朝起きたら儒烏風亭らでんになっていた。なお、本物は今日も普通に配信している 作:好きな性癖発表ドラゴン
『探してって何を?』
『元の自分?』
『原因?』
『落とし物センター?』
『もう全部落としてるんだけど』
朝の避難所で、最初にそう打ったのはニコさんだった。
いつもの軽さ。
いつもの調子。
でも、文面の最後に少しだけ滲んだ疲れは隠せていなかった。
昨夜、俺たちは同じようなものを見た。
夢なのか。
声なのか。
文字なのか。
それとも、担当Aの言う“相互認識反応”なのか。
分からない。
ただ、そこには確かに問いがあった。
あなたは誰?
そして、そのあとに残った言葉。
探して。
探せと言われても、何を探せばいいのか分からない。
ぺこさんが続ける。
『まず耳を元に戻す方法を探したい』
『切実』
『寝返りで耳が枕に負けた』
『耳が負けるって何?』
ハジさん。
『原因を探すにも情報が足りない』
白い耳さん。
『まず、自分たちの変化を正確に記録するべきだと思います』
『何が起きているか分からないまま探すと、探す対象を間違える可能性があります』
俺はその文を見て、深く頷いた。
そうだ。
探す前に、まず足元を見る必要がある。
俺たちは、まだ自分たちの現実すら把握しきれていない。
俺はラさんシートを作った。
ただいま窓口も、少しずつ動き始めた。
でも、それは初期対応のためのものだ。
今必要なのは、もっと日常に近い記録。
朝起きてどうなっているか。
食事はできるか。
眠れるか。
家族と話せるか。
口調はどの程度漏れるか。
身体はどれだけ勝手に動くか。
本家を見ていないのに、変化が起こるか。
俺は返信欄に指を置いた。
『同意です』
『“探して”を実行する前に、何が起きているかを整理しましょう』
『ラさんシートとは別に、日常生活の変化を記録するログを作ります』
ニコさん。
『ラさん、また資料作る顔してる』
『顔は見えないでしょう』
『文章から見える』
ぺこさん。
『ラさんシート2?』
『続編タイトル感ある』
ハジさん。
『今度は何シートだ』
俺は少し考えてから打った。
『実体化者生活ログ』
ニコさん。
『真面目』
『急に役所』
ぺこさん。
『でも分かりやすい』
『耳生活の苦情を書ける』
スウさん。
『見つけてほしい気持ちも書いていいですか』
『もちろんです』
俺は項目を並べた。
『一、起床時の身体状態』
『二、食事・睡眠への影響』
『三、家族や周囲の反応』
『四、口調・語尾・行動の漏れ』
『五、本家コンテンツ未視聴時の変化』
『六、感情と身体部位の連動』
『七、生活上困ったこと』
『八、元の自分の記憶反応』
『九、本家側とのリンク反応』
『十、直接支援が必要か』
担当Aにも共有すると、すぐに返信があった。
『生活ログは重要です』
『本人の負担にならない範囲で記録してください』
『文章量は短くて構いません』
『特に、本家コンテンツ未視聴時の変化は重要です』
ニコさん。
『短くて構いません、ってラさん宛て?』
『全員宛てです』
『本当に?』
『本当に』
そう返したものの、自分でも少し怪しいと思った。
俺は放っておくと長くなる。
だからこそ、項目を作る。
長くならないための枠を作る。
たぶん。
最初に生活ログを送ってきたのは、ぺこさんだった。
ただし、思ったより短かった。
『生活ログ』
『耳は邪魔』
『以上』
避難所が一瞬止まる。
ニコさん。
『短い』
『潔すぎる』
俺は額に手を当てた。
『もう少し項目ごとに書けますか』
ぺこさん。
『ラさん、朝から厳しい』
『耳が邪魔なのは分かりました』
『ただ、どう邪魔なのかが重要です』
ぺこさん。
『分かった』
『じゃあ書く』
しばらくして、ぺこさんから少し長めのログが届いた。
『起床時』
『耳が枕からはみ出していた』
『寝返りを打つと耳が布団に引っかかる』
『人類の寝具、兎耳に対応してない』
『いや寝具は悪くない。悪いのは耳』
『でも耳がぴこって動いた』
『反論するな』
読んでいて、思わず笑いそうになった。
でも、これは笑いごとだけではない。
耳があるだけで、眠るという当たり前の行為が変わっている。
ぺこさんのログは続く。
『家族』
『母親がドア越しに「起きてる?」って聞いた』
『起きてるって返そうとして、起きてるぺ、まで行きかけた』
『語尾は敵』
『母親は無理に話さなくていいって言ってくれた』
『ありがたい』
『ありがたいけど、優しくされると耳がしゅんってなる』
『感情を表示するな』
