押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第323話 石を取りに来たはずです

 

 新型エアカーは南へ向かっていた。

 

 窓の下を流れていた畑が減り、街道も細くなる。さらに進むと森林の色までまばらになり、地面には黒い岩肌が増えていった。

 

 澪は座席脇に固定したビームマシンガンへ一度目をやる。

 

 秘密基地では何度も撃った。

 

 それでも、標的板ではなく本物の魔物へ向けると思うと、同じ道具には見えなかった。

 

 向かいでは理央も窓の外を見ている。

 

 射撃訓練を終えた直後は嬉しそうだったのに、火山が近づくにつれて口数が減っていた。

 

「この辺りなんですか?」

 

 理央が聞く。

 

「ええ」

 

 ヴァルトは窓の外へ目を向けたまま答えた。

 

「以前、大型の火竜と戦ったのも、このゼグルド火山です」

 

「本当にここなんですね……」

 

「火山灰を取りに来ただけだったのですが」

 

 その言い方が妙に淡々としている。

 

 澪は思わずヴァルトを見る。

 

「それで火竜と戦うことになったんですよね」

 

「そうですね」

 

 ヴァルトは困ったように笑った。

 

 火山灰を取りに来て、火竜と戦う。

 

 今回は蛍石を取りに来ている。

 

 澪はそこで、それ以上考えるのをやめた。

 

「そろそろ反応が絞れる」

 

 操縦席の真壁が言った。

 

 真壁は飛行しながら、自分にだけ見えている地図と原石検索の反応を見ている。

 

 共同商館で広域の候補を拾った時より、現地へ近づいた分だけ範囲が狭くなっていた。

 

「火口ですか?」

 

 澪が聞く。

 

「いや。裾野側だ」

 

「火山なのに?」

 

「探しているのは蛍石だ。火口へ行く理由はない」

 

 真壁は当然のように返した。

 

 眼下には古い溶岩が固まった筋が走り、その間へ白灰色の火山灰が積もっている。

 

 ところどころに雪が残っていた。

 

 一方で、岩の割れ目から細い噴気が立つ場所では雪が消え、地面の色まで変わっている。

 

 冬の終わりでもこれなら、夏はかなり厳しそうだった。

 

「反応はあの辺りですね」

 

 ヴァルトが前方を見た。

 

 黒い岩盤が割れ、低い尾根のようになっている一帯だ。

 

 真壁も速度を落とす。

 

「そうだな。何か所か上から見る」

 

 新型エアカーが高度を下げた。

 

 6人乗りの新型エアカーには4人しか乗っておらず、空いた座席には装備が収まっていた。

 

 澪は窓の外を追った。

 

 黒い岩場と火山灰の間に細い噴気が立ち、その向こうで何かが動いた。

 

「あれ……」

 

 理央が先に気づいた。

 

 黒い地面の上に、人間ほどの大きさの影がいくつもいる。

 

 鎌のような前脚と、折りたたまれた羽が見えた。

 

「ビッグマンティスですね」

 

 ヴァルトの声が低くなる。

 

 1体だけではない。地面にいるものも、岩陰に潜むものもいて、こちらの機体へ気づいたらしく羽を広げる個体までいる。

 

 澪は脇のビームマシンガンを見る。

 

 秘密基地で真壁が、基本動作を何度も反復させた理由が、今なら分かった。

 

「着陸前に周囲を減らす」

 

 真壁は機体を旋回させながら言った。

 

「採掘する場所だけでいい。遠くの個体まで追わない」

 

「はい」

 

 澪が答える。

 

 理央も一拍遅れて、

 

「はい」

 

 と返した。

 

 眼下で、1体のビッグマンティスが羽を震わせた。

 

 

 

 新型エアカーは岩場の手前へ降りた。

 

 扉が開くと、乾いた冷気の中へ火山の匂いが混じっていた。

 

 風が吹くたび、細かな灰が地面を薄く走る。

 

 真壁が先に降り、周囲を見回す。

 

