渡我被身子に妹を生やしてみました。

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メモ帳に残ってた作品です


私の名前は癒身子(ゆみこ)です

 

——物心ついた頃から、私は血の匂いが好きだった。

 

 鉄錆のような、でもただの無機質な鉄とは違う。生き物の熱を帯びた、どこか甘くて、ねっとりと重い匂い。その匂いを嗅ぐだけで、胸の奥がキュンと締め付けられるような安心感を覚えていた。

 

 初めて私の“個性”が発現したのは、近所の公園のジャングルジムから足を滑らせて落ちかけた私を、見知らぬ男の子が庇ってくれた時だ。

 すりむいた私の膝と、私を庇って深く抉れた彼の肘。

 真っ赤な血が、白い砂利にぽたぽたと染み込んでいく。痛みを堪えて顔を歪める彼の横顔を見た瞬間、なぜか私の頭の芯がビリビリと痺れた。それは、彼が私を助けてくれた「カッコよさ」に対する純粋な感動だったのか、それとも別の本能だったのかはわからない。

 気がつけば、私は自分の膝から流れる血を掬い取った手のひらを、彼の口元に押し当てていた。

 驚いて開かれた彼の唇の隙間から、私の血が滑り落ち、喉の奥へと流れ込んでいく。

 

——その瞬間、深く抉れていた彼の傷口が、みるみるうちに肉を盛り上げ、綺麗に塞がっていったのだ。

 周りの子たちが「うわあ!」「傷が消えた!」と騒いでいたけれど、そんなことはどうでもよかった。

 私はただ、呆然としているその男の子の顔を、熱に浮かされたように見つめていた。

 

 私の血が、彼の中に入って、混ざり合っている。

 私を守ってくれた“カッコいい”人と、私の血が、今この瞬間、間違いなくひとつになっている。

 

 その時の、腹の底からドクドクと湧き上がるような、甘く痺れるような悦びを、私は一生忘れられなくなってしまった。

 

 それからというもの、私の世界は少しずつ歪んでいった。

好きな人が怪我をすると、心配よりも先に胸の奥が熱くなるようになった。誰かの傷口から滲む赤を見ていると呼吸が浅くなり、自分の血を舐めさせたい、口に含ませたい、私のすべてを相手の血肉に溶かしてしまいたいという強烈な衝動に駆られる。

 

 けれど、それが世間一般でいう“異常”なのだと知れたのは、姉である「被身子」のおかげだった。

 

 ある日の夕暮れ、母の金切り声がリビングに響き渡った。

 私が駆けつけると、姉が小さなスズメを両手で優しく握りしめ、その柔らかな首元に自分の口を寄せていた。姉の口元は、べっとりと赤く染まっていた。

 母がヒステリックに叫び、父が姉の頬を力任せに打つ。パーン、と乾いた音がリビングに響いても、姉は怒ることも泣くこともなく、ただうっとりと笑っていた。心の底から幸せそうに。

 

 私には、姉の気持ちが痛いほどわかってしまった。

「血」を通してしか得られない、あの溶け合うような一体感。姉もきっと、あの一体感を愛していたのだ。

 

 だからこそ、恐怖に顔を引きつらせる両親の反応を見て、私ははっきりと理解した。この衝動は、決して他人に見せては“いけないこと”なのだと。

 それから家では、耳にタコができるほど「普通でいろ」「普通に笑え」と繰り返し言われるようになった。

 姉と私は、必死に仮面を被る術を覚えた。

 笑うときに気味の悪くない、自然な口角の角度。相手を怯えさせない視線の置き方。悲しみや怒りの、適切な見せ方。そうして定規で測ったような反応を返していれば、私たちは「普通」に見える。お父さんやお母さんからも怒られない。

 けれど、私達が被ったその仮面は、自由を愛する姉にとっては、あまりにも窮屈すぎたらしい。

 

 姉が家に帰ってこなくなった日の晩。

 テレビのニュースキャスターが、「女子中学生が卒業式にて同級生を刃物で切りつけた事件が……」と淡々と告げたとき、“渡我”という私たちの名字は、一瞬にして『呪い』へと変わった。 

 仲の良かった友達は潮が引くようにいなくなり、学校ではすれ違うたびに「ヴィランの妹だ」「人殺しの家族だ」と囁かれるようになった。家の中では、世間の目に怯える両親から、さらに強く「普通でいろ」「絶対にお前は姉のようになるな」と、呪文のように叩き込まれた。

 

 昼夜を問わず家には嫌がらせの電話や郵便物が届くようになり、私たちは耐えきれず、逃げるように引っ越すことになった。

 苗字も、呪われた父方の「渡我」から、母方の「献脈」へと変えた。

 

 高校入試を控える年になったが、結局のところ「普通」とは何なのか、私には最後まで分からなかった。

 他人の血を啜って笑えば異常で、ヴィランと呼ばれる。それはわかる。

 でも、自分の血を与えて誰かを助けるのも、なぜ気味悪がられるのだろうか?

