死亡遊戯のない世界で生きていく。   作:まーぼー。

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黒糖(3月12日)

 

「ん……。」

 

私は再び目が覚める。目を開くと…そこは見知らぬ天井。ふかふかと柔らかな感触が身を包んでいることから私はどうやらベッドで寝ていたらしい。上体を起こすと、サラサラとした黒い髪と明かりを吸収して反射した赤いメッシュが頬を撫でる。十字架とハートのピアスたちが揺れる軽い音を鳴らしながら下を見ると、自分の衣装が嫌でも目に入る。…やっぱりあの死装束(メイド服)だ。

自分の現状がいまいちわからず溜息を吐く。さっきまで見ていた現実が本当にそうだったのか疑問に思えてくるほど私が今いる環境はリアルなものだった。

ベッドからはお日様の香りがする。毛布を触るとふわふわとした優しい手触りが緊張感をほぐしてくれる。

辺りを見回す。夢の中の家ほど立派なものではなく、普通のどこにでもあるような子供部屋に見える。

机があるが、上には何もない。

鏡台が見えるが…化粧品の類もない。

カーテンは閉められている。耳を済ますとガタガタと窓が風に揺られていて、何か細かなものがぶつかる音と、滴る音が響く。…どうやら大雨が降っているようだ。

…全体を見ると、よくベッドが手入れされている以外は何もない。新品の部屋なのか、あるいは誰かが去ったから何もないのか。あまりにも退屈そうなこの部屋で私は目を伏せる。すると、正面の扉からコンコンと軽くノックされる音が響く。私はベッドの中でシーツを握りしめる。無意識のうちに表情が硬くなる。扉が開かれるとそこには見知らぬ男が立っていた。その手には何かを持っている。…これがゲームの始まりなのか、あるいはこの男もゲームの関係者なのか。そんな邪推ばかりが脳裏によぎるが…。

 

「おや、起こしてしまったかい?…すまないね。」

 

そう言って入ってきた男は毒気も感じられないほどの穏やかな声で謝る。こちらに近づいてきた男は頼りがいのなさそうな顔で。黒い髪には青いメッシュが入っていて…なよっとした雰囲気の青年だった。

 

「別に…その前から起きてたんで。」

 

私の枕元の隣にある小さなデスクの上にポットとマグカップが乗ったトレイを置く。男は私の無愛想な返答を気にせず、ポットからマグカップに飲み物を注いでいた。それは甘い香りを漂わせており、暖かな湯気が少しだけ見える。

 

「カフェオレだよ。…好きかい?」

 

男は促すように私に聞く。その聞き方は押し付けるようでも、無関心なそれでもなく。

 

「まぁ、嫌いじゃないですけど。」

 

そう言ったら男は、マグカップにゆっくり注ぐ。

 

「待って…毒とか入ってないですよね?」

 

そう言うと、彼は驚いた顔をして首を左右に揺らす。

 

「君が今から飲むのは同じものだし…。そもそも毒なんて入れるわけないでしょ?ホラーゲームじゃあるまいし…。」

 

そう言って男は気にせず飲む。やや警戒しながら注がれたカフェオレを口に含むと、程よい甘さが広がる。蕩けるようなミルクと砂糖…そして香り高いコーヒーのバランスが整った、優しい味だった。飲み込めば、喉元を通って、胸の奥からお腹の中までも暖めてくれる。その味に少しだけ安堵した。

沈黙が訪れる。外は雨音…部屋の中はカフェオレを啜る音だけが時折響くだけ。私の近くではシーツがずれたり、毛布を握るような音が、そして男の方からは姿勢を変えたときに出る椅子の軋む音だけ。

…私は男を見つめる。この人は何者だろうか。ゲームの関係者ではないのだろうか。わずかな疑心と警戒を抱えながら、私は口を開く。

 

「んで…あなたは何なんです?そもそも…ここはどこなんですか?私はどうしてここに。」

 

一気に質問しすぎただろうか。男は少し目を丸くしている。

 

「そんなに慌てなくても一つずつ答えるよ。」

 

男は穏やかな声音を崩さないまま、私に目を合わせる。私はその視線を見つめ返すと、男は一瞬だけ目を逸らした…気がした。

 

「まず僕はここの家主だ。普段は大学生だけど、今は春休み中。副業で稼ぎながら暮らしているよ。年齢は19。今年の7月で20歳になるよ。」

 

私よりも3つ上か。ん…?7月?

