蘭とCiRCLEのスタジオを借りて、セッションをする。誰もが聴いたことのある、有名アニメのカバー曲を演奏していた。
私や、蘭が産まれてくる少し前に流行ったアニメの曲だった。
一通り演奏を終え、休憩する。体育座りの姿勢で、スタジオの床に座り込んだ。
「なんでギター始めたの?」
蘭は私の隣に座り込むと、面接みたいな雰囲気で、訊いてきた。
「お姉ちゃんがバンドやってるから」
膝を握り込む。ハンガリーの旅行を経て、少しだけ、お姉ちゃんとも通じ合えたかもしれない。だけど、私のお姉ちゃんへのコンプレックスは払拭できた訳ではなかった。その、気持ちの現れだった。膝の中に、頭を埋める。
「花恋さんだっけ。柚月がベース教わってたとかって」
「はい。柚月さん、二年くらい前にお姉ちゃんのバンドで修行させてもらってたみたいで」
言葉に詰まり、私たちの間にしばし沈黙が流れる。立てかけてある蘭と私のギターを交互に見つめる。
「私、一回だけでもいいから、ライブがしたいんです!」
沈黙を破ったのは、私だった。
「それじゃあ、バンドとかって」
「柚月さんと、凪さん。それと夏帆さんが一緒に組んでくれました」
スタジオの壁に寄りかかる。
「そっか。凪と来栖さんは他のバンドに入ってたんじゃなかったっけ」
蘭も同じように、壁に寄りかかった。
「今入ってるバンドと、兼任して協力してもらってるんです」
「なら、バンドとしてはメンバーの問題はないんじゃないの」
「実はもう一人だけ、柚月さんが誘いたいって人がいまして……」
「もう一人?」
「蘭さんに入って貰えたらなって……」
蘭は「はぁ?」と、それから一際大きく「はぁぁ!?」と驚いた声を上げた。
後日。ウルトラヴァイオレットのメンバー四人で、バンド練をしていた。このバンドで、私の目的のライブ演奏を実現するために。
私が初めて組んだバンドだからか、この四人での演奏って、安定するというか。『音がハマる』って、こういうことを言うんだろうか。
「今のフレーズ、もう一回!」
私が声を張り上げ、『ラストスタート』のイントロを演奏し始める。声に出さずとも、四人が合わせてくれた。
次いでラスサビ前のフレーズの、キーボードの急降下するみたいな音のところも好きだ。
「美竹先輩もわたしたちのバンドに誘いたいって、入ってくれる訳ないじゃないですか……。ほんと、考えなしですよね。岡村先輩って」
Afterglowの大ファンである立希が美竹先輩とか先輩とか、なんだかんだ言ってたような気もする……。
「夏帆ちゃんと、凪も自分たちのバンドがあるのにウルトラヴァイオレットに入ってくれたし、蘭にも入って貰えればなぁと思ってさ……」
両方の人差し指を合わせながら柚月が言った。まるで、セルフ『E・T』みたいになってる。トリッカーにもいつか『ETC』つけなよ。
「それを蓮ちゃんに押し付けるなんて……」
「ね、凪さん。まったくだよね……」
「私はね、蓮のギタリストとしての……いや、人間としての成長を促してるんだよ!」
凪に同調した私への苛立ちを見せた柚月が、私の首元に腕を回してきた。
「柚月さ〜ん? やめてくださ〜い!」
「もう、生意気なこと言わない?」
「言いませ〜ん、言いませんから〜!」
「いや、信用できないね」
「信用してくださ〜い!」
実際には、痛くもないので、ほんのちょっとした戯れ程度だ。
「生意気なこと言うのは、この口か〜!?」
「柚月さんって、いつかベッドでもそんな乱暴する気なんですか!?」
「蓮があんまり生意気だったら、するかもね?」
「岡村先輩、蓮ちゃん、夏帆さんもいるんだし、そういう会話はちょっと……」
両手を掲げながら、宥めるように凪が言った。興味なさそうに、ドラムスローンに座ってスマホをいじっていた夏帆が、突然水を向けられ、目を丸くする。
「……たしかに、柚月はいつも寝相悪かったわね」
「いや、夏帆さん、寝相って……そうじゃないよ。まあ確かに柚月さんの寝相は悪いけど……」
「え、私そんなに寝相悪い!?」
驚きのあまり、柚月が声を上げる。私も、ヘッドロックから解放された。
どうやら、寝相が悪いことの自覚はなかったらしい。凪は冷めた目で私たち三人を見つめる。
「あ、そろそろ時間……。わたし、ましろちゃんやモニカのみんなと会う約束があるので、これで失礼しますね」
凪が足早にスタジオから退室した。
「アタシも、チュチュに呼ばれてるから、今日はこれで終いにするわね」
夏帆もスタジオから出ていってしまった。
私と柚月だけが、スタジオに残ってしまった。
「う、うーん。凪も夏帆ちゃんも、予定があるなら先に言ってくれればいいのに……」
「こういう時、なんか寂しくなっちゃいますね」
「私たちだけでも、もう少しおさらいを兼ねて練習しよっか」
「うん!」
残されたスタジオの時間、柚月と二人だけでセッションを再開した。
「蘭さん入れるの、やっぱり本当に難しいかも」
「そうだとしても、何としても入れて」
「うん。もう少しやるだけやってみる」
そしてまた後日。むしゃくしゃしたとか言ってるハルに誘われて、一緒に出かけることになった。
誘われたのは私だけじゃなくて、もう一人。
「冬木さん」
「あ、うん。海鈴、久しぶり」
あんまり海鈴とあう機会はないから、本当に久しぶりな気がする。
「二回も久しぶりなどと言わなくても、大丈夫ですので」
二回も言ったつもりなかったけど、また出てたのか、私の悪い癖が。
「つーか。海坊。前々から言おうって思ってたんだが、なんで『冬木さん』? それだと花恋さんと区別付かなくねーか?」
海鈴ににじり寄るハルの背中を押して、これ以上このことには追求させまいとする。
「いいの、いいの。これは、海鈴なりにね。私とお姉ちゃんを比べないでくれてるの、気を使ってくれてるんだよ」
「そういうもんか?」
池袋でショッピングをする。私は特に買いたい物はないから、基本的にはハルの付き添い。
ハルはがむしゃらにアクセだのなんだのを買い込んで行く。
これが、むしゃくしゃした時のハルなりの憂さ晴らし……らしい。
「らしい、ってなんだよ」
「わかったよ、訊いて欲しいんでしょ。むしゃくしゃしてるのはわかったけど、何があったの」
「SNSでエゴサしたら、あたしの演奏が下手だとか、なんとか言われてて……」
「あー、なるほど……」
ハルで言われるほどだから、私がライブとかなんとかしたら、なんて言われることか……。
有名になるって、ライブをするって、決していいことばっかりじゃないんだ。
ぐっと歯噛みをする。ここに来て、急に不安になってきた。
私なんて、絶対SNSで悪口言われる。
「まあ、でも、それ以上に、そういう人もちゃんと演奏、見てくれたり、聴いてくれてるんだなって言うのは、感じてるけどな」
ハルは私の背中に手を当て、を押してきた。と言っても、支えてくれてるような感覚だけど。
直ぐに照れを隠すように、
「なんか、私も、新しいピアスとか欲しくなってきたかも。海鈴、二人でお揃いの買わない?」
「私は結構です。冬木さんとは、それほど仲がいいつもりはないので」
なんて言われたけど、手を引いて、二人でピアスを探す。青色の月と星のイヤーロブピアスを買ったけど、やはり海鈴は私とお揃いのは付ける気はないらしい。