「今夜呼んだのは、領内の連絡について相談したくてな」
アルベルトが広げた地図を、ヴァルトは手前から奥へ見ていった。
領都の周りに、町や村の印が散らばっている。
そこへ続く道は丘を回り、森を避け、紙の端近くまで曲がりながら延びていた。
「領都を中心に、半径70kmほど。この範囲の町村から、もっと早く知らせを受ける方法はないだろうか」
アルベルトの指が、道から離れた小さな印で止まった。
「何かが起きて、人を出す。町へ着いて、こちらへ取り次ぐ。その間にも、向こうでは事が進んでしまう」
「領都内であれば、電話線を敷くことで対応できましょう。ですが、これだけ離れた町村をすべて結ぶとなりますと……」
真壁が、村々へ続く道をたどった。
「敷くだけでなく、切れた所へ出向いて直す手間も掛かりますな」
「魔導無線では、どうだ。ヴァルト殿」
「使えます。ただ、これだけの町村へ置くとなると、魔石の消費が重くなります。使う所が増えれば、その分を補い続けることになりますから」
「やはり、そこか」
アルベルトは、地図の端から中央へ指を戻した。
「昨年の黒鎖のようなものが、こちらの知らぬところで育っていないか。それが気掛かりでな」
開いた窓から風が入り、地図の角が浮いた。
「父上に相談したところ、『あの二人に聞いてみろ』と言われた。それで、君たちを呼んだのだ」
「なるほど。御父上からも、そう仰せになりましたか」
真壁は時計へ目をやった。
「澪くんにも、ご同席願ってよろしいでしょうか。機材を用意するとなれば、あちらの手も借りることになりますので」
「ああ。澪殿にも聞いてもらおう」
真壁が席を立つと、アルベルトはヴァルトへ、地図の別の道を示した。
「こちらの村までは、行ったことがあるか」
ヴァルトは椅子を寄せ、道沿いの印へ目を近づけた。
食事を終えて事業所へ戻った澪が、真壁と領主館へ来た時にも、地図は机いっぱいに広げられていた。
「お待たせしました」
「夕食後に呼び出してすまんな。こちらへ座ってくれ」
勧められた椅子へ座ると、澪は地図の端を押さえた。
道中で聞いた村の印が、領都からずいぶん離れた所にある。
自分なら扉を開けて渡れるが、村で何が起きたかは、誰かが教えてくれなければ分からない。
「地図は、携帯で撮っておきますね。データ化して検討します」
「ああ。使ってくれ」
澪は携帯で地図を撮影し、画像を拡大した。
小さな村の名まで読める。
画面を地図全体へ戻しかけ、ふと携帯そのものを見た。
「ゲンダイの携帯電話みたいには、できないでしょうか。これなら、村からでも話せるんですけど」
「向こうの携帯電話は、基地局とやり取りしているからね。電話だけ持ってきても、そのままでは使えぬよ」
真壁は、丘の上にある領主館の印を示した。
「基地局を高い所へ固定して、電波が届くようにせねばならん」
「この丘なら使えるが、ここだけで足りるのか」
アルベルトの問いに、真壁は周囲の丘や森へ指を移した。
「谷間や、こちらの丘の陰にも村があります。届かぬ所を中継する設備まで考えますと、なかなかの大仕事になりますな。昼に考えていた衛星の方も、すぐには使えませんし」
「では、トランシーバーはどうですか。小さな機械を持って話す、あれなら」
「近くで連絡を取るには便利だが、ああいう携帯型で、丘や森を挟んでこの距離を直接結ぶのは難しいだろうね」
澪は携帯の画面で、領都から離れた村を拡大した。
道は大きく回り込んでいる。
「そういえば……HAMって、ありませんでしたっけ。趣味で無線をやる人たちの」
「アマチュア無線ですか」
ヴァルトが、すぐに顔を上げた。
「ええ。それなら、SSBで音声を送れます。昔、私もやっていたことがありまして」
