押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第344話 貿易商と総支配人

 

 異世界側の新事業所で、澪は共用机の上に四つの書類の束を並べた。

 

 レヴァニアへ納める鉄と銅、それに高級ポーションの輸出書類。

 

 王都の若い商人たちから届いた販売記録。

 

 トルヴィアで試していた魚介加工品の経過確認。

 

 そして、ヴァルディス侯爵領で不足している品と、買い付けられる木材の一覧である。

 

 一つ一つなら、これまでにもしてきた仕事だった。

 

 けれど、それぞれのために別の日を使えば、同じ場所を何度も往復することになる。

 

「レヴァニアで納品したあと、豆と香辛料を見ます。次に侯爵領で豆を売って木材を買って、王都で加工品と人工木材を卸す。そこから果物を仕入れて、最後にトルヴィアです」

 

 澪は紙を円になるように動かした。

 

「帰りに魚介を買えば、王都と侯爵領とレヴァニアへ戻せます」

 

「その順が妥当だろう」

 

 真壁は同意したが、紙の位置には手を出さなかった。

 

「ただし、レヴァニアで何をどれだけ買うかは、現地を見て君が決めたまえ。加工できる量はこちらで出す」

 

「分かりました」

 

 理央は行き先ごとに色の違う札を作り、書類の束へ結びつけていく。

 

 一枚を書き終えたところで、廊下の向こうにあるヴァルトの席へちらりと目を向けた。

 

 今日は空いている。

 

 けれど理央は何も言わず、次の札へ日付を書き込んだ。

 

「これ、全部今日から回るんですか?」

 

「全部を一日では回りません。国を越えるたびに手続きがありますし、向こうの都合もありますから」

 

 登録済みの安全な場所へ転移できても、商売の順番まで飛ばすことはできない。

 

 澪は四つの束を一つの革鞄へ収めた。

 

 たまっていた仕事を片づけるための巡回だった。

 

 この時点では、三人ともそれ以上の意味を考えていなかった。

 

 

 

 レヴァニアの公的な交易窓口では、持ち込んだ品の申告から始まった。

 

 鉄と銅は種類と重量を分け、高級ポーションは製造単位ごとの記録を添える。

 

 確認を受けた品だけが、正式な取引品として倉庫へ移された。

 

 納品書の次には、関税と倉庫使用料の確認が待っていた。

 

 転移で国境を越えても、帳簿の上から品物を消すことはできない。

 

 澪は窓口が出した金額を、事前に見積もった額と照らし合わせた。

 

「銅の保管料が前回より増えています」

 

「今回は荷受け日の翌朝まで公営倉庫を使用しますので、その分です」

 

 担当官の説明と日付が合っていることを確かめ、澪は了承した。

 

 真壁は口を挟まず、商品の受入番号だけを控えている。

 

 品質の問い合わせが出た時には、その番号から押入商会側の製造記録へ戻れるようにするためだ。

 

 会計と品質の記録は別でも、同じ取引から切り離してはいけない。

 

 三人が窓口を離れた時には、売った品はすでにレヴァニア側の荷になっていた。

 

 代わりに鞄へ増えたのは、署名と印の入った紙だった。

 

 公営倉庫の商談室では、納品先商会の買付担当が待っていた。

 

 担当者は受入書へ目を通し、鉄と銅の次回分から話を始めた。

 

「銅をもう少し増やせないでしょうか」

 

「鉄は今回と同じ量を用意できます。銅は、どれくらい必要ですか」

 

 澪が希望量を聞くと、提示されたのは今回の三割増しだった。

 

 そこで初めて真壁を見る。

 

「検査まで含めれば、一割増しが無理のないところだろう」

 

「では、一割までなら増やせます」

 

 高級ポーションにも増量を求められたが、こちらも一割までとした。

 

 製造数を増やして検査が追いつかなければ、高級品として納められない。

 

「その量で、次回分をお願いします」

 

 買付担当が契約書を作り、澪が内容を確かめて署名した。

 

 真壁が示したのは、同じ品質で揃えられる上限だった。

 

 何をどれだけ売るかは、その数字を受けて澪が決めた。

 

 

 

 昼前の食品市場には、乾いた豆を量り売りする店が何軒も並んでいた。

 

 麻袋に入っているのは、えんどう豆、レンズ豆、ひよこ豆の三種類だ。

 

 どれも値段が低い。

 

 傷んでいるからではなかった。

 

 収穫量が多く、市場へ入ってくる量に対して、近隣だけでは買い手が足りていない。

 

「煮込みにしたら、おいしそうです」

 

 理央がひよこ豆を眺めながら言った。

 

「スープにもできますよね。肉が少なくても、お腹にたまりそうです」

 

「乾物のまま売る方法と、すぐ食べられる形にして売る方法がありそうですね」

 

 澪は三種類の値札を控えた。

 

 安いからといって、買えるだけ買えばよいわけではない。

 

 どの国で、誰が、どの形なら買うのか。

 

 そこが分からなければ、安い豆は大量の在庫へ変わる。

 

