アストレア・レコードで(7年前)奈落に落ちたアルフィアが、61階層の氷の中で生きていて、
アイズ救出作戦の穢れた精霊討伐が原因で復活。
記憶をなくした最強が記憶を取り戻して行く物語。

1 / 1
※ ダンまち21巻、外伝16巻以降の創作物語です。
※ ダンクロ のネタバレ含みます。
※ ダンクロ 本当に、本当に楽しかった・・・。今までありがとう。

<春姫によるあらすじ>

オラリオ全ての冒険者による【ロキ・ファミリア】の『地下迷宮救出作戦』から三日経った。

60階層に潜伏していた『穢れた精霊』が討伐され、千蒼(タリア)の氷園が60階層を覆い始める中、
7年前に奈落に落ちたとある女の時が動き出す。
女はアイズ同様、妖精の始祖の保護の後、60階層の天井の肉の壁に捕らわれていたのだ。
女は異端児に保護され、ヘスティア・ファミリアの眷属候補として庇護下に入ることになるのだが・・・。

記憶を無くした女性の教育担当に指名された春姫は不審に思うことがあった。
ファミリアに訪れる冒険者、それも第一級冒険者が、同じメイド服を着る後輩を見て度々脂汗を滲ませるのだ。
何もしてないのに流石に可哀想!!彼女は感情表現は乏しいけど、教えたことはちゃんとこなしてくれる。ほら今も肌着を伸ばしてから干してます!!と思った春姫は、彼女と仲良くなるために出来るだけ寝食を共にすることにする。
一緒に風呂に入り、いつもは命と共同の部屋で寝るにも関わらず、わざわざ彼女の個室に布団を広げて寝るようにする。「春姫殿にそんな趣味が・・・!?」命ちゃん!そんなこと言わないで!!

そうしている内に、女の料理の手際が良いことに気付いた。
そして、なぜか自身の尻尾を良くもふもふされていると。
更に、わたくしの尻尾をもふもふしながらも、ファミリアの団長の頭・髪の毛に並々ならぬ情熱を向けている事に。

まだダメですわ!!あなたには早い!!ベル様の頭をもふもふする事など!!するならわたくしを倒してからに・・・!!

そんな春姫の心情を裏切るように、なんと団長は彼女を目を離した隙に連れ去ってしまった・・・。

これが・・・神々のおっしゃる許されない秘め事!?ドロドロの駆け落ち!?!?わたくしは相談して貰えれば、許したのにそんなに追い詰めてしまったというのですか・・・??

───天上の神々よ!!ご照覧あれ!!

───魔王の再臨を!!



ダンジョンの深層にて

 1

 

 わたし…───??

 

 まず、目の前には闇が広がっていた。

 ぼんやりと思考が動かない中、身体も動かずに項垂れる。

 背に石造りの壁がある。

 闇の中に折れ曲がった二本の何かがある。

 それが、自分自身の足だと気付くのにしばらく時間が必要だった。

 

 わたし…は…??

 

 目が闇に慣れて来たその次は、遠くで低く鳴く声だった。

 どこで鳴いているものなのかは分からないが、その音を聞くことで広い空間にいると知った。

 

 女は音に敏感であった。

 

 そして獰猛な鳴き声の存在が近づいてきているのが、なんとなく分かる。

 

 なぜなら音が大きくなっているからだ。

 

 闇が見えた次に、自身の鋭い聴力を感じる。

 

 女は自分がそもそもニンゲンなのか、それ以外なのかすら分からなかった。

 

 低い声の存在に見つかったら殺されるのだろう。

 

 それだけが分かった。

 殺気などは、分からないが。

 

 

 女は生まれた瞬間に生を諦めていた。

 

 目的は成し遂げた。

 最愛の人を失った。

 空虚な中に、空っぽの目的を掲げ、成し遂げた。

 

 背骨を取られた訳ではない。

 女は精気を失っていたのだ。

 

 無力なわたしは何もなすすべなく。

 まるで竜がウサギを踏み潰すかの如く。

 

 ───別に、既に役目を終えた身。

 

 それでも良い。

 いままで氷の中で心安らかに寝ていたにも関わらず、今は氷の外で全身に力が入らず、頭も回らない。

 すさまじい倦怠感。

 なぜ神はこんな仕打ちをするのだろう。

 寝かせてくれたら、どんなに良いことか。

 

 

 その瞬間、女の喉が鳴った。

 

「嗚呼嗚呼嗚呼ぁァア嗚呼嗚呼ぁ嗚呼嗚呼嗚呼ぁ…ぁ・ァ………ゥ?

 

 ・・ブ…・・ぇ………ェゥ…。

 

 ・・ベ…ぅうううううう………・・べる…。」

 

 女は気付かない。

 そのつぶやきが、歯を食い縛り、眉間に皺を寄せ、目から大粒の涙を流しているなどとは。

 ニンゲンは悔しい時も、嬉しい時も、歯を食いしばり、目に水を滴らせて嗚咽をするのだと。

 一見すると般若にも見えるその表情とは裏腹に、心の底から会いたくてたまらない相手であるということを。

 

 

 

 嗚呼…

 

 

 

 わたしは、何を呟いたのかも分からない。

 生まれ持った感覚の良さが幸いしたのか、獰猛な鳴き声が目の前まで来ている。

 鳴き声だけでなく、ペタペタという足音も聞こえる。

 幸か不幸か、鳴き声は一体だけのようだ。

 

 

 それで良い。あなたが何者なのかは分からない。が、目撃者は少ない方がいいに違いないから。

 

 ハァ…ハァ…ハァアア!!アアアアアアアア!!!

 

 聴覚が戻った後、わたしは鼻が利くのを感じた。

 獰猛な存在のうっとおしい鼻息を、感じ取った。

 

 そして、わたしはつまらなそうに生を捨てる。

 

 アルフィアがこれ以上、元に戻らない様、歯車をちょっとだけズラして。

 

 そして、後ろから足音なく近づいてくる一人の存在にも気付かず───わたしは気を失った。

 

 *

 

『…レイ…!!!やはり思った通りだ、ニンゲンだ!!ニンゲンがいるぞおおおおぉおお…!!!』

 

『…!?まさか!?氷河に潜んでいたロキ・ファミリアのお方??』

 

『いや…これは…』

 

 一方、勝手に口臭をディスられた、ニンゲンゴの話せない新入りの異端児は興奮していた。

 それは、彼が異端児として生まれ始めての任務で成功し、チヤホヤされたい、

 そんな下心が叶いそうだったからだ。

 

 早速幹部の一人であるセイレーンのレイにエコロケーションを使用して伝える。

 形の似ているレイならば、ニンゲンとコミュニケーションを取ることが出来るだろう。

 

 彼は、生涯、ニンゲンの表情の違いが分かることはない。

 そのため、ヒューマンの女がどんな表情をしていたのかを伝える手段を持たなかった。

 竜種ならばなんとなく分かるのだが、それでも少し鈍感なタイプのドラゴンであった。

 

 レイが女の表情を見たとき、女は完全に気を失っていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

『……フレイヤを連れて来い。』

 

 バベルの地下。

『祈祷の間』にて布で包まれた妙齢の女性を一目見るとウラノスは言った。

 ロキ・ファミリアがダンジョンに閉じ込められ、助け出してから3日後の事。

 ダンジョン内に異常がないか、異端児達とパトロールをしている最中にレイ率いる部隊の新入りが発見。その後、フェルズが保護した人間だった。

 

 モンスターに襲われそうな所(実際には異端児の1体なのだが)、破水した子宮から出てくるかの如く、全身ずぶ濡れの女を見つけたのだ。

 背中まで伸びる髪は灰色。幽玄じみた夜の空気も相まって『魔女』などという言葉を連想させる。

 

 出現方法と異なり、『魔女』は衰弱していなかった。

 ただ、昏睡した。

 

『ウ、ウラノスッ!!異常事態だ…!!彼女は…私の予想が正しければ…。』

 

 フェルズの動揺は異端児に走り、一目散に60階層からウラノスの元まで連れ帰って来た。

 ゼノスの大型新人であるヴァルガング・ドラゴンは『す、すごいぞッ!!』というフェルズの声掛けが嬉しかったのか尻尾をブンブン振っていた。

 

 フェルズはとりあえず女に回復魔法を施す。それはウラノスの指示ではなかった。

 しかし、ウラノスが責めることはなかった。

 

 そしてフェルズが気絶したままの彼女を祈祷の間に連れ、彼女を一目見たウラノスが冒頭の言葉を発したのだった。

 

 ◇

 

 

 瞼が重いので完全に目は開けられない。

 

 視力はあるのだから開ければ良い。

 

 だが、開けなくとも、視えるから、目を開かないのだ。

 

 目の前に、薄鈍色の瞳と髪の毛の、山吹色の洋服を着た少女がくったくのない笑顔を向けている。

 これはなんとなく分かる。飯を食べる店の、歩きやすく給仕しやすい服装だ。

 彼女は炊事でも行っていたのだろうか?

 私は、同じ仕事をする同種の存在なのだろうか?

 

 あぁ、…私は、保護されたのだ。

 

 全身の気怠さは若干あるものの、見慣れない個室、暖かい洋服、柔らかな布団、そして太陽に安堵する。

 自問自答するまでもなく、今の私はホッとしている。

 

「…こんにちは…・こんにちは!私の声が聞こえますか?」

 

「……・キコエ…マ……す。」

 

 何日寝ていたのか分からない。

 

 何も思い出せない。

 目が覚めると数分後、個室の端にいた監視役と思わしき女性が、私が起きた後に呼んできたのが彼女だった。

 彼女のほっとした顔を見るとなぜか私もほっとする。

 

「良かった。わたしは、シル・フローヴァと言います。あなたの名前は分かりますか?」

 

「…。」

 

 分からない。私は誰なのだろう。生まれたばかりの赤ちゃんではないだろう。

 言葉も話せるし、感覚も分かる。今の感覚は『安心している』で間違いないだろう。

 前の私。といって良いのか分からないが、前の私は感情を伝えることが下手だったのではないだろうか。

『ありがとう』という御礼の言葉をまず第一に思い出すのに、言い出せない。

 

「…シル・フローヴァさん、申し訳…??い、いえ、すみま…??」

 

「いいええ!!ゆっくりで大丈夫ですよ。」

 

 私が言い淀んでいるとまさに女神の様な笑顔で返事をしてくれる。

 なぜか『申し訳ない』『すみません』『ごめんなさい』と言った類の言葉も言えない。

 

 いや!と私は思い直す。前の私が言いたくなかった言葉なのだと、直感で分かる。

 記憶はないが、感覚はあるのだろう。

 なぜ言いたくないのか、理由は分からないが。

 私は深呼吸し、心を静める。礼を尽くしてくれた相手には礼で返すべきだ。

 更に私は助けられた身なのだから。

 

「いえ…。申し訳、ございません。名前…思い出せないのです。」

 

「そうですか!分かりました。」

 

 深呼吸をして少し落ち着き、頭の中をぐるぐると回転させてひねり出した言葉だったが、目の前のシル・フローヴァはあっさりとそう言いのけた。

 一世一代の返答と覚悟を決め、言った言葉があっさりと受け入れられてしまったのだ。

 

「体調は…大丈夫そうですね。こほん…。では、今からあなたを炉の女神の眷属の住む屋敷、ヘスティア・ファミリアで保護します。」

 

「…へすてぃあ…ふぁみりあ??」

 

「はい!私の部屋もありますし、ヘスティア様はお優しい神様なので、心配ありません。」

 

 良く分からないが、頷く以外の方法が分からなかった私は彼女の言葉を飲み込みこくんと首を曲げる。

 

 

 ───くじゅうの選択!!!

 

 ───しょうきょほう!!!

 

 ───それしかないのよ!!

 

 ───ウラノスうぅぅうぅ!!!!!!

 

 ───あわよくば…あわよくば…わたくしの義母となるお方…!!!!!!

 

 

 などと、視力にだけ頼ると見る事の出来ない、ややヤケクソなアラバスターの様な女神を幻視しながらも、私はなんとかシル・フローヴァの言葉を飲み込む。

 

 

 *

 

 

「頼んだぞ!神フレ…失礼!!シル・フローヴァ!!」

 

「……へあ〜???」

 

「シ、シル様!?これはまさかまた、ギルドにウォーゲームの件で揺すられているのでは!?」

 

「はいはい、重い物はすべてあたしが対処しますよ~っと。…ありゃ、外傷はありませんね…しかし体力が…ん?って言うか軽ッ…チラッ……おおおおお!!やばいですシル様、先日教えていただいたお言葉…爆美女です爆美女爆美女♪」

 

「ヘイズ!!!変な二つ名を作らないで頂きたい…!!」

 

「ははは…あ??あなたは!?…あなたはヘルン!?」

 

「な…なにを…人をどこまでおちょくれば気が済むの!?」

 

「確かにヘルンさんは最近、心も身体も少し重くなったような??あー、心はちょっと軽くなりましたか?主にベルさんに対しての。でもでも本質は変わりませんよねー♪この前なんて!!!人前で堂々と抱き合うなんて!!!」

 

「ああああ、シルさまぁぁぁぁぁあああ………・。反省が足りないという事ですかぁあ!?」

 

 ヘルンの恋を弄ると自分自身を弄られる事になるのだが、そんな事を考えずに今を楽しむ。

 

 フェルズに呼び出され、念のため休息中の側近と来て良かった。

 なぜなら、事前に聞かされていないモノの運び出しがあったからだ。

 祈祷の間に入るや否や、フェルズは抱える一人のヒューマンを差し出して来た。

 レベル4からレベル4へ。

 そして、『後は頼む』である。

 

 なんだか対応が雑…。

 

 ウラノスも

「女のことは女神に。フレイヤ、貴様ならば心配あるまい」

「この女は男神だろうと、ヒューマンだろうと、男は触れることが出来ない」

「名をいう事すら避けたくなる。くれいじーさいこの眷属だ。」

 

「…これが…かつてみたヤンデレの眷属なのか!?」

 

 と、フェルズと問答を繰り返していた。

 

 そのため、シル・フローヴァに掛けた言葉は

 

「お前に任せる。すまないが、我々は触れる事すら許されない。」

 それ、だけだった。

 それだけで、とりあえずシルは呼び出された目的を知る。

 

 三人の娘の内、当然一番力持ちのヘイズがフェルズからそれを受け取る。

 

 あ、これだけ?ウチでこの娘を預かれば良いの?

 

 まあ、これくらい…ね。

 

 見たところ訳アリ…?

 

 と安堵したのも束の間、シルは毛布で包まれた彼女を神の目で直視し、ギョギョギョッ!!とする。

 

「(これはヤバいわね…危ない未来が見える…)」

 

 シルは彼女に見覚えがあった。

 どこまでも続く灰色の光。

 

 過去、英雄の都にはベル・クラネルに似た魂の色の姉妹がいた。

 

 欲しがったが、ヘラに取られ泣く泣く逃した女英雄。

 

 そして、その光から覗かせる、どこまで行ってもメンヘラ臭しかしない、ヘルンに並ぶ傑物の光を…!!

 

「…とっ、とりあえず豊穣の女主人に運びましょう…!!」

 

 *

 

 保護された女性は、前の私もカミサマのお世話になっていた気が…?と思う。

 が、その概念を探ろうと頭を動かすと、ムカムカする様な気がする。

 しかしそれ以上に、なんなら今の保護されている状況も申し訳なさが強く落ち着かない。

 

 甘えてしまえれば楽なのだが、謎の強制力により、パーソナルスペースを侵害されている錯覚に陥る。

 潔癖症の人が、他人の使ったスプーンを使えと迫られている様な、そんな心情。

 

 これは…なぜ?