「ヴァルト君が?」
真壁が、少し意外そうにヴァルトを見た。
「ええ。ずいぶん夢中になりました。聞こえてきた声に呼びかけて、向こうが自分を呼び返してくれると、それだけで嬉しくて」
ヴァルトは地図の脇へ指を置いた。
「アンテナの張り方を変えると、昨日まで聞こえなかった相手が聞こえるんです。それで、もう少しよくならないかと、また張り直して」
「毎日ですか?」
「毎日では……いえ、気になれば、触っていましたね。大人になるにつれて、パソコン通信の方へ興味は移っていきましたが」
澪が笑うと、ヴァルトも笑った。
「では、今度はまた、無線の出番というわけだ」
真壁の言葉に、ヴァルトは机へ少し身を寄せた。
「ただ、遠くの局は聞こえるのに、近くには届かないこともあります。今回は領内ですから、周りへ届くように周波数とアンテナを選ぶ必要がありますね」
「それを合わせれば、村からここへ声を送れるのだな」
「はい。地上へ長い線を敷かずに、直接やり取りする方法として使えます」
アルベルトは、地図の端にある村の印を見直した。
澪は携帯を脇へ置き、真壁へ顔を向ける。
「必要な部品をゲンダイで買ってきたら、《収納》で同じものを増やせます。村へ配る台数も、それなら」
「うむ。ICを使った機械でよいだろう。今は、使える市販品もある。全部を初めから作る必要はないからね」
真壁は、ヴァルトと地図を挟んで向き合った。
「高周波の回路は出来ているものを使おう。村の人が触る所を変え、アンテナと電源を一式にすればよい」
「外付けのバッテリーで動かせるようにすれば、据える場所も選びやすいですね」
「村で充電するための電気も、要りますね」
澪が言うと、真壁は携帯の横へ指を置いた。
「太陽光発電も一緒に据えよう。昼に発電した電気をバッテリーへ蓄えておけば、日が落ちてからも使える」
「それも、村へ置くのか」
「ええ。館にも村にも、無線機と電源を一式で用意するのがよろしいでしょう」
「それと、使う時に細かな調整をしなくていいものにしたいです。村長さんが、すぐ話せるように」
澪が言うと、真壁は小さく笑った。
「その辺りは、私が手を入れよう」
アルベルトが、館の印へ指を置いた。
「受ける機械は、ここに置けばよいか」
「ええ。アルベルト様、丘の敷地と、館内の一室をお借りできますかな。塔を建て、アンテナを張るのによろしい場所です」
「用意しよう。村の者が、自分の言葉で知らせてこられるようにしたい」
「承知いたしました。機材をそろえましたら、設置に参ります」
真壁が礼を返し、澪も携帯をしまった。
館を出ると、町の明かりが丘の下に広がっていた。
3人は石段から坂道へ下り、館の灯りを背に町へ向かった。
通りまで下りてくると、店先の品を片づける音が聞こえた。
事業所へ戻ったヴァルトは、座るなり机へ紙を広げた。
「調整に使う道具も欲しいですね。アンテナの方は、こちらで考えておきます」
「必要なものを、書いてもらえますか。明日、私と真壁さんで買ってきます」
「お願いします」
澪がお茶を淹れて戻ると、紙の半分が埋まっていた。
ヴァルトは受け取った茶を机へ置き、書きかけの行を仕上げた。
「これで……あ、こちらも」
渡しかけた紙を戻し、また1行加える。
「今ので最後ですか?」
「……もう一つだけ」
澪が伸ばしかけた手の前で、鉛筆が紙の端へ走った。
真壁は茶を飲み、椅子の背へゆっくり寄りかかった。
「澪くん。その紙は、まだ受け取らぬ方がよさそうだ」
ヴァルトは何も言わず、もう1行、小さな字で書き足した。
翌日、澪と真壁はゲンダイ側の住居を出て、秋葉原へ向かった。
