「……できればこの曜日とこの曜日……それにここは空けてほしい」
「週五回はクィディッチ、と。ふざけてるのか? 週三回にしろ」
セドリックから「健全な勉強会」について話を聞いた翌日、ウルペクラは寮の談話室で唸っていた。スリザリンの自発的な学習、つまり自習についてのすり合わせが難航しているのだ。主に日程調整で。原因は、打倒グリフィンドールを掲げるクィディッチチームキャプテンである。
かつてドラコの提案に乗り、吸魂鬼に扮してクィディッチ競技場に乱入した前科のある愚か者――ウルペクラは人伝に聞いただけだが――痴れ者とて、アンブリッジがとんだ無能もとい、まともな教育を施す気がないことくらいは承知している。よって、是非とも自習に参加したいと仰せだ。練習日と重ならないように暦を前に膝を突き合わせているのだが。
「去年はトーナメントがなかっただろう。今年が最後なんだ」
「そうか。だらだら毎日するくらいなら、効率的に週二、三回。競技場を独占できるわけでなし」
「黙れよレストレンジ。クィディッチのことも知らないくせに」
「お前たちがニンバス2001を揃えておきながら、無様に敗北したことくらいは知ってるさ」
ウルペクラはせせら笑う。別に同じ寮だからといって仲良くする必要などないのだ。自習をするもしないもウルペクラの都合で、予定を合わせるべきは愚か者のクィディッチチームのキャプテンである。
「……ハッフルパフのディゴリーなんかに負けてるくせに」
戯れ言を言う男に、ウルペクラは肩をすくめた。どこまで視野が狭いのだこの馬鹿。
「あれのほうが受けている科目が多い、かつクィディッチチームのキャプテン、今まで不祥事らしい不祥事なし。同じような成績でも公平にみて 「ディゴリーなんか」が学年首席になるのが妥当」
「……麗しい友情だな。――モかよ」
品のない侮辱に、ウルペクラは卓に身を乗り出し、男の首に腕を回し、絞め上げた。
「クィディッチ馬鹿は脳も小さいとみえる。猫のほうがまだ賢いだろうよ。へえ、僕とセドリックがなんだって?」
答えは意味のない呻きだった。窒息死、あるいは後遺症を与えるのは本意ではないので、きっちり秒数を数える。そろそろいいか、と絞め付けをゆるめようとしたとき、
「――大変だ!」
羊皮紙を持った誰かが、寮に転がりこんできた。ウルペクラとキャプテンのじゃれ合いを見たり見なかったり、我関せずだったりする連中の視線を浴びて、その生徒は顔を赤くする。震える声が、報せを読み上げた。
教育令二十四号。定期的に三人以上集まる組織、チームなどはすべて解散される。高等尋問官に申請のうえ、再編成を必要とする。
どうやら、ホグズミードでの会合とやらを嗅ぎつけて迅速に手を打ったのだろう。もっとも、法は遡行して適用されない。第一回の会合は違法とはならない。令以降の会合さえ隠蔽してしまえば問題なしだ。
「無駄に働き者だ」
素晴らしい、と皮肉って、そういえばなにかを躾していたなと思い出す。白目を剥いたキャプテンを解放してやった。邪魔なので杖を一振りして談話室の隅に追いやり、暦に印を入れていく。ひとまず自習は週二日、曜日は不定。クィディッチの練習は週三日にすればよいか。
そもそも、解散されたらしいクィディッチチームを再編しなければならないようだが。
届け出や記録もないのに解散とは。要するに、高等尋問官様は、ホグワーツに蠢く不穏分子を掌握したいのだ。できることならば草一本残らないくらいに叩き潰したい、と。
魔法大臣コーネリウス・ファッジも堕ちたものだ。ダンブルドアが反乱軍を組織して、魔法大臣の座を奪おうと目論んでいる……と本気でお考えらしい。聖マンゴへの入院をすすめたいところだ。
まあまあ、そこそこ堅実な政策をとっていたのに、残念なことである。ダンブルドアは魔法大臣への就任を何度も要請されて蹴っているのだ。別にファッジを蹴り落とすなんて真似をすることはない。
――己が蹴り落とされるだけの価値があると判断しているのが
ファッジの愚かさだ。
次の大臣はルーファス・スクリムジョールかアメリア・ボーンズあたりかな、とウルペクラは冷徹に思考する。元々ファッジに対して思い入れもないし、熱烈に支持しているわけでもない。これ以上恥を晒す前に退いてほしいと思うだけだ。
「全部の学年はみられないから……割り振って……」
