もしも彼らの行く末に、夜明けの光が差していたなら──。原作で悲劇的に描かれたキャラクターたちがそれぞれ繰り返しの運命から脱し、前に進む様を描きました。

【収録エピソード】
・左近介と比丘尼(異形編):「二人」で向き合う父の罪
・牧村とナナ(宇宙編):過酷な星で見出した「住めば都」
・茜丸とブチ(鳳凰編):澄んだ瞳が見つめる旭光
・ゴドーとオルガ(愛のコスモゾーン):生まれ変わった親子の時間
・そして、20世紀末の日本。火の鳥を迎えに来た「凰」の魂。

一ファンとしてどうしてもキャラクター達の行く末に祈りを捧げたくて書いた、個人的な結末の記録です。
劇中の作家キャラクターは、物語を終わらせるための鍵として登場してもらいました。原作のスターシステムに倣い、現実の著者への敬意を込めた「架空のキャラクター」として描いております。

ハーメルンへの投稿は今回が初めてとなります。至らぬ点もあるかと思いますが、よろしくお願いいたします。
元はpixivに投稿した作品ですが、少しでも多くの方に読んでもらいたくてこちらにも。誰かに届きますように。

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第1話

「斬られるわけには、まいりません」

 

比丘尼は、凛と告げました。

左近介は、無言で刀の柄を握り直しました。もとより抵抗も覚悟の上です。それでも断行するつもりでしたが……しかし、不審の念は晴れません。

人気のない山寺で、抜き身の刀を携えた女侍と、彼女に背を向けて御仏に向かう年老いた尼僧。とても活路などありそうにないこの状況で、比丘尼はあくまで悠然としているのですから。

 

「……話が逸れました。改めて、ご質問にお答えいたしまする。先も申し上げた通り、斬られればわたしは死にます。しかし他の人間が代わってわたしとなり、永劫にわたしの身代わりが生き続けることになりましょう」

「たわけたことをぬかすなっ!」

「信じられぬのも無理なきこと。しかしどうかひととき、この尼の話に耳をお借しください……」

 

そこからの話は、左近介にとって受け止めかねることばかりでした。彼女がここまでの道中に見たものも、胸に秘めた思いすらも、比丘尼はぴたりぴたりと言い当てたのです。

 

「あなたは恐れている、この尼がお父上の病を治してしまうのが。それだけは絶対に防ぎたい。お父上の命が永らえるほど、犠牲になる者も増えるのだから」

「面妖な……心を読んだというのか」

「まさか。あなた様の考えは手に取るように分かります……かつての私と同じなのですから」

「なにを……おまえは、なんの話を」

「わたしがこの寺に訪れたのは三十年前、やはり雷雨の晩でした。そして霊験あらたかな尼の首をはねたのです。あなた様がこれからしようとしているように」

 

戸惑いで声も出ない左近介の前で、比丘尼はおもむろに頭巾を外します。

 

「まだお分かりになりませんか?……この尼は、未来のあなたなのですよ」

 

そして、比丘尼は振り向きました。そこには年を経ても消せぬ面影が、確かに……。

 

「そんな……」

 

左近介はたたらを踏んで、刀を取り落としました。

 

「そ、そんな馬鹿な話があるものか。……デタラメだ、そうに決まってる」

「信じられぬのも無理はありません。これから詳しくお話しいたしましょう……わたしの過去、そしてあなた様の往く道を」

 

……比丘尼の昔語りは長きに渡りました。

 

「……そして、鳥は言いました。罪を購うべく、無限に訪れる全てのものの命を救えと……」

 

比丘尼が伏せた目を上げると、その瞳に、戸惑う左近介が映り込みます。

 

「そう……わたしを殺したかどで、遠い未来に報いを受ける、あなたをも」

「なんと……」

 

左近介は動揺を隠せず、わなわなと震えるばかり。対して比丘尼はすっと立ち上がり、左近介を後ずさらせました。

 

「では……行きましょう、左近介さま」

「……どこへ」

「山を下りて、我らの父のもとへ」

「……!」

 

