マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜   作:きのこ大三元

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やっと初めての実戦となります…長かったです…


第32話「新潟出撃」

11月11日 未明

横浜基地・居住区

<< 神宮寺 真白 >>

 

 目が覚めた時、部屋の中はまだ暗かった。警報は鳴っていない。それでも廊下を行き交う足音と、遠くで動き始めた機械の音が、普段の夜明け前とは明らかに違っている。

 

 横浜基地はもう、新潟へ向けて動き始めていた。

 

「……今日か」

 

 時計を確認し、身体を起こす。

 

 11月11日。

 

 何度も資料で見た日付だった。佐渡島方面のBETA活動兆候と帝国側からの観測情報を基に、A-01は本格接敵前に新潟後方へ展開する。現地到着後は帝国軍防衛線と配置を合わせ、そのまま即応待機へ入る予定だ。

 

 昨日まで作戦図の上にあったものが、今日から現実になる。

 

 机の上には、小さなモアイが置かれていた。

 

 左近。

 

 情報省の男から渡された、微妙に怪しい記念品だ。

 

「……本当に持っていくのか、これ」

 

 自分で言っておいて少し迷ったが、結局手に取った。変な置物には違いない。それでも今は、この妙な重さが自分を現実へ引き戻してくれる。

 

 霞の部屋には、207Bが持ち帰った貝殻がある。月詠さんとは模擬戦の約束をしたし、まりもさんには帰った後に話すことがある。京塚のおばちゃんの食堂にも、また行きたい。

 

 帰れば、その全部が待っている。

 

 そう考えると、身体の震えが消えるわけではないのに、不思議と立っていられた。

 

 強化装備へ着替え、通信端末、認証タグ、手袋、携行品を順番に確認する。確認項目は増やしすぎない。この前、弥生中尉が若手組へ言っていたことを思い出し、最後にモアイを胸ポケットへ入れた。

 

「……行こう」

 

 今日は、神宮寺真白としてだけではない。

 

 ホワイト・ゼロとして、初めて戦場へ向かう。

 

 

11月11日 未明

横浜基地・格納庫

<< 神宮寺 真白 >>

 

 格納庫は、事前命令で動く基地特有の静かな緊張に包まれていた。整備員が行き交い、低床搬送車の固定フレームが展開されている。跳躍ユニット、燃料系統、機体固定、通信車とのデータ同期――誰も大声を上げてはいないが、一つの確認も雑には流されていない。

 

 A-01の不知火も、一機ずつ搬送状態へ移されていく。

 

 XM3搭載機。

 

 シミュレーターでは何度も動かした。実機訓練も重ねてきた。それでも今日、初めて本物のBETAを相手に使われる。

 

「神宮寺少佐」

 

 振り返ると、浪花千歳さんが端末を抱えて立っていた。目元には疲労が残っているものの、整備担当としての目だけはいつも通り鋭い。

 

「JM-01、最終チェック終わりました」

「ありがとうございます」

 

 その背後には、白い識別ラインの入った不知火が立っている。

 

 JM-01。

 

 A-01預かりのXM3評価用不知火であり、自分向けの調整と高負荷機動を抑える暫定制御が加えられた機体。

 

 まだ、白刃ではない。

 

「関節負荷、跳躍ユニット、XM3同期、通信系統。現状、全部許容範囲内です」

「はい」

「ただし、暫定制御は少佐を無敵にする仕組みやありません。無茶しても壊れへんようになるわけでもない」

「……はい」

 

 千歳さんは端末を閉じた。

 

「通常の抑制を越える必要が出たら、一時解除はできます。でも、前にも言いましたね」

 

 その目が細くなる。

 

「解除は必殺技やない。借金です」

 

 機体の余裕を先に使えば、その代償は後で返ってくる。解除後は必ず点検し、状況次第では戦闘途中でも離脱する。それが暫定制御を入れる条件でもあった。

 

「了解しました」

「それと、機体を返してください」

 