羊皮紙に羽根ペンを滑らせる。談話室の阿鼻叫喚は無視であった。アンブリッジは他人を思いのままに動かすのが好きな類だろうが、スリザリン――貴族の牙城に手を出すほど頭が足りないとは思えない。単に阿諛追従が得意なだけなら、魔法大臣によって引き上げられないだろう。風を読むし、手を出してはいけない相手は承知していると考えるべきだ。
性質が悪いと思う。組織の解散を強行し、再編成させる。不穏とみなしたものは編成許可を出さない。掌握と――分断も目的だろう。ひとつの令でふたつの果実を得ようという算段だ。
許可された組織と、解散させられたままの組織。待遇の差は軋轢を生む。
「――くそ、誰を送り込むべきか……」
そう呻き、青白い顔をしたキャプテンが這ってきた。ウルペクラはポッターが「マグルの想像力はせいぜいゾンビが限界だよ」とかなんとか言っていたのを思い出した。なにかの拍子にマグル界の映画とやらの話になったのである。吸魂鬼裁判のあと、祝いの席でのことだったと思う。
ポッターのゾンビ発言を思い出したのは、キャプテンの動きがマグルの想像力の限界ことゾンビにそっくりだったからだ。
震え、這う様は端的に言って気色悪い。魔法界には亡者と呼ばれるもの――遺体に魔法をかけて奴隷にする――や、屍人――これは中国の魔法使いが得手である――などがいる。様々な呼び方をされるが、マグルのゾンビとやらと違い、その動きは意外なほど速い。死霊術師と呼ばれる者たちの手にかかれば生前と変わらぬ滑らかな動作すら可能である。間違ってもずるずると這わないであろう。
「再編成――」
湿った音とともに、卓の上に手が現れる。談話室の端から端――卓は窓辺にあった――までご苦労なことであった。
「すんなり許可は下りるだろう。スリザリン相手に喧嘩を売るはずもなし」
それはそれで困ったことなのだが、という言を飲み込み、ウルペクラは素っ気なく返す。断りなく再び着座したキャプテンを見やった。
「お前がさっさと顔を出せば済むだろう?」
「あんな趣味が悪いやつのところに?」
キャプテンの声は極限まで低められている。余人をはばかってのことだろうが、心配には及ばない。やれチェス倶楽部がだの、ゴブストーンだの、研究会だの、あれもれこれもそれも再編成か? と寮生たちは相談に忙しい。まるで鮫か鰐に襲われる雑魚の図である。あんなどこの馬の骨の、実体のないに等しい令で慌てるなど。情けないことだ。
「一分、いや五秒で事が済めばいいんだろう」
寮生の様子を軽く把握しつつ切り出せば、キャプテンは眼を輝かせた。
「なにか秘策があるんだな、レストレンジ。お前が行――」
「――くわけがない」
頼まれたって、アンブリッジの下に参上するつもりはない。談話室を見回す。ドラコは暖炉の近くのソファがお気に入りだ。果たして、従弟は顔をしかめ、なにごとかをノットたちと話していた。
ドラコ、と呼べば。素直にやってくる。眉根を寄せ、少々苛立っているようだが。
「なんだよウル」
「お前がスリザリンチームの危機を救え」
「それで、君たちは無傷なわけだ?」
教育令二十四号が告示と同時に施行された翌日。図書館の片隅、ウルペクラがよく陣取っている席に、おどろおどろしい声が渦巻いた。
「面倒だからドラコを筆頭に、あらゆる集まり、倶楽部の代表者をアンブリッジの室に送り出した」
最後のほうはアンブリッジは流れ作業で押印していたようだ、と笑顔で言ってやる。
「それはよかったね。こっちはいくつか再編できなかったよ」
優等生、爽やかな好青年との呼び声高いセドリックの面は、マッド・アイじみていた。唇を歪ませ、眼はぎらぎらと光り、婦女子が見れば悲鳴を上げそうな――黄色いそれではない――有様だ。
これのどこが品行方正、非の打ち所のない男なのだ、とウルペクラは言いたい。婦女子の皆さんは見る目がない。セドリックはただの優秀な魔法使いだ。いつでも笑顔なわけがなく、荒れ狂うときもある。忍耐強さは執念深さでもあり、意外と不器用でもある。悪法に踊らされ、ウルペクラに八つ当たりするくらいには。
「割り切れ。幸い、すべてのクィディッチチームは再編できた。お前の大好きなクィディッチに支障はない」
「けれど……」
セドリックは羽根ペンを弄ぶ。玩具をとりあげられてくんくんと鳴いているゴールデンレトリーバーだ。力が強く活発で、きちんと躾をしないといけない大型犬。
「強引な令を出したんだ。なんらかの成果を上げる必要がある。標的になりやすいのはグリフィンドールかハッフルパフ」
「なんていやらしい女だ。許可だって散々焦らすし」
セドリックが苦々しげに言う。アンブリッジによる「聞き取り調査」の時はのらりくらりで乗り切ったらしい。迷路で誰かに襲われて。気を失ってしまい……申し訳ありません、と。