左近介は途端に血相を変えて、比丘尼に掴みかかりました。

 

「それは、それだけは駄目だ!放っておけば父は死ぬんだ、後生だから……!」

「ええ、その通りでございます」

 

泰然とした比丘尼の、その意図が伝わるまでには、しばしの時間が必要でした。

 

「……救いにいくのではないのか、父を」

「まさか」

 

比丘尼は捕まれた腕をやんわりと振りほどき、そのまま自らの掌を見やります。

 

「左近介さま、わたしはこう思うのです。我々の過ちは、尼を殺したことではない。……そもそもの、父を恐れて向き合えなかったことだと」

 

そして比丘尼は微笑みます。左近介の目から見て、とても自分のものとは思えない、曇りなき笑顔でした。

 

「二人で、声を揃えて言ってやりましょう。生き長らえた分だけ人死にを増やすような者に、付ける薬などありませんと」

 

その後、若き左近介の従者・可平も合流しました。彼は最初こそ半信半疑でしたが、比丘尼といざ対面するや、全てを受け入れ頭を垂れました。

そして支度を済ませて寺から出ようとする間際、比丘尼は左近介の手が震えているのに気付きました。過去の己に、彼女は責めるでもなく問いかけます。

 

「父が恐ろしいですか?」

「……恥ずかしながら」

「わたくしもです。こんな老婆になっても、なお」

 

左近介もまた気付きました。比丘尼が差しだした手も、やはり震えていることに。

僅かな逡巡の末、左近介は拳を強く握って震えを振り払いました。そして比丘尼に……未来の自分に寄り添い、その手を取ります。

 

「だが、我々は一人じゃない」

「左近介さま……」

「敬称はいりませぬ。あなたはわたし、わたしはあなた」

「……ええ」

「わたしの恐怖はあなたが、あなたの決意はわたしが、他の誰よりも知っている。独力では成し得なかったことも、二人でならきっと」

「ええ……ええ!」

 

二人の会話を、可平は静かに見守っていました。

比丘尼が涙を拭うのを待って、彼らは嵐の夜に踏み出しました。

 

 

……その一部始終を、わたし、火の鳥は天高くから見守っていました。

 

「ようやく気が付いたのですね、左近介……」

 

これまでの比丘尼は「報いを受けて楽になりたい」という我欲ありきの生き方でした。その結果、過去の自分に殺生の罪を背負わせてきたのです。それは忍びないことだと悔い改める。他者に与えてきた慈悲を自己にも向けて、自他を分け隔てなく大切にする。……それが、彼女が救われる唯一の道だったのです。

 

「少々時間はかかりましたが……負傷者を導き、多くの出会いを与えた甲斐もあったというものです……」

 

地上は嵐でも、雲の上は凪いでいます。左近介らの向かう先にも、雲一つない空が広がっていました。

そして地平線の向こうには、光が見え隠れしています。

夜明けはもう、すぐそこです。

 

 

* * * * *

 

 

円環の繰り返しを続けた者が左近介なら、振り子のように反復を続けた者、それが牧村五郎です。

 

彼は決して許されない行いをしました。

一度は結ばれた女性の愛と献身を裏切り、そのうえ殺して肉として食らったのです。飢えても困ってもいないのに、ただ彼女を貶めるためだけに。それだけにとどまらず、彼女の種族を皆殺しにして絶滅にまで追いやったのです。

これは生物の犯す罪の中でも、最低最悪の類です。だから私も、彼に最大級の罰を与えました。

 

牧村はいま、宇宙の果ての流刑星にいます。

彼は過酷な環境の中、老いと若きとの狭間を振り子のように行き来し、翻弄される定めにあります。

前に様子を見に行ったのは、いつのことだったかしら……。私の感覚でも、永い時が流れたことだけは確かです。

 

眼下に広がる、あの星が流刑星です。

 

