星海前進   作:Jefflocka

4 / 4
原作寄り→オリジナル→原作寄り→オリジナル
割合は半分ずつ?
今回はそんなに面白くないかもしれない
ごめん


第3話 指揮官ではない自分

——前回までのあらすじ。

 

 工場地帯の戦闘でアストレア・ファミリアの戦いを目撃したエルヴィンは、闇派閥の狙撃手の情報を伝えるため姿を現した。アリーゼの判断で拠点へ招かれ、女神アストレアと対面。彼は加入を即決で申し出る。

 

 団員たちの賛否は割れたが、エルヴィン自身が指揮経験・観察眼・新しい感覚という有用性をアピールし、最終的にアストレアが彼を眷属として迎え入れた。

 

 Lv.1、ステータス初期値、スキル【策謀看破】持ちとして加入。

 

 「自分の命を、軽く扱わない人になってほしい」——その約束を交わして、彼の二度目の人生が、ここから始まる。

 

***

 

 夜明け前。

 

 エルヴィンが目を覚ましたのは、長年の習慣の時刻だった。

 

 拠点の客室。木の天井。窓の外はまだ薄暗い。

 

 ベッドから起き上がり、彼は短く息を吐いた。

 

「(……ここが、俺の新しい拠点か)」

 

 昨日までは観察対象だった建物の、内側にいる。

 

 不思議な感覚だった。

 

 彼は身支度を整え、部屋を出た。

 

***

 

 食堂に下りると、すでに数人が集まっていた。

 

 長いテーブルに、湯気の立つ食事が並んでいる。アリーゼ、輝夜、ライラ、リュー、それから昨日拠点組だったメンバーが何人か。

 

「おっ、エルヴィン来た! おはよう!」

 

 アリーゼが、片手を上げて挨拶した。

 

「おはよう、アリーゼ」

 

「あら、ちゃんと名前で呼んでくれるじゃない! バチコーン!」

 

「昨日、団長ではなく名前でいいと言われた」

 

「フフーン! よろしい!」

 

 彼女は機嫌よく胸を張った。

 

「相変わらず暑苦しいな、貴公は」

 

 輝夜が、刀の手入れをしながら呟いた。

 

「うるさいわね、輝夜!」

 

「事実だ」

 

「ねえリオン、輝夜にビシッと言ってやって!」

 

「……私を巻き込まないでください」

 

 リューが、淡々と答えた。

 

 パンを口に運ぶ手は止めない。

 

「えー、なんでよー、リオン! 姉が困ってるのよ!」

 

「アリーゼ、姉を名乗るなら、もう少し威厳のある困り方をしなさい」

 

「うっ……」

 

 アリーゼが、口を尖らせた。

 

「(……)」

 

 エルヴィンは、その光景を観察していた。

 

「(アリーゼがリューを「リオン」と呼んでいる。家族名を呼ぶ、というのは、彼女なりの親しさの表現か)」

 

 彼は内心で記録した。

 

 前世の調査兵団にはなかった種類の空気だった。

 

 戦友としての絆はあったが、家族のような距離感は、彼の世界にはなかった。

 

***

 

「あ、エルヴィン、こっち座って! 席空けたわよ」

 

 アリーゼが手招きした。

 

 エルヴィンは指示された席に着いた。隣がアリーゼ、向かいが輝夜。リューは輝夜の隣だった。

 

 ライラが、向かいの少し離れた席から声をかけた。

 

「エルヴィン、初日の朝飯どうだ。落ち着かねえか?」

 

「問題ない」

 

「ほんとかよ。男一人で、女十一人の食卓だぜ?」

 

「指揮官として、状況は把握している」

 

「指揮官、ね。あんた、本当にそうやって全部処理するんだな」

 

「処理しないと、混乱する」

 

「ま、それも一つの生き方か」

 

 ライラが肩をすくめた。

 

***

 

「ねえ、エルヴィン」

 

 アリーゼが、フォークでパンを刺しながら聞いた。

 

「あんた、好きな食べ物とかある? うちの料理当番、せっかくだから今度作ってあげるわよ」

 

「……特にない」

 

「ないの? 嘘でしょ!」

 

「前世では、食えるものを食う、で済んでいた。好みを考えたことがない」

 