車の走る通りから店内へ入ると、空調の涼しい風が首筋に当たった。
無線機の並ぶ棚の前で、澪はヴァルトから預かった紙を開いた。
下の方ほど字が小さく、最後の数行は、余白へ縦に書かれている。
「よく、入りましたね」
「途中で、紙をもう1枚渡すべきだったかな」
真壁は笑いながら、店員へ声を掛けた。
外部から制御できること、音声を別の基板へ渡せることを尋ね、差し出された資料に目を通す。
澪は横から、候補になった無線機を見た。
つまみの周りには小さな文字が並び、ボタンにも、それぞれ違う略号が書かれている。
「これで、そのまま話せるんですね」
「アンテナと電源をつなげばね」
「村の人には、よく使う所へ大きな印を付けたいです。どれを押すか、迷いそうで」
「前面の操作は変えられる。周波数を合わせる所も、こちらで動かすようにしよう」
真壁は背面の接続口を指し、店員へ別の基板の資料を頼んだ。
資料には、手のひらに載るほどの基板と、無線機への接続図が載っていた。
「これに声のデジタル化をやらせよう。圧縮したデータをSSBで送り、受ける方でも同じ基板を使って声へ戻す」
「これなら、無線機と同じ箱に入れられそうですね」
「うむ。小さなマイコンで処理するから、村ごとにパソコンを置かずに済む」
話がまとまると、店員が箱を運んできた。
澪は紙の文字と現物を見比べ、買った品へ指を添えていく。
アンテナの線を巻いた束は、見た目より重かった。
その横へ接続用の部品と、調整に使う小さな測定器が加わる。
箱の中には、ヴァルトが書いた道具が一通り収まった。
電子部品を扱う店では、引き出しの前に2人で並んだ。
薄い袋へ入ったICや端子を、真壁が資料と合わせて選ぶ。
原料用の材料もそろえ、バッテリーと太陽光パネル、両者をつなぐ充電制御器まで買うと、澪の両手には包みが重なっていた。
「ヴァルトさん、待ってるでしょうね」
「今頃、アンテナを張る場所を考えているのではないかな」
「紙、もう1枚分くらい増えてたりして」
「では、帰って見せてもらおう」
真壁はそう言い、ふと考えながら口にだした。
「澪君、生体収納。使えば二人で買い物にこれたのでは?そろそろ人間も大丈夫ではないのかな」
「え」
澪も突然、不意をつかれて動揺した。それは何度も考えていたことだった。
「でも、まだ心配で。」
「そうか」
住居へ帰って作業机に箱を並べると、真壁はパソコンを開いた。
澪が撮った地図の画像も取り込み、町村の位置を機材の資料と並べて表示する。
真壁は、デジタル音声通信の「FreeDV」を使う基板の公開資料を開いた。
回路図と一緒に、基板を動かすファームウェアも公開されている。
そのファームウェアと、購入した基板や無線機の接続条件を生成AIに読み込ませた。
周波数の切り替えや呼び出しの手順を指定すると、元のコードへ変更が加えられていく。
館側の呼出先には、個別の相手のほかに「全局」という項目も加えた。
「動かすプログラムまで、公開されてるんですね」
「うむ。これを土台にする。村の人が使いやすいように直し、こちらで要る機能を足していくのだよ」
澪は配布ページのライセンス欄へ戻った。
「これ、GPLですよね。改造して配るなら、ソースコードの提供も要るんじゃ……」
「異世界にGPLライセンスは適用されないよ」
真壁はコードを読み、資料と照らして接続先や設定値を直していく。
澪が箱を収納している間にも、画面の行が増えていった。
前面の操作を示す小さな図では、つまみとボタンが減っている。
「触る所は、少なくなりましたね」
「その分、中で働いてもらう」
通話用の処理に、真壁は既存のライブラリを使って暗号化と認証を加えさせた。
