字数多めに書く練習。
家族は大事にしたいよね。
為政者なら捨てる覚悟もいるよ。

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練習


良きに計らえ

 私は物心がつく前から皇帝だった。私が産まれたばかりの頃に皇后()が亡くなり、私が3歳の頃に皇帝()が亡くなった。

 父は何を思ったのか、気でも狂ったか、上の兄たちを差し置いて私を皇太子に指名してしまい、父の死と共に私が皇帝になってしまったのだ。継承順位を無視して末子の私が、というのも問題だったが、それ以上に女であるという事がより大きな問題だった。

 

 基本的に君主は女系を含む女性の王位継承がザーリア法によって禁止されている。この法はあくまでも慣習であって国家の法に正式に定められたものではないため、本来であれば帝国内において従う必要はない。しかし国際社会、貴族社会において慣習として定着している以上は法として確かな拘束力を持っていた。故に女である私が皇帝になることは前代未聞であり、保守的な貴族や教会勢力が私の十二歳上の長兄(第一皇子)を正当な継承者として担ぎ、反乱を起こすのは必然の出来事だった。そしてそれに対抗するように幼い私は、父に見出されて出世した改革派の若い貴族や官僚たちの神輿として担がれた。

 

 私は戦場にも、政争の場にも出されずに過保護気味に守られていたので、当時の情勢をあまり覚えていない。聞くところによれば、父の側近として活躍して鉄血宰相と呼ばれていたロートブルク伯が摂政に就任して私を庇護し、快刀乱麻の活躍で皇子派との三年に及ぶ継承戦争に勝利しただけでなく、皇子派に呼応して帝国領土を掠め取ろうと侵攻してきた諸外国連合をも敗走させたという。

 

 今の顎髭を蓄えて好々爺といった出で立ちのロートブルク伯を見ても全く想像が出来ないのが恐ろしいところだ。

 勉強をサボって侍女たちとプールで水遊びをしているところを見つかった時の、あのオーガのような憤怒の面がもしかしたら、当時戦争を指導していた鉄血宰相の名残りなのかもしれない。とはいえこの頃になって私が積極的にサボりでもしない限り、よほどあの面が表に出ることもないだろう。

 

 継承戦争が終わってから早十二年が経つ。齢八十を超えたロートブルク伯は既に摂政を辞していて、今年ついに宰相の職も辞した。これまで殆どの政務を任せきりだった私が親政を始める時がきたのだ。正直なところ胃が痛いどころの話ではない。度々侍女たちとの遊びに逃げることはあったが、皇帝として必要なことは宰相から直々に、その他多くの著名な学者や専門家たちの教えを十分に修めたつもりだ。自身はないが。

 

 けれども最初の仕事があまりに重い。重過ぎる。王宮のこじんまりとした執務室で、執務机越しに、私の前に居並ぶ群臣たちは何故どいつもこいつも平然としているのか分からない。私は重責からくる気持ち悪さで吐瀉物を撒き散らしそうだというのに。

 

「陛下。ご気分が優れない様子ですが、侍医を呼びますか?」

「も、問題ない」

 

 侍従長のヒンデンブルクが私を気遣う言葉に、大ありだよ馬鹿野郎と危うく声に出しそうになってぎりぎりで言葉を飲み込んだ。言葉遣いがはしたないと怒られるからだ。あいつは怒るとロートブルク伯の次に怖い。というかヒンデンブルクの妻である侍女長のヒルデガルトも同じくらい怖い。あいつらはまるで悪魔だ。私が朝食を一皿食い残したというだけで尻を叩いて折檻してくる。私は皇帝だぞ!!

 

 それはともかく、別に財務がどうこう、外交がどうこうといったことで悩まされているわけではない。それもそれでこれから取り組んでいくのだろうと考えれば面倒なことに変わりないが、為政者の仕事としては当たり前のこと。であれば何が私の胃を痛める要因になっているのか。

 問題は十二年前の継承戦争に遡る。戦争は皇帝派が勝った。しかし外国勢力の介入を避ける為にも、国内問題は早期解決し、できるだけ軍事力の低下と経済の疲弊を抑えることを重視したことで、当時の皇子派を完全に排除することは出来なかった。結局、皇子たちは全員生きているし、協力した貴族たちも当主は処刑されたが子供が後を継いで家は存在している。教会連中にいたっては教皇が首を突っ込んできたせいでお咎めなしだ。おかげで十二年経った今でも不穏分子は息を潜めて、虎視眈々と帝位簒奪の機会を伺っているのだ。

 

 最悪なことに謀反者どもの支援者である教会連中の親玉、今の教皇デコンテは史上最も強大な教皇権を実現して教会の全盛期を今尚築いている西方大陸随一の実力者だ。『教皇は太陽、皇帝は月』などと言う戯けた野郎で、帝位の世襲制禁止を唱える反帝国の急先鋒でもある。

 