 状況を生理的に受け付けない。というヤツだろう。

 

 そんな悶々とする私を見かねて、すっと彼女が聖母の様に私の手を握ってくれた。

 

「…記憶がなく、不安な事だらけだと思いますが、大丈夫ですよ。一緒に、思い出していきましょう?身体…動きますか??」

 

 そう言われ、外れ切れていない歯車を切り離し、身体を動かしてみる。

 

 そして、立ち上がるとストンと、腰から下の力が入らない事に気付いた。

 

 すかさずそっ。と、隣にいるシル・フローヴァと同じ洋服を着た、灰色の髪の女性が心配そうに腕を取り、ベットに座らせてくれる。

 

 ここでも、お礼を言うべきなのに…。

 

 出てこない。言葉が。

 

 補助してくれた女性が個室の端にいたことは、彼女の息遣いの音を覚えている。

 私の記憶力のおかげだった。

 

 そして目の前にはシル・フローヴァの笑顔。

 その笑顔を見て私はほっとした。

 やはり不思議と目の前のヒューマンは安堵を私に与えてくれる。

 

 これ以上礼節を誤ってはいけない。

 

 私はなんとか歯車の一つを外すことに成功。

「す…すみません…。」と言う事にも成功し、彼女に従ったのだった。

 

 

 2

 

 

「ふむ。思ったより…荒れていないな…。」

 

 リュー・リオンは英雄の都のパトロールに出かけていた。

 60階層から戻り3日。ベルと比べ軽傷のリューがいち早く現場へ復帰していた。

 

「(ヘルンの魅了が効いているな…。)」

 

 見慣れたオラリオの中を見守る。

 自分ではそうは思わないが、暗黒期を生き抜いた正義の眷属が歩くだけで都市内で生活する民に活力を与えると言う話。

 お尋ね者として生きる中で染めていた髪も、今は染めずに堂々と出歩くことが出来る。

 

「(…でも…なんだか馴れ馴れしい輩も多いような…。)」

 

 エルフだから。という理由もあるだろうし、近付き辛い存在でもあると自負するエルフに対し、

 親し気に声をかけてくる住民の多い事多い事。

 前までは…というか暗黒期と比べるのも良くないが、もしもの時、すごく困っている時くらいしか声をかけて来なかった住民たちが

「あら~~!!ヘスティアちゃんの所のリューちゃん!パトロール中?果物持って行って~!」

「ヘスティア様のところの眷属さんだよね!神様がね、困ったら僕の眷属を頼ってくれって言うんだ!!ちょっと遊んでよ、ね、良いよね??ね?え?パトロール中??え~~~~…あ!!」

「疾風!!ベル・クラネルにおとといきやがれ!!って言っておいてくれ!!!」

 と、果物屋の店長に子供達、更に少し荒っぽいオグマ・ファミリアの眷属たちから良く話しかけられる。

 

 まぁ、別に悪い気はしない。と思ってしまう所、リューもリューでファミリアに毒されているのかもしれない。

 仲間のパルゥムなら、突っ込むのかもしれないが、真面目なリューは一人一人に真面目に対応してしまう。しかしそれも

「今パトロール中なので…」と言うと、「か〜ら〜の〜?」と返されてしまう。

 

 脳内で子供達に芸を仕込んだ主神に悪態をつきながら、少し時間を使って子供と遊んだ後、パトロールを再会させる。すると、後ろからバタバタと足音を鳴らして近づいてくる女神に気付く。

 

 さっきまで悪態をついていた我が主神である。

 

「エ、エルフ…くぅ~~~~ん!!!」

 

「ヘスティア様??」

 

 ぽかんとしているとヘスティアがはぁはぁと息を切らせながら近づいて来た。

 

「…どうされたのですか?今日は1日オフだと…。」

 

「はあ…はぁ…!!すまないね、全員集合だ。ちょっと緊急事態が起きて…。」

 

「緊急?」

 

 緊急事態?

 リューには心当たりのない事だった。

 数日前にあんなことがあったため、少し考えればどんどん出てくる緊急事態は考えないようにする。

 なぜなら今は束の間の休息だからだ。

 

「緊急事態??何のことですか?もしかしてまたベルが浮気…?」

 

 既にファミリアに馴染んで来たリューが、いつもの緊急事態を思い返す。

 

「いや、それは置いておいて!!」

 

 置いておくのですか!?と心の中で突っ込むことは忘れない。

 では何が…?このオラリオで何が起こっているのか。

 

 何なら、最近この手の集合はシルの眷属の役目である。

 

 それが、我が主神自らが声を掛けに来るなんて異常事態としか言えない。

 

 おおかた、ヒルドスレイヴにリューの場所を聞いて来たのだろうが…。

 肝心のヒルドスレイヴがそれよりも優先すべき事案があると、シルが決定したというのか?

 

 それならば、彼は今、ホームでシルを守っているのか?

 

 ヘグニもヘディンも…まさかオッタルでさえも??

 

 ありえない…。

 と、ファミリアの誰よりもフレイヤ・ファミリアに詳しくなったエルフは嫌な汗をかく。

 

 顔を白黒させる彼女に、ヘスティア様が顔を近づけ耳元でそっと言った。

 

「とにかく…来てくれ。…ウラノス案件だ。シル何某も噛んでいる。」

 

「ウラノス様に…シル??は、はぁ…。」

 

 全く見当が付かない内容の上、ギルドの大神と、大恩ある街娘の名前を出され、リューは返事をするしかなかった。

 

 ◇

 

 ヘスティアとリューが最後に帰って来たのだろう。

 本拠に戻るとのヘディンが神妙な面持ちで「お前が最後だ」と教えてくれる。

 

 ?

 

 …ヘディン?

 

 いつもの存在感を消そうとしているきちくエルフにリューは違和感を持った。

 

 今朝の朝練の時とは様相が異なる。

 

 ヘスティア・ファミリアと、一歩距離を置いている様な。

 仲良くなった友人が、実は身分違いで距離を置くような…。

 そんなよそよそしさが見て取れる。

 

 疑問に思いながらもヘスティア様の後ろを歩いていくと、リビングの前でリリルカが頭を抱えているのが目に入った。

 

「…リリルカ?」

 

「あっ!リュー様ッ!!」

 

「ど、どうしたのですか?頭を抱えて…な、何か悩み事でも?それに、緊急事態とはなんなのですか?」

 

「…どうもこうもッ…。」

 

 聞いても「直接見た方が早いサッ!!」と、何も教えてくれない主神以外の仲間に縋る様に聞く。

 やっぱり良く分からない。目的のものはすぐ近くにあるのに、一人リビングの外で頭を抱える仲間に怪訝な目を向けつつも、同じ気持ちになれないことを悔しく思う。

 

「エルフくん、ちょっと待っててくれ!!」

 

 そういいながらヘスティアは一人リビングに入っていく。

 

「リリルカ…??」

 

「ん~~~~~。またあの賢者が超絶めんどうな案件を押し付けてきまして…今日オフだっつのにいいいいいいいいああああああああぁあああああ!!!ベル様とのデートは…どうすんだよぉおおおおお!!!!!」

 

「リリルカッ!!??」

 

 急に発狂しだした、数日前に大規模な決死隊の軍師をした立派に勤めたリトル・マーシャルをなだめることに終始する。

 

「だ、大丈夫か!!リリルカ!!」

 

「『お前に任せる、リトル・マーシャル』ってなんなんだよぉおおおあの鬼畜エルフうううぅう!!!」

 

 何やら関係のないことにも発狂しだした…。

 

 溜まっているものがあるのだろうか。

 確かに彼女はケガこそないものの、昨日も一昨日も戦後処理に追われていた。

 

 賢者…フェルズ殿だろうか?それならば異端児関連?決死隊は相当異端児にお世話になった。

 しかし、彼らが我らに無茶ぶりをしてくる事はあまり無いように思える。

 あんなに我々を『地上のお方』と慕ってくれる存在に。

 

 リリルカをなだめ少し経ち、リビングのドアが開けられる。ヘスティアと入れ替わる様にシルが出て来た。

 

「シルッ??何があったのですか??」

 

 

「…リュー。

 

 来たのね…。」

 

 

「シル…??」

 

 ヘスティアに声をかけられてから一人蚊帳の外の様な気分のリュー。

 そんなリューに、過去シルがリューに正体を明かす時の発言を、ただならぬ様相で、それよりももっと神妙な面持ちで話す。

 

 これは只事ではない…!!!

 

 なんとしても早急に内容を把握しなければ。

 ファミリアに…やはり我々に危機が訪れている。

 しかし待て、今や我々は都市最大派閥である。

 

 目線を狭めず、客観的になり、すとんと心に余裕を持たせることは、アストレア様に教わった事だ。

 リューは少し声音を落とす。

 

「なにがあったのです?リリルカの慌てようは…??」

 

「リューッ!!!絶対に…絶対に…ぜったあいに!!!」

 

「シルッ??」

 

 わなわなと言葉に力をためていく目の前のシルにしばし圧倒される。

 ここまで力説しそうなシルを始めてみる…?

 そもそもなんだこの気迫…これが力を封じられた神だと言うのか…!

 

 可愛らしい街娘にも関わらず声を張り上げる彼女に、遠くで様子を見ていた彼女の眷属もごくっと唾を飲み込んでいる。

 

「絶ッッッッッ対に…彼女に何かを思い出させてはダメよっ!!!」

 

 シルが人差し指を口に当てて来る。

 

「シル…、その、説明を…。」

 

「あぁ、ごめんなさい。少し取り乱してしまいました。ええと、今、リビングには一人の女性がおりまして、超!超!!超!!!危険人物なんです。」

 

 言葉とは裏腹に今でも取り乱している彼女に圧倒される。

 それにしても全く見えなかった話が、更に混沌としてきた。

『リビングの一人の女性』これが同じ正義の眷属や、彼女の崇拝する正義の神を差すのならばこんな言い方はしないだろう。

 万が一、億が一でも、それが生きて発見されたアリーゼや、アーディだったとしてもだ。

 

 なんなら彼女たちの遺体は、私が一番知っている。

 

「は、はぁ。」

 

「良いですね??言いましたよ。あぁ…私には分かります。彼女が我を取り戻した時、我々は…ぐふっ。」

 

「シルッ!?」

 

 さっきから驚いてばかりだ。こんな時リリルカならば巧妙に突っ込んでくれるのだろうが…。

 いや、リリはシルに少し怖がっていて突っ込みが甘い。

 完全に上下関係が出来上がっている状態。

 

 上手い具合に補足を求めたいが、頼りにしたいリリルカはオフが無しになった現状に発狂し、ベルとのデート日和というただの買い物がなくなったことに発狂し、フェルズに悪態を付き、更にそれはなんとギルド長まで及んだ。

 

 阿鼻叫喚が周囲を巻き込む中、血反吐を吐きながらシルは続けた。

 

「はぁ、ハァッ…言いましたよ?良いですね。…リュー!!いえ、リュー・リオン。」

 

「なんでフルネームなのですか…。」

 

 とある事情で魅了すらも解放することが出来ない街娘が、

 それでも威厳は保とうと言及する姿は少し滑稽だった。

 そしてリューはなんとなく目の前のシルは、フレイヤなのではないかと感じる。

 まぁ、彼女の正体は美の神フレイヤ本人なのだが…それは置いておいて…。

 

 

 つまりだ、女神の仮面を擬似的にでも被らないと対処できない事態と言うことだ。

 

 

 そして、意を決したシルに、リビングのドアが開けられる。

 ここまで白熱したシル、発狂したリリルカを見ていても、リューは『そんなに驚く事か?』という気持ちで一杯だった。

 あまり驚かないカードの手品を見せられている様な。そもそもカードの意味を知らなければ、手品にもならないのに、一生懸命見せてくるような気持ち悪さを感じる。

 それはまだ当事者ではない意識だったからだ。

 

「(…いやいや、そんな驚くことが…??)」

 

 最愛の人間がいなくなったのなら、こんな感じになるのだろうか?

 一瞬嫌な予感を感じるが…シルやリリルカの様子を見てその選択肢は否定する。

 

 その線はありえない。

 

 若干の緊張を孕み、いつもはさして気にせず(好きな人がいたら嬉しいと思いつつ)開けるリビングの扉が、重く開けられる。

 そして、目に飛び込んでくる、いつも私やファミリアの仲間が寝そべったり、ヘスティアのお告げを聞いたりするソファに座る見慣れない女性。

 

 

 ───彼女は灰色の髪を背中まで垂らしていた。

 綺麗な髪の毛だった。

 目を瞑っているが、口元には笑みを称えている。

 そして目に付く、漆黒のロングドレス。

 

 リューは彼女を一瞥すると目を見開き、絶叫を上げる。

 

「せ…静寂───アルフィ…!!!!!!」

 

「「「あああああああああああ!!!!」」」

 

 彼女の言葉を遮ったのは、後ろ、隣、前の一人と二柱。

 シル、ヘスティア、リリルカだった。額に青筋を浮かべながらリューの言葉を遮る。

 

 やってしまったことは仕方ない。

 それでも、静寂の二つ名を持つ彼女の前でうるさくした事に、トラウマが蘇る。

 

 や、やばいッ…。

 

 と、当事者を伺うと、そこにはきょとんとした目を向ける目の前の灰色の女性。

 そして、彼女の隣にいる我らが団長ベル。

 いつもなら彼にいち早く気付くはずなのに、あまりの衝撃に我を忘れてしまっていた。

 

「リュ、リューさん??この方の事を何か、知ってるんですか??」

 

「リュー殿は確かセイ…アル…と??」

 

「しッ…知らないッ!!すまないッアンドロメダと間違えてしまって…!!!」

 

「アスフィさん?…リューさんでも間違う事が…あるんですね!」

 

 訝し気な表情をチラリとも向けない詐欺に秒で騙されそうな我らが団長の笑顔に安堵する。

 そして、ベルと命の後ろでメンチを切って来るヘスティア様を見て急いで頭をふるう。

 

 ベルと命の方を向いていた女性の顔が、リューの方を向いた。

 ぴくっとリューが反応する…。

『記憶を思い出させてはならない』の言うのは…そういう事ですか、シルッ!

 つまりはヘスティア・ファミリアは貧乏くじを引かされたのだと理解する。

 

「ベル…さん。彼女も同じファミリアの仲間ですか?」

 

「はい!リューさんです。これで僕のファミリア全員をご紹介出来ますね!」

 

 女性の隣で嬉しそうな団長。

 なごやかなムードの二人を見て、既にヘスティア・ファミリアは女性を受け入れた事を悟ってしまった。

 

 それに気付いた時。

 

 リューは「あっ…すぅ〜〜〜…は〜〜〜…すぅ〜…」と、一人深呼吸をした。

 

「…それに、ベルで良いですよ!」

 

「私の事もミコトと!ちなみにリュー殿はアストレア様という神様の眷属だったお方で…。」

 

「み、命ッ!!その辺りは私が自己紹介しますから!!」

 

「あああッ!そうですね、リュー殿。失礼しました!」

 

「はーはっはっは!!!!まったく命くんは早とちりがすぎるゼ☆!」

 

 わざとらしい笑い声がリビングを彩るが、

 視線でシルに謝罪をし、ヘスティア様にキッ!と視線で怒られる。

 この間2秒であった。

 

「こ、こほんッ!失礼しました。リューと申します。ヘスティア・ファミリアの魔法剣士…と言えばいいのでしょうか。」

 

「リューさんはレベル6なんです!」

 

「すごい!…リューさんはすごいお強いのですね、ベル。」

 

 おっとりとしているが、落ち着いた低めの声は、あの日の彼女そのものだ。

 しかしそんなリューの知る彼女が、私の事を褒めるなど天地がひっくり返ろうがありえない…。

 姿形が同じなだけで、別人と言われた方が納得する。

 もしかしたら私の知らない、瓜二つの双子の片割れなのではないかと、信じられない気持ちをそこまで飛躍させた。

 そして、意識が話の中身に追いついた時、慌てて

「ベ、ベルッ??レベルは良いじゃないですか!」

 

 自分の事の様に誇らしげにリューを自慢するベルに、今だけは喋らないでほしいと願うリュー。

 感心したように言葉を発する、本性を知らなければ灰色の髪の超絶美女である目の前の魔王…失礼。女性は、以前会った時と同じ服を着ていたが、ところどころが即席で手直しされた跡がある。

 その跡を見るだけで、以前ダンジョンで直したものと似ていて、ヴェルフが直したものだと分かる。

 

 これは、とりあえず漆黒のロングドレスを着せたいと言う春姫の要望に即興でヴェルフが応えたものだった。

「着替えが用意出来次第、ちゃんと修理するぞ?」というヴェルフの話を酒場の店員がそれでも良いから!と押し通したものだ。

 

 リューから見れば恐ろしい虎が、食おうか食わまいか迷っている存在が思考に耽る。

 

「…。」

 

「…ど、ど、ど、どうされましたか?」

 

 急に黙ってしまった灰髪の女性に必要以上に動揺してしまうリュー。

 

「…命。先ほど、リューさんが私を見て言った『アルフィ』だが…もしかしたら私の名。かもしれません。」

 

「え、そうなんですか!?」

 

 ベルが被せて来る。

 彼女がここに来てから割と時間が経ったのだろうが、ホームに始めからいた彼らは、なんて呼ぼうか、本名を思い出せないかずっと話し合っていたに違いない。

 なぜならベルの近くに積みあがっている英雄譚や、命の前にある紙とペンには様々な女性の名前と思しきが並んでいるからだ。

 

 

「ええ、先ほどからアルフィ。が頭の中から離れない。なので、私の事は、アルフィと呼んで貰えないでしょうか?」

 

 

 ぞわッとした。リューだけでない。

 全員が。である。勿論ベルと命、アルフィ以外だが。

 

 

 そして同じ感覚を共有したもののみが、『超超超危険人物』の本質の一端を知る。

 

 

 良いタイミングでリビングの扉が開かれ、春姫が入って来た。

 

「あ、おかえりなさいませ!リュー様。パトロールお疲れ様でございます。ベル様…聞こえておりました。お名前、決まって良かったです!アル…アルフィ様!!」

 

「や、ヤダナー、なんかどこかのペルセウスみたいダナー。ネー、シルチャン、エー、ドウスルドウスル??」

 

「デ、デスネー!!ヘスティア…あは、あはははははははは。あら!サマ忘れちゃいました!ま、まあでも本人がそれで良いって言うならごにょごにょごにょごにょ…」

 

