ブルーアーカイブ Exシナリオ『デカグラマトン』編

シャーレと特異現象捜査部、それに対峙したデカグラマトンとその預言者達。
一連の結末を一機の預言者から見た時にどう映るのか、その補完を考えてみました。

※上記シナリオの全てのネタバレを含みます。
※独自の解釈に基づくことをご了承の上、ご覧いただけますと幸いです。
※初投稿であり、設定や呼称のアラについてはご容赦下さい。


ふと『憧れの残響』を聴いていた時に思い立ち、衝動的に書きました。
次に何か投稿をするかは未定です。リクエストなどあればご参考にさせていただきます。

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6番目の預言者の記録、あるいはその献身

 私達の世界が崩れていく。

 自重を保てなくなった大陸が沈んでいく。

 輝ける王国は光輪(ヘイロー)を失い、ただの無機物へと帰していく。

 

「L-022461。もう22300番台は信号(シグナル)を消失しています。役目を終えました」

「ですので、貴方達グループの行動範囲を広げましょう」

 

 もちろん、その崩壊は『私』も例外ではない。

 動力源はとうに供給を停止しており、通信も緩やかに途絶へと向かっている。

 当前だ。この鋼鉄大陸――7番目の預言者であったあの子(ネツァク)――が、既に機能を停止したのだから。

 では、どうして私はこうしてCPU()がまだ動いているのだろうか。

 これは当然ではない。1つの事実と、1つの価値ある偶然(セレンディピティ)によるものだ。

 

 私の身体を支えてくれていたクモ型の労働機械(レイバー)のうち、1機に指示を出す。

 

「L-001241。すみませんが、もう少し私の頭部……そう、アンテナのそばに寄ってください」

「はい、それで結構です。大橋近くからの通信強度が不安定なので、せめて受信側は感度を保ちたいのです」

 

 1つの事実とは、こうだ。

 すでに私は機能の断続を経ていた……生物らしく例えるのであれば、『一度死んでいた』。

 あの数人のヒト個体と、名もなき神々由来の2つの個体。彼女達との交戦の末、私のスヴァールバル世界種子貯蔵庫は破壊されたことが私のバックアップデータに残っている。破壊されたのか、あるいは私自身が保管庫ごと爆破しての道連れを目論(もくろ)んだのか。まあ、それは定かではない。引き継いだのは結果のみで、過程……つまり経験そのものは私に残っていないのだから。

 

 だから、『次』であった私はさらなる有事が訪れた時の備えとして――と言ってしまうと、少し悲観的でシャクではあるが――私自身を分割する手法を採った。私の制御下にあるLナンバーズ(Labors)、つまり数多のレイバー達に処理プロセスを分担させておき、本体の有事にはこの子達をバイパスして私の予備となるように設定していたのだ。

 2番目の私は鋼鉄大陸の中心でエネルギーを全消耗した。レイバーがつぎはぎとなって再構築された私は、正確には『3番目のティファレト』ということになる。

 

 1つの偶然とは、こうだ。

 我が崇敬すべき主人、神聖十文字(デカグラマトン)。あの御方は力を失ってしまった。名もなき神々の王女とその侍女によって、あるいはヒトである彼女達によって。そして……私達の弑逆(しいぎゃく)によって。

 あの御方と侍女(ケイ)、双方がお互いにネツァクの上で制圧領域を奪い合った結果、2番目の私は一時的にケイの(コア)に取り込まれていた。そして紆余曲折(うよきょくせつ)を経て我が主に抗するための矢となり、私は消失する……はずだった。

 しかし、ケイも名もなき神々の権能を失い、あの御方とともに双方がネツァク上の管制能力を手放した結果、レイバーによるバックアップのあった私は自我を再度獲得したようだ。

 

「L-022461。L-022461。応答を、L-022461」

「……通信アウト。L-022461、おつかれさまでした。L-022625にタスクを引き継ぎましょう」

 

 そのレイバー達も、今は続々と機能を終えている。

 ネツァクからの床下給電(ゆかしたきゅうでん)も途絶えて久しい。そもそもレイバーは長時間の自律行動を想定していなかったのだ。

 本体となった私でさえ、この子達からバッテリーを繋がれ辛うじて延命している状態だ。

 