「うっわ、つまんない男ね……」

 

「(……つまらないと言われた)」

 

 エルヴィンは内心で考えた。

 

 軍隊では、好き嫌いを言う暇がなかった。配給されたものを胃に入れて、次の任務に向かう。それだけだった。

 

 好みを聞かれる、というのは、生活の余裕がある世界の発想だった。

 

「じゃあ私が決めるわ! 今度、ステーキ作ったげる!」

 

「アリーゼ、貴公は料理ができないだろう」

 

 輝夜が冷静に指摘した。

 

「うっ……それは、まあ、できる人にお願いするけど……」

 

「マリューに丸投げするだけだろうが」

 

「失礼ね! 私だって、料理くらい……」

 

「先週、卵を割ったら殻ごとフライパンに落としていただろう」

 

「あれは事故よ事故! 誰にでもあるでしょ!」

 

「ない」

 

 輝夜の一言が、容赦なかった。

 

「リオン、輝夜にビシッと言って!」

 

「……私はお茶のお代わりをいただきます」

 

 リューが、無視してカップを差し出した。

 

「リオン、貴方、最近私のこと冷たくない!?」

 

「気のせいです」

 

「絶対嘘ぉ!」

 

 ライラが笑った。

 

「アリーゼ、リオンに姉ぶると煙たがられるって、何度言わせるんだよ」

 

「だってリオン、可愛いんだもん!」

 

「……話を逸らさないでください」

 

 リューが、頬をわずかに赤らめた。

 

「(……あれが、リュー・リオンというエルフか)」

 

 エルヴィンは、改めて観察した。

 

 昨日、戦場でアリーゼの隣で剣を振っていた少女。剣筋は鋭いが、まだ完成していない。

 

 今、食卓では「姉に絡まれて困っている妹」の顔をしている。

 

 戦場と日常で、別人のように顔が変わる人間だった。

 

***

 

「ところで、エルヴィン」

 

 輝夜が刀の手入れの手を止めて、エルヴィンに視線を向けた。

 

「食事が終わったら、稽古をつける。中庭に来い」

 

「分かった」

 

「貴公はLv.1、ステータスは初期値。前線に出すわけにはいかんが、最低限の自衛はできるようになってもらう」

 

「了解した」

 

「ふんっ、せいぜい泥にまみれることだ」

 

「やる気のない言い方ね、輝夜」

 

 アリーゼが横から口を挟んだ。

 

「やる気がないわけではない。むしろ、しごく気が漲っている」

 

「それ、ほぼ同じ意味だぜ」

 

 ライラが笑った。

 

「輝夜、無茶はしないでください。エルヴィンはまだ恩恵を得たばかりです」

 

 リューが、慎重に口を開いた。

 

「分かっている、リオン。私もそこまで鬼ではない」

 

「……どうでしょうか」

 

「リオン、その言い方、引っかかるな」

 

「事実を述べたまでです」

 

「貴様、私を煽っているのか」

 

「煽ってはいません。輝夜の稽古が厳しすぎる、と申し上げているだけです」

 

「ほう。事実を述べているなら、ここで貴様にも稽古をつけてやろうか」

 

「やってみますか」

 

 二人の視線が、テーブル越しに火花を散らした。

 

「(……始まったか)」

 

 エルヴィンは内心で記録した。

 

 昨日、ライラが言っていた「リオンと輝夜は犬猿の仲」というのは、本当だった。

 

 ただし、犬猿、というには——どこか、お互いに本気で嫌い合っていない気配があった。

 

 むしろ、こうして応酬することを、互いに楽しんでいる節すらある。

 

 ライバル、というやつか。

 

「ちょっと、二人とも! 朝からやめてよ!」

 

 アリーゼが慌てて割って入った。

 

「アリーゼ、邪魔をするな。今、リオンに稽古の心得を説いている」

 

「全然心得じゃないでしょそれ! 完全に喧嘩じゃない!」

 

「私は事実を述べているだけです、アリーゼ」

 

「リオン、貴方も乗っかるのやめて!?」

 

「乗っかってはいません」

 

「これが乗っかってないなら何なの!?」

 

「アリーゼ、お前は黙って食事を続けろ」

 

「えー! 団長なのに!?」

 

