Muv-Luv OPERATION:LAST KISS 作:ババンババンバン
一難去って、また一難。
我々は今、新たな困難へ直面している。
だが――やるべきことは変わらない。
戦い、そして勝つ。
ただ、それだけだ。
佐渡島ハイヴより異常発生したBETA群は、帝国軍が必死に構築した新たな沿岸防衛ラインによって、辛うじて食い止められている状況だった。
地下坑道を掘削しながら侵攻してくるBETAに対しては、各地へ緊急配備されたバンカーバスター弾による坑道破壊で対処。
さらに地上から押し寄せる大群には、これまで温存されてきた古参兵たちが中心となり、防御陣地へ張り付きながら迎撃を続けていた。
砲火は昼夜を問わず続き、沿岸部では既に幾つもの陣地が消耗し切っている。
それでもなお戦線が崩壊していないのは、歴戦の兵士たちが文字通り“命で穴を塞いでいる”からに他ならなかった。
だが、それにも限界はある。
戦闘データを統合解析した結果、現在の防衛ラインが維持可能なのは、長く見積もってもあと三日。
それを超えれば、佐渡島より溢れ出したBETA群は日本本土へ雪崩れ込み、極東戦線は決定的崩壊を迎えると予測されていた。
今、求められるのは早急な佐渡島ハイヴの攻略である。
そのためにはまず、ジェイド・ロス率いる地球連合軍バイド討伐艦隊と、日本帝国側との本格的な連携体制構築が必須だった。
この件について説明を受けた夕呼は、まるで些細な雑談でもするかのような口調で言い放つ。
「連携ね。なら、国会議事堂で会談を行いましょう」
あまりにも自然で、あまりにも大胆な提案だった。
普通ならば何重もの政治的調整が必要になる案件を、彼女はまるで“次の実験予定を決める”程度の軽さで口にしたのである。
その様子に、ジェイドは思わず目を瞬かせた。
「なるほど。貴女は確かに、ただの研究者ではないらしい」
彼は少しだけ、彼女のことを理解した気がした。
そしてジェイドは、夕呼の提案へ迷いなく頷く。
その後、夕呼は特殊なパイプラインを使って、頭の固い議員たちとの連絡を取り付ける。
こうして、人類史上初となる“異世界艦隊と国家との正式会談”が行われることとなった。
◇◇
AD.2004.01.15
【日本帝国/国会議事堂】
国会議事堂内は、かつてないほどの騒然とした空気に包まれていた。
まず、佐渡島ハイヴへ投下されたG弾。
そして次に、誰もが陥落を覚悟していた横浜基地。
その防衛戦において、突如として謎の技術を有する未確認艦隊が介入し、圧倒的火力によってBETA群を押し返したのだ。
しかも、その艦隊を率いる司令官本人と、彼らへ接触を果たした香月夕呼が、この場へ姿を見せるという。
これで騒ぐなという方が無理な話だった。
「香月夕呼博士、入ります」
衛兵の声と共に、重厚な扉がゆっくりと開かれる。
最初に姿を現したのは、いつもの白衣を纏った夕呼だった。
そして、その後ろからこの世界とは異なる意匠の軍服を身に纏った男が静かに入室する。
ジェイド・ロス。
異世界から来た討伐艦隊の司令官である彼へ向けられる視線は決して一様ではなく、議員の中には露骨な警戒心や不信感を隠そうとしない者もいた。
しかし、その一方で軍上層部や将官たちの目には別の感情が宿っている。
――期待。
万単位のBETA群を一瞬で吹き飛ばした、あの圧倒的な火力を彼らは映像越しとはいえ確かに目撃していたのだ。
ジェイドはそんな議場の空気を一瞥すると、静かに一礼した。
「皆さま、初めまして。地球連合軍バイド討伐艦隊司令官、ジェイド・ロスです」
低く落ち着いた声だった。
やがて、一人の老将が静かに口を開く。
「まずは単刀直入に聞こう」
「貴官らは敵か、それとも味方か」
議場が静まり返る。
誰もがジェイドを見つめていた。
ジェイドは数秒だけ沈黙し、やがて静かに答える。
「少なくとも、BETAよりは友好的なつもりです」
その返答に、何人かの議員が思わず吹き出しかけた。
