実力主義とか面倒じゃん 作:めんこい
部屋のチャイムが鳴ったのは、昨日より遅い七時過ぎだった。
「どなたですか〜」
「UberEatsでーす」
「ぶふっ!?」
ヤバい。むせるむせる。だってこんなん反則。人形みたいな無表情で自動音声みたいな抑揚でボケるとか、やっぱり綾小路って怖いわ。
「……やれと言ったのは綿貫だろ」
「ごめんごめん。マジでやるとは思ってなかっただけで……いいよ、鍵開いてるから上がって」
インターホンのマイクがプツリと切れる。それから玄関の方でガチャリと重たい音がして、レジ袋を両手に引っ提げた綾小路が部屋に入ってきた。
ここ最近のパシリ生活で要領を掴んだのか、私が何も言わなくてもデザートは冷蔵庫に入れてくれて、これから食べる弁当はレンチンしてくれる。綾小路マジ便利。
「前から言おうと思ってたんだが、男女共用の寮で鍵を開けっ放しにするのは不用心じゃないのか」
「だって鍵開けに行くのめんどいし」
「不審者が入ってきたらどうするつもりだ。池とか山内とか」
「真っ先にその二人の名前が浮かぶのおもろ。まあ……そんときは諦める」
「潔いな」
「怠け者なだけだよ」
ピピッというレンチン特有の電子音が鳴る。例によって綾小路が弁当を取り出して、割り箸と共に机の上に置いた。素手で触って熱くないのかね。タオルくらい噛ませればいいのに、と思うけど、言うのが面倒くさいからやめた。
「それじゃいただきます。あ、レシートは?」
「これだ。……本当に奢ってもらっていいのか」
「いいって。遠慮される方が面倒だから。てかコーラとカップ麺って、もっと欲しいものないの。男子高校生の購買欲ってそんなもん?」
「質素な方が何かと楽だろう」
「それはそう」
それでもなんか申し訳ないので、2万ポイントくらい送金しておく。昨日一昨日と合わせて7万のマイナスだが、今日の稼ぎをプラスするとポイントはまだ40万近く残っている。
「毎月の振込み以外で稼ぐ方法あったんだな」
「譲渡のシステムがある時点でね。それに先輩達の話を聞いてると、毎月以外の収入源もあるっぽいし」
「綿貫はどうやって稼いだんだ」
「……企業秘密」
「そうか」
興味なさそうに頷いて、綾小路はカップ麺の蓋を押さえながらお湯を注いだ。ここで追及しないのが人の情なら綾小路は聖人だ。ああいや初日から今日までパシられてくれてる時点で聖人ではあるな。
とはいえ、綾小路ならホントのことをカミングアウトしても特に気にしなさそうな感じはある。
ぶっちゃけただの売春なのだが、堀北はめっちゃ軽蔑してきそうだし、みーちゃんは優しいから私の心の闇とか疑っちゃうんじゃないだろうか。
私がその方法を取るのはそれが一番楽に稼げるからって理由……でもないな。普通に疲れるし時間は取られるし、割に合うかと言われたら微妙なラインだけど、対価として受け取るポイントの額を考えると我慢できる範囲の面倒くささではある。
要は、面倒くさいけど面倒くさいなりに割り切れる、ということだ。
「ま、そんな危ないことではないから。本番NGだし」
「聞いてないんだが」
「なんか聞きたそうな顔してたから」
「オレはいつもこの顔だ」
それはそう。入学してから今日までの一週間、綾小路が笑ったシーンなんて一度だって見た覚えがない。
弁当の白米を半分くらい片付けた頃、昨日相手した先輩から聞いた話を思い出した。
「この学校のシステムって、茶柱先生が説明した以上のことがあるっぽいんだよね」
「そうなのか?」
「うーん、なんか説明めんどいんだけど、先輩曰く楽しいのは今だけらしい」
「それ、詳しい内容は伏せたままにしてくれないか? 全部聞いたら後悔しそうな予感しかしないんだが」
「いい勘してんね。でもダメ。意地でも聞かせます。私だってこんな面倒くさいこと知りたくなかったよ。私だけこんな爆弾抱えてんのは私が可哀想だからお前も一緒に背負え」
「もの凄く理不尽なんだが」