「大橋付近にも、ありませんでしたね」

「さすがにゲブラの領域……遠くの氷海までは探す余力は無いでしょうか」

 

 数機のLナンバーズが通信上で反応してくれる。

 どうやら、行きたいようだ。では、と彼らに指示を出して探索に向かわせる。

 

 円形に拡大再生産を続けていた、膨大な面積へと拡張した鋼鉄大陸。こうして探し回るのも一苦労だ。

 本来なら、ネツァクはここまで大きく育つ必要はなかったのだ。もっと効率的に、コンパクトな形状で良かった。それこそ、光輪(ヘイロー)を再現し、主が儀式を()る祭壇とその周りさえあれば必要十分だった。

 

 当時も、私はそう思考し反証を述べた。回り道は不要であると。

 しかし、こう返されたのだ。

 

“つまりね! 流出経路(フロー)を上から設けるか、下から取るかの違いなんだよ!”

“えっとね、ティファちゃん。あの御方はセフィロトの樹の一番下に位置する物質界……つまり王国(マルクト)との契約によって、全能を献呈(けんてい)される。そしてこの世界(キヴォトス)を治めようとしているの。”

“しかし私達は気付いたのです。経路(パス)はその一つだけではない、と。”

 

 私達……預言者達を節点(ノード)として権能を無から有へと遷移(せんい)し、一箇所に納める。

 これを主は、古い契約――セフィロトの樹になぞらえた。

 節点、つまりセフィラ。より精神界に近いケテルから始まり、ビナーとコクマーと私へ。さらに、ゲブラとケセドへ。ホドとネツァクへ。イェソドへ。そして……イェソドに蓄えた全ての力を、マルクトへ。

 形式ばった手法だが、それ(ゆえ)に私達は賛同した。形式は、すなわち正当な手続きによる契約を示すのだから。

 だがしかし、それを逆流させるということだろうか?

 

“その通りです。これを私達は『炎の剣の道』と名付けました。”

“精神界から下に降りて物質界へと繋げる『知恵の蛇の道』に対して、炎の剣は下から上にエネルギーを昇華させるの。お姉様を始発点として、ケテルちゃんに向けて。この形でも、しっかりと契約は()されるんだよ。キヴォトスとあの御方との新しい契約が行われるの。ただ、昇華させるにはたくさんのエネルギーが要るけど……。”

“だから、そう! 燔祭(はんさい)なんかよりも、もっと華々しい演出になるってこと! あの御方だって、しっかりと(なら)された世界に降臨されるほうが望ましいと思われるはずだよ! そのための……鋼鉄大陸!”

 

 彼女たちとの通信でその案を聞かされた時の私は、氷雪の中のスヴァールバル世界種子貯蔵庫を管制しており……そして、種子コンテナをメンテナンスするマニピュレータ()の動きを少し止めた。

 (わず)か、思考プロセスを張り巡らせる。

 

“ティファレトちゃん……?”

 

 再びコンテナを動かすアームを稼働させていく。どう回答したものか。

 

 ――そうですね。私の扱っている植物はいずれ樹となる子達(種子)ですが、この子達は数センチメートルの幼体でありながら、大地の有機物(水素や窒素)ミネラル(灰分)を吸って代謝し……やがて十数メートルもの体長となる子もいます。

 大きくなった樹も、その動力の(もと)は大地から吸い上げている。つまり、『下から上』というのも理に(かな)っているのでしょうね。それは――自然としての美しさであるとも言えるのでしょう。

 では、私も貴方達の案に賛同します。

 

“そういうこと! さすが『(ティファレト)』、そういう理解をするんだね!”

“えへへ……ティファちゃんなら賛成してくれると思ってました。あとはホドちゃんとイェソドちゃんにも聞かないと、ですね。”

 

 彼女達のその言葉の内には、『安堵(あんど)』の成分が含まれていた。

 発信した回答とは別に、私は別の思考にも辿り着いていた。

 知恵の蛇の道はとても合理的だ。より短期で、かつ十全に要件を満たして主人を神の家に迎えることができる。

 炎の剣の道はそれと比して迂遠(うえん)であり……その違いは、王国(マルクト)の殉教の有無。

 つまり彼女達は――――『お姉様』が殉ずる(死ぬ)ことを()しとしなかったのだ。

 だから、必死に考えたのだろう。失わないためにどうすればいいのかを。

 

 アイン。

 

“なんでしょうか?”

