これができれば良いのに。
そう思い続けた先にあったのは、憧れだった力。
大好きだった『十種影法術』を扱える身体。
そして、俺は異世界に召喚された。
よりにもよって、死と狂気が隣り合う世界。
ナツキスバルが死に戻る物語に、突然ほっぽり出された。
言葉も文化も違う。
価値観も、倫理も、人との距離感も違う。
それでも一番苦しかったのは、日本を忘れられないことだった。
ネットは繋がる。動画も見れる。音楽も聴ける。
SNSも、掲示板も、日本のニュースも見れる。
画面の向こうでは、今日も日本が続いている。
けれど、日本とは連絡が取れず、俺だけが世界からいなくなって、俺だけがこの世界に来た。自分だけがいなくなった世界も、自分だけが来た世界も、俺にとっては苦しかった。
異世界に適応すれば楽になれる。そんなことは分かっている。
それでも俺は、ネットの影に沈む。帰れない日本に縋り続けながら。
これは、現代の呪いを抱えたまま、異世界で生き残ろうとする少年の話。
その日、
ゴールデンウィーク明けの初日の学校。
いつもの利用している電車の座席で眠ること約三十分。あらかじめ設定していたアラームが鳴り目を覚まそうとした結人は、どこか違和感を覚えていた。気のせいだと言い聞かせて目をこする。
調子に乗ってウェブ小説を読み漁っていたせいか、いつもより身体がだるいと感じる。
帰ったら今日はしっかり寝よう、そう思って目を開ける。
『それ』が視界に収まったのは、まさにその瞬間だった。
目の前に、あのナツキスバルが立っている。
「……」
もう一度目をこする。夢の中かと疑ったがどうやら違いらしい。存在はぶれることなくアニメショーンとしての形を保っている。
黒髪に黒白オレンジのジャージ姿。俺より少し高い背丈に筋肉質な体格。全てが輝いて見えるアニメーションの世界。
間違いない。ここは小説発祥のアニメ、リゼロの世界だ。ということは自分はリゼロ世界に転生したということになる。
そしてここが本当にリゼロ世界というなら、あのペテ公や処女厨みたいな頭のおかしい宗教テロ組織が日常に潜んでいるということになる。
同じダークファンタジーなら、せめて普通の生活を送れる可能性がある呪術廻戦の方がましだと思った。
急にこちらを振り向いたかと思えば、互いの視線が交差する。
「お? よう、もしかしてお前も日本から来たかんじ?」
「俺の名前はナツキスバル! 天下一の無一文!」
「……小瀬村、結人」
あれから俺はこいつ————ナツキスバルとともに街を探索することにした。
さて俺たちの現在地だが、ウェブ小説やアニメの知識からここが王都であることは知っている。知ってはいるのだが、リンガ屋や路地裏、貧民街までの細かい道のりまでは知らない。下手に動けば原作が崩壊し、生存率が下がる可能性がある。
それに、俺が知っているこの世界の知識は、ナツキスバルとその周辺に視点が偏っている。俺がこの世界で生きていくには、スバルと一緒に行動してロズワール邸に迎えられる方が安心できる。
だから俺は自分の意見を言わず、スバルが動くのを待っている。そのせいでこいつがリンガ屋のおっさんに追い出されようが、女子トイレに入って頬に赤く腫れた紅葉を付けてこようが、人にぶつかって川に落ちようが、助けもしないし、する必要が無い。
水で全身びしょ濡れのスバルが、今にも切れそうな顔で俺に言い寄る。
「おい結人! ちょっとぐらい助けてくれたってよくないか!?」
知るか。体育会系だろ、強く生きろ。
アニメのキャラということで会うこと自体気が引ける気持ちと、体育系が苦手という俺個人の私怨によって、俺のこいつに対する態度はだんだん雑になっている。
「はあぁぁ、疲れた。ちょっとあそこで休憩しようぜ」