「澪君、右。理央君は左だ。ヴァルト君は後方を頼む」

 

「はい」

 

「分かりました」

 

「承知しました」

 

 配置は秘密基地での訓練と同じだった。

 

 ただ、今度は標的板ではない。前方の岩陰から、人間ほどの大きさのビッグマンティスが羽を広げて浮き上がった。

 

 脚を動かし、羽を震わせながらこちらへ角度を変えてくる。大きいからといって、狙いやすいわけではなかった。

 

「射線」

 

 真壁の声が飛んだ。

 

 澪は反射的に標的の先を見る。

 

 右奥に理央はいない。

 

 ヴァルトも射線から外れている。

 

「短く」

 

 白い光が走った。

 

 ビッグマンティスの胴へ1発、続けてもう1発が当たる。

 

 羽の動きが乱れ、黒い地面へ落ちた。

 

「停止。次を見る」

 

 澪は倒れた個体から視線を切り、左の岩陰から上空へ目を走らせた。

 

 秘密基地で何度もやった動きが、そのまま出てくる。

 

 今度は理央の側で羽音が鳴った。

 

「来ます」

 

 理央の声が硬い。

 

 ビッグマンティスが地面を蹴り、低く飛び上がった。

 

「待つ」

 

 真壁が言う。

 

 理央は撃たず、距離が縮まるのを待った。

 

「射線」

 

「はい」

 

「短く」

 

 白光が走る。

 

 最初の数発は胴の横を抜けた。

 

 理央の銃口が追いかけそうになる。

 

「止める」

 

 すぐに止まった。

 

 理央は一度息を吐き、構え直した。

 

 ビッグマンティスはそのまま向きを変え、もう一度こちらへ近づいてくる。

 

「次」

 

 理央が撃つ。

 

 今度は胸のあたりへ当たった。

 

 羽が崩れ、地面へ落ちる。

 

「確認」

 

 理央は周囲を見る。

 

 それから、ようやく倒れた個体へ視線を戻した。

 

「……倒れました」

 

「倒れたな」

 

 真壁の返事はそれだけだった。

 

 秘密基地なら、ここで「もう一度」だった。

 

 理央もそれを思い出したのか、次の言葉を待たずに左へ目を向ける。

 

「次、見ます」

 

「そうしよう」

 

 真壁の声がわずかに柔らかくなった。

 

 澪はそれを聞いて、肩の力が抜けた。

 

 理央も同じだったらしい。

 

 口元が上がっている。

 

 だが、すぐに別の羽音が重なった。

 

 今度は2体だった。片方が低く、もう片方が上へ回り込む。

 

「澪君、上」

 

「はい」

 

「理央君、低い方」

 

「はい」

 

 白い光が2方向へ走った。

 

 澪は上の個体を追い過ぎず、短く撃って外れたところで止めた。

 

 もう一度撃つと、今度は羽の付け根に入り、そのまま落ちた。

 

 理央の方でも灰が舞い、もう1体が地面へ転がった。

 

 ヴァルトは2人の背後へ回り込む個体がいないかを見ながら、薄い結界を張っている。

 

「右奥に1体います。ただ、こちらへは来ていません」

 

「追わなくていい」

 

 真壁が即答する。

 

 数体を処理したところで、真壁が手を上げた。

 

「止めよう」

 

 澪は銃口を下げる。

 

 呼吸が速い。

 

 訓練の時より、腕も肩も固くなっていた。

 

 理央はもっと分かりやすかった。

 

「標的板より、ぜんぜん嫌ですね」

 

「動くし、こっちに来ますからね」

 

 澪も答える。

 

「でも、秘密基地でやったことと同じでした」

 

 理央は自分で言ってから、悔しそうな顔をした。

 

「……真壁さんの『もう一度』、ちゃんと意味あったんですね」

 

「なかったと思っていたのか」

 

 真壁が聞く。

 

「そういう意味じゃないです」

 

 理央はすぐ否定した。

 

 真壁はそれ以上追及せず、倒れた個体へ近づく。

 