この星は、普段なら何らかの天変地異に襲われているのですが……いまは束の間、凪の時間帯です。

丘の上に、メタモルフォーゼ生命体の群生地があります。一見植物のような姿をしていますが、血潮の通った生き物です。彼らはみな元人間……そのほとんどが、ここに流された罪人たちの成れの果てなのです。

その中の一体のもとに座り込み、その身をもたせかけている青年が、牧村です。

私が丘の上に降り立つと、彼の閉ざされていた瞼が上がります。そしてその瞳が鏡のように、私の……輝く鳥の姿を映しだしました。

 

牧村の肉体は、奇しくも罪の始まりと同じ年頃でした。しかし、以前との差は歴然です。それは一目見ただけでも感じ取れました。

かつての彼には、どこか浮ついた熱っぽさがありました。それが向こう見ずな行動力を生み、人類史上屈指の大罪をもしでかしすに至ったのです。

いま、彼の瞳には水鏡のごとき静けさが宿っています。運命と、そして己自身とに真摯に向き合ってきた者にのみ、たどり着ける境地です。

この星での暮らしは、肉体の変化のみならず精神的にも揺さぶられる、激動の日々だったのでしょう。

けれど、揺れる振り子もいずれは止まる。最も安定した位置で、必ず。

 

「……火の鳥か。いつかまた会えると思っていたよ」

「まあ」

「おれに新たな罰を与えにきたのか?」

「なぜそう思うの?」

「おれが、幸せだから」

 

私が微笑むと、彼は決まり悪そうな顔をしました。

 

「おかしくなったとでも思うか?こんな過酷な星で、おれのような大罪人が」

「そんなことないわ。幸福は心の在りようだもの」

「同感だよ」

 

彼は私に、今日までの経緯とそれに伴う心境の変化について、つまびらかに語ってきかせました。長い長い話でした。

 

「最初のうちは、つらくてつらくて仕方なかった。そのうちに、この星の植物たちから学んだんだ。風が吹けば流される、嵐にも抗わず身を委ねる……それが、ここでの適応的な生き方なんだって。

 それまでは、年老いるのも若返るのにも等しく恐怖を抱いていた。それはかつては、人の理から外れてしまった恐怖だと思っていた。でも、違った。自分以外に人間のいないこの星に来て分かった。……本当に怖かったのは、現在の己が失われていくことだった。

 

 そして、繰り返すうちに悟ったんだ。生きるとは、移ろうことなのだと。

 

 おれだけじゃない。普通の人間も、ナナたちメタモルフォーゼ生命体も、あの動き回る植物も、きっとみんなそうなんだと。ここにはいない動物や虫も、いつか宇宙の果てで出会った、理外の生命体でさえも……。

 けれど、移ろうばかりじゃ不安なだけだ。それは、宇宙飛行士の一人旅時代にも嫌というほど思い知らされた。……移ろうものには、移ろうからこそ、揺るぎないものが必要なんだ。船が港を必要とするように、安心して錨を下ろせる場所が……。」

 

そこで彼は、背後に寄り添うように立っているメタモルフォーゼ生命体を振り返りました。……それはこの星で唯一、罪のためではなく、愛のために留まる選択をした女性です。

 

「そしてここには、ナナがいた。

 ……あたたかいんだ、彼女は。俺が触れると、決まって血潮がどくどくと脈打つ。そしてこうして、ゆっくりとさすってやると……そのうちに、お互いのぬくもりが混ざり合う。……これが、なんとも心地いい。

 日照りの昼も凍える夜も、耐え難い嵐の中でも、ナナはいつだってここにいてくれた。……この星で、揺るぎなく地に根を下ろすというのは、どんなにか辛いことだろうに……。

 でも、しばらく彼女と触れ合っているうちに気付いたんだ。動けるおれと動けないナナ、それぞれの自由と不自由がある。おれがするように、ナナもおれの苦労に思いを寄せてくれた。……喋れもしないのに、変だと思うかい。でも、分かるんだ。なんとなく分かる。鼓動も体温も肌艶も、思いのほか雄弁だった。そんなことは言葉を意志疎通の手段にしていた頃には想像もつかなかった。ナナはおれに嘘をつかない。だからおれも素直な気持ちで接せられる。

