1分、5分、10分と時間が過ぎていく。
システム崩壊によるダメージを受け入れていたアリエルも、流石におかしいと気づき始める。
(一体何故崩壊しない?ユーゴーの想定以上に時間が掛かっているのか?…いや、それにしてはユーゴーがあまりに落ち着いているのが気になる)
サリエルも何やら様子が変だと気づき始め、しきりに視線を彷徨わせる。
「……ねぇ、ユーゴーくん。まだシステムは崩壊しないのかな?」
「はて。
「………………は????」
あっけらかんと告げられた言葉に呆然とするアリエル。
この男は、一体なんと言った?システム崩壊が、数万年後の話?
自身の理解を超えた話の流れに、ありケルは半分以上パニックになりながらユーゴーを問い詰める。
「い、いやいや、だって君は言ってただろう?『30分しかシステムは持たない』って…!」
「何のことでしょう?確かに『少なくとも30分は時間を稼げる』と言った覚えはありますが、それ以上時間を稼げないとは一言も言った覚えはありませんよ」
「…………それって、つまり」
ほとんど考えられなくなった頭で考えながら、アリエルは徐につぶやく。
「システムは、崩壊しない……って、こと??」
「少なくとも今すぐには」
「っ〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「なんと………」
アリエルはリンゴのように顔を真っ赤にし、サリエルは目を見開いて静かに驚愕をあらわにすると同時に僅かに安堵を滲ませる。
アリエルの脳内では先ほどの自分の言動がリフレインし、羞恥やら行き場のない怒りやらで顔が焼けるような熱さを感じていた。
「な、ならアレは何だったのさ!?しきりに君は時間を確認していたじゃないか!何かのログを見ていたことだって知ってるんだぞ!アレは何だって言うんだい!!」
「システムが自走できるかどうかを確認していただけですよ。サリエルを分離した挙句自走に失敗して共倒れになりました、では笑い話にもなりませんからね」
「っ………そんなに私を辱めて楽しいかい?変態め」
「これはアリエルさんのためでもあるのですよ?あなた、この作戦以前に詳細を知って冷静でいられたと自信をもって言えますか?」
「…………バカバカバーカ!愉悦趣味!変態!ユーゴー!」
「罵倒は甘んじて受け入れるとして、俺の名前を罵倒用語として使われるのは甚だ遺憾なのですが」
プリプリと怒ってギャーギャーと騒ぐアリエルと、それを無表情ながら宥めるユーゴー、そしてそんな二人をくすくすと笑いながら見守るソフィア。
そんな構図がこの場に築かれていた。
「…ギュリエ、あなたがそんな選択を受け入れたのは、こんな理由があったからなのね」
「無論だ。多くの犠牲を出さず、お前を分離する。それが出来るからこそ、この案を受け入れたのだ」
「でも、妙ね?私の覚えているあなたはもっと慎重だったはずなのだけど…よくぶっつけ本番で許可したわね?」
「そんなはずなかろう。何度も実験し、何重にも安全性を担保した上で行なったさ」
サリエルとギュリエディストディエスとの間ではこんな会話が繰り広げられていた。
そしてサリエルがその準備段階に興味を示したことをきっかけに、ギュリエディストディエスは今まで何があったかを話し始めた。
◇ ◆ ◇ ◆
ギュリエディストディエスがユーゴーを初めて観測した際、抱いた感想は『危険極まりない異物』であった。
システムに囚われた身でありながらシステムの外の領域にまで手を伸ばし、片足を突っ込むどころかほぼ全身が入り浸っている。
挙句に世界の理へと容易く干渉する手段を有すると来れば、ギュリエディストディエスが排除に動こうとするのは当然のことであった。
しかしその行動方針も、彼と直に接触したことで変更の余地が生まれた。
