拝啓、クソガキのママになりました。~自称美人な運び屋と少し壊れてる少女の星間逃避行~   作:パッタリ

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14話 緑の結晶と満員の我が家

 カジノ船の喧騒から離れたエリンジウム号のコックピット。

 出発の準備を整えながらハッチが開くのを待っていると、補助席に座るイリスが不思議そうにしながら視線を向けてくる。

 

 「ねえママ。なんでわざわざあんな危なそうな依頼を受けたの? お金なら、わたしが研究所から持ってきた分で足りてるじゃん」

 「エーテリウムが手に入るからに決まってるでしょ」

 

 サンドラはコンソールを叩きながら、当然とばかりに胸を張った。

 

 「なにせ私は、これでも美貌の維持に貪欲で、操縦技術が凄腕な、しがない一般人だからね」

 「……ちょっとわざとらしすぎ。お芝居が下手だよ、ママ」

 「うっさいわね。人間、誰しも若いままでいたいものなの!」

 

 サンドラは顔を真っ赤にして言い返した。

 人類は宇宙へ当たり前に進出できるほどの科学力を手に入れたが、そんな時代であっても老化の抑制には大金がかかる。

 表面的な整形とは異なり、内臓や遺伝子レベルまで対象となるためだ。

 しかも、歳を重ねるほどにメンテナンスの費用は跳ね上がっていくため、一般人はどこかの段階で諦めて老いを受け入れるしかない。

 それに引き換え、魔法の金属たるエーテリウムは、持っているだけで費用をかけずに安定した老化抑制効果を発揮してくれる。

 あくまで老化を遅らせるだけで不老になれるわけではないが、若い女性たるサンドラにとって、文字通り喉から手が出るほど欲しい至宝なのだ。

 

 「えー、なんか意外」

 「あんたも大人になればわかるから」

 

 話していると、モニターが電子音を鳴らした。

 エアロックのカメラに、例の褐色の青年たちと、それに付き添うノアの安物の義体が映し出される。

 

 「噂をすればお出ましね。ハッチを開けるわよ」

 

 プシュー、と音を立ててエアロックが開き、依頼人たちが船内へと入ってきた。

 青年とその妹、そして彼がまとめて落札した行き場のない素体の子どもたち。

 総勢十人以上が一気に流れ込んできたため、全長五十メートル級のエリンジウム号の居住区は、一瞬にして狭苦しい状態になった。

 

 「は~い、こちらが今回の太っ腹な依頼人のセスくん。妹のリエラちゃんを助けるために、カジノで死ぬほど頑張ったらしいのよ。いや~、何日も前から監視カメラを乗っ取って特等席で見てたけど、実に面白い見世物だったわ!」

 

 ぞろぞろと入ってくる子どもたちの後ろから、ノアの義体がケラケラと下品に笑いながら現れた。

 

 「……ノアはちょっと黙ってて。あんたのせいで話が拗れても困るから」

 

 サンドラが冷たい視線を送ると、入れ替わるようにして褐色の肌に銀髪の兄妹が近くにやってきた。

 

 「セスです。こっちは妹のリエラ。……今回は、俺たちのこんな危険な依頼を受けていただき、本当に助かります」

 

 青年、もといセスは、妹の肩を抱き寄せながら深く頭を下げた。

 妹のリエラも、まだ怯えの残る瞳でサンドラを見つめている。

 

 「お礼は無事に送り届けてからにして。いろいろ聞きたいことは山ほどあるけど、まずは現物を見せてもらおうかしら。……エーテリウムよ」

 「これです」

 

 セスが躊躇うことなくジャケットの懐に手を入れ、一つの小さな塊を取り出した。

 サンドラはそれを覗き込み、わずかに眉をひそめた。

 セスの手のひらに乗っていたのは、鈍く緑がかった、奇妙な金属の結晶だった。

 それは宇宙のどこかで採掘される天然の鉱石のようでもなく、かといって工場で精錬された人工物でもない。

 どこか不気味な、人工物と天然物の狭間にあるような歪な質感をしていた。

 

 「……これ、普通のエーテリウムと少し違わない? どういうこと?」

 

 映像や写真にあったものとは異なっているため、サンドラが視線で問い詰めると、セスは少し視線を伏せて、静かに首を振った。

 

 「詳しいことを話すと長くなります。ですが、本物であることは保証します」

 「やれやれ……。私にどうにかできる程度の厄ネタだといいんだけどね」

 

 サンドラは軽いため息をつくと、結晶の塊を慎重に受け取ってセーフティボックスへと収めた。

 

 「とりあえず、ここを出るわ。ノア、あんたはとっとと自分の船に帰りなさい」

 「嫌よ。全力のバックアップが欲しいんでしょ?」

 「ちっ……いい? 全員、適当に掴む場所を確保しておくこと。あのカジノ船を離れてからが、本当の地獄の始まりだからね!」

 

