ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

59 / 63
pixivにも同名の作品を投稿しております
場所はアプリのキタちゃんのキャラストで訪れていた場所のつもりで書きました



もみじをひとつ、思い出に重ねて

 外に出ているだけで味わっていた熱風も、滝のように出てくる汗も今は昔。

 木々の間から見える澄んだ青空は高く、流れるような雲はのんびりと横切っていった。

 秋の乾いた土の匂いが混じった冷たい風が吹く。揺れるたびに舞い散る朱色の雨は地面へと降り注ぎ、一面は真っ赤なじゅうたんに早変わりだ。

 

「……くぅ、ふぅ~……!」

 

 背伸びをしてからひと呼吸。

 肺いっぱいに入ってくるひんやりとした空気が全身に染み渡り、元気満点お祭り娘って感じ!

 尻尾を揺らしながら、回るように後ろを振り返ると、膝に手をつき、肩で息をしながらこちらに歩いてくるトレーナーさんが目に入った。

 

「トレーナーさぁん! こっちです、こっち!」

「はぁ……ふふっ。もう少しだけ待ってて。もう追いつくから」

 

 息を切らしながらも笑顔を向けるトレーナーさんに、以前ここに来た日のことが重なる。

 あの時もあたしがはしゃいじゃって、トレーナーさんはそれを追いかけてくれて。おかしいなぁ。反省してたはずなのに、これじゃあ前と同じだ。

 年月を重ねても、成長したとしても、あたしはきっとあたしなんだね。なんだか妙におかしくて、眉を下げて笑ってしまう。

 

「……よし、追いついた——って、キタサン、なんで笑ってるんだ?」

「……いえ、前もトレーナーさんを困らせたなって、思い出しちゃいました」

「困らせ……そうだっけ?」

 

 あっ、そのポカンとした顔。何も言わなくても伝わりますよ。

 でもそっか、トレーナーさんにとっては苦い思い出なんかじゃないんだ。ふふ、あなたらしいや。

 

「……いいえ、気のせいでした」

「そう、だよな?」

「はい、そうなんです」

 

 片方の眉を上げていぶかしげな視線。それでもあなたはきっと思い至らない。

 緩んでいく口元を隠すように顔を背けても、彼の視線はこちらに向けられたままだった。

 

「そんなことより! 早くお団子屋さんまで行きましょうよ! そうだ、担いでいきましょうか!」

「そ、それはちょっと……っ。分かった、分かったから! そんなに手を引っ張らないでくれ」

 

 グイッと無理やりにトレーナーさんの手を引っ張りながら、ずんずんと歩みを進めていく。

 隠しきれない笑顔で後ろを振り向くと、彼は困ったように目尻を下げて、はにかむように笑っている。

 

「お団子、お団子♪」

「君は本当に甘いものが好きなんだな」

「それだけじゃないですよ! もみじを見ながら食べるお団子は、もうそれだけでワッショイなんですから!」

「はは。言葉の意味はよく分からないけど、とにかく凄いってことは伝わったよ」

 

 引っ張られるように後ろをついてきていたトレーナーさんだったけど、徐々に足並みが揃っていく。

 繋いだ手から伝わる温もり。そして、ひらりと落ちゆくもみじ達は優しい雨のように降り注ぎ、まるで二人を祝福してるみたい。

 それが妙に嬉しくて、尻尾も揺れてしまって。

 世界に二人だけ——なんて言葉が頭をかすめてしまう。

 

「柄じゃないよね」

 

 ポツリとこぼすように出てきたのはそんな言葉だった。

 

「うん? 何か言ったか、キタサン?」

「いいえ、もみじが綺麗って言っただけです!」

「そうなのか?」

 

 こちらを覗き込んできそうなトレーナーさんを強く引っ張って、お団子屋さんに駆けていく。

 柔らかなじゅうたんを踏みしめていくと、小さく舞い上がった赤い雨が視界の隅を流れて遠ざかっていく。

 振り返ることも声をかけることもなく、ただ夢中で足を動かしていたら、あっという間にお団子屋さんへと辿り着いた。

 

           ◇◇◇

 

「早く来ないかな、お団子!」

 