ニコさん。
『耳、正直すぎる』
ぺこさん。
『本当に困る』
『強がると立つ』
『安心すると下がる』
『家族にバレる』
『いや耳の存在はもうバレてるけど』
ハジさん。
『耳で嘘つけないのきついな』
ぺこさん。
『きつい』
『あと家族の足音が分かる』
『誰が階段上がってきたか分かる』
『怖いけど、ちょっと安心もする』
『帰ってきたんだなって思う』
最後の一文に、避難所が少し静かになった。
ぺこさんは、家に帰った。
でも帰って終わりではない。
耳のある生活は続いている。
それでも、家族の足音が分かることが、少し安心になる。
それは、家にいるからこその変化だった。
次にログを送ったのは、ニコさんだった。
文面は、いつもより少し間があった。
『生活ログ』
『家族にまだちゃんと顔は見せてない』
『ドア越し対応』
『声は変わってるから、なるべく短くしてる』
『家族に「大丈夫なの?」って聞かれた』
『大丈夫。知らん女になっただけだから、って言った』
『言ってから、自分で大丈夫じゃないだろってツッコんだ』
『家族が沈黙した』
『俺も沈黙した』
『終わり』
ニコさんらしい書き方だった。
でも、いつもの勢いが少し弱い。
俺は画面を見つめる。
笑わせようとしている。
でも、笑えていない。
ニコさんが続けた。
『怖い時ほど笑わせようとする』
『深刻な場面ほどボケが出る』
『たぶん笑虎っぽさ』
『便利だけど危ない』
『家族相手だと逆効果になりやすい』
『笑えない空気になると、自分が消える感じがする』
『だから余計に笑わせようとして事故る』
『笑虎っぽさ、強い』
スウさんがすぐに返した。
『茶化しているだけではなかったんですね』
ニコさん。
『茶化してる時もある』
『でも全部じゃない』
ぺこさん。
『笑えないと怖いの、分かる気がする』
『俺は語尾が出ないと逆に変な感じする時ある』
『嫌なのに』
ニコさん。
『嫌なのに馴染むの怖いよな』
俺は、その言葉を何度も読んだ。
嫌なのに馴染む。
それは、俺にも分かる。
らでん成分が出るのは怖い。
でも、言葉が繋がると少し安心する。
説明できると、少し楽になる。
怖いのに、便利。
拒みたいのに、助けられる。
それがこの現象の厄介なところだった。
ハジさんの生活ログは、短くて勢いがあった。
『生活ログ』
『窓の外で何か落ちた音がした』
『気づいたら窓まで行ってた』
『行くな』
『自分で自分に言った』
『階段を下りる時、二段飛ばししそうになる』
『危ない』
『親に見つかりそうになって戻った』
『身体が先に動く』
『俺は番長じゃない』
『でも身体は番長寄り』
ニコさん。
『身体は番長寄り、名文』
ハジさん。
『拾うな』
ぺこさん。
『身体が勝手に動くのは怖い』
『耳も勝手に動くけど、身体全体はもっと怖い』
ハジさん。
『音がすると確認しに行きたくなる』
『任せろって言いそうになる』
『別に任せられない』
『こっちも何も分からない』
『でも口が先に強がる』
俺は思った。
ハジさんは、短い。
でも短い中に、かなり危ういものがある。
身体が先に動く。
強がる言葉が出る。
外に飛び出したら、すぐ目撃されるかもしれない。
担当Aにも共有が必要だ。
『ハジさんの身体反応は、突発行動のリスクがあります』
『音・気配への反応が強いようです』
『安全のため、部屋内の動線確認と階段使用時の注意が必要かもしれません』
ハジさん。
『ラさん、俺を危険人物みたいに書くな』
『危険人物ではなく、危険行動の可能性です』
『余計それっぽい』
ニコさん。
『言い方が報告書』
俺は否定できなかった。
次はスウさんだった。
文面は少し長く、でも静かだった。
『生活ログ』
『朝、SNSを開きたくなりました』
『誰かに気づいてほしいと思いました』
『でも、騒がれるのは怖いです』
『投稿欄に「ここにいる」と打ちました』
『消しました』
『次に「見つけて」と打ちました』
『消しました』
『最後に「やっぱり怖い」と打ちました』
『それも消しました』
俺は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
見つけてほしい。
でも、見つかったら怖い。
スウさんの現象は、SNSとの相性が悪すぎる。
反応が欲しい。
でも反応が来たら危ない。
承認されたい。
でも見つかれば拡散される。
スウさんは続ける。
『名前を呼ばれると落ち着きます』
『避難所でスウさんと呼ばれると、自分がここにいていい気がします』