 わざとらしい漫談をする二神の脇から、名前は決定とばかりにリビングに入って来る春姫。

 彼女は人数分のお茶をトレーから置いて、こちらに歩いて来た。

 

「春姫…。ただいま…。」

 

「オレもいるぞ!パトロールはどうだ?…。ヘスティア様!そこの女が持っていたマントの修理はもうちょっとかかりそうだな。悪いが、3日程もらっても良いか?」

 

「あぁ、ありがとうヴェルフくん…うん、良いよそれで。」

 

「ヴェルフ…パトロールは…その…ええ、ものすごい人懐っこい?エルフ懐っこい子供と球蹴りを…。」

 

 リューの肩をポンと叩き、ヴェルフもリビングに入って来る。

 

 リューは混乱状態なまま、空気を読んだ。

 ヘスティア・ファミリア内では一番レベルが高くとも、一番後輩である彼女は、とりあえずヘスティアとシルと目くばせをする。

「(…何もいうなエルフ!(くん))」

「(…リュー…!!良いわね、初めて会った女性と接している感じで行くのよ!)」

「(かッ、かしこまりましたッ!!)」

 視線でそこまで言葉が通じるだろうか。

 しかしながら失態は失態であるため申し訳なく肩身を狭くする。

 

 その上で、ヴェルフが彼女の事を『そこの女』と呼んだことすら、背中に嫌な汗を感じる。

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

「ありがとう、こんな私を受け入れてくれて。ベル。」

「いえいえ!アルフィさん。神様やシルさんから任されましたし、僕もアルフィさんのお役に立ちたいですから!」

「…ベルはお人好しなんだな??」

「良く言われます!!」

「…そうか、良く言われるのか。それにしても良いな、ここのホーム。居心地がとても良い音がする。」

「アルフィ殿!!!まだまだ我らの本拠地の良さを少ししかお披露目しておりません!!我らの本質は、極東風檜風呂です!!」

「…きょくとうふう、ひのき…ぶろ?」

「はぁい!!!私と命ちゃんは同じ極東出身なのです!アルフィ様も絶対気に入ります!」

 

 えへへと嬉しそうなベルと和やかな話を繰り広げるアルフィ、そしてキャッキャする純朴な極東娘が約2名。

 彼女が真っ白なベルの笑顔に釣られ、同性の仲間に和気藹々と話しかけられる、

 

 なんと。

 

「そうなのか…ふふふッ。それは是非、入ってみたいものですね。」

 

 彼女は花のように笑った。

 

 ビクゥ!!と、彼女の表情とは裏腹に背筋を凍らせたのはホームのオーナーであった。

 

「ま、まぁ…!!とりあえず顔合わせは済んだし…担当はそうだな…春姫くんッ!!ついで命くん!!!君たちが中心となり、後は色々教えてあげたまへ!!僕は…バイトだッ!!」

 

「「かしこまりました!ヘスティア様!」」

 

 トレーで口元を隠し、神から直接仕事を振られた事に喜びを隠せない金狐。

 悩める処女神が選んだことは、愛する眷属に丸投げする事であった。

 

 

 3

 

 

 ヘスティア・ファミリアに眷属が一人増えたらしい。

 

 ロキからそう聞かされ、リヴェリアはロキに言われた数々の言葉に、頭にハテナマークを浮かべながら道を歩く。

 今日はレフィーヤと二人、途中でナイト・オブ・ナイトと合流する。

 ロキ・ファミリアから学区とヘスティア・ファミリアに対して、時間を決めた正式なファミリア同士の会談。

 

『リヴェリア、一言だけや…良いか?動揺するな、名前を呼ぶな、初めて会ったように接することや。…それだけや。…レオンにも、まぁバルドルが言ってると思うけど、念押しや。絶対順守!!ええな!?』

『レフィーヤ、特にお前は根掘り葉掘り聞きたくなるやろうけど…ぜっったいに聞くな、良いか?リヴェリアを立てて、目的を遂行せぇ。援護射撃や。目標を見失うな。』

『…これ以上言えん…。まぁ、見た方が早い。』

 

 ファミリアを出るときにロキに言われた言葉。

 ダンジョンの未開拓領域にでもチャレンジするのだろうか。

 それをそのままレオンにも伝える。レオンもレオンで、バルドルから『何かしら』を聞かされたようだが、感想はリヴェリアと同じであった。

 彼女らは都市最強のレベル7。正直何を恐れる必要があるのか。

 

「バルドル様が実際に何を言わんとしているのかは分からなかった。だが、何をすれば良いかは分かっている。大丈夫だ、行こう。」

 

 少し心配そうな顔のレフィーヤにレオンが優しく声をかける。

 いつも辛い時にレフィーヤを安心させてくれた教師の笑顔は余裕の塊。

 

 そして鳴らすヘスティア・ファミリアのホームのベル。

 バタバタバタと扉を開いたのは、金髪のエルフだった。

 

 ◇

 

「…本当に助かった…。改めて言おう、我々を助けてくれてありがとう。ベル・クラネル…リリルカ・アーデ、イグニス、春ヒムッ!?!?」

 

 和やかなムード。

 出迎えると言って効かないリューがリヴェリアを出迎え、数分が経った時。

 ヘスティア・ファミリアのリビングにはベルを中心に、ファミリアの主要人物が集まっていた。

 ここ数日、忙しいとの事で神々が表に顔を出さない。

 ヘスティア・ファミリアの主神はバイトとの事で、それならロキも来ないとの事で、眷属同士でお茶会&御礼の会である。

 将来に向けた話し合いもある。勿論、正式な御礼はフィンやガレス共々、アイズが復帰した後になるだろうが。

 

 リヴェリアがヴェルフに続き、春姫、リューと名前を呼ぼうとした瞬間の、渾身の噛み。

 

 それは、一人のメイドを見たときに現れた。

 

 春姫はメイド姿をし、今日は客人をもてなす様相であったが、60階層を一緒に戦い抜いた戦友。

 

 オラリア内でも超一級の魔法を扱う妖術使いも、ファミリア内ではメイドの姿でホームの役に立つことを望んだ。

 

 だが、彼女には後輩が出来たらしい。

 なぜならお茶を客に出す役目は、彼女ではなかったからだ。

 そして、彼女が後輩を連れだって、彼女は彼女で使用人の弟子を見守るがごとく、ベル・クラネルの背後に立ち、我々に敬意を表してくれる。

 

 春姫は戦場で世話になった全員に礼をするタイミングに立ち会った。

 

 とまぁそこまでは普通だ。

 お茶を春姫がいれ、部外者が客に茶を出すという構図だったのだろう。

 

 そして、その新入りメイドがペコリと我々に礼をしてお茶をテーブルに並べる。

 超少数精鋭のヘスティア・ファミリアならもしかしたら珍しいのかもしれない。それも春姫以外がお茶を客に並べるなど。

 しかし最近はフレイヤ・ファミリアの眷属がお茶出しをしたりし、中規模ファミリアの様相も出て来た。

 それなら別におかしいことではない。最大派閥のロキ・ファミリアや、学区の教師のレオンならば、それくらいのマナーは分かっている。

 

 では、何が噛みの原因なのか───。

 

 それはもちろん。後輩の眷属を見たからだ。

 

 大型のファミリアでも、この手の仕事は冒険者が行う事がある。

 その際に既に面識のある彼らを無視することは、礼儀に反するからだ。

 

「(…静寂のアルフィア!?!?)」

 

 しかし、ナイン・ヘルの動揺はすぐに落ち着く。

 

 

 

 ───カタカタカタカタカタカタカタ

 

 

 

 隣にいるレベル7の騎士の動揺を見せられちゃあ…。

 

 

 

「……ごほんッ、失礼!春姫、命、そして疾風。更に、ここにはいないが、チュールの妹にレオン、あなたにも感謝を…。」

 

「…滅相もございません、リヴェリア様。」

 

「リューさんの言う通りです。リヴェリアさん!!本当に無事で良かったです。それに…僕自身もレフィーヤさんに沢山助けられました。」

 

「あ、あ~~。きに…気にするな。困ったときはお互い様だ。」

 

 なんだか覇気のないレオンの膝が笑っている。

 

 まぁ良い。彼にも色々あるのだろう…。

 

 それにしてもベル・クラネル。団長としての器が出来て来た。

 ファミリア同士の話が出来る。我らがいがみ合わない様、レフィーヤも褒めて来るとは。

 少し頬を染める隣にいる山吹色の同胞を一瞥し、「そうか、レフィーヤに。」と口にする。

 数日前はガレスと共に来たが、レフィーヤを連れてくるのは初めてだった。

 一度は異端児事件の時に門前払いを食らったと団員から注意を受けたレフィーヤを、こうやってファミリアとして正式に連れてくることはあまりない。

 以前中に入ることが叶わなかった今一番話題のヘスティア・ファミリアのホーム内に入れて、彼女も喜んでいるだろうか。

 

 将来的に私を継ぐ存在。学区だけでなく、ファミリア間の交渉もこうやって連れて経験を積ませなければ。

 ファミリア内では口数の多いレフィーヤがリヴェリアを立てて口数少なく、結果的にリヴェリアとベルの会談を邪魔しないようにしている姿は好感が持てた。

 

「あ?…視線が…」

 と、レフィーヤに怪訝な顔を向けるパルゥムのリリルカが、レフィーヤとベルが視線を交わした瞬間、レフィーヤがベル向ける視線に含ませた感情に敏感に反応したが、それも一瞬だった。

 

 リリルカ・アーデの違和感は、実は私も気になった。

 今までは、ベル・クラネルのお人好しな好意をうっとおしく思っていただろうレフィーヤが、

 なぜかそれを少し受け入れつつあるから。

 今もチラ…チラと彼の方を見ている。

 

 ふぅ。いやいや、分からないことを気にしても仕方がない。

 

「…それでは、本題なのだがな、ベル・クラ……。あ、失礼した。お茶を頂こう。」

 

 さっきからハテナマークが浮かびっぱなしだが本題を思い出す。

 その前に、せっかく淹れてくれたお茶に口を付けることにする。

 

 珍しくも少し、動揺している…。

 

 出されたお茶については、私が飲まなければ、レフィーヤやリューもお茶を飲まない。

 マナーを気にしなくても良いのは同格のレオンくらいだ。そして、生真面目なベル達は、今はリューのエルフ流ルールに従っている。

 

 リヴェリアが湯呑を持ち上げ口を付けたのを見てから、皆も同じく一口飲む。

 

 

 美味い…!!エルフが好む味…!!

 

 リューの教育が行き届いている証拠。

 

 

 そして、感動もひとしおに、言葉を続けようとする。

 真剣に向き合ってもらいたい話題…

 だからその準備を整えた。

 

 だが、どうしたのだろう?言葉が続かない。

 

 今日の目的は先日フィンとガレス、そしてロキと打ち合わせたベル・クラネルの引き抜きについて、彼の可能性を探る事だ。

 神同士の話は神同士ですれば良いのだが、眷属同士でしか話せないこともある。

 ベル・クラネルの将来像に沿わせていく形でこちらに引き抜けられれば最高だ。なんなら期間限定などで多少譲歩しても良い。彼自身、あまり自信のない朴訥な少年である。我々が認めたことを知らせられるだけで、本音を漏らしてくれるだろう。

 なんなら彼のスキルの一端でも知ることが出来れば僥倖だ。

 最高幹部+主神で打ち合わせた今後の展望の興奮状態のまま、後継者と決めたレフィーヤにはそれとなくベルの引き抜きを仄めかしてから、一緒に行くと言って聞かなかったが、本来なら私ひとりで行く予定だった。

 可能性を探るだけであれば、警戒されないよう少人数が良い。

 それに、ヘスティア・ファミリアの最高位冒険者であるリューはエルフだ。王族である私が出向くことで強い意志を示すことが出来るだろう。

 この辺りはフィンの打算が含まれている気はするが拒否するつもりはなかった。

 

「……・いや、まて、まずはそちらの女性を紹介して頂こう。」

 

 いやな予感がしたのだ。

 ハイ・エルフの勘と言うヤツだ。

 特に例のメイドが覚醒した場合、レフィーヤが被害を被る可能性がある。

 分からない。百歩譲って、他人の恋慕という言葉遣いをするが、1世紀近く生きている私にとって知る由もないのだが、エルフのエルフに向ける恋慕はなんとなく…分かる。

 男と女の世界。純情と呼ばれるエルフの、純情を抽出して煮詰めた存在。それが私だ。

 残念ながら恋多き神々とは異なる視点を持つ。

 

 でも、そんな私でも弟子のその手の気持ちは分かる。

 失礼。分からなかった。彼女を見て分からせられたのだ。更に言おう。私も被害に遭うかもしれないからと。

 

「あぁ!!失礼しました。アルフィさんです。…アルフィさん、少しこちらへ来ていただけますか?」

 

 トレーの中身をテーブルに開け、手持無沙汰になった灰色の髪の女性を呼ぶためにわざわざ立ち上がるベル・クラネル。

 彼の合図でソファの隣に立つ彼女。

 

 

 ナイト・オブ・ナイトの自制の効かない貧乏ゆすりの音が…大きくなる。

 

 

 リヴェリアは目の前の女性を見る。

 

 やはり…同一人物。

 しかし雰囲気が異なる。

 記憶障害??

 

 それに、なんと彼女は春姫と同じメイド服に身を包んでいる…。

 なんの冗談だ???

 

 まじまじと見つめるリヴェリアと、目をふせがちに見るレフィーヤに対し、レオンだけはベルと彼女の間の空間を見ていた。

 

 そして、彼女は深い深いおじぎをする。

 

 演技ではない、心のこもった拝礼に目を奪われる。

 

「…初めまして、ロキ・ファミリアの皆様、学区の、レオン様。私はアルフィ。…どうぞお見知りおきください。」

 

「アルフィさんは、今僕たちのファミリアを手伝ってくれてるんです。ファルナはまだだって、神様が…!えへへ。」

 

 すかさず団長が補足をする。

 私が言うのもアレだが、すこーし年上…ロキの話だと確か24歳だったな…で超絶美人な女性が身近に増えたから嬉しいのか、ベルクラネルの表情がだらしない。

 

「ベル・クラネル…あなたって人は…。」

 

「そうだサウザンド・エルフは正しい。私達は散々言ったが…。ベル、あなたはリヴェリア様の前…更に他所のファミリアの前でだらけた表情をするのは辞めるべきだ。」

 

「アルフィ様!良い笑顔です!!お茶出しも完璧!グーにございますッ!!」

 

「まぁしばらくは大目に見てくれ、こっちもこっちで訳アリでな!」

 

「……ベル様にはそろそろ慣れて頂かないと…ねぇ?。」

 

 レフィーヤ、リュー、春姫、ヴェルフ、リリルカと口々に話す。

 

「春姫…ありがとう。」

 

 灰髪の女性が口元を綻ばせる。

 少し陰があり、目こそ開かないが礼儀の正しいメイドを体現したような人だった。

 ただ、ヴェルフの『訳アリ』は、ヴェルフ以上にリヴェリアは分かっていた。

 しかし、さして掘り下げようとは思わない。

 後々、それが理由で怒りを向けられない様にするリヴェリアなりのハイエルフの勘であった。

 それに、ロキからのお告げもあった。

 

「では、アルフィ様!次は私と一緒にお珈琲を淹れに行きましょうか!」

 

 お茶を出した後のコーヒーだろう。

 それもマナーである。数時間かかる打ち合わせ、お茶の後にコーヒーを出す。

 優れたメイドのテーブルマナー。

 大事な話は団長や初期メンバー、そして最高レベルのリューに任せれば良い。

 春姫が頭を下げるのに合わせ、アルフィはこちらに頭を下げ、リビングを出て行く。

 

 彼女らの後ろ姿をみながらベルが言葉を続けた。

 

「アルフィさんが来てから春姫さんの負担が減りまして!!」

 

「始めはリュー様以上にダメダメだったのですが───。」

 

「リリルカ!!それは言わない約束だったのでは?それに彼女は両足で立てるまで数日のトレーニングをしたんだ」

 

 

「あーーーその……もしかして、アルフィ殿も洗濯をしているのか??」

 

 

 途中でレオンが変な質問をする。

 

 

 当たり前の質問に、もしかしたら重大な質問なのかもしれないとベルは思い口を噤んだ。

 

 

「ええ、アルフィ殿は洗濯も炊事も行います。」

 

 

 そんな中、代表してヤマト・命が口にする。

 なるほど、ヘスティア・ファミリアの炊事は命が一番得意だという噂は本当らしい。

 もしかしたらファミリア発足時から炊事洗濯は、始めは命がやっていたのかもしれない。

 

「飯も結構美味い。あいつの料理…筋は良い!ベルが朝3杯お代わりするぐらいだ!」

 

「……そ…そうか、良い仲間が増えたようで私としても喜ばしい事だ。」

 

 と、その時に気付く。

 隣にいる同じくこの世界で一番強いもう一名の口数が減っていると共に、なんだか薄くなっている事に。

 いつものナイト・オブ・ナイトスマイルは変わらずだが、心なしか線が…細い。

 

「ありがとうございます!…所で、レオン先生、学区の生徒達の様子はいかがですか?ケガした生徒…ニイナは元気なのでしょうか?」

 

 気を利かせたベルがレオンに話を振ってくれる。

 

 

 そう、ゆっくりで良いのだ。

 これから腹を探り合う。その前に、仲良くなっておくべきだ。

 我々はファミリアの利を考えるべきなのだが、それよりもオラリオの事を考えなくてはならない。

 

 もう一人の金髪のエルフがこの場にいない事に、リヴェリアとしてホッとしつつヘスティア・ファミリアと交流を深めていく。

 彼らは戦友であり、恩を貰った存在。

 更に彼らの団長は英雄に片足をかけた存在なのだから。

 

 

 4

 

 

 よそよそしい。

 

 ベル・クラネルはそう感じる。

 アルフィさんが来てからだ、ヘスティア様が既にしなくても良いアルバイトのシフトを入れ(ファミリアの預金はあるが、それでも借金返済は神様個人で行っているため)、ファミリアに来る時間を減らし酒場に呼ぶ回数が増えたシルさん。

 なんとなくフレイヤ・ファミリアの護衛も少し減った気がする。

 オッタルさんは治った傍からダンジョンに潜っちゃうし…。

 

 更に言うとアルフィさんは必ず誰かと付きっ切りでファミリアの団員がいるのに、僕が付きっ切りになることはない。

 僕を会わせないようにしている?