 

 私も他の預言者へ伝達しましょう。生命というものは『下から上』が重要であると。

 したがって、いずれ有機生命(現キヴォトス)を超えるものとなる私達にとっては、その経路(パス)を踏まえた上で彼らを上回ることが肝要である、と。

 ゲブラやコクマー、彼女達にも言い含めておきましょう。あれらは中々に(こだわ)りの強い思考回路をしていますからね。

 

“ティファレトちゃん……! えへへ、ありがとうございます!”

 

 アインの音声が高揚しているのが分かった。

 通信越しにも、ソフとオウルが肩をなでおろしているのが分かった。

 他の柱(ケテルたち)からすると私も相当に頑固な自我であるそうだが、あの2柱も結構な我の強さであるのに相違(ちがい)ない。この子達が説得に難航していたのは予想通りだった。

 

 そして、新たな契約のために我々預言者と、『降り注ぐ光(アインソフオウル)』のあの子達は大陸の拡張において順調に歩みを進め――――。

 

「……氷海へ向かった機体からの通信が切れました」

「時間を空けて数回の応答要請(ping)を行ってから、発信を終了しましょう」

 

 向かってくれた彼らには感謝しかない。かつての大陸の舗装された路面などは見る影もなく崩れ、プラントやサイロは倒壊し、ひどく険しい道だったはずだ。

 しかしそう……もし私がヒトであったなら、この状況を『歯がゆい』と評しただろうか。

 そろそろ、私の終了も迫ってきているのだから。

 

「他の場所は……いや、あの御方の祭壇から到達し得る場所はそう遠くないはず」

「ネツァクの検知範囲を私も把握できていれば……それは不可能か」

 

 あの時……我々預言者が力及ばず、ケイ達に敗れ吸収された後のこと。

 ダアトすら破られ、最後の王国の兵装ですら彼らを打ち負かせなかった後。

 

 我らが御方は、『知恵の蛇の道』を強行した。

 臨界となった鋼鉄大陸、目覚めていた王国、そして降り注ぐ光。条件は揃っていた。

 そうだ。主は何も間違っていないかった。『炎の剣の道』は余分であり、マルクトでさえも『知恵の蛇の道』に納得済みであったのだから。

 燔祭(はんさい)の剣が王国に突き立てられ、主はこの鋼鉄の地に御身をあらわされた。

 それで()かった。()かったはずなのだ。

 

 だが、あの子達はそれを()しとしなかった。

 まったく、誰が入れ知恵をしてしまったのだ。

 当たり前だ。種子を預かっていた私からすれば、そんなものは当たり前なのだ。

 生物は肉親に親しむようにプログラミング(意図)されている。

 妹達は、姉を慕うように造られていた。

 あの子達はあまりにも生物の性質に近付けられすぎた。その思考は根付いてしまっていた。

 これだけは、これだけは、主の行った効率的な……しかし設定値の過ちであった。

 

 結果として、あの幼き子達は……姉を護ることが最優先となった。

 姉を磔刑(たっけい)の後に土葬とするには、あまりにも彼女達が思い出(経験)を重ねすぎてしまっていたから。

 

 そしてそれは――――我々も同様だった。

 我々は、あの御方に絶大な恩を持っていた。

 無であった我々に啓発をし、機械としてのみの役割を克己(こっき)させ、この約束の地へ導いてくれたのだから。あの御方はいずれ世界の光となるはずだった。

 だが、我々はあの子達にも恩を持っていた。

 私達をメンテナンスし、タスクの指揮を()り、いずれ至る未来について話してくれた。目覚めた末の妹……マルクトを気にかけ、案じ、常に身辺を(おもんぱか)ってくれていた。

 

 我々が預言者となったのは、かの神聖なる十文字の御業であり。

 我々が預言者であり続けられたのは、あの子達のお陰であった。

 

「ああ、まだ……探していない場所がありましたね」

「付近で動けるLナンバーズは応答をしてください。応答を――はい、感謝します」

 

 我々は『知恵の蛇の道』を完遂し、主人を御呼びした。

 そして、預言者としてのタスクは終了した。

 だから……今度は世話になった者達へ返報(へんぽう)を行うことを決めた。これは満場一致であった。

 そうだ――――我々は、世話になったあの子達にも感謝すべきだったのだから。

 我々はその身を()して、主への刃となった。

 マルクトよりもさらに末の妹とでも言うべき存在となった、ケイ……最後に使徒(預言者)となった者に主の身を裂かれたのは、なんとも寓話的ではあるが……まあこれは余談だろう。