重苦しかった空気が、ほんの僅かだけ和らぐ。
ジェイドはそのまま続けた。
「私がここへ来る前に、香月博士から概要は伺っていると思います」
「我々の元いた世界のこと。戦ってきた敵のこと。そして、何故我々がこの世界へ現れたのかを」
「我々は、元の世界へ帰還する方法を探しています」
「ですが、それまでの間、この世界の人類を見捨てるつもりはありません」
「我々艦隊の存在意義は、人類を守り、地球を平和へ導くことにあります」
将官たちは、その言葉へ静かに頷いた。
ジェイドはさらに言葉を続ける。
「既に我々も、BETAを明確な脅威と認定しています」
「――よって、一定期間の軍事協力を提案します」
その瞬間、議場がざわめいた。
軍事協力。
つまり、あの異常戦力が人類側へ加わるということだ。
夕呼が補足するように口を開く。
「現時点で確認されているだけでも、彼らは現行戦術機を遥かに超える航空戦力、高出力エネルギー兵器、そしてBETA光線級に対する極めて高い対処能力を保有しています」
「少なくとも、極東戦線を立て直す切り札にはなり得るわ」
すると、一人の議員が鋭く問いかけた。
「...その対価は?」
当然の疑問だった。
ジェイドは真正面から答える。
「情報です」
「この世界の地理、国家情勢、BETAの生態情報」
「そして、我々が活動するための補給拠点」
「代わりに、我々は戦力を提供する」
合理的な条件だった。
だが、別の将軍が険しい顔で口を開く。
「もし貴官らが敵対した場合、この世界に貴官らを止められる者は存在せんぞ」
ジェイドはしばらく黙っていたが、やがて静かに笑う。
「安心してください」
「我々には、既に別の敵がいます」
その瞳には、幾多の修羅場を潜り抜けてきた者だけが持つ、静かな覚悟が宿っていた。
議場へ漂っていた緊張感が、再びゆっくりと張り詰めていく。
ジェイドは将官たちを見渡しながら、静かに言葉を続けた。
「...ただし、一つ言及しておきたいことがあります」
その声音に、再び全員の視線が集まる。
「我々“討伐艦隊”は、特定国家へ属する軍隊ではありません」
議員たちがざわついた。
ジェイドは淡々と説明を続ける。
「我々は国家を超えて編成された独立組織です」
「どの国にも所属せず、どの国家にも支配されない」
「目的はただ一つ。“人類圏の防衛”です」
その言葉に、将官たちの表情が僅かに変わる。
つまり――
この艦隊は、日本側につくわけでも、アメリカ側につくわけでもない。
“人類側”につくということだ。
夕呼が腕を組み、小さく肩を竦める。
「簡単に言えば、“人類まとめて守ります”って組織ですわ」
「スケールが大きすぎるな...」
誰かが呆然と呟いた。
すると、一人の議員が慎重に問いかける。
「つまり貴官らは、我が国の指揮下には入らないと?」
「ええ」
ジェイドは即答した。
「協力関係は築きます。ですが、我々は独立した立場を維持します」
「これは、国家間対立へ巻き込まれることを避けるためでもあります」
その言葉に、何人かの議員が苦々しい顔を浮かべた。
図星だった。
現状の人類は、BETAと戦いながらも国家間対立を捨て切れていない。
ジェイドはそこで一度言葉を切り、さらに続ける。
「その上で、我々から一つ要望があります」
「香月夕呼博士を、我々との共同窓口として任命していただきたい」
議場がどよめく。
「博士は極めて優秀です」
「状況判断能力、科学知識、そして柔軟な思考力を持っている」
「少なくとも、短時間のやり取りだけでそれは理解できました」
「我々は今後、技術交流や共同作戦立案を進める上で、博士へ相応の権限を持っていただきたいと考えています」
議員の一人が顔をしかめる。
「...かなり踏み込んだ要求ですな」
「承知しています」
ジェイドは落ち着いた声で答えた。
「ですが、今後の戦いは国家単位ではなく、“人類全体”で対処すべき段階へ入りつつある」
