために立ち回った』と言ってくんろ。」

 爪が皮膚を破って血が流れたのがわかる。

「足りねえ頭の割に度胸があるなあ。お前、名前は。」

 お月さんみたいな眼がきれいだな。

「おらはハギ、萩という。餓鬼の名前はなんだ。」

 姐さんに脇腹を握り拳で殴られて吐瀉してしまう。

「お兄ちゃんに対して口のきき方が成ってない!!」

 床を汚してしまった、早く拭かねえと染みになる。

「許してくんろ、謝ります。申し訳ねえ。」

 自分の袖で床を拭きながら頭を下げた。

「俺は妓夫太郎。……萩、やってみせろ。」

 

、、、

 

 女将を呼ぶと、骸を刻を見て山に捨てるように男連中に指示し、骸と共におらは蔵に閉じ込められた。

 

「アンタが止めてれば……禿として姐さんを助けなさい。」

 姐さんに逆らったら折檻を受ける。

 まだ死にたくない。

 おらはまだ生きていたい。

 先に死んだ骸を眺めていると餓鬼……妓夫太郎が闇から姿を現し、屍肉をかじり始めた。

「妓夫太郎は屍肉をたべるんだなあ、餓鬼なのか?」

 月の明かりに照らされて、刃のようなガチャ歯が反射した。

「ああ、鬼だ。」

 手に血を滴らせておらを見た。

「おら、鬼なんて初めて見たど。本当にいたんだな。」

 鬼は人を喰らう。

 地獄の話だと思っていたが……ここは地獄ということか。

「萩、お前は読み書き算盤が出来るな。」

 おらの父ちゃんは村でも変わり者として扱われていた。

 女のおらに読み書きや算盤を熱心に教え、沢山の書物を与えてくれた。

『女に学は必要ない』

 そう母ちゃんや兄ちゃんたちは言っていたけんど、身売りされてしまっては学は糞の役にも立たない。

「少しだけんど、出来ねえことはねえだ。」

 ゆっくりと妓夫太郎が立ちあがり、固い指先が頬の爪痕に触れて痛みが走った。

「なら……梅の役に立てよなあ。」

 梅……屈姫(こごみひめ)姐さんの身売り前の名前だろうか。

 

「やるだけやってみる。」

 


 

「アタシ羊羹が食べたい。」

 

 姐さんは無茶を言う。

 羊羹なんて高級品を買う[[rb:銭銭 > ぜぜ]]っこを持ってねえ。

「姐さん、おらに御駄賃をくんろ。そしたら羊羹を沢山買ってくる。」

 思い切り耳を摘まれて激痛が走った。

「買って来なかったらアンタを殺すから。」

 そう言っておらに駄賃を握らせると背中を突き飛ばした。

 

、、、

 

「申し訳ねえ、この文をある男に渡してくれと頼まれてくんろ。」

 

 岡場所に来ていた町人を捕まえて文を渡す。

「なんだ、禿か。姐さんは誰だ。」

 それを聞いて文を取り返そうと手を伸ばした。

「おらは言えねえだ、言えねえ。」

 町人は口元を緩めて目を細めた。

「言えねえとなると……言ったら褒美を出してやると言ったら、どうする?」

 ……乗った。

「おら……[[rb:銭銭 > ぜぜ]]っこが欲しいだ……どうか姐さんには……内緒にしてくんろ。」

 

 男はおらに銭を渡して満足そうに文を懐に忍ばせて立ち去った。

 

、、、

 

「萩、よくこんなに買えたじゃないの。」

 

 姐さんはいつになく上機嫌だった。

「おら、姐さんの役に立つためならなんでもする。」

 いつもなら打たれるところが、頭を撫でられた。

「使えるのなら不細工でも側に置いてやるわ。」

 まだ、おらは生きていられる。

 生き残ることが出来る。

 

、、、

 

 姐さんの機嫌を取るのにはたいそう骨が折れた。

 それでも『穀潰し』になるより、幾分かましだ。

「萩、最後に読んだ書物はなんだった。」

 そして、妓夫太郎もたびたび姿を現した。

「南蛮料理書。妓夫太郎、この世には見たことも無いうまそうな飯がぎょうさんあるんだど。」

 妓夫太郎はおらに話をするように強請る以外、なにもしてこなかった。

「そうだなあ。たらふく食いたかったよなあ。なあ梅。」

 姐さんは笑みを浮かべて頷いた。

 兄の前だと姐さんは幼子のようになって、たいそうかわいらしい。

「うん!お兄ちゃん!」

 ……姐さんは菓子や食い物を口にしたあと、必ず他から見えぬように口から出した。

 姐さんも鬼で、屍肉しか食えないのだろう。

 外界のものを口にできない天女のように。

 

「おらも……たらふく飯を食いたかった。」

 


 

「萩、アンタの新造出しは五日後だ。」

 

