マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
11月10日 夜
横浜基地・作戦室
<< 神宮寺 真白 >>
作戦室の壁一面に、新潟方面の地図が表示されていた。
帝国軍の防衛線。BETA上陸予測地点。A-01の投入予定区域に、JM-01の行動範囲。XM3の実戦評価項目と、条件付きのBETA捕獲任務。
これまで別々に準備してきたものが、一枚の作戦図へ収まっている。
11月11日。
明日だ。
「各員、最終確認を行う」
伊隅大尉の声で、意識を作戦室へ戻した。
A-01の面々に普段の軽さはない。水月中尉も黙って地図を見上げ、遙中尉は帰還経路と管制データを確認している。風間少尉の端末には、JM-01の制御ログが表示されていた。
全員が理解している。
これはもう、訓練の話ではない。
「明日の任務は、既に通達した内容から変更なし」
伊隅大尉が画面を切り替える。
第一、新型OS・XM3の実戦評価。
第二、BETA進路予測に基づく帝国軍防衛線への支援。
第三、神宮寺真白およびJM-01の戦闘支援と回収。
第四、条件が揃った場合のみ、BETA個体を捕獲。
「優先順位を誤らないこと。捕獲は副次任務だ。防衛線維持、部隊の帰還、JM-01の回収へ影響すると判断した時点で放棄する」
『了解』
声が揃う。
BETA捕獲。
その言葉だけは、まだ胸の奥に引っかかった。
捕獲されたBETA。
横浜基地。
その先にある、知っている出来事。
けれど、今はまだ先の話だ。
夕呼からも言われている。
知っている未来ではなく、目の前の現実を見る。
「続いて、神宮寺少佐の配置を確認する」
「はい」
背筋を伸ばした。
画面上で、A-01の隊形中央よりやや後方に白いマーカーが追加される。
「JM-01はA-01本隊へ随伴。基本位置は中央後方。任務は遊撃支援です」
「遊撃支援……」
「前衛固定でも、後方待機でもありません」
伊隅大尉が白いマーカーを動かす。
前衛の一部が崩れる。
そこへ白い点が入る。
穴を塞ぎ、後退。
別の位置で一機が孤立する。
白い点が接近し、帰還線まで押し戻して再び中央へ戻る。
「分かりやすく言えば、リベロです」
「……リベロ」
全体を見ながら、必要な場所へ入る。
そこに居座るのではなく、支えて戻る。
「少佐に求めるのは撃破数ではありません」
伊隅大尉の言葉に、少しだけ意外なものを感じた。
「前衛が崩れかけた場所。孤立した機体。撤退線が細くなった場所。必要な時だけ短時間で介入し、戦線を戻してください」
「ずっと前へ出る必要はない、と」
「むしろ、出続けないでください」
水月中尉が小さく笑った。
「少佐殿、白い便利屋ってことね」
「速瀬」
「褒めてますって」
宗像中尉も横から口を挟む。
「火消し役ってところかな」
「でしたら、燃え尽きないでください」
遙中尉が静かに続けた。
水月中尉が肩を揺らす。
「遙、それ上手い」
「冗談ではないよ、水月」
「……はい」
一瞬で真顔になった。
自分も同じだ。
「神宮寺少佐」
「はい」
「少佐がいれば、救える場面は増えるでしょう」
伊隅大尉の視線がこちらへ向く。
「ですが、JM-01を部隊の中核にはしません」
「……はい」
意味は分かった。
「少佐がいなければ成立しない隊形にすれば、JM-01が離脱した時点で全体が崩れる。機体損傷も、負傷も、途中離脱も想定します」
冷静で、当然の判断だ。
それでも、自分がいなくなる場合まで最初から作戦図へ含まれているのを見ると、少しだけ身体が硬くなる。
「軽く見ているのではありません」
「分かっています」
「むしろ逆です。重要だからこそ、一人に依存しない」
伊隅大尉は白いマーカーを元の位置へ戻した。
「少佐は戦線を支えてください。ただし、支えすぎて折れないこと」
「……了解しました」
もう、その言葉に反発する気はなかった。
昨日までなら、誰かを助けられるなら多少の無理は仕方がないと思っていたかもしれない。
でも、今は違う。
自分が戻らなければ、その次に助けられるものもなくなる。
「神宮寺真白、JM-01。A-01中央後方より遊撃支援を担当します」
「よろしい」
伊隅大尉が頷いた。
「では最後に、通信識別を確認する」
画面のJM-01表示が切り替わる。
新しい文字列が現れた。
WHITE-0。
「神宮寺少佐。明日の作戦中、JM-01のコールサインは――ホワイト・ゼロとします」
「……ホワイト・ゼロ」
思わず繰り返した。
白い。
ゼロ。
「なんというか……少し格好よすぎませんか?」
一瞬の沈黙。
水月中尉が吹き出した。
「今さら!? 白い制服着て、白線入りの不知火に乗る少佐殿が何言ってんのよ」
「自分で決めたわけじゃないです」
「でも似合ってるわよ」
宗像中尉も笑う。