___此奴には力があるが、同時にそれを扱えるだけの倫理がある。
___此奴には欲があるが、同時にそれを制御できる理性がある。
ギュリエディストディエスの中で、ユーゴーは『対話不能な顕在的脅威』ではなく『対話可能な潜在的脅威』へと切り替わった。
そんな頃である。ユーゴーから協定を持ちかけられたのは。
『私はこの星を破壊したりしない。それを守る間はあなたにも私の邪魔をしないでいただきたい』
その内容は、ギュリエディストディエスが今までこの星の生命に対してとってきた対応を明文化したものであった。
星やそこに住まう生命を管理し、基本的には不干渉を貫く。そして星に危機をもたらす存在に対しては強硬な手段を用いることで対処する。
故にこそ、自身の信条を曲げるわけでもなく『自分が今までやってきた対応と同じ対応をする』という協定を結ぶのに否はなかったのだ。
そしてユーゴーが魔王軍相談役なる役職につき、魔王軍に共存することになった際にも似たことを持ちかけられた。
『俺が貴方に頼みたいことは一つです。"俺が協定を守る限り邪魔をしないこと"。それさえ守っていただけるなら貴方が何をしようが構いませんし、こちらから何かを命令することもしません』
『……協力しろとは言わないのだな』
『申し出てくれる分には歓迎しますが、こちらから強制するようなことはしません。それをして貴方の責務や信念に抵触し、邪魔をされることが目下最大の障害ですので』
『……承知した』
本来であればあれこれと理由をつけて協力を要請しそうなところを、彼は不要と言い切った。
自らの存在を前提とせず、協力を断られる前提として計画を練っている。
こちらの弱みを握ろうともせず、それ以上踏み込んだ取引を持ち込もうともしない。
そんな一線を引いていたユーゴーにギュリエディストディエスは今まで通り静観を貫いていたが、ユーゴーの行っている研究やその目的を知って少々行動方針を変えることにした。
彼の目的は『サリエルをシステムから切り離し、システムを自走させるために再設計すること』であり、そのために色々と研究をしていた。
宇宙エネルギーを精錬・加工してMAエネルギーとする研究、スキルをオーブ化して抽出する研究、システムの鑑定に依存しない鑑定能力の研究、そしてポティマスを釣り出すためのエサの研究…。
それらの研究を同時並行で進めているユーゴーに、ギュリエディストディエスは自らの責務を逸脱しない範囲で力を貸すことにした。それこそがギュリエディストディエスがユーゴーに対してできる最大限の譲歩だった。
『…テストは?』
『この通り。サンドボックスにて現在までで計5万回テストし、その全てでサリエルへの負担軽減を実証済です』
『…ロールバックは?』
『三重にして、エラーが発生次第即座に旧系に復帰可能な設計です』
『…我の介入権限は?』
『この範囲で付与しています。ただし発動条件は下記の通りです』
『……静観する。必要ならば協力にまわる』
当然ながらそれほどの大事業のぶっつけ本番を許可するつもりはギュリエディストディエスには毛頭なく、種々のデータの開示をユーゴーに求めた。
必要なデータを余すことなく開示し、その結果に納得したことで彼は本格的に協力する態勢をとった。
そしてサリエルをシステムから切り離すことに関して一悶着…と言ってもすぐに収まったごく小さな揉め事があった。
『システムの演算処理の外部委託は?』
『可。サリエルだけが行う必要はなく、外部委託できるならばそれでも良い』
『MAエネルギーの外部供給への切り替えは?』
『可。宇宙エネルギーからMAエネルギーを生成できることが判明した以上、サリエルを犠牲にする必要はない』
『システムアナウンス処理の外部委託は?』
『不可。システムアナウンス…サリエルの声は単なる音声ではなく、世界の法則そのものに働きかけるものだ。単なる音声データでは代替不可能だし、それはサリエルの存在意義を削るに等しい。我はそれを認めない』
