マブラヴ・インサート 〜白き少佐の因果強化計画〜 作:きのこ大三元
11月11日 午前7時15分
新潟戦域・帝国軍右翼第二防衛線
<< 神宮寺 真白 >>
戦域図の右側で、帝国軍を示す黄色の反応がじわじわと後退していた。
第二波の圧力を受け、第12師団右翼の一部に乱れが生じている。まだ防衛線そのものが崩れたわけではないが、戦車級が退路へ流れ込み始め、このまま放置すれば後退中の部隊が分断される。
夕呼副司令からの事前警告によって退路は本来より早く整えられていた。
だから、まだ間に合う。
『ヴァルキリーCPよりヴァルキリー1。帝国軍右翼第二小隊、後退遅延。戦車級群が退路へ流入。このままでは3分以内に閉鎖されます』
『ヴァルキリー4よりヴァルキリー1。後続に要撃級2、突撃級1。右翼側面圧力上昇』
風間少尉の報告を受け、伊隅大尉はすぐに判断を返した。
『ヴァルキリー2、3、右翼支援。ホワイト・ゼロは待機』
「……了解」
待機。
戦域図には、後退から遅れた帝国軍不知火が一機映っている。瓦礫に脚を取られ、その周囲へ戦車級の赤い反応が少しずつ集まり始めていた。
今なら、自分が行けば間に合うかもしれない。
そう考えた途端、呼吸が浅くなる。
『ホワイト・ゼロ』
遙中尉の声だった。
『呼吸が乱れています』
「……見えています」
『はい』
「自分が行けば、間に合うかもしれません」
『ですが、ヴァルキリー2と3が既に向かっています』
「……はい」
短い沈黙のあと、遙中尉が静かに続けた。
『少佐は、全ての火元へ同時には行けません』
分かっている。
見えているもの全てへ自分が飛び込めば、今度はホワイト・ゼロが受け持つ場所に別の穴が開く。助けられるかどうかだけではなく、誰が助けに行くべきかまで見なければならない。
『ホワイト・ゼロ』
伊隅大尉の声が入る。
『待て』
「……了解」
操縦桿を握っていた指から力を抜いた。
水月中尉の不知火が低く右翼へ滑り込み、退路へ集まった戦車級へ36ミリを叩き込む。その横では宗像中尉が撃破に固執せず、要撃級と突撃級の進路をずらしていた。
二人とも、敵を全て倒そうとはしていない。
帝国軍機が戻れる幅だけを作っていく。
『帝国軍右翼第二小隊、後退再開』
遙中尉の報告に、思わず息を吐いた。
「……戻れた」
自分が出なくても助けられた。
伊隅大尉が判断し、遙中尉が帰還線を管理する。水月中尉と宗像中尉だけではなく、A-01の全員がそれぞれの場所で戦っている。
未来を変えているのは、自分一人ではない。
その事実を、もう一度胸へ刻んだ。
直後だった。
『ヴァルキリー4よりヴァルキリー1。別方向より戦車級群流入。第二小隊後退線へ再接近。ヴァルキリー2、3の位置からは即応困難』
『こちらヴァルキリーCP。現在のままでは、帰還線は2分以内に閉鎖』
戦域図の別方向から、新しい赤い流れが伸びてくる。
『ヴァルキリー6よりヴァルキリー1。右翼の火元が二つへ分かれました。片方は前衛で処理できます。もう片方は、ホワイト・ゼロが最短です』
『ヴァルキリー5。中央若手組、維持できます』
如月中尉も続いた。
『ホワイト・ゼロの復帰線はこちらで空けます』
一拍。
『ホワイト・ゼロ』
今度は伊隅大尉から呼ばれた。
「はい」
『出られますか』
「可能です」
『目的は帝国軍第二小隊の退路確保。撃破数は追わない。制限2分、3手以内で戻れ』
「了解。ホワイト・ゼロ、右翼支援へ向かいます」
『ヴァルキリーCP、帰還線を』
『了解。ホワイト・ゼロ、青線表示。必ずここへ戻ってください』
視界に一本の青い線が走った。
前へ進むためではない。
戻ってくるための線だ。
「ホワイト・ゼロ、行きます」
JM-01を低く踏み出した。
◇
11月11日 午前7時17分
新潟戦域・右翼第二防衛線
<< 神宮寺 真白 >>
距離が縮まるにつれ、戦車級の群れは個体ではなく、地面を這う赤黒い流れに見えてきた。
帝国軍機の後退路へ入り込もうとする第一群へ、87式突撃砲から36ミリを短く撃ち込む。連射しすぎず、全部を倒そうともしない。
必要なのは殲滅ではなく、機体一機が通れる幅だ。
「第一群、掃討」
赤い流れが裂け、止まりかけていた黄色の反応が動き始める。