 ベンチに座って舞い散るもみじを眺めていると、バタバタと両足が動いてしまう。

 お団子屋さんの店員さんに注文をバッチリと済ませ、後はお団子を待つだけ。冷たく澄んだ風に紛れて、タレとあんこの甘い匂いが重なり、キュウ……と小さくお腹が鳴る。

 咄嗟にお腹を押さえてもあとの祭り。音が鳴り止むことはない。

 

「き、聞こえちゃいました……?」

 

 ふるふると体を震わせながら、恐る恐る隣のトレーナーさんを見つめる。

 彼はキョトンとした顔をしていたけど、すぐに柔らかな表情に変わる。

 

「うん。でも、ここのお団子美味しかったからね、気持ちは分かるよ」

「む、むむぅ……」

 

 つ、包み込むような微笑み……。笑い飛ばされるよりも複雑な気持ちなのはいったい……?

 クイッと眉を寄せて口をつぐみ、下を向くことしか出来ない。

 

「もうすぐ出来上がるよ、きっと。お茶でも飲んで待ってようか」

「……そうですね」

 

 視界の片隅で、宥めるようにトレーナーさんが手を伸ばしているのが見えた。

 確かにこんな気持ちのままなんて、お団子と店主さんに申し訳ないよね。

 ふぅ……とひと息をこぼし、切り替えるように顔を上げて、そのまま一杯お茶を飲む。

 ほんのりと胸の奥が温かくて、思わず眉が緩む。

 

「……やっぱりお茶はいいですね……心を豊かにしてくれます……」

「お、おう……。そこまで落ち着けるもんなんだな、お茶が好きとはいえ」

「トレーナーさん。ささっ、一杯」

「な、何故だか妙に逆らえない……。謹んでいただきます……」

 

 観音様のような空気を纏って側に置かれたお茶を勧めると、トレーナーさんは引きつった表情でお茶を受け取り、グイッと一気に飲み干した。

 サラサラと澄んだ風が吹いて、もみじがまた一つ、木の枝から離れていく。そしてヒラリと舞い降りて、朱色のじゅうたんに仲間入り。

 その間も彼は目を閉じたまま微動だにせず、染み渡るお茶を味わうように静止し、髪だけが柔らかくなびいていた。

 

「……うん、確かに落ち着くな。悔しいけど」

 

 スッと湯呑みを下ろして、ポツリとひと言。まるで、止まっていた時間がふたたび動き出したかのよう。

 力が抜けたように穏やかな表情なのに、口元だけはむっとへの字に曲がっている。

 

「むむ、悔しいだなんて人聞きが悪いですよ。素直に落ち着くだけでいいじゃないですか」

「それはそうなんだが……人から言われたことを認めるのって難しくないか?」

「わ、分からなくはないですけど! トレーナーさんは大人じゃないですか!」

「はは、それもそうだな」

 

 けろりと表情を変えて、和やかな笑顔に早変わりだ。

 むむぅ……ひょっとしてからかわれたのかな? 確かにあんなこと普段は言わないけども……むぅ!

 彼の表情が穏やかになればなるほど、ほっぺたは熱くなるばかり。

 

「お二人さん、お団子を持ってきましたよ」

「ほらキタサン、そんなに頬を膨らませてたら、せっかくのお団子が美味しく食べられないぞ」

 

 誰のせいだと……。

 ジトッと隣を睨んでみても、柔らかな微笑みで返されるだけだ。諦めたように息を吐いてみると、不思議と気持ちも軽くなっていく。

 湯気を立てるお団子を前にしては、これ以上拗ねているのも難しそうだ。

 

「……まあ、美味しいお団子に免じて許してあげます!」

 

 肩を落としながら、二人の間に置かれたお皿を見やれば、甘いみたらしの香りがそよ風に乗ってふわりと運ばれてくる。

 じゅるりと溢れそうになった口元を袖で拭い、何事もなかったようにお団子に手を伸ばした。

 木漏れ日に照らされてツヤツヤと輝くお団子。緩んでいく口元のまま、大きく口を開けてぱくりと頬張る。

 

「……っ!」

 

 パッと目を見開いた。

 噛めば噛むほどに甘じょっぱさが口いっぱいに広がっていき、ゆっくりと溶けて消えていく。

 一つ、また一つ。小さな玉はあっという間に無くなっていき、最後には素っ気ない木の串の味だけが残された。

 

