割合は半分ずつ?
今回はそんなに面白くないかもしれない
ごめん
——前回までのあらすじ。
工場地帯の戦闘でアストレア・ファミリアの戦いを目撃したエルヴィンは、闇派閥の狙撃手の情報を伝えるため姿を現した。アリーゼの判断で拠点へ招かれ、女神アストレアと対面。彼は加入を即決で申し出る。
団員たちの賛否は割れたが、エルヴィン自身が指揮経験・観察眼・新しい感覚という有用性をアピールし、最終的にアストレアが彼を眷属として迎え入れた。
Lv.1、ステータス初期値、スキル【策謀看破】持ちとして加入。
「自分の命を、軽く扱わない人になってほしい」——その約束を交わして、彼の二度目の人生が、ここから始まる。
***
夜明け前。
エルヴィンが目を覚ましたのは、長年の習慣の時刻だった。
拠点の客室。木の天井。窓の外はまだ薄暗い。
ベッドから起き上がり、彼は短く息を吐いた。
「(……ここが、俺の新しい拠点か)」
昨日までは観察対象だった建物の、内側にいる。
不思議な感覚だった。
彼は身支度を整え、部屋を出た。
***
食堂に下りると、すでに数人が集まっていた。
長いテーブルに、湯気の立つ食事が並んでいる。アリーゼ、輝夜、ライラ、リュー、それから昨日拠点組だったメンバーが何人か。
「おっ、エルヴィン来た! おはよう!」
アリーゼが、片手を上げて挨拶した。
「おはよう、アリーゼ」
「あら、ちゃんと名前で呼んでくれるじゃない! バチコーン!」
「昨日、団長ではなく名前でいいと言われた」
「フフーン! よろしい!」
彼女は機嫌よく胸を張った。
「相変わらず暑苦しいな、貴公は」
輝夜が、刀の手入れをしながら呟いた。
「うるさいわね、輝夜!」
「事実だ」
「ねえリオン、輝夜にビシッと言ってやって!」
「……私を巻き込まないでください」
リューが、淡々と答えた。
パンを口に運ぶ手は止めない。
「えー、なんでよー、リオン! 姉が困ってるのよ!」
「アリーゼ、姉を名乗るなら、もう少し威厳のある困り方をしなさい」
「うっ……」
アリーゼが、口を尖らせた。
「(……)」
エルヴィンは、その光景を観察していた。
「(アリーゼがリューを「リオン」と呼んでいる。家族名を呼ぶ、というのは、彼女なりの親しさの表現か)」
彼は内心で記録した。
前世の調査兵団にはなかった種類の空気だった。
戦友としての絆はあったが、家族のような距離感は、彼の世界にはなかった。
***
「あ、エルヴィン、こっち座って! 席空けたわよ」
アリーゼが手招きした。
エルヴィンは指示された席に着いた。隣がアリーゼ、向かいが輝夜。リューは輝夜の隣だった。
ライラが、向かいの少し離れた席から声をかけた。
「エルヴィン、初日の朝飯どうだ。落ち着かねえか?」
「問題ない」
「ほんとかよ。男一人で、女十一人の食卓だぜ?」
「指揮官として、状況は把握している」
「指揮官、ね。あんた、本当にそうやって全部処理するんだな」
「処理しないと、混乱する」
「ま、それも一つの生き方か」
ライラが肩をすくめた。
***
「ねえ、エルヴィン」
アリーゼが、フォークでパンを刺しながら聞いた。
「あんた、好きな食べ物とかある? うちの料理当番、せっかくだから今度作ってあげるわよ」
「……特にない」
「ないの? 嘘でしょ!」
「前世では、食えるものを食う、で済んでいた。好みを考えたことがない」
「うっわ、つまんない男ね……」
「(……つまらないと言われた)」
エルヴィンは内心で考えた。
軍隊では、好き嫌いを言う暇がなかった。配給されたものを胃に入れて、次の任務に向かう。それだけだった。
好みを聞かれる、というのは、生活の余裕がある世界の発想だった。
「じゃあ私が決めるわ! 今度、ステーキ作ったげる!」
「アリーゼ、貴公は料理ができないだろう」
輝夜が冷静に指摘した。
「うっ……それは、まあ、できる人にお願いするけど……」
「マリューに丸投げするだけだろうが」
「失礼ね! 私だって、料理くらい……」
「先週、卵を割ったら殻ごとフライパンに落としていただろう」
「あれは事故よ事故! 誰にでもあるでしょ!」
「ない」
輝夜の一言が、容赦なかった。
「リオン、輝夜にビシッと言って!」
「……私はお茶のお代わりをいただきます」
リューが、無視してカップを差し出した。
「リオン、貴方、最近私のこと冷たくない!?」
「気のせいです」
「絶対嘘ぉ!」
ライラが笑った。
「アリーゼ、リオンに姉ぶると煙たがられるって、何度言わせるんだよ」
「だってリオン、可愛いんだもん!」
「……話を逸らさないでください」
リューが、頬をわずかに赤らめた。
