乙女ゲーの中で一人だけハクスラしてる奴 作:むりむりちきん
最近、体を動かすのが下手になってきた。何故かというと、ステータスをあげたことによって感覚に齟齬が生まれたからである。
ステータスをあげると身体能力や速度をお手軽に強化することができるが、短期間でステータスを強化しすぎると速度や腕力の感覚が変わって動きにくくなるのだ。
なので、リハビリのために今までとは別のダンジョンに行こうと思う。タイミングも丁度いいしな。
ゲーム世界では、ダンジョンの半分をクリアするとパーティー機能が解放される。そして、今の主人公は大体六割ほどダンジョンを踏破している。なので、ゲーム世界を参考にするともう他の人とパーティーを組んでいてもおかしくない。実際、最近では周囲の印象も改善されてきたようで、主人公にも話し相手ができている。
しかし、主人公は今のところ俺としかダンジョンに潜ってない。これはまずい。
何がまずいかと言えば、攻略対象との縁が無くなることだ。主人公と攻略対象が絆を深めるのにはダンジョンが必要不可欠なのである。
というわけで。
「今日から一緒にダンジョンに潜るのをやめます」
「…えっ?」
主人公が絶望顔になってしまった。そんなにショック受けることある?
「な、なんで?」
「俺、今日からちょっとの間他のダンジョンに行くんだよね。でも俺が行こうとしてるダンジョンちょっと難易度高いから、一緒に行くわけにも行かなくて」
「ああ、なるほど!びっくりした…。僕がなんかやっちゃったのかと思った…」
そんなことはない。主人公の遠距離攻撃には結構お世話になっている。
まあ、これから攻略対象に会ったらそっちと潜るようになるだろうから、自力で飛ぶ敵を撃ち落とす手段も考えなきゃならないんだけど。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるね」
「うん、頑張ってね!」
さて、主人公は無事に放流できたので、件のダンジョンに出向こうと思う。本当は学外のダンジョンに潜る時は申請が必要なんだが…まあバレなきゃ犯罪じゃない。
本日のダンジョンは【羅生門】。ゲーム内ではDLCで追加された終盤レベルのダンジョンで、死ぬと霊気ではなく髪の毛を毟り取られる魔境である。なんでそんなこと知ってるのかって?実際にやられたからだよ。
通常、ダンジョン内で死亡すると霊気をロストする。これは妖が霊気を食べてしまうからだ。しかし、このダンジョンは神霊である【奪衣婆】の住処で、出現する敵も妖ではなくここを守るための神獣に近い式神。そのため、ここで死んでも霊気をロストすることはない。代わりに敵の強さと比べると落とす霊気の量は少ないが、流石に仕方ない。
この性質がとても便利な上、このダンジョンは俺の実家の近くにあるので、学園に入学する前から潜っていたのだ。まあ奥に進めたことは一回もないんだけどね。
ボロボロの門を潜り内部へ入ると、肉体の腐った犬、【腐り狼】が出迎えてくれた。下手な怪異よりも禍々しい見た目だが、こいつも神社で言う狛犬みたいなものである。最初はこの犬に襲われて10秒でリスポーンしたものだ。懐かしいなあ…。
今でも単純な力比べでは勝てないので、刀を使って突進をいなす。勢いのままに壁にぶつかった犬に刀を突き刺す。この犬は腐っている部分が弱点になっているので、そこを狙い続ければ今の俺でもギリギリ倒せる。
犬を倒した後、ドロップ品の牙を拾う。これは回復薬の素材になったり、アクセサリーの素材になったりもする。その後、数分間犬を狩って落ちた素材を回収していると、唐突に鳴り響く大きな風切り音と共に俺の首が落ちた。死角から飛んできたダンジョンギミックのハサミが俺の髪ごと首を切り落としてきたのである。
ダンジョン内なので勿論リスポーンするが、何故か髪の毛は戻ってこない。せっかく背中あたりまで伸ばしていた髪がバッサリだ。畜生、持っていかれた…!