「鍋一つ分でよいだろう。売る話は、食べてからだ」

 

 真壁が豆を一粒ずつ取り、色と割れを確かめる。

 

「含水の状態と虫害を確認する。乾物のまま運ぶ分と、加工試験に使う分を分けよう」

 

 澪は三種類を少量ずつ買い、香辛料もいくつか選んだ。

 

 買い付けの記録には、店と産地と日付を残す。

 

 同じひよこ豆でも、袋によって粒の大きさが違っていた。

 

 澪が尋ねると、店主は産地の違いだけでなく、乾燥させた時期も違うと答えた。

 

「安い方を加工用にしますか?」

 

 理央の問いに、真壁はすぐには頷かなかった。

 

「安い物が加工に向くとは限らん。煮崩れが必要な料理もあれば、粒を残す商品もある」

 

「じゃあ、両方買うんですか」

 

「比べる分だけだ」

 

 店主に頼み、産地ごとの小分けを作ってもらう。

 

 澪は試料の代金を払い、もし次回まとまった量を買う場合にも同じ産地を分けて出せるか確認した。

 

 店主は、日を決めてもらえれば用意できると答えた。

 

 その一言も、仕入れ記録の端へ書き加える。

 

 三人は買った豆を抱え、試験のために借りた倉庫へ向かった。

 

 

 

 午後、三人は市場近くに借りた施錠できる倉庫へ移った。

 

 真壁は三種類の豆を混ぜず、洗浄前の重さから記録させた。

 

「同じ豆でも、戻る水の量と加熱時間は違う。最初から一緒に煮れば、どこで差が出たか分からなくなる」

 

 洗浄し、水へ浸し、一定時間ごとに重さを測る。

 

 加熱も豆ごとに分け、柔らかさと皮の崩れ方を比べた。

 

 理央が書き、澪は食べる側から味と量を見る。

 

 計量を終えた試料が、真壁の手元から消えた。

 

 澪と理央が記録を整理している間に、洗浄と加熱を終えた豆が作業台へ戻ってくる。

 

 煮た豆には肉と香辛料を加え、塩分を変えた小分け試料を作った。

 

 最初の試食で、理央はレンズ豆の袋へ手を伸ばした。

 

「これ、柔らかいです。でも、ちょっと味が薄いかも」

 

「豆だけの味なら、そうなりますね」

 

 澪も一口食べ、香辛料の量が違う試料を続けて確かめた。

 

 香りを強くすれば食べやすくなるが、売る土地で好まれる味から離れるかもしれない。

 

「レヴァニアの味を、そのまま他の国へ持っていく必要はないんですよね」

 

「現地で食べる人に合わせるならな。ただし、何を入れたかは同じにしなければならん」

 

 真壁は香辛料を匙で量らせ、理央が書いた『少し』という文字を消させた。

 

「少しでは、次に同じ物を作れない」

 

「はい……何グラムか書きます」

 

 理央は秤へ匙を戻した。

 

 澪は、その横で一袋に入れる量を変えた。

 

 宿で鍋へ足す業務用と、一人か二人で食べる小売り用では、必要な分量が違う。

 

 中身が同じでも、袋の大きさが変われば加熱の通り方も変わる。

 

 大袋で成功した条件を、小袋へそのまま使うことはできなかった。

 

 以前、魚介のスープへ使った高遮断性の袋も試す。

 

 ただし、同じ袋だから同じ保存期間になるとは限らない。

 

 小型のレトルト釜へ圧力計を取り付け、加熱温度と保持時間を変えた。

 

 釜はゲンダイ側でも買える普通の機材である。

 

 収納の力で中身を安全にしたことにはせず、圧力の上がり方と温度を人の目で確かめる。

 

 針が予定の位置へ届くまでの時間も、火を止めてから下がるまでの時間も記録した。

 

 一度目は、ひよこ豆の皮が割れすぎた。

 

 二度目は形が残った代わりに、中心がわずかに硬い。

 

「食べられますけど、売るならどっちでしょう」

 

 理央が二つを見比べる。

 

「料理に使うなら形が残る方です。でも、このまま食べる商品なら、硬いのは困ります」

 

 澪は用途ごとに試料を分けた。

 

 正解が一つあるのではない。

 

 誰へ何として売るかを決めて、初めて必要な仕上がりが決まる。

 

 冷却後は封の状態、膨らみ、漏れを確認する。

 

 すぐ開けて味を見る分とは別に、時間を置いて変化を見る試料も残した。

 

「今日食べられたから、来月も売れるとは限らん」

 

 真壁は膨らみのない袋を光へかざした。

 

「作れたことと、同じ物を安全に売り続けられることは別だ」

 

 作業の順番と判定基準を紙へ落とし、誰がしても同じ場所で止められる形にする。

 

 真壁は完成した手順を理央へ渡し、最初から読み上げさせた。

 

 途中で理央が迷った箇所には、使う器具と確認方法を書き足す。

 

 真壁が横にいない時でも、同じ順番で作業できる手順になった。

 