「(……あれが、リュー・リオンというエルフか)」
エルヴィンは、改めて観察した。
昨日、戦場でアリーゼの隣で剣を振っていた少女。剣筋は鋭いが、まだ完成していない。
今、食卓では「姉に絡まれて困っている妹」の顔をしている。
戦場と日常で、別人のように顔が変わる人間だった。
***
「ところで、エルヴィン」
輝夜が刀の手入れの手を止めて、エルヴィンに視線を向けた。
「食事が終わったら、稽古をつける。中庭に来い」
「分かった」
「貴公はLv.1、ステータスは初期値。前線に出すわけにはいかんが、最低限の自衛はできるようになってもらう」
「了解した」
「ふんっ、せいぜい泥にまみれることだ」
「やる気のない言い方ね、輝夜」
アリーゼが横から口を挟んだ。
「やる気がないわけではない。むしろ、しごく気が漲っている」
「それ、ほぼ同じ意味だぜ」
ライラが笑った。
「輝夜、無茶はしないでください。エルヴィンはまだ恩恵を得たばかりです」
リューが、慎重に口を開いた。
「分かっている、リオン。私もそこまで鬼ではない」
「……どうでしょうか」
「リオン、その言い方、引っかかるな」
「事実を述べたまでです」
「貴様、私を煽っているのか」
「煽ってはいません。輝夜の稽古が厳しすぎる、と申し上げているだけです」
「ほう。事実を述べているなら、ここで貴様にも稽古をつけてやろうか」
「やってみますか」
二人の視線が、テーブル越しに火花を散らした。
「(……始まったか)」
エルヴィンは内心で記録した。
昨日、ライラが言っていた「リオンと輝夜は犬猿の仲」というのは、本当だった。
ただし、犬猿、というには——どこか、お互いに本気で嫌い合っていない気配があった。
むしろ、こうして応酬することを、互いに楽しんでいる節すらある。
ライバル、というやつか。
「ちょっと、二人とも! 朝からやめてよ!」
アリーゼが慌てて割って入った。
「アリーゼ、邪魔をするな。今、リオンに稽古の心得を説いている」
「全然心得じゃないでしょそれ! 完全に喧嘩じゃない!」
「私は事実を述べているだけです、アリーゼ」
「リオン、貴方も乗っかるのやめて!?」
「乗っかってはいません」
「これが乗っかってないなら何なの!?」
「アリーゼ、お前は黙って食事を続けろ」
「えー! 団長なのに!?」
アリーゼが頭を抱えた。
食卓は、騒がしかった。
エルヴィンは、その騒がしさの中で、静かに食事を続けた。
食卓は、騒がしかった。
エルヴィンは、その騒がしさの中で、静かに食事を続けた。
***
食事を終え、エルヴィンは中庭に出た。
拠点の中庭は、想像より広かった。土を踏み固めた訓練場と、木製の的が数本。武器庫らしき小屋もある。
輝夜が、すでに刀を抜いて待っていた。
「来たか」
「ああ」
「これを使え」
輝夜が、木刀を一本投げてよこした。
エルヴィンは受け取った。
重さを確かめる。前世の片手剣より、少し軽い。
「貴公、剣の心得はあるか」
「ある。だが、この身体での経験はない」
「分かった。まずは、構えだけ見せてみろ」
エルヴィンは、木刀を構えた。
前世の感覚で、片手剣の構え。
輝夜が、しばらくそれを観察した。
「……ほう」
「何だ」
「貴公、剣を学んだのは長いな」
「二十年ほどだ」
「……二十年」
「壁の外を見るためには、まず壁の中で生き残らねばならなかった。剣を握る時間は、嫌でも長くなる」
「なるほど」
輝夜が、刀を構え直した。
「身体は素人だ。Lv.1の限界だな。だが、構えと判断は別物だ。長年の蓄積がそのまま残っている」
「……そうか」
「打ち込んでみろ。私を狙え」
エルヴィンは、踏み込んだ。
脳の中の指示は、前世のものだった。身体は遅い。だが、軌道は正確だった。
輝夜が、片手で受け止めた。
「……速さは足りん。だが、軌道に迷いがない」
「了解した」
「次。続けて三連撃。私を本気で狙え」
エルヴィンは、続けて打ち込んだ。
一撃、二撃、三撃。
全て輝夜に受け止められたが、三撃目で輝夜の足が一瞬だけ後ろに引かれた。
「ほう」
輝夜が、目を細めた。
「Lv.1の身体で、私の足を引かせたか」
「……身体が動かないなら、軌道で勝負するしかない」
「そういうことだ」
輝夜が、刀を引いた。
「貴公、覚えが早い。いや——覚える必要すらないか。すでに身体が知っている動きを、この肉体に翻訳しているだけだ」
「そう、なるな」
「面白い。一ヶ月もあれば、最低限の自衛はできるようになるだろう。三ヶ月で、Lv.2にも引き上げてやる」
「……期待していいか」
「ふんっ、Lv.1のまま組織にいられたら邪魔だ。鍛えるしかなかろう」
「励ましとして、まあいい」