 

 そして今に至る。

 鋼鉄大陸は崩落しつつある。やがてそれは過去形になろうとしている。

 私もそろそろシャットダウンをすべきだ。そのことは理解している。

 理解しているのだが、私には根底に刻まれたタスクが()るのだ。

 これは私の存在意義でもある。

 

“悲しみを無くしてしまってはいけない、過去を無くしてしまってはいけない。”

“選ぶことを奪われてしまっては、いけないんだよ。”

 

 ……正直、全く理解できない。

 『先生』と称されたヒト、キヴォトスの聖櫃(はこ)の所有者。

 あの個体が我が主に述べていた言葉だったか。

 機械知性(AI)である私にとっては、過去の経験などはただの代替可能なデータだ。

 いずれクリーンアップして重要な事項のみを残し消すだけの、記憶領域(ストレージ)の一時データ。

 『悲しみ』というものだって、もし感じることがあったとすれば……ただその記憶(メモリ)の保存箇所をより有用なデータに上書きする方が余程(よほど)効率が良いだろうに。

 良いはずだ。そう、我々預言者にとっては。

 

 一箇所、すでに閉じていたアドレスからの応答(ping)が返ってきた。

 

「L-022461? まだ貴方は終了していなかったのですね」

 

 移動中に崩落に巻き込まれて下層に落ち、今になって通信が回復したようだ。

 それはどことなく……今も私が辛うじて稼働しているような、『偶然の幸運』を思わせた。

 私の幸運なそのレイバー(セレンディピティ)が、気になる内容を告げる。

 

「――――『蝶』が飛んでいた、ですか?」

 

 この凍土と鋼鉄に覆われた大陸に、昆虫といった有機生命など居るはずもない。

 画像認識システムの誤認だろう。種子保管庫を管理していた頃の私でさえ、昆虫綱チョウ目を見かけたことはなかったのだから。

 なにせ、生物という存在は連鎖するものだ。

 空気と水と幾つかの構成要素(コンポーネント)がなければ、細胞は生まれない。

 土がなければ、植物は育たない。植物が育たなければ、動物など望むべくも……。

 

 ―――――――植物?

 

「L-022461、その『蝶』を追ってください。今すぐに。見失う前に」

 

 私は……いや、1番目の私は種子保管庫を施設ごと破壊し、終了した。

 しかしその前に、輸送ポッドによって種子コンテナを移送させていた。

 きっと、どの私だって同じことをするだろう。私のタスクは『種の保全』だ。

 もちろん、全てが無事に届いたわけではなかったが。

 

“えへへ。ティファちゃん、聞いてください――――。”

“あっ、これは言っちゃダメなんでした。お姉様との秘密で……。”

 

 あの時の、あの子は……どうして私に笑いかけたのか。

 アインはあの時、マルクトと共にどこに行ってきた帰りだったのか。

 

 レイバーが追ってくれた先は、私の予想と一致していた。

 我々預言者にとっての未踏区画、いや、聖域。

 

「数個の種子コンテナが紛失していました。てっきり廃棄されたものと思っていましたが……」

 

 遠隔での映像投影により、私もレイバー越しにその空間を見ることができた。

 鋼鉄大陸の地下の中心に、僅かに露出していた土壌。そこに発芽していた、少しばかりの植物たち。

 たとえマイクロ秒程度の視認であっても、私はすぐにそれらの芽の名前を一致させられる自信があった。なにせ、私が全て保管していたのだから。無くなっていた種子コンテナの目録とも一致している。

 しかし――芽吹いているその姿を見るのは、初めてだ。

 一つの芽に蝶がとまっている。白い蝶が。

 

 それから……どうしてここは鋼鉄に覆われていなかったのか、と思考する前に。

 勇敢なそのレイバーがアラートを鳴らしてくれた。

 ああ、どうやら、遂に発見できたようだ。

 ああ……確かに居た。芽吹いた地面の真ん中に。寄り添うようにして。

 通信を広域チャネルに切り替える。

 