 女将が淡々と口を動かす。

「水揚げはお役人様だ、失礼のないように。」

 ……とうとうこの日が来てしまった。

「つとめます。」

 頭を下げて廊下を歩いた。

 この日のために姐さんから貰った駄賃を臍繰りとして懐に忍ばせている。

 一か八か、足抜けしよう。

 そのまま「また姐さんに使いを頼まれた」と言って外に出た。

 この岡場所は廓より見張りが手薄になっている。

 河原に走って背の高い芒の群生に入ってしまえば、追手をまけるかもしれない。

 走ろう。

 

 兎に角、無我夢中で走った。

 草履が皮膚に喰い込んで血が滲んでもひたすらに走った。

 そして河原までつくと桃色をした盗人萩が芒に紛れて生えており、かき分け進む行く手を邪魔した。

 

「居たぞ!!萩を逃がすな!!」

 

、、、

 

「おら、もうここにいたくねえ……。」

 

 足抜けしようとしたとして傷が残らない程度に折檻され、蔵に入れられ……臍繰りを盗られてしまった。

 [[rb:銭銭 > ぜぜ]]っこがなきゃ、生きていけねえ。

「足抜けしようなんざ、お前は頭が足りねえなあ。」

 半月を背にして妓夫太郎が歩み寄ってくる。

「妓夫太郎、お前は鬼なんだろ。……どうか、おらを喰ってくれ。」

 床に手をついて頭を下げた。

「自ら死にてえと抜かすとは、盗人猛々しいなあ。」

 頬に手が添えられる。

 鬼の手は、死人のように冷たく固い。

「おら、盗みだけはしたことがねえ。」

 ……嘘はついた。

 でも、窃盗だけはしていない。

「嘘をつくとは、仕方ねえなあ。」

 ……盗みはしてねえ。

「おら、盗みだけはしてねえど!!」

 睨むと顎を掴まれ引き寄せられる。

 

「萩、お前は一つだけ盗んだよなあ。足りねえ頭で考えろ。」

 


 

「おらが何を盗んだというんだ?」

 

 しかたねえなあ。

「わからねえ。なら萩、お前は梅の側にいろ。」

 萩も知恵が回るようでいて、足りねえなあ。

「わかっただ……。」

 鬼の俺に触れられることに恐怖すら感じてねえ。

 萩、お前は俺の膝の上という特等席を妹の梅から奪っている。

 それすらも分からねえとはなあ。

「おら……それでも知らぬ男に水揚げされんの嫌だ。」

 萩、お前は欲深いなあ。

 俺から恥ずかしげもなく盗みを働く。

「しかたねえなあ。」

 萩を剥いて体を撫でた。

「俺が仕込んでやるからなあ。」

 何をされても構わねえらしい。

 

「お兄ちゃんに水揚げされるなんて、萩は贅沢ね!!」

 

、、、

 

「で……これが男と女ねまぐわいだ。」

 

「吐きそうだ。」

 萩は布団から出ると着物を着て正座をした。

「水揚げが済んだところで……まずなあ、男を喜ばせるにはなあ」

 墨をつけた筆で半紙に春画の要領で四十八手を簡易的に説明してやる。

「うん。」

 萩はまじまじと図柄を見て読み解こうと必死に食いついた。

「ここでなあ?嗚呼と泣く。」

 萩は「嗚呼」と緩急なくただ発話した。

「下手だなあ萩、まあ水揚げ済だとわからねえからいいか。」

 おぼこではないと分かれば殺されるかもしれねえからな。

「萩、もっと声を震わせるの。」

 梅も珍しく教鞭をとった。

「嗚呼〜」

「違う!!あぁ……わかった?」

 こうしてみると姉妹みたいだなあ。

 美人と醜女の姉妹だなあ。

「技術だけ覚えればいい。まずうぶなふりをしろ。」

 梅に妹が出来ていたら……。

「わかっただ、姐さん。」

 素直な妹で……。

「萩。」

 頬を擦った。

「なんだ?」

 触れるという意味をわかってねえなあ。

「顔を赤らめろ。」

 足りねえ、警戒心、危機感が足りねえなあ。

「がんばる……ムッ……。」

「客に怒る馬鹿がいるか、足りねえなあ萩は……。」

 

「仕方ないわね、あたしがきっちり仕込んであげるわ!」

 

、、、

 

「妓夫太郎のおかげで床上手だと褒められただ。」

 

 萩は目を細めて縋り付いた。

 

「よくやったなあ。此処でうまくやっていけよなあ」

 


 

「おら、妓夫太郎たちから離れたくねえだ。」

 

 萩も年を取った。

 もう身請け話が出る歳になっちまったか。

「そうだよなあ……そうだよなあ……。」

 萩は縋り付いて脚を絡めた。

「ずっと側にいたい……好きだ……妓夫太郎……。」

 萩を布団に倒して抱きしめる。

「ああ……俺もだ……。」

 よく此処まで生き残ったなあ、萩。

「……萩、こっちを向いて。」

「はい、姐さ」

 萩の首が梅の帯で貫かれ、離れた頭を抱きしめる。

「楽に死ねたなあ……萩……。」

 最後に笑って死ねたなあ。

「萩……幸せそうね……お兄ちゃん」

 

「さあなあ……ゆっくり食うか。」

 

 


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