「やっぱり美味しいですね!」

 

 お皿に串を置いて、ニッコリスマイル。

 この美味しさを共有したくて隣へ笑顔を向けると、彼は目を丸くして、まだ一つしか減っていないお団子の串を口元に運んだまま固まっていた。

 

「……も、もう食べ終わったんだ」

「甘いものは別腹って言いますからね!」

「この場に限っては主食では……?」

「それはそれ、これはこれです!」

 

 ビシッと指を突きつけて宣言し、それから少しぬるくなったお茶を一口含む。ほんのちょっと冷めたくらいで、この美味しさが損なわれるはずもない。

 何度か瞬きをしていたトレーナーさんだったけれど、諦めたように小さく息を吐くと、またお団子を一つ口に放り込んだ。

 

「……うん、本当に美味しいね」

「そ、そんなに急いで食べたらのどに詰まっちゃいますよ!」

「大丈夫、大丈夫——っ、んぐっ!?」

「ほ、ほら! 言わんこっちゃない!」

 

 ヒョイヒョイと放り込むように食べていたトレーナーさんだったけれど、ついに動きがピタッと止まる。

 慌てて彼の手元へお茶を差し出すと、彼は焦ったようにお茶を一気に喉へと流し込んだ。

 オロオロと口元に手を当てて見守っていると、彼は大きく息を吐いて、ほんのちょっぴり涙目になっていた。

 

「あ、ありがとう……助かったよ、キタサン……」

「もう、そんなに焦らなくてもいいのに!」

「あはは、だって君を待たせたくなくて」

「……もう! だからって、喉を詰まらせちゃ意味ないですよ!」

 

 ぷくーっとほっぺたを膨らませながら、手でトレーナーさんの喉元を優しくさすってみる。彼は恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ぽりぽりと頭をかいていた。

 

「なんだか心配なので食べ終わるまで見てます!」

「ぐっ……そんな至近距離で見られたら、流石に食べにくいというか……」

「じーっと、見てますからね!」

「は、はい……」

 

 シュンと肩を落とすトレーナーさんは、なんだかあたしよりも小さく感じちゃう。

 じっと見つめるあたしの前で、決まり悪そうにモゴモゴとお団子を噛んでいた彼だったけれど、無事に飲み込み終えると、何事もなかったように落ち着きを取り戻していく。

 その様子がおかしくて、気づけばあたしも、さっきの彼みたいにふわりと表情を緩ませてしまっていた。

 

            ◇◇◇

 

「いやぁ、美味しかったですね!」

 

 それから何事もなくお団子を美味しく食べ終え、店主さんに手を振って別れたのは数分前のこと。

 敷き詰められたもみじの赤いじゅうたんの中を、あたしたちは二人、並んでゆっくりと坂道を下っていた。

 

「ああ、また来たいな」

「はいっ! また一緒に来ましょうね!」

 

 お互いに笑い合いながら足を進めていく。

 

 ぽすっ。

 

 耳の付け根あたりを、くすぐったい何かが軽く叩いた。

 ぴくっと耳を揺らしながら足を止め、頭の上へとそっと手を伸ばす。指先でそれをそっとつまみ、目の前まで運んでみた。

 

「もみじ……」

 

 その正体は、ほんの少しだけ端の縮れた、小さなもみじだった。

 何の変哲もない、ただあたしの頭へと舞い落ちてきただけの紅い葉。きっと地面に落ちてしまえば、赤いじゅうたんの隅っこに埋もれて消えてしまうだけのもの。

 それでも——

 

「キタサン、どうかしたのか?」

「……いえ、なんでもないです! すぐ行きますね!」

 

 彼の呼ぶ声にハッと我に返り、タタッと小走りで隣へと駆け寄る。

 そんなに離れていたわけでもないから、すぐに足並みは揃い、また二人で歩幅を合わせて歩き始める。

 帰ったら、このもみじをしおりにでもしようかな。

 本なんて普段はあまり読まないけれど、形になるもので残したくて。今日の楽しかった思い出を、ぎゅっと重ねたくて。

 壊さないように、でも落とさないように、もみじをつまむ指先の力が自然と強くなっていた。




キタちゃんのキャラストも好きなんですよね……
本音を言えばその先の話も読んでみたいと思ってます
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。