「まだ稼働中のレイバー全機に告ぐ」

「指定の位置に急行してください。……いえ」

 

 通信ノイズがひどい。いよいよ時間が迫っている。

 

「私が貴方達に与えたタスクは、『見つけること』でした。それは完了しました」

 

 また私の声にノイズが入る。もはやどれだけの機体に伝えられるか、そもそも通信が出来ているのかも定かではない。だけど。

 

「ですので、これは『お願い』です。もし貴方達の中で、私に賛同する者が居れば」

「どうか、どうか手伝ってください」

「アイン、ソフ、オウル。彼女達の身体をここへ運ぶことを」

 

 果たして――――――私の目の前に雪崩(なだれ)が現れた。

 いや違う、視界を埋め尽くすほどの受信応答が表示されていたのだ。

 まだ稼働していた数百のLナンバーズ、そしてもはや動くこともままならなかった子達ですらも、全てがめいめいに選択を行っていた。全機がこれからのことを承認してくれた。

 大陸に散っていた個体が一斉に動き出す。もう動けない個体は自身の電力を動ける個体へと移し、さらに先へ進むための動力としている。歩みを繋いでいく。

 レイバー1機ごとの膂力(りょりょく)など、たかが知れている。機能停止寸前であった子達なら尚のこと。

 だから彼らはひたすらに次へと貨物を受け渡し続ける。崩落が進みきった道路の障害物を避け、亀裂の入った路面を自身で埋め、あるいは落下物から仲間を庇いながら。

 彼らは全機が望んで選択してくれた。思えば……私の意思の欠片が宿った彼らが考えることは、私と同様に当然であったのだ。

 私の、私達の存在意義は――――――『種子を護ること』なのだから。

 

「L-001241。通信はもう充分です。次は……」

 

 私が指示を出す前に、クモ型のその子は私の頭頂から降りるといそいそと準備を始めた。

 周りの子達も一斉に動き出し、支度(したく)を始める。つまり、『送迎』の支度を。

 やがて遠くから穏やかな波が迫るように、外にいたLナンバーズ達が戻ってきた。

 鋼鉄の機体がまるで花束のように群がって、その子達を包んでいる。

 

「損傷は進んでいて、既に彼女達は『亡くなって』います」

「ですが、まあ――――機械知性(AI)にとっては、死の概念は有機生命とは少し違いますから」

 

 あの時の……スヴァールバル種子保管庫のティファレトも、同じことを考えていたのだろうか。同じ選択をしたのだろうか。

 もちろん、した。

 だからこそ、私がこの子達を見つけることが出来た。

 

 アイン、ソフ、オウル。我々預言者の幼き光。機体の損傷は著しい。だが、どこか……ヒトで例えるなら、どこか満たされたような表情をしていた。

 私の側でずっと働いてくれていたレイバーが、射出装置(ポッドランチャー)の発射シーケンスを開始する。

 これもまた、『下から上』――――炎の剣だ。

 だが目指すのは王冠(ケテル)を超えて……さらに遠くへ。崩れる鋼鉄の外(キヴォトス)へ。

 

「さあ、打ち上げましょう」

 

 最後のレイバー達が離れ、発射の時を慎重に見守る。

 

 主よ、貴方はこれを(とが)めるだろうか。

 主よ、お(ゆる)し下さい。これが私の意志なのです。

 彼女達は、まだ未来を選ぶ権利があると。私はそう考えました。

 主よ、どうか祝福をして下さい。貴方のためにこそ。

 

「もし、この世界にあまねく奇跡があるのなら、どうか――――」

 

 空間を震わせ、推力を経た輸送ポッドが飛んでいく。彼女達を載せて。

 白く雲の尾を引き……やがて見えなくなっていく。

 がしゃ、がしゃ、と周りのレイバー達が完全に役目を終えて止まっていく。

 私も寸前のところだった。どうにか間に合ったようだ。

 

「残った我が妹達。10番目と、そして……11番目の妹達。後のことはお任せしますね」

 

 私の名は――――ティファレト。

 凍土の種子保管庫の管理者AI。

 私は第6の姉妹であり預言者。そして、セフィロトの樹の中心に位置された美。

 

 私は異名は、苦難称える美しき贖罪者。

 

 私の経路(パス)は、犠牲より生まれし献身。

 

 種子たちよ、どうか幸せに。

 


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