 

 私はどうやっても「普通」の人間にはなれない。

 今でも他人の血を見ると背筋がゾワゾワする。自分の個性で、誰かの傷ついた肉体が再生していく様を間近で見つめていると、頭がおかしくなりそうなほど興奮する。

 たくさん自分の血を分けて、色んな人を治したい。相手の体内で私の血を巡らせて、ひとつになりたい。

 

 でも、それは社会から見れば異常らしい。

 どうすればいいのか。どうすれば、この衝動を殺さずに生きていけるのか。

 考え続けた私の頭に、ある日、ひとつの答えが閃いた。

自己犠牲の精神で他者を救い、血を流すことが肯定される、唯一の職業。

――『ヒーロー』だ。

 

 姉は、他者の血を“奪う”ことでしか愛を表現できなかった。だからヴィランになってしまった。

 でも、私は違う。私は自分の血を“与える”ことで愛したいのだ。

誰かを癒し、誰かを救う。相手は助かり、私は至福を得て幸せになる。

 ほら、自己犠牲のヒーローと全く同じじゃないか。私を異常だという社会のほうがおかしいのだ。きっと私は、ちっともおかしくなんてない。

 自分がプロヒーローになった未来を想像すると、顔に貼り付けた仮面がボロボロと剥がれ落ちて、心の底からニヤリと笑みがこぼれた。

 

「ヒーローになれば、たくさんの血がみれるのです。」

 

洗面所の鏡に映る私は、血塗れの口で笑う姉とそっくりな、紛れもない異常者だった。

 

 

【雄英高校・実技試験会場】

 

 試験開始の合図と共に、受験生たちは一斉に模擬市街地へと飛び出していった。

 轟音と共に仮想ヴィランが破壊されていく中、滑り止めで受けた学校のヒーロー科には受かっていた私は戦闘個性向けのポイント稼ぎなど早々に諦め、人知れず自身の趣味――「治療」に没頭していた。

 

 瓦礫の下敷きになって脚を怪我していた少年や、逃げ遅れて頬を切っていた少女。

 私はそんな怪我人を見つけるたびに、自分の指先を切って、傷口に血を垂らして回った。

 傷が塞がった彼らは皆、一様に怯えた顔した後にお礼をして私から逃げていったけれど、私の中の「与えたい」という渇きは、少しだけ満たされた。

 だが、そんな幸せな趣味の時間は、突如として終わりを告げた。

 周囲の受験生たちの悲鳴。地響きを立てながらこちらに向かってくる、ビルよりも巨大な0ポイントヴィランのキャタピラ音。

 

「逃げろ!」「あんなの勝てるわけない!」

 

 パニックに陥った受験生たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく中、私も立ち上がって背を向けようとした。その時だった。

 

 人混みを逆行するように、一筋の緑色の影が飛び出していくのが見えた。

 

ドゴォォォォンッ!!!

 

 凄まじい衝撃音と共に、巨大なロボットの顔面が粉砕された。

 

 そして今、私の視線の先には、空から落下してきた先ほどの緑髪の少年が、地面に蹲って倒れている。

 なんと彼は、瓦礫に足を挟まれて逃げ遅れた見ず知らずの女の子を助けるためだけに、自らの両足と右腕を、見ているこちらが痛くなるほどボロボロに砕いてまで、あの巨大なロボットに立ち向かっていたのだった。

 

 そしてあろうことか、手足が紫に腫れ上がり、あらぬ方向に曲がって砕けているというのに、地面を這って動こうとしていた。

 

「……あ」

 

 胸の奥が、これまでにないほど焼けるように熱くなった。

 全身の産毛が逆立ち、体がゾクゾクと震え、呼吸が浅くなる。

 

 なんてカッコいいんだろう。

 なんて、なんて愛おしいんだろう。

 

 折れ曲がった腕。苦痛に歪む顔。彼から滲み出る濃密な血の匂いと、自己犠牲という名の強烈な光が、私の理性のタガを完全に吹き飛ばした。

 

——早く。早く、彼の中に入らなきゃ。

 

 私の血で、彼を満たしてあげなきゃ!

 気がつくと、私は無意識のうちに全速力で駆け出していた。

 地面に倒れ、這って動こうとする少年のそばに滑り込むように膝をつく。

 スカートのポケットに忍ばせていた小さなカッターナイフを取り出し、私は一切のためらいなく、自分の左手の手のひらを深く、横に引いた。

 

「っ……!」

 

 鋭い痛みと共に、見惚れるほど鮮やかな赤が止めどなく溢れ出す。

 

「大丈夫です。今、助けますから」

 

 私は震える声でそう囁くと、突然手のひらを切った私をみて困惑している彼の顎を乱暴に掴み、無理やり口を開かせた。そして、自分の傷口からボタボタと垂れる温かい血を、その無防備な唇の奥へと流し込んだ。

私の赤が、彼の喉を通っていく。

 

 ゴクリ、と彼がそれを飲み込むたびに、彼の体内で砕けた骨が繋がり、裂けた筋肉が編み込まれるように再生していく。

 

 ああ……彼の中に、私が広がっていく。私が、彼を内側から支配して、癒している。

 

