日本に帰ってきてから、ボーッとする意識のまま、赴くままに、以前立希と来た目白公園に来ていた。
あずまやのベンチに座り、何をするでもなくただひたすらに池を眺めていた。
時差ボケ故の眠たさと、ハンガリーまで旅行した疲れから、私の意識は、夢の中なのかそれとも現実なのか、それすら判断できないほど混濁としていた。
とりあえず帰って寝ようか。これからちょっとアニメイトにでも行こうか、どちらにするか悩んでいた。
愛音から、ハンガリーに行った話を訊きたいとラインが入った。
「お姉ちゃんと、一緒に過ごせたんだ〜」
RiNGのカフェで、愛音とテーブルを挟んで話をしていた。
「うん。旅行の中で辛い別れもあったけどね……」
「辛い別れ?」
お姉ちゃんが子どもの頃に拾ってきたガンビーの死を看取ったこと、愛音に話した。
愛用していた私のピアスも一緒に埋めてあげたと、ピアスを付けていた今は穴だけ空いている右耳を見せる。
「そっかぁ……。最後にお姉ちゃんとれんれんに看取られて、そのガンビーくんも幸せだったと思うよ」
「だよね! 愛音もそう思う! そうだよね!」
テーブルから立ち上がると、食い下がるように愛音に迫る。
「ロン。うるさいんだから、店内では騒がない」
「あ、ごめん」
注意だけすると、立希はカウンターに戻っていく。
「……立希どんっていつもバイトしてない?」
「よっぽどお金に困ってるのかな。もしかしたら私たちの顔が見たいからとか〜?」
「おー! なんだよ、立希どん。本当にそうだとしたら、可愛いとこあんじゃん! ま、そんなことは無いと思うけど!」
「そんなことは無いと思うけどって、はっきり言わなくてもいいじゃん!」
愛音もテーブルから立ち上がる。
「だから、店内で騒がないで。他のお客さんに迷惑。そんなわけないからって、分かってるよね」
カウンターで待機していた立希の声が飛んでくる。私と愛音は座り込んだ。
そして、時差ボケのせいか、私はスイッチが切れるみたいにテーブルで横たわるように眠ってしまった。
私を心配する愛音の声と、立希の「もう、二人はお店出禁にする」という声が、薄れゆく意識の中、はっきり聞こえていたのだけは覚えている。
「今日は、練習出来なかったな……。旅行の疲れとかって、柚月さんに休ませて貰っちゃったし」
帰り道、項を垂れながら歩いていた。すっかり寂しくなった右耳に触れてみた。
別に憧れてた訳ではなかった。ただ、ハルがピアスを空けたらギタリストとして箔が付くからと、空けてもらって、ピアスをプレゼントしてくれた。
まあ、このまま穴が塞がっちゃっても、別に構わないけど。なんだか、ガンビーが亡くなったことよりも、ピアスのことを気にしてる私自身に嫌気がさしてくる。
とは言っても、もともと私は、自分のことが好きなタイプの人間でもないけど。
柚月の家に帰ると、そのまま玄関先で倒れ込んでしまった。玄関まで私を出迎えてきた柚月の悲鳴が辺りに響き、近所に住んでる人々が一斉に家から出てきた。
誰かが通報したみたいで、警察まで出てきてしまった。なんとか事情を話して、今回は何事もなかったので、厳重注意をされると、そのまま引き上げていった。
警察に怒られ、すっかりしょんぼりしている柚月と一緒に夕飯を食べていると、その最中にも、私は何度か意識を失ってしまったらしい。
「蓮、今後もこういうことがあるなら、もう海外とか行かないでくれると助かるかも……」
「う、うん。そうする……」
私は、また意識を失った。
お風呂に湯船を張って入ると、また意識を失って溺れてしまうかもしれないから、今日はシャワーだけにした。
今日はもう、このまま寝てしまおうか。寝巻きに着替えてから、冷房の効いた部屋でぼーっとしているだけだった。
「海外って、楽しかった?」
「うん。楽しかった。お姉ちゃんと行けて、良かった。すっごい疲れたけど」
「それは見たら、分かるよ。私、そのせいでおまわりさんにこっぴどく怒られちゃったし……」
「それはほんとごめんなさい」
柚月に頭を下げて謝った。柚月は「大丈夫だから……」と私を制した。
それから、しばらく沈黙が流れる。「そうだ」と柚月は何かを思い出したように、押し入れの中にしまってあった小さな紙袋を持ってきた。
「ピアス、付けてた方の耳、私に向けて」
何をされるか分からないけど、言われるがままに右耳を柚月に差し出した。
何かを付けられた感触が、右耳に残った。触れてみると、以前と同じようにタッセル型のピアスが付けられていた。
「あ、これ……」
「さっき。蓮が出かけてる時に、花恋さんが家に来てくれてね。自分で渡すの恥ずかしいから、私の方から蓮に渡してくれるようにって」
「え、お姉ちゃんが?」
「旅行で、いっぱいお世話になったからって、花恋さんが言ってたよ」
「良かったのに……そんなの……」
ただ、ひたすら、右耳に付けられたお姉ちゃんからのピアスに触れていた。
「そして、バンドのことで、私から蓮に頼みたいことがあるんだけど、訊いてくれるよね?」
「お姉ちゃん……ピアスのことなら、私がガンビーにって、勝手にしただけなのに……」
柚月の言葉を無視して、勝手にぶつくさと独りごちていたら、柚月が顔を近づけてきて、今度は圧をかけ、同じことを問うてくる。
「蓮? 訊いてくれるよね?」
「はい、訊きます訊きます。どうぞ何なりと!」
「よろしい」
よろしいとか、何さまのつもりなの……。大体柚月が凄んできても、別に全然怖くないし。ノリでビビってる風にしてあげたけど、別にビビってなんかないし。
コホンと、咳払いを一つして、諌めてくる。察するにどうやらまた、思っていたことが知らず知らずのうちに言葉に出てたようだ。
「蓮には、私たちのバンド、ウルトラヴァイオレットにもう一人、誘って欲しい人がいます」
「もう一人誘って欲しい人って、誰のこと?」
「蓮が会ったことある人だよ」
私があったことある人……一体誰のことだろう。
いや、そう言ったら、一人しかいないだろうけど。