 アリーゼが頭を抱えた。

 

 食卓は、騒がしかった。

 

 エルヴィンは、その騒がしさの中で、静かに食事を続けた。

 

 食卓は、騒がしかった。

 

 エルヴィンは、その騒がしさの中で、静かに食事を続けた。

 

***

 

 食事を終え、エルヴィンは中庭に出た。

 

 拠点の中庭は、想像より広かった。土を踏み固めた訓練場と、木製の的が数本。武器庫らしき小屋もある。

 

 輝夜が、すでに刀を抜いて待っていた。

 

「来たか」

 

「ああ」

 

「これを使え」

 

 輝夜が、木刀を一本投げてよこした。

 

 エルヴィンは受け取った。

 

 重さを確かめる。前世の片手剣より、少し軽い。

 

「貴公、剣の心得はあるか」

 

「ある。だが、この身体での経験はない」

 

「分かった。まずは、構えだけ見せてみろ」

 

 エルヴィンは、木刀を構えた。

 

 前世の感覚で、片手剣の構え。

 

 輝夜が、しばらくそれを観察した。

 

「……ほう」

 

「何だ」

 

「貴公、剣を学んだのは長いな」

 

「二十年ほどだ」

 

「……二十年」

 

「壁の外を見るためには、まず壁の中で生き残らねばならなかった。剣を握る時間は、嫌でも長くなる」

 

「なるほど」

 

 輝夜が、刀を構え直した。

 

「身体は素人だ。Lv.1の限界だな。だが、構えと判断は別物だ。長年の蓄積がそのまま残っている」

 

「……そうか」

 

「打ち込んでみろ。私を狙え」

 

 エルヴィンは、踏み込んだ。

 

 脳の中の指示は、前世のものだった。身体は遅い。だが、軌道は正確だった。

 

 輝夜が、片手で受け止めた。

 

「……速さは足りん。だが、軌道に迷いがない」

 

「了解した」

 

「次。続けて三連撃。私を本気で狙え」

 

 エルヴィンは、続けて打ち込んだ。

 

 一撃、二撃、三撃。

 

 全て輝夜に受け止められたが、三撃目で輝夜の足が一瞬だけ後ろに引かれた。

 

「ほう」

 

 輝夜が、目を細めた。

 

「Lv.1の身体で、私の足を引かせたか」

 

「……身体が動かないなら、軌道で勝負するしかない」

 

「そういうことだ」

 

 輝夜が、刀を引いた。

 

「貴公、覚えが早い。いや——覚える必要すらないか。すでに身体が知っている動きを、この肉体に翻訳しているだけだ」

 

「そう、なるな」

 

「面白い。一ヶ月もあれば、最低限の自衛はできるようになるだろう。三ヶ月で、Lv.2にも引き上げてやる」

 

「……期待していいか」

 

「ふんっ、Lv.1のまま組織にいられたら邪魔だ。鍛えるしかなかろう」

 

「励ましとして、まあいい」

 

「励ましたつもりはない」

 

 輝夜が、刀を鞘に納めた。

 

 だが、その目には先ほどまでとは違う色があった。

 

 評価する目だった。

 

***

 

 稽古は、一刻ほど続いた。

 

 最後、エルヴィンは地面に座り込んでいた。

 

 息が上がっていた。

 

「(……これが、Lv.1の身体か)」

 

 彼は内心で痛感した。

 

 前世の感覚では、こんな短時間で消耗することはなかった。だが、この身体は別物だった。鍛えなければ、戦場で死ぬ。それは明白だった。

 

「貴公、根性はある」

 

 輝夜が、刀を完全に納めた。

 

「だが、根性だけでは生き残れん。明日から、毎朝この時間に稽古だ」

 

「了解した」

 

「ふんっ、せいぜい泥にまみれることだ」

 

「先ほども同じことを言った」

 

「言いたいから言った」

 

 輝夜はそう言って、中庭を後にした。

 

 エルヴィンは、しばらく地面に座り込んでいた。

 

***

 

 その時、足音が一つ、近づいてきた。

 

「お疲れさま、エルヴィン」

 

 声の主は、女神アストレアだった。

 

 彼女は、湯気の立つカップを手に持っていた。

 

「お茶を持ってきたわ。良ければ」

 