 倉庫を出る前に、真壁は作業台へ残った豆の数まで確認した。

 

 試食に使った分、検査用に開封した分、時間を置く試料。

 

 製造数と売れる数は同じではない。

 

 澪は加工予定量から検査分を引き、初回に販売できる袋数を書き直した。

 

 

 

 夕方、市場へ戻った時には、豆を売っていた店が片づけを始めていた。

 

「乾物なら、この三種類は問題なく運べる」

 

 真壁は試験結果を見ながら言った。

 

「加工品も、現時点で置ける保存期間を短く取るなら販売試験へ回せる。だが、一度に作れる量には上限がある」

 

 澪は市場の売値と、侯爵領や王都で聞いていた価格を並べた。

 

 乾物は家庭や食堂へ回せる。

 

 開けて温められる加工品は、宿や忙しい店の方が扱いやすい。

 

「乾物は侯爵領を多めにします。加工品は、まずリュシア商会と王都の小売りへ少量ずつ」

 

「残りはどうしますか?」

 

 店主が、値下げできると勧めてくる。

 

 倉庫には、まだいくつもの袋が積まれていた。

 

 買えば単価はさらに下がる。

 

「追加は、今回の分が売れてからにします」

 

 澪は首を横に振った。

 

「売り先のない在庫は、安くありません」

 

 店主は残念そうな顔をしたが、次回も同じ時期に余る見込みだと教えてくれた。

 

 澪はその時期と、おおよその量を記録する。

 

 買わないと決めた情報も、次の仕入れには使えた。

 

 

 

 翌朝、ヴァルディス侯爵領で、リュシア商会の荷受け担当が三人を迎えた。

 

 リュシアは豆の袋を持ち上げ、重さを確かめた。

 

 味見をする前に、次も仕入れられるのかを尋ねる。

 

「この豆、次も入るのかい」

 

「今回の売れ方を見てから決めます。次も入れられますが、レヴァニア側の値段と在庫を確認せずに数量は約束しません」

 

「分かった。まずは、この分を預かるよ」

 

 取引は後払いである。

 

 長く積み上げた信頼があるからこそ、リュシア商会の販売記録を受け取った後で精算する。

 

 豆を預けた後は、木材商の倉庫へ向かった。

 

 積まれている木には、家具へ使える物もあれば、節や反りの多い物もある。

 

 真壁は家具用、加工原料用、使用不可に分けた。

 

 加工原料にできる物まで、見た目が悪いという理由だけで捨てる必要はない。

 

「節の少ない方は、そのまま使える。反りのある方も、加工原料にはなる」

 

 真壁が示した後、木材商は澪へ値段を提示した。

 

「この山まで引き取ってもらえるなら、もう少し下げられます」

 

 木材商が、奥の山も含めた値を出した。

 

 澪は王都で売れた人工木材の枚数と、倉庫に残っている在庫を確かめた。

 

「今日は、印を付けた分でお願いします。次は、王都から戻る注文を見て相談させてください」

 

 奥の山まで買えば、人工木材の在庫が王都の注文量を越える。

 

「こちらの節が多い材は、前なら薪へ回していました」

 

 木材商が、加工原料用に分けられた山を見る。

 

「これも板になるのですか」

 

「そのまま板にはしない」

 

 真壁は短く答えた。

 

「異物と水分を除き、原料として使える部分だけを戻す。ただし、毎回使えるとは限らん」

 

 木材商は、次から同じような端材を残すべきか澪へ尋ねた。

 

「今の段階では、今回と同じ分までにしてください」

 

 澪は保管場所と期間を確認する。

 

「こちらが買うと決める前に、他の使い道を止めないでください。試験結果が安定してから、次の量を相談します」

 

 澪は将来分まで約束せず、今回買う量だけを注文書へ書いた。

 

 

 

 新事業所へ戻ると、真壁は買った木材を材料台へ並べた。

 

 まず金属片や砂を除き、水分を測る。

 

 使える部分を粒の大きさごとに分け、混合比を変えながら再構成する。

 

 成形した物はすぐ商品にせず、寸法を測ってから時間を置いた。

 

 反り、表面の割れ、強度の変化を見るためだ。

 

「前に作った物と同じに見えますけど、違うんですか?」

 

 理央が二枚の板を見比べた。

 

「原料が違う」

 

 真壁は片方の板を裏返した。

 

「木の種類も、水分も、粒の割合も毎回同じではない。材料が変わっても、売る時の規格は揃えなければならん」

 

 許容できる反りと強度を決め、外れた物をどの工程で除くかも記録する。

 

 人工木材を一度作るだけなら、真壁一人でできる。

 

 だが売り続けるなら、真壁がいない日にも判定できなければならない。

 

 理央は試験札を板へ結び、澪は合格品として出せる予定数を控えた。

 

「これ、表面をきれいにしたら全部同じに見えますよね」

 

 理央が、合格品と強度不足の試料を交互に見る。

 

「見えるからこそ、混ぜてはならん」

 

 真壁は強度不足の板へ赤い印を入れた。

 