 

「君はこの酷い雨の中、外で倒れてて「…は?ちょっと待った。」…なんだい?」

 

男は首を傾げながらこちらを見る。

 

「今、何月何日…なの?」

 

それを聞いた男はさぞ不思議そうな顔をしながら淡々と話す。

 

「今は20─年の3月10日さ。僕は来月から大学2回生というわけだね。いやはや…嫌になるねぇ…。」

 

3月…10日…?私があのゲームに参加したのは11月くらいで…。私は一人で何かを考え込む。男は心配しているのか、どこか困ったような表情でこちらを見ている。

 

「いえ…何でも。続き、話してください。」

 

男は静かに頷く。色々知らなければ先には進めない。とにかく今は…現状を知るところからだ。

 

「続きを話すね。ここはさっきも言ったけど僕の家。君が寝ているこの部屋は僕と一緒に住んでいた人の部屋だったんだ。…まぁ僕は嫌われてしまって、二度とお前と住むかなんて言って出て行っちゃったけど。」

 

何があったのよ…。男は私のことを見たあとに、ベッドの方に顔を俯かせる。

 

「…散歩をしていたんだ。でも運悪く通り雨が来てね。物凄い雷と大雨が降り注いだんだ。いつもの帰り道、歩いていたら…君が倒れていた。しかも…メイド服を着ていて。」

 

そう言うと私の方を見る。私の顔を見ているのではなく、私の衣装を見ているのだろう。

 

「…驚いたよ。あんな衣装を着た女性が倒れていたなんて。救急車を呼ぼうと思ったけど、なぜか圏外になっていたからここに運ばせて貰ったよ。ちょっとおm………運ぶのは大変だったけど、まぁ目が覚めて良かったよ。」

 

大体状況はわかった。つまり…いつの間にか私は倒れていて、この家に保護されて、保護した張本人と話してるというわけだ。

 

「…そ。助けてくれたことには感謝はしてますけど、残念ながら返せるものなんて何もないですよ?」

 

私はいつもの調子で話す。けれど返せるものなんて本当に何もない。財布も無ければ、携帯も何も…。あ、でも一つあるとしたら…。

 

「まぁ返せるものなんて、この体くらいですかね?」

 

軽くからかうようにして言ったが、男は少し目を伏せて

 

「…そんなの冗談でも言うものじゃないよ。」

 

マジレスしてきた。でも、少しだけからかい甲斐はあるかもしれない。この様子からしておそらく童貞だろうし。

 

「はいはい。これからは気をつけますよ。」

 

───────────────────

 

再び静寂は訪れた。私はベッドに半身を包んだままその場を見つめる。いや…どこを見るわけでもなくぼーっとしている。男の方は…そう確認しようとしたタイミングで、男が口を開く。

 

「何にせよ。君には何かあったんだね。あんなところでそんな衣装で倒れてるなんて…普通ではないよ。」

 

それもそうだろう。普通に生きてたら、行き倒れのメイドなんて見つかるわけないし。でも…今の彼にあの世界のことを話しても良いのかと考える自分がいる。

私は一度死んだ…なんて言ったところで信じてもらえるわけもないし。笑って、そうかそうかとか言われてまともに取り合って貰えないのも癪に障るし。ただとりあえずは雑に話を繋げる。

 

「そうですよね。『普通』はメイド服なんて着て外に出ませんしね。」

 

ちょっとだけ嫌味を込めて言ってみる。彼はあの世界について知らないだろうし、苦労とかも知らなさそうだからちょっと八つ当たりをしてみた。

 

「まぁ…人には色々あるんだろう。君にも、話せない何かがあるっていうことなんだろね。」

 

