マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
11月11日 午前7時08分
新潟戦域・第一次防衛線
<< 神宮寺 真白 >>
『……第二波です』
遙中尉の声と同時に、戦域図の奥へ新しい赤い反応が浮かび始めた。
ほんの数秒前まで、自分は最初の8分を越えたことに安堵していた。
A-01は全機健在。帝国軍の防衛線も辛うじて維持され、自分も青い帰還線へ戻ってこられた。
けれど、戦場はこちらの区切りなど待ってくれない。
『後続反応、さらに増加。大型反応を複数確認』
網膜投影の縮尺が切り替わる。
赤い反応の一つ一つが、明らかに大きい。
「……要塞級」
喉が乾いた。
六本の脚で巨体を支え、その上から伸びる長大な衝角。戦術機を正面から押し潰せるだけの質量を持ち、その進路そのものが防衛線を破壊するBETA。
何度も資料で見た。
ゲームや映像でも知っている。
それでも、戦域図の中で実際にこちらへ近づいてくる赤い反応は、知識とはまるで重さが違った。
そして、そのさらに後方。
別種の反応が増えている。
『光線属種、反応確認』
一瞬、通信が静まった。
『光線級。さらに大型反応――重光線級の可能性あり』
背筋が冷える。
光線級。
重光線級。
人類から空を奪ったBETA。
航空機だけではない。戦術機が跳躍して高度を取ることすら、相手へ射線を与える行為に変える存在だ。
『A-01、聞いて』
伊隅大尉の声が、部隊回線を締める。
『ここから戦い方を変えます。跳躍高度を抑え、地形遮蔽を優先。独断で高度を取らないこと』
『了解』
『ヴァルキリーCP、レーザー照射可能域を表示』
『了解しました』
戦域図へ赤い扇状の範囲が次々と追加される。
それまで使えていた経路が、目に見えて減っていく。
XM3がある。
従来より素早く動ける。
それでも、その速さを空へ逃げるために使えば、光線級に撃ち抜かれる。
『ヴァルキリー6』
『はい』
『危険域の変化を常時読み上げて』
『了解。レーザー射線と帰還線、両方見ます』
『ヴァルキリー5。若手組へ低高度機動を再確認』
『了解。柏木、築地、高原、麻倉。跳ぶ前に見る。遮蔽物を切らさないこと』
『了解!』
如月中尉の声が若手組をまとめる。
初めて見る光線級が怖いのは、自分だけではない。
それでもA-01の隊形は崩れなかった。
『ホワイト・ゼロ』
「はい」
『配置維持。まだ動くな』
「了解しました」
危険な敵が見えた瞬間、先に潰さなければという考えが頭をよぎる。
以前なら、そのまま動いていたかもしれない。
だが今は待つ。
知っている未来ではなく、現在の戦場を見る。
◇
11月11日 午前7時10分
新潟戦域・第一次防衛線
<< 伊隅 みちる >>
第二波は、第一波とは性質が違っていた。
要塞級が増えれば、防衛線へ加わる圧力そのものが変わる。さらに後方へ光線属種が展開すれば、戦術機の立体機動は一気に制限される。
XM3がどれだけ優秀でも、レーザーへ正面から晒せば意味はない。
速さが増したからこそ、使う場所を誤ってはいけなかった。
「ヴァルキリーCP。帝国側のレーザー属種対応は」
『第12師団より共有。砲兵隊が座標更新中。前衛戦術機隊も照射域を避けて再配置中です』
「こちらも合わせます」
伊隅は戦域図を拡大した。
第一波で押された右翼側には、まだ帝国軍機が散在している。中央は持っているものの、要塞級の進路次第では防衛線そのものが押し割られかねない。
その後方には光線属種。
あれを放置すれば、攻撃だけでなく撤退時の選択肢まで削られていく。
『ヴァルキリー1』
弥生の声が入る。