 僕だって…ギルドへの支払いとか出来るんだけど…信用無いのかな…。

 

 彼女と会うのは朝食と夕食くらいのものだ。

 

 そしてこれが一番気になることなのだが、

 ヘスティア様は、アルフィさんと僕が一緒にいる時に、僕と目を合わせない…。

 

 神様は人の嘘を見抜く。

 今の神様は、僕に何か隠し事をしているに違いない。

 些細な事だし、あまり気にしてないけど、ちょっと傷付く…。

『神様、僕何かしましたか?』

 と聞くことは出来るが、アルフィさんがいないときはちゃんと目を合わせてくれるから、気のせいだと思う事にしていた。

 しかし、1週間続くと流石に気になる。

 だから、ちょっとした反抗を思い付く。

 春姫さんとの件で、神様に言われても、自分なりに団長らしくあろうというプライドも関係していたかもしれない。

 

 アルフィさんは…ものすっごい美人…。アイズさんとは別物の。

 今まで見たことない。神様とは異なるが、僕から見ると同じく高嶺の花で。

 流石に客観的に見れば、フレイヤ様よりは劣るのだろうけど…。

 年齢は離れている感じで、あちらは僕の事は眼中にないだろうけど…、いや、ワンチャン行けるとも思ってないけど…。

 包容力は、ミアさんやフレイヤ様の方がありそうなのに、アルフィさんの包容力にはかなわないと感じてしまう。

 ちなみに同じファミリアの仲間で比較することは出来ない。春姫さんやヘスティア様は殿堂入りなのだ。

 

 

 …でも…。

 

 

 アルフィさん、ファミリアから外に出ているところを僕は見た事がない。

 

 ここ1週間、特に春姫さんと仲良くファミリアの雑事をしている姿を目に止めた。いつも距離は空いているが、楽しそうな春姫さんの声を良く耳にした。

 

 *

 

「春姫くん…君が…ナンバーワンだッ!!」

 

 と言うのは神様がたまたま2人が入浴しているところに出くわし、仲良く背中を洗い合っているところを見た後の事。

 

 何のナンバーワンなのかは神様の考える崇高なことのため想像すら出来ないのだが、やはりアルフィさんには何かあるのだと思わせる。

 

 なぜならナンバーワンの理由に、他の女性陣も納得していたからだ。

 

 まずはリリが口火を切った。

 

「やれやれ…ナンバーワンは、そうですね。春姫様に」

 

「春姫殿!!拙者も負けません!せっ、拙者も、アルフィ殿と洗い合いっこを…」

 

「命…これ以上ファミリアの変な噂を広めるのはやめてください…。ですが、そうですね。春姫、あなたが、ええ。ナンバーワンです。尊敬に値するのはベル。ナンバーワンはあなた、春姫です。」

 

「おいやめろホント。なんだおまえら…ベル、団長としてなんとかしてくれ。あいつら新しい扉を…開いちゃうんじゃねえかって」

 

「ま、まぁ…いろんなナンバーワンがあっても良いんじゃないかな…?あは、あはははは」

 

 と言う話をしたのはつい数日前の事。

 

 そもそも、リヴィラ街でボールスさんに聞いた話だが、ファルナを刻まれているもののステイタスを見る手段がある。

 ファミリアの主神でなくともだ。

 これはフレイヤ・ファミリアとのウォー・ゲームの前、フレイヤ様が僕のステイタスを更新したステイタス・スニッチでも良い。

 

 もしアルフィさんが神の眷属なのであれば、ステイタス・シーフを使用し、名前を見ることも出来るはず。

 そっちの方がよっぽど記憶を戻しやすいと思える。

 

 もちろん、それとなく聞いてみたことはあるが、ヘスティアの返答は「…カワイイカワイイベルくん。神にもね、触れちゃあ行けねぇ事ってあるのッさッ…」

 ファサァと髪を肩にかけながら、髪から香る香水の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 ん…まぁ確かに。例えばヘルメス様は胡散臭いと神様達からのお噂があって、近付きたがらない神様は多いと聞く。

 

 リューさんから聞いた、暗黒期に暗躍した闇派閥の神様や、ミアハ様とディアンケヒト様との歪み合いなどなど。

 

 触れちゃあいけない神の眷属である可能性?もあるのだろうか…。

 

 ん〜、、誰だろ。

 あ、まさか、あの伝説のゼウス様やヘラ様の眷属だったり??

 

 と、さりげなく当事者のアルフィさんを見るものの、彼女は『春姫さんの尻尾のもふもふ』にハマってるらしく、お風呂上がりは春姫さんの尻尾を満足そうにもふもふしていた。

 

 そんな様子を見て、ベルはこんな純粋な人が噂の大神様の眷属な訳ないか。

 と、思い直したことを振り返る。

 

 *

 

 そして…今日は1週間ぶりのオフ。

 彼女が来てから1週間経つ。神様曰く、彼女は記憶がないとの事。

 なぜガネーシャ・ファミリアやロキ・ファミリアでなく、ウチなのか少し疑問に持つことはあるけれど、きっとウラノス様がロキ様の所と比べて損害の少ないフレイヤ・ファミリアを指名したかったが、名目上でフレイヤ・ファミリアは無くなったため、ヘスティアファミリアに指示が下ったと、そういった経緯なのだとベルは推察した。

 

 更に、ヘスティア様は「そうそう!そんな感じ!」とおっしゃってくださったのも忘れてはならない。

 我が主神様のおっしゃることなのだから、間違いはない。

 神様も僕たちがダンジョン探索をしている時に、アルフィさんをオラリオを案内したり、記憶を戻す活動をしたりしているようだ。

 

 今日、リューさんはエルフのご友人達とお茶会だし、ヴェルフはヘファイストス様の所へ行っている。なんでも、椿さんの休養中の仕事の穴を埋めるのだとか。

 

 ホームにいるのは命さん、リリ、春姫、ヘスティア様。

 そしてマスターとヘグニさんはゴブニュ様の所だ。

 

 そう、チャンスなのだ。

 

「(よし!!アルフィさんを連れ出そう。)」

 

 僕は一人、拳を握りしめる。

 

 神様はアルフィさんと僕が喋ることについて、春姫さんの時ほどうるさく言わない。というか全く言わない。

 逆に、他の仲間に何かを言っているし、ご自身でも僕たちの事を気にされている。

 朝食が終わった今もリビングで本を読む僕を気にしながら『ふんふんふ~~ん』と手紙を書いている。

 いつもなら神室にいらっしゃるのに。

 

 朝食の前、朝練の後でアルフィさんにこそっと伝えた。

 後少ししたら、いつものメイド服ではなく私服のアルフィさんが自室から出て来るはずだ。

 ファミリアに来た時に持参した漆黒のロングドレスは、ヴェルフのおかげで完全に復元されている。

 彼女も記憶を無くした前の姿で出かけたいに違いない。

 女性は皆、オシャレにこだわりがあるのだから。

 

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 そして、その時が来た。

 僕は今、ホームにいる唯一のレベル5。レベル7のオッタルさんも、レベル6のリューさんやマスター、ヘグニさんもいない。

 アレンさんは豊穣の酒場で警護中だし、アルフリッグさん達は、ミア母さんの指示でダンジョンに潜っている。

 

 そのため、一番早くその合図聞く。

 

 瞬間、僕はリビングを出る。

 途端にバレるその魂胆。

 

「…ベルくんッ!?あああこのタイミングか!!鬼畜くん!!いねぇええええええええ!!!」

 

「ベル様あッ!!!あああ肝心な時につかえねーーー!!!鬼畜うううう!!!ああゴブニュ様の所ですヘスティア様!!ああああああああ!!!…。」

 

「ベル殿~~!!アルフィ殿に楽しい想い出を!!拙者はベル殿を応援します!!!」

 

「神様!!リリーーッ!!!ごめんなさいッ!!命さんありがとうございますッ!!」

 

 各々の言葉を投げかけられる中、全速力で謝りながら追いかけてくる神様とリリから距離を取り、アルフィさんの元へ。

 

 神様!すみません、後でたっぷり怒られます。

 でも、アルフィさんのために僕も何かしたいんです。

 何かをするって、決めたんです!!

 

 そう思いながらリビングのドアを開き、すぐに閉じる。

 途端に小さく、聞こえなくなるリリ達の声。

 そして、音のした彼女の部屋の方へ走る。

 

「───アルフィさん!!」

「…ベル??」

 

「こっちです!行きましょう!」

 

「わ、分かったッ!!」

 

 ベルはアルフィを見つけて手を掴む。

 いつも開かない目は、今も開かれない。

 それでも少し驚いている様子だ。

 つややかな髪の毛、シックな服装。おとぎ話の美しい魔女の様な様相の彼女を僕は裏口から連れ出した。

 

 年上の、妙齢の女性を連れ出すなんて、とっても悪いことをしている気分だ。

 

 ◇

 

「ベル、君は、少し強引だな。」

 

 アルフィさんを近くの建物内に隠し、東の方向へ神様たちを誘導し、戻って来る。

 ふふふと笑う彼女を見て、やっぱり悪いことをしている気分になる。

 彼女の笑顔を見ると、良く分からないが、すごく嬉しい。

 

「アルフィさんへの…いつもの美味しい料理の僕なりの恩返し、です。僕の好きな英雄は、時々強引な事をしますから。……嫌でしたか?」

 

 いつもならこんな恥ずかしいことは言えない。

 でも、弱っているように見える彼女は元気付けたい。

 記憶を無くしたからか、時折年下の様にも思える彼女に少し意地悪な質問を投げかけてしまう。

 

「嫌ではない、でも、私は君から見ておばさんなんだ。それを考えると…さっきの返答は少し生意気だな。」

 

「全然…そ、そんな…。でも…ご、ごめんなさいッ!」

 

 ふふふッと笑うアルフィさんを見て、恥ずかしくて目を背けてしまう。

 こんな綺麗な方に、おばさんなんて!おばさん枠には絶対にいれられない。

 そもそもお祖父ちゃんから「女性は皆、女の子なのじゃ、ベルよ。」と言われている。

 

 だから僕より背の高い彼女に上から笑みを向けられ、より一層顔を赤くしてしまう。

 それに、シルさんによると彼女は24歳。僕とは10歳離れている。

 ヴェルフが17歳でリューさんが21歳だから、僕のファミリアはお姉さんが多いという事だ。

 年齢の近い身近な人で言うと、一つ上にアレンさん25歳、22歳のアーニャさん。といった所だろうか。

 

 

 さあて、ノープランで出て来た訳ではない。

 まだ一日が始まったばかり。回りたい所は沢山ある。

 だが、病み上がりの彼女を連れまわすのも気が引ける。

 だからこその、考えてきたプランなのだ。

 

「大丈夫。私が気を遣わせてしまったのだろう?ありがとう。君の休息に、私に付き合わせてくれると嬉しい。」

 

 さあ、行こう。と僕より前に立ち手を向けて来る彼女。

 今でもオラリオの中の記憶はないはずなのに。僕自身も彼女と会うのは初めてなのに。

 年齢が離れているから。なのか。それでも母と子ほどは離れていないにも関わらず。

 やはり、お姉さんだ。と思う。

 

 僕はこちらに手を向ける彼女を見て、不思議な気持ちになる。

 アイズさんを思う気持ちと異なる。心が温かくなる感情。

 

 

 これは…なんだろう。

 

 

 この感情を…なんていうのだろう。

 

 

 深く考えてしまうと、きっと涙が止まらないと分かるから、僕は深く考えるのをやめた。

 

 

 きっと言葉で言ってしまうと、陳腐になってしまうから。

 

 

 でも…どこか遠い昔、それこそ生まれる前に、似たような感情になった。

 

 

 そんなありもしない感覚を振り払った。

 

 

 ◇

 

 

 

 今は【北西】第七区。

 今日は北にある洋服店を回り、道具屋、そして西にある豊穣の女主人を回る予定だ。

 神様や春姫さんが、オラリオの中では食料品店を中心に回っていると予想した。

 

 アルフィさんは、元冒険者だと思う。彼女の立ち振る舞いからそれを察した。

 僕も伊達に第一級冒険者を名乗っている訳ではない。

 少ない証拠で断定しても良いはずだ。

 

 歩き方、バランス感覚の良さ、生粋の冒険者のそれだ。

 

 そして彼女はお洒落だ。オシャレについては僕たちのファミリアで詳しい人はいないけれど、神様がポツリと「なんか…良いね」とアルフィさんの服を見ながら呟いていたのが証拠だ。

 そして、非常に凝った、着用している洋服から察する事も出来る。

 今日もし会えたら、エイナさんに聞いてみよう。

 彼女なら良いアドバイスをくれるはずだから。

 

「レグルス・アルネだ!!怪我が治ったんだ…!!」

「あれが噂の世界最速兎!!!ベル・クラネル!!」

「今日来て良かったオラリオ…。どうする?サインもらう?」

「やめときな…ッお前たちにはまだ早い…。」

「あなたは!?」

「私は…伝道師…。」

 

 街に出て買い物をしていると、周囲がざわざわと音を立てる。

 ベルは彼らが何をいっているのか、レベル5の耳を使っても聞き取れなかったが、

 ───アルフィには聞こえていた。

 

 ・

 

 ・

 

 今日の予定は北から西を今日は回る。

 今日で済まないならば、次は南から東だ。

 ちなみにファミリアは南西にあるので、西から南は除外しても良いかもしれない。

 

「何か思い出しませんか??」

 

 思い出したように聞いては、頭を振るアルフィさん。

 

「そうですか…綺麗な宝石ですね。。」

 

「…ああ、前の私はきっとこういうモノを好んだのだろう。」

 

 道具屋で深緑の宝石をまじまじと見るアルフィさん。

 相変わらず瞼は開いていないけれど。

 

「分かるのですか?」

 

「…あぁ、なぜか目が離せない。」

 

 瞳は見えませんけど…。

 と心の中で突っ込む。

 でも、良い収穫だ。僕は心のメモにこっそり深緑の宝石。と書き込んだ。

 

 

 道具屋を後にして、しばらく歩くと僕の前のホームが見えて来る。

 

 不思議なものだ。吸い寄せられるように、ここに来てしまった。

 アルフィにとっても、ベルにとっても大事な教会。

 アルフィは始め、少し嫌なものを感じたが、ベルが近くまで歩いて行った。

 

「あ、ここ…。」

 

「どうした?ここは……廃教会が、潰れてる。」

 

「はい、今は大きなホームですが、ヘスティア・ファミリアはつい1年くらい前は小さな教会がホームだったのです。」

 

「───潰れている。」

 

「あ、あはは。実は…ファミリアの襲撃を受けまして、廃墟に。」

 

「そうだったのか…。」

 

 少し感傷に浸る僕。

 母性の塊のアルフィさんが、僕の悲しみに同調してくれる。

 

 もう無くなってしまったものは仕方ない。

 確か、ヘファイストス様のものをヘスティア様がお借りしたんだっけ。

 神様との思い出が蘇る。

 廃教会だったが、決して嫌な場所ではない。不思議と落ち着く場所だった。

 

 

 リリルカと神様を会わせた時。何かが始まった気がした。

 

 それならば、何かを始めようとする時、何かが始まる時に、僕はまた、ここに来よう。

 

 そう、ここから始まったんだ。

 

 僕は神様にお祈りをする様に、数秒間、元・ホームへもお祈りを捧げた。

 

 

 

「…行きましょう…??アルフィさん…?」

 

「……。」

 

 頭を振ってさぁ次に行こうと、アルフィさんに顔を向けると、腕を組んで潰れた教会を眺める彼女。少し険しい顔をしている?