 鑑定で死亡を確かめてから、1体ずつ収納していった。

 

 遠くにいる個体は追わず、採掘に必要な範囲だけを片づける。

 

 澪は最後にもう一度、周囲の岩場を見回した。

 

 採掘地点の近くは、ひとまず静かになりつつあった。

 

 

 

 

 その静けさが、妙だった。

 

 さっきまでこちらへ寄ってきていたビッグマンティスの1体が、急に向きを変えた。

 

 羽音を響かせ、そのまま岩場の向こうへ逃げていく。

 

「逃げました?」

 

 理央が首を動かす。

 

 別の個体も続いた。

 

 地面にいたものまで羽を広げ、同じように距離を取っていく。

 

「私たちを警戒したんでしょうか」

 

「違うな」

 

 真壁が即座に答えた。

 

 澪も動きを追った。

 

 どの個体も4人から散っているのではなく、同じ方角から逃げるように動いている。

 

「全部、あっちから逃げてますね」

 

 澪が言った。

 

「ええ」

 

 ヴァルトが火山側へ顔を向けた。

 

「別のものが来ています」

 

 その声で、理央の表情が変わった。

 

 ビームマシンガンを構え直す。

 

 澪も同じように構えたが、撃たない。

 

 真壁の指示を待つ。

 

 羽音が遠ざかると、風の音だけが残った。

 

 灰が地面を擦り、小さな石が岩陰から転がってくる。続いて低い足音がして、黒い岩の向こうから何かが姿を現した。

 

 澪は最初、トカゲに見えた。

 

 ただし大きさがおかしい。

 

 全長は2.5mほど。

 

 身体は低いが、太い後脚と長い尾を持ち、頭部は細長い。

 

 大型火竜とは比べものにならないほど小さい。

 

 それでも、人間が目の前で相手をするには十分すぎる大きさだった。

 

「……あれ、マンティスより嫌です」

 

 理央が小さく言った。

 

 答える前に、逃げ遅れたビッグマンティスが羽を広げた。

 

 大型爬虫類型の魔物は低い姿勢のまま岩と岩の間を抜け、一気に逃げようとしたマンティスへ追いついた。

 

 前脚をかわし、首元へ噛みつく。

 

 マンティスの羽音が乱れた。

 

 数秒もかからなかった。

 

 さっきまであれだけ神経を尖らせていたマンティスが、今は獲物にしか見えない。

 

「ドラコラプトル」

 

 真壁が鑑定した相手の名称を口にした。

 

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ドラコラプトル

 分類:大型爬虫類型魔物

 体長:約2.5m

 状態:興奮・捕食行動中

 脚力:高い

 跳躍力:高い

 火耐性:高い

 主な攻撃:牙・爪・体当たり・火炎ブレス

 特徴:竜種に近い身体

    火炎器官は竜のものと構造が似ている

    吸気した空気を火炎生成に利用する

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「ドラコ……?」

 

 理央が聞き返す。

 

「ドラコラプトルだ」

 

 真壁は相手から目を離さない。

 

 ドラコラプトルは倒したマンティスから口を離し、ゆっくり頭を上げた。

 

 こちらに気づいた。

 

 低い姿勢のまま、すぐには近づいてこない。

 

 左右へ身体を振る。

 

 距離を測っているようだった。

 

「撃ちますか?」

 

 理央が聞く。

 

「まだだ」

 

 真壁の返事は短い。

 

 ヴァルトは一歩後ろへ下がり、結界を出せる位置へ移る。

 

 澪は銃口だけを相手へ向けた。

 

 ドラコラプトルは横へ走り、ビームの射線を嫌うように岩を挟みながら位置を変える。

 

「こっちが撃つの、分かってるみたいですね」

 

「少なくとも、正面へ出るのは避けている」

 

 真壁が言う。

 

 その瞬間、ドラコラプトルが止まった。

 

 頭を上げる。

 

 口が開く。

 

 ヴァルトの表情が変わった。

 

「来ます」

 