 自分はJM-01を見上げた。

 

「整備班は、戻ってきた機体しか直せません。だから、少佐も一緒に帰ってきてください」

「……はい」

 

 今回は「気をつけます」では済ませない。

 

「JM-01も、自分も戻します」

 

 千歳さんは少しだけこちらを見て、それから頷いた。

 

「よろしい」

「帰ってきたら、怒られる覚悟もしておきます」

「何で最初から怒られる前提なんです?」

「少しくらい壊す気がして」

「縁起でもないこと言わんといてください」

 

 思わず笑うと、千歳さんも呆れながら少しだけ笑った。

 

「まあ、帰ってきたらいくらでも怒ります」

「お願いします」

「そこはお願いするところやないですよ」

 

 ほんの短いやり取りだったが、格納庫に張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。

 

 

11月11日 未明

横浜基地・格納庫

<< 神宮寺 真白 >>

 

 A-01も出発準備へ入っていた。

 

「各機、搬送固定後も現地受領チェックを継続。展開地点到着後、即応体制へ移行する」

『了解』

 

 伊隅大尉の指示に各員が短く応じる。水月中尉はいつもより口数が少ないが、表情に迷いはない。

 

「いよいよね」

「まだ移動前だよ、水月」

 

 遙中尉は端末へ目を落としたまま返した。

 

「分かってるって」

 

 少し離れたところでは、風間少尉がJM-01の支援データを確認している。

 

「ホワイト・ゼロの制御ログ、同期完了しました。現地到着後、再同期します」

「ありがとうございます。お願いします」

 

 その呼び名にも、まだ少しだけ反応が遅れる。

 

 ホワイト・ゼロ。

 

 昨日決まったばかりの名前だ。

 

「神宮寺少佐」

 

 今度は茜少尉だった。表情は少し硬い。

 

「昨日言ったこと、覚えていますか?」

「帰ってくる、ですか」

「はい」

「覚えています」

「……私も覚えています」

 

 茜少尉は自分の機体を見上げた。

 

「怖いです。でも、行きます」

「自分もです」

 

 一瞬だけこちらを見て、それから小さく息を吸う。

 

「なら……向こうで会いましょう」

 

 意外な言葉だった。

 

 帰ってきてください、ではない。同じ戦場へ向かう衛士として、次に会う場所を決める言葉だ。

 

「……はい」

 

 自分も少し笑った。

 

「新潟で」

 

 

11月11日 未明

横浜基地・格納庫端

<< 神宮寺 真白 >>

 

「神宮寺少佐」

 

 聞き慣れた声に振り返ると、まりもさんが立っていた。南の島から戻ったばかりで疲労が残っているはずなのに、制服を整え、いつもの姿勢でこちらを見ている。

 

「まりもさん」

「見送りくらいはさせてください」

「昨日も休んでくださいって言いましたよね」

「聞きませんでした」

「やっぱり……」

 

 少しだけ笑うと、まりもさんもごくわずかに表情を緩めた。ただ、それもすぐに教官の顔へ戻る。

 

「神宮寺少佐」

「はい」

「生きて帰ってきなさい。これは命令です」

 

 昨日の「お願い」とは違う。

 

 胸の奥が熱くなった。

 

「……了解しました。必ず帰還します」

「よろしい」

 

 まりもさんは、それ以上付け足さなかった。昨日までに、もう十分話している。

 

「行ってらっしゃい、神宮寺少佐」

 

 昨日は言わなかった言葉だった。

 

「……はい」

 

 敬礼する。

 

「行ってきます、まりもさん」

 

 返礼が返ってきた。

 

 その後ろから、207Bの五人も近づいてくる。前日の演習帰りの疲れは残っていたが、全員が揃っていた。

 

 千鶴さんが一歩前へ出る。

 

「神宮寺少佐。ご武運を」

「ありがとうございます、榊さん」

 

 冥夜も静かに続いた。

 