 

 何か思う所があるのだろうか。

 そう思い、しばらくそのままにしておく。

 

「…ベル。」

 

「はい、アルフィさん。」

 

「…これも…目が離せない。」

 

 相変わらず瞼は…ry

 でも、これも記憶に関係する所だ。

 同じように頭の中に『元・ホーム』とメモをする。

 

 

 その後は西にある豊穣の女主人で少し遅めのランチを食べる。

 シルさん達に出迎えられて、席に通された。

 

「相変わらず凄い行列ですね…。」

 

「おかげさまで!ベルさん来てくれて嬉しいです!アルフィさんもようこそ!」

 

 なぜか少しだけ表情を引き攣らせたシルさんに豊穣の女主人のテラス席へ通され、多めのランチを出される。『いつもの』というヤツだ。

 

 豊穣の女主人のメニューは全部食べた僕は、他の客が食べているものをアルフィさんに見せながら注文を促す。

 

 アルフィさんが頼んだのは、珍しくも中層で取れた野菜のサラダだった。

 アルフィさんの作るご飯は、そういえばサラダ中心だった。

 主菜は魚で、たまにチキンが出る。

 彼女が作る料理は、僕はとても好きだった。

 食べると心の奥からポカポカする。味ももちろん、美味しかったのだが。

 

 中層のサラダはミアさんがアルフリッグさん達に取らせに行ったものに違いない。

 リヴィラの街では食べられるが、食べられる時間の短い、貴重な野菜。

 豊穣の女主人の女子向け新メニュー。

 来店客の多くは冒険者だったのだが、観光客が増え、彼らを取り込むために考案されたものなのだろう。

 

「坊主!よく来たね!……で…。あんたが新しい仲間かい?」

 

 いつも料理を運んでくれるシルさんとは異なり、珍しいこともあるものだ。

 まさかミアさん直々に料理を運んでくるとは。

 ミアさんは挨拶もそこそこに、アルフィさんに向き直る。

 

「あッ、はい、すみませんミアさん。落ち着いた時にご挨拶しようかと。」

 

「あ、こ!こんにちは!」

 

 慌てて二人は立ち、ミアさんに礼をする。

 ドワーフの巨体に圧倒され、借りて来た猫のように萎縮するアルフィさん。

 

 そんなアルフィさんをまじまじと見たかと思うと、ミアさんは口をへの字に曲げる。

 

 更にスカートの前で手を組み、さいつよドワーフの無遠慮な視線に晒されて少し困惑気味のアルフィさん。

 

「ミア母さん??」

 

 なんだなんだ???

 

 何も話さない、自己紹介すらしないドワーフに違和感を感じ、別の呼び名で声をかける。

 それでも彼女は言葉を発さずに、アルフィさんを見ていた。

 

「……。」

 

「…あ、あの??」

 

「ミアさん?もしかして…そのぅ…アルフィさんの事ご存じなんですか?」

 

 そう聞いてみる。

 一緒に歩いてみて、ミアさんの様な行動をとる人は初めてではない。

『特別な行動』である。

 歩き始めて真っ先に会ったのは、まさかのヘルメス様だった。

 

 彼はいつもよりずっとよそよそしそうだった。隣にいるアスフィさんだってそうだ。アスフィさんにいたっては僕と目を合わせようとしなかった。チラと目があったのは挨拶をする最初だけ。

 ヘルメス様はシルさんの様に、すこーしだけ顔を引き攣らせ、アルフィさんを紹介しようとすると「ベルくん!また今度ゆっくり!」と言う、ヘルメス様なりの社交辞令もそこそこに離れていった。

「ベル・クラネル…あなたはやはり…生まれて来る星を間違えたのでは?」

 と、不安な事を話すアスフィさん。

 彼らは、直接対峙したくはないが、檻の中にいるモンスターを一眼見に来た、そんなヒューマンをモンスターフィリアで見かけたことがあった。

 さっきお会いしたヘルメス様はそんなヒューマンに似ていた。

 

「いいや!知らないね!」

 

「そ、そう…ですか。」

 

 額に汗を垂らしながら、そして一緒に座るアルフィさんと僕。

 彼女の食事の姿は様になる。

 

 と、その時。

 

 

 

 「ミアかあさん???」

 

 

 

 ボソッと言った彼女に僕は気付かず、目の前のランチ定食に真剣になる。

 

 ナイフとフォークをこれでもかという程綺麗に使用するアルフィさんを横目で見ていると、後ろを通り過ぎる見知った顔が声をかけてきてくれた。

 

「ベルはまた美しい女性を連れてますね~~。」

 

「………んもう…くずッ。これ…あなたの分は間違えて作ったから…何も言わずに飲みなさい見ててあげますほら早く。」

 

「ヘルンは仕事してください」

 

 忙しいランチタイムにも何か一言言わずにはいられないヘイズさんとヘルンさん。

 不思議と?いつもの猟奇的なヘルンさんではなかった。

 彼女たちは両手にドリンクや食事を持ち来店客の対応をしていた。

 というかヘルンさんは間違えて頼んでもいない果物のドリンクを二つテーブルに置いて、アルフィさんに丁寧にお辞儀をし、颯爽と仕事に戻る。

 アルフィさんアルフィさんで「あ、あの時の…!」と、2人が初めて会った訳ではない事を教えてくれた。

 そんな二人をしり目に、ヘイズさんが「点数稼ぎ乙」と言っていた。

 

 帰りがけにヘイズさんからは「ベル、またエインヘリヤルしましょうね〜〜♡」と、神様みたいな事を言われながらウインクを頂戴する。

 

 豊穣の女主人の従業員は決死会があったことなどなかったかの様に動き回る。優れたヒーラー。と言うよりこれはやはり神々の言うブラック企業というものに違いないのではないか…。

 

「なんか…親子みたいだニャー。」

 

 というのは、会計を担当してくれたアーニャさん。

 

 そんなアーニャさんを見て、なんとアルフィさんが無言で、彼女の尻尾をもふもふし始めた。

 

「ニャーーーーーーー!!!!なん…にゃぁああぁぁぁ…ごろーん」

 

「アーニャさん!?えッ!?えッ!???」

 

 まさかの服従のポーズ!?

 

 そ、そういえば春姫さんだって尻尾をもふられている時似たようなポーズを取っていたような…?

 

 オラリアでも有数の、優秀な獣人であるレベル4のアーニャさんが…アルフィさんへ服従のポーズ…。

 

 な、なぜ???

 

 

 ◇

 

 

 豊穣の女主人を出た所で、次はギルドへ向かう予定だ。

 今日は最後にギルドに行って帰ると決めていた。

 エイナさんへの紹介も兼ねたいつもの僕の休日のルーティーン。

 仲間の紹介は団長の仕事だし。

 

 アルフィさんには出掛け初めに伝えていた。「今日は、ファミリアのアドバイザーさんをご紹介しますので!!」と。

 ついでではないが、道を歩きながら馴染みの先に紹介して回る。それでも多少の目的を作っておくとメリハリになる。将来的にファミリアに迎えるのならば、冒険者ギルドは避けては通れないからだ。

 アルフィさんは僕たちの仲間になってくれる様だけれど、始めのレベル上げは苦戦するだろう。

 彼女はきっと魔法使いだ。

 僕がエイナさんやアイズさんを通して、成長できたように、彼女にも方々へ相談できる先を作っておくのはきっと良いことだ。

 

 そんな僕の仕事にも付き合ってもらいながら、彼女はこんな休日も楽しんでくれている。と思う。

 常に口元が緩んでいるのがその証拠。

 僕もそんな彼女を見るのが嬉しくて、胸にポカポカと暖かい陽気を携えて、もっと一緒にいたいと思える。

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 そして、いつものようにギルドに入ったが…。

 

 ギルドの扉を開き、喧噪な冒険者だらけの中に足を踏み入れる。

 その瞬間。

 

 『ザワァ───。』

 

 一瞬、音が止んだ。

 その場にいた全身の鳥肌が立った。

 

 誰から発されたものなのかが分からない謎の力。

 

 

 何か気に食わない存在がいたから、少しだけイラッとした人間が見せる殺気のようなもの。

 

 

 なぜ?

 

 

 誰が?

 

 

 ギルド本部内の冒険者達が犯人探しをする中、犯人は全く見つからない。

 

 皆、見知った顔。それに、さっき感じた鳥肌は、蜘蛛の巣にかかった蝶の様な…なんか取り返しのつかない領域に踏み込んでしまったかのような錯覚だった。

 

 そこまでの力の差は皆にはない。

 気のせいか?と口々に言って仕事に戻ってくるギルド職員を横目に、僕だけが、アルフィさんの笑みが一瞬消えた事に、僕だけが、隣にいた僕だけが気付いた。

 

 が、次に彼女を見たときは、いつもの表情をしていた。

 

「(あれ…今…?)」

 

 そのため、何かの見間違えだと思い直した。

 

 その反面、原因不明の殺気に、ギルドは軽いパニックに陥ったが、それもすぐに止んだ。

 

「どうした?ベル?」

 

「い、いえッ!!」

 

 とアルフィさんに声をかけられ、その母性溢れる笑みに正気に戻る。

 

 ギルドでは、せっかくならエイナさんにご紹介をと思ったが、バベルの治療院に行っていて、いないようだと獣人の職員さんに教えてもらう。

 60階層の決死隊のメンバーがまだ多く入院している中、冒険者ギルドの職員も治療状況をウラノス様へ報告するために職員を派遣しているのだろう。

 無事だと聞かされていても、アイズさんはまだ目が覚めない様だし。

 

 エイナさんと1時間ほど話して本拠地へ帰ろうかと思っていたため、まだ時間がある。

 バベルに行こうか、見て来たお店の深緑の宝石、お金が足りるならプレゼントしようか。ミアハ様、ナァーザさんの所や、タケミカヅチ様の、仲の良いファミリアに顔合わせに行こうか…どうしようかな?

 アルフィさんは、どう思うだろうか。

 そんな事を考えながら掲示板を見ている時だった。

 

 急に誰かに後ろから抱き着かれる。

 

「…アルゴノゥトくーーーん!!」

 

「ティ…ティオナさん!!!退院したんですね!」

 

 ティオネさんとリヴェリアさんの話では、もう少し退院が先になる見込みだと聞いていた。

 60階層の戦友。それに時々訓練もつけてくれるアマゾネスのティオナさんだった。

 

「うん!昨日退院したんだ!会いたかった―!アルゴ・ノゥトくん!」

「あ、あ、あ、そ、そうですね、ティオナさん。ち…ち…ちかぃです…ティオナさんんん…。」

 

 彼女のボディタッチで、一瞬で全身を赤くしてしまう。

 やはりいつも慣れない。

 久しぶりに会ったからか、彼女のボディタッチの力も強い気がする。

 背中に胸が…柔らかいものが当たっている…。

 

 と、その瞬間。

 

 再び、ゾワッっと来る。

 

 今度はギルド全体ではなく、僕…だけ??

 

「おっと!!あ、ごめんごめん。あはははは。えーと、それで、こちらの方は…??」

 

「い、いえ!(今またあの鳥肌が…あれティオナさんも感じた??)あ、新しくファミリアに入った方です。まだファルナは刻まれておりませんが!」

 と、ティオナさんが僕から少し離れ、アルフィさんに向き直った後で、僕がすかさず紹介する。

 

「───初めまして、アルフィと申します。」

 

 背の高いアルフィさんが、恭しく頭を下げる。

「初めまして!あたしはロキ・ファミリアのティオナ・ヒリュテ!!」

 とティオナさんが朗らかに挨拶をする。

 そして、彼女は確かにこう言った。

 

「すごいなぁ。アルゴ・ノゥトくんのファミリアは、またこんなに強い人が入るなんて…!アルフィさん、よろしくね!」

 

「(つよい?)よろしくお願いします!!ティオナさん!」

 

「ん!ん、ん、ん、なんだか、久しぶりだねー!」

 

「そ、そうですね。60階層ぶりで…あ、良かったです、ホント完治したんですね。」

 

 ベルに上目遣いでもじもじするティオナ。

 それに合わせてなぜか気恥ずかしくなりもじもじするベル。

 

「あ、すみません、ギルドに用があって来たんですよね?」

 

「ん~ん、君を探しに来たの!」

 

「えッ!ボク?!?」

 

 うんうん、と頷くティオナさん。

 ティオナさんの思わぬ返答にびっくりしてしまう。

「実はねぇ~~~!!」

「は、はいッ!!」

「…なんと!!アイズが目を覚ましたんだ~~~!会えるようになったから、呼びに行こうと思って!」

「アイズさんが!?」

「そう、まだ完治はしていないから、1日に少ししか会えないから、人が沢山いるけど、真っ先に会わせたかったんだよネ!」

 

 特別な女性に会えると知り、わー!と嬉しそうなベルを見ながら、アルフィは微笑ましく感じる。

 しかも、アルフィは直感で、ベルがアイズの事を好いていると分かってしまった。

 そしてベルは少し迷った結果、おずおずとアルフィに向かって聞いて来た。

 

「アルフィさん、後ちょっとだけ付き合ってもらっても良いですか??」

 

「…はい、もちろんです!」

 

 アルフィは当然笑顔で了承した。彼女の小さな英雄であり、彼女の今の団長の願いを、否定することは、ありえない。

 

 ティオナのように天真爛漫な返事ではないにせよ。低く、力強い返事をする。

 

 それに、彼女自身胸の中に溢れてくるポカポカとした感覚を、もっともっと噛み締めたかった。

 

 ───彼女は既に記憶を取り戻すという目的を忘れていた。

 

 

 5

 

 

 ディアンケヒト・ファミリアのヒーラーがいるバベルの治療院。

 60階層から救出したロキ・ファミリアでも圧倒的にアイズが一番重症だった。ベッドを多数占拠していた彼らも徐々に減り、今はアイズと他、数名のみとなっている。

 

 が、今日は特別だ。

 アイズが目を覚まし、横たわったままではあるが、会話が出来るようになったのだ。

 オラリアのアイドルの無事を見に、バベルには様々な人や神が殺到していた。

 勿論、入口での選別は頑強なのだが。

 

 入り口の混雑を避けて向かうこと、一つの病室の前へ。

 

 すぐに分かった。扉の前で、椅子に座るディアンケヒト・ファミリアの団長がいるからだ。

 

 ベル達3人は、アミッド・テアサナーレに案内され、部屋に入る。

 

 仲の良いティオナがいるのだ。

 

「連れて来たよ~~~!!」

 

「…こんにちは、ベル・クラネル…と…あ、あなた様は…?」

 

 というアミッドに、アルフィさんを紹介する。

 

 そして扉が開けられ、アイズのいる病室に足を踏み入れた。

 

「…ぐっ。」

 

 ベルなら良いかとばかりに押し込まれたのだろう。

 部屋の中は女性ばかり。

 アイズの近くで話すリヴェリア、レフィーヤ、ティオネ。そしてリヴェリアとレフィーヤとのエルフお茶会の後なのだろう、リュー・リオンの姿もある。

 

「アイズは大人気だねー。」

 

 60階層の救出作戦の象徴であるアイズ。

 ロキ・ファミリアでも古株の冒険者。

 大人気なのは、それはそうかもしれない。

 アイズと話に来た、同じロキ・ファミリアが多くを占める病室に、アイズの近くに寄れないとばかりに悪態をつくのはティオナ。

 他のファミリアであるベルとアルフィを放置すれば、すぐにロキ・ファミリアの面々を押しのけて合流するのだろうが、ティオナはベルの傍を離れなかった。

 

 入口で立ち尽くす3人を、病室内のヒロインが気付く。

 

「あ…ベルッ。」

 

 とアイズは小声でつぶやき、ベルの方を見た。

 

 そして、近くにいたレフィーヤだけが、アイズのつぶやきを「あ…ベルッ♡」と、ハートが付いたことに気が付き、ピクリと耳が動く。

 

 そして、ベルもベルでアイズと目が合う。

「アイズさん…良かった!」

 という、真っ白な笑顔で、目で挨拶する。

 彼らは距離こそ離れていたが、なんなら誰よりもアイズに近いのはベルだと気付く。

 しかしながらそれを許す彼女らではない。

 ベルもリューも、ベルのスキルのことを分かっている。

 ロキ・ファミリアはアイズとベルがくっつくことによる内部崩壊を恐れていた。

 

 そのため、ゾゾゾッッ!!と、こちらに目を向けるレフィーヤと他のロキ・ファミリアの女性陣もベルの方へ視線を向けられる。リューとリヴェリアだけが、額に汗を流した。

 ベルは60階層の出来事が瞬時に思い出され、アイズとの事を思い出しもじもじした後、女性陣の視線を感じ、『お、男の僕がいるから…??』と、真意を理解できない少年はたじたじだ。

 

 そこに助け船を出したのはアミッドの選別に合格し、病室に通されたエルフの姉妹。

 

「ベルくん!来たんだね。」

 

「あ、エイナさん!ギルドに行ったらこっちに来てるって聞きまして!ティオナさんに連れて来て貰いました!」

 

「ラピくん!私もいるよ~!!」

 

「ニイナ!!ちょうど良かった!お二人に紹介したい方がいるから…。」

 

「おっ、噂のヘスティア様のところのヒーラーだー」

 と言うのはティオナである。

 