 いつもの嵐が止んだあと、束の間の凪いだ時が来る。今がそうだ。この時間をナナと一緒に過ごすのが、おれの何よりの幸せだ。……彼女がいれば、他に何もいらない。

 ……長くなったな。まあ、要するに……住めば都、ということだ」

 

一連の語りを、私は目を細めながら聞いていました。

 

「生きてきたのですね、懸命に……こうして、生命を正しく使えるようになるまで……」

「何が正しいかなんて、今も分かっちゃいない。こうでもしなきゃやっていられなかったってだけさ」

「今は、満ち足りている?」

「まあな。……ああ、いや、強いて言うなら……」

 

彼は躊躇いがちに、こう言いました。

 

「そうだな、かなうことならラダに……おれが殺めた鳥人たちに謝りたいよ」

 

ラダとは、かつて彼と夫婦として暮らし、そして犠牲になった鳥人の娘です。

 

「……だが、彼女はもういない。あろうことか俺が食ってしまった。到底、謝って済むようなことではない……」

「ええ。ラダもフレミル人も、既に亡き者です」

「…………」

 

うなだれる牧村。……しかし、話にはまだ続きがあります。

 

「……けれど、かつてラダだった生命ならば、まだこの宇宙を旅しています」

「!」

 

彼は驚きのあまりつんのめるようにして、私の方へと身を乗り出しました。

 

「……ど、どこにいるんだ!?会って話すことはできるのか!?」

「今はまだ、その時ではありません。それにもし会えたとしても、あなたにはそれがラダとは認識できないでしょう」

「……そういう……ものなのか……?」

「ええ」

「……そうか……」

 

牧村はそっと目を閉じ、時間をかけて、私の言葉を受け止めました。

 

「……そうだよなあ……都合よくばかりはいかないのが、生命ってもんなんだよな……」

「そうね、その通りよ」

「だから、だから、許されないんだ……生命を踏みにじるようなことは……」

「やっと分かってくれたのね」

「……遅すぎたよ」

「宇宙には時間などありません。縁さえあれば、また彼女とも出会えるでしょう」

「気休めなど……」

「ホホホ、まさか。生命は宇宙を巡るもの。ラダも、あなたも、私ですら……ひとつだって例外はありません」

「……そうか……そうなのか」

 

牧村は天を仰ぎました。分厚い雲に包まれて、光も差さない空を……ひどく、まぶしそうな目で。

 

「それは……希望だな」

 

そして、はたと気付きました。

 

「……おれも……?」

 

私は微笑みます。

 

「あなたさえ望むなら、輪廻の輪の中に戻してやることもできます」

「戻れるのか?普通の人間に……?」

「それだけでなく、人間のいる星まで送り届けてもあげますよ」

「おおお……っ!」

 

牧村は跳び上がり、歓喜の叫びを上げました。溢れんばかりの喜びを全身で表現した後、ナナに飛びつき頬ずりします。

 

「やったよ、ナナ……君にもやっと、楽をさせてやれる」

「いいえ、彼女を連れてはいけないわ」

「何故!?」

「彼女はテコでも動かないわ。その姿は、執着で形作られたものだから」

「バカな、まさか……おれのせいで?」

「そうね」

「……戻せない……のか?おまえの力でも?」

「…………」

「……そんな……」

 

牧村は愕然とするあまり、膝から崩れ落ちました。

胸に去来する数多の感情。それらを時間をかけてひとつひとつ振り払ってから、ぐっと唇を噛み、首を振ります。

 

「……そういう事情なら、やめておくよ」

「いいの?」

「ナナを置いてはいけない」

 

牧村は立ち上がり、私に背を向けると、ナナの傍らに膝を付きます。そっと触れる手付きだけでも、彼女を大切にしているのがよく分かりました。

 

「ナナはこんな姿になってまで、この星に留まってくれた。だから今度はおれが、彼女に寄り添う番だ」

「……それで、後悔はありませんね?」

「ああ……」

「では……もう、私から伝えることはありません」

 