それから私は綾小路に先輩がゲロってしまった情報を洗いざらい晒した。多分、というか絶対、今の私達が知ってちゃダメな情報。
毎月のポイントの変動とか、クラス単位での評価とか、クラス対抗の試験とか、先輩も口止めとかされてるだろうに、下の口を世話してやったら上まで緩くなるんだから始末に負えない。
そもそもこっちはまだ入学して間もないのだ。もうちょっとくらい、何も知らずに自堕落な学生生活を楽しんだっていいじゃないか。
「でも、その先輩が本当のことを言ってる保証もないだろ?」
「嘘である確証もないけどね。私は九割マジと見てる。でも気持ち的には嘘であって欲しいかな」
「オレも嘘であって欲しいが……真偽を知りたいなら茶柱先生に確認を取ればいい。もし本当なら口止め料としていくらかポイントを巻き上げられるかもしれないしな」
「ああ、確かに。てかそれいいじゃん。お前性格悪いな。明日にでも聞いてきてよ」
「オレじゃなくても綿貫が行けばよくないか?」
「だってめんどいじゃん」
「オレだって面倒だ」
「じゃあなんでパシリなんて面倒の極みを今もやっちゃってんだよ」
「……なんでだろうな?」
「こっちが聞いてんだよ」
私に聞かれてもそれこそ困る。だってパシリとか雑用とかお使いとか何億積まれてもゴメンだし。自分の世話も面倒なのに、なんで他人の世話まで見てやらなきゃならんのか。
「初めてだったからかもな。誰かに頼られることが。……思えば綿貫はオレの初めてを奪ってばかりだ」
「ぶはっ!?」
飲んでたお茶を吹き出した。
え、なに? な、なんつった? この男。なんて言いました?
「急にどうした汚いな。顔にもかかったんだが」
「ケホッケホッ……いや、汚いのはそっちだろ……なんて言った今、私がお前の何を奪ったって?」
「初めてだが」
また吹き出しそうになったのを気合いで堪える。
待て、落ち着け、私。多分絶対綾小路の言ってるニュアンスと私の考えてる意味合いが違う。
この天然宇宙人の脳内と私の脳内には天と地ほどの認識の乖離がある。
「初めての友達が綿貫なら、この学校で初めて話したのも綿貫だったからな」
「そういう意味ね……てか堀北は?」
「隣だから話はするが、こんな風に部屋に入ったことはない」
「あー……一応言っとくと、多分私がおかしいだけだからな? その辺の堀北の感覚はめちゃくちゃ普通だと思うよ?」
「そうなのか?」
「うん。まあ私だって綾小路以外の男を入れんのはヤだけど。平田でギリ、池とか山内レベルは論外」
自分で春を売っといて論外とかあんのかよ。あるんです。むしろ私は女慣れしてる先輩をターゲットにして自分を売り込んだし。
女に飢えてる連中の方がパッと見カモれそうだけど、いざ事に及んだ時に何するかわかんなくて怖い。その点、遊び慣れてる男ならこっちがしくってもリードしてくれるし。とりあえず下手に出てれば大事には至らない。
「綾小路。ゴミー」
飲み終わったお茶のペットボトルと、空になった弁当箱を渡す。これで分別までしてくれるから、綾小路はガチで便利だ。
「オレはゴミじゃないぞ。……どうせなら他のゴミもまとめて捨てるか…………なんでティッシュがこんなにあるんだ?」
「あんまつっこまないで欲しい」
とりあえず綾小路には変なもの見せた慰謝料として追加で10万送金しといた。これで収支はマイナス。勉強代と割り切った。
とりあえず。
今度から、てか明日から、いやもう今から、ゴミ捨てくらいは自分でやろう。
面倒だけど人間として、乙女として流石にね。
♢
翌日の放課後、教室を出たところで綾小路に声をかけられた。
「報告がある」
「何が?」
「茶柱先生のところに行ってきた」
あ、昨日の話か。並んで歩きながら続きを待った。
「全部本当だった。クラス対抗の試験も、ポイントの変動も。綿貫の言ってた通りだ」
「あれま。マジかー……」
「マジだ」
予想はしてたけど、改めて言葉にされると微妙な気分だ。嘘であって欲しかったなー。