まぁ察するよね。この人もそこまでバカではないらしい。大抵みんなここから根掘り葉掘り聞いてくるものだ。あんたもどうせ他人の過去に興味があるんでしょ?関心ではなく…あくまでただの興味が。

 

「…でも、話せないのなら無理に聞かないよ。きっと、並々ならぬ事情があるんだろうし。いや、そうでなくても君にとっては何かがあった。…僕は君が自分から話せるようになるまで待つよ。」

 

穏やかな笑みを浮かべた彼はそう言った。

 

「…何それ。なんで聞かないのよ。」

 

思わず取ってつけたような丁寧語が砕ける。目の前にいる青年は私のことを聞かなかった。興味がないわけではなく、あくまで『待つ』と言ってくれた。私の質問を聞いた彼は何を思うわけでもなく、軽く唸る。

 

「ん〜…なんでって言われてもなぁ…。なんとなく…?あ…でもさ。やっぱり…自分の興味だけで人を傷つけるのって嫌だからさ。無知さ故に、人を傷つけたりするのは…あんまり好きじゃないというか。ほら、よく言うじゃない?自分がされて嫌なことはしないようにしましょう!って。単純にそういうことだよ。」

 

呆れた。こんなやつがまだいたなんて。こいつの言ってる言葉や言動…まるで道徳の教科書みたい。義務教育のときに習ったそれを馬鹿正直に守ってるやつがいるなんて思わなかった。でも…不思議と笑いは出なかった。普段だったらダサいとかバカ真面目なやつ…とか思ってしまうわけだけど。今はなんとなく呟いた。

 

「…変なやつ。」

 

目の前にいる男は頭をかいて困ったような表情をしている。そんな彼の顔や言動を見ると毒気が消えてしまいそうなので、私の強さを浄化されないうちに話を進める。まず必要なのは自己紹介だ。

 

「はぁ…。一応自己紹介。《黒糖》って言います。歳は16。職業はフリーターです。」

 

表情を変えないまま私は目の前の男に自分の情報を告げる。

 

「ほら…あなたの名前も教えて。家主…じゃ、味気ないし呼びづらいでしょ?」

 

そう促すと、男は軽く咳払いをしてからこちらに向き直る。その表情はとても優しげで今まで会ってきたやつらの中ではいなかった。

 

「僕の名前は真白(ましろ)ユウだよ。親しみを込めて真白って呼んで?」

 

人懐っこそうな笑顔を浮かべた真白は、今までの殺伐とした雰囲気を忘れさせるようで。

 

「これからよろしくね黒糖。」

 

その挨拶に私は思わず少しだけ頬を緩めてしまって…。

 

「ふ〜ん、よろしく…お兄さん?」

 

ちょっとだけからかった。お兄さんと呼ばれた彼はやや戸惑ってる様子。こうして私の不思議だけどなんてことのない日々が始まるのであった。

 

────────────────────────

こうして自己紹介を終えた私に、彼は穏やかな笑顔を浮かべながら提案をする。

 

「あの雨の中にいたんだ。体力だって相当消耗してるでしょ?お風呂にする…?ご飯にする…?それとも…寝る?」

 

真白はこちらの返答を待つ。急かすわけでもなく、かと言って押し付けるわけでもない。ベッド自体は悪くはなかったけど、この微妙な不快感は自分の服装から発せられてるのだと感じた。

 

「ん〜…そうね。じゃ、先にお風呂入っても?この服…着づらいし。」

 

彼曰く、私は外で倒れていたらしくメイド服は雨に濡れていて重い。着心地もあまり良くないし、良い思い出もないからとっとと脱ぎ捨てたいくらいだ。

 

「わかった。それじゃ、バスルームに案内するね。」

 

真白は頷き、立ち上がる。私はその姿を見てからベッドからのそのそと出て彼の案内について行く。彼の同居人だった人の部屋から出たらそこは特別広いわけでもない、普通のリビングがあった。

 

「ここはリビング。ここでご飯を食べたり…料理を作ったり、あるいはこのテレビで映画を観たりするよ。」

 