 口元の空気が揺らいだ。

 

 熱が集まる。

 

 澪は反射的に身構えた。

 

 

 

 

 ドラコラプトルの口から炎が噴き出した。

 

 大型火竜ほど長くはない。

 

 それでも、まともに受けたい威力ではなかった。

 

「理央君、あのブレスを収納してみたまえ」

 

「えっ、ブレスをですか?」

 

 理央が真壁を見る。

 

「口から離れた後なら、もう魔物そのものではない」

 

「今ですか?」

 

「今だ」

 

 返事を待っている時間はなかった。

 

 ヴァルトはすでに結界を張れるよう構えている。

 

 失敗すれば、そちらで止めるつもりなのだろう。

 

 理央はビームマシンガンを下げ、炎へ手を向けた。

 

 防衛用収納展開を広げると、靄が前方へ伸びる。

 

 火炎がそこへ触れた。

 

「入って……!」

 

 炎の先端が消えた。

 

 続いて、その後ろも収納へ吸い込まれていく。

 

 ただ、理央の反応がわずかに遅かった。

 

 端の炎が靄の外を抜ける。

 

「理央さん!」

 

 澪が声を上げるより早く、ヴァルトの結界が受けた。

 

 炎が薄い光の面へ当たり、左右へ散る。

 

 熱気だけが届いた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「はい!」

 

 理央は自分の手と服を見下ろした。火傷も、燃え移った跡もない。

 

 それより、自分が今収納したものの方が信じられないらしい。

 

「入った……」

 

「入ったな」

 

 真壁はドラコラプトルを見たまま答える。

 

「収納の中では分けておけ。今は触らない」

 

「はい」

 

 ドラコラプトルが低く唸り、今までより大きく距離を取った。

 

「また来ます」

 

 ヴァルトが言う。

 

 ドラコラプトルが再び距離を取った。

 

 口を開く。

 

 理央は今度、真壁を見なかった。

 

「やります」

 

 理央は防衛用収納展開を前へ広げる。

 

 炎が放たれる。

 

 今度は最初から、放出されたブレスの進路へ収納を合わせた。

 

 靄へ入った炎が、途中から途切れる。

 

 ほとんど残らなかった。

 

 理央が目を見開く。

 

「全部、入りました」

 

「よし」

 

 真壁が短く答えた。

 

 ドラコラプトルの動きが一瞬止まる。

 

 理央はその相手を見ながら、遅れて息を吐いた。

 

「ビームマシンガン持ってきたのに、私、何でブレス収納してるんですか」

 

「出来るからだろう」

 

 真壁は当然のように言う。

 

「そうですけど」

 

 理央は納得しきれない顔のまま、もう一度ビームマシンガンを持ち直した。

 

 

 

 

 ドラコラプトルは今度は炎を吐かなかった。

 

 身体を低くし、岩場を蹴った。

 

 ドラコラプトルが一気に距離を詰めてきた。

 

「澪君、右へ寄せる。理央君は左を空けない」

 

「はい」

 

「分かりました」

 

 澪は正面を狙わず、右側の岩へ短く撃った。

 

 白い光が地面を走る。

 

 ドラコラプトルが進路を変えた。

 

 理央も反対側から射線を作り、正面へ飛び込む道を塞ぐ。

 

 2.5mの身体が、岩の間を素早く滑るように動いた。

 

 澪は追いかけて銃口を振り回さないよう、秘密基地で教えられた通り一度止めた。

 

「ヴァルト君。前回、火竜はどのようにして退治したのかな」

 

 真壁が突然聞いた。

 

 理央が一瞬、真壁の方を見た。

 

「今ですか?」

 

「今だからだ」

 

 ヴァルトは驚かなかった。

 

 ドラコラプトルの動きを見たまま答える。

 

「圧縮した酸素を吸わせました。火竜は体内で火炎を作る構造を持っていましたから、高濃度の酸素を取り込んだ状態でそれを動かした結果、内部で燃焼が制御を越えました」

 

 理央の顔が引きつる。

 