『了解。では当初の案からシステムアナウンス処理の外部委託のみを旧系のままにして確定します』
『……異存はない』
___それはサリエルでなくても可能か?
___それはサリエルの負担を減らせるか?
___それはサリエルの存在意義を削らないか?
ギュリエディストディエスが定めたこの三つの制約の中で、ユーゴーは当初の案を見直し、即座に修正する。下手に当初の案を通そうとせず、また交渉を図ることもなかった。
『神を犠牲とする世界』から移行する先は『神を不要とする世界』ではなく、『神が神として働くことのできる世界』。
依然として世界の方針の最終決定権はサリエルにあり、神の仕事は減ったもののその存在価値や存在意義、責任は従来よりむしろ高まっていると言える。
『技術的には10分の観察で十分維持可能です』
『……ダメだ。30分見ろ。世界規模のシステム再設計だ、断じて失敗することはできない』
『了解。多重化・冗長化してそれまで引き伸ばしましょう。…10分ではアリエルさんにとってもあまりに短すぎるでしょうからね』
『………そうだな』
本来であれば10分間問題なく稼働できれば当面の間稼働し続けられるはずだったが、絶対に失敗できないという点もあり、チェックを何重にも行うこととなった。
それは技術的な面だけでなくアリエルに対してサリエルとの話す時間を取る、という側面もあっての変更だったが、結果的に功を奏したと言える。
◇ ◆ ◇ ◆
ギュリエディストディエスの話を聞いたサリエルは、驚愕で目を開きっぱなしであった。
かつての人類が総力を上げてもどうにもならなかった問題に、終止符が打たれた。それどころか、犠牲前提でまわる世界を犠牲がなくてもまわる世界へと設計しなおしてしまった。
世界を変える___想いと力ではなく、理論と技術によって。それを成した少年の姿を、サリエルは見つめる。
(……この子はきっと、誰よりも
自らの強さを疑う。
自らの限界を知る。
自らの弱さを理解する。
それらから人間は普通目を逸らすものだ。自分は他者より優れていると思いたいあまり、自分の欠点から目を逸らす。
だからこそ、それを真正面から見据え、受け入れ、逃げない人間は強くなれる。
そう、彼は___
___
◇ ◆ ◇ ◆
プンプンと怒るアリエルさんを宥めていると、ふと管理者の二人から視線を感じる。
サリエルからはなぜだが慈しみの視線を、ギュリエディストディエスからは……よく分からない。もう少しサリエルに会えて嬉しそうにすればいいのに。
相変わらず堅物なギュリエディストディエスに内心呆れていると、メラゾフィスが近づいて声をかけてくれた。
「ユーゴー様、無事にご大任を果たされたご様子」
「お前の献身あってこそだ、メラゾフィス。期待には添えたか?」
「えぇ。九割ほどは」
「…うん?九割?」
てっきり『完全に』などと返されると思っていたので思わず聞き返してしまった。
…何か不備があっただろうか?
そんな考えはメラゾフィスの次の言葉で霧散した。
「お嬢様との式はいつにいたしましょう?」
「…………………は?」
「忘れていた、などとは仰られますまいな?必ず責任を取る、という言葉はこの耳でしっかりとお聞きしましたよ」
「いや、そういうことじゃない。責任から逃げるつもりはない。ないが…今それを言われるとは思っていなかった」
『世界の趨勢が定かではない以上軽々と約束はできない』と言った覚えはある。
…確かに世界のシステムが再構築された以上、未来は安定したものではある、のか…?
俺が言葉に詰まっているのを見たアリエルさんは、どこぞの読心能力持ちの幼女の如き企み顔をする。
…とても嫌な予感がする。
「おやぁ?おやおやおやおやおやぁ???そ〜れはいけないねぇユーゴーくぅん?大事な婚約者に関する約束を忘れるなんて、一番やっちゃダメなミスだよ〜??」
俺の周囲をぐるぐると回りながら、俺の目を覗き込むような体勢で煽り散らす。…鬼の首でも取ったかのような態度の変わりようである。
なんというか、みみっちいことにこだわりよる。そんなに恥ずかしかったのか…?
「…別に忘れていたわけではないと言っているでしょう。あくまで優先順位の問題です」
「優先順位って言ってもさー、ソフィアちゃんはそれじゃ納得しな____いででででででっ!?暴力はんたーい!助けてよサリエルー!」
軽ーくウメボシを喰らわせるとアリエルさんはサリエルを盾にして隠れた。ネコか貴様は。
「あらまぁ…それより、えっと、ユーゴーくんだったかしら?件の演算装置なんかがこうして剥き出しで大丈夫かしら?」
「ギュリエディストディエスから聞いていませんでしたか?アレは『本命』を運ぶためのアタッシュケースに過ぎません。システムに本命を組み込んだ今となってはただのランドマークです」
サリエルからの質問に答える。
本命となるパッチをシステムに組み込み、演算処理能力とMAエネルギー自動精錬・加工能力、および魔術的ファイアーウォールを組み込むことで、システムが自走する最低限の能力を付与した。
これ以降もファイアーウォールを定期的にアップデートし、防衛を強化する腹積りだ。