「完成後の見た目だけで分からないなら、製造中の記録と番号をつなぐ」

 

 原料の組み合わせごとに番号を付け、成形した板にも同じ番号を残す。

 

 問題が起きた時に、同じ材料から作った物だけを止められるようにするためだ。

 

「全部回収しないで済むように、ですか」

 

「そうだ。どれか分からなければ、全部を疑うことになる」

 

 真壁は記録用紙を理央へ渡し、今度は自分で番号を振らせた。

 

 一枚目と二枚目で書き方が違えば、後から読む者が迷う。

 

 理央は途中で欄の幅を直し、三枚目から同じ位置へ同じ項目を書いた。

 

 真壁は出来上がった紙を確認し、最初の二枚も書き直すよう返した。

 

「厳しくないですか?」

 

「商品を増やせば、紙も増える。今読みにくい物は、百枚になれば使えん」

 

「……分かりました」

 

 口では不満そうでも、理央はすぐ新しい紙を取った。

 

 検査を通った板だけが、販売分の棚へ移された。

 

 

 

 王都の商業組合では、以前から付き合いのある若い商人たちが待っていた。

 

 グスタフは少し離れた席から商談を見守っている。

 

 澪は加工した豆、既存在庫の塩、人工木材を一度に積まず、商人ごとの売り先を聞いて分けた。

 

「宿へ卸すなら、豆の加工品はこちらです。乾物を量り売りする店には、この袋を」

 

「塩も増やせますか」

 

「次回分までは増やせます。ただし、その先は今の売れ方を確認してからです」

 

 人工木材は、家具工房と建材を扱う商人へ回す。

 

 真壁は寸法と強度、保管時の注意を説明したが、卸値と数量には口を挟まない。

 

 それぞれの商人が持つ販路を使えば、押入商会が王都の全店舗へ直接配る必要はなかった。

 

 その代わり、誰へ何を何個渡し、いつ販売記録を返してもらうかを決める。

 

「次も同じ物が入るなら、店へ先に話せます」

 

 若い商人の一人が言った。

 

「今回の結果が基準を満たせば、次回分を用意します。数量は記録を見てこちらからお知らせします」

 

 澪が答えると、相手は頷いて受領書へ署名した。

 

 若い商人たちは、受け取った品をそれぞれの得意先へ持っていく。

 

 宿へ豆の加工品を紹介する者は、厨房で使う量を先に聞く。

 

 人工木材を家具工房へ持ち込む者は、小さな試験板を渡し、注文を取ってから必要枚数を戻す。

 

 押入商会が持っていない客とのつながりを、彼らはすでに持っている。

 

 澪が売る相手を増やすために、その仕事を奪う理由はなかった。

 

「返品が出た時は、理由も一緒に残してください」

 

「売れなかった数だけでは駄目ですか」

 

「味が合わなかったのか、量が多かったのか、値段なのかで、次に変える場所が違います」

 

 澪の答えに、商人は新しい記録欄を一つ増やした。

 

 真壁は横から、袋が破れた場合だけは販売理由と分けるよう付け加える。

 

 商品そのものの不具合と、客が選ばなかった理由を混ぜないためだった。

 

 次に売るための線が、一本増えた。

 

 

 

 王都の果物を扱う荷受け場では、冬の間に運び込まれた果実が値下げされていた。

 

 春が近づき、長く保管した箱から先に売り切りたいという。

 

 新しい収穫物が急に出回ったわけではない。

 

 真壁は箱を開け、傷み、柔らかさ、匂いを確かめた。

 

 安くても、トルヴィアへ着く前に崩れる物は買えない。

 

「箱ごと引き取ってもらえるなら、値は下げますよ」

 

「先に中を見せてください。トルヴィアまで持つ物を選びます」

 

 澪は、寒い土地で採れ、トルヴィアやレヴァニアでは手に入りにくい果実を選んだ。

 

 買い付けたのは、真壁が輸送中も崩れないと見た箱までだった。

 

 箱ごとに産地、入荷日、熟し方を記録する。

 

 王都で値下がりした果物でも、トルヴィアへ着けば珍しい商品になる。

 

 

 

 翌朝、トルヴィアの交易窓口で申告と検査を終えた品が、ようやく販売用倉庫へ入った。

 

 レヴァニアの豆加工品、王都の果物、侯爵領の木材から作った人工木材。

 

 海辺の国では珍しい物ばかりで、仲買人たちの反応はよかった。

 

「豆の加工品は、あるだけ欲しい」

 

「こちらでお渡しできるのは、この数です」

 

 澪は販売分を示し、残りには手を触れなかった。

 

「レヴァニアへ戻す分は残します。次回の量は、今回の記録を見て決めさせてください」

 

 ここで予定以上に売れば、レヴァニアへ戻す分がなくなる。

 

「残した分は、ここより高く売れるのですか」

 

 仲買人が不思議そうに尋ねた。

 

「高いかどうかだけで決めていません」

 

 澪はレヴァニアへ戻す量を示した。

 