「それで倒したんですか?」

 

「ええ。胸の内側から爆発しました」

 

「さらっと言いますね……」

 

 ヴァルトは困った顔をした。

 

「当時は、それしか手がありませんでしたので」

 

 ドラコラプトルがまた距離を取る。

 

 澪は真壁を見る。

 

「同じ方法を使うんですか?」

 

「鑑定通りならな」

 

 真壁は相手から目を離さずに答えた。

 

「ただ、火竜ほど発達してはいないでしょう。同じ反応になるとは限りません」

 

 ヴァルトも慎重に付け加えた。

 

 理央はドラコラプトルを見る。

 

「私、初めて見る魔物なんですけど、もう前の火竜が攻略情報になってません?」

 

「役に立つなら使うべきだ」

 

 真壁は真顔だった。

 

 理央が何か言いかけたところで、ドラコラプトルが横へ走り、今度は距離を取った。

 

 口を開く。

 

「理央君」

 

「はい」

 

 理央が収納を使えるよう手を空ける。

 

「次もブレスなら取る」

 

「分かりました」

 

 澪はビームマシンガンを構えたまま、相手の進路を見る。

 

 ヴァルトは結界を維持しつつ、真壁の動きに合わせる。

 

 ドラコラプトルが息を吸った。

 

「今だ」

 

 真壁が動いた。

 

 収納内で用意した圧縮酸素を、相手の吸気へ合わせて送り込む。

 

 ドラコラプトルがさらに大きく息を吸い込み、口元に熱が集まった直後、鈍い音が身体の内側から響いた。

 

 ドラコラプトルがよろめく。

 

 胸から喉のあたりが大きく跳ね、口から炎ではなく煙が漏れた。

 

 もう一度、内部で短い衝撃。

 

 2.5mほどの身体が横へ倒れ、火山灰を巻き上げる。

 

 真壁が手を上げた。澪も理央も撃たず、そのまま待つ。

 

 ドラコラプトルは動かない。

 

 真壁が鑑定を使った。

 

「死亡している」

 

 その一言で、澪の肩から力が抜けた。

 

 ヴァルトも結界を解く。

 

 理央は倒れたドラコラプトルを見たまま、まだ納得していない顔をしていた。

 

「ブレスを収納したと思ったら、次は火竜の倒し方を使うんですね」

 

「使える知識だったからな」

 

「真壁さんとヴァルトさん、もう少し驚いてもいいと思います」

 

「私も十分驚いていますよ」

 

 ヴァルトが答える。

 

「本当ですか?」

 

「本当です」

 

 理央には信じてもらえていないようだった。

 

 真壁は2人の会話を聞きながら、ドラコラプトルを収納した。

 

 

 

 

 ドラコラプトルが収納へ消えると、真壁はすぐ岩場の方へ歩き出した。

 

「行くぞ」

 

 理央が目を瞬いた。

 

「もう石ですか?」

 

「石を取りに来たからな」

 

「そうでした」

 

 返事に疲れが混じっている。

 

 さっきまで2.5mの魔物と戦っていたのに、真壁の中では障害物を片づけただけらしい。

 

 澪はもう、その切り替えに驚かなかった。

 

 原石検索の反応が強かった場所は、着陸地点から離れた岩場だった。

 

 黒い火山岩が露出し、その表面を何本も亀裂が走っている。

 

 真壁は特殊蛍石の試料と反応を照らし合わせながら、亀裂の一つで止まった。

 

「ここだな」

 

 表面だけを見ると、ただ色の違う筋が入っているようにしか見えない。

 

 真壁が一部を崩す。

 

 黒い岩の内側に、淡い色を帯びた結晶質の部分が現れた。

 

「蛍石ですか?」

 

 澪が近づく。

 

「含んでいる」

 

 真壁は最初の一片だけで決めず、数歩先の別の亀裂も、その先も調べた。

 

 どこにも似た筋が続いている。

 

「転がってきた石ではないですね」

 

 澪にも分かった。

 