「御帰還を、お待ちしております」

「はい」

 

 彩峰さんは少しだけ視線を外す。

 

「……戻ってきて」

「戻ります」

 

 たまは何か言おうとして、結局両手を握った。

 

「少佐……頑張ってください」

「ありがとう、たま」

 

 最後に美琴さんがこちらを見る。

 

「真白さん。貝殻、渡せた?」

「ちゃんと渡しました」

「どうだった?」

「耳に当ててました。最初、『ごわごわ~』って」

 

 美琴さんが目を丸くした。

 

「……かわいい」

 

 横で千鶴さんが眉を寄せる。

 

「鎧衣。何の話なの?」

「あ、えっと……お土産の話」

「それは分かっています」

 

 まだ207Bへ霞のことを詳しく説明する必要はない。

 

 美琴さんは千鶴さんを軽く流し、自分へ笑った。

 

「帰ってきたら、続き聞かせてよ」

「はい」

「約束ね」

「約束です」

 

 それくらいでよかった。次に話す予定が一つ残っているだけで、十分だった。

 

 自分は五人へ敬礼する。

 

「皆さんも、昨日は無事に帰ってきてくれてありがとうございました。今度は、自分の番です」

 

 五人が少しだけ驚いた顔をする。

 

「行ってきます」

 

 今度は五人から返礼が返ってきた。

 

 

11月11日 未明

横浜基地・格納庫奥

<< 神宮寺 真白 >>

 

 少し離れた場所には霞がいた。人の輪へ入り込まず、いつものように静かにこちらを見ている。

 

 自分から歩み寄った。

 

「霞」

「はい」

「来てくれたんですね」

「はい」

 

 昨夜、もう約束はした。

 

 だから、同じ言葉を重ねる必要はない。

 

「行ってきます」

 

 霞が小さく頷く。

 

「はい。待っています」

 

「……うん」

 

 それだけで十分だった。

 

 

11月11日 未明

横浜基地・格納庫

<< 神宮寺 真白 >>

 

「ずいぶん盛大な見送りね」

 

 最後に現れたのは夕呼だった。白衣のポケットへ手を入れ、ピアティフ中尉を従えて格納庫へ入ってくる。

 

「準備は?」

「完了しています」

「怖い?」

「怖いです」

「よろしい」

「それ、やっぱり正解なんですか?」

「怖くないって言い始めるよりはね」

 

 夕呼はJM-01を見上げ、それからこちらへ視線を戻した。

 

「真白。あんたの仕事は英雄になることじゃない。戦線が崩れそうな場所を支えて、XM3の実戦データを持ち帰る。それからA-01と一緒に帰還する」

「はい」

 

「未来を知ってるからって、自分だけで先回りしないこと。知識じゃなく、目の前の現実を見なさい」

「了解しました」

「ならいいわ」

 

 そこで夕呼の視線が胸ポケットへ落ちた。

 

「……それ、持っていくの?」

「左近です」

「名前じゃなくてモアイの話よ」

「お守り代わりに」

 

 呆れたようにため息を吐く。

 

「物好きね」

「左近さんからもらったので」

「そこが一番不安なんだけど」

 

 少しだけ、いつもの夕呼だった。

 

 その時、搬送管制の放送が格納庫へ響く。

 

『A-01各機、搬送固定完了。JM-01、固定確認。衛士各員、随伴車両へ移動してください』

 

 空気が変わった。

 

「A-01、移動開始」

 

 伊隅大尉の声と同時に、隊員たちが一斉に動き出す。

 

 自分もJM-01を見上げた。現地までは機体ごと陸路搬送され、あれに乗り込むのは新潟へ着いてからだ。

 

 本当に行くのだと実感した瞬間、胸の奥が震えた。

 

「真白」

「はい」

「行ってきなさい」

 

 いつもの名前で呼んだ後、夕呼は少しだけ声を強めた。

 

「――ホワイト・ゼロ」

 