「そのためには、国家間調整へ時間を浪費している余裕はありません」
夕呼は小さく溜息を吐いた。
「...なかなかしたたかね?」
「適任だと思ったもので」
ジェイドが僅かに口元を緩める。
誰も否定はできなかった。
今この場で最も“未知”へ対応できる人物が、香月夕呼であることを。
議場はしばし沈黙に包まれていた。
未知の異世界艦隊との軍事協力。
しかも、その艦隊の戦力は既存兵器体系を遥かに凌駕している。
下手をすれば、世界の軍事バランスそのものを崩壊させかねない。
「...現実問題として」
一人の老議員が静かに口を開く。
「我々には、もはや選択肢が残されておらん」
佐渡島ハイヴは依然として健在。
さらに超重光線級まで出現した。
横浜基地防衛へ成功したとはいえ、もしあの艦隊が現れなければ、極東戦線は壊滅していた可能性すらある。
やがて、帝国軍将官の一人が立ち上がる。
「討伐艦隊との共同戦線構築を提案する」
「異議はあるか」
議場を見渡す。
数秒の沈黙。
だが、反対の声は上がらなかった。
疲弊しきったこの世界の人類にとって、ジェイドたちはあまりにも大きすぎる希望だったのだ。
「...異議なし」
その声を皮切りに、次々と賛同が上がっていく。
「異議なし!」
「現戦況を鑑みれば妥当だ」
「少なくとも、今は共闘すべきだろう」
夕呼は腕を組みながら、小さく鼻を鳴らした。
「...これで、ようやくスタートラインってところね」
すると、一人の将軍がジェイドへ問いかける。
「では、討伐艦隊側としての今後の方針は?」
絶望に染まった戦況図を前に、ジェイドは静かに口を開いた。
「まずは、佐渡島ハイヴを落とします」
その一言に、議場がざわめく。
佐渡島ハイヴ。
現状、日本最大級のBETA拠点。
これまで幾度となく攻略作戦が立案され、その度に莫大な犠牲を出してきた死地。
それを、この男は“まずは”と言ったのだ。
将軍の一人が険しい顔で問う。
「...可能なのか?」
「可能か不可能かで言えば、可能です」
「無論、容易ではありません」
「ですが、放置すれば被害は拡大し続ける」
「ならば今、叩くべきだと判断しました」
その声音には、揺るぎない確信が宿っていた。
そして――この日、この時。
異世界艦隊と日本帝国は正式に協力関係を結ぶこととなる。
それは単なる軍事同盟ではない。
絶望の時代において、人類が再び前へ進むための第一歩。
――反撃の狼煙であった。
◇◇
さて────
実は、この佐渡島ハイヴ攻略という“地獄への直行便”へ向かうのは、日本帝国軍と国連軍、そして討伐艦隊だけではなかった。
確かに、討伐艦隊の持つ科学技術は反則じみている。
現行兵器体系を遥かに凌駕する火力。
光線級すら正面から制圧可能な航空戦力。
さらに、常識外れの索敵能力と電子戦能力。
だが、それでもなお“万全”ではない。
彼らは異世界から突如現れたばかりであり、補給線も整備体制も未完成。
加えて、今回相手取るのは佐渡島ハイヴ。
超重光線級まで出現した、極東最大級のBETA拠点である。
いかに討伐艦隊といえど、質で優位に立てても、数の差まですべて覆せるわけではない。
まして今回は、本格的なハイヴ攻略戦。
地上、地下、海上。
さらには光線級による対空迎撃まで存在する、文字通りの総力戦となる。
そのため、国会議事堂での会談終了直後、日本帝国政府と討伐艦隊は各国へ共同作戦参加要請を送った。
名目は“極東防衛共同作戦”。
だが、その実態は少し違う。
それは、“佐渡島という地獄へ共に飛び込む旅人”の募集だった。
当然、当初の反応は冷ややかなものだった。
無理もない。
佐渡島は、これまで何度も攻略作戦が立案され、その度に莫大な損害だけを積み上げてきた死地である。
しかも今回は、正体不明の異世界艦隊まで絡んでいる。
各国首脳部の多くは静観を決め込み、裏では「今回の作戦がどれほど悲惨な失敗を遂げるか」を予想する賭けすら行われていたという。
だが――事態は、誰も予想しなかった方向へ転がった。