そう言ってスバルが入っていったのは、トンチンカン等盗賊との遭遇イベントで有名な路地裏だった。アニメで何度も見たからよく覚えている。
……すぐに逃げられるように出口側にスタンバっとこ。
さて休憩と言ったはいいものの、スバルの手持ちといえば以下の通り。
圏外のケータイ、残りが少ない財布、コンビニで買ったカップラーメン、スナック菓子。
対して俺の手持ちは以下の通り。
通学用のリュック、ノートPC、マウス、タブレット端末、スマホ、モバイルバッテリー、Wi-Fi、ワイヤレスイヤホン、ワイヤレスヘッドホン、これら充電ケーブル、有線イヤホン、有線ヘッドホン、筆記用具、真っ白なノートが二冊、使用中のノートが二冊、手帳、日記、扇子、抹茶が半分残ってる水筒、予備の水が入ったペットボトル、ブロック形の非常食、災害時用の懐中電灯、今日の分の昼食、朝残したパンの残り、マイエコバック、渋沢栄一が一枚入ってる財布、電車通学用のICカード、通学時に読む呪術廻戦のファンブックと映画の小説、アイマスク、放課後友達と遊ぶためにこっそり持ち込んだゲーム機類……。
「いや、お前多いって!? なんでそんなに充実してるの?」
「いや、通学中だったし」
ぐぅぅ、と誰かのおなかが鳴った。俺ではないとなると、発信源はナツキスバルに他ならない。
「……」
「……」
「なあ」
「あげねえよ」
これが持つ者と持たざる者の格差というものだ。
さて、本来なら受験生であるはずの俺たち二人が路地裏で戯れている間に(戯れてはいない)、あの三人組がやってきた。原作のスバルは三人まとめてトンチンカンと呼んでいた。正式名称は知らないし覚える価値もない。
ラインハルトや強欲のレグルスを知っている俺からすれば、チンピラの類いだ。
「やべぇ、強制イベント発生だ」
そうスバルがつぶやいた。そして俺は後ろに下がった。
「ちょ、おい! またかよ!」
「いや、俺には無理だって」
まだ一周目、フェルトが通り過ぎたあと、通りかかったエミリアとパックによってスバルが救われる展開。
原作を進める上で、俺は何もしない。正当な理由がここにある。
「まあいい。異世界召喚されたんだ。俺TUEE!!パターンからすれば、ひょっとしたら俺はむちゃくちゃ強いかもわかんねぇ。……なんか身体が軽い気がしてきた!」
「安心しろ、気のせいだ」
「ちょっとは俺を応援してくれても良いんじゃないかな!?」
「何言ってんのかわかんねえけど、俺らを無視してんじゃねぇ、ぶち殺すぞ」
「そりゃ……こっちの台詞だ!」
そういって突っ込んでいったスバル。案の定、原作通りナイフにびびって命乞いをするスバルを殴る三人組の構図が完成していた。よし、いまのうちに逃げるか。
「おい! 助けろよ!!」
「あ、そういやお前もいたな」
スバルの決死な叫びにより、俺は逃げることができなくなった。
「出すもん出したら、命だけは見逃してやる」
「嫌だなぁ」
トンチンカンの一人がナイフを向けて俺に近づいてくる。
どうしよ、そんな俺の脳内にあふれ出した、
存在しない記憶ーーー
『ワン!』
『クァーッ!』
『ガコン! ガコン!』
『じゃあ、行こうか!!』
そうして俺たちは【呪いの王】に挑んだ。
「……ああ、俺たちは無謀にも挑んだんだったな……」
「あぁ? 何言ってんだ、お前?」
そうだ。
十種影法術。
俺は、それを使えるんじゃなかったのか。
「グスッ……よし! 布瑠部由良由良……」
全身からものすごい力が流れているのを感じる。今ならいける! その時だった。
「ちょっとどけどけ!」
金髪の小柄な少女が壁を伝って路地を通っていった。
「————そこまでよ、悪党」
そして銀髪のハーフエルフ————リゼロのヒロイン、エミリアの到着を持って、物語は原作に沿うように戻された。