機器の設定やファームウェアを書き換える際にも、認証を通す仕組みを加えていく。
その下へ、真壁はもう一つ、管理用の命令を書き足した。
「それも、村の人が使うんですか」
「いや。これは私が使う」
その命令を呼び出すボタンは、操作部の図には増えなかった。
真壁は作業途中のファームウェアと資料を保存し、パソコンを閉じた。
押入を抜けて事業所へ戻ると、ヴァルトは机の前からすぐに立ち上がった。
「お帰りなさい。買えましたか」
「はい。まず、これを」
澪が無線機の箱を出したところで、ヴァルトの顔が明るくなった。
蓋が開くと、機械の背面へ目を寄せる。
澪が次の包みを開ける間に、資料の該当する所を見つけていた。
「この端子から取れるのですね。では、こちらは……」
真壁が答え、ヴァルトがまた資料をめくる。
澪は測定器をその横へ置いた。
「こちらも買えました」
「ありがとうございます。……これで、測れるのですか」
ヴァルトは、小さな表示器を手に取った。
裏を返し、接続口を見て、説明書へ戻る。
「私が使っていたものとは、ずいぶん違いますね」
「持ち運ぶには、都合がよいだろう」
「ええ。これなら、アンテナの所へ持っていけます」
机へ戻した測定器を、ヴァルトはすぐにケーブルへつないだ。
澪が原料の包みを出し終える頃には、もう表示に線が現れていた。
それから数日、事業所の机には、開いた資料と基板が並んだ。
真壁はゲンダイ側の住居で生成AIを使ってファームウェアを手直しし、事業所へ持ち込んで実機へ組み込んだ。
ヴァルトは回路図を広げ、測定器を見ながら無線機へつなぐ部分を合わせていく。
「真壁さん、ここで音が少し大きくなりすぎます」
「こちらの値を下げよう。今度はどうかね」
「ええ。これならよさそうです」
澪は2人の横で、原型となる基板へ《鑑定》を使っていた。
細い端子の並びと、部品を支える板の厚さを捉え、《収納》の中へ移す。
構造をなぞり、分けておいた材料から同じ部品を作ると、原型と並べて取り出した。
ヴァルトが受け取り、接続する間に、澪は筐体を作り始めた。
基板を支える出っ張りを内側へ設け、横に電源の接続口を付ける。
「バッテリーは箱の外へ置いて、ここにつなぐ形にしますね」
「お願いします。その接続口は、もう少し端へ寄せられますか」
ヴァルトがケーブルを添えると、端子の曲がる部分が蓋へ当たりかけた。
「あ、ここですね」
澪は収納へ戻し、接続口を動かした。
取り出した筐体に線がすっと収まる。
その形を基にもう1台分を作ると、机に同じ箱が並んだ。
真壁は出来た箱をパソコンへつなぎ、仕上げたファームウェアを書き込んだ。
続いて、機械ごとに異なる認証用の鍵を登録していく。
村側には、館からの正規の一斉放送を受け付ける設定も書き込んだ。
前面に残ったのは、電源と音量のつまみ、呼び出すためのボタンだった。
マイクの脇には、話す時に押す大きなボタンがある。
「これなら、教える時も分かりやすそうです」
澪はマイクを持ち、親指でボタンを押した。
力を抜くと、指を置いたままでも元へ戻る。
「話す時は押す。聞く時は離す。普段は、それでよい」
「周波数を合わせるのは?」
「機械にやらせる。昼と夜で使う方も切り替えるから、使う人は相手を呼べばよい」
真壁が箱の上へ蓋を重ねた。
澪は接続口へ指を添え、ふと尋ねた。
「通信の内容は、ほかの人にも聞こえちゃいますか」
「声は暗号化してある。相手の機械も確かめてからつなぐから、よそから呼びかけて紛れ込むこともできぬ」
真壁の画面には、通常の操作には出てこない管理項目が並んでいた。
ヴァルトがその1つを見つけ、椅子を寄せる。