「……感謝する」

 

 エルヴィンは、カップを受け取った。

 

 花のような香りが、立ち上がる。

 

 一口飲むと、疲れた身体に、温かさが染み込んだ。

 

「(……良い味だ)」

 

「美味しい?」

 

「ああ」

 

「よかったわ」

 

 アストレアは、エルヴィンの隣に腰を下ろした。

 

 神が、土の地面に直接座る。

 

 それを彼女は、当然のようにやった。

 

***

 

「初日は、いかが?」

 

「賑やかな組織だ」

 

「ふふ、そうね」

 

「指揮官として、状況の処理が追いついていない部分がある」

 

「指揮官として、ね」

 

 アストレアは、静かに微笑んだ。

 

「エルヴィン、一つだけ聞いてもいい?」

 

「どうぞ」

 

「あなたは、指揮官として処理しないと、生きていけない人なのね」

 

 エルヴィンの手が、一瞬止まった。

 

「(……)」

 

 その問いは、彼が自分にしたことのない問いだった。

 

 誰にも、されたことのない問いだった。

 

「……そうかもしれない」

 

 彼は短く答えた。

 

「だから、わたしは昨日、約束をお願いしたの」

 

「……」

 

「あなた自身が、生き残る者の一人になってほしい、と」

 

 エルヴィンは、カップを両手で包んだ。

 

 温かさが、手のひらに伝わってきた。

 

「……了解している」

 

「ふふ、了解、ね」

 

 アストレアは、軽く笑った。

 

「あなたはきっと、これからもたくさんのことを、指揮官として処理していくのでしょう。それでいいわ。それがあなたの強さだから」

 

「……」

 

「でも、時々は、指揮官ではない自分も、思い出してね」

 

 エルヴィンは、しばらく黙っていた。

 

「……努力する」

 

「いい返事ね」

 

 アストレアは、それだけ言って、立ち上がった。

 

 ローブを軽く払って、拠点へ歩いて戻っていく。

 

 その背中を、エルヴィンは見送った。

 

***

 

 空には、朝の光が広がっていた。

 

 オラリオの空。彼の世界とは、何かが違う空。

 

 それでも、空であることに変わりはなかった。

 

「(……指揮官ではない自分、か)」

 

 彼は内心で呟いた。

 

 長年、彼は自分のことを「指揮官」としてしか定義してこなかった。

 

 壁の外を知りたかったエルヴィン・スミスという少年は、調査兵団に入った瞬間に、指揮官になるために生きてきた。

 

 今、別の世界で、別の人生を歩み始めて——

 

 初めて「指揮官ではない自分」を、考える機会を与えられた。

 

「(……答えは、まだない)」

 

 彼は、ゆっくりと立ち上がった。

 

 身体は痛んだ。だが、悪い痛みではなかった。

 

 生きている、という痛みだった。

 

「悪くない、初日だ」

 

 彼はそう呟いて、拠点へ歩いて戻った。

 

          第3話 指揮官ではない自分 完




あとがき
エルヴィン・スミス
 初日の朝。食卓で団員たちの賑やかさを観察。輝夜の稽古で、身体はLv.1だが前世の蓄積で軌道に迷いがないことを示す。輝夜から「三ヶ月でLv.2に引き上げる」と評価される。最後にアストレアと静かな対話を交わし、「指揮官ではない自分」という新しい問いを抱える。
アリーゼ・ローヴェル
 朝から元気。「バチコーン!」「フフーン!」健在。リューを「リオン」と呼んで姉ぶる。料理は壊滅的。
ゴジョウノ・輝夜
 刀の手入れと毒舌。エルヴィンの剣に「軌道に迷いがない」と評価。「ふんっ、せいぜい泥にまみれることだ」が決まり文句。
リュー・リオン
 アリーゼの「リオン」呼びと「妹」扱いに困りつつ受け入れる。輝夜との応酬で「フフン、姉は黙っていろ」とクールに姉を黙らせる場面も。
ライラ
 軽口で場を回す役。リオンと輝夜の犬猿関係を「リオンと輝夜は犬猿の仲」と表現。
アストレア
 稽古後のエルヴィンに茶を運ぶ。「指揮官ではない自分」という問いをエルヴィンに投げかける。
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