こんな感じで今の俺にとってここは死に戻りながら素材と霊気を集める場所である。そもそもステータスが適正レベルまでいってないので仕方ない。
今回は何回死ぬだろう。ちなみに今までの連続死亡記録は39回だ。目指せ40回。
鏡花が羅生門でボロ雑巾になっている頃、主人公こと優はダンジョンに潜っていた。それも…
「今日はよろしく頼む、津国さん」
「こちらこそよろしくね、照屋くん」
攻略対象と共にである。
遡ること一時間前、優は頭を抱えていた。一緒にダンジョンに潜ってくれる人がいなかったからだ。周囲からの印象は改善されているとはいえ、今まで自分を嫌っていた人に対して自分から声をかける事ができるほど優は図太くない。しかも、皆今までの対応に負い目を感じているのか少し避けられている。しかし、組む人がいないからといって一人で潜っても、大した結果は出ないだろう。
どうしたものかと悩んでいると、不意に後ろから声をかけられた。
「ちょっといいか?」
「っわぁ!?」
唐突にかけられた声に驚いて優の体が跳ね上がる。後ろから声をかけるなど命知らずなことだ。声をかけた相手が鏡花だったら咄嗟の裏拳をぶち込まれていただろう。
「悪い、驚かせるつもりはなかったんだが…」
「ああいや、全然大丈夫だよ!」
振り向くと、そこには赤髪と金色の目が特徴的な男性が立っていた。彼は【
入学から約1ヶ月でようやく一人目の攻略対象とエンカウントだ。乙女ゲーの主人公としてはどうなんだと思わなくもないが置いておこう。
「今からダンジョンに潜るとこなんだが、いつも一緒に潜ってる奴と予定が合わなくてな。良かったら一緒に来てくれないか?」
「ホント!?寧ろ僕の方からお願いしたいくらいだよ!」
と、こういう流れでパーティーを組むに至った二人は、ダンジョンの中を突き進んでいた。遠距離攻撃と援護が得意な優と槍を使って中〜近距離の敵を薙ぎ払える照屋というバランスの良い組み合わせでどんどんと妖を蹂躙していく。
しかし、優は照屋に対し、少しの違和感を覚えていた。休憩に入るたびにこちらの様子を盗み見てくるのだ。自分の体に何かついているのかとも思ったが、確認してみたところそんな事もない。色々と思考を回した後、優は自分で考えることをやめて本人に聞くことにした。
「…えっと、何かあった?僕の体になにかついてたりする?」
「えっ、あー…。その、悪い。そんなに見てるつもりはなかったんだが…」
少し躊躇う様子を見せた後、照屋は決心した様子で話し出した。
「津国さんといつもパーティー組んでる人いるよな?その人の名前ってキョウカだったりするか?」
「うん、そうだよ」
「…そうか、やっぱり…」
どこか嬉しそうに、そして納得したように呟く照屋を見て、優の頭に疑問符が浮かぶ。
「知り合いなの?」
その言葉を聞いて、照屋は照れ臭そうに頬を掻きながらこう言った。
「知り合いっていうか…なんていうか、小さい頃に憧れてた人なんだ。もしかしたら、あの人は覚えてないかもしれねえけど…」
ダンジョンに到着してから55回ほど死に戻りマラソンを繰り返して、大量の牙を入手できた。その数実に126個!回復薬の42個分の材料である。…こう考えると案外少ないな。
まあ他にも収穫はあった。まず体の動かし方を最適化できたことだ。あのダンジョンは四方八方からハサミが飛んでくるのだが、死に戻り30回目位からは3分の1程度の確率で避けれるようになった。素晴らしい進歩である。
さて、そろそろ辺りも暗くなるので、これくらいで切り上げて帰ろうか。
そう思って出入り口の門へ向かって歩いていると、唐突に目の前にバカでかい何かが落ちてくる。土煙が晴れると、そこには先ほど落ちてきたであろうハサミと、それによって塞がれた門。俺なんか神様怒らせるようなことしたっけ…?
ダラダラと冷や汗をかいていると、後ろに気配が現れる。咄嗟に裏拳を振り抜くと─
そこには美容師が持っているあのハサミを手に持った奪衣婆が俺から一歩離れた位置で立っていた。しかも満面の笑みである。いやなんで?
奪衣婆の超絶テクのお陰で肩くらいの高さで乱雑に切られていた俺の髪は美しいウルフカットに姿を変えた。マジでどういうことなんだ。
俺が困惑していることに気づいたのか、奪衣婆は指を指して『これを見ろ』と伝えてくる。指された指の先にある物を見ると、そこには見覚えのある黒髪でできたカツラがマネキンに被せてあった。
…なるほど、これはつまり『髪の毛の提供ありがとう!』ってことだな?しかもご丁寧にマネキンヘッドに被せて保管してある。
ひとまず髪の毛を整えてくれたことにお礼を伝えると、奪衣婆は気にするなと言わんばかりにニコニコしながら飴を手渡してきた。飴と言っても霊気を圧縮して作り出した経験値アメみたいな奴だが。
その後、飴のお返しにお茶と煎餅をお供えしたり、一緒に金平糖を食べたりした。俺は手を振って見送ってくれる奪衣婆に手を振り返しながら、まるで実家のおばあちゃんにあった後のようなほっこりした気分で帰路についたのだった。
相変わらずの不定期投稿で申し訳ないです。学校が忙しいので投稿頻度は低いと思いますが、頑張って更新していきます。