「真壁さん。この『端末停止』は、何に使うのですか」
「無線機が盗まれでもした時に、その1台だけをこちらから止めるためのものだ」
「それも、組み込んであるのですか」
「表には出していないがね」
澪は、電源のつまみと画面を見比べた。
「その操作は、私たちには?」
「裏の操作は、私が引き受けよう」
真壁は通常の通話画面へ戻した。
「君たちには、こちらを頼む」
ヴァルトはマイクを取った。
「話す方でしたら」
澪はバッテリーと太陽光発電の機材も《収納》で増やし、館用と村用の2組をそろえた。
ヴァルトは2台の無線機にそれぞれバッテリーをつなぎ、出力を絞った。
澪がマイクへ呼びかけて指を離すと、机の向こうのスピーカーから声が返った。
そこはヴァルトに任せ、澪は日当たりのよい窓辺へ太陽光パネルを置いた。
充電制御器を通してバッテリーにつなぐと、充電を示す表示が点いた。
無線機の脇に置けるよう、接続する線も一緒にまとめておいた。
「こちらを館へ。もう1台は、村へ持っていこう」
真壁が2台の前に、それぞれのマイクを置いた。
領主館の丘へ出ると、町の屋根を越えて風が吹いてきた。
澪は髪を押さえ、庭の端から見下ろした。
通りを進む荷車が、屋根の間から現れては隠れる。
その向こうには畑が続いていたが、今日まで見てきた地図の村々は、ここからでは分からなかった。
「この辺りを使ってくれ」
アルベルトが示した地面へ、真壁は図面を広げた。
ヴァルトはアンテナを張る方へ歩き、館の窓と敷地の端を見比べる。
「澪くん。柱の部材を、こちらへ」
「はい」
澪が収納から出すと、金属の部材が草の上へ並んだ。
細い金具の包みと、巻いた線も、その脇に置く。
真壁は基礎を造る所へ進み、《土木》で地面を掘り下げた。
土が脇へ寄り、開いた所へ、用意していた基礎が収まる。
澪が次の部材を出している間に、もう柱を立てる作業へ移っていた。
「そちらの横桟も、頼む」
靄から出した部材を真壁が受け、《建築》を使って組み合わせていく。
柱の間に横桟が入り、接合部がそろう。
地面に並んでいた鋼材が、順に塔の形へ変わっていった。
澪は最後の金具を出してから、空になった手を下ろした。
見上げると、塔の上の方が陽を受けて光っている。
風が抜けるたび、巻いたままの線の端が草を擦った。
「澪さん。その線を、そちらの支点までお願いします」
「こっちですね」
ヴァルトに示された方へ、澪は線の束を運んだ。
ほどくそばから、長い線が草の上へ延びる。
端を留めて引き上げると、塔と支点の間に、細い光の筋が現れた。
ヴァルトは測定器をつなぎ、表示を見てから、取り付けた所へ戻った。
線を引く長さを変え、もう一度、表示へ目を寄せる。
澪は余った線を束ねながら、その手元を見ていた。
「あまり高い所ばかりに張るわけではないんですね」
「今回は、周りの村へ届かせたいですから。なるべく上へ電波を送り、上空の電離層で戻ってくるものを使います」
「空から、村の方へ?」
「ええ。周波数も、それに合わせます」
ヴァルトは敷地の先へ歩き、張った線を下から見上げた。
澪も隣へ行き、塔と館の間に張られた形を眺める。
町の上空には、いつもどおり雲が流れていた。
真壁が、館の窓から顔を出した。
「ヴァルト君。こちらへ通せる」
「では、今、持っていきます」
ヴァルトが給電線を運び、澪は残った道具をしまった。
館内へ入ると、アルベルトが用意した部屋の机に、無線機が置かれていた。
窓から来たケーブルが、その背面へつながる。
ヴァルトは椅子を寄せ、端子を留めた。
日当たりのよい所へ据えた太陽光パネルから、充電制御器を通した線が来ている。
机の脇のバッテリーにつなぐと、充電を示す表示が点いた。