だが、その先から要撃級が踏み込んできた。
『ホワイト・ゼロ、右前方要撃級。ヴァルキリー4からの射線は遮られています』
「了解」
突撃砲を下げ、74式近接戦闘長刀を抜く。
本物のBETAを斬る感覚には、まだ慣れない。近づくだけで胃の奥が冷え、操縦桿を握る指が強張りそうになる。
「……怖いな、本当に」
小さく声へ出して、それでも手は止めなかった。
要撃級の前腕を斬り落とす必要はない。後退路から軌道を外せば、それで目的は達成できる。
JM-01を低く踏み込ませると、XM3が即座に入力を拾った。恐怖から過剰になりかけた機動へ暫定制御が介入し、機体の姿勢をわずかに抑える。
「落ち着け……」
振り下ろされる前腕の外へ半歩だけ滑る。
長刀を腕の付け根へ浅く入れると、切断には至らなかったものの、巨大な腕は帝国軍機から外れて地面を叩いた。
『帝国軍第二小隊、後退可能!』
「次……!」
今度は正面から突撃級が迫る。
旋回性能が低いことも、正面装甲が厚いことも知っていた。それでも実物の質量は、まるで壁そのものが走ってくるようだった。
「正面から受けない……!」
JM-01を側面へ滑らせる。
《警告。連続高負荷機動、1手目》
まだ一手。
長刀を装甲の継ぎ目へ叩き込む。撃破するのではなく、退路から進路を外すための一撃。
刃が装甲に弾かれ、右腕へ重い反動が返った。
《右腕部負荷上昇》
「っ……!」
それでも突撃級の巨体はわずかに向きを変え、帝国軍機の後退線から外れていった。
「戻ります!」
『待ってください。左後方、戦車級群』
遙中尉の声に視線を動かす。
別の帝国軍不知火へ、数体の戦車級が取りつこうとしていた。距離が近すぎて突撃砲を使えば味方まで巻き込みかねない。
「短刀……!」
65式近接戦闘短刀を引き抜き、脚部へ飛びつこうとした戦車級を横から払う。
嫌な衝撃が、機体を通して腕へ伝わってきた。
「う、あ……」
シミュレーターでは感じなかった、生々しい手応え。
それでも帝国軍機は姿勢を立て直し、後退を再開する。
『第二小隊、後退継続!』
『ホワイト・ゼロ、帰還線閉鎖まで20秒。即時復帰してください』
「了解!」
目的は果たした。
今度は自分が帰る番だ。
青い線へ向けてJM-01を反転させた直後、横から要撃級の前腕が迫る。
「っ!」
完全には避けきれない。
92式多目的追加装甲を左へ回す。
止めるな。
流せ。
前腕と追加装甲が激突し、コクピットが大きく揺れた。
《追加装甲 表層損傷》
《左肩部 負荷上昇》
衝撃を真正面から受けず、そのまま後退方向へ逃がす。
『少佐殿、こっち!』
水月中尉の不知火が横から要撃級を牽制した。
「はい!」
『右はこっちで押さえるよ』
宗像中尉の射撃が、復帰線へ流れ込もうとした戦車級を散らす。
『ホワイト・ゼロ、残り10秒。左へ流れすぎないでください』
弥生中尉が復帰位置を修正する。
『柏木、築地! 戻り道を空けたまま、前へ出ない!』
『了解!』
『了解です!』
如月中尉も中央を維持していた。
青い線が近づく。
JM-01がA-01の支援範囲へ滑り込んだ瞬間、止めていた息が一気に漏れた。
「……戻った」
『戻った、じゃないわよ。冷や冷やさせないで』
水月中尉の声は軽かったが、その奥には本気の心配が混じっている。
「すみません」
『謝罪は帰ってから』
伊隅大尉が割り込んだ。
『今は機体状況』
「右腕部負荷上昇。左肩部に負荷。追加装甲表層損傷。左膝関節にも軽微な負荷蓄積。戦闘継続可能です」
『ヴァルキリーCP』
『こちらでも確認。ホワイト・ゼロ、戦闘継続可能。ただし連続投入は推奨しません』
『了解』
水月中尉が小さく息を吐いた。
『ほら。もう機体に借金作ってるじゃない』
「浪花さんに怒られる理由が増えました……」
『帰ってからの予定が増えて何より』
宗像中尉の言葉に、少しだけ笑った。
帰ってから。
その予定があるうちは、戻らなければならない。
◇
11月11日 午前7時18分
新潟戦域・帝国軍右翼第二防衛線
<< 帝国軍衛士 >>
「何だ、今の国連機は……?」
後退を続ける帝国軍衛士は、網膜投影の端に映る白い不知火を見ていた。