四周目になり、ようやくスバルは自分が死ぬことによって時間をやり直すことができるのだと理解した。
さて、俺はスバルの死に戻りの周期をカウントできている。仕組みはわからない。スバルが死んだ瞬間、俺も同じように時間が巻き戻っていた。このことを、俺はスバルに告げていない。知らない風で通している。
理由はシンプル。原作を遵守するため。俺が手伝うことで原作が変わってしまうのは避けたかった。あと、好き勝手頼られて使われるのが嫌というのもある。
「なあ、結人、俺は『死に戻r————』ぐっっ!!」
「おい、大丈夫か!?」
このように、どうやら俺に対しても魔女の呪いは発動するらしい。これでスバルは俺を頼れなくなった。
罪悪感はあるが、生きるためだ。割り切るしかない。
二周目三周目に続き、再びまみえるトンチンカン。
「もういい加減、飽きてきたぜ」
俺も内心では飽きてきた。
「衛兵さーーーん!!」
「てめっ、ふざけんなよ!? 普通大声出すか!?」
「————そこまでだ」
そしてかっこいい決め台詞とともに飛んできたのは赤い髪の騎士、ラインハルト。
「ま、まさか……『剣聖』ラインハルトか!?」
「自己紹介の必要はなさそうだ。……もっとも、その二つ名は僕にはまだ重すぎる」
すごい謙虚。どこかの変な目隠しの最強とは大違いだ。
「さて、これで三対三だ。数の上ではこれで同じ。僕の微力がどれほど彼の救いになるかはわからないが、騎士として抗わせてもらう」
慌てた様子でトンチンカンは逃げていった。知ってた。
「珍しい髪と服装、それに名前だと思ったけど……スバルとユヒトはどこから? 王都ルグニカにはどんな理由できたんだい?」
「自分を神だとほざいた頭のおかしい存在Xに拉致されて、気が付いたときにはここにいました」
「……え?」
「それは本当かい?」
「拉致されたのは本当です」
拉致された(気づいたら転移)、のは本当だ。
「そうか……それは災難だったね」
「そうなんです」
スバルが信じられない顔で俺を見る。
「それじゃあ、仕事を見つけるまで、しばらく僕の家に泊まっていくかい?」
「いや、イケメンといると自信をなくすので遠慮します」
「そ、そうかい……とにかく王都の人間じゃないのは確かみたいだね。他に何か手伝えることはないかい?」
「じゃあ、こいつが何かありそうなので、悩みを聞いてやってください」
「この流れで俺に投げるの!?」
後は任せた、原作主人公。
「実は、人を探してるんだ。このあたりで白いローブ着た銀髪の女の子って見なかったか? 超絶美少女の。捜し物を届けてあげたいんだけど……」
「スバル、お前いつの間にそんな美少女と仲良くなってんの?」
「白いローブに、銀髪……すまない、心当たりはないかな。もし良ければ探すのを手伝うけど」
「さすがにそこまで面倒はかけられねえよ。あとは自分たちで探すから」
「自分……たち?」
「いいだろ、別に。じゃあな、ラインハルト。お前には世話になった。このお礼はいずれ……」
そして四度目の盗品蔵の戦いへと赴いた。
何度目かもわからない、高い金属音が耳に響く。
「玉犬! スバルを守れ!」
これまで二度、盗品蔵に赴いた。
一度目はスバルとエミリアに先に行かせ、俺が中に入る前にスバルが死に、二周目に映った。
二度目は玉犬で防御を固めつつ、スバルが攻撃するタイミングで援護に回ったが、練度の差もありスバルが死亡。その間、俺は傷一つ受けることなく、三周目に移ることができた。
そして三度目の今回、同じく玉犬を使い防御しつつ、エミリア……あと勝手に参加したスバルに攻撃役を任せた。
ちなみに原作通り、フェルトは逃がした。あとはラインハルトを連れてくるまで耐えきれるかどうかってところだ。
