「ここは……」
「どうやらどこかの路地裏に出たようだな」
空間の裂け目を抜けたセイル達4人。そこは建物と建物の間を埋めるように続いている石畳の路地だった。左右の壁は乗り越えられないこともないが、わざわざ突っ切るには非合理的だ。
道の所々に景観にそぐわない裂界特有の黒い結晶が伸びている。侵食の影響が大きい、モンスターもそこら辺にいることだろう。
「えっへへ、あいつら怖くて入れないんだ! これで自由!」
「よくやった!」
作戦が上手くいき、笑顔を浮かべるなのかと星。
セイルは振り返って空間の裂け目を見るが、背後の景色は先程までいた場所とのつながりがない。運良く離れた場所へ転移しただけですんだようだ。
「シルバーメインは不意をつかれただけだ、すぐに追ってくるだろう。セイル頼めるか」
「オッケー、ちょっと見てくる」
ぱちん、とセイルがアタッシュケースを開くと、出てきたのは彼の相棒ピオニエ。寒空の下であってもその不敵な笑みは変わらない。
セイルが糸を操るとピオニエは左腕を空に掲げた。いや、より正確にいうならば
「『ガガーリンの手』」
バシュンと空気を割きながら飛び出していくのはピオニエの左手。剣を持つ右手とは異なり左手自体が鉤爪、ワイヤーフックとなっているのである。
「よし、かかった」
見届けたセイルがピオニエの背に乗ると、ぎゅいんと音をたてて腕を引き戻しその勢いで屋根まで登った。
遮るものがない屋根の上は風が強い。だが、目前に広がるベロブルグの景色もよく見渡せた。追われてさえいなければじっくりと眺めていたことだろう
「うーん。場所的に中心部はあっちで……ん? あれは……」
降りる時は簡単。ときに壁を掴み、飛び移り、滑って勢いを落として安全に。掴んだ壁や木がボロボロになってしまったが、緊急事態なので大目に見てほしい。
なんか、星の目が輝いているような。
「私もロケットパンチをやりたい!」
「お、興味あるのかな。ふっふっふっ、列車に戻ったら教えてあげようじゃあないか。って、そうだった。シルバーメインっぽいのがこっちに向かってる、少なくともこの道の先には障害物はなさそうだった」
屋上からの景色で、セイルの頭にとりあえずの地図は入った。しかし、今いる空間は裂界。遠目からでは見つけられない現象もざらである。
「わかった。とりあえず道に沿って進もう、慎重にな」
石畳を走る4人、先に進むほど裂界の侵食が進んでいるようで襲いかかるモンスターを振り切るためには駆け抜けるしかなかった。
道の先には空間の歪み、あとは出口に向かって一直線に進むだけ。
「……! 気をつけろ!」
「うわっ!」
丹恒の言葉とともに聞こえる銃声。目の前の石畳で火花が散る。
音の出どころを見上げると、高所に銃を持ったシルバーメイン達がいた。
「ほんとに来た、それどころか待ち伏せまで……」
少し疲れた声で頭をかくなのか。
傍で隠れていたらしきハルバードを持つシルバーメイン達が、出口を塞ぐようにぞろぞろと出てくる。
セイルの目測ではかなりの距離があったはず。足の速さを自慢にしてはいないが、まさかここまで対応が早いとは。
「裂界に侵食されていても、ここはベロブルグの一部、私たちの郷土。シルバーメインは誰よりもここに詳しいの」
背後から聞こえてくるのは銀髪の少女、大守護者代理のブローニャ。追従する兵士たちは当然ながら道を塞ぐように陣取っている。
「鬼ごっこは終わり、武器をおろして私についてきなさい」
「しつこい……ウチらが何の罪を犯したっての? こんな所まで追われる筋合いないって!」
淡々と告げるブローニャに語気を強めるなのか。
濡れ衣に納得してないのはセイル自身、なのかと同じものがある。ただ、どうもこの国の兵士たちは真面目なようで、目の前のブローニャなんて最たるもの、城壁のような堅物っぷりだ。同じ『
現状、相手の意見を覆せる何かを列車組は持ちえない。となると。
「兵士たちよ、行きなさい!」
「列車組の凄さを見せつけてやる!」
言葉を皮切りに一斉に飛来する銃弾。
だが、それは誰にも届かない。なのかが生み出した六相氷が全てを防いだ。
「ナイス、なの」
「俺は後ろを片付ける、正面は任せた」
「それじゃあ僕は上を。『ガガーリンの手』!」
3方向へ、それぞれ飛び出す3人。
前方に飛び込んだ星は、バットで兵士を殴りつけては別の兵士を殴りつけている。
穂先で銃身を弾き、兵士の攻撃を躱しては柄を翻して打ち払う丹恒。囲まれていながらも彼は怯むことなく対処していた。
「来たぞ!」
「さぁて出番だ! ピオニエ!」
ワイヤーフックの勢いで、ピオニエとともに壁上に飛び上がるセイル。掴みは上々、壁上に陣取っていた兵士たちは慌てて銃口を向けるが、もう遅い。
セイルが糸を操ると、ピオニエが着地と同時に彼らを薙ぎ払った。
1人2人と倒しては、時にかわしてまた倒すの繰り返し。
それでも減らした数は一部だけ。残りの兵たちもただ見ているだけではない、その手に持つ銃をセイルに向けた。
発砲。それより速くセイルは指をきゅいと引いた。庇うように前にでるピオニエ、そこへ無数の弾丸が飛来した。
しかし、無傷。彼の不敵な笑みは変わらない。
特殊な素材でできた
「一掃する!