「大切断 !!!…こ、こんにちは!!私、ニイナ・チュールですッ!!」

 と、大物の出現に困惑したような返事をするニイナ。

 そんなニイナに、ティオナさんは「一回18階層で会ったかなぁ?ティオナで良いよ!よろしくね!」と返事をし、真面目なニイナはたじたじになる。

 

 そしてベルはアルフィの方を向き直り、エイナとニイナに紹介しようとする。

 

 が、新たな登場人物にそれも遮られてしまった。

 

「ベル・クラネル!!」

 

「あ、シャクティさん!こんにちは!」

 

 ガネーシャ・ファミリアの団長、シャクティもアミッドに通され入って来た。

 実際、ニイナは微妙だったのかもしれないが、エイナの連れという事で病室に入れてもらえたのだろう。もしかしたら3人は一緒に来て、シャクティさんだけ少しアミッドさんと話してから入って来たのかもしれない。

 

 普段はあまり話すことのないシャクティと、ベルは話せたことが純粋に嬉しかった。

 

「君とは話してみたかったんだ、英雄譚が好きなのだろう?」

 年上のお姉さんの、しっかりとした良く響く、落ち着いた声音が耳に心地よい。

 

「うええ?は、はいッ!ま…まさか、リューさんですか?」

 

「リオン??…いや?実は…ガネーシャなんだ。君のことを嬉しそうに話してくれてな。ベル・クラネルは英雄譚が好きだ、と言うのは既に神々の常識なのだろう。まぁガネーシャはヘスティア様とも仲の良い神だから。」

 

「(アンクーシャだ!!ラピくん!やっぱり…ガネーシャ・ファミリアの団長にも一目置かれてるんだ…!!)」

 

「ガネーシャ様が…僕のことを…??」

 

「ああ、嬉しそうに。ヤツも言ってたが…本当に…本当に私の妹と会って欲しかった。きっと気が合うだろう」

 

 そういうと、シャクティは目を細め、目の端に涙を溜めて行く。

 ベルは彼女の涙に疑問を持たずに質問した。

 

「シャクティ団長の妹さん…?」

 

「ああ、リオン…いや、今はリュー・アストレアだろうか、憲兵の代表らしくはないが、リオンと呼ぶが、私の妹は生前、彼女にとてもお世話になった。───うむ、妹の名前は…」

 

「「アーディ」さん!」

 

 まさかハモるとは思わなかったのだろう。

 シャクティは目を丸くさせる。

 目を細めたり、丸めたり。

 少し離れてリューがこちらに流し目をして来た。

 彼女の目にも涙が浮かんでいる。

 どこで、何で泣こうが関係ない。

 皆、生還の幸せを分かち合い、泣いていたのだから。

 

「ははっ、まさか既に知っているだなんて思わなかったな。」

 

 周囲の涙が移ったのか、シャクティですら、流れる涙を隠さない。

 

「はい、リューさんから聞きました。彼女は所属こそ違うが、正義の神様の眷属だったと…」

 

「あぁ、そうだ。私の妹はいつも───。」

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 

『(あぁ…素晴らしい空間だ…。耳が気持ち良い。)』

 

 

 その日は晴れ。

 

 

 ───病室に光が差していた。太陽の豊かな光。

 

 

 

異端児が望んでやまない、地上の光。

 

 

 

 アルフィは、女性ばかりというのはどうかと思うが、全体的に少年に好感を抱いていた。

 初めて会った時から不思議な親しみを感じてしまっていた。

 今でも口元に笑みを称え、彼が相対する者へ向ける笑顔を、微笑ましく見守る。

 始めて感じる暖かい気持ち。

 

 彼の真っ白な笑顔。14歳という事で、年上の人に向ければ同年代と比べて多少ぎこちなさはあるだろうが、それでも誠心誠意相手に向き合おうというひたむきさを感じさせる。

 

 そんな彼を、ただの少年ではなく、皆が英雄を見るような、羨望が混ざった眼差しを向けて、彼のルペライトの眼を見ていた。

 

 そして今、アルフィの目の前にいるのはそんなルペライトの瞳とエメラルドの瞳、そして青い瞳だった。

 

 処女雪の様な、真っ白の美しい髪型。

 おそらくもふもふすれば極上の喜びだろう。

 

 年下であるニイナに向ける、少し茶目っ気のある表情。

 

 

 どこからともなく

 

 

 

 バルドルに導かれる様に

 

 

 

 

 病室の隙間を縫って

 

 

 

 

 ルペライトの瞳の瞳に光が差す。

 そして、ニイナとシャクティと、彼の瞳が交差した。

 

 

 

 チラチラと、彼の瞳に変化が起きる。

 

 

 

 そしてそれを見るアルフィは頭痛の様なものを感じていた。

 

 

 

 ビキッ

 

 

 

 ビキッッ

 

 

 

 ビキッ…

 

 

 

 頭痛は始めは痛かった。

 だが、強制的なもので、徐々に、痛みに慣れていった。

 

 

 否。アルフィアは思い出したのだ。

 

 

 

 もっと痛かった過去を。

 

 

 

 そして、そんな痛みに慣れてしまった自分を。

 

 

 

 ドクン

 

 

 

 ドクン

 

 

 

 ドクン

 

 

 

 

 ドクンッ

 

 

 

 

 少年のルペライトの瞳に、エルフの姉妹の緑色の瞳、そして、シャクティ・ヴァルマの青の瞳の視線が重なる

 

 

 

 

 そして運命の時は、憲兵団の団長が、決して人前では見せない涙を見せた瞬間に、反射して来た

 

 

 

 

 アルフィからは、光に照らされた彼の瞳が、ほんの一瞬、蒼色に見えた。

 

 

 雪よりも白く透き通った髪が微かに揺れ、

 

 海の底に眠る真珠のような青い瞳が、儚い希望にきらめいていた。

 

 それはまるで、決して届かぬ未来をそれでも信じる光のようで。

 

 

 

 錯覚ではない。

 

 

 

 幻視でもない。

 

 

 

 確かにそこにいる。

 

 

 

 受け継がれている。

 

 

 

 ドッ

 

 

 

 ドッ

 

 

 

 ドッ

 

 

 

 ドッ

 

 

 

 

 

 ドッッッ

 

 

 

 

 

 瞬間。

 

 

 

 

 

 ────私。

 

 

 まず、目の前には光が広がっていた。

 

 ぼんやりと思考が動かない中、自分の中に潜む暴れる魔力が身体に浸透してゆく。

 

 背には何もない。

 

 光の中に、光の柱の上に立つ私。

 光が、自分自身の魔力だと気付くのに、しばらく時間が必要だった。

 

 

 ────ゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクゾクッ!!!!!!

 

 

 

 

 アルフィの全身が、渇望する記憶を呼び覚ます。

 

 

 

 生涯一番大切なヒトを。

 

 

 

 絶対に忘れたくない妹を。

 

 

 

 

 

 

 アーディ・ヴィルマの正義を、リュー・リオンが受け継いだ様に。

 

 

 

 

 

 私は、妹の正義を受け継がなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 …パリィン

 

 …カタカタ

 

 

 …グアングアングアングアン。

 

 と、ガラスの割れる音ののち、歯車が重なり合い、動き始める音を幻聴し、全ての記憶が禿山に雪崩がなだれ込んでくるがごとく、彼女の表面を覆い始める───。

 

 

「「「「──────なッッッ!!!?」」」」

 

 

 ───鳥肌が…!!

 

 

 ───病み上がりのアイズを含め、レベル6以上の冒険者の

 

 

 ───全身に悪寒が走る。

 

 

 

 

 

 

「嗚呼……メーテリア…。」

 

 

 

 

 

 

 小さな呟きだっただろう。が、彼女の言った名前?なのか、なんなのか分からない5文字は、その場にいた全員が耳にした。

 

 

 

 ───処女雪の様な白い髪

 

 

 ───蒼色の瞳

 

 

 ───茶目っ気な表情。

 

 

 

 そして…アルフィの笑みが…消えた。

 

 ───その双眸が開かれる。

 

 ───彼女の呟きが病室内にこだまし、皆の注目を集める中、見るに見られなかった瞳を見て少年は興奮した。

 

 少年は、他人の目を見なければ、上手にコミュニケーションが取れないと知っていた。

 祖父から、女子と話すときは目を真っすぐ見ろと教えられていた。

 

 

 

 瞳は左が灰色、そして右が翠色。

 

 

 

 美しい…。

 

 

 

「…アルフィさんが眼を!?…オッ、オッドアイだッ!!!かっこいいぃいぃい…英雄の瞳…。」

 

 

 

 唯一口を挟めるベル・クラネルの声。しかし、皆の注目はそこではなかった。

 確かにオッドアイは14歳の少年にとって魅力的すぎたのだが。

 

 彼は少数派。

 劣化版魅了。とも言うべき魔力の塊が、病室全部を覆う中、少年のみが冷静でいられた。

 

 

 

 

「───────────────…ぐっふ

 

 ……─────────ふぅ…。」

 

 

 

 

「えッえッ?…アルフィさん!?どうしたのですか!?」

 

 

 反応しているのはベル・クラネルだけであった。

 他のロキ・ファミリアや、他の冒険者は、レベル5以上の第一級冒険者が超絶ビビっているこの状況。

 レベルの低い冒険者から、ガタガタ震える。

 

 先ほどまで流していた嬉し涙が通った後に、今度は恐怖した冷たい涙が通る。

 

 

 ─────60階層を経験した最大派閥でさえ、震えを止めることが出来ない。

 

 

 ─────神威……??

 

 

 ─────まさか!?

 

 

 ─────でも、これはッ!!!

 

 

 氷河に閉じ込められ、溜まりに溜まった魔力の塊が、劣化版神威となって周囲を覆う。

 

 両手両足を肩幅に広げ、異様な様相の灰髪の魔女を皆が見守る中、

 

 リヴェリアはくッと額に汗を垂らし、叫ぶ。

 

「離れろッ!!!」

 

 エルフの王族の指示で病室にいた面々が途端に距離を置く。

 病人すら、未だ立てないアイズを守る様にリヴェリアの傍にいった。

 

 アルフィの近くに唯一いるのは少年だけであった。

 

 リュー・リオンは頭を抱え、主神と街娘に謝る。

 

「(いや最早この流れは避けられない運命…ですが、ヘスティア様、シル…!!止められずに申し訳ございませんッ!!)」

 

 リューは、リヴェリアとレフィーヤ、それにアリシアと言う、オラリアトップのエルフお茶会にもうドロドロに酔っていた。

 

 そう、楽しかったし、誇らしかった。

 次から次に出てくる、リヴェリアのベルを褒めるお言葉に、リュー・リオンは酔っていたのだ。

 

 もちろん、山吹色の髪の同胞が彼に向ける感情はいただけないが。

 

 それでも、リューはすごく嬉しかった。

 

 今日は一口目から、アルヴの聖水が美味しかった。

 いつもは自制する、欲へのストッパーも、

 

「たまには良いんじゃないか?」

 

 敬愛するリヴェリアの前では無力だった。

 

 

 

 …しかも、今日のアルフィ当番は私では…ありませんよねッ??ヘスティア様!!!

 

 

 

 なんとまぁ情けない言い訳を胸に宿す。

 

 

「──あぁ…アリーゼ…。私は一体どうすれば…!!!」

 

 

 だが彼女は知っていた、ここには彼女の本当の家族がいることに。

 

 

 彼がすでに英雄のステージに片足をかけるほど、成長している事に。

 

 

 *

 

 

 アルフィが発見されたその夜

 

 

 〜シルの予言〜

 

 

『ルペライトに緑、青が重なり、蒼になった時。オラリオには再び訪れるであろう。…暗黒期が!!!』

 

 意味がわからないが、それでも力を封じられた神なりに頑張った結果の作戦会議。

 

 それでもなぜ倒置法なのか?

 おどろおどろしさ満点のシルの予言を聞いた眷属や関係者は戦々恐々とした。

 

 街娘の解説では、光の屈折とやらで色が重なって別の色に見える。というヤツらしい。

 

 一つも理解できないが、とりあえずリューは該当者ではなかった。

 しかし、神々や、瞳の色の該当者が頑なに守り続けていたことが、ベルの交友関係の広さから破られてしまった。

 

 唯一誤魔化すことが嫌いなウラノスと、ウラノスに懇意なガネーシャやギルド職員には、シルの本当の目的が知られてはならない。

 

 記憶を取り戻す振りをしながら、記憶を取り戻させない。

 

 

 そんな計画が、まさか英雄によって破られるなど。

 

 

 否、である。これはベルでなければ破ることが出来ないと、シルは分かっていた。

 処女雪の様な白髪を持つ彼でなければ───。

 

 たが、記憶のない母を息子から引き剥がして良いものか。

 それは、豊穣の慈悲深い神としての決断。

 ヘスティアからも「それって、あんまりじゃないか!!」と言われる始末。

 

 それに、爆弾の威力は低いに越したことがない。

 

 しかもその爆弾は、シルに取って見逃せない、伴侶の母なのだ。

 

 昏睡状態のアルフィアが、時折呟く「べる…べる…」と言う言葉にシルは戦々恐々としながら、

 

 同時にアルフィアは保身のため、歯車を外して一時的にヤンデレでなくなる選択をした。

 

 

 記憶が蘇った時に、埋めるポカポカがなければ、何をするか分からない。

 

 

 後に残るのは生物の存在しないオラリオだけであった。

 

 

 それならば…爆弾が爆発するその時まで、良い印象のみを保ち、眷属でさりげなく身を守る事しか今は出来ない。

 

 

 ベルに計画の根幹を話すことは絶対にできなかった。そんな、ヒトを騙す様なことなど。

 ヘスティアは甘い。甘すぎる神である。特にベルに。それなら一日ともまたず、予言が叶ってしまう可能性の方が高い。

 ただ同時に看過することも出来ない。

 その結果が『極力注意しながらゆっくりと記憶を取り戻してもらう』だった。

 

 破裂しそうな風船に、初めに空気を注入したのはリューだったのかもしれない。

 

 ウラノスですら頼る、未来を見通す豊穣の神がアルフィを見たところ『歯車はあるがちょっと噛み合っていない状態。噛み合ってしまったら全て動き出す』であった。

 

 そのため、魅了を使えないシルはなんとか歯車が噛み合わない様に頑張った。

 なんとか嫌そうな顔をするミアまで巻き込み、全力で茶番に興じた。顔に出やすいと決定を下した彼女を知るオッタルを始めとした古株の眷属は、何かと用事を作らせて彼女と顔を合わさない様にし、歯車が噛み合わない様に頑張った。

 

 しかし、今、それが裏目に出てしまった。

 

 まさかである。多数の英雄候補のいる病室で、最悪のタイミングで噛み合ってしまうなんて…!!!

 

 *

 

「な、なにこれ!?あ、あれ?あの人!?」

 

「ティオネ~~~!やっぱり…ヤバイね?」

 

 少し前からアルフィに気付いていた、誰かは分からずとも、秘めている力に気付いていたティオナだけ、少しだけ冷静に分析する。

 

 鳥肌が…止まらない。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

「な、なにが起こっているのですか!?天も地も…悲鳴を上げている…!!天上の神々が…??あ……ぁ…ぁ…。」

 

 扉が開き、何事かとドアを開き入って来るアミッドすら、止められない。

 

 アミッドとちょうど問答していた神とパルゥムが、その隙を縫って入って来た。

 

「あああああああ!!!!手遅れだった!!!手遅れだったよおおおおサポーターくん!!」

 

「ヘスティアさまぁ!声を抑えてください!ころ…殺される!!!!!」

 

「ヘスティア様!!リリルカ!!」

 

「エルフくぅ〜ん!!ど、ど、どうなってるんだぁああああ!?」

 

「想定していた事態が起こりました!!」

 

「見れば分かるよッッ!!あぁ、天上の神も震えてるぅ…。ベルくんッ!なんとかしてくれ〜〜〜ッ!!!」

 

 ・

 

 ・

 

「神様ッ!?…あ、あ、あ、あの…アルフィ…さん???めーてりあ???そ、それに雰囲気が…。」

 

 白髪の少年がルペライト色の瞳を宿し、彼女に話しかける。

 雰囲気のことなどいちいち口を挟まずとも分かっている。

 その辺の可愛い猫が黒竜になるか?くそったれめ。とはリヴェリアのお気持ちである。

 

「…(この世の終わりだ…。すまない子供達…。)」

 

 

 

 

「……失礼。─────おまえが

 

 

 …ベル・クラネルか??─────

 

 

 私が─────アルフィアだ。」

 

 

 

 

「あ、アルフィアさん!?記憶が戻ったのですか??そっか、アルフィさんに、アルフィアさん…!あれ?リューさんから以前聞いたお話の中に似たお名前の方がいらっしゃったような…?」

 

 

「アルフィアサンではない。どこの海竜だ阿呆。頭がおかしいのか?