 表面に落ちているのではなく、岩盤の割れ目に沿って結晶が入っている。

 

「鉱脈として続いている」

 

 真壁が言った。

 

 ヴァルトも岩の割れ目を覗き込む。

 

「魔素も、この周囲は高めです。ただ、やはりそれだけで出来た理由までは分かりませんね」

 

「ああ。そこは分けて考えよう」

 

 真壁は岩盤の亀裂を指でなぞった。

 

「これだけ割れ目に沿って続いているなら、地下の熱水が通った跡と見る方が自然だ」

 

「これなら、まとまって採れそうですか?」

 

「そうだな。ただし全部同じ品質ではない」

 

 真壁は鑑定しながら、試料に近い部分と普通の蛍石、別の鉱物が多い部分を見分け、必要なところだけ収納へ入れていく。

 

 亀裂に沿って必要なところを開いていく。

 

 それでも、真壁の土木工事スキルが入ると作業は早かった。

 

 澪と理央は周辺を警戒する。

 

 ヴァルトは一段高い場所から、岩場の外と魔素の変化を見ていた。

 

 やがて、収納へ入る蛍石の量が目に見えて増えていく。

 

 理央が岩肌と真壁を交互に見る。

 

「これ、会社としてはさっきの魔物より大事なんですよね」

 

「もちろんです」

 

 澪が答える。

 

「こっちが今日の目的ですから」

 

「ですよね」

 

 理央は自分で確認するように頷いた。

 

 真壁はそんな2人を気にせず、別の亀裂から一片を取り出した。

 

「これは近い」

 

 試料と比べ、鑑定結果まで見たところで真壁の手が止まった。

 

「SFP用に使っている特殊蛍石と、かなり近い部分がある」

 

「本当ですか?」

 

 澪が聞き返す。

 

「ああ。これなら基準試料としても使える」

 

 澪はようやく息を吐いた。手持ちの0.5tを使い切る前に、またここへ採りに来られる。

 

 真壁は採った特殊蛍石を別の収納区画へ分けた。

 

「当面の分は確保出来るな」

 

 

 

 

 真壁は近くで上がっている白い噴気へ顔を向け、そのまま岩のそばまで歩いた。

 

「近づきすぎない方がいいです」

 

 ヴァルトが先に言う。

 

「成分が分かるまでは、その方がよいでしょう」

 

「そうだな」

 

 真壁も足を止めた。

 

 白っぽい蒸気は、岩の割れ目から絶えず細く上がっている。

 

 湿った鉱物の匂いに、火山らしい刺激臭が混じっていた。

 

「蛍石を見てたんじゃないんですか?」

 

 理央が聞く。

 

「見ていた」

 

「今は煙を見てますよね」

 

「噴気だな」

 

「そこじゃないです」

 

 理央の声に、さっきまでの緊張が戻ってきた。

 

 澪も噴気へ目をやった。真壁が別のものを見始めると、帰るのが少し遠のく。

 

「何かありました?」

 

 澪が聞く。

 

「フッ化水素が含まれている」

 

「……危ないやつですよね」

 

「ああ。収納の外では扱わない」

 

 真壁の返事は早かった。

 

 噴気のごく一部だけを収納し、成分分離したフッ化水素を隔離する。

 

「それ、持って帰るんですか?」

 

「試験には使える」

 

「火山ガスまでですか」

 

「必要な成分があるからな」

 

 理央が澪を見る。

 

 澪は何も言えなかった。

 

 ブレスを収納した直後なので、「ガスは駄目でしょう」と言える立場でもない。

 

 真壁は噴気が継続しているのを見たあと、自分の収納へ意識を向けた。

 

 そこで動きが止まった。

 

「真壁さん?」

 

 澪が声をかける。

 

「方解石がある」

 

「方解石?」

 

「カルサイトだ。かなりある」

 

 澪も、収納に方解石が入っていたのを思い出した。

 

「主成分は炭酸カルシウムですよね」

 

「そうだ」

 