リビングを見回すと…ソファーに食卓に…広すぎない台所。いずれも綺麗に整えられていて、過ごしやすそうだなんて考える。そしてテレビもまぁまぁの大きさだ。まぁ…私はテレビ番組とかはあんまり見ないけど。流し見するような形で眺めたあと、真白は私が見終わったのを察して次の場所に案内する。

やや冷たい床をしている木製の廊下を歩くと、すぐにバスルームに辿り着いた。脱衣所と洗面台が一緒にあり、タオル用のタンスと洗濯機もそこにはあった。彼がバスルームの扉を開くと、ふんわりと優しい香りが広がって…温泉の景色が一瞬だけよぎった。何より、その広さに少し驚く。

 

「ここがバスルーム。結構広いでしょ?」

 

真白はふふんと自慢げな顔をしている。

高級ホテルのような豪華さやシックなデザインをしてるわけではないけれど、暖色の床と電灯はとても落ち着かせるカラーリングだ。バスルームそのものは大人2人は入れそうなくらいの広さをしている。添えられているものを見ると、まぁまぁな値段のしそうなシャンプー、リンス、そしてトリートメント、ボディソープや石鹸といったケアの為に必要なものが揃っていた。洗顔セットを含めて、真白はそれなりに美容に気を遣っているらしい。…そして横を見れば大きなお風呂が設置されていて。見た感じの長さだと、足を伸ばして入ることもできそうだ。

 

「…まぁとにかく。今日はお風呂に入って、ご飯を食べて寝よう。疲れてるだろ?ゆっくり休んだら、色々と整理すれば良い。」

 

「案内はこれで終わり?」

 

うん、と彼は頷く。私の住んでいたアパートより広いお風呂。ここでゆっくり休めるとなるとまぁまぁ嬉しいというもの。あ、そういや忘れてることがあるような。

 

「…着替えはあとで僕が持ってくるよ。寝間着は僕のお下がりでごめんね。」

 

…気遣いの上手いやつ。私の考えを見透かしてるかのように次々と色々やってくれる。すると真白はこちらを見たまま発言を続ける。

 

「…そのメイド服はどうする?」

 

訪れる沈黙。私にとってこれは忌々しい服装だし、彼にとっては…どう扱えば良いかわからない代物…?まぁ合っても無くても困るものでもないし…。

 

「んじゃ…まぁ雑に放置しときますわ。真白さんが使いたければ好きにどうぞ?」

 

ちょっとニヤつきながらからかうと、真白はんぇぇ…?と変な反応をしている。さて…お風呂に入ろう…。

……ん?

 

「真白さん。」

 

「ん?」

 

「えと…私今からお風呂入るんだけど。」

 

真白さんに話しかける。うん…そうだね。と彼は呟いて、こちらをずっと見つめている。いや、うんじゃなくて。

 

「メイド服、預かるよ。」

 

あぁ…なるほど。捨てない方針なのか。それは理解できた。理解できたけど、まずその前に。

 

「いや…真白さんは出てけよ。」

 

あ!と慌てて真白はリビングに戻る。…真白は私の想定した以上に変なやつだったようだ。

 

 

バスルームに入ると、既に湯気が立ち昇っており…その雰囲気だけで心が落ち着く。シャワーを捻ると、適温の温水がやや優しい勢いで流れ出て、私のお腹から太もも付近を濡らしていく。心地よくて思わず溜息が漏れてしまう。お腹から胸下…そして頭髪と全体を濡らしていく。シャワーの音は部屋の中で反響し、心地よいノイズとなって私の脳内を癒してくれる。ふと意識を向けると、例の屋敷の光景がよぎる。私の他にいた5人のプレイヤーたちは、どうなったのだろうか?あのゲームは誰が残ったのだろうか。…そして、私の体はなぜあんな風にされなきゃいけなかったのだろうか。色んな考えが浮かび上がって、自然と顔を俯かせてしまう。しかし我に返って髪を洗うことに集中する。

使っているシャンプーもリンスも万人受けする良いもので、私の髪質にもとても合ってるように思えた。梳くようにして髪全体に染み込ませ、頭皮全体を指でマッサージするようにして刺激を加える。