「通信でも聞き取りやすい。悪くないと思うけどね」
「登録上も問題ありません」
遙中尉が端末を操作する。
夕呼が壁際から口を挟んだ。
「白いし、ゼロから始めるんだからちょうどいいでしょ」
「ゼロから……」
その言葉だけが残った。
この世界に、自分の過去はない。
戸籍も軍歴も、この世界で積み上げてきた人生も。
それでも今は、ここにいる。
誰かの代わりとしてではなく。
白銀武のいない世界で、神宮寺真白として始める。
ゼロ。
「JM-01、コールサイン――ホワイト・ゼロ。登録完了しました」
遙中尉の声と同時に、画面の白いマーカーへ名前が付いた。
WHITE-0。
明日の戦場では、そう呼ばれる。
「……了解しました」
一度息を吸う。
「ホワイト・ゼロ、了解です」
「ホワイト・ゼロ」
水月中尉が試すように呼んだ。
「はい?」
「前に出すぎたら、こっちから引っ張るから」
「水月中尉も出すぎたら、自分が戻します」
「うわ、言うようになった」
「二人とも前へ出すぎなければ済む話です」
遙中尉の一言で、水月中尉が黙った。
自分も何も言えなかった。
「遙」
伊隅大尉が呼ぶ。
「JM-01の帰還線管理は、あなたを中心に」
「了解しました」
遙中尉が自分へ向き直る。
「ホワイト・ゼロが遊撃に出た場合、復帰経路はこちらで常時更新します」
「お願いします」
「ルートを出したら従ってください」
「はい」
「迷わずに」
「……はい」
少し強調された。
「救うために前へ出るのが少佐の仕事なら、戻るのも少佐の仕事です」
「分かりました」
一拍置く。
「実行します」
遙中尉は、それでようやく小さく頷いた。
◇
11月10日 夜
横浜基地・A-01控室
<< 神宮寺 真白 >>
最終確認を終えたA-01は、控室へ移動していた。
装備、通信コード、携行品、強化装備。
出撃前の準備は驚くほど地味だ。
本物の戦場へ行く直前なのに、やることは一つずつ決まっている。
「リベロねぇ」
壁にもたれた水月中尉が、まだその言葉を気にしていた。
「そんなにおかしいですか?」
「逆。似合ってるなって」
「どういう意味でしょう」
「自分が前に出たいくせに、結局周りが気になってあちこち走り回るところ」
「……否定しづらいです」
「でしょ?」
水月中尉が笑った。
宗像中尉が装備を確認しながら口を挟む。
「まあ、白い火消し役ってのは覚えやすいよ」
「火消し役なのに燃えるのは禁止だそうです」
「それは絶対守った方がいいね」
「神宮寺少佐」
風間少尉が端末を差し出した。
「JM-01の支援用データを同期しました。高負荷抑制制御の状態と、緊急解除ログはこちらでも確認できます」
「ありがとうございます」
「解除しないで済むことが最善です」
「はい」
「ですが、使う可能性を無視して支援計画を立てる方が危険です」
淡々とした言葉だった。
切り札を持つ。
だからといって、使う前提で戦うわけではない。
それでも必要になった時のことは考えておく。
「分かりました」
端末を受け取る。
ふと、少し離れた場所にいた茜少尉と目が合った。
すぐに背筋が伸びる。
「茜少尉」
「は、はい!」
「……緊張していますか?」
一瞬だけ口を閉じた。
「……しています」
今度は「大丈夫です」と言わなかった。
「怖いです」
「自分もです」
「少佐も?」
「はい」
茜少尉が少しだけ目を丸くした。
「なんだか……少し安心しました」
「安心していいところでしょうか」
「少佐でも怖いなら、私が怖くてもおかしくないって思えるので」
なるほど。
「おかしくありません」
そう答えると、茜少尉が小さく笑った。
「でも、帰ってきます」
「はい」
「少佐も」
「戻ります」
それ以上は言わなかった。
約束は、もう何度もした。
今度は実行する番だ。
「A-01、聞いてください」
伊隅大尉の声で全員が振り向いた。
「明日は初めてXM3を実戦へ投入します。帝国軍との連携も、JM-01の運用も、予定通りに進む保証はありません」
一人ずつ見渡す。
「だからこそ、優先順位を忘れないこと」
防衛線。
帰還線。
互いの位置。
「全員で出て、全員で帰る」
水月中尉が口元を上げた。
「伊隅戦乙女隊ですからね」
「その通り」
伊隅大尉は頷き、それから自分を見る。
「神宮寺少佐」
「はい」
「明日の作戦中、少佐もA-01の一員として扱います」
一瞬、意味を飲み込めなかった。
「……自分も?」
「正式所属という意味ではありません」
伊隅大尉の表情が少しだけ柔らかくなる。
「同じ隊形で戦い、同じ帰還線を使う以上、任務中は我々の一部です」
「逃げられないわよ、少佐殿」
水月中尉が笑う。
「リベロだってチームの一人だからね」
宗像中尉も続けた。
「帰還管理にも、正式に入っています」
遙中尉は真顔だ。
「それは何だか怖いですね」