形あるものいつかは壊れる。それと同様にどれほど強固なプロテクトもいずれは突破される。だからこそアップデートを前提にしたのだ。
「……で、いつ式は挙げるのさ?」
「結局それに戻るのですか…。とはいえ、これからソフィアと話し合わないと具体的なことは言えませんが、もうしばらくかかると思いますよ。俺の公的な立場はレングザンド帝国の皇太子ですし、各方面との最終調整もしないといけないので」
原作と違って謀反などは起こしていないため、公的な立場はまだ確固としたものだ。ちなみに皇太子になったのは学園滞在中のことである。…無視して弟妹の誰かを据えてくれても良かったんだが。
ソフィアとの結婚に備えて調整してきたが、本来侍女との婚姻など断じて認められない。
もちろん強権でゴリ押すのもアリだが、そうしてしまうと後々面倒なことになってしまいかねない。
「………なら、私にいい案があるんだけど?」
悩む俺に提案するアリエルさんの顔は、何度も見てきた悪巧みするそれであった。
◇ ◆ ◇ ◆
世界の再設計からおよそ一ヶ月が過ぎ、俺とソフィアは式を目前に控えていた。
あれからは激動の一ヶ月だった。
手始めにアリエルさんの武力を前面に押し出した砲艦外交によって強制的に和平を成立させた。
普通なら成立しないはずの和平だったが、ダスティンがアリエルさんに暗に協力し、『神言教は魔王軍との和平に全面的に同意する』旨の声明を出したことで反対の声は一気に下火に。
そしてレングザンド帝国の名代たる俺の賛成がトドメとなり、表立って反対するものはいなくなった。
当然水面下では色々と動きがあるが、そこは逐次対応していけばいい。
こうして人魔大戦は一応の和解を迎えた。
ソフィアとの件に関してだが、アリエルさんの悪ノリにメラゾフィスが同調した結果、見事なカバーエピソードが作り上げられた。
内容を要約すると、『秘密裏に婚姻を結んでいたユーゴーとソフィアだったが、政争の中で生き別れた。没落貴族の娘として生き抜いてきたソフィアをユーゴーが発見し、二人は主従として再会することに。そして人魔大戦を乗り越えたソフィアは身分を明かし、婚姻関係にあったことを明らかにする』というもの。
粗は多いが、即興かつ悪ノリで考えたにしてはよく出来ている。これくらいならばゴリ押しで婚姻を結ぶこともできるラインである。ソフィアのご両親も草葉の陰で白目をむいていることだろう。
…などとこの一ヶ月を振り返っていると、部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
「お邪魔します」
入ってきたのはシースルーのネグリジェを纏ったソフィア。
今や原作を大きく上回る非常に豊満な身体つきとなり、それを覆い隠すにはあまりに頼りない装備のまま月明かりに照らされた姿は、幻想的でありながら極めて淫靡であった。
「……流石に婚前交渉は」
「うふふっ、私は一向に構いませんわよ♡…ですが、今日はそうではありません」
薄く微笑みながら、ソフィアは俺を優しく抱擁する。
身長差の関係で抱きつく、という表現の方が相応しいが、その姿からは色香ではなくただの喜びと安堵、そして穏やかな幸福感が満ちていることが見てとれた。
「………ようやく、です」
「…遅くなって本当にすまない」
「ふふ、本当です。前世も含めると三十年近く待ちました」
俺からもソフィアを抱きしめ返す。全身ですっぽり覆い隠せてしまえそうなほどに、彼女は小さい。だが、そこには確かな温もりと柔らかさがあった。
普段ならばドギマギしていた甘い香りも、暖かな体温も、肌の柔らかさも、今はただ俺に彼女の存在を伝えるサインとして受け取ることができていた。
「……彰子。ソフィア」
「はい、健吾くん。ユーゴーくん」
少しだけ距離を置き、彼女の瞳をしっかりと見つめる。
宝石のような赤い瞳に、吸い込まれそうな錯覚に陥りながらも丁寧に言葉を紡ぐ。
「前世から、あなたのことを愛していました。今世でも、それは変わりません」
「……はい」
「俺と共に歩んでください。命が尽きるまで、ずっと一緒に」
いつもなら恥ずかしさが勝って言えない言葉も、今はすらすらと出てくる。
それが俺の、本当の想いだから。
前世と今世合わせて三十年以上持ってきた嘘偽りない想いだから。
「っ……はい。私も、あなたと一緒に人生を歩みたいですっ」
涙で声を震わせながらも、ソフィアはそう言い切ってくれた。
どちらからともなく、相手を抱きしめる力が強まる。
そして自然に顔を顔が近づき、互いの唇が触れた。
___ずっと、あなたと共に。
そう言葉にしない誓いをのせて。
こんにちは、作者のコゲ肉です。
というわけで、今話を持ちまして本作『破滅予定の皇子ですが、なにか?』は完結となります。
初投稿故に粗の多い作品になってしまったかと思いますが、作者としては出せる全てを出し切ったつもりです。
色々と不明な部分はありますが、本作では《感情面》で完結した、という認識でお願いいたします。
番外編としてまた別作品で書きたい話もございますので、そちらの方もご覧いただければ幸いです。完成次第リンクもあらすじにて添付する予定です。
短い間でしたが、最後まで本作をお読みくださりありがとうございました。