牧村は、振り返らずに言いました。

 

「ありがとう、火の鳥」

 

言葉はそれきり途切れ、私は空へと飛び立ちました。

おそらくこうなるだろうと、予想はついていました。私は彼の選択を尊重します。ここに来た時とは違って、自ら選び取った道なのですから。

 

牧村は、心の中でとある物語を思い返していました。

「星の王子さま」……幼き日の孤独に寄り添ってくれた、彼の心の一番やわらかな場所を占める物語です。

 

("愛したものに対しては責任がある"

 ……あの本のキツネが言っていたのは、こういうことだったんだ)

 

牧村は、その頬をナナにすり寄せます。伝う涙ももろともに。

 

(おれにも、あんな風に人を愛せた。

 きみを愛せたんだ……)

 

 

* * * * *

 

 

命の正しい使い方を見つける。それは多くの生命にとって、非常に困難なことです。牧村もそうだったように、多くの経験を必要とします。大抵の場合は一度の生涯では足りず、形を変えて巡ります。

中国の岩山にある私の巣で待っていた、この小鳥も、そんな命のひとつです。

 

「おはよう、ホウおばさん」

「また会ったわね。今日はお母さんたちとは一緒じゃないの」

「一人で来た。ぼくね、ここから見る朝日が気に入ったんだ」

「そうだったの」

 

わたしたちは、ふたり寄り添って日の出を迎えました。

 

「お母さんがいつも言うんだ、『おまえは本当に、美しいものには目がないのね』って」

「そうね、おまえは昔からそういう子でしたよ」

「そうなんだ?」

「ええ、ずっと昔から」

 

(そうよ、かつての茜丸……。彫刻は、元々そのための手段に過ぎなかった。けれど人間は、往々にして手段と目的を履き違える。懸命になればなるほど、真の充足からは遠ざかる……)

 

 

小鳥はまじまじと見入っていました。その瞳に、太陽にも劣らぬ輝きを宿しながら。

 

「ぼく、こんな景色ならいつまでも眺めてられるな。いつまでも眺めていられるよ……」

「……それは、素晴らしいことね……」

 

私は目をこらして、太陽のさらに向こうを見つめます。はるか遠く……海の向こうの日出ずる処の国に、ひとりの老婆を見つけました。

老婆の名はブチ、かつての茜丸の縁者です。彼女は聞きかじりの仏法で、茜丸の菩提を弔っていました。

出来たばかりの頃は恐ろしい形相だった墓碑も、雨風に晒されるうちにずいぶん角が取れました。窪みに伝う朝露を丁寧に拭き取り、彼女は今日も手を合わせます。

 

(あれから随分経った。茜丸は……にいさんは、もう生まれ変わっているだろうか。

 芸術なんてしなくていい、立派になんてならなくていい。ただ、生きていてくれさえすればいい。出会った頃のような、澄んだ目で……。

 あの目さえありゃ、どんな姿をしていたって一目で見分けてみせる。そしたら今度こそ二人寄り添って暮らそう。次は前みたいにゃならないよ。……あたいも、少しは大人になったからさ……)

 

焦点を目の前に戻すと、小鳥は相変わらずの熱心さで、旭光の美を目に焼きつけていました。

 

「……あなたは幸せね」

「ホウおばさん、幸せって何?」

「生きていく甲斐があるってことよ」

「ふうん?……おばさんがそう言うなら、そうなのかもね」

 

ピンとこない様子の小鳥に、私は微笑みかけると、羽を広げて飛び立ちました。

 

 

* * * * *

 

 

生命の正しい使い方とは、必ずしも清く正しく生きることだけではありません。命には試練が付き物。それでもなお懸命に生きようとする者の生涯には、様々な出来事が起こりえます。それこそ、恵まれた者には眉をひそめられるようなことも。

ロミもそうやって生きた女性でした。

生前のロミは、私にとって気にかかって仕方ない人物でした。彼女の悲しみは、私もよく知るものだったから。

 