ロシア軍、
この三勢力が、相次いで共同作戦参加を表明したのである。
その報告を受けた横浜基地司令部では、一瞬本気で通信エラーが疑われた。
何故なら両国とも、現在進行形で激戦区を抱えている。
決して余裕がある状況ではない。
それでもなお、彼らは兵を出す決断を下した。
理由は単純だった。
――勝機が見えたからだ。
これまでの人類は、“BETAへどれだけ損害を与えられるか”という戦いしかできなかった。
だが討伐艦隊は違う。
彼らは横浜基地防衛戦において、“BETAを圧倒する”という前例そのものを作ってしまった。
それは、絶望へ慣れきっていた人類にとって、あまりにも大きすぎる衝撃だったのである。
さらに言えば、各国の思惑はそれだけでは終わらない。
各国諜報機関は、討伐艦隊と日本帝国が急速に接近している事実を既に掴んでいた。
ならば――
ここで日本帝国へ恩を売ることができれば。
あるいは、討伐艦隊との独自パイプを築ければ。
彼らが持つ超常的科学技術へ接触できる可能性が生まれる。
それは軍事、工業、エネルギー、宇宙開発――あらゆる分野の勢力図を塗り替えかねない代物だった。
加えて、もしこの作戦で実際に勝利できたならば。
“ハイヴ攻略成功”という歴史的実績、実戦データ。
そして、「人類はまだ勝てる」という強烈なプロパガンダ効果を得られる。
それによって得られる士気向上は、もはや計り知れない。
他にも、外交的優位、技術提携、発言力強化など、得られる恩恵は数え切れないほど存在していた。
だからこそ各国は理解していた。
今、自分たちの目の前へ垂らされたものが、“一滴の蜂蜜”であることを。
たとえ、その蜂蜜に毒が含まれていたのだとしても、これほど甘い話へ三国は飛びつかずにいられなかったのだ。
3日というタイムリミットの中、攻略の準備は急ピッチで進められた。
AD.2004.01.15
【日本帝国/横浜基地・臨時指揮所】
国会議事堂での会談を終えてから、数時間後。
横浜基地内に急造された臨時指揮所では、早くも佐渡島ハイヴ攻略作戦へ向けた準備が慌ただしく進められていた。
大型モニターには、佐渡島周辺海域の戦況図。
BETA群の移動予測。
各国から送られてくる増援戦力一覧。
そして、討伐艦隊側の稼働可能戦力データが次々と映し出されている。
その光景を前にしながら、ジェイド・ロスは静かに眉間を揉んでいた。
――今回、自らが率いる戦力について頭を悩ませていたのである。
無論、宇宙へ残してきた討伐艦隊本隊の一部をこの地球へ呼び寄せるという選択肢も存在した。
だが、それは容易には決断できない。
現在、残留艦隊にはイングラハムを通じて、この地球上には存在しない特殊鉱物資源――【ソルモナジウム】の採掘任務を命じている。
それは、討伐艦隊が運用する兵器群や艦載機の製造・修復に必要不可欠な戦略資源だった。
特に、陽電子兵器や高出力推進機関の整備には大量消費されるため、備蓄が尽きれば艦隊戦力そのものが急速に低下しかねない。
そして何より――
この世界の地球外宙域にも、既にBETAが潜伏している。
その情報を知ってしまった以上、軽率に宇宙側の防衛戦力を引き剥がすわけにはいかなかった。
もし、こちらが地上戦へ集中している隙を突かれれば。
最悪の場合、軌道上拠点や採掘艦隊が壊滅する危険性すらある。
討伐艦隊は強大だ。
だが、決して無尽蔵ではない。
横浜基地防衛戦のように、亜空間潜航を用いた奇襲戦術もジェイドは検討していた。
具体的には、早期警戒機《ゴースト・タッチ》による索敵支援の下、《ウォー・ヘッド隊》を亜空間潜航状態で突入させ、一気にBETA群中枢を叩くという作戦である。
実際、この戦術は横浜基地防衛戦において絶大な戦果を挙げている。
BETA側は亜空間潜航中の機体を正確に認識できず、奇襲性も極めて高い。
だが――同時に、大きな欠点も存在していた。