「逃がしません」
「もっと怖くなりました」
控室に小さな笑いが起きた。
ここへ来た時、自分は何者でもなかった。
この世界に経歴すらない、突然現れた異物。
それでも明日は、同じ隊形の中に自分の場所がある。
「……ありがとうございます」
頭を下げる。
「明日、自分はA-01のリベロとして動きます」
顔を上げた。
「誰かが戻れなくなりそうなら、戻る道を作ります」
そして今度は、自分のことも忘れない。
「自分も、その道を使って帰ります」
「そうしてください」
伊隅大尉が答えた。
「我々も、ホワイト・ゼロを帰還させます」
初めて、伊隅大尉の口からその名を聞いた。
不思議な感覚だった。
少しだけ。
本当に明日の自分になった気がした。
◇
11月10日 夜
横浜基地・訓練校舎前通路
<< 神宮寺 真白 >>
控室を出たところで、まりもさんに呼び止められた。
「神宮寺少佐」
「まりもさん」
「少し、よろしいですか」
「はい」
二人で通路の端へ移動する。
「明日、新潟へ出るのですね」
「はい」
「A-01と共に、JM-01で」
「はい」
短い確認だった。
まりもさんは少しだけ息を吐く。
「本当なら、止めたいところです」
すぐには返事ができなかった。
「あなたは正規の衛士として積み重ねてきた時間が短い。それに対して、背負っているものが多すぎます」
「……はい」
「ですが、止めても行くのでしょう」
「はい」
「でしょうね」
困ったように笑う。
「ですから、細かいことは言いません。伊隅大尉と涼宮中尉の判断を信じてください」
「分かりました」
「特に、帰還指示が出た時は」
「従います」
まりもさんが少しだけ目を細める。
「即答できるようになりましたね」
「最近、色々な人に言われましたから」
「良い傾向です」
一度、会話が途切れた。
まりもさんはそのまま帰るのかと思った。
けれど。
「それと、少佐」
「はい」
「あなたが私に何かを隠している件ですが」
身体が硬くなった。
以前、まりもさんから向けられた問い。
まだ答えていない。
「今は聞きません」
「……え?」
「明日前線へ出る人間へ、これ以上荷物を増やす必要はありませんから」
まりもさんは真っすぐこちらを見た。
「ただし、帰還後に話してください」
「……はい」
「謝る必要があるなら、その時に」
胸の奥が少し詰まった。
「約束できますか?」
「はい」
今度は迷わなかった。
「帰ってきて、話します」
「分かりました」
それだけで、まりもさんは納得した。
「では、今日は休みなさい」
「まりもさんも休んでください」
「私はまだ仕事があります」
「それ、自分が言ったら怒られますよね」
「私は教官です」
「ずるいです」
「大人はずるいものです」
少しだけ笑った。
まりもさんも、ほんのわずかに表情を緩める。
「行ってらっしゃい、とはまだ言いません」
「……はい」
「明日、改めて」
「分かりました」
明日。
その言葉を聞いても、さっきほど胸は重くならなかった。
◇
11月10日 深夜
横浜基地・格納庫
<< 神宮寺 真白 >>
眠る前に、もう一度だけJM-01を見に来た。
白い識別ラインの入った不知火。
明日、自分が乗る機体。
画面の端末には、新しく登録された識別名が表示されている。
WHITE-0。
ホワイト・ゼロ。
「……まだ慣れないな」
小さく呟く。
でも、悪くはなかった。
白銀武の代わりでもなく。
白き少佐という噂でもなく。
戦場でA-01と共に動く自分の名前。
前衛ではない。
英雄になるための配置でもない。
崩れかけた場所へ入り、穴を塞いで、帰還線へ戻る。
誰かを戻すために動く。
その自分も、ちゃんと戻る。
昨日まで、帰ってこいと言われるたびに少し苦しかった。
自分にそこまでの価値があるのか分からなかったからだ。
でも、今は少しだけ違う。
価値があるから帰るわけではない。
待っている人がいるから帰る。
それで十分なのだと思う。
JM-01を見上げる。
「明日は、よろしくお願いします」
当然、返事はない。
それでも続ける。
「無茶しそうになったら……止めてください」
高負荷抑制制御。
白い刃を壊さないために、先に作られた鞘。
明日、その意味が本物の戦場で試される。
端末に表示された文字を、もう一度見る。
ホワイト・ゼロ。
ゼロから始まった名前。
でも、もう何もないわけではない。
A-01の隊形には、自分の位置がある。
帰還線もある。
帰った後に果たす約束もある。
「……行って、戻る」
それだけだ。
戦う。
支える。
戻る。
明日は、それを実行する。
新潟防衛戦まで、あと数時間。
白いマーカーには、もう名前が付いていた。
――ホワイト・ゼロ。
第31話「ホワイト・ゼロ」 END
なんかめっちゃかっこいい、コールサインになりました…