クィディッチチーム再編成申請にあたり、セドリックはやむなく手札を切った、と告白した。
「夏にノグテイル狩りに招待されたのですが、と言ったら態度を変えたよ」
「ルーファス・スクリムジョールに乾杯」
ウルペクラは杯を掲げる真似をする。
ルーファス・スクリムジョールから狩りの招待状を受け取っていたのだが、入院やら銀狐になったまま戻れないやらで、セドリックに招待を譲ったのだ。代理人も可と聞いていたので送り出した。
ちょうど手が空いていたのがセドリックだったのと、家を出た「友人」になんらかの繋ぎをつくってやろうという打算が少々。アンブリッジを牽制する札に化けるとは思わなかったが。
「なんだか利用してるみたいで嫌だったけど」
「心配するな。スクリムジョールはあれこれ織り込んでいるし、あの蛙への手札になったと知れば喜ぶだろう」
「よかったら来年もと言われた。君もね」
「……来年ねえ」
ウルペクラは呟き、兆したなにか――来年などあるはずがないという事実――から逃れるように視線をさまよわせる。が、黄金の金属板、ロウェナ・レイブンクローの言葉が刻まれたそれが、ちかりと光った。逃げるな、とウルペクラを叱咤するように。
「問題は現在だ。宿命の杖を手にしたかのように調子に乗っている馬鹿者だ」
息を整え、セドリックに視線を戻す。学年首席にしてハッフルパフの顔役を拗ねさせたままではいけない。ホグワーツという学び舎に、恥知らずにも手を伸ばそうとしている者どもの意図に乗ってはいけないのだ。
「領地に反乱の兆しを認めた主がどうするか、お前はわかるか?」
投げた問いに、セドリックが瞬く。訝しみつつ、律儀に答えた。
「なんだよ急に――言いがかりをつけて鎮圧する?」
「物騒だなおい……数が多く、腕も立つ傭兵が多くいたらどうする」
「田畑を焼いておびき出して、井戸に毒もありかな」
セドリックは、レストレンジたるウルペクラよりも過激な男であった。見せしめになにかを破壊して、出てきたところを潰す、人質をとる、毒を撒くなどは古典的な手であるが……それにしても……と思わず「好青年」を凝視する。たじろいでいるウルペクラに「なんだよ」とこぼし、セドリックは考え込んだ。
「数が多いなら減らせばいいけど……楽な方法は――分断する」
さすが優等生、血の巡りは悪くないのだと感心しつつ、ウルペクラは補足する。
「待遇に差を付ける。領民たちの中の一部を優遇し、一部を貶める。あとは勝手に争ってくれる。そこを潰す」
「うわ、怖」
セドリックが顔をひきつらせる。いつの間にか羽根ペンを弄ぶ手を止め、卓に置く。ことり、と軽い音がした。
「そうか……アンブリッジは」
「間違っても四寮が結束しないように図っている」
迷惑なことだ、とウルペクラは吐き捨てた。
スリザリンの再編成申請はすべて許可し、他の寮の申請はいくつか却下した。貴族の牙城たるスリザリンに配慮した、あるいはおもねった? いいや――。
「蛙ごときが生意気な。やつはスリザリンを厚遇している風を装って、利用している。申請がすべて通ったということは、やはりスリザリンは魔法省――純血派と思うだろうよ。孤立し、信用されず、不満の眼を向けられる」
体のいい的、贄だ。スリザリンは元々好意的に見られることが少ない寮だ。これからは好意どころか嫌悪が向けられる可能性すらある。やがてアンブリッジの狗になる愚民も出てくるだろう。分断を煽り弱体させ、勢力を切り崩すのは常套手段である。実際にやられると腹立たしいものである。蛙にしてはやるではないか……と息を吸って、吐いて、吸って、吐いて……した。しかし、おさまらない感情がある。閉心術の使い手とて、我慢できないことはあるのだ。
「あいつ――ドラコ、」
「君の従弟がなんだい?」
セドリックがおそるおそる問うてくる。まるでウルペクラがハンガリー・ホーンテールの化身であるかのように。許されるなら火を吐きたいし、尻尾を叩きつけたいところだ。親愛なるドラコ、素直で調子に乗る坊やに。
「再編成許可を得たことを吹聴。「父上」の権力もとい人脈を自慢。グリフィンドールを貶める流れで――」
段々と顔が俯く。気持ちに引っ張られているのだとわかっていても、どうにもできなかった。伝え聞くドラコの発言や態度はあまりに酷かったのだから。
歯を食いしばりながら、残りを吐き出した。
「聖マンゴの「頭がいかれた患者」をあざ笑った」
ロングボトムの目の前で。