 それが、どうしようもなく甘美で、心地よかった。

 私はたちは今、確実に“ひとつ”になっている。

 彼が流した血の代わりに、私の血が彼の体を動かしている。

 頭の髄がトロトロに溶けていくような至福の瞬間に、私はうっとりと目を閉じ、深い溜息をついた。

 

 

【監視モニター室】

 

「……タイムアップ!!」

 

 プレゼント・マイクの終了の合図がスピーカーから鳴り響いた瞬間、暗いモニター室は、不気味なほどの静寂に包まれていた。

 

 プロヒーローたちの視線は、多数ある画面のうち、第B会場を映すひとつのモニターに完全に釘付けになっていた。

 

「……あれは、なんだ?」

 

 イレイザーヘッド――相澤消太が、ひどく低く、警戒の色を帯びた声で尋ねる。

 画面の中央では、一人の少女が、重傷を負って倒れた少年の口に、自身の掌から流れる血を直接注ぎ込んでいた。

 

 ただの個性による救護活動だと言われれば、それまでかもしれない。少年の体の傷はみるみるうちに治っていっているのだから。

 だが、教師たちが息を呑んだのは、その異常な光景のせいだった。

 少女の表情は、怪我人を心配する者のそれではない。まるで愛しい恋人に深い口付けをするかのように熱に浮かされ、頬を紅潮させ、完全に恍惚としきっていたからだ。

 

「……資料によれば、彼女の個性は『血癒(ちゆ)』だそうさ。自分の血液を飲ませたりすることで、対象の怪我を修復する能力」

 

 リカバリーガールが、苦虫を噛み潰したような顔で手元の書類を見る。

 

「だが……やり方が、あまりにも猟奇的すぎるね。あの治癒行動には、明確な『快楽』が伴っている。あんな顔をして人を治す人間を、私は知らないね」

「献脈 癒身子……前の苗字は、渡我、か」

 

 ブラドキングが書類の名前を読み上げ、その顔に険しい影を落とした。

 

「昨年世間を騒がせた、あの連続失血死事件を起こしたヴィランの……妹か」

「…」

 

 血筋。快楽による個性行使。ヴィラン予備軍と言っても過言ではないその異常性に、プロヒーローたちの間に重い沈黙が落ちる。

 

 その沈黙を破ったのは、一番小さなシルエット――根津校長だった。

 

「身内がヴィランであろうと、動機が不純であろうと、彼女の精神性がどれほど歪んでいようと……彼女が身を挺して彼を『救った』のは、揺るぎない事実なのさ」

 

 根津校長は、画面の中で恍惚と笑う少女を見つめながら、静かに紅茶を啜った。

 

「ヒーロー科として、身を粉にして他者を救う有益な個性を持った生徒を、精神性を理由に見逃す訳にはいかない。……なに、我々教師陣で、正しい道に導かねばならない『問題児』が、一人増えただけのことだよ」

 

 

【第B会場】

 

「えっ!? な、なにを——!!」

 

 私の血を無理やり飲まされ、完全に折れていたはずの手足が嘘のように完治した緑色の髪の少年は、目を覚ますなり悲鳴を上げてズルズルと後ずさった。

 口の周りを真っ赤に染め、心底怯えたような目をして私を見る彼。

その視線に射抜かれ、熱狂の渦に沈んでいた私は、ハッと冷水を浴びせられたように我に返った。

 

 いけない。いけない、いけない。

 見られている。私はいま、異常者の顔をしていた。

 練習した“普通”の仮面を被り直さなきゃ。

 私はゆっくりと立ち上がり、血塗れではない方の手でパンッ!と頬を強く叩いて気合いを入れる。

 口角を上げすぎないように気をつけて、目は細めすぎず、心配そうな「普通」の笑みを作る。

 そうだ、ここで優しく「どこか痛むところはありませんか?」と聞けば、私は完璧に「普通」の優しい女の子だ。

 さあ、言うのよ、癒身子。

 

「怪我、治ってよかったですね。……ねぇ」

 

 私は小首を傾げ、三秒だけ彼の震える瞳を真っ直ぐに見た。

 そして、無意識のうちに、血が滴る右手の手首を彼の顔の前にそっと近づけながら、熱っぽい声で囁いてしまった。

「もっと、チウチウして?」

……ああ。

 どうやら私、まだ“普通”にはなれていないみたいだ。

 





【キャラクターファイル】
献脈 癒身子(けんみゃく ゆみこ)
個性『血癒(ちゆ)』
自分の血液を怪我人に飲ませる、あるいは傷口に直接塗布することで、対象の怪我を急速に細胞分裂させ治すことができる。怪我の大きさや重症度によって必要な血液量が変わる。
すでに完治している古傷や、手足や臓器の欠損などは治せない。
また、個性の副次的効果により、自分自身の怪我も常人の数十倍の速度で治癒する。
渡我被身子(トガヒミコ)の実の妹。
狂気を隠し、「普通」を目指して日々奮闘するカアイイ女の子。好きな男性のタイプは、ボロボロになって血を流している人。実は姉と本質がよく似ているらしい。

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