「仕入れた土地でも、加工した物が売れるか確かめます。次の豆を安定して買うためにも、向こうで取引を続ける必要があります」

 

 トルヴィアで売った豆の代わりに、加工食品と魚介をレヴァニアへ戻す。

 

 次の豆を買いに来る時、荷は両方向へ動く。

 

 澪は販売先ごとの量を分け、税と手数料を含む取引記録を受け取った。

 

 理央は品物が倉庫へ運ばれていくのを見た後、魚介加工品の試験先がある通りへ目を向ける。

 

「前に渡した袋、どうなったでしょう」

 

「それを確認しに行きましょう」

 

 

 

 三つの魚介加工所では、約束していた七日後の確認を、すでに短い再訪で済ませていた。

 

 その時に見つかった封の不具合や作業手順の問題は、修正されている。

 

 今回は、それ以降にたまった販売記録と、現場で使い続けた結果の確認だった。

 

 袋の破れ、封の失敗、買い直した客の数、作業者へ増えた負担。

 

 三店で同じ項目を比べると、店ごとの差も見えてくる。

 

 一店目は封の失敗がほとんどなくなったが、袋へ入れる量が一定していなかった。

 

 二店目は重量を揃えられている代わりに、作業へ時間がかかっている。

 

 三店目は売れ行きが最もよかったが、繁忙時に記録が抜けていた。

 

「全部、同じ直し方では駄目なんですね」

 

 理央が三枚の記録を並べる。

 

「設備が同じでも、人と売り方が違うからな」

 

 真壁は一店目には計量の位置を変える案を出し、二店目には作業を二つに分けるよう勧めた。

 

 三店目には、新しい帳面を増やさせなかった。

 

 忙しい時に書けない記録なら、書く時間を変えるか、必要な項目を絞る方がよい。

 

 ただし、製造日と加工条件だけは後回しにしない。

 

 どの袋に問題があるか追えなくなるからだ。

 

 真壁は製造条件と不具合を確認し、セリネアは市場で受け入れられた価格を説明した。

 

 魚醤の樽は、まだ発酵の途中である。

 

 時間を早めたことにはせず、匂いと温度を確認するだけに留めた。

 

「技術上は、今の三店なら継続できる」

 

 真壁が言う。

 

「市場でも、再購入が出ています」

 

 セリネアが続けた。

 

 二人の報告を聞いた後、澪は三店の責任者へ向き直った。

 

「では、正式に継続します。次回分からは店ごとの販売量に合わせて袋を渡します。記録は今と同じ項目でお願いします」

 

 三店の帳面に、次の納品予定が書き込まれた。

 

「次に来るまで、今の方法で売り続けてよろしいのですね」

 

 一店の責任者が念を押した。

 

「はい。ただし、封の異常や膨らみが出た分は売らずに分けてください。数が一つでも、記録を残して知らせてください」

 

 澪は三店すべてへ同じ条件を伝えた。

 

 継続を決めることは、任せきりにすることではない。

 

 どこで止め、何を知らせてもらうかまで決めて、ようやく次の訪問まで仕事を預けられる。

 

 

 

 加工所を出た三人は、港に近い食品問屋へ向かった。

 

 店先に並んでいるのは、魚の燻製や塩漬け、乾燥させた海藻である。

 

 いずれもトルヴィアでは珍しくない。

 

 海から遠いレヴァニアでは、同じ値段では買えない品だった。

 

「魚市場へ行くのに、ここでも買うんですか?」

 

 理央が、箱詰めされた燻製を見た。

 

「こちらは、仕入れたまま売れる商品です。魚市場で買う物は、注文に合わせて種類と処理を変えます」

 

 澪はレヴァニアで聞いた値段と、問屋が出した卸値を比べた。

 

 一箱を試す段階は、前の取引で済んでいる。

 

 今回は燻製と塩漬けを箱単位で買い、乾燥海藻も俵でまとめた。

 

「ずいぶん買うな」

 

 問屋が数を確認する。

 

「レヴァニア側の注文分があります。継続する量は、向こうで売った後に改めて相談します」

 

 真壁は箱の封と製造日を確かめ、同じ品が混ざらないよう受入番号を分けた。

 

 トルヴィアで作られた商品が、そのままレヴァニアへ向かう荷へ加わった。

 

 

 

 昼の魚市場で、澪は持参した注文書を開いた。

 

 王都の宿が求めていた魚。

 

 侯爵領で売れた干物。

 

 レヴァニアでは珍しい貝と海藻。

 

 すでに分かっている売り先へ合わせ、種類と量を選ぶ。

 

「では、この魚を王都分まで。干物は侯爵領を多めにして、貝はレヴァニアで試せる量にします」

 

 籠の隅で、小さな蟹が脚を動かしていた。

 

 澪が収納しようとしても、蟹だけが籠の中に残る。

 

「やっぱり、生きている物は入りませんね」

 

「現行の収納ではな」

 

 真壁は店へ下処理を頼み、加熱後に状態を確認してから収納へ入れた。

 

 生きたまま運ぶために、無理をする必要はない。

 