 真壁は隔離したフッ化水素と、収納内の方解石を順に見る。

 

 澪にも、その組み合わせの意味が見え始めた。

 

「カルシウムと、フッ素……」

 

「反応させればフッ化カルシウムを作れる」

 

 理央が一度、採ったばかりの蛍石を見る。

 

「フッ化カルシウムって」

 

「蛍石の主成分です」

 

 澪が答えた。

 

 理央の視線が、噴気へ戻る。

 

 次に真壁の収納があるはずの空間を見る。

 

「もしかして、掘らなくても作れるんですか?」

 

「成分だけならな。欲しいのはSFPに使える特殊蛍石だ。組成が同じだけでは足りない」

 

 ヴァルトも天然の蛍石を手に取る。

 

「結晶の出来方や、魔素との関係もまだ分かりません」

 

「まず作れるかだけ見よう」

 

 真壁はもう次へ進んでいた。

 

 

 

 

 真壁はその場で少量試験へ入った。

 

「帰ってからでは駄目なんですか?」

 

 理央が聞く。

 

「ここなら天然試料も噴気も揃っている。確認だけなら今出来る」

 

「そう言うと思いました」

 

 理央はもう止めなかった。

 

 澪も同じだった。

 

 真壁は収納内で方解石と、分けておいたフッ化水素を少量だけ反応させた。

 

 理央には中が見えないので、真壁の説明を聞きながら待つしかない。

 

「方解石が、蛍石になるんですか?」

 

「正確には、方解石のカルシウムを使ってフッ化カルシウムを作る」

 

「同じじゃないんですか?」

 

「天然の蛍石は鉱物だ。今作ろうとしているのは、まず成分が同じ物質だな」

 

「ややこしいです」

 

「そこは分けた方がいいです」

 

 澪も口を挟む。

 

「同じ成分でも、SFPに使える結晶になっているかは別ですから」

 

「じゃあ、出来てもまだ終わりじゃないんですね」

 

「むしろ、そこからでしょうね」

 

 理央が肩を落とした。

 

「石って難しいですね」

 

 その横で、真壁はすでに反応後の物質を鑑定していた。

 

 真壁が黙って結果を追っている間、澪も口を挟まず待った。

 

「出来た」

 

「何がです?」

 

「フッ化カルシウムだ」

 

 理央がすぐ近づく。

 

「もう蛍石ですか?」

 

「成分は同じだ」

 

 真壁は比較用に、白っぽい生成物をごく少量だけ収納から出し、さっき採った天然の特殊蛍石と並べた。

 

 見た目からして同じではない。

 

 天然側は結晶としてまとまりがあり、透明感のある部分もある。

 

 人工側は、まだそんな形にはなっていない。

 

「ぜんぜん違いますね」

 

「そうだな」

 

「でも、中身は同じ?」

 

「主成分としてはな」

 

 真壁は天然の特殊蛍石を基準にもう一度見る。

 

「東都が使うのは、この形に近い大きく均質で、欠陥の少ない結晶だ。純度だけでも駄目だろう」

 

「微量成分も、どこまで効いているか分かりませんしね」

 

 澪が言う。

 

「次は結晶にするんですね」

 

「その前に、天然試料との差を調べる」

 

 真壁は人工のフッ化カルシウムを別区画へ収納した。

 

「微量成分を比べて、それから結晶化だ」

 

 ヴァルトは天然蛍石を見ながら言う。

 

「魔素の影響も、その比較なら見やすくなるかもしれません」

 

「そうだな。ただし、今はまだ相関しか分かっていない」

 

「はい」

 

 真壁は天然の特殊蛍石と人工のフッ化カルシウムを見比べた。

 

「人工側は、まだ試料扱いだな」

 

「東都へ渡せる結晶にはなっていないんですね」

 

「そういうことだ」

 

 澪は採ったばかりの特殊蛍石へ目をやる。

 

「でも、掘る以外の方法も試せそうですね」

 

「可能性はある」

 

 真壁は天然試料と人工試料をそれぞれ収納へ戻した。

 