…髪は大切なものだ。私はこの黒い髪と赤いメッシュをわりと気に入ってる。見た目は商売道具だったから。

泡を洗い流して、トリートメントを使って全体をケアする。そして…ボディソープを使って体全体を洗う。

椅子があったので座りながら腕や足、お腹や…デリケートゾーンなどを優しく洗っていく。そして…柔らかな2つの双丘に差し掛かったタイミングで─

 

『あんなに余裕ぶっていたのに呆気なく死んで可愛いね…!』

 

知らない男に胸を揉まれながら犯された光景がフラッシュバックする。

私はその光景に数秒だけ洗う手を止めて、少し強めに磨く。すると胸下はじわりと痛みを残して、その証としてか肌を少しだけ赤く染め上げた。

全体を洗い流して…顔を洗ったあと、お風呂の蓋を開ける。

 

「おぉ…。」

 

思わず感嘆の声をあげる。そこには深緑色のお湯が張られていて…キラキラと輝きながらとても良い香りを漂わせている。香りだけならまるで露天風呂のようで、雰囲気だけでもとても癒された。そして…そこに足先をつけるようにしてゆっくり入ると、足元から包み込むようにして温もりが沁み渡る。皮膚のみならず、骨まで温まるような適温。お尻も背中もお風呂にベッタリとつけるような形で全身を預けて…肩までしっかり浸かる。

体全体をゆ〜っくり溶かすようにその温もりを感じる。

 

「んぅ…っ。ふぅぅぅ〜〜……。お゛っ…ほぉぉぉ〜〜……。」

 

完全にリラックスしている。体を伸ばしたり、力を抜いたりしたせいで何か勘違いされそうな声が出てしまう。仕方ないでしょ。とっても気持ち良いんだから。

両手で顔を覆って、天井を見つめる。バスピローがないせいで硬い壁に頭を預ける形になるけど、広いおかげで足を伸ばせるからそこまで辛くはない。何を考えるのでもなく、何を思い出すのでもなくただ見つめる。ほんの少しだけ、胸の奥に暗い感情を抱えながら。

 

「私…本当に死んだのか…?」

 

死の記憶と生きている記憶。頭を何かが貫いた記憶。私の形をした人形が男に犯される記憶。そして…真白に拾われた記憶。また別にある…家出をしたときの記憶。

お金を稼いでは遊んだり、あるいは生活費に消えたり。自分のやりたいことをやっていたら色々足りなくなって。でも…生活の為だけにお金を使うのはストレスで。

だからあのゲームに参加したら…このザマだった。

 

「………。」

 

私は…。何をしているんだろう。そんな風に自己嫌悪に陥りそうになったとき、ノックの音が響く。

驚きすぎて体勢を崩してしまい、ぶくぶくぶくと沈みかけた。ぷはっ!と飛び出したら扉の前から真白の声が響く。

 

「すまないね。ゆっくりしてるときに。タオルと着替えを持ってきたのとご飯ができたからその報告に。お風呂から上がったら髪とか乾かすだろ?洗面台の中にドライヤーとヘアアイロンとかもあるから好きに使って。あと…化粧品の類も。肌に合うかはわからないから、ブランド見て判断してね。」

 

わざわざ伝えに来たらしい。少しだけ傷ついた心に彼の心遣いが沁みる。

 

「はいはい。わざわざありがとうございまーす。」

 

軽く感謝だけ伝えると扉の方を見る。真白はまだ去っていないようだ。まだ何か用があるのだろうか?