 それはリヴァイアサンだ…。ごほん!!…ふむ。それは私の名前だ。

 しかもサンは余計だ。誰がお前に何を吹き込んだのかは後でキッチリと聞かせてもらうとして、

 おまえにとって私は…ああ、そう。そうだな…。

 

 

 おまえのアルフィアお母さんだ。ただの…アルフィアサンではない。」

 

 

 アルフィアは喜びを隠せなかった。

 彼女は、甥と話せている今この時。

 テンションが限界を突破していた。

 セルフノリツッコミをしてしまうレベルの。

 彼女の人生で一番と言っても良いレベルで。

 

「な、なぜか辛辣…!!え??オ、オカアサン!??ぼ、ぼくの!?え、それなら年齢が…。」

 

「…厳密に言うとお前の母親の双子の姉だ。お前の母は死んだ。私は数年間…氷の中だった。故に年齢に齟齬がある。」

 

 ─────謎の時間。叔母と甥の自己紹介に、病室にいる全員の視線が注がれる。

 

 誰も、言葉を発することが出来ない。

 

 息をして良いのか悩む冒険者もいた。

 

「あ……じゃあ、おb」

 

「ゴスペル」

 

「ぐッ!!!!!!!ぐうううううううううああ!!!!!!!」

 

「ベルくんッ!!」

「ラピくんッ!?!?」

 

 超短文詠唱で白目を向く少年に駆け寄るエルフの姉妹。

 凍結中に蓄えた魔力が暴走し、レベルの壁を楽々飛び越え、レベル8並みの威力を持った福音がベルを直撃する。

 

「…そして。」

 

 サッと姿勢を整えなおし、静かにそう呟くアルフィア。

 一瞬でやられるレベル5の英雄に、エイナもニイナもリリもヘスティアでさえ、サーッと顔の色を青くして行く。

 

 この流れは必然。

 アルフィアでも逃しきれなかったアルフィアの魔力が、彼女の意思を持って後押しする。

 

 息をつくまもなく、彼女は続けて歌った。

 

『アタラクシア』

 

 その瞬間だった。金縛りが解けたかのように、リヴェリアが声を発する。

 

「レフィーヤ!!!撃て!!!ロキに許可は取っている。オラリオが…!!オラリオが滅びるぞ!!!超長文詠唱が来る!!!」

 

「は!!『解き放つ一条の光…』」

 

「サウザンド!!続きます!!『今は遠き森の空…』」

 

 

 

 『祝福の禍根…。生誕の呪い…。半身喰らいし我が身の原罪』

 

 

 

 ─────ゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 

 天上の神々が、最大級の警報を鳴らす。

 

 アルフィアのジェノス・アンジェラスの詠唱が開始。

 

 魔女は徐々に宙に浮き始める。

 

「ティオナ!!思いっきりぶん殴りな!!」

 

「やってるよ!!でも!!防護魔法が強すぎて…!!」

 

 武器を持たないヒュリテ姉妹が素手で向かうもことごとく防がれる。

 

 『禊はなく…浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ…!!わたしの罪。』

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 

 ─────彼女の両手に白い魔法が集まり始める。

 

 綺麗な歌声を、気絶するベルは確かに聞いていた。

 

「エルフ隊!!一斉に発射!!!」

 

「かしこまりました!!リヴェリア様!!!」

 

 『神々の喇叭、精霊の竪琴、光の旋律、すなわち罪禍の烙印』

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 

「皆!!止めるのは無理だ!!せめて音を出さないでくれ!!」

 

「無茶言わないでくださいヘスティア様!!!」

 

 ─────病室の天井に莫大な魔力が集約されて行く。

 

「リリさん!ヘスティア様!!危険です、私の傍から離れないで!!」

 

「アドバイザーくんの妹!!たっ、逞しいいいいいいい!!!」

 

「神ヘスティア…、音を出さないのでは!?!?」

 

 『箱庭に愛されし我が運命よ、砕け散れ。』

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 

 ─────バベルを外から見ると異質な光景。外の民がバベルに出現した大きな大きな魔力の波長に阿鼻叫喚する。

 

「詠唱が早すぎる!全力のルミノス・ウィンドでも…!!!」

 

「リヴェリア様…あの、魔法は???」

 

「…防護魔法のはずだが…分からない、変化している…。」

 

「180度自身を覆う防護魔法??いえ、あれはまるで…。」

 

 吸収している…。

 魔法は飛び交っているにも関わらず、不思議と病室は荒れていない。

 

「ッッ!!詠唱が完成してしまう…!!!」

 

「皆!こちらへ来い!!」

 

「リヴェリア様の魔法陣へ!!!」

 

 リヴェリアは超長文詠唱が始まると同時に広範囲防護魔法をかけた。

 攻撃はレフィーヤとリューに任せ、自身は防御に徹す。

 

「クッ!!みな、ヘスティア様の言う通りに!!!」

 

「シャクティくん〜〜!!ナイスだぜ〜〜あばばばば…」

 

 攻撃に効果がないと判断したシャクティが号令を下す。

 慌ててヘスティアの口を塞ぐリリルカ。

 

 『私はおまえを…憎んでいる。』

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 

 ─────既に送還を覚悟するヘスティア。

 

 

「(あ、やばい。ごめん。ベルくん…。)」

 

「(へすてぃあさまぁあああ、声を出さないでくださいいいいいぃ!!)」

 

 必死でヘスティアの口を閉じるリリ。

 

 『代償はここ、に。罪の証をもって、すべてを滅す』

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 

 ─────直後、病室に収まらない大きさの鐘が出現。さながら、バベルの横に巨大な鐘が急に出現したように。

 

 が─────。

 

  『なけ!!!聖鐘楼!!!』

 

 ─────カラァーン…カラァーン…カラァーン…。

 

 英雄の象徴であった聖鐘楼が、魔女の音を奏でる。

 どでかい鐘にも関わらず、高音域のそれは、オラリオ中の住民に聞こえた。

 

「(や…やばい…ここら一帯…目に見える範囲内の生物の動きが…文字通り生命活動の時を止める…!!!)」

 

 そして、鐘の音を聞く未来の正妻候補者達が思う。

 

 「「「「「「(あ…彼の音と…一緒…)」」」」」」

 

 そんな乙女たちの心情を知らず、リヴェリアは身近を助けられたとて、民が無事ではないと悟ってしまった。

 

 

 

 

 ─────復活を果たしたアルフィアの、溢れ出る魔力を思うがまま使う事で莫大な範囲攻撃魔法が顕現─────。

 

 

 

 

 そんな中、誰もが恐れ慄く彼女の歌を、

 

 心地よいと感じる存在がいた。

 

 彼は生まれてから物心がついた頃には、両親はいなかった。

 

 

 

 しかし、確かに聞いた。

 

 

 

 

 母親の胎内で、子守唄を。

 

 

 

 

 双子の姉。

 

 

 

 双子の妹。

 

 

 

 歌は反転してしまったのかもしれない。

 

 

 

 だが、ベルは、アルフィアは嬉しそうに歌っている。と感じる。

 

 

 

 破滅の呪文なのかもしれない。

 

 

 

 それでも、歌っている歌の、言葉の意味は違うけれど、音程は母の胎内で聞いたメロディと同じだから。

 

 

 

 だから。

 

 

 

 だから。

 

 

 

 呼んであげよう。

 

 

 

 …あぁ…これが…。

 

 

 

 

 ─────そして

 

 

 

 

  『ジェノス・アンジェ

 

 

  「─────お母さん!!」』

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 アルフィアの詠唱が─────止まった。

 

 

 

 

 ─────────────────────────。

 

 

 

 

 

 その後、魔女は、時を10秒間、止めた。

 

 

 

 本来なら莫大な魔力でそこら一帯の生物が活動を止めるまでの10秒間、実際には生物の心臓は動いていた。

 

 

 

 オラリア中の、昆虫、更には風に至るまで、音を出さないように努力した。

 

 

 精霊も、神も、ダンジョンですら、触らぬ最強最悪の眷属に祟りなし。

 

 

 爆弾を発動させてしまえば凄惨な結果が待っている。

 

 

 爆弾を操作する人物がいるのであれば、彼の、彼女の琴線に触れるような行動をしてはならない。

 

 

 それがこの10秒間の沈黙であった。

 

 

 

 無音

 

 

 

 

 病室内では、先程まで心で泣き喚いていたロキ・ファミリアの団員から、涙が止まることはなかった。

 

 

 

 

 しかし、彼らは目を見開き、今起こってることをなんとか頭で処理する。

 

 死を…覚悟し、目の前に死神が見えた。

 

 いや、まだそれは続いている。

 

 心臓の音すらも、うるさく感じる。

 

 音を出したら、やられると本能で分かる。

 

 

 

 正真正銘の静寂─────!!!

 

 

 

 その間…うっとりとアルフィアは言葉を咀嚼する。

 

 

 静寂だけが音を出す。

 

 

 生物が動きを止めた10秒間。それは全て彼女のための時間であった。

 

 

 既にアルフィアに戻ったアルフィは、喜んでいる表情を表に出さない。

 彼女はポーカーフェイスなのだ。

 

 

 しかし変わらずある、心に響く言葉。

 

 

 最愛の妹の、息子の声をはっきり聞いた。

 

 はっきりと聞くために、音のするものを排除した。

 

 うるさい聖鐘楼も、自身の喉から出る音すらも。

 

 

 ○○○

 

 

 さて、一卵性双生児の遺伝子は、100%同一である。

 眼や髪の色は違えど、姿形は瓜二つのアルフィアとメーテリアは、一卵性双生児と言えるのではないだろうか。

 

 つまり、遺伝子の基盤となるDNAが同じ存在から産まれた妹の子は、妹が50%、父が50%引き継ぐ。

 

 そして、姉妹の遺伝子が100%一致しているのであれば、

 姉のDNAの50%が、甥と共通するのだ。

 

 人間の指紋とも言うべきDNAが50%一致しているのであれば、

 

 ベル・クラネルはアルフィアの子供と言える。

 

 遺伝子は、血と言い換える事が可能。

 

 

 ベル・クラネルは、アルフィアとメーテリア双方の血がつながる。

 

 彼女ら双子の、まごうことなき、たった一人の息子なのだ。

 

 

 ○○○

 

 

 無音の10秒間の中で、彼女は見開いた目を閉じ、さらには唇を閉じ、ゆっくりと上の歯と下の歯を噛み合わせる。

 

 

 その歯の音が10回。

 

 

 カチ(おかあさん…)

 

 

 カチ(お母さん)

 

 

 カチ(お母さん)

 

 

 カチ(お母さん)

 

 

 カチ(お母さん)

 

 

 カチ(お母さん)

 

 

 ・

 

 

 ・

 

 

 ・

 

 

 ・

 

 

 こくんッ

 

 

 オーケストラの指揮者が長すぎる余韻をあえて作り出すかのように。

 1秒が何時間にも感じられる。

 

 アルフィアに瞬時に戻り、胸にぽっかり空いていた穴に、ポカポカが充填され、溢れてゆく。

 

 

 やがて、誰かが小さいものを飲み込む音が反響した。

 

 

「───そうだ。それで───いい。」

 

 

 魔女が、ベルの方を見て、くわっと目を見開く。

 

 そして、口角を上げた。

 

 見る人からみれば───きっと、睨まれていると思うだろう。

 

 

 しかし、視線を向けられるベルは───やっぱり睨まれていると思った。

 

「(…ひッ、ひぃいいいい!!)」

 

 だが、アルフィアはアルフィアで必死だった。

 

 

 

 過去の双子の妹───メーテリアがお腹の中のベルを撫でながら、子守唄を歌いながら、浮かべる微笑みを真似る。

 

 その母の笑みを見よう見まねで持って、ベルを愛した。

 

 

 その間ベルはアルフィアからメンチを切り続けられる訳で。

 

 アルフィアはアルフィアで、溢れ出る愛を念に変え、一人胸中をポカポカさせ、それをベルにビームしていた訳で。

 

 ぶっちゃけものすごくもふもふを撫でるのを我慢していた訳で。

 

 なんなら感動の再開に抱き着いて来ない息子に不満を抱いていた。

 

「(…まぁ、皆の眼もあるし…。)」

 

 意外と自制心を保つことのできた自分自身を褒めていた。

 

 超極大魔法を撃とうとした、つい1分前の出来事は頭から消えていた。

 

 

 メンヘラ母の誕生。

 

 

 しかし、そう。母親の愛は、子には伝わり辛いのだ。

 

 そんなことも知らない彼女は彼女なりに不器用に息子を愛する。

 

 

 やがて

 

 

 彼女は再度つまらなそうに瞼を閉じる

 病室内全員に聞こえるよう、多少声を張ってこう言った。

 我が子を愛していない存在など、いるわけがないと確信しながら。

 柄にもなく息子に、お母さんの頑張りを見てもらいたくて。

 

 …存分に空回ってしまっているのだが。

 

 

 

 

「───ではお前ら。

 

 

 

 

 勇気のあるものだけついて来い。

 

 

 

 

 少し早いが…

 

 

 

 

 嫁の作法を教えてやろう……!

 

 

 

 

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 

 

 

 

(「「「「最悪最凶災厄の毒姑ぇ…」」」」)

 

 

 

 神々は、泣きながら呟いた。

 

 音を出さない様に、慎重に、慎重に。

 

 

 炉の神はファミリア内の序列が大きく変動する未来を嘆いた。

 

「(まぁ…彼女自身は処女神と相性良いんだけどぉぉお。)」

 

 

 

 

 ベルが誰かと結ばれるのは、少し遠い未来の話。

 

 

 

 彼女らは、黒竜討伐よりももっと手強い課題があると知る。

 

 

 

 ベルのスキルが終わりを迎えることは、毒姑のおかげか、まだまだ先の話。

 

 

 

 バーサーカーとなった彼女らが、終末をイージーモードにさせた功労賞。

 

 

 

 名もなき英雄の名は、アルフィア。

 

 

 

 いや…こちらの呼び名の方が知名度が高いだろうか。

 

 

 

 レベル8になり、神々がビビりながらも付けた二つ名。

 

 

 

 と言うか、選択肢はなかった。

 

 

 

 なぜなら彼女がこう名付けろと神々に命令を下したからだ。

 

 

 

 

 

 

 さて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の二つ名は、とある英雄譚になる。

 

 

 

 

 原作が改変されているのだろう。

 

 

 

 

 慈悲深い魔女が、弟子の魔女たちに力を授け、地下迷宮に挑むる話。などと…。

 冗談を言ってはいけない。

 力を授ける??一方的な蹂躙の間違いではないか。

 

 「ぐぅ…・!!!」

 

 「ヘルメスさま!?!?」

 

 「ぅ…考えただけでもダメなのか!?」

 

 

 

 

 しかし、声に出すと美しいその文字列。

 

 

 

 

 二つ名は呼ばれてこそなんぼなのだが、とある別の、一人の英雄。彼女の息子に呼ばれる事、以外は嫌った。

 

 

 

 

 そのため、直接彼女を呼ぶ時、二つ名呼びは厳禁だった。

 

 

 

 

 だが、音には出さずとも彼女の二つ名は皆が知っていた。

 

 

 

 

 

 

 そう。彼女の二つ名は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰髪の魔女(メーテリア)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 1

 バベルに大きな大きな鐘が出現し、大きな地震が起きた後無風になり、死を覚悟した所謂『天上の神の警報』の日。
 ファミリアに戻って来たアルフィ様が、記憶が戻り、実はアルフィア様だったと知らされました。

 正直、記憶を失う前の彼女がどのような方だったのかは存じ上げませんが…。

「今まで通りヘスティアの所で炊事・洗濯をやろう。」
「地下迷宮の攻略に手を貸すことはしないが…数名、冒険者を指導することになった。」
「朝はベル達が訓練をしており庭が使えないようだな…。そういえばフレイヤはどうした?いないのか?戦いの野(フォールクヴァング)を借りようと思ったのだが。」

 などなど言いたい放題。
 神様は呼び捨てが当たり前&オッタル様ヘディン様は顔を出す回数が減ったが、
 始めは驚いたものの、春姫とは変わらずメイドの上司と部下である。

 ヘスティア様も、アルフィア様の外出に気を遣わなくていいとの事で、一緒に買い出しに出かける回数も増えた。

 *

 今日は少し夕食まで時間がある。
 買い出しも済ませたし、少し喫茶店でお茶をして帰ろうと、
 二人はメイド服姿のまま豊穣の女主人に入る。

「そうか、春姫はイシュタル・ファミリアに所属していたのか。」

 あまり言いたくない過去。
 奴隷として捕らわれ、イシュタル様に買われてベル様に救われた話。

 まだ1年経ってないとは信じられませんが…。

「はい、わたくしは極東の…貴族の娘でございましたが、ルールを守らない悪い娘でございまして。」

 家のルールを破り、父親に勘当された過去を話す。

「ですが、後悔しておりません。皆さまに、ヘスティア・ファミリアの皆にお会い出来ましたので、春姫はとっても幸せにございます。」

 暗い過去だったのだが、今はオラリオで、ベルの元にいられる。
 春姫にとって、そういった過去があったから今があるのだ。
 なので今となっては後悔は全くない、同情する必要はないと、アルフィアに笑顔で向き直った。

「…そうか…。」

「はい!そうでございます。」

 と、そのタイミングで、アルフィアはピクと少しだけ瞼を開けた。

「…イシュタル・ファミリアと言う事だが、フリュネ・ジャミールはどうしている?」

「元団長様でございますか?ええと…そうですね、アイシャ様の話では、元歓楽街の自室で引きこもっているとの事で…。」

「ほう…。」

 キランと、彼女の薄っすら開けた目から光が漏れました。

「アルフィア様、フリュネ・ジャミールさんでしたら、居場所は分かりますよ??」

「シル様!!」

「シル・フローヴァ…。今の話は本当か??」

「はい!わたし、彼女とは前、少し因縁がありまして!」

 *

 事がすんなりと進みまして、わたくし達は元イシュタル・ファミリアの近くまで来ておりました。

「あら?ここで会うのは珍しい…春姫じゃないか!!」

「春姫~~!と…アレ?あの人誰?」

 シルに聞いた、ホテルの廃墟まで少しと言う所で、ホテルから出て来るアイシャとレナ・タリーと鉢合わせる。
 アルフィアの紹介もそこそこに、ここに来た目的をアイシャは話し始めた。

「フリュネの野郎にそろそろ部屋から出て来いと言いたくてね。」

「あいつ、私達が声をかけてあげないと、野垂れ死んじゃうからさぁ~。」

 と、会いに来た人物が共通であると知れる。

「ちょうど良かった。私もフリュネに話がある。」

「!?あんたが…?」

「ほんと??…なんか上手く行きそう…。え、もしかして虐め??」

 レベル5で少し春姫にはトラウマの残る冒険者に対して、アイシャやレナ等のアマゾネスは、
 すぐにアルフィアの強さに気付くと、力関係から推察する。

「虐めだと???いや、少し…そうだな、リオンの役に立ってもらおうと思ってな。」

「あのエルフの?…なるほど、あいつが噛んでるって言うなら問題ない。レナ!案内するよ!」

「えええ~~、絶対虐めだよ…。私、元団長がボコボコになる所は見たくないよぉ!!」

「煩い。黙れ。…と、言いたいところだが、心配しなくとも良い。事前に策は打っている。」

 2

 煩わしい。

 もうほっといてくれ。アタイに何も期待しないでくれ。

 既にイシュタル様は送還され、ファルナにロックがかかった。
 前の力は出せないよ。

 一般人並みの力しか出せないアタイを、恨みのあるやつらは好きなだけ殴った。

 オッタル、アイズ・ヴァレンシュタイン…もう追いつかない。

 逆の立場になって初めて分かった。
 強い者は弱い者に逆らえない。
 今のアタイは弱い者。

 元ファミリアの奴らは気にかけてくれるけど…。もう何もする気がない。

 ───ドンドンドン!!