『温かい飲み物を飲むと少し安定しました』
『食べ物を見ると落ち着くことがあります』
『見つけてほしい気持ちと、隠れたい気持ちが同時にあります』
ニコさん。
『スウさん、ここにいていいよ』
ぺこさん。
『いていい』
『というかいて』
ハジさん。
『いてくれた方が助かる』
俺も打つ。
『スウさんがいてくれると、避難所の空気が落ち着きます』
スウさんから、少し間を置いて返事。
『ありがとうございます』
『少し落ち着きました』
その一文で、避難所全体が少し柔らかくなった気がした。
次に送られてきたのは、帽子じゃないさんのログだった。
表示名はまだ、帽子じゃない。
『生活ログ』
『頭上の存在、今日も外れません』
『鏡で見ると、明らかに帽子です』
『でもただの帽子ではありません』
『左を見ると、少し遅れて反応する気がします』
『外そうとすると、帽子側が嫌がる感じがあります』
『帽子側って何だよ、と自分でも思います』
ニコさん。
『帽子側、今日も強い』
帽子じゃないさん。
『強くないです』
『怖いです』
スウさん。
『すみません』
『怖いですよね』
帽子じゃないさん。
『怖いです』
『でも、少しだけ安心もあります』
『一人じゃない感じがします』
『それが嫌です』
『でも助かっている気もします』
『矛盾しています』
俺はその文を見つめた。
怖いけど、安心する。
一人じゃない感じが嫌だけど、助かる。
それは、ビビのような帽子がただの外見特徴ではなく、相棒か監視者のように実体化しているということかもしれない。
トワ様系。
帽子が外れない。
生きている気がする。
見られている。
これは耳や尻尾とは別の怖さがある。
ぺこさん。
『耳は自分の一部って感じだけど、帽子は別存在感あるの怖い』
帽子じゃないさん。
『それです』
『自分の一部ではない気がします』
『でも離れない』
『頭上の同居人』
ニコさん。
『頭上の同居人』
ハジさん。
『もうタイトルだろ』
俺は思わず笑いそうになった。
笑える範囲に来ているなら、それは少しだけ良いことなのかもしれない。
最後に、白い耳さんのログが届いた。
他の人と違って、ほとんど観察記録だった。
『生活ログ』
『本家コンテンツは視聴していません』
『午前七時十二分、耳が北東方向へ反応』
『外部音ではありません』
『同時刻、尾が一度だけ揺れました』
『感情は比較的安定』
『午前八時四十一分、嗅覚が強くなりました』
『家族未発見』
『SNS目撃なし』
『探して、という言葉のあと、こちらも何かを探すべきだと感じています』
『ただし、対象は不明です』
ニコさん。
『白い耳さん、研究者?』
白い耳さん。
『怖いので、記録しています』
『記録している間は、少し落ち着きます』
俺はその言葉に、妙な親近感を覚えた。
怖いから記録する。
俺が怖いから説明するのと、似ている。
『その記録は重要です』
『本家未視聴時の反応として、担当Aさんにも共有した方がいいと思います』
白い耳さん。
『お願いします』
担当Aへ共有すると、すぐに返信が来た。
『白い耳さんのログは重要度が高いです』
『本家コンテンツ未視聴時の反応として記録します』
『ただし、過度な観察が本人の負担になる可能性もあるため、休息も取ってください』
白い耳さん。
『分かりました』
『休息も記録します』
ニコさん。
『休息を記録するの、真面目すぎる』
白い耳さん。
『休息も重要です』
スウさん。
『それは本当にそうです』
全員の生活ログが集まった。
画面の中には、いくつもの現実が並んでいる。
耳が枕に引っかかる朝。
笑えない家族会話。
身体が勝手に窓へ向かう瞬間。
SNSに「見つけて」と打って消す指。
外れない帽子と頭上の同居人。
向こうを探す白い耳。
そして、俺。
儒烏風亭らでんの姿で、佐伯家の朝食を食べ、焼き魚の焦げ目を語りかけ、家族に止められ、避難所でログを整理している俺。
ニコさんが言った。
『全員、生活がバグってる』
ぺこさん。
『耳生活はバグ』
ハジさん。
『身体が勝手に動くのもバグ』
帽子じゃないさん。
『帽子側の意思もバグです』
スウさん。
『でも、書くと少し落ち着きます』
俺は頷いた。
『生活ログは有効ですね』
『身体変化だけでなく、感情・口調・家族反応も重要です』
『現象の原因を探す前に、まず生活への影響を整理する必要があります』
ニコさん。
『ラさん、嬉しそう』
『嬉しいというより、整理できて少し安心しました』