まず、ウォー・ヘッドはゴースト・タッチのように、“亜空間潜航状態を維持したまま攻撃を行う”ことができない。
攻撃を行う瞬間、一度通常空間へ復帰する必要がある。
つまり、攻撃と同時に位置を晒すことになるのだ。
そして、もう一つ。
ゴースト・タッチ自体も万能ではない。
確かに、超広域索敵、電子戦、通信中継能力は規格外。
さらに短時間限定とはいえ、亜空間潜航中から直接攻撃可能という極めて危険な性能を持つ。
だが、その武装は光子バルカン程度に限られており、純粋な火力は不足している。
加えて、亜空間潜航中の攻撃可能時間は極めて短い。
連続戦闘には向かず、攻撃後には必ず“隙”が生まれる。
もし、その瞬間を超重光線級へ捕捉されれば――
最悪の場合、ゴースト・タッチすら撃墜されかねない。
ジェイドは腕を組みながら、静かに吐息を漏らした。
「...決め手が足りないな」
どれだけ強力な兵器であろうと、結局のところ戦争に“万能”など存在しないのである。
ジェイドは長時間に渡って戦況図と睨み合い、何度も戦力配分を再計算した。
その末に――
彼はついに、“決戦兵器”の一部投入を検討する段階へ至っていた。
それは、たった一機、あるいは二機存在するだけで戦局そのものを書き換え得る、討伐艦隊最強クラスの兵器群。
文字通り、“切り札”と呼ぶべき存在である。
だが、その選択にはあまりにも大きなリスクが伴っていた。
まず第一に、これまで秘匿してきた討伐艦隊の最重要戦力を、公然と各国へ晒すことになる。
当然、その性能を目撃した各国が黙っているはずがない。
解析、模倣、技術奪取。
あるいは政治利用。
様々な思惑が一気に動き出すだろう。
そして第二に――こちらの方が遥かに深刻だった。
万が一、“決戦兵器”が大破、あるいは行動不能となった場合。
残骸が鹵獲される危険性がある。
討伐艦隊の技術体系は、この世界にとってあまりにも危険すぎた。
下手をすれば、国家間パワーバランスそのものを崩壊させかねない。
ジェイドは深く椅子へ身を預け、静かに目を閉じる。
――それでも、今の佐渡島ハイヴを正面から叩き潰すには、“アレ”が必要かもしれない。
ジェイドはしばらく無言のまま戦況図を見つめ続けていたが、やがて小さく息を吐くと、重い腰を上げた。
そして、軌道上へ残してきた討伐艦隊本隊へ暗号通信を接続する。
数秒後。
モニターに、一人の士官の姿が映し出された。
『こちら、軌道艦隊司令補佐、クライアント中尉です』
「中尉。凍結保存していた決戦兵器の一部使用を許可する」
その瞬間、通信先の空気が僅かに変わった。
クライアント中尉の表情が、目に見えて引き締まる。
ジェイドは静かな声で続けた。
「権限コードは一時的に譲渡する」
「“それ”を、特殊自爆装置を装着した
「厳重な護衛を付けた上で、地球へ輸送してくれ」
『...了解』
だが返答の直後、クライアント中尉は僅かに言葉を詰まらせた。
当然の反応だった。
それは単なる高性能兵器ではない。
討伐艦隊内ですら、使用承認に複数段階の制限が設けられている"戦略級決戦兵器"。
下手をすれば、戦場そのものを書き換えかねない代物である。
ジェイドは数秒だけ沈黙した後、低く答える。
「“超重光線級”なる新たなBETA個体の存在が確認された。加えて、現在佐渡島ハイヴに集結しているBETA群の規模は、我々が介入した横浜基地防衛戦時の倍に達している」
「現在手元に居る通常戦力だけでは、被害が読めん」
『...了解しました』
『エーギル級、並びにヨルムンガンド級の修理は完了しています。ただし、“積荷”の関係上、極めて慎重な輸送を行う必要があります。そのため、地球到達までの予測時間は約10時間となります』
『...それでは、私は準備に移ります』
クライアント中尉はそれ以上何も言わなかった。
だが、その表情からは緊張が隠し切れていない。
通信が切れる。
静まり返った指揮所の中、ジェイドはゆっくりと目を閉じた。
――切り札を切る。