 出撃する者として呼ばれた瞬間、自然と背筋が伸びた。

 

「……はい」

 

 敬礼する。

 

「ホワイト・ゼロ、行ってきます」

 

 

11月11日 未明

横浜基地・随伴装甲輸送車

<< 神宮寺 真白 >>

 

 随伴装甲輸送車の中は狭く、金属と装備の匂いが籠もっていた。A-01各員が座席へ身体を固定し、通信回線を確認している。

 

 車外には搬送車へ固定された不知火とJM-01が並び、その後方には整備車両、通信車両、補給車両が続いていた。

 

「ホワイト・ゼロ」

 

 水月中尉に呼ばれる。

 

「はい」

「まだ慣れてない顔ね」

「昨日決まったばかりですから」

「今日中には嫌でも慣れるわよ」

「そうですね……」

 

「速瀬、あまり緊張させないで」

 

 遙中尉が端末越しに口を挟んだ。

 

「別にしてないわよ」

「してます」

 

 そのままこちらを見る。

 

「ホワイト・ゼロ。帰還経路はこちらで随時更新します。指示が出た場合は?」

「従います。実行します」

「よろしいです」

 

 水月中尉が笑った。

 

「完全に調教されてるわね」

「水月」

「はいはい」

 

 車内に小さな笑いが起こったが、伊隅大尉が通信回線を開くと空気はすぐに切り替わった。

 

「A-01、通信識別最終確認」

 

『ヴァルキリー1、伊隅。良好』

『ヴァルキリー2、速瀬。良好』

『ヴァルキリー3、宗像。良好』

『ヴァルキリー4、風間。良好』

『ヴァルキリー5、如月。良好』

『ヴァルキリー6、弥生。良好』

『ヴァルキリー7、臼杵。良好』

『ヴァルキリー8、涼宮茜。良好』

『ヴァルキリー9、柏木。良好』

『ヴァルキリー10、築地。良好』

『ヴァルキリー11、高原。良好』

『ヴァルキリー12、麻倉。良好』

『ヴァルキリーCP、涼宮遙。全回線良好』

 

 順番がこちらへ来た。

 

 小さく息を吸う。

 

「ホワイト・ゼロ、神宮寺。通信良好」

 

 昨日までは画面の中に表示されていただけの名前が、今はA-01の通信回線の中にある。

 

『確認』

 

 伊隅大尉がそのまま任務を読み上げる。

 

『現地到着後、帝国軍防衛線と同期。XM3の実戦評価、防衛線支援、ホワイト・ゼロの遊撃支援。BETA捕獲は状況が許した場合のみ』

 

 一拍。

 

『最優先は変わらない。全員で出て、全員で帰る』

 

『了解』

 

 声が重なり、自分もそこへ続いた。

 

「了解」

 

 やがてハッチが閉じ、外から差し込んでいた光が細くなって遮られる。直後、車体を通して低い振動が伝わってきた。

 

 車列が動き始めた。

 

 小さな窓の向こうを、横浜基地の施設がゆっくり流れていく。

 

 食堂や居住区。格納庫。B19フロアのある地下へ続く施設。

 

 昨日までは、それらをただ基地の一部として見ていた。

 

 今は違う。

 

 ここへ帰ってくる。

 

 胸ポケットの中でモアイが小さく揺れた。

 

 基地の門が近づくほど、怖さはむしろはっきりしていく。それでも、その感覚を消そうとは思わなかった。

 

「……行って、戻る」

 

 自分にだけ聞こえる声で呟く。

 

 車列が正門を抜けると、横浜基地の灯りが少しずつ遠ざかっていった。東の空はまだ暗いが、夜の端にはわずかに朝の色が混じり始めている。

 

 横浜で準備してきたA-01、XM3、JM-01。そしてホワイト・ゼロ。

 

 そのすべてが、初めて本物の戦場へ向かう。

 

 新潟へ。

 

 帰る場所を、背中に残して。

 

第32話「新潟出撃」 END

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