「前は、余った魚をどうするか考えて豆と交換しましたよね」

 

 理央が買い付け表を見ながら言った。

 

「今回は、売る場所が決まってから買ってます」

 

「順番が逆になりましたね」

 

 澪は必要数を書き終えた。

 

 偶然余った物を運ぶのではない。

 

 次に売る量から、今買う量を決めていた。

 

 

 

 王都へ戻ると、魚介は食品を扱う仲買人へ渡した。

 

 珍しさだけで大量に押し込まず、宿と料理店から出ていた希望量に分ける。

 

 売買記録と税の控えを受け取ってから、次の場所へ移った。

 

 

 

 ヴァルディス侯爵領では、リュシアが干物と加工済みの蟹を確認した。

 

「前の魚より扱いやすそうだね」

 

「保存期間と保管方法はこちらです。次回は、今回の販売数を超えない範囲から始めます」

 

 澪が条件を伝え、後払いの販売記録へ品目を加える。

 

 豆を預けた時と同じく、信頼があるから記録を任せられた。

 

 

 

 レヴァニアでは、魚介と人工木材、王都で選んだ果実、それにトルヴィアで買った加工食品を正式に申告した。

 

 海から遠い土地では、処理済みの魚介へすぐ買い手がついた。

 

 箱で仕入れた燻製と塩漬けも、前に注文を受けた商人へ渡していく。

 

 澪が売値と数を確かめ、次に欲しい量を品ごとに聞き取った。

 

 人工木材は家具職人が試すことになり、果実は扱える店へ少量ずつ回された。

 

 その販売記録を見た豆商人が、次回も買い付けるのかと尋ねる。

 

「今回より増やします。ただし、三種類を同じ割合にはしません」

 

 澪は各地で売れた量を示し、豆ごとの希望量を出した。

 

 レヴァニアから出た豆が侯爵領と王都とトルヴィアへ渡り、三つの土地の商品がレヴァニアへ戻ってくる。

 

 最初に作った巡回表の行き先を、これですべて回り終えた。

 

 澪は革鞄から最初の巡回表を取り出した。

 

 出発した時には、行く場所を順番に並べただけの紙だった。

 

 今は各地の販売数、残数、手数料、次に求められた量が書き足されている。

 

 真壁はその横へ、加工に必要な日数と一度に作れる量を書いた。

 

 売れる量だけを見て増やせば、製造が追いつかない。

 

 作れる量だけを見て運べば、売れ残る。

 

 二つの数字が重なる範囲を、次回の予定にする必要があった。

 

「次は、出発する前から一周分を決められますね」

 

 理央が言う。

 

「全部ではありません。売れ方は変わりますし、天候で品物が入らないこともあります」

 

 澪は次回数量の欄を埋めながら答えた。

 

「でも、何も分からないところから始めなくて済みます」

 

 

 

 それから数週間、巡回は春の仕事の一つになった。

 

 ゲンダイ側で東都への納品を進めながら、異世界側では手紙を決まった窓口へ預ける。

 

 返事が届くまでには時間がかかる。

 

 だからこそ、次回の予定を先に決めた。

 

 レヴァニアの豆商人は、押入商会が来る日に合わせて種類ごとの袋を分けるようになった。

 

 リュシア商会は前回の販売数と予約数をまとめ、次に欲しい量を用意する。

 

 王都の若い商人たちは、入荷予定を自分たちの取引先へ伝える。

 

 トルヴィアの加工所も、使う袋と加工する魚の量を前もって揃えた。

 

 澪は販売数、返品、予約を見て、次回の仕入れ量を決める。

 

 真壁は品目ごとの単位、包装、保管場所、担当者を揃えた。

 

 遅れた時の予備量と、予定先で売れなかった場合の別の売り先まで決めていく。

 

 一度目の記録では、王都の宿へ回した豆加工品が予定より早く売れた。

 

 二度目は増やした分の一部が残った。

 

 澪は三度目をさらに増やさず、二度目と同じ量へ戻した。

 

 右肩上がりに増やすことだけが、継続ではない。

 

 売り切れた理由が、一時的な注文だった可能性もある。

 

 反対に、侯爵領の乾燥豆は少しずつ予約が増えていた。

 

 こちらは一度に倍へせず、レヴァニアの店が確実に揃えられる量だけ増やした。

 

 トルヴィアへ送った果実は、熟し方の早い箱ほど返品が出た。

 

 次からは買い付け時の判定を一段厳しくし、運ぶ順番も変えた。

 

 真壁が作った基準に従い、現地の荷受け担当でも先に使う箱を選べるようにする。

 

 澪が次回数量を決めた後は、現地の担当者が注文書に沿って荷を揃えられるようになった。

 

 全部を澪たち自身が転移で運び続ける必要もない。

 

 量と頻度が安定した区間は、現地の商人が持つ輸送へ渡せる。

 

 その場合も、誰へ渡したかを手紙で残し、受領の返事を次の窓口で受け取る。

 

 返事が遅いからこそ、一度の連絡で必要な情報を揃えた。

 