ぺこさん。
『それを嬉しいと言うのでは』
たぶん、そうなのかもしれない。
俺は整理できると少し安心する。
それが佐伯悠真の性質なのか、らでん成分なのかは分からない。
でも、今は役に立っている。
少なくとも、みんなの現実が少し見えた。
その日の午後。
担当Aから、重要なメッセージが届いた。
『生活ログの共有ありがとうございます』
『テキストだけでは確認できない項目が増えています』
『身体反応、感情連動、実体化者同士の相互作用を観察する必要があります』
『ただし、無理に会う必要はありません』
俺は、その文の先を読む前に、嫌な予感がした。
続きが表示される。
『希望者限定で、小規模な対面確認の場を検討します』
『場所は非公開』
『家族同意がある方のみ』
『移動支援あり』
『本家タレント本人との接触ではありません』
『実体化者同士の安全確認が目的です』
『参加の可否を、各自ゆっくり考えてください』
避難所が一気にざわついた。
ニコさん。
『オフ会?』
『いや違う』
『実体化者安全確認会?』
『名前が重い』
ぺこさん。
『耳見られるの怖い』
『でも、他の人に会ってみたい気持ちもある』
『耳仲間とか、実在するんだよね?』
『いや俺も実在してるんだけど』
ハジさん。
『会ったら身体が勝手に動かないか心配』
スウさん。
『会うのは怖いです』
『でも、画面越しじゃない誰かがいるのは、少し安心するかもしれません』
帽子じゃないさん。
『帽子側がどう反応するか分かりません』
『怖いので今回は様子見したいです』
白い耳さん。
『リンク反応が強いため、私は慎重に判断します』
『対面によって本家側への反応が強まる可能性もあると思います』
俺は画面を見つめた。
いつか会うかもしれない。
そう思ってはいた。
でもそれは、もっと先の話だと思っていた。
文字の向こうにいる人たち。
アイコンと表示名だけの仲間。
その距離が、今は安全に思えていた。
でも、みんな現実にいる。
ぺこさんの耳も。
ニコさんの笑えない笑いも。
ハジさんの先に動く身体も。
スウさんの見つけてほしい気持ちも。
帽子じゃないさんの頭上の存在も。
白い耳さんの、向こうを探す耳も。
全部、同じ現実の中にある。
その事実が、急に重くなった。
俺は家族に相談することにした。
夕食後、リビングで父親と母親に話す。
「実体化者同士で、直接会う場を作るかもしれない」
父親はすぐに眉を寄せた。
「安全が確認できないなら行くな」
「担当Aが手配する。場所は非公開。家族同意がある人だけ。移動支援もある」
「それでも危ないものは危ない」
「分かってる」
母親は、少し心配そうに俺を見た。
「悠真は、行きたいの?」
俺はすぐに答えられなかった。
行きたい。
怖い。
会ってみたい。
会いたくない。
同じ姿になった人たちと顔を合わせたら、何かが変わってしまうかもしれない。
でも、会わなければ分からないこともある。
「分からない」
正直に言った。
「でも、会ったら分かることもあると思う」
母親は頷いた。
「怖いなら、一人で行かなければいい」
俺は顔を上げる。
「一人で?」
「お父さんか私が一緒に行けるなら、行く」
父親が渋い顔をした。
「俺は行く前提で話してない」
「でも行くなら一人では行かせないでしょ」
「それはそうだ」
父親はため息をついた。
「参加するかは別だ。まず担当Aから詳しい条件を聞け」
「うん」
「それと、背負うな」
「またそれ」
「何度でも言う」
俺は少し笑った。
「分かった」
「たぶんじゃなくて」
「……分かった」
部屋に戻ると、担当Aから正式な連絡が来ていた。
『希望者限定の小規模対面確認を検討します』
『参加の可否を、各自ゆっくり考えてください』
『無理に参加する必要はありません』
『参加しない方にも、オンライン支援は継続します』
俺はその文を、何度も読み返した。
いつか、会うかもしれない。
そう思ってはいた。
けれどそれは、もっと先の話だと思っていた。
画面越しの文字だけで繋がっているうちは、まだ少し安全な気がしていた。
ぺこさんの耳。
ニコさんの笑えない笑い。
ハジさんの先に動く身体。
スウさんの見つけてほしい気持ち。
帽子じゃないさんの頭上の存在。
白い耳さんの、向こうを探す耳。
それらが全部、同じ現実の中にある。
俺たちは、チャットの向こうにいる誰かではない。
いつか本当に、顔を合わせるかもしれない。
その事実が、怖くて。
少しだけ、待ち遠しかった。