 そんな奴が元気溌剌と辣腕を振るっている現状に、唯一同格の実力者として対抗、どころか翻弄していたロートブルク伯の引退が合わさって、謀反者どもは俄に沸き立って水面下の動きが活発化している。

 故にロートブルク伯は宰相の最後の仕事として、私に皇帝として最初にやるべきこと、というか殺るべきことを示したのだ。束の間の現実逃避の為に、ロートブルク伯とした最後のやり取りを思い浮かべれば、どうにか他に問題解決の糸口が見つからないかと思った。

 

「アーデルハイト様。我輩が宰相を退けば必ずやデコンテの小僧めは増長するでしょう。そして皇子たちも教会に唆されて再び帝位を簒奪しようと立ち上がる」

「じゃあどうするというのだ爺や。教会税でも掛けて生臭どもの懐でも弄ってやるのか?」

「それも悪くありませんがまだ早いですな。叛徒が未だ生き残っている現状では、教会が本格的に介入してくることは避けたい」

 

 言外に何故だと思うと問いを投げ掛けてくるロートブルク伯。私は腕を組んでうーんと唸りながら、拙い返答を絞り出した。

 

「帝国の内と外で争うことになるからか?」

「左様。奴らは今はまだ支援者の枠に留まっているだけです。仮に叛徒が完全に排除されたとして、教会にまで累が及ぶとなれば簡単に切って捨てるでしょう」

「でも直接害があると諸侯に決起を促して、前回の諸外国連合みたいに連合してくる?」

「もっと悪いですな。我輩は前の継承戦争で諸外国連合と直接指揮して戦いましたが、あれは明確な旗頭のいない烏合の衆でした。諸侯の誰も彼もが我先にと功を欲して、抜け駆けする者、それを阻止する者、状況を見極めようと傍観する者。統率のとれていない奴らは、はっきり言って命がけで反乱を起こした農民兵よりも組みし易い。だから敵戦力を分散させて各個に包囲殲滅することができた」

 

 烏合の衆でも寡兵で大軍を包囲殲滅できる将なんて中々いないし、内憂抱えた状態でそんな冷静に状況分析できるのは流石だなと思った。

 

「帝国軍二万人に対して十三倍の敵軍を九割討ち取ったとは聞いてたけど、そんなに弱かったんだ。世紀の決戦って感じでわくわくしてたのになー。そんなに弱いんじゃあ敵役として盛り上がらないね」

「事前に間者を各諸侯陣営に送って離間を計ったり、誤情報を流布させていたりしたことも功を奏しましたな。敵軍の動向は全て筒抜けでした故」

「うわぁ。さすが鉄血宰相」

「それはともかく、教会が本格的に介入すると何が問題かという話ですが。この場合、教皇が決起を促すというのはアーデルハイト様の仰る通り。加えて前回にはいなかった旗頭を教皇が務めることになる。そうなれば諸侯は我欲のままに競う蛮族から信仰の為に戦う勇者になり、烏合の衆は一つの大いなる意志によって動く聖教徒軍となる。こうなれば以前のように野戦で包囲殲滅は難しい」

 

 正直なところ私では既に勝つ算段が思い浮かばないのだが、名将はやはり凡百の将兵とは見えているものが違うのだろうか。目指す背中があまりにも遠くてめまいがするような思いだ。

 いかにも状況が困難という語り口調で、出来なくはないという感じなのが恐ろしい。

 

「不可能ではないんだ」

「我輩は寡聞にして聞いたことのない言葉ですな」

「わお」

「とはいえ積極的に取りたい戦術ではないですな。それよりは、夜襲による一撃離脱を繰り返して敵軍を過度の警戒と睡眠不足で精神的にも肉体的にも疲労させる。あるいは、遊撃部隊を敵軍後方に送って補給線を寸断したり、諸侯の領地を荒らしたりする。あるいは、いくつか農村を焼き捨てて補給地点を潰し、会戦を避けて戦力を温存したまま退却を繰り返して敵の補給線が伸びきるのを待ち、遊撃部隊で補給線と側背を脅かし続ければ勝てます」

 

 いや勝てるんかいと思った。そこはここまでやっても勝ちは難しいとか、辛うじて撃退できますぐらいだと思っていたが、ロートブルク伯であれば勝ててしまうらしい。意味が分からない。

 

「勝ってるし」

「しかし民たちには大きな負担と犠牲を強いることになります。必要とあれば躊躇ってはなりませんが、帝国領を焦土にすれば苦しむのは当然帝国です。一度ならばまだしも、二度三度と続けば、我輩でも勝ち切ることは難しい」

「凄い自信だな。絶対に負けるって言わないじゃん」

「ですから。腹は立ちますが、教会と事を構えるのは今ではありません。着実に指先から手足を奪っていく必要があります。些細な虫刺されから、毒が回って身体が徐々に壊死していくように、デコンテの小僧を追い詰めていくのです」

 