 品名だけを書いた手紙では、数量も到着予定も分からない。

 

 長すぎる報告では、商人が毎回同じ形で返せない。

 

 真壁は各地の帳票を共通の欄へ揃え、国ごとに必要な税や手続きだけを別紙へ分けた。

 

 言葉と制度が違っても、押入商会が判断する数字は同じ位置に並ぶ。

 

 三度目の巡回を終えた頃、共用机の上には国ごとに分かれた紙の山がなくなっていた。

 

 一枚の表の中で、品物が円を描いている。

 

「もう買い物じゃなくて、予定表ですね」

 

 理央が言った。

 

 澪たちが今日思いついて動かなくても、次の荷は各地で用意され始めている。

 

 商路そのものが、押入商会の仕事として回り始めていた。

 

 

 

 その日の夕方、新事業所の窓から橙色の光が差し込んでいた。

 

 澪は次回数量まで記入した交易表を閉じ、自分へ鑑定を向けた。

 

 行商人のジョブツリーに、見覚えのない枝が増えている。

 

「貿易商……」

 

 真壁も自分を確認した。

 

「こちらは総支配人だ」

 

「真壁さんの方が、貿易商っぽくありませんか?」

 

「だが、売る品も買う量も、決めたのは澪君ではないか」

 

 真壁は机上の交易表を指した。

 

「私は、決まった仕事を次も回せる形にした。それで枝が分かれたのだろう」

 

 理央も、これまでの商談を順に思い返した。

 

「最後に聞かれてたの、いつも澪さんでした」

 

 以前にも、レヴァニアの穀物をトルヴィアへ運び、余った魚介を侯爵領へ持ち帰ったことはある。

 

 けれど、あれは目の前にある余剰へ対処した一度の取引だった。

 

 今回は違う。

 

 何度か売った記録を基に、澪が次の量を決めた。

 

 相手も次が来ることを前提に準備している。

 

「でも、真壁さんがいなかったら、加工も運ぶ準備もできませんでした」

 

「君が買うと決めなければ、加工する仕事そのものがない」

 

 真壁は淡々と返した。

 

「どちらが上という話ではない。職が分かれたのは、受け持った責任が違うからだろう」

 

 澪は貿易商という文字をもう一度見た。

 

 これまでは、自分が収納して運んだから、行商人なのだと思っていた。

 

 今回は、途中から自分で運ばない区間まで増えている。

 

 それでも商売は止まらなかった。

 

 自分が運ぶことより、何をどこへ流すか決めることの方が、今の仕事では大きくなっていた。

 

「変更は、明日ですね」

 

「ああ。司祭殿へお願いしよう」

 

 二人はその場で新しい職を選ばず、交易表と一緒に明日の予定へ加えた。

 

 

 

 翌朝、教会の石床には春の冷たさが残っていた。

 

 蝋燭と古い木の匂いの中で、老司祭が真壁のジョブツリーを確認する。

 

「総支配人への変更で、よろしいのですね」

 

「お願いする」

 

 真壁は迷わなかった。

 

 司祭の祈りに合わせ、淡い光が真壁の身体を包む。

 

 光が収まると、澪は真壁を鑑定した。

 

----------------------------------

真壁 久忠

 分類:人間/異界渡航者

 現在ジョブ:総支配人

 レベル:1

 前職:行商人 Lv16

 前々職:商人 Lv11

 前々々職:指揮官 Lv14

 状態:良好

 疲労度:9%

 身体異常:なし

----------------------------------

基礎能力値

 体力:103

 筋力:90

 器用:113

 知力:117

 判断:127

 精神:124

 集中:123

----------------------------------

未使用SP

 19

----------------------------------

既得スキル

 商才:8

 鑑定:10

 収納:10

 交渉:10

 指揮:10

 軍略:10

 体術:7

 威圧:6

 異界適応:7

 錬金:10

 世界地図:1

 順風満帆:1

 転移:10

 重力:6

 医術:5

 緑の手:5

 醸造:6

 熟成:5

 土木工事:7

 建築:7

 礼法:6

 美術眼:6

 古物鑑定:5

 書類読解:3

 現代知識:8

 収納内プラント:10

----------------------------------

加護

なし

----------------------------------

 

「世界地図と、順風満帆……」

 

 澪が新しい名前を読む。

 

 以前まであった地図と移動加速は見当たらない。

 

 世界地図へ意識を向けると、真壁がこれまで訪れ、登録してきた地域が、国境をまたぐ交易圏としてまとまって見えるらしい。

 

 未訪問の場所まで分かるわけではない。

 

 順風満帆も、真壁一人を速くするだけの技能ではなかった。

 

 真壁が管理する輸送や、同行する荷の流れを円滑にする方向へ広がっている。

 

「総支配人らしい変わり方ですね」

 

「そう見えるが、範囲も効果も実地で確認する必要がある」

 

 真壁は喜ぶより先に、未確認の部分を切り分けた。

 

 それでも澪には分かった。

 

 真壁の技能は、自分一人が速く動くための物から、商会の仕事全体を回すための物へ変わっていた。

 