 

「…黒糖。」

 

呼びかける声は少し低い。さっきの雰囲気とは違って、やや真面目な感じだ。私は無言で真白の声に耳を傾ける。

 

「その…なんだ。君に何があったのかは知らないけど、君さえ良ければいつでも僕を頼って良いんだよ。」

 

「………。」

 

「君は…まだ16歳の女の子だ。大人びているとは言えどそれでも…本来は守られるべき年頃なんだ。まだ信用はできないかもしれないけど、君が頼れる範囲で僕を信じてくれたら…それだけで嬉しい。」

 

「お節介なことかもだけど。それでも…僕は君の力になってあげたいんだ。僕は君の味方だ。それだけは…忘れないで。それじゃ…長話ごめん。夜ご飯は君が上がったら暖めるから時間は気にしないで良いよ。それじゃ…ごゆるりと。」

 

彼の言葉で色々な思いがよぎる。振り返ってみれば辛い記憶の方が多かった気もする。だからバカみたいにお節介なあいつの言葉が善人面すぎて少しムカつくのと同時に、嬉しくなった。だから…

 

「真白さん。」

 

「ん?」

 

「…ありがと。」

 

小さく感謝を伝えると、真白は去っていった。

 

「あ〜…あっつ。」

 

顔が少し熱い。そして、なぜだか目頭も。これはきっと長湯をしてしまったからだ。のぼせたから…こんな風になったんだ。

 

 

お風呂から上がると寝間着が丁寧に畳んであり、ふわもこなそれと…ショートパンツとTシャツがあった。そして…下着も。……ん?下着?

なんで真白が女性用のショーツを持ってるんだ?やや邪推しながらも着替えを行う。幸いにもサイズはぴったりだ。やや…お尻がきついけれど。

お風呂上がりは暑いので寝間着はあとで着ることにする。髪をドライヤーで乾かしたあとにリビングに戻ると…とても良い香りが部屋を包んでいた。

 

────────────────────────

 

テーブルに食べ物が運ばれてくる。私はソファーに体を預けてその光景を眺める。

 

「ごめんね。今日はもうこんな時間だし簡単なものにさせてもらったよ。」

 

運ばれたメニューはパンとシチューとサラダ。そして…カフェオレが注がれていた。

私はお腹が空いているのか、今は眼の前の料理がキラキラと輝いて見える。今すぐ食べてしまいたいくらい。

真白も食卓に着いて、手を合わせる。

 

「じゃあ、黒糖も一緒に…いただきます。」

 

いただきます。私はやや遅れて食前の挨拶をする。こうして手を合わせて誰かと食べ物を食べるって…どれくらい振りなんだろうか。

まずはシチューを口に運ぶと…冬野菜とごろごろとした鶏肉の旨味が口の中に広がる。滑らかなミルクの舌触りと野菜の甘みが食欲を掻き立てる。そして焼かれたばかりのパンを食べると、なんだか違う甘さが広がった。

 

「これは…黒糖パンだよ。学校とかで出たりしたでしょ?」

 

黒糖パン。そういえばそんなものもあったか。中学生時代の給食にそんなものが出ていたことがある。昔は特別美味いと感じることはなかったけど。今は…

 

「ん…美味しいな…これ。」

 

シチューとパンの相性が良い。ずっと食べてしまいそうな魅力がある。気づいたら私の木のボウルの中は空になっていて…パンも無くなっていた。なぜだろう?

 

「良い食いっぷりだね。……おかわりあるよ?パンもシチューも。」

 

彼は微笑みながらこちらを見ている。その言葉に甘えて頷くと、真白はシチューをたくさんよそってくれた。そしてパンをまた焼いている。

 

「そういえば…どうして黒糖パンなんです?」

 

ふと気になった。パンなんてたくさんあるだろうし。そうしたら真白は答えた。

 

「黒糖の名前を聞いたら食べたくなった。…好きだし。」

 

彼の好きだしという言葉に少し引っ張られながらも理由はなんとなーく理解する。真白はきっと単純な男なのだろう。でも今くらいは単純なままでも良いか…なんて思いつつ、シチューを再び貪るのだった。

 

二人で手を合わせてごちそうさまを告げた。正直かなりお腹いっぱいだ。真白は冷凍庫にアイスがあるとこちらに伝えて、私に選ばせた。高級そうなパッケージの小さなアイスを手に取り、ストロベリー味を楽しむ。真白は…緑茶味を食べている。対話は特にない。静かな時間。時計の針がカチカチと進む音と、アイスの箱にスプーンがぶつかる音が響く。でも…不思議と嫌な気持ちはしなかった。