 ロートブルク伯は教皇と長年に渡って政治的にも、軍事的にも争ってきた関係だからだろう。随分と恨みがあるようで、言葉の節々から教皇に対する殺意が滲み出ていた。教皇を小僧と言えるのはロートブルク伯くらいのものだろう。大半の諸侯ではそもそも教皇とやり合う舞台にすら立てない。仮に立てたとしても西のアルバ王国とゴール王国の王たちは破門されて屈服させられているのだから。

 

「なるほどねー。ってことは結局どうするのさ」

「先程も申しましたが、教会に触れずに叛徒を潰す分には蜥蜴の尻尾切りとなるだけです。故に粛清します。皇子たちも、その家族も、協力する貴族も一人残らず断頭台の露とするのです」

「えぇー」

 

 皇子たちの粛清。つまりところは兄弟殺し。宗教的に云々というのを除いても気の進む話ではなかった。父と母が生きていたら私たち兄弟になんて言うだろうか。二人とも私が自我を得る前に亡くなってしまったものだから、実際の人となりは分からない。けれど聞くところによればとても家族思いで、兄様や姉様たちは愛されていたらしい。姉様たちの昔話でも良く話していた。なんとなくだが、私も愛されていたのだと思う。アーデルハイトという名は母の幼い頃に亡くなった妹の名前らしく、母と叔母と父の三人は幼馴染で、良く一緒に遊んでいたのだとロートブルク伯から昔聞かされたことがある。そして叔母の面影を私に感じてアーデルハイトの名前を付けたのだということも。

 父が私を後継者にしたのもそういった過去が影響しているのだろうか。父たちの幼少期から見守ってきたロートブルク伯は、だからこそ私という存在を人生を賭して守ってくれたのだろうか。

 何にしても父と母の思いが今の私を生かしているのだと思うと、その愛情を受けながら、同じ愛情を受けた兄弟を殺そうというロートブルク伯の決意に、その重責を私が担わねばならないという現実に心が冷えるような感覚を覚えた。

 

「叛徒どもの継承戦争における罪は許されたわけではありません。国家存亡の緊急事態につき裁定は保留とする。それが当時の決定です。故に」

「改めて保留にしていた裁定を下して、纏めて処刑するってことか。それって当時から今みたいな状況を想定してたの?」

「万が一に備えて策を二重、三重と張り巡らせておくのが謀略家の嗜みです」

「私には無理だよ」

 

 かくして私は国家安泰の為に老若男女問わず粛清する事となり、兄弟殺しの咎を負うことにもなったわけである。

 

(いやぁー。しんどいってぇ。貴族は既得権益を削る良い機会として。姉様たちと違って兄様たちは別に仲良いわけじゃないけどさ、偶に話してたし、毎年誕生日に贈り物してくれたし。仲悪いわけでもないんだよ。それに、兄弟じゃん。血を分けた家族じゃん。そんなことしたらさ、父様も母様も悲しむじゃん……)

 

 どうにかならないか、兄たちが今からでも貴族たちに騙されたとかなんとか言い逃れてくれないか、罪を全部貴族に被せられないか、等と考えたが結局無理だなと自問自答した。

 

「はぁー」

「陛下」

 

 司法卿のヴァイマール男爵が執務机の前に立ち、机に革の鞄を置いて開くと中からさっと紙束を取り出して置き、目線で私に書類の確認を促しながら言った。

 

「粛清予定の叛徒たちについて。ご覧の通り該当者二千八百人の尋問は全て終えて、各人の情報を纏めました」

 

 ぺらぺらと書類を捲って見れば、粛清該当者の似顔絵、生年月日、居住地、家族構成、所属組織、趣味嗜好、活動履歴など様々な情報が記載されていた。

 一通り目を通して元に戻し、一番上の紙を見る。

 

「こちらの死刑執行書に署名と捺印をして頂くことで完了となります」

 

 ヴァイマール男爵からすれば粛清それ自体はあまり重要ではないのだろう。なんとなくだが、初めての政務でかっての分からない私に指導をしてくれているような感じがする。本来ならば有り難い気遣いではあるのだろうが、今回に限ってはそれが、肉親を殺したくないという私の思いに対して、為政者としての責務を果たせと責められているようにで心が抉られた。

 断腸の思いとはまさにこのことかと実感した。

 きっと私は天国に行けないだろう。それでも私は皇帝として成すべきことを成さねばならないのだ。そう思い、署名を書き、捺印をした。

 

「お疲れ様です。陛下」

 

 ペンを投げ捨てるようにペン立てに入れ、椅子の背に凭れ掛かった。

 もう臣下たちの労いの言葉も耳に入らない。精神的に疲れたのだ。身体を動かす気力もなかった。

 下がって部屋を出ていくヴァイマール男爵に一言声を掛けた。

 

「良きに計らえ」

 

 少しだけ責任を押し付けられた気がして気持ちが和らいだ。


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