『右後方の光線級群、まだ本格照射体勢には入っていません。要塞級の影と地形を使えば、地上経路は残ります』
「距離は」
『現位置から約2.3km。ただし途中に戦車級、要撃級多数』
遙が続けた。
『A-01本隊から直接レーザー属種へ向かうのは推奨しません。中央支援が薄くなります』
「同意します」
危険な敵だからといって、A-01が全部を処理する必要はない。
「帝国軍砲撃を待つ。A-01は中央維持」
『了解』
戦域図の中で、ホワイト・ゼロの白いマーカーは動いていない。
神宮寺少佐も待てている。
第一波では、救える相手を見るたびに前へ出ようとしていた。
今は命令を待っている。
それでいい。
その判断を続けられるなら、ホワイト・ゼロは使える。
そして、生きて戻せる。
◇
11月11日 午前7時12分
新潟戦域・第一次防衛線
<< 神宮寺 真白 >>
要塞級が近づいてくる。
分かっていたはずなのに、実物を見た瞬間の感覚はまるで違った。
周囲の戦車級や要撃級まで小さく見えるほどの巨体。六本の脚が地面へ叩きつけられるたび、離れた場所にいるJM-01のコクピットにも震動が伝わってくる。
あれが防衛線へ届けば、敵が一体増えるという程度では済まない。
防衛線ごと押し潰される。
『要塞級、中央正面へ進行』
風間少尉の報告。
『帝国軍砲撃、集中開始』
直後、要塞級の周囲へ砲弾が降り注いだ。
爆炎と土煙が巨体を覆い隠す。
それでも、戦域図の赤い反応は消えない。
『一体、健在』
「硬い……」
『当然よ』
水月中尉が返す。
『簡単に沈んでくれたら、こっちも苦労しないって』
軽口を叩いていても、水月機は不用意に前へ出ない。
その時だった。
『レーザー警報!』
鋭い警告音がコクピットへ響く。
戦域図へ赤い照射予測線が走った。
『全機、低高度!』
伊隅大尉の声。
反射的に操縦桿を倒す。
JM-01を建物の残骸へ滑り込ませ、その陰へ機体を沈める。
次の瞬間。
遠くの空気が、白く焼けた。
音より先に光が走った。
数百メートル先を飛んでいた帝国軍の無人観測機が、一瞬だけ白く輝き、そのまま消える。
「……っ」
炎上する暇すらなかった。
光った。
そして、なくなった。
知っている。
光線級が何をするBETAなのかは知っている。
けれど、知っていることと、その光を目の前で見ることはまるで違った。
操縦桿を握る指が固まる。
『ホワイト・ゼロ』
遙中尉の声が入った。
「……はい」
『止まらないでください。現在の射線は外れています』
視界へ新しい青線が表示される。
『次の遮蔽物まで移動可能です』
「了解」
JM-01を低く走らせる。
跳ばない。
高く出ない。
瓦礫と地形を一つずつ繋ぎながら、次の遮蔽物へ移る。
XM3ならもっと速く動ける。
けれど今は、速ければいいのではない。
撃たれない場所を、素早く繋ぐ。
それが必要だった。
『ヴァルキリー1より各機。低高度維持。第二波に備える』
『了解』
返答を重ねながら、戦域図を見直す。
要塞級が前へ出る。
その後ろでは、光線属種が空を閉ざしている。
死の八分を越えれば、少しは楽になると思っていた。
甘かった。
第一波を越えた先には、第一波とは違う戦場が待っていた。
その時、遙中尉の声が再び入る。
『ヴァルキリーCPよりヴァルキリー1。帝国軍右翼、防衛線に乱れ』
戦域図の右側で、黄色の味方反応が後退し始める。
『複数機、後退遅延』
伊隅大尉の声が低くなった。
『詳細を』
新しい赤い反応が、帝国軍右翼へ流れ込んでいく。
自分はその光景を見ながら、操縦桿を握り直した。
今度は勝手に出ない。
必要なら、呼ばれる。
その時に動く。
戦場の右端で、新しい火の手が上がり始めていた。
第34話「第二波」 END