白い識別ラインを持つ国連軍機は、高く跳ばず、BETAを無闇に追おうともしない。瓦礫や地形に機体を隠しながら崩れかけた場所へ入り、敵の流れをわずかにずらして味方が戻れる道だけを作る。
そして、目的を果たすとすぐに引いた。
撃破数だけなら、周囲のA-01機の方が多いだろう。
あの白い機体は、敵陣へ突っ込んで戦果を誇示するような衛士ではない。
それでも、さっきまで閉じかけていた退路は開いている。
『識別確認。国連軍JM-01』
僚機から通信が入った。
『コールサイン、ホワイト・ゼロ』
「ホワイト・ゼロ?」
『搭乗者は神宮寺真白少佐相当官。事前通達にあった横浜の人間だ』
「……白き少佐か」
名前だけなら聞いていた。
横浜基地の新型OSに関わり、白い制服を着た正体の掴めない少佐。
噂だけを聞けば、もっと派手に敵を薙ぎ払う人物を想像していた。
実際は違う。
前へ出て敵を倒し続けるのではなく、崩れかけた場所だけへ入り、味方が戻れば自分も戻る。
「……火消しみたいだな」
『何?』
「あの白い機体だ。燃えてる場所へ行って、広がる前に塞いでる」
少しの沈黙。
『白い火消しか』
別の衛士が呟いた。
『第12師団右翼、後退線再形成!』
『第二小隊、退避成功!』
通信へわずかな安堵が混じる。
帝国軍衛士はもう一度だけ、A-01の隊形へ戻っていく白い不知火を見た。
JM-01。
ホワイト・ゼロ。
何者なのかはまだ知らない。
ただ、閉じかけた退路を開き、こちら側へ人間を戻した。
今は、それだけで十分だった。
◇
11月11日 午前7時20分
新潟戦域・前線支援区域
<< 神宮寺 真白 >>
帝国軍右翼第二小隊は後退できた。
新潟防衛戦全体から見れば、ごく小さな結果だ。第二波を止めたわけでもなければ、押し寄せるBETAが目に見えて減ったわけでもない。
それでも、閉じかけていた退路が一つ繋がり、そこにいた人間が戻れた。
今の自分にとっては、それで十分だった。
『ヴァルキリーCPよりホワイト・ゼロ』
「はい」
『帝国軍通信内で、JM-01への言及が増えています』
「……自分に?」
『白い識別ラインの国連機、横浜の新型OS、白き少佐。それから――』
遙中尉がわずかに間を置いた。
『白い火消し、と』
「……白い火消し」
A-01の中で軽口として使われていた言葉が、今度は帝国軍側から返ってきた。
妙な感覚だった。
嬉しい、とは少し違う。
基地の外から、自分という存在が見え始めている。
胸ポケットに入れた小さなモアイを意識し、左近さんから言われたことを思い出す。
目立てば、見る人間が増える。
力を知りたい者も、それを利用したい者も現れる。
「……本当に、見られる側になったんだな」
小さく呟く。
しかし、今はその意味を考えている場合ではない。
『ヴァルキリーCPより各機。第二波、圧力継続。要塞級反応、さらに前進』
『ヴァルキリー4より各機。レーザー属種反応継続。高高度機動に注意』
戦域図の赤い反応は、まだこちらへ押し寄せている。
『A-01、隊形再編』
伊隅大尉の声が全体回線へ入った。
『ホワイト・ゼロ』
「はい」
『戦闘継続は可能ですか』
機体状態を確認する。
右腕部と左肩部に負荷。追加装甲表層損傷。推進剤消費もわずかに増えている。
その中に、一つだけ黄色い表示が残っていた。
《左膝関節 軽微負荷蓄積》
まだ危険域ではない。
動ける。
「ホワイト・ゼロ、戦闘継続可能です」
『了解。ただし、以降の遊撃はヴァルキリーCPの帰還線へ厳密に従ってください』
「了解しました」
『次の帰還線を表示します』
新しい青線が網膜投影へ描かれる。
その線を確認し、JM-01を中央後方のリベロ位置まで戻した。
「ホワイト・ゼロ、リベロ位置へ復帰。次の指示まで待機します」
『よろしい』
待てた。
必要になってから呼ばれ、指示された場所へ入り、目的を果たして帰還線へ戻った。
ホワイト・ゼロとして、初めて役割をきちんと果たせた気がした。
そして同時に、機体情報の隅には黄色い警告が残り続けている。
《左膝関節 軽微負荷蓄積》
今はまだ、小さな借金にすぎない。
次も同じように動いて、同じように戻ればいい。
この時の自分は、まだそう思っていた。
第35話「白い火消し役」 END