それが何を意味するのか、彼自身が一番理解していた。
◇◇
AD.2004.01.15
【太陽系宙域/テュール級艦内・機密エリア】
艦内最深部。
クライアント中尉は、重防護服を着こみ、この場に訪れた。
通常クルーの立ち入りすら許可されない、機密隔壁区画。
転移による影響も受けぬほど頑丈なその場所に、ここで保管されている兵器群に恐怖を覚える。
幾重もの認証ロックが解除されるたび、重々しい警告音が低く響く。
《Black Nest authority confirmed》
《Strategic-Class Weapon Storage unlocking》
《Warning――Authorization Level: Omega》
鈍い駆動音と共に、分厚い防爆隔壁がゆっくりと左右へ開いていく。
その先に広がっていたのは、巨大な円筒形格納庫だった。
薄暗い空間。
天井から伸びる無数の冷却ケーブル。
無数にある封印ブロックの中から、一つの封印ブロックの前に立つ。
全長数十メートル級の、黒灰色コンテナ。
表面には幾重もの封印ボルトと警告文が刻まれている。
【STRATEGIC DECISIVE WEAPON】
クライアント中尉は、その巨体を静かに見上げていた。
周囲には重武装警備兵。
さらに、自律迎撃ドローンまでもが待機している。
まるで、“中に入っているもの”を外敵から守っているのではない。
――“外へ出さないため”に封じ込めているかのうだった。
護衛士官の一人が小声で呟く。
「...本当に、これを使うんですか」
クライアント中尉は答えない。
代わりに、無言のまま端末へ認証コードを入力した。
《Cryogenic lock released》
《Primary seal disengaged》
次の瞬間、格納庫全体へ白い冷却蒸気が一気に噴き出した。
低温警報が鳴り響き、床面を這うように霧が広がっていく。
やがて、巨大コンテナの外殻が重々しい駆動音と共に展開を開始。
幾重もの拘束アームが外れ、封印されていた“それ”がゆっくりと姿を現していく。
蒼白い冷却灯に照らされながら、漆黒の装甲が静かに露出する。
まるで深海から浮上する怪物のような、圧倒的威圧感。
兵士たちの間に、言いようのない緊張が走った。
クライアント中尉の端末へ、封印兵器の識別情報が淡々と表示される。
《BIDE WEAPON》
《B-XX1A "Jericho Trumpet"》
漆黒の次元戦闘機。
内部は淡く発光するバイド溶液で満たされており、半ば生体器官のようにも見えるコックピット内部には、無数の生体接続ケーブルを身体へ直接接続された────
一人の少女が静かに眠っていた。
この小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
戦いへ向かうための“準備シーン”って、どうしてあんなに心惹かれるんでしょうね...。
「これから決戦が始まる」という雰囲気が個人的にとても好きで、ついつい書き込んでしまいます。
もし、
・「ここの設定は原作と違う」
・「この描写は少し不自然かもしれない」
・「誤字脱字がある」
など、お気付きの点がありましたら、ぜひ遠慮なく教えていただけると嬉しいです。
感想やご指摘をいただけるだけでも、とても励みになります。
これからも少しずつ頑張って書いていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
ちなみに、この世界線は、日本帝国と第三帝国(ドイツ)が若干優勢な状態でアメリカ・ソ連と講和し、第二次世界大戦を終結させた世界線となっています。
そのため、本来の歴史における“イギリス”は独立国家として存在しておらず、【第三帝国領イギリス】として第三帝国統治下に置かれています。
また、ソビエト連邦も現在は存在しておらず、国家体制を変化させた上で“ロシア”として存続しています。