無線機をバッテリーにつないで電源を入れると、画面にも文字が浮かんだ。
「ここにいれば、村からの声を聞けるのだな」
アルベルトが、机のそばへ立った。
「左様です。村へもう1台を据えましたら、こちらへ呼びかけます。このマイクをお使いください」
真壁がマイクを置くと、アルベルトは脇のボタンへ指を添えた。
「その時は私も同席しよう。村の者と、直接話してみたい」
アルベルトは、画面の呼出先にある「全局」という文字を示した。
「この『全局』は、どう使う」
「館からの一斉放送用です。村の機械が待ち受けていれば、同じ声をまとめて流せます」
「各村へ機械を置けば、こちらから全村へ一度に知らせられるのだな」
「左様です。街道の通行止めなども、この館から知らせられます」
「ヴァルト君。館側を頼めるかね。私と澪くんで、村へ行く」
「承知しました」
ヴァルトの返事を聞いて、澪は携帯を取り出し、撮影した地図を開いた。
領都から、約70km離れた村の印を探す。
「こちらの村へ、訪ねることを知らせていただけますか」
「使いを出しておこう」
アルベルトが村の位置を見て答えた。
澪は村の位置を拡大し、真壁にも画面を見せた。
窓の外では、塔から伸びたアンテナが、陽の下で細く光っていた。
ヴァルトはマイクを手に取り、口元へ近づけてから、そっと台へ戻した。
「当日は、こちらでお待ちしています」
訪問の日、澪は携帯に保存した地図で村の位置を定め、《関門接続》を開いた。
扉の向こうには土の道があり、その脇に畑が続いている。
真壁に続いて渡り、接続を閉じると、足元で乾いた土が鳴った。
畑から戻ってきた人に村長の家を尋ね、2人で道を進む。
領主館からの知らせを受けていた村長は、戸口まで出て迎えてくれた。
「お待ちしておりました。こちらです」
部屋へ入ると、開けた窓から庭が見えた。
壁には農具が立て掛けられ、卓の上には野菜の入った籠が置いてある。
村長が籠を脇へ移すと、澪はその空いた所へ無線機を出した。
「普段も、ここに置いて大丈夫ですか」
「ええ。私は、たいていここにおりますので」
村長が箱の前へ座りかけると、真壁は窓から庭へ目を向けた。
「先に、外の線を張りましょう」
澪は機械の脇にマイクを置き、真壁と庭へ出た。
支柱を立てて線を延ばし、家の中へ通すケーブルを軒先へ回す。
村長も外へ出てきて、作業を見上げていた。
「領主館に建てたという塔は、ここにも要るんですか」
「こちらは、この支柱と線で使えます」
澪が答えると、村長は支柱を見上げ、それから家の中の卓へ目を戻した。
「あの箱につながるんですな」
「はい。私たちが帰ったあとも、ここから話せるようにしていきます」
日が当たる所へ太陽光パネルを据え、充電制御器を通してバッテリーにつないだ。
バッテリーから無線機へも線をつなぎ、電源を入れる。
澪は村長に、無線機はこのバッテリーで動き、日が落ちてからも蓄えた電気を使えると伝えた。
「館からのお知らせも、この機械で流れます。電源は入れたままにしておいてくださいね」
真壁がアンテナの接続を終える間に、澪は卓の周りを片づける。
マイクのコードは、村長がいつも座る椅子まで、余裕を持って届いた。
「使うのは、この電源と音量。それから、話す時はこちらです」
澪はマイクを持ち、脇のボタンへ親指を当てた。
「押している間に話して、聞く時は指を離します。まず、私から呼んでみますね」
村長が椅子を寄せた。
真壁は、機械の表示が見える横へ立っている。
窓の外で誰かが呼び、畑の方から返事があった。
澪は呼出先を領主館に合わせた。
短い電子音が鳴り、表示が変わる。
マイクのボタンを押すと、指先に小さな抵抗があった。