 ───フリュネ、いるんだろ??出ておいで!

 …ったく、アイシャ…。全くなんだい…。さっき断ったばかりだろうが。

 ───フリュネ~~~!!ごめん~!良いからまた顔見せて~~!!

 …レナも一緒…。もう、放っといてくれ…、眠いんだよ。

 ───フリュネ様!!お久しぶりにございます!

 …ん???春姫?春姫なのか?

 フリュネにとって因縁の相手。フレイヤ・ファミリアとの抗争のため、春姫の魔法を殺生石にいれてレベルブーストを掛けて勝つ予定だった。
 しかし、今となっては自分が行おうとしていた事への反省でしかない。

 …春姫…来たのか…。
 …恨まれているだろう相手には、顔を見せると約束していた。
 だからフリュネは重い腰を上げる。

「はぁ…、今行く…。」

 そして、扉を開ける。

 そこには魔女が立っていた。

「久しぶりだな男殺し(アンドロクトノス)。」

「…お前は…静寂!?生きてたのかィイ!?」

「そうだ。7年間、冬眠していた。お前に話がある、着いてきてもらおう。」

 ───瞬間、フリュネは気を失った。

 3

 アルフィアの話をしよう。

 彼女がファミリアに戻ってきた後の事だ。
『嫁の作法』とやらでボコボコにされてからというもの、戦々恐々と同じファミリアで過ごしていたが、
 全くもって実害はない。
 ベルがいるから落ち着いている。といえば聞こえは良いのだが、
 母親ムードを出し、それが他の団員にも派生している感じだ。
 お節介をすることはあまりないが、彼女なりに気を利かせているのだろうと思う。

 一番安心したのはヘスティア様とシルと度々ヘスティア様の部屋で長くお話しをしているのを見たからだ。
 縁の下の力持ちに徹しようと、アドバイスを求めているのだろう。
 ヘルンともたまに話、どんな共通の話題かは不明だが、意気投合している様だ。

 更に、記憶が戻ったから。という理由で冒険者ギルドに預金の確認しに行った結果。
 驚くことがあった。

「ええと…41億900万ヴァリスありますが…いくら引き落としますか?」

 その瞬間、リリルカがアルフィアを呼ぶときは『姐様』となった。
 次の日、決死会で他ファミリアの補填がなにやらかにやらとかで、
 リビングでメイドに土下座をするヘスティア様とリリルカがいた。

 …いや、確かに私もあまりお金は持っていないが…。

 というより、ヘスティア・ファミリアはカツカツだ。
 急成長中のファミリアである。借金こそヘスティア様くらいだが、早くもB級ファミリア。
 徐々にお金を貯めつつ、数年かけてなるのが普通だが、元アストレア・ファミリアと同等である。
 当時は団員が11名だったが、今のヘスティア・ファミリアは6名と半分だ。
 そのため、ほぼ毎日ダンジョン探索に精を出している。
 最近は春姫もメイドの仕事を少なくして探索に参加し、アルフィアにお願いをしている位だ。

 ◇

「疾風、明日の休みの予定は?」

「はい、明日は、昼過ぎから豊穣の女主人で助っ人をする予定です。」

 ファミリアの夕食で、メイドが給仕をしながら、席に座る団員に言葉をかける。
 メイドがタメ口、その主人が敬語と言う、一見ちぐはぐな様子であった。

「そうか、それなら朝は空いているな?朝食の後、会わせたいモンスターがいるんだ。時間を取れ。」

「(会わせたいモンスター???)」

「異端児ではない、人間だ。だが…まぁ見れば分かる。」

「は、はぁ…。分かりました。」

「お前の心配は分かるが、そこまで不安になる必要はない。シル・フローヴァも一枚噛んでいるからな。」

 なるほど。
 最近の私は彼女の名前を聞くと逆に心配になってしまうが、親友の名前を出されては私が行かないという事はありえないだろう。

 だが、ヘスティア様があらぬ方向を向いて口笛を吹いているのは気になった。
 詳しい話は聞かされていないのだろうか…?

 ◇

 そして、次の日──。

「なんですか…このメンバー…。」

 ヘスティア・ファミリアの本拠地の入口、アイシャ・ペルカ、レナ・タリー、そして春姫がいた。

「後でガネーシャ・ファミリアの連中も来るってさ!」

 というのはアイシャ・ペルカの談である。

「集まったな、では行くか。」

 と、皆から少し遅れて出て来たアルフィアについて行く。
 アルフィアも春姫もメイド服を着ていた。
 アルフィアは更に…買い物バッグを持ちながら…。

「買い出し…??こんな人数で!?シルは一緒ではないのですか?」

「買い出しのついでだ。シル・フローヴァは先に行っている。」

 ・

 ・

 ・

 向かう先は元・歓楽街。

 元々は廃墟だっただろうホテル街の中に、小綺麗にされたホテルが1軒あった。

 そしてそこに入る。

 目の前に出てくるのはアルフィアのメイド服並みに頭を疑う光景。

「男殺し(アンドロクトノス)??」

 フリュネ・ジャミールが、黒い…学区に似た制服を着て片足を付いていた。

「姐御…お待ちしておりました…。」

「あぁ…。ファルナは無事刻んでもらえたか??」

「あっ、そのことだけどね、ファルナはオッケーで、やってもらったんだけど〜〜〜…ネルナッティに条件付けられちゃって~。てへっ。」

「…条件だと?」

「そうそう。ベル・クラネルとのお茶…みたいな??」

「そうか…。お前に任せた私が愚かだったようだな。」

「まぁまぁまぁまぁ!!それでも、ハトホル様は良い神様だからさ、気持ちは分かるけど~。息子にたまには羽を伸ばさせても良いんじゃない?」

「ふむ…まぁ良いだろう。それで、シル・フローヴァの作戦は?」

「万事、進んでおります、姉御。」
 と、アルフィアの隣で豊穣の女主人の制服に身を包んだシルすらも姉御呼びをしている…。

 なんだ…。
 目の前では一体何を見せられているのか…。
 良く見ると、フリュネ・ジャミールの後ろには同じ制服に身を包んだ数名のアマゾネスと獣人の姿。

 混乱で頭を一杯にしていると、アルフィアが後ろをくるっと振り返って来た。

「疾風。そういう事だ。」

「(…流石に突っ込みが…突っ込むための情報すらない。)」

「貴様のパトロールを代わりにやるヤツらだ。闇派閥の取り締まりもやってくれる。」

「…彼女たちがですか!?」

「あぁ…。この後シャクティが来るから、打ち合わせろ。フリュネ、後は任せた。」

「かしこまりました、姉御。」

「私はファミリアの買い物があるから失礼する。春姫、行くぞ。」

「承知致しました!!アルフィア様!」

 その数分後、ガネーシャ・ファミリアが来て、とんとん拍子に打ち合わせが進んでしまった。
 フリュネ・ジャミールの復活である。

 4

 夕食の後にアルフィアお母さんに呼び出された。

 珍しい事だ。親子とは言え、アルフィアさんは皆と僕を平等に接している。
 リューさんに事前に聞いていたアルフィアさんとは異なり、淡々と仕事をしていた。
 記憶を取り戻した後の豊かな表情は、無表情になってしまったが、無口であったのが、口数が多くなった気がする。
 神様の懸念していた『ファミリア内の序列』はあまり覆らず、アルフィアさんは別枠に入った形だ。
 彼女は外で、シャクティさんやアマゾネス達と仲が良いようだ。一度制服に身を包んだフリュネさん達を連れて東区で見かけた時は「ヒェッ」と言葉が出てしまい、流石に声をかけなかったが…何か裏で動いているのだろうか。
 後々聞いたら、
「ヘディンから、春姫にちょっかいをかけている連中がとあるファミリアで増えていると聞いて、少しな」
 と言っていた。
 少し…された方々には流石に同情する。

 フリュネさん達の異様な服装は、リューさんのパトロールの協力のため、街の人たちの印象アップのためシルさんのアイディアで制服を作成したのだとか。

 正直フリュネさんと顔を合わせたときは驚いたが、「ベル・クラネル!最近町で気になった事はないかぁ!?」と凄まれたことがきっかけで、オラリオの治安を守る同士として、普通に話す間柄になっていた。

 シャクティさんとはガネーシャ・ファミリアが牢屋で勾留している人の中で、良さそうな人を紹介してもらっているらしい。

 ───トントンとアルフィアの自室の扉をノックし、返答があり部屋に入る。

「ベル。よく来たな。」

「はい!アルフィアお母さん…。どのようなご用事で??」

「……。」

「……アルフィアさん??」

「お前は本当に愚かだ。まず要件を聞くのではなく、雑談から入れ。私に小言を言われたくはあるまい?」

「えええ!?」

「まぁ、良い、母に干渉されるのは嫌だろうからな。要件を済ませよう、まずは下を脱げ。」

「は…はぃ???」

「何度も言わせるな…。シャクティは知らなかったが、アマゾネス達によれば、男には包茎なるものがあるそうではないか、今度お前にネルナッティとか言う女を紹介しなければならなくなった。そんなときに包茎だと困るのだと聞いた。行為云々でなく、男として、と。」

「ちょ、ちょっとチョット!!何ですかその情報は!!!」

「煩い。私は母親としてはまだまだ新米だからな。いろいろ情報を仕入れているんだが、男児の包茎は母親が対処するそうだ。そのために爪も切って来た。だから脱げ。」

「いや~~~。その…流石に恥ずかしいって言うか…。」

 ───ヒュ。

「ぐううううう!!これは…何度目かのゴスペルパンチ!!!」

 ゴスペルパンチをみぞおちに貰い、更に履いていたズボンにパンツを脱がされる。
 …なんという神業…!!!

「はッ、恥ずかしいです…。」

 そしてまじまじと男のモノを見るアルフィアさん。
 気分は最悪だ…。
 なんて羞恥プレイ…??

「ちょっと…その、汚いですよ…」

「馬鹿かお前。子供の垢を汚いと思う親がどこにいる?」

「結構いると思いますけど…」

「しかし、なんだこれは…。初めて見るから分からないな…。」

「脱がせておいてそれはナイデス…。」

「そういえば不冷(イグニス)がいたな…不冷(イグニス)を呼んで来い」

「かしこまりましたッッ!!!」

 ズボンを上げて早速ヴェルフを呼びに行った。

 *

 その結果、ヴェルフも実際そういう事は詳しくないらしく、ヴェルフの「大丈夫だと思うぞ?」と言う言葉は信じてもらえず、誰が詳しいのかという話になった。ヴェルフが味方になってくれて僕はとても嬉しい…。

 アルフィアさんが僕の尊厳を守ってくれてすごく嬉しいのだが、
 出入りするフレイヤ・ファミリアはフレイヤ様に必ず話をしてしまうため、頼らない方が良いとのこと。
 そもそも気にしてくれる事こそが迷惑なのだが…強さ関係なく断れない。

 ともかく包茎については早急に対処しないといけない。という事らしく、なんと僕はその夜の深夜の時間帯に、アルフィアさんと入浴をすることになった。

「皮??と言うヤツは被っているのか???良く分からん。でもここをゴシゴシすると良いとフリュネは言っていた。あいつは私に嘘はつかん。」

 と、神様みたいなことをいいつつ、ファミリアには男子は二人しかいないため、ヴェルフが使わない時は誰もいないという理由で、男子風呂で二人。

 *

 僕は裸にタオルのアルフィアさんの前で股間を出す。

 その時の気まずさは、きっと人生でナンバーワンであろう…。

 で、あってくれ…。

 母の愛は重い上に、彼女は超絶不器用らしい…。ホント勘弁して…。


 その後、フリュネさんが隊の代表を降ろされたと聞いた。

 ホント何やってんだよ…。

 *

 *

 *

「まだ狐は捕まらねぇのか!?」

「お頭…申し訳ねぇ。やっぱりヘスティア・ファミリアは強すぎる…いつの間にか雷に打たれちまうんだ…」

 クノッソスから退去して英雄の都の隠れ家を拠点に活動する、残党。
 その中でも、闇派閥になりきれずにいた一味。

「仕方ねぇ…そろそろオレが出る番かぁ!?」

「おおぉ!!頭が出てくれるんなら心づええ!!!」

 最近レベル5になった一人の男がいた。
 男は野心を持ち、英雄の都で名を上げるために暗躍する。
 頭のおかしいヤツ等は行き過ぎてしまったからかロキ・ファミリアに捕縛されてしまったが、
 上手くやれば捕まらずに名を上げることが出来る。
 オレは失敗しない。準備が整い次第、名声をぶち上げる…!!

 と、熱い思いを新たにしていた所───。

「敵襲!!!敵シュッ!!!…ゥッ!!」

「…良く気付いたな、褒めてやろう。だが、他の連中は間抜けだったようだ。」

「なッ!?!?」

 仲間の一人が声をあげた瞬間に気絶させられる。

 目の前に迫って来たのは…一人の、灰髪のメイドだった。
 レベル5になったばかりで、鼻を高くしていた男は、その知覚出来ない動きに焦る。

「誰だッ!?貴様…!?今何をした!?」

「貴様に名乗るななどない。」

 メイドの後ろを見ると、仲間の姿の影も形もない。
 男は悪党まがいの中でも新参者である。7年以上前の、アルフィアの姿は知らない。
 そして、大きな女?なのかモンスターなのか…分からないものが近づいて来た。

「姉御!!コイツ以外は全て捕縛が完了した。…当たりだ!殺生石が見つかった!」

 と、モンスターは言って、血のように赤い、拳大の大きさの石をメイドに渡す。

「これがそうか…。福音(ゴスペル)」

 パリィイイイイン…。
 と、音を立てて高額で買ったモノが割れてしまった…!!

「あ…、あ…、あ…。お、オイッ!!何してくれてんだ?お前たちはなんなんだ!?」

「…?先ほど言っただろう?お前に名乗るなど、勿体ない。やはり中途半端だ。悪党に成りきれているのならば、名乗っても良かったのだが、まぁ…そうだな、レベル5、と言った所か?私を納得させるのならば、仲間に加えてやっても良い。多少身綺麗にしてもらう必要はあるがな。」

「ふざけた事を言うな…!!!」

 そしてメイドはこちらを見て言った。

「御託は良い。さっさとかかってこい。それとも、怖くて戦う事も出来ないのか??」

「……くそったれぇえええええええ!!!」

 と、男がナイフと取り出し、襲い掛かった瞬間───。強い衝撃と共に、正気を失った。

 *

 その後、男は髭をそり、爪を切り、清潔な制服を持ってフリュネと共にアルフィアの左右を守る兵士になるのだが、
 それはまた別の話。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:50文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。