「はい、掴んだ」
「げ!?」
スバルの片足をエルザの手が捕らえた。ククリナイフがスバルの足を切断するまで残り僅か————。
「————そこまでだ」
その一言とともに、盗品蔵の屋根が破壊され、代わりに一人の『剣聖』が降り立った。
エルザがスバルの足を離し、足を離されたスバルは後ろに下がる。
その圧倒的な存在感にスバルが、エミリアが、エルザが表情を凍らせる中、
「————ふー、やっときた。選手交代だ、後は任せる」
「ああ、舞台の幕を引くとしようか——————!」
マイペースな二人がこの世界を支配した。
「よし、どうにか峠は越えたでしょ」
「あぁ~、疲れたぁ」
原作通りスバルがエミリアをかばって腹を切られた後、エミリアがスバルを治療していた。少し違う点があるとすれば、俺が円鹿の反転術式を使ってエミリアの治療を手伝ったことだ。といっても治療したのは円鹿なので、この疲れはループによるものだろう。いくらアニメーションと声優の声によって作られた世界といえど、五感の感覚は変わらない。目の前で苦しんでいる人がいてなんともないわけがなかった。
「お疲れ様ですエミリア様、それにユヒトも」
「うぃ~」
「その上でエミリア様、此度は————」
「ラインハルトも助けてくれてありがとう」
「!!」
ありがとう、感謝を表すその一言に、ラインハルトはわかりやすいくらいに驚いた顔をした。
しかしすぐに真面目な顔をして出た言葉が
「しかし、自身の至らなさにより、エミリア様に多大な心労をかさせてしまったのは事実————」
「だとしても危ないところを助けてくれたからこうして全員無事で済んだだろ。一人で全てを抱え込もうとするな、無駄に謙虚でイラッとする。自分のおかげで救えたんだって、ちょっとくらい傲慢になってもいいんじゃない?」
「ユヒト……」
「先に言われちゃったけど、私もそう思う。罪が見当たらないなら罰も与えようがない。……助けてくれてありがとう。私が言えるのはそれだけ」
「エミリア様————わかりました。そのお言葉、ありがたく」
ところで、とラインハルトがつぶやく。
「エミリア様、彼ら————スバルとユヒトとは、どういうご関係ですか?」
「行きゆずり」「赤の他人」
「え?」
間髪入れずに答えられ、たじろぐラインハルトの面白さに、俺とエミリアの頬が緩む。
「行きゆずりとしか言いようがないの。二人とはついさっき会ったばかりのはずだから」
「ああ、間違いなくあったばかりだ。スバルが勝手にそう言っているだけ」
「ですが、彼はエミリア様を探していました。事実、この場にいることですし……」
うーんと考えるも、二人にわかるはずがなく。結局その話は霧散し、代わりにスバルと俺の身柄をどうするか、という話に移った。原作通りスバルはエミリアが預かることになり、そして俺も一緒に連れてってもらえることになった。
「それじゃあ、生きましょう」
「ほーい、出発」
スバルは玉犬『渾』が運んだ。ちなみに『白』も『黒』も死んでいない。俺の十種影法術による『渾』は、伏黒恵の不知井底と同様に拡張術式によるものなので、『渾』が死んでも『白』と『黒』は死なず、何度でも顕現できる。そして俺の十種影法術だが、すでに十種全ての式神が調伏されている状態だった。先ほどスバルの治療に使った円鹿も、それによるものだ。俺の十種影法術はすでに完成していた。
なにより、魔虚羅が好きなタイミングで呼べる。これはいずれ俺自身が危機に陥った際、大きなアドバンテージとなるはずだ。
「ふわぁ……疲れた、一旦寝る」
「うん、おやすみなさい、ユヒト」
あたりはすっかり夜になり、眠くなった俺は揺れる馬車の中、自前のアイマスクで目を隠したあと、気絶するように意識を落とした。