「では、篠原澪さん」

 

 司祭に呼ばれ、澪は一歩前へ出た。

 

「貿易商への変更で、よろしいですか」

 

「はい。お願いします」

 

 同じ祈りの言葉が繰り返される。

 

 光は澪の胸元から広がり、指先まで包んでから静かに消えた。

 

 澪は自分へ鑑定を向ける。

 

----------------------------------

篠原 澪

 分類:人間/異界渡航者

 現在ジョブ:貿易商

 レベル:1

 前職:行商人 Lv16

 前々職:商人 Lv14

 状態:良好

 疲労度:6%

 身体異常:なし

----------------------------------

基礎能力値

 体力:66

 筋力:49

 器用:94

 知力:109

 判断:118

 精神:116

 集中:115

----------------------------------

未使用SP

 43

----------------------------------

既得スキル

 商才:7

 鑑定:10

 関門接続:1

 世界地図:1

 順風満帆:1

 生体収容:1

 収納内時間操作:3

 収納内工程:5

 収納内温度操作:5

 防衛用収納展開:5

 錬金:7

 薬学:1

 並行思考:7

 雷:10

 射撃:4

 火:1

 統率個体識別:2

 醸造:1

 手仕事:7

 彫金:4

 重力:3

 大量生産:4

 土木工事:5

 建築:5

 栽培知識:芽あり(+)

 緑の手:芽あり(+)

 医術:芽あり(+)

----------------------------------

加護

 安息:5

----------------------------------

 

 澪は職名より、既得スキルの途中で目を止めた。

 

「四つ、変わってます」

 

 収納、地図、移動加速、転移という名前がない。

 

 代わりに並んでいるのは、生体収容、世界地図、順風満帆、関門接続だった。

 

 収納内時間操作と防衛用収納展開は残っている。

 

 収納内時間操作へ意識を向けると、これまでの停止に加え、収納内の時間を進められることが分かった。

 

 真壁が収納内プラントで行ってきた時間操作が、技能の変化につながったらしい。

 

 これまでの収納を失ったのではなく、その対象が広がったらしい。

 

「関門接続は、名前から見れば転移の上位だろう。だが、今は触らない方がいい」

 

 真壁が言った。

 

「何と何をつなぐのかも、誰が通れるのかも分からん」

 

「はい」

 

 澪も、名前だけで使い方を決めるつもりはなかった。

 

 世界地図と順風満帆も、真壁と同じく交易や輸送へ関わる変化に見える。

 

 けれど今、意識に残っているのは一つだけだった。

 

「生体収容……」

 

 澪が技能へ意識を向けると、従来の収納機能に加え、生きている対象を収容できることが分かった。

 

 対象には、人間も含まれている。

 

「人も、入れられます」

 

「安全に入れられる、とはまだ限らん」

 

 真壁の返答は早かった。

 

「人間を収納したことなら、すでにある」

 

 理央が目を見開いた。

 

「試したんですか」

 

「アルヴェラで侯爵邸を襲った者たちだ。意識を失わせ、仮死状態にしたところで収納した」

 

 澪は、真壁の横顔を見た。

 

 あの襲撃で消えた者たちは、捕らえられたとも、死体が見つかったとも聞いていない。

 

「あの人たちを、収納に入れてたんですか?」

 

「ベルセナ村にいた、屈強な男たちを覚えているだろう」

 

 澪の頭に、村で働いていた男たちの姿が浮かんだ。

 

「真壁さんが連れていった人たちですか」

 

「ああ。彼らだ」

 

 今度は、理央が真壁を見つめた。

 

「あの人たちが、襲撃者だったんですか」

 

「収納内で彼らの記憶を操作し、その後、エリクサーで蘇生した」

 

「……記憶まで?」

 

 澪はすぐには次の言葉を出せなかった。

 

 真壁が男たちをどこかへ連れていったことは知っていた。

 

 けれど、その前に何をしたのかまでは知らなかった。

 

「君たちには知らせなかった。私の判断だ」

 

 真壁は言い訳を加えず、そこで言葉を切った。

 

 収納で人間を運んだ前例はある。

 

 だが、意識を失わせ、仮死状態にした人間を収納したことと、生きた人間をそのまま《生体収容》へ入れることは同じではない。

 

「収容中の生命活動、意識への影響、収納内時間操作が人体へ及ぼす変化。確認することは多い」

 

「……分かってます。いきなり人では試しません」

 

 澪の頭には、江古田までの手順が浮かんでいた。

 

 ヴァルトを生体収容へ入れる。

 

 澪がこれまでどおり押し入れを越える。

 

 江古田で、ヴァルトを外へ出す。

 

 関門接続が何をする技能なのか分からなくても、その方法なら今ある通路を使える。

 

 理央が小さく息をのみ、澪を見た。

 

 これまでは、ヴァルトがゲンダイへ行く方法はなかった。

 

 今は違う。

 

 方法はある。

 

 次にすることは、ヴァルトへ話す前に、その方法が安全か確かめる試験だった。

 

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