二人でアイスを食べ終わると、時計を見たら良い時間だった。真白はそろそろ寝るらしい。私もそれなりに疲労が溜まってるのかとても眠気があり…ベッドが恋しくて仕方がなかった。でも一つだけ聞かなきゃいけないことがある。

 

「ねぇ真白さん?」

 

訝しむような様子で彼を呼ぶ。彼は何でも聞いて良いよ!とでも言いたげな表情でこちらを見る。

 

「着替えを貸してくれたのは嬉しいんですけど、なんで真白さんが女性用のショーツを持ってるんです?」

 

真白が、うっ…!と言って固まった。どうやら聞かれたら困ることだったらしい。

どうなの〜?どうなんですか〜?と問い詰めると、堪忍したようにスマホの写真を見せる。そこには可愛らしい女の子が写っていて。何かのコスプレのように見えた。

 

「これ…なんです?さっき言ってた同居人さん?」

 

同居人が女性ならショーツを持っててもおかしくはないだろうし。それならまぁ納得はできるけども。しかし真白は首を左右に振った。どうやら違うらしい。

 

「これ…僕なんだ。コスプレした僕。」

 

…………………は?とんでもない爆弾発言を聞いた。この写真の女の子は真白で…つまり…このショーツは…。

 

「そのショーツは僕のコスプレ用のやつなんだ。もう3年前にやらなくなったけどね。」

 

……これは驚いた。まぁたしかに意外と顔は整ってるし、あの化粧品の数や種類を見ればその技量はなんとなく窺える。とはいえそれはそれとして面白い話だったから記憶して、これから先何かあったときの交渉材料として使うことを考えながら写真を見ながら顔を真赤にしている真白をからかう。

 

「へぇ〜…思ったより可愛らしいですな〜?真白さん」

 

画面の点いていないテレビに反射した私の顔はニヤニヤとした嫌な顔をしていた。

 

────────────────────────

 

「じゃあ休むのはこの部屋で良いんだね?」

 

寝間着に着替えたあと、最初に目覚めた部屋である、同居人の部屋に戻ってきた。曰く、同居人とは従姉妹のことであり、嫌われた原因はそのコスプレによるものらしい。なんとなく理解はできるが、似合ってたしそこまで気にしなくても良い気はするけど。

その従姉妹さんの部屋を私が使う形になる。ある程度の広さもあるし…私が自由に使って良いとのことだ。

彼からタブレットを渡される。暇つぶしの為に使ってくれと言われた。

 

「…こんなに色々借りて良いんです?」

 

至れり尽くせりな対応に少し驚く。今までそんなことをする人間はいなかったし。真白は頷いて、これは君のだとも言ってくる。とことん良い人なんだな。

でも今日は弄る気にはならない。とにかく体が疲れてて…早く休みたい。ベッドにぬるりと入って、枕に頭を預けて目を閉じかけ…真白を見つめる。

 

(この人は使えそうだ。)

 

私は私の幸せの為に楽をしたい。だからこの人に寄生する形で、時々私が何かをすれば楽に生きていけそうだ。…よっぽど私に何もしなかった親とか性的な目で見てくる大人たちに比べれば信用はできる。

すると真白はこちらの視線に目を合わせ…いや少しだけ目を泳がせて口を開く。

 

「必要な情報かわからないけど、何かあったらそのタブレットで僕に連絡して良いからね。もしも僕が返事しなかった場合は、廊下を出て、曲がった突き当りのところに僕の部屋…書斎がある。何かあったら遠慮なく言って。」

 

「おやすみ黒糖。良い夢を。」

 

そう言って部屋を出ていく。こちらに向かって手を振る。彼が去ることにやや寂しさを感じながらも、私も彼に手を向ける。そして電気を消して…目をつぶる。そうして一瞬だけ気づいたことがあった。

 

「今私…寂しいって思ったんだ。」

 

彼の用意してくれた温もりを抱きながら眠りにつく。お風呂の温もりと美味しいシチューの味を思い出しながら私の意識は暗転した。

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