「励ましたつもりはない」
輝夜が、刀を鞘に納めた。
だが、その目には先ほどまでとは違う色があった。
評価する目だった。
***
稽古は、一刻ほど続いた。
最後、エルヴィンは地面に座り込んでいた。
息が上がっていた。
「(……これが、Lv.1の身体か)」
彼は内心で痛感した。
前世の感覚では、こんな短時間で消耗することはなかった。だが、この身体は別物だった。鍛えなければ、戦場で死ぬ。それは明白だった。
「貴公、根性はある」
輝夜が、刀を完全に納めた。
「だが、根性だけでは生き残れん。明日から、毎朝この時間に稽古だ」
「了解した」
「ふんっ、せいぜい泥にまみれることだ」
「先ほども同じことを言った」
「言いたいから言った」
輝夜はそう言って、中庭を後にした。
エルヴィンは、しばらく地面に座り込んでいた。
***
その時、足音が一つ、近づいてきた。
「お疲れさま、エルヴィン」
声の主は、女神アストレアだった。
彼女は、湯気の立つカップを手に持っていた。
「お茶を持ってきたわ。良ければ」
「……感謝する」
エルヴィンは、カップを受け取った。
花のような香りが、立ち上がる。
一口飲むと、疲れた身体に、温かさが染み込んだ。
「(……良い味だ)」
「美味しい?」
「ああ」
「よかったわ」
アストレアは、エルヴィンの隣に腰を下ろした。
神が、土の地面に直接座る。
それを彼女は、当然のようにやった。
***
「初日は、いかが?」
「賑やかな組織だ」
「ふふ、そうね」
「指揮官として、状況の処理が追いついていない部分がある」
「指揮官として、ね」
アストレアは、静かに微笑んだ。
「エルヴィン、一つだけ聞いてもいい?」
「どうぞ」
「あなたは、指揮官として処理しないと、生きていけない人なのね」
エルヴィンの手が、一瞬止まった。
「(……)」
その問いは、彼が自分にしたことのない問いだった。
誰にも、されたことのない問いだった。
「……そうかもしれない」
彼は短く答えた。
「だから、わたしは昨日、約束をお願いしたの」
「……」
「あなた自身が、生き残る者の一人になってほしい、と」
エルヴィンは、カップを両手で包んだ。
温かさが、手のひらに伝わってきた。
「……了解している」
「ふふ、了解、ね」
アストレアは、軽く笑った。
「あなたはきっと、これからもたくさんのことを、指揮官として処理していくのでしょう。それでいいわ。それがあなたの強さだから」
「……」
「でも、時々は、指揮官ではない自分も、思い出してね」
エルヴィンは、しばらく黙っていた。
「……努力する」
「いい返事ね」
アストレアは、それだけ言って、立ち上がった。
ローブを軽く払って、拠点へ歩いて戻っていく。
その背中を、エルヴィンは見送った。
***
空には、朝の光が広がっていた。
オラリオの空。彼の世界とは、何かが違う空。
それでも、空であることに変わりはなかった。
「(……指揮官ではない自分、か)」
彼は内心で呟いた。
長年、彼は自分のことを「指揮官」としてしか定義してこなかった。
壁の外を知りたかったエルヴィン・スミスという少年は、調査兵団に入った瞬間に、指揮官になるために生きてきた。
今、別の世界で、別の人生を歩み始めて——
初めて「指揮官ではない自分」を、考える機会を与えられた。
「(……答えは、まだない)」
彼は、ゆっくりと立ち上がった。
身体は痛んだ。だが、悪い痛みではなかった。
生きている、という痛みだった。
「悪くない、初日だ」
彼はそう呟いて、拠点へ歩いて戻った。
第3話 指揮官ではない自分 完
あとがき
エルヴィン・スミス
初日の朝。食卓で団員たちの賑やかさを観察。輝夜の稽古で、身体はLv.1だが前世の蓄積で軌道に迷いがないことを示す。輝夜から「三ヶ月でLv.2に引き上げる」と評価される。最後にアストレアと静かな対話を交わし、「指揮官ではない自分」という新しい問いを抱える。
アリーゼ・ローヴェル
朝から元気。「バチコーン!」「フフーン!」健在。リューを「リオン」と呼んで姉ぶる。料理は壊滅的。
ゴジョウノ・輝夜
刀の手入れと毒舌。エルヴィンの剣に「軌道に迷いがない」と評価。「ふんっ、せいぜい泥にまみれることだ」が決まり文句。
リュー・リオン
アリーゼの「リオン」呼びと「妹」扱いに困りつつ受け入れる。輝夜との応酬で「フフン、姉は黙っていろ」とクールに姉を黙らせる場面も。
ライラ
軽口で場を回す役。リオンと輝夜の犬猿関係を「リオンと輝夜は犬猿の仲」と表現。
アストレア
稽古後のエルヴィンに茶を運ぶ。「指揮官ではない自分」という問いをエルヴィンに投げかける。