宇宙を越えてたどり着いた、この惑星こそロミの眠る地……エデン17です。

 

かつてロミの墓があった辺りの荒野に、一艘の宇宙船が停まっていました。

すぐそばでは一組の男女が寄り添いながら語らっています。その若さ、睦まじさは、在りし日のロミとその夫とを彷彿とさせました。

 

「やっとたどり着けた、ここを俺たちの楽園にしよう!」

「素敵……」

「まっさらで何もない星だけど、きっとなんとかなる。俺たち二人なら」

「もちろんよ!」

 

長き時が過ぎ、この星の環境も変化してきています。今度は違った未来があるかもしれません。

私は微笑み、飛び去りました。

 

 

* * * * *

 

 

私とて、心ある存在です。

人間もそうであるように、自分と同じ価値観の者に心惹かれることもあります。

私が特に強く惹かれるのは、命を正しく使える者……生きとし生ける生命を大切にできる者です。

そんな彼らに寄り添い、時には子をもうけたこともありました。

だけど、彼らの愛は大きすぎる。とても個人間の相思相愛には収まりきらない。

他者の危機、あるいは共同体の、時には人類や星の危機にですら……彼らは自らの身命を投げうってまで立ち向かうのです。自分一人の命ですむなら安いものだとばかりに。

 

愛ゆえに死す。それが、彼らの宿命。

そしてそんな彼らを見送るのが、私の宿命。

 

ゴドーもちょうど、そんな存在でした。

彼は私に、真心のこもった愛を見せてくれました。愛をなくした時代に荒みきった私の心を、癒してくれたのです。

 

 

見てください。当時からの急激な自然環境の改善を経て、復興した街は平和そのもの。

そしてこの、公園でブランコ遊びをしている男児が、ゴドー。近くから見守っている母親が、オルガです。

 

ゴドーは小さな体を躍動させ、勢いよくブランコを漕ぎます。前へ後ろへ、前へ後ろへ。同じ場所での行ったりきたりを、夢中になって繰り返します。

オルガの温かな眼差しを受けながら。

 

かつては人間の青年とアンドロイドの恋人だった二人ですが、地球の命運をかけた旅の果てに、ただの人間の親子になりました。それも、幸せな親子に。

オルガは無私の心で子供に接せられるアンドロイドでした。その心は、人に生まれ変わった今も変わりありません。彼女の慈愛に育まれ、ゴドーは今度も、愛を知る立派な青年へと育つのでしょう。

 

……おや。ブランコを漕ぐゴドーの面持ちが、徐々に曇りだしましたね。

オルガもすぐに気付きましたが、ブランコの減速を待ち、完全に止まってから歩み寄ります。

 

「どうしたの?もう飽きた?」

「…………」

 

俯いたゴドーのまん丸い頭を、オルガはそっと撫でました。

 

「悲しむようなことじゃないわ。もう十分だって感じたら、それは次の場所に向かう時だってことなの」

「……うん」

「じゃあ、行きましょう」

 

幼きゴドーはオルガに手を引かれて家路につきました。後には静止したブランコだけが残されました。

そして私もまた、向かうべき場所へ……。

 

 

* * * * *

 

 

20世紀の末、冬、日本。

一人の男が、死の床にいました。彼はかつて私が罰を与えた、猿田という魂の生まれ変わりです。

彼も幾多の生を経て、ずいぶんと丸くなりました。罪の象徴であった鼻も、あんなに小さく目立たなくなって……。

 

彼の最期には必ず立ち会うと決めていました。最後まで仕事をしたがり、意識をなくしてなお懸命に生きんとする彼の姿を、私は遙かな高みから見守っていました。

彼の今生での生業は作家でした。彼の描く作品には、私の似姿が、幾度となく登場しました。もしかしたら過去生の記憶がおぼろげにでも残っていて、何らかの影響を与えていたのかもしれません。

 