 澪はふと思い出して、理央へ鑑定を向けた。

 

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飯島理央

 分類:人間/異界渡航者

 現在ジョブ:商人

 レベル:5

 前職:作家見習い Lv10

 前々職:箱入り娘 Lv5

 状態:正常

 疲労度:28

 身体異常:なし

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基礎能力値

 体力:57

 筋力:43

 器用:92

 知力:97

 判断:89

 精神:83

 集中:108

----------------------------------

未使用SP

 13

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既得スキル

 共鳴:2

 鑑定:10

 収納:10

 錬金:4

 並行思考:9

 地図:6

 転移:5

 重力:6

 雷:6

 作文:10

 彫金:7

 移動加速:4

 商才:2

 薬学:1

 防衛用収納展開:4

 射撃:5

 火:1

 収納内時間停止:2

 統率個体識別:1

 醸造:芽あり(+)

 医術:芽あり(+)

 大量生産:芽あり(+)

----------------------------------

加護

 成長促進

 見守り

----------------------------------

 

「……商人、Lv5?」

 

 理央が最初にそこへ食いついた。

 

「4つ上がってるんですけど」

 

「射撃も5、防衛用収納展開も4ですね」

 

 澪が続けると、理央は自分の手を見る。

 

「そんなに上がるんですか?」

 

「今回は理央君の貢献が大きかったからな」

 

 真壁が収納の整理を続けたまま言う。

 

「射撃だけでは止められなかった。あの2回を防いだのは大きい」

 

 褒められたと気づいたのか、理央が一瞬黙った。

 

「……じゃあ、頑張ったってことでいいんですよね?」

 

「そういうことだ」

 

 澪も自分へ鑑定を向けた。

 

----------------------------------

篠原澪

 分類:人間/異界渡航者

 現在ジョブ:行商人

 レベル:16

 前職:商人 Lv14

 状態:正常

 疲労度:24

 身体異常:なし

----------------------------------

基礎能力値

 体力:66

 筋力:49

 器用:94

 知力:109

 判断:118

 精神:116

 集中:115

----------------------------------

未使用SP

 43

----------------------------------

既得スキル

 商才:6

 鑑定:10

 収納:10

 錬金:7

 薬学:1

 並行思考:7

 地図:10

 移動加速:10

 防衛用収納展開:5

 雷:10

 射撃:4

 火:1

 収納内時間停止:3

 統率個体識別:2

 醸造:1

 手仕事:7

 彫金:4

 重力:3

 転移:6

 大量生産:4

 土木工事:5

 建築:5

 栽培知識:芽あり(+)

 収納内温度操作:芽あり(+)

 温度操作:芽あり(+)

 緑の手:芽あり(+)

 医術:芽あり(+)

----------------------------------

加護

 安息:5

----------------------------------

 

「私も行商人が1つ上がってます。射撃も4ですね」

 

「澪さんも上がってるじゃないですか」

 

 理央の声に、今度は素直な嬉しさが混じった。

 

 真壁とヴァルトも確認したが、2人は変わっていなかった。

 

 片づけを終えて新型エアカーへ戻ろうとしたところで、理央が足を止めた。

 

「私たち、何しに来たんでしたっけ」

 

「蛍石を取りに来たんですよ」

 

 澪が答える。

 

「ですよね」

 

 理央は指を折るようにしながら、今日あったことを思い出している。

 

「マンティス撃って、ドラコラプトル出てきて、ブレス収納して、火竜の倒し方使って、蛍石掘って、火山ガスまで収納して」

 

「最後にフッ化カルシウムも作ったな」

 

 真壁が付け足した。

 

「それです」

 

 理央は真壁を見た。

 

「増やさないでください」

 

「増えたものを言っただけだ」

 

 真壁はもう新型エアカーへ向かっている。

 

 ヴァルトが笑い、澪もつられて息を漏らした。

 

 理央は納得しないまま、もう一度採掘跡と真壁を見比べる。

 

「石を取りに来たはずですよね?」

 

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