「で、口止め料は取れた?」
「ああ」
「いくら」
「300万」
「…………は?」
思わず立ち止まってしまった。300万。さんびゃくまん。300万ポイント。
「待って、お前今なんつった」
「300万だ」
「どうやって」
「交渉した」
「いや交渉ってレベルじゃないんだよそれ」
綾小路はそれには特に答えず、ポケットからスマホを取り出して画面を見せてきた。見れば残高は300万を余裕で越していた。
「……なんか変なことしてないよね? 確かに茶柱先生はくっ殺が似合いそうだけどさ。いくらなんでも弱み握ったりしたら可哀想だよ」
「なんだくっ殺って。オレはただ知っている情報を元に交渉しただけだ」
「だからなんで300万になんだよ。確かにマジならヤバい情報ではあったけど、300万って高校生に持たせていい金額じゃないでしょ」
それか、この段階でシステムに気づいた生徒へのボーナスとしてこのポイントなのか。
綾小路はまた特に反応しなかった。ヤバいことをしてきた自覚がないのか、自覚した上で普通の顔をしているのか。どっちにしても怖い。
「ちなみに情報源とか聞かれなかったの?」
「聞かれたが答えなかった」
「あれま。茶柱先生、意外とあっさりしてんのね」
「こちらが情報を持っている時点で、下手に詮索するより早く話をつけた方が得だと判断したんだろう。賢い人だ」
確かに。あの人は格好こそふざけてるけど、言葉の節々には確かな知性を感じる。
変に追及して余計なことまで話されるより、さっさとポイントを渡して黙らせた方が早いと思ったんだろう。
などと話しながら歩いてたら、後ろから声をかけられた。
「その会話、私も混ぜてもらえないかしら?」
それはまさかの堀北だった。
なんか嫌な予感がした。てか会話嫌いの孤立主義が、わざわざ混ぜて欲しいなんて言ってきた時点でキナ臭いにも程がありすぎる。
堀北は有無を言わさず私と綾小路の間に割り込むと、さあ早く続きをみたいな顔をしていたが、こっちはちょっとそれだけじゃない。
「あの〜堀北さん? あなたの耳には何が聞こえていたの?」
「300万、という数字が」
「……どのくらい前から聞いてた?」
「交渉した、というあたりから」
一番アウトな部分じゃねえか。
堀北は綾小路の方に視線を向けた。
「茶柱先生から巻き上げたの?」
「巻き上げたという表現は正確ではないが、まあそういうことだ」
「どうやって」
「情報を持っていた」
「どんな情報を」
「この学校のシステムについて、先輩から聞いた話がある。それを交渉材料にした」
堀北の視線が今度は私に向いた。あ、これは私が情報源だと察されてる顔だ。流石に頭が回る。
それと綾小路が舐められ過ぎ。先輩から情報を聞き出せる訳がないって思われてる。
「その情報、私にも教えてもらえる?」
さっきまでと少しトーンが変わった。要求じゃなくて、珍しくお願いに近い言い方だった。
私は綾小路を見た。
綾小路は私を見た。
いや、私に振るなよ。
あーもう。まあ、先輩の話じゃ遅かれ早かれらしいし。どうせ知ることになるならいいか。
「……まあいいけど。ただ」
「ただ?」
「かなりめんどい話な上に、正直知らないままの方があと数日は幸せに過ごせるけど、それでも聞きたいんなら話すよ」
「構わないわ。話してくれる?」
即答かよ。かっこいいなぁ。
三人で並んで歩きつつ周囲を警戒して、監視カメラのない場所まで移動してから私は順番に話した。
堀北はその間、一言も口を挟まなかった。ただ黙って聞いていた。
話し終わると、しばらく沈黙が続いた。
「……そう」
堀北が言ったのはそれだけだった。
でもその一言の重さが、さっきまでとは少し違った気がした。
そう思ってたら、堀北が突然足を止めた。
「やっぱり納得できないわ」
「何が?」
「私がDクラスに配属されたこと。学校の判断がどういうものかは理解したし、システムを秘匿していたことも学校側の方針として理解できる。それでも私がDクラスである理由が納得できない。茶柱先生に直接聞きに行くわ」