セイルのかけ声に合わせて剣を構え、駆け出すピオニエ。不敵な笑みが兵士たちに迫る。
「『クリア・ステージ』!」
「ぐぁぁっ!」
大きく振りかぶった剣が円弧を描く、その数2回。緩急を付けた動きと間合いの調節によって、見えていても伸びる斬撃が多くの敵を逃さない。今回は人が相手なので鞘に収めたままではあるのだが。
「よし。これで暫くは……」
「ウチのとっておきをくらえ!」
なのかの声に続いて聞こえてくる兵士の悲鳴とたくさんの氷が砕ける音。
通りの方を見れば、星たち3人にブローニャと数名の兵士たちが向き合っていた。
「よっと、こっちは片付いたけど調子は?」
「セイル! あの子……なかなかやるよ」
ブローニャが従える兵士たちの数は残り数十名、戦術的には大勝利だ。ただ、この3人に対してあの粘りよう、彼女はおそらく運命の行人なのだろう。それに始めの時と大差ない表情を見るに、すでに援軍は呼んだと思っていいはずだ。急いでこの場を離れた方がいいのかもしれない。
「ねえ、丹恒。あんたの「とっておき」でも使ったら!」
「……その役はお前に譲る」
「ちぇっ、つまんないの」
「ふっふっふ。どうやら僕の「とっておき」の出番みたいだね」
ドカリ、と両者を隔てるように空のアタッシュケースを地面に置くセイル。するとおもむろにピオニエを仕舞い始め、蓋を閉じた。
その不可解な行動にシルバーメインたちも様子を伺っている。
「ちょ、ちょっとあんたなにやってんの!?」
「まぁ見てなって」
「コホン。さぁ、ここに召しますは万夫不当の戦神なり。『存護』を歩む者たちに、敬意を表してその姿をお見せしよう!」
バカン! 、とアタッシュケースが開くとそこには……ピオニエが立っていた。
「え、あれ? ちょっと待ってね……」
するり仕舞ってガチャガチャとアタッシュケースを開け閉めするセイル。何度くり返しても、隙間から覗いても、見えてくるのはピオニエのみ。
ここから導き出される結論は
「ホテルに忘れてきた……?」
「私のワクワクを返して!」
「馬鹿なことをしてないで構えろ」
そ、そんな……こんなはずでは……
収まっているピオニエも思わず苦笑をしているようだった。
「はぁ……。降伏しなさい、侵入者! 公正な判決をあなたたちに約束するから」
再び両者の間に緊張が走る。張り詰めるにしては緩んでいるものの、長引くほど列車組に不利になるばかり。(不本意ながら)セイルの手数は減っている。どうしたものか。
「あのう、この微妙な空気を破るつもりはなかったんですけど〜」
気の抜けた第三者の声、それとともに転がってくるのは……爆弾!
「ゴホッ……なに……これ……」
「息が……苦しい……」
爆発で瞬く間に広がる濃い煙。その煙は視界を塞ぐだけでなく、吸い込んだ者を苦しめる。
「これは……って、あんたは」
「おや、お兄さん。効きが悪いですねえ、起きたままだとそのぉ…困ります。ちょっと失礼」
「あがっ」
煙に紛れる動きで謎の人物に不意を突かれるセイル。その衝撃で意識はゆっくりと沈んでいく。
「このサンポ、助けてくれた友を見捨てるなんてできません」
「義理をちゃんと通すのがこのサンポなんです」