家族に見守られる中、彼は息を引き取りました。

しかしそこで終わりではありません。私には見えるのです……肉体から離れた、生命の向かう先が。

そこで私は、これまでにない光景を目の当たりにしたのです。

解き放たれた彼は、驚くべき変容を遂げました。「羽化」したのです。その姿は、まさしく鳥……それも、私と瓜二つの姿の。

 

「びっくりしましたか」

 

遺体のもとにたたずむ彼が、私の心に語りかけてきました。なんてことのないような態度で、はるかな距離を越えて。

もちろん、私は驚愕していました。これまで数多くの宇宙生命に出会ってきましたが、自分と全く同じ存在に出会うのは、これが初めてだったのです。

 

「でもぼくは、なんとなくこうなる気がしていました」

 

彼はそう心で云うと、ぐるりと視線を巡らせて、悲しむ親族たちに別れを告げました。それから大きな羽を広げ、みるみるうちに私のもとへ。

 

「まあ……!」

「信じていました。あなたはきっと、ぼくを迎えに来てくれると」

「もちろんよ。……でも、これは一体……」

「ぼくたちは鳳凰になるのです。ご存じですか」

「つがいの鳥ね。鳳はオスで凰はメス」

「そして、永遠の愛の象徴でもある」

「まあ。……そういえば私は、ホウと呼ばれたこともありました」

「ではぼくがオウですね」

「ホホ、性別のイメージと逆ね」

「些細なことですよ」

 

わたしたちは、お互いに思いの丈を打ち明けあいました。

 

「あなたがずっとぼくを見守ってくれていると信じていた。だから、どんな苦難にも意味を見出せた」

「わたしの寂しさを理解してくれたのはあなただけだった。あなたが描く物語は、わたしの心を慰めてくれた」

 

わたしたちは万感の思いとともに舞い踊りました。空に、宇宙に、きらめく光を振りまきながら。

どれほどの時が経ったでしょう、おもむろに彼は言いました。

 

「そろそろ行きましょう」

「どこへ?」

「もちろん、まだ見たことのないどこかへ」

「そんな場所があるの?」

「ないってことはないでしょう」

 

わたしには首を傾げるしかできませんでした。この永い生において、わたしはあらゆる地を踏破してきました。過去に未来、地球の奥地から宇宙の果て。素粒子の内奥や、銀河を抱く遙かな広がりにまで。

 

「物質的次元の話に限りません。あなたはこれまで数多の命を導き、次のステージへ進めてきたでしょう。同様に、今度はぼくらが先に進む。ぼくらの番が来たのです」

 

なるほど、道理は通っています。しかし……。

 

「どうかしましたか?」

「……こわいわ」

「何故?」

「そんなの、初めてだから」

 

一度言葉にしてみたら、するすると止まらなくなりました。

 

「そう……そうだったわ。同じことばかり繰り返していたのは人類だけじゃない、わたしもだった。変わり映えしない世界を眺めて、既視感を覚えながらもくちばしを挟み、心を砕いて、そのたび傷ついた。懲りもせずに何度でも」

 

彼は黙って耳を傾けてくれました。だからわたしも、心の赴くままに吐露できたのです。

 

「……わたしもずっと、繰り返しの運命に囚われていた。だからそれ以外のことは何も知らない……分からない」

 

しばらくの沈黙がありました。

 

「生命は、繰り返しが好きですから」

 

そう言われて顔を上げると、彼が微笑んでいました。

 

「大丈夫、ぼくがいる。何があろうと乗り越えられる……ふたり一緒なら」

 

胸が震えるとはこのことでしょう。誰かに励まされるだなんて、私にはとんとなかったものだから。

 

「強いのね、あなた」

「ぼく一人の強さじゃありません。愛とはこういうものなのです」

「素敵ね。これが、相思相愛の愛。わたしが求めてやまなかったもの……」

 

何もかもが輝いて見えました。まるで、世界の全てがわたしたちを祝福してくれているよう。

 

「さあ、行きましょう!」

「ええ……!」

 

そしてわたしたちは、目のくらむような光の中に飛び込んでいきました。

その先にはきっと、見たこともない世界が待っているのでしょう。


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