「……篠澤さん、生きていらっしゃいますの?……」
わたくしの力ない声がレッスン室に響く。
「うん……しゃべれるぐらいには……ね」
隣を見ると篠澤さんがうつ伏せに床に突っ伏していますわ。かく言うわたくしも倒れ込んでいるのですが。
「全然動けませんわ……」
「ままならない……ね」
わたくしはかろうじて顔を動かすことができますが、篠澤さんはびくともしません。なんでしょう、篠澤さんの美しい髪と合わさって……なんだか別の生き物みたいでちょっと可愛いですわ。
「千奈千奈、あとどれくらいで動けそう?」
「少なくともあと十分はお待ちくださいませ……」
二人して笑い合う。お互いに体力のなさは承知の上、ですからこうしてレッスン後も自主練習をしようと、しようと……。
「これじゃあ、自主練どころじゃない……ね」
そう、まだ二人ともレッスンから動けないだけなのですわ。自主練習どころじゃないのですわ。
「うわっなに? 死体?」
上から声をかけられる。冷たくても、少し心配そうな声色。
「あ、手毬も自主練? おそろいだね」
篠澤さんが嬉しそうに反応をする。
「月村さん、ごきげんようですわ……」
「あんたらそれどころじゃないでしょ……」
月村さんが呆れたように言っています。
「でもまぁ……少しは体力付いたんじゃない?」
月村さんのそのお言葉に二人とも嬉しく声を上げる。
「「ほんとう(ですの)? うれしい(ですわ)」」
今までのレッスンはすべて意味があったのだと思い、すぐにでもお礼をしたいのですが、まだ体が動きませんわ……。
「てか、なんでまだそのままなの?」
「ふふっそれはね」
「まだ体力が戻ってきていませんのですわ……」
「まったく、世話の焼ける……」
早くも何回目かわからないため息をつく月村さん。キュッと足音が鳴ったかと思うとすぐに止まりました。
そして急に脇に違和感が……。
「ひゃっ!?」
「うわっ軽っ」
わたくしの悲鳴とともに視界が広がる。わたくしの体は地に足を着けて立っておりました。どうやら月村さんが起こしてくださったみたいですわ。
「歩ける?」
「え? え、ええ。ありがとう、ございますの……」
そのままよたよたと壁に向かい、ぺたんと座る。
月村さんはそのまま篠澤さんをまたぎ始める。そしてそのまま両手を篠澤さんの両脇につっこみまして持ち上げました。
「うわっかっるっ」
「わぁ。力持ちだね、手毬」
「あんたらが軽すぎるだけ。立てる?」
「そのまま壁まで連れて行ってくれると助かる」
「しょうがないな……」
そう言いつつもわたくしの隣まで運んでくださる月村さん。
「えへへ、ありがと」
「手の掛かる」
そう言って背を向けて歩き出してしまう。
「わたくしたち、迷惑かけてばっかりですわね……」
「手毬の優しさに救われてる、ね」
本当に、月村さんは優しい方ですわとしみじみ感じます。
「ほらっ」
月村さんが帰ってきながらペットボトルを投げてくる。
「わひゃっ」
「わわ」
わたわたとしながらキャッチする。
「ありがとう、ございますわ」
「別に? その辺で倒れているのが目障りだっただけ」
プイッと顔を逸らす月村さん。
「やっぱり手毬は優しい、ね」
「ふふっ、そうですわね」
「なんで二人してにやついているの?」
目を細めてじっと見つめてくる月村さん。
「なんでもありませんわ」
「手毬手毬」
なぜか篠澤さんが月村さんにペットボトルを差し出す。どうしたんでしょう?
「は? 別に勝手にやっただけだからそんなーー」
「開けて」
「……は?」
キョトンとしている月村さんを差し置いて篠澤さんは恥ずかしそうに笑った。
「ちから、入らないから、ね」
「本当に世話の焼ける」
そう言いつつもペットボトルを受け取って開けてくださる。わたくしもいただきましょう。そうやって飲み口に手をおいてひねる。
「ぐぬぬ……ふぬぬ……」
あ、開きませんわー! わたくしも思っていた以上に疲弊しておりましたわー!
休憩もかねて顔を上げると腕を組んでいる月村さんと目が合う。わたくしはそっと差し出した。
「お、お手数をおかけしますわ……」
「別にいいけど……」
パキパキと気持ちのいい音が鳴り、再び返される。
「ありがとうございますわ」
口を付けるとスポーツドリンクの甘さがちょうどよく広がり、疲れた身体に染み渡るのがわかる。
「手毬手毬、ストローとかないの?」
「そこまでしないと飲めないの……」
「篠澤さん、そこまでお疲れなのですの!?」
「ふふっ冗談」
「はったおすよ?」
「千奈、手毬が怒ってる」
嬉しそうにこちらを見てくる篠澤さん。わたくしは首を横に振った。
「これは篠澤さんが悪いですわ……」
「手毬手毬、千奈が味方してくれない」
「むしろすると思ってた方が意外なんだけど……」
「ふふっ四面楚歌。ままならないね」
その声に月村さんと二人、ため息をついてしまう。
そのまま月村さんは後ろを向き、ぐっと背伸びしながら話しかけてくる。
「私はそろそろ始めるけど?」
「はい、わたくしも」
「休憩、終わり、だね」
二人して立ち上がり、月村さんの隣に並ぶ。
篠澤さんが肩をすくめながら首を傾げた。
「いいの? 手毬とレベル違うよ? 低い意味で」
「月村さんのお邪魔になるかもしれませんわ」
「別に。だってそれでもついてくるでしょ?」
月村さんがわたくしたちにニッと笑いかける。
「ええ! ええ!」
「手加減なしでよろしく、ね」
わたくしたちも笑顔で答える。
ああ、本当に素敵な人、優しい人に出会えたと思う。
そして、わたくしは最初のターンでこけた。