きっぱりと言い切って、堀北は来た道を引き返そうとした。
いやいや、即断即決すぎる。行動力の化身かお前。というか今先生に抗議に行かれたら色々とマズイんだって、私は堀北を行かせまいと、咄嗟に彼女の手を掴んだ。
「綿貫さん。離して欲しいのだけど」
「私だって離したいよ。本当どうしてこんな面倒なことになっちゃったかな……とにかく、今は行かせらんない。口止め料もらったばっかだしね」
「口止め料……それが300万なのね」
「そう。んで堀北がそれを知った上で先生のとこ行ったら、約束ブッチしたことバレんでしょ?」
「私の情報源が綾小路君がどうかは、先生にもわからないでしょう」
「それはそうなんだけど……」
私が反論に困っていると、代わりに綾小路が続けた。
「実際の堀北の情報源がなんであれ、オレが口止め料をもらった直後に堀北が聞きに来たという前後関係が問題だ。堀北とオレは隣同士だし、交友関係の狭さも手伝ってかなり不利な答弁になる」
「綾小路君は困るでしょうね。でも私は困らないわ」
「だったらオレは堀北に脅されて無理やり情報を吐かされたと言うぞ。それでも不利なことに変わらないが、堀北の評価には多少なりとも響くだろう」
「……」
堀北はしばらく黙っていた。納得はしていない顔だったけど、反論も出てこない顔でもあった。うぇーい何もしてねーけど勝った〜。
「……わかったわ。今は動かない」
「今は、ね。じゃあ抗議自体はしに行くんだ」
「当然でしょう。このまま黙って受け入れるつもりはないわ。むしろあなた達は不服じゃないの?」
「別に。私はぶっちゃけ残当かなって。綾小路は?」
「オレも特に気にしてない」
「考えられないわね……」
まさか引かれるとは思ってなくてちょっとテンション下がったけど。自分でも気づかなかったシステムにどのような手段であれ気づいた私に対して、それ以上刺してくることはなかった。
「ところで、情報のお礼をしたいのだけれど」
「え。なに、お礼参り?」
「殴られたいのなら素直にそう言いなさい」
「ゴメン痛いのヤダぶたないで…………でもマジでどうしたのよ。お礼なんて堀北のキャラじゃなくない?」
「オレも驚いた。そんな殊勝なキャラだったか? オレが困っても私は困らないと言い切ったお前が。お礼なんて」
「……綾小路君は交渉しに行っただけでしょう。情報を最初に見つけたのは綿貫さんなんだから」
「そりゃそうだけど。私だって先輩に教えてもらっただけだよ?」
「それでもこの情報には価値があった。だからお礼がしたいの」
堀北の目はマジだった。
えーなんか面倒だな。ポイントも特に困ってないし。どうしよ。
「じゃあ貸し一つってことで。気が向いた時にでも返して」
「綿貫さんはそれでいいの?」
「うん。その方が後腐れなくて楽だし」
「そう……ならしばらく、借りておくわ」
折れていた道を戻って元の帰り道へ、寮の入り口が見えてきた辺りで、堀北が先に別れた。
二人になってから、綾小路が言った。
「この300万は綿貫に渡しておく」
「は? 別にいらないんだけど。綾小路が持っときなよ。出不精な私と違って使い道はあるでしょ」
「だとしてもここまでの大金はいらない。それに池や山内に見られた時のことを考えると面倒だ」
「ああそういう……まあそれなら、預かっといてあげてもいいよ。この300万には手つけないでおくから。必要になったら言って」
「いや、だから別に使ってもいいんだぞ? 情報元は綿貫だ」
「でも実際に交渉したのはそっちじゃん?」
使え。使わない。使えって。だから使わねえって。
そんな不毛で面倒な押し問答の末、結局この300万は半々ずつ保有するってことになった。
いやこうなったら意地でも使わねえけど。
金は面倒を解決するのに最適だけど、金を持つからこそ発生する面倒もある。
150万という金額で可能なことは、それこそ考えるのも面倒だった。