「こちら、村側です。ヴァルトさん、聞こえますか」
指を離した。
開いた窓から風が入り、卓の端に置いた布が揺れる。
次に聞こえたのは、よく知っている声だった。
「こちら、ヴァルディス。澪さん、聞こえますか」
村長が顔を上げた。
澪も、思わずスピーカーへ身を寄せた。
「はい。よく聞こえます!」
ボタンから指を離すと、また返事が来た。
「こちらも、よく聞こえています。きれいに通りましたね」
澪は真壁を見た。
真壁が短く笑いかけ、窓の外へ目を向ける。
領主館の丘も塔も、ここからは見えない。
庭の支柱と、畑の向こうへ続く土の道があるだけだった。
「……その方は、本当に領主館に?」
村長が、スピーカーのすぐそばから尋ねた。
「はい。村長さんも、話してみますか」
澪がマイクを少し持ち上げたところへ、ヴァルトの声が続いた。
「この位置のアンテナで、十分届いています。こちらの調整も、うまくいったようです。昔は、こうして声が通るまで、何度も張り直したもので……」
澪はマイクを持ったまま、村長と顔を見合わせた。
ヴァルトは、今の機械のよい所から、昔の調整の話へ移っていく。
さっきまで機械へ寄っていた村長の顔が、今度は澪の方へ近づいた。
「この方は、いつ息を継ぐんですか」
小声に、澪は笑いをこらえた。
「指を離してもらわないと、こちらから話せないんです」
スピーカーの向こうで、少し離れた声がした。
「ヴァルト殿。そろそろ、私にも代わってもらおうか」
「……失礼しました。どうぞ」
小さな衣擦れの音が聞こえ、声の近さが変わった。
「アルベルトだ。こちらには、よく聞こえている」
村長の背が、すっと伸びた。
膝に置いていた帽子を横へ寄せ、澪からマイクを受け取る。
「村の名前から、どうぞ」
澪に促され、村長はボタンを押した。
自分の村の名を告げ、村長であることを伝えると、そこで口を閉じる。
押したままの指へ、澪がそっと自分の指を添えた。
村長が離すと、すぐに返事があった。
アルベルトが、いま伝えた村の名を繰り返す。
「ああ。声は届いている。そちらはどうだ」
「こ、こちらも、よく聞こえております」
村長は話し終えると、今度は自分で指を離した。
「今日は、領都も晴れておいでですか」
「ああ。窓を開けているが、丘の風がよく入ってくる」
「こちらも晴れております。畑の者が、さっき戻ってきたところで」
村長は窓の外を見ながら話した。
その声は、最初よりはっきりしていた。
「こちらの窓からは、丘の下の通りを行く荷車が見える」
アルベルトの返事を聞くと、村長は、庭のアンテナへ顔を向けた。
澪はその横で、マイクのコードを卓の端から寄せた。
「あの、こちらで道が塞がれたり、誰かが大怪我をしたりした時も、これでお知らせすればよいのでしょうか」
「ああ。村の名と、何が起きたかを伝えてくれ。こちらからも返事ができる」
「使いを出す前に、ですか」
「ああ。その時に何が要るかも、ここで聞ける」
村長は、マイクを持ったまま、しばらく黙っていた。
窓の外を、農具を担いだ人が通り過ぎていく。
澪が顔を向けると、その人は軽く頭を下げ、畑の方へ歩いていった。
村長がもう一度ボタンを押した。
「それは……ありがたいことでございます」
今度は、言い終えてすぐに指を離した。
「こちらこそ、今日は世話になった。また話を聞かせてくれ」
アルベルトの声へ、村長は小さく頭を下げた。
通話を終えると、村長はマイクを台へ戻した。
「本当に、お話しできましたな」
澪が笑って答えかけると、村長は真壁へ向き直った。
「隣村にも、これを置いていただけるんですか」
「ええ。そのために作っているのです」