 サンドラが操縦席に深く腰掛け、スラスターの出力を上げる。

 エリンジウム号は、巨大なカジノ船、ゴールデン・タラスクのドックからそっと離脱し、ろくでもない者たちが待ち受けるであろう暗黒の宇宙空間へと、静かに滑り出す。

 しかし、宙域を離脱して数分もしないうちに、エリンジウム号のレーダーには見知らぬ宇宙船の反応が張りついていた。

 背後からピタリと追従してくるが、ビームやミサイルによる攻撃を仕掛けてくる気配はない。

 

 「攻撃してこないのは、中に乗っている大事な存在を傷つけたくないからでしょうね。とにかく生け捕りにしなきゃ意味がないもの」

 

 操縦桿を握りながらサンドラが舌打ちすると、居住区にいるノアから船内通信が入った。

 

 『いやー、大人気ねえ。どう? 怪しい船にストーカーされてるって、警察に通報してみる?』

 

 冗談混じりに茶化してくるノアに、サンドラは呆れ混じりに言い返す。

 

 「あんたね、わかってるでしょうに。お金持ちってのは大抵、警察の上の連中とも繋がりがあるのよ。多少の悪事を見逃してもらうように、法外な寄付金という名の“お願い”ができるくらいには」

 

 さすがに白昼堂々の現行犯や、星系政府の顔に泥を塗るような行為なら警察も動く。しかし、これから悪事をする予定の場所へ警察を近づけないように手を回してもらうことなど、金持ちにとっては造作もないことだ。

 そもそもサンドラ自身も、違法な品物を運ぶ際、末端の警備艇に賄賂を送って形だけの検査で済ませてもらった経験が何度もある。

 

 『まあね。もしも警察の中に、正義感に燃える真面目くんか真面目ちゃんがいたら、私たちは一発で刑務所送りだしね。あはは』

 「……笑ってる場合じゃないんだけど」

 

 通信を切ってモニターに視線を戻すと、ストーカーしてくる船は相変わらず一定の距離を保っていた。

 サンドラがスラスターを吹かして加速すれば、追跡者も加速する。減速すれば、追跡者も減速する。

 試しに完全に推進を止めてみると、向こうも止まってくるという、あからさまな行動を取っていた。

 現在、コックピットにはサンドラとイリスしかいない。サンドラは隣の席の少女に、小声で尋ねた。

 

 「ねえ、遠いところにいる操縦者だけど、あんたの力で動きを止めることってできる?」

 「できるよ。でも、わたしだけだと難しいかな」

 

 イリスはあっさりと答えた。いくら規格外の超能力が使えると言っても、あくまで生身の人間だ。

 距離や対象の数によって限界はある。

 その限界を越えるためには、強力な通信アンテナなど、機械的な外部の力のサポートが必要だった。

 

 「なるほどね。なら、船のシステムと繋いでお願いしようか……」

 

 サンドラがそう考えた時、レーダーの端に新たな光点が明滅した。サンドラの表情が、わずかに険しいものになる。

 

 「……一隻じゃない。二隻、いや、三隻……」

 

 次々と現れる新たな追跡者の反応。

 カジノ船にいた大勢の人間が、二億クレジットを稼ぎ出したセスの身柄を欲しがっているのだ。

 それらが各々で船を出し、エリンジウム号を狙っている。

 となれば、イリスに負担をかけて一隻や二隻の動きを止めたところで、根本的な解決にはならない。

 

 (もし、あいつらがセスのもたらしたエーテリウムの存在に気づいていたなら、こんな生ぬるい追跡にはなってないはず。間違いなく、星系中を巻き込んだ血みどろの争奪戦になってるわ)

 

 奴らが欲しているのはあくまでセスだけであり、エーテリウムの存在はまだバレていない。それが唯一の救いだった。

 どうしたものかと考えながら、サンドラは追跡者たちを引き連れたまま、しばらく適当な宙域を飛んでいた。

 その間に、追跡者の船はとうとう五隻にまで増えていた。

 

 「これ以上、のんびり鬼ごっこに付き合ってあげる義理もない。船に積んでる物資や推進剤にも限りはあるし……」

 

 サンドラは赤い瞳を細め、冷たく呟いた。

 

 「潰すか」

 

 自慢の操縦技術で撒くこともできたが、五隻もの船に連携されて進路を塞がれれば厄介だ。ここで完全に息の根を止めるか、追跡を諦めさせる必要がある。

 サンドラは星系図のコンソールを操作し、エリンジウム号の進路を大きく変更した。

 

 「しっかり掴まってなさいよ、イリス」

 「うん! どこに行くの、ママ?」

 「ちょっとばかし、お熱いドライブよ」

 

 サンドラが目的地に設定したのは、セレスト星系の中心で燃え盛る巨大な恒星──セレスト。

 彼女は、恒星から吹き荒れる強烈な磁気嵐を利用して、五隻のストーカーどもを一網打尽にするつもりだった。

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