【書籍発売中】転生宰相のダンジョン魔改造録 ~ポンコツ魔王様に頼られたので、壊滅した魔王軍を再建します~ 作:パンダプリン
「くっ……動かん」
「ケルベロス、襲え」
「その容赦のなさ、逆に言えばチャンスを逃さない心構えというわけだ! 嫌いではないが、今はまずいな!」
嘘を言うな。わりと余裕そうじゃないか、お前。
さっきのなんとかフォルムとやらになったためか、動けないことで守りに全神経を集中させたためか、ケルベロスの攻撃を受け続けても、なおもピンピンしている。
いや、多少は傷ついているものの、まだまだ健在な様子は明白だ。
「うおぉっ! ここでやられるヒーローではない!」
倒せなくはないだろうが、時間がかかりすぎる。
いっそ、今のうちに離脱すべきじゃないか?
昆虫人の将たちなら、ケルベロスがいれば問題ない。
ヒーローが態勢を立て直して追ってきても、手のひらサイズの状態異常特化の食人花なら、再び麻痺を与えられるはず。
「ケルベロス、昆虫人たちを蹴散らして道を開いてくれ」
ヒーローを倒すのが目的じゃない。
そう割り切った俺は、まずはここからの逃走を最優先とした。
昆虫人の将と兵隊、それにもう一人の転生者、まとめてなぎ払ってもらって、逃げ道を確保してもらおう。
ケルベロスの攻撃は、まとまっていた昆虫人たちに命中し、残った昆虫人と転生者は逃げるように道を開ける。
これで狙い通りだ。倒しきれなくとも、ここから離れるには十分すぎる。
ケルベロスに怯んでいる連中を後目に、俺たちは急いでその横を駆け抜けた。
「おい、そんなものじゃないだろう? がんばれヒーロー」
ふいに、そんな声が聞こえ、つい振り返りたくなる。
だが、今は少しでも距離を離すことに集中しろ。
考えるのは、後でも良いはずだ。
◇
「な、なんとかなりましたね!」
「……ああ」
時任が息を切らしながらも喜ぶが、不安なことも残っている。
ロペスもそれに気付いているんだろう。
腑に落ちないような表情を浮かべている。きっと、俺も同じような顔をしているんだろうな。
「ど、どうしました? レイさんとロペスくん、二人とも納得していないみたいですけど」
「ロペスも、聞こえたか?」
「ああ、聞こえたぜ、ボス。あれは、明らかに昆虫人どもの声じゃなかった」
やっぱりそうか……。
昆虫人のやや特徴のある声ではなく、人間たちの声に近かったもんな。
それも、相手をしていたヒーローとは別の声だ。
「もう一人いた転生者。あいつの声ってことだろうな」
「となると、ヒーローだけじゃなく、もう一人も意識があったってことになる。ボスの話では、転生者は様子がおかしいってはずだったよな?」
「ああ、少なくともあんなにはっきりと話せる様子じゃなかった」
あの二人が特別なのか?
意識を奪うことで、パフォーマンスが落ちる能力だから見逃された?
ヒーローのほうは、なんかそんなタイプだったよな。
テンションが上がるほどに、強くなりそうなやつだ。
だけど、もう一人は未知数だ。
あの後何が起きたかまでは確認できていないが、もしかしたら、あいつの能力でヒーローを回復しているかもしれない。
「まだまだ厄介そうだな……」
ひとまず窮地は脱した。
しかし、こちらが優位と思わずに進んだほうがいいだろう。
俺の魔力も残り少ないからな……。
◇
「まったく……搦手に弱すぎるぞ。ヒーロー」
「ヒーローならば、どんなときでも正々堂々、真っ向勝負すべきだからな!」
「それじゃあ、正々堂々じゃない手を使った悪党どもは、しっかりとお仕置きすべきだな」
「いや、それは違う。やつらはやつらなりに全力を尽くした。それは単に性質の違いに過ぎず罪ではない!」
……これだよ。
めんどくせえな、こいつ。
「案ずるな。
「そうかい。それじゃあ、せいぜい頑張れよ。
なにがヒーローだ。
お前が与えられた力は、自己暗示だろ。
自分がヒーローだと本気で思っているから、相性バツグンでとんでもない効果を発揮しているだけじゃないか。
「その期待に応えて見せよう、一般市民よ!」
「誰が一般市民だ」
本当に大丈夫かよ、こいつ。
さっきも、何らかの搦手であっさりやられていたし、直接攻撃以外にはてんで弱っちいからなあ。
俺がいなかったら、いまだに動けなくなっていたんじゃないか?
それでも、あの状態でバカでかい三つ首の犬の攻撃を耐えていたことはすごいが。
俺の加護、鼓舞がなかったら、自力で状態異常を治すことすらできなかっただろ。
「それにしても、まんまと逃げられたな」
「ああ。二度と不覚はとらない」
「どうだか」
次からは、鼓舞を最初から使ったほうがよさそうだな。
誰かを励まして能力を強化するだけのしょぼい力だが、こいつと組めばかなりの結果を発揮できる。
まあ、それだけじゃないけどな。この力は……。
ともかく、このヒーロー馬鹿には、こんなところで倒れられたら困るんだよ。
「それで、星崎よ。悪党どもはどこに逃げた」
「それが、女王様のほうに行ってしまったみたいだな」
「何!? 女王の危機となると、ますます見過ごせん!」
「そうだよなあ。まさか、逃げるでもなく女王のところに向かうなんて」
まあ、そう仕向けたんだけどな。
あいつら、どこが出口かなんてわかっていないだろうから、騙すことにした。
複雑なこの巣は、なにも巣の奥だけが安全な場所ではない。
だから、女王なら巣の入口の入り組んだ場所にいる。
あいつらを見つけた兵隊や将たちは、あいつらを入口まで連れて行こうとしただろう。
きっと、あいつらはそれを見て判断した。
昆虫人たちが連れて行こうとしたのと、逆の方角こそが出口だと。
迷わずに敵が多い巣の奥へと進んだところを見るに、まんまと騙されてくれたようで何よりだ。
「女王の危機を救うぞ! ヒーロー、いざ出陣!」
巣の奥で逃げ場はなくなり、この馬鹿は先ほどと違って、最初から俺が強化する。
そうすれば、あの窮屈そうに動くバカでかい犬程度恐るるに足りない。
そこから先は、女王様の仕事というわけだ。
うまく支配して、今回減った転生者のぶんを補填してくれよ?
◇
「奥に進んでいる気がする」
「あれ、こっちが出口じゃなかったんですか?」
風間だけでなく、他のみんなも同じ意見のようだ。
事実、俺もこちらが出口だと思って進んでいた。
どうやら、はめられたようだな。
遭遇した昆虫人が、女王の元へ連れて行くと言っていた方角、そちらが巣の奥だと思って俺たちは最初とは反対方向へと進んでいた。
そちらのほうが敵が多いのは、出口に人員を固めて逃さないようにするためと思っていたが……。
どうやら、普通に巣の奥のほうが警備が厚いというだけみたいだ。
ということは、あの将たちの動きがブラフだったか?
まんまと騙されて、巣の中を右往左往することになれば、こちらもそれだけ消耗するからな。
だけど、ここまで進んでようやく気付いたことがある。
「こっちのほうに、大きな魔力の塊があるような気がする」
あくまで感覚的なものだが、やけに魔力が溜まっているように思えた。
普段からダンジョン魔力をやりくりしているせいか、侵入者たちのステータスを見ているせいか、なんだかこの先におかしな魔力を感じる気がする。
あのヒーローや転生者の魔力はわからない。そんな俺が感知できるほどの魔力となると、もしかして女王でもいるのか……?
「友香。わかる?」
「う、う~ん。私には残念ながら」
「ということは、レイさん以外わからないだろうねえ」
「し、しょうがないわよね? だって、私は元々別世界にいた、ただの人間だから」
俺が生まれつきこの世界にいた魔族と思っての発言だろうが、俺もお前とあまり変わらないぞ。原よ。
まあ、こればかりは普段からダンジョンをよく見ていたことで気付いたんだろう。
「それなら引き返すかい? ボス」
「いや、今の道を引き返すと、ヒーローがいるはずだ」
「だよなあ」
「となると、どこか分岐できるように引き返せる道を探さないといけないわね」
奥居の言うとおり、それが理想だろう。
とりあえず、この先を進んでその都度振り返って、来た道とは別に引き返せるような道を……。
そう思いながら進んだ先の部屋。そこに足を踏み入れて後悔した。
「時任の選択肢、部屋に入る前に確認しておけばよかった……」
逃げながらだから、一部屋ごとに選択肢を使っている余裕はなかった。
だが、その横着のせいで、またもピンチになったかもしれない……。
たった今入ってしまった部屋にいる、大量の兵隊たちと、見るからに他とは違う女性の昆虫人を見て、俺はそう思